シンクロトロン放射による生命起源の研究

放射光第 13巻第 1 号
5
7
(2000年)
円ニ色性特集
シンクロトロン放射による生命起源の研究
中川和道
神戸大学発達科学部*
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1
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な酵素活性や,きわめて高精度な自己複製をはじめとする
はじめに
生命の起源,これこそは現代科学に課せられたもっとも
重要な聞のひとつであろう。生命の起源に先立つ化学的な
物質進化の段階を化学進化と呼ぶが,この研究分野では,
生命活動の基盤となっている。
このように,アミノ酸という生命の「材料J の宇宙的な
存在はほぼ証明されつつある。この現状をふまえて考える
近年 2 つの大きな進歩があった。まず,関石からアミノ
とき,生命の起源研究の現代的課題は何であろう。我々
酸が発見され,その分析が画期的に進んだ 1,2) 。つぎに,
は,
火星@タイタン@木星など,太陽系の各種天体の大気(厳
化したか,
密には模擬大気)や,宇宙麗表面(約 10K と低温である)
にすることであると考えた。実験の前提として我々が設定
[lJ アミノ酸がどのようにしてタンパク質へと化学進
[2J ホモキラリティーの起源は何か,を明らか
に吸着した簡単な分子種を太陽放射線(陽子)で照射する
した化学進化の段階は, (1) アミノ酸はすでに生成されてい
と,アミノ酸の前駆体が生成することが次々と明らかにな
る, (2) アミノ酸の D一体と L一体とは等しい量で存在してい
った 3) 。これらの結果が意味することは,生命体の「材料j
る, (3) アミノ酸はまだ重合体を作っておらず,単体で存在
となるアミノ酸は,どうやら太陽系のそこらじゅうに有為
している,
な量で春在するらしい,すなわち,アミノ酸に関しては,
酸のみからなるタンパク質ができるためには, (A)材料のア
宇宙起源であっても一向にかまわない,ということであ
ミノ酸がまず L一体のみになり,結果として L一体アミノ酸
る。これらの実験で検出されたアミノ酸は,わずかの例
のみが連なったタンパク質ができる, (B)L一体, D一体アミ
:1 混合物(ラセミ体)で
ノ酸の混合状態からいろいろな過程をへて L一体アミノ酸
あった。実験室における通常の化学合成ではアミノ酸はラ
のみが連なったタンパク質ができるあるいは生き残る,な
セミ体で生成するから,上記の実験で検出されたアミノ酸
どといった進化のストーリーがいろいろ考えられる 4)
外2) を除いて, L一体と D一体の 1
という段階である。この段階から L一体アミノ
は,実験室における通常の化学合成と同じように対称な反
C
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.1) 。我々はその原動力や時間経過などを再現する研
応場で生成したことを示す。ところが,よく知られている
究を行う必要がある。
ように,地球上の生命体は,アミノ酸の L一体のみと(核
アミノ酸の光吸収の振動子強度分布はその主要な部分が
酸では)糖の D一体のみを用いて自らを形成している。生
真空紫外域にある。我々が着目したのは,アミノ酸の電子
命体では分子のキラリティーの対称性が破れているわけ
状態を励起し化学反応を起こし得る光,とくに真空紫外線
で,この性質(ホモキラリティー)こそが,驚くべき巧妙
から軟X線の作用である。また, L一体, D一体アミノ酸は
*神戸大学発達科学部自然環境論講鹿
干 657-8501
神戸市灘区鶴甲 3-11
TEL 0
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(C) 2000 The Japanese Society for Synchrotron Radiation Research
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(2000年)
るか, (b)そのさい非偏光紫外線や円偏光紫外線がどのよう
な役割を果たしたか,とくに,円偏光真空紫外線がキラリ
ティーの起源となり得るか,を明らかにすることである
(
F
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.1
参照、)。
円偏光真空紫外線照射には電子技備総合研究所小貫英雄
博士によって開発された偏光可変アンジュレーター7) から
の放射光(波長 50"-'250 nm) を使わせていただき,同じ
く電総研山田享博士の全面的な支援のもとに研究を展開し
ている。
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我々は不斉分解反応や不斉重合反応そのものの検出には
まだ成功し得ていないが,その途上で,いくつかの興味あ
る事実を見出してきた 8) 。本稿では,我々の研究の現状と
将来への展望を述べる。
右回り円偏光と左回り円偏光に対して吸収の強さが異なる
という光学活性をもっ(円二色性を示す)ので,我々の実
2
.
