独仏企業、専門人材囲い込みに動く~ブラショフ市立ドイツ職業訓練校に

在ルーマニア日本商工会 2014 年 10 月
独仏企業、専門人材囲い込みに動く~ブラショフ市立ドイツ職業訓練校に聞く
生産拠点拡張の動きに伴い、専門技術を要する職種の人材が必要となるが、この人材育成・囲い込みに、
ドイツやフランスがすでに動き出している。その人材育成の要ともいうべき存在が職業訓練校。ジェトロは中部ブラ
ショフにあるドイツ職業訓練校に取材した。
国内における欧米自動車関連メーカーの生産拡張の動きとともに、企業が直面するのが人材確保。しかし、そ
の人材確保については、ワーカークラスは比較的容易に確保できるようであるが、専門技術を要する職種は難し
いようだ。そのため、ドイツやフランス企業は早期からの人材育成を行うことで、囲い込みをしようとしている。そして、
その早期の人材育成ともいうべき職業訓練校に企業が目を向けている。クローンシュタット・ドイツ職業訓練校のラ
モナ・ダニエラ・ツィツェユ校長に同校の取り組みについて聞いた(取材日:2014 年 9 月 10 日)。
<卒業生の大半がシェフラーへ>
ブラショフにあるクローンシュタット・ドイツ職業訓練校はブラショフ市長の肝いりで 2012 年 7 月に開校した市立校。
校名にある「クローンシュタット」はブラショフ市のドイツ語名。2 年制で 1 年、2 年ともに年間の半分の期間は提携
企業の生産工場での現場授業というカリキュラムを採用。半分教育、半分労働というドイツ式の職業訓練を取り
入れた、職業訓練専門の校としては「国内初」(ツィツェユ校長)である。
専攻する訓練コースとしては①機械のコンピューター数値制御(CNC)、②電気機械・工作機械・産業機械、
③金型操作、④溶接、⑤皮革等縫製(自動車のステアリング向け)があり、学生はこのいずれかを選択して専門
的に習得していく。これらのコースは、提携企業側からの要望に基づき設置している。ただ、「2013 年については、
溶接コースを希望する学生がいなかったため、溶接コースだけは実施しなかった」(ツィツェユ校長)ようだ。
2 年間の訓練を終えた第 1 期生が 2014 年の夏に卒業したばかり。この卒業生について、ツィツェユ校長は「第 1
期の卒業生は 111 人で、そのうち 104 人が就職。この卒業生の就職先の大半を占めるが自動車・産業用軸受
けメーカーのシェフラー(ドイツ)だ」と教えてくれた。
同校に現場訓練の場を提供してくれる提携企業は、現場である生産工場での訓練、同訓練中の宿泊施設の
提供、奨学金の給付(毎月 100 ユーロ(約 400 レイ)、その他諸経費を提供しなければならない。その代わり、提
携企業は原則、自社で訓練をした学生を卒業後、採用できる。シェフラーもこの提携企業の 1 つ。
現在、提携企業は 10 社あり、シェフラーの他、自動車部品メーカーのコンチネンタル(ドイツ)、中国ジョイソン傘
下の自動車電装部品メーカーのプレー、自動車・産業用ガススプリングメーカーのスタビルス(ドイツ)、自動車ワイ
ヤーハーネスメーカーのドレクセルマイヤー(ドイツ)、自動車部品メーカーのレゲ(ドイツ)、鉄製部品メーカーのラモ
ス(ルーマニア)、自動車用防振ゴムメーカーのハッチンソン(フランス)、中国・寧波華翔電子股份有限公司
(NBHX)傘下の自動車内装品メーカー・HIB トリム・パート・ソリューションズ、航空機生産システムの開発メーカー
のプレミウム・アエロテク(ドイツ)がいる。この大半がブラショフの商工会議所に相当する「ブラショフ経済クラブ
(DWK)」の会員企業だ。提携企業とは別に、スポンサー企業もあるが、DWK 会員でスポンサーになっている企業
が数社ある。つまり、地元ブラショフの市と企業が一体となって人材育成に取り組んでいる。
ただ、学生については、地元ブラショフだけでなく、北東部の比較的貧しい地域のモルドバ地方(ヴァスルイ県、ハ
ルギタ県、コヴァスナ県)からも来ているという。他県からの学生は全体の 3 割を占めており、増加しているようだ。こ
れについて、ツィツェユ校長は「第 1 期の生徒の中に、貧しい地域であるヴァスルイ県のベレゼニ(モルドバ共和国国
