日皮会誌:113( 7 ) ,1131―1134,2003(平15) 耳後部に生じたアカツキ病 ―東大式エゴグラム(TEG)による性格分析を試みた 1 例― 金子 要 健彦1) 金子みち代2) 旨 78 歳,女.初診の約 1 年前より,右耳後部にざらざ らとした病変を触知したが,悪化を恐れて同部を洗浄 するのをやめたところ徐々に拡大したため来院した. 初診時,これらの褐色調を呈する角化性局面は,鑷子 中川 秀己3) 病変の形成に関与しているかははっきりしていない. そこで我々は患者の性格傾向や心的背景を解析する目 的で心理テストのひとつである,東大式エゴグラム (TEG)を用いることにした. 東大式エゴグラムは,交流分析に根ざした自我状態 により容易に!離,脱落したため,アカツキ病と診断. 分析を目的とする質問紙法心理検査の一法である.従 洗浄を指示した後,再発を認めない. 来より心療内科をはじめとする臨床各科で,患者の精 自験例に東大式エゴグラム(TEG)を用いて性格検 神的な病態像の理解や治療方針の設定などに利用され 査を試みた.エゴグラム曲線上では Nurturing Parent る一方,学校や職場において,健常者の性格傾向や対 (NP)が最も優位で,Free Child(FC)が低位の全体と 人関係における行動様式をとらえる上で活用されてき して N 型を呈した.この結果は不安神経症,抑うつに た4).我々が経験した耳後部に典型的な皮疹を生じた 共通のパターンであり,また心気症に共通する Free アカツキ病の 1 例を TEG の結果ならびに解析と合わ Child(FC)低位傾向がみられた. せて報告する. 症 本邦報告 19 例(男性 6 例,女性 13 例)を文献的に 例 解析した.10 歳代が最も多く,平均年齢は 26.7 歳で, 患者:78 歳,女. 自験例は最高齢であった.病変の部位は乳房部が最も 初診:平成 4 年 12 月 8 日. 多く,耳後部に生じた症例は自験例のみであった.病 既往歴・家族歴:特記事項なし. 変の形成には最短 5 カ月最長 5 年(平均 25.8 カ月)を 現病歴:約 1 年前,右耳後部に自覚症状のない,ざ らざらとした病変を触知する様になった.触知後,悪 要していた. 化を恐れて同部を洗浄するのをやめたが徐々に拡大し はじめに たため来院した. アカツキ病は 1960 年坂本によって本邦で初めて報 初診時現症:右耳後部に褐色調の角化性局面が融合 告された疾患概念1)で,精神性皮膚病変のひとつと位置 し,大小 2 つの病変を形成している(図 1, 2).これら づけられ2),患者が常識的に行われるべき洗浄行為を は鑷子により容易に!離,脱落した(図 2) . しない事により生じた鱗屑痂皮が堆積した状態を指 診断と経過:アカツキ病と診断.病変は堆積したア す.欧 米 で は 類 似 の 疾 患 概 念 と し て facial pomade カであると告げ,除去可能であることをその場で示し, crust3)があり,アカツキ