アミノ酸の光吸収スペクト)1.-と円ニ色性スペク
トルの絶対値測定
験には,通常の(非偏光の)真空紫外線や軟 X 線光源の
他に,円偏光真空紫外線や円偏光軟 X 線の光源が必要で
この実験をはじめるまでは,アミノ酸はすでによく研究
ある。こういう光源として,シンクロト口ン放射はまさし
しつくされ,その物性が何でも分かっている「標準物質」
く最適である。とくに円備光アンジュレーターの近年の発
であると思っていた。ところがいざ調べてみると,まるで
展はめざましく,まさしく成熟の域に達しており,この武
データがない。固体の吸収スペクトルは縦軸が相対値のも
器を使わない手はない。
のめが主で,唯一見つけた絶対値のスペクトル10) は,蒸着
さて研究の対象としたアミノ酸の存在状態であるが,ア
膜ではなく滴下乾燥膜を用いた測定結果なので精度が悪
ミノ酸の闇相系と,アミノ酸の酸性水溶液系とを準備し
い。アミノ酸臨相に関しては丹二色性 (CD) スペクトル
た。前者のアミノ酸の固相系は,アミノ酸が京始地球の干
もない。そこで,まずアミノ酸の蒸着膜を膜厚制御して作
潟で固化したり,宇宙塵や蓉星表面に凝留したものを想定
成する技術を半年かけて開発した 8) 。水晶按動子膜厚計で
しており,これらのアミノ酸屈相に非備光紫外線や丹偏光
膜厚を測るにはアミノ酸の密度が必要であるが,何と,今
紫外線が照射されるという状況をモデル化したものであ
度は密度が分からない。密度が測られているアミノ酸はご
る。一方,アミノ酸の酸性水、溶液系は,かつて地球の海が
く少数である。結局我々は,いろいろな密度の有機溶媒に
つよい酸性を呈していたころに非偏光紫外線や円偏光が照
アミノ酸粉末を浮かべ,浮くか沈むかで密度を決定し,そ
射されるという状況のモデル化に対応する。原始地球にお
の値をもとに蒸着膜の厚さを制御した。あたかも新物質創
ける(非偏光)紫外線のソースはいうまでもなく太陽であ
製の時期のような,何をやっても新しい,
る。酸素大気形成の以前には,強烈な真空紫外線が地上や
である。
という結構な話
とにかくこうして LiF 基盤上に蒸着膜をつくり,それ
海洋に降り注いでいたはずである。太陽系規模で考えて
も,真空紫外線はどこにでも存在するエネルギー源であ
を用いて吸扱スペクトルと CD スベクトルとを初めて絶対
る。一方,自然界における円偏光紫外線ないし円偏光軟
値で測定した 8) 。吸収スペクトルについては中川研の大学
X 線の光源としては,現時点では,太陽を想定すること
院生,田中真人君,古結俊行君の健闘によって最近さらに
は難しい。太陽系から遠く離れた中性子星の,強烈な磁力
進歩があり,これまでの測定の最短波長記録 110nm を大
線に巻きついて運動する荷電粒子からのシンクロト口ン放
幅に更新して40nm までの測定に成功した。 Fig.2 にア
射 6) やサブミクロンから nm 程度の直径の微粒子が磁場な
スパラギン酸とフェニルアラニン蒸着膜の吸収スペクトル
2, 3
どによって整列した領域における Mie 散乱によって生じ
を, Fig.3 に CD スペクトルの測定例を示す。 Fig.
る円偏光が 7) 想定されている。とくに後者については最近
の結果を用いると,照射実験の方針を立てることができ
オリオン座 OMC-1 星生成領域からの赤外円偏光が観測さ
る。すなわち,不斉反応を起こすのにもっとも都合がよい
れ,紫外線領域でも同じ機構で円偏光が発生し得るとの計
波長には Fig.3 の CD が最大となる波長を選ぶ。次に
算7) が報告されて話題を呼んでいる。宇宙塵の表面がこの
Fig.2 でその波長の縦軸の値を読み,その波長の光が
円偏光照射を受け,生じたキラルな分子がギャラクシー聞
90%程度吸収されるように蒸着の膜厚を設定するのであ
を移動して地球まで達したかどうか,というのである。
る。
さて我々の具体的な検討課題は, (a) このようなアミノ酸
の集合体に非偏光紫外線や円偏光紫外線が照射されると,
不斉分解反応や不斉重合反応がどの程度の効率で起こり得
3
.
