第36回全国中学生人権作文コンテスト愛知県大会NHK名古屋放送局長賞 「マタハラ」から考える思いやり 瀨戸市立水野中学校2年 小谷彩純 約四十パーセント。これはマタニティマークをつけない妊婦さんの割合である。マタニ ティマークとは「自分は妊婦です。」と周りに伝えるためのマークである。これによってお 腹に命を抱えた妊婦さんを社会全体で支えることができる。 ところが今,それと真逆のことが起こってしまっている。「マタハラ」という言葉を聞い たことはあるだろうか。「マタハラ」とはマタニティハラスメント。働く女性が妊娠・出産 を理由とした解雇,雇止めをされることや,妊娠・出産にあたって職場で受ける精神的, 肉体的なハラスメントを指す。私がはじめてこの言葉を聞いたのは,何気なく見ていたニ ュースだった。その時は職場での不当な解雇についてとりあげられていた。その場にいた 母は「私の頃は,もっと周りの理解があったのにな。いつからこんな風になったのだろう。」 と言った。私は母が弟を妊娠していた時,居残り保育や母の職場の休憩室で遊ばせてもら っていたりした。周りの人たちは,とっても優しくしてくれていたので,私としてもその ニュースにはとても驚いた。 先日,私と母で名古屋駅へ行った。珍しく電車での移動だったため,私はワクワクして いた。楽しく名古屋で過ごした帰りに,事は起こった。帰りの車内は少し混んでいて私も 母も吊り革につかまっていた。私の前にはスーツを着たサラリーマン,横にはマタニティ マークをつけて大きなお腹をした妊婦さんが立っていた。駅に止まり,私の前のサラリー マンが降りようとした。その時その人は私の隣にいた妊婦さんを強くおしのけ,舌打ちを して降りていったのだ。妊婦さんは大きくよろけ,やっとのことで立っていた。車内はな んともいえない空気に包まれた。妊婦さんは大きなお腹を守りながら「すみません。」「す みません。」と頭を下げ申し訳なさそうにしていた。私はその光景に驚きと疑問と大きな 悲しみを感じた。そしてあの時自分は何か出来なかったのだろうか,と思った。その日は とても後味の悪い一日となった。 そもそもあのサラリーマンは何故彼女にきつくあたったのだろう。その時の私にはその 気持ちが全く理解できなかったため,インターネットで調べることにした。その結果はど れも腹だたしいものばかりだった。「妊婦は電車に乗るな。迷惑だ。」「こっちだってつら いんだよ。」さらには「妊婦おしのけて席座るの楽しすぎ。」などのスレッドが立っていた。 私は怖くなりパソコンを閉じた。同時にふつふつと怒りがこみあげてきた。彼等は一体誰 から産まれてきたと思っているのだろう。彼等の行為は小さな命をおびやかすことだと分 かっているのだろうか。いつになっても私の苛立ちは消えなかった。 その一ヶ月後くらいに私一人でまた電車に乗る機会があった。私は少しだけ怖いな,乗 りたくないな,と感じていた。その日はイベントがあったらしく老若男女多くの人がその 電車に乗っていた。私は前のように吊り革につかまって立っていた。すると,母親の腕に 抱かれた赤ちゃんが大きな声で泣き出した。私はいやな予感がした。迷惑そうな顔をする 人もいた。ピリリと張りつめた空気の車内で赤ちゃんの泣き声と母親の「すみません」とい う声だけがきこえていた。そんな中一人のおばあさんが言った。 「元気でいいねえ。子どもは泣くのが仕事だもの。心配しないで。」 私はとても感動した。その一言で車内の雰囲気もガラリと変わった。私は軽々とした気持 ちでその電車を降りた。そのあとも私の頭の中は「さっきのおばあさん,かっこよかった な。」「私もあんな風になりたいな。」という気持ちでいっぱいだった。 私は今回の出来事を通して人の発する言葉の大きさに気付かされた。先ほどのサラリー マンのように深く傷つけることもあれば,おばあさんのように助けることもできる。残念 ながら後者よりも圧倒的に前者が多いのが今の日本の現実である。そして社会の仕組みも 妊婦をはじめとした子どもを抱えた女性に優しいとは言えない。ただ私は自分自身ででき る小さなことから始めていこうと感じた。個人個人の認識が変わっていくことでそれは全 体に伝わり,多くの人が優しくすることができるだろう。一声かける,席をゆずる,その 一つの行いで少しずつ何人かが変わっていく。社会全体で「マタハラ」はいけないよ。優し くしようよ。そんな空気をつくっていきたい。 妊婦さんに対しきつくあたる人がいるような,今の日本は,子育てがしにくくなってし まったのかもしれない。だからこそ,個人として思いやりをもって常に行動していきたい。 そして,おばあさんの様に,誰かの意識を変えるきっかけとなりたい。一つの行動は,き っといくつもの心を動かす。そう信じて行動を起こせる人になりたい。
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