境近く)という小さな町から来ていた生徒が 1 人いた。ただ、口コミが影響してか、第 2 期生にはその小さな同じ町
から一気に 30 人も入学した。当校でも驚いており、教師同士では町の名前をとって『べレゼニ現象』と呼んでいる」
と話す。こういう遠方からの学生は、これまでの家族との生活と一変、1 人で寮生活に入るため、精神的に不安定
になるケースがあるという。そのため、校内には心理カウンセラー室を設置し、専任のカウンセラーも常駐している。
在ルーマニア日本商工会 2014 年 10 月
同校では、学校、企業、学生の 3 者間でのコミュニケーションを密にし、企業と学生の双方のニーズにしっかりと
対応するように心がけている。企業と学生間のコミュニケーションを促進するべく、校舎内の廊下には、提携企業の
商品やパンフレットなどを陳列して受け入れ企業を紹介するコーナーが順次設置されていた。
<ルノー傘下のダチアは単独で囲い込み>
同校と職業訓練先および就職先となっている協力企業との関係は、国内外でモデルケースとして注目されてい
る。ポンタ首相とプリコピエ教育相は 2014 年 5 月、同校と同校の第 1 期卒業生が最も多く就職したドイツのベア
リング大手シェフラー・ルーマニアの生産工場を訪問。また、シェフラーが本社を置くドイツ・バイエルン州の経済・環
境・エネルギー・技術省ハンス・シュライヒャー部長も 2014 年 7 月、自動車部品、IT、環境技術、産業機械、航
空機各分野のバイエルン州企業経営者など 30 人から成る経済ミッション団を引き連れて、同じく同校とシェフラ
ー・ルーマニアを訪問している。ミッション団一行は、ブラショフにあるシェフラー・ルーマニアの生産工場でルーマニア
人学生が訓練を受ける様子をみて、「ドイツ並み、いや一部ではそれを上回るレベルでの訓練ぶりに非常に感銘
を受けた」と話していた(シェフラー・ルーマニアの 7 月 3 日付けプレスリリース)。バイエルン州政府の発表によると、
1,300 社以上の同州企業がルーマニアとのビジネスを行っているという。
一方、ドイツのこの動きに呼応するかのようにフランスも人材の囲い込みに動く。フランスの自動車・航空機・産業
機械向けプラスチック成型メーカーDedienne Romania は 2013 年 9 月、同じブラショフ県のファガラシュの校に、プ
ラスチック、機械、電気の技術を習得する 3 クラス(70 人)の職業訓練のクラスを新設した。これは国内におけるフ
ランス系初のプロジェクトで、在ルーマニア・フランス大使館なども後押しをした。
複数の企業が協力するだけでなく、単独企業で早期の人材囲い込みを行う事例もある。フランス・ルノー傘下の
ダチアは 2014 年 7 月、同社が出資して、生産拠点があるアルジェシュ県にあるミオヴェニ自動車生産職業訓練校
に 2 クラス(生徒総数 42 人)を新設することを発表した。同クラスは 2014 年秋開校分からの開始し、学生に対し
ては月 200 レイの奨学金の給付とともに、交通費、昼食代、訓練時に使う作業着(安全グッズ)を支給し、ダチア
工場での現場訓練の機会も提供する。また、同クラスの卒業生はダチアへの就職の優先権が得られる(ただし、ダ
チアにも選択権がある)。また、学校に対しては、各種機械等の提供、教師への指導などを行っていく。
ダチアと同校の提携調印式にはポンタ首相とプリコピエ教育相も同席した。同席したプリコピエ教育相は「(一民
間企業と学校間の提携という)今回の提携により、職業訓練校のあり方は新たな局面に入った」と語った。なお、
同相によると、国内の職業訓練校の在学生総数(2014 年)は約 2 万 6,000 人(日刊紙「アジェルプレス」2014
年 7 月 16 日付け)。
これらの人材育成・囲い込みの動きの背景として、即戦力となる人材確保の難しさが指摘されている。フランソ
ワ・サンポール在ルーマニア・フランス大使は「専門技術を習得した人材が不足しているというのが、在ルーマニアの
フランス企業の共通課題。そういう人材が見つかれば企業は採用したいと思っている」と述べている。(日刊紙「ア
ジェルプレス」2014 年 7 月 11 日付け)
(古川祐)