アミノ酸のスペクトル研究の現状
アミノ駿のスペクトルが精力的に研究されたのは 1970
-58-
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(2000年)
1
4
ミノ酸は,気相では中性分子である。ところがアミノ酸は
1
2
盟柏では -COOH 基は -COO- として, -NH 2 基は -NH3+
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として存在する両性イオンで,回相の光電子分光は両性イ
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。
オンのスベクトルを示し (R. W.Bigelowl7)),酸素や室
8
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マ刷.
素の内殻の XAFS も見事にそのことを示す (P. L
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ら 18)) 。水溶液中のアミノ酸は pH によってそのイオン性
2
を変え,酸性下では上記の 2 つの置換基は
。
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として,中性下では (-COO- , -NHt)
塩基性の水溶液中では (-COO- , -NH 2 )
(-COOH ,
として,
として存在する。
いろいろな pH の水溶液中での CD はよく研究されてお
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り,文献 19) にまとめられている。
近年の興味のひとつは,アミノ酸の窒素や酸素内殻の
NEXAFS や XNCD である。 1997年に C. Jacobsen 20 ) のグ
nunu
nunU
aEO
耐
42
ループがグリシンなど 6 種のアミノ酸の NEXAFS を発表
して以来, H.Agren のグループが NEXAFS の理論計
算21) と, XNCD の理論計算22) を発表し,この世界が急、に
:
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賑やかになってきた。 ESRF では J. Goulon のグループ15)
0
が円偏光アンジュレーターを駆使して XNCD を盛んに測
τピ
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4号
定しており,日本でも Spring“8 で XNCD 測定をめざして
2
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活発な活動が展開されている。この分野での進展が望まれ
るところである。
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非偏光紫外線によるアミノ酸の光分解量子効率
の絶対値測定
真空紫外域で質のよい円偏光を得るには,加速器を動か
し,丹偏光アンジュレーターという大がかりな装置を用い
なければならない。その前に実験室でまず非偏光の光を使
年代はじめ頃で,分子生物学の怒濡のような発展の時期で
って,アミノ酸はどの波長の光でどの程度分解あるいは重
あった。 T.lnagaki 9 ) はグリシン,アラニン,バリン,ロ
合するかという実験をしておくことが重要である。
イシンなど 8 種のアミノ酸の蒸着膜を(膜厚は不明では
我々はまず L-アスパラギン酸の水溶液 (pH 口 1 ,
3, 8
)
あったが) LiF 上に作成し,国相の吸収スベクトルを真空
を KrCl エキシマーランプ光
紫外域
(115 く λ く 220 nm) で測定した先駆者である
HPLC で分析した。その結果,アスパラギン酸の 2 つの
(1973年)。彼によれば, 2
00-240nm 帯はカルボキシル基
カ jレボキシル基 (-COOH) が 2 っとも -COOH の状態に
(222 nm) で照射し,
(-cOO-) の n→が遷移,グリシンで 160nm アラニンで
ある p五之江 1 での光分解量子効率が最も高く,ついでカル
170nm 付近の吸収帯は帯は -COO- 基の π→が遷移で,
ボキシル基がひとつだけ -COO- になっている pH=3 で
他の吸収帯は同定が充分でないという。 W.
c
.Johnson の
グループ11) は 1973 年に,アラニン,バリン,口イシン,
は pH ここ 1 よりも緩やかな分解が観測され,カルボキシル
基が 2 っとも -COO- になっている pH=8 では分解はか
プロリンの 6 フッ化イソプ口パノール溶液の真空紫外円
ろうじて観測される程度であった。 pH=l でのアスパラ
二色性スペクトル (160 く λ く 240 nm) を測定した。彼ら
ギン酸の濃度を揮、射光量に対してプロットしたところリニ
は上記の n→が遷移 (E1 禁制, M1 許容)と π→f遷移
アに減少することが分かった。減少の勾配から 222nm 光
(E1 許容, M1 禁制)とについて, J
.G.Kirkwood 12 ) が提
照射によるアスパラギン酸の光分解量子効率の絶対値を求
唱し1. Tinoco 13 ) が定式化した励起子理論(または独立系
め, 0 .48 との値を得た。また,照射後の水溶液のクロマト
モデル? )の理論にもとづく解析を行った。この頃の理論
グラムには L-アラニンのスベクトルが認められたので,
では, CD は E1 遷移と M1 遷移との積の形であらわされ
その生成量を照射光量に対してプロットしたところ,リニ
ていた。 1971 年に1. D
.Barron14) がコバルト錯体の結品
アに増加することが分かった。増加の傾きから, 222nm
の CD を E1 遷移と E2 遷移との干渉項によって説明して
光照射による L- アラニンの光生成量子効率の絶対値を
以来,最近では ESRF の J. Goulon のグループ15) などが
0.13 と決定した。この結果を模式的に Fig.4 に示す。
結晶の XNCD をこの効果によって説明してきている。
次に L-アスパラギン酸の蒸着摸を 222nm 光で照射して
K.Seki ら 16) が光電子分光によって調べた結果では,ア
同様の実験を行ない,分解の量子効率を 0.024 , L-アラニ
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6
0
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6
.
2run ligl延
(2000年)
円偏光による不斉反応の実験の状況と生命起源
の研究との関連
↓ Dω抑制
ここで他の研究者逮による円偏光を用いた不斉反応の研
究の状況について述べておく。アミノ酸を使った実験とし
てよく引用されるものは W.
L 刷Asp
A.Bonner のグループ23) によ
る 1977年の論文である。彼らは Nd/YAG レーザーの 5 倍
凶=
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波 (212.8 nm) から約 2mW の円偏光を得て,ロイシン
の R一体 S一体等量混合物の水溶液 (0.1 N HCl)に照射し
た。ロイシンの 60-80% が分解する程度にまで照射した試
料を分析し,右円偏光を照射したときは R一体がよく分解
され (R一体は右円偏光をよく吸収する) ,左円偏光を照射
したときは S一体がよく分解されることを見出した。最終
的なエナンチオ過剰率は右円偏光で 59% の反応率のとき
ンの生成量子効率を 0.018 と決定した。これらの値が水、溶
に1. 98% ,左円偏光で 75% の反応率のときに 2.50% とされ
液に比べて一桁小さい理由は,国相中では「かご効果J が
ている。同様の実験が井上佳久氏のグループ24) によって,
優位であるためではないかと考えている。
我々と同じ電総研の可変備光アンジュレーターを用いて最
さらに,非偏光のキセノンランプ(分光していなしウか
近行われ,ロイシンの水溶液 (0.1 N HCl)に 214nm の
らの紫外線照射による分解反応のさい, L- アスパラギン
円偏光紫外線を照射して約1. 2% の光学純度の増大が検出
酸→D-アラニンのような「キラル反転 J が起きるかどう
された。我々もこれらの先駆的な例に習って不斉反応の検
かを調べた。その結果, L-アスパラギン酸からは L-アラ
出をめざしている。
ニンのみが, D-アスパラギン酸からは D-アラニンのみが
さてこれらの研究で得られたキラル対称性の破れは
2.5%程度の小さいものである。一方,生命体の分子の非
生成し,キラル反転はおきないことが分かった。
対称性は,本稿の最初に述べたように実質的に 100% であ
5
. 円偏光照射による不斉反応探索の予備的な試み
以上のデータをもとに我々は,まずフェニルアラニンの
るから,こういう小さな非対称性が増揺される機構が必要
である 5,25) 。直接的な答えはまだ見出されていないが,ヒ
蒸着膜と水溶液を対象に,円偏光照射による不斉分解反
ントとなるものに, Soai のグループ26) による不斉自己触
応,不斉重合反応の可能性を探る予備的な実験を行った。
媒反応の研究がある。最初はわずか 2% のエナンチオ過
照射波長は CD が最大となる波長(蒸着膜: 2
05nm ,酸
剰率しかもたないピリミジンアルカノールを出発物質とし
性水溶液: 1
87nm) に設定した。蒸着膜の厚さは光が
て自己触媒反応を起こさせると,最終的なエナンチオ過剰
95% 吸収されるように 50nm とした。 D一体と L一体の 1:
率は 88% にも遼するという特異な反応系の構築に彼らは
1 混合物(ラセミ体)を試料とし,円偏光アンジュレータ
成功したのである。アミノ酸に関してこのような反応系が
ーを用いて CD が最大となる波長の右あるいは左門偏光を
可能かどうか直ちに自明ではないが,化学進化の研究にと
試料に照射した。蒸着膜の試料は水溶液として回収し,高
って,大きな期待となる研究である。
圧液体ク口マトグラフィ- HPLC (島津製作所 LC-10A)
によって生成物分析を行い,親分子および生成物の偏りを
7
.
真空紫外線照射による無触媒重合反応
最後に,アミノ酸が連なってタンパク質ができる過程に
調べた。
その結果,親分子が 20%程度に減少するまで照射を続
ついて述べる。本稿の最初に述べたようにアミノ酸はわり
けて D一体と L一体の分解量の違いを検討したが, HPLC
と普遍的に存在するらしいのだが,それらが連なって次第
分析の検出限界0.3% を超える有為な偏りは蒸着膜,水搭
に高分子となり生体高分子にまで成長しないと酵素活性や
液ともついに検出できなかった。また,複数の分解生成物
情報伝達機能が獲得できないのだから,アミノ駿の重合反
が検出され,その収量は照射光量に比例したので, 1訳量が
応がどのようにおきるかは根本的な重要課題である。
円備光に依存するかどうかを検討した。しかし,右あるい
よく引用されるのは C. Ponnamperuma ら 27) の仕事で,
は左円儒光照射によって, HPLC 分析の検出眼界 0.3% を
グリシン,ロイシン水溶液に紫外線を照射し,さらに脱水
超える有為な収量の偏りが生じた証拠は見出せなかった。
縮合剤としてシアナミドを添加することによって初めて
現在,生成物を計数する方法での精度向上や,アミノ酸が
4 量体や 5 量体の生成を確認した。最近注目を浴びている
生成する時点での偏りの実験を検討している口
のは海底の熱水噴出口付近の環境を模した Matsuno グル
ープの研究28) である。彼らは 523
K , 24MPa
の条件で熱
水をノズルで噴出させながら循環させ,グリシンの 2 , 4,
6 量体の生成を確認した。この実験では無触媒での重合が
-60-
放射光第 13巻第 1 号
6
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(2000年)
田中真人君,古結俊行君に深く感謝いたします。本研究の
一部はまた,分子科学研究所共同研究506 (1) によってな
されました。 UVSOR スタッフの皆様に深く感謝いたしま
7
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確認されたので,その意義は大きい。
我々も最近,アラニンの無触媒重合を確認することに成
功した。すなわち, L- アラニン蒸着膜を 50 , 170 , 200 nm
の真空紫外丹偏光で,水溶液は 200nm の円偏光で照射
しアラニン 2 量体の生成を調べた。その結果,面相(蒸
着膜)では上記いずれの波長でも 2 量体の生成を検出す
ることに初めて成功した (Fig.5 参照)。生成量子効率は
3X 1
0
-3 (分子/光子)程度であった。一方,水溶液では
2 量体は生成しないことが分かった。残念ながら左円偏光
と右円舗光との差はまだ見出すことができなかったもの
の,この成果は「無触媒でのアラニン光重合反応の発見」
として生命起源の研究に有用な知見をもたらすものと考え
られる。
8
.
おわりに
アミノ酸の吸叙スベクトルはその主体が真空紫外域にあ
る。それゆえに,放射光なくしてはアミノ酸の研究は不可
能である。本稿をつうじて,アミノ験からタンパク質がで
きる段階における真空紫外線の重要性,放射光の役割の重
要性を認識していただければ幸いである。
本研究は電子技術総合研究所と神戸大学発達科学部の共
同研究契約に基づいてなされました。研究の遂行にあた
り,小貫英雄博士,山田亨博士,三角智久博士はじめ電総
研量子放射部の皆様と,神戸大学の上地員一教授,かつて
参考文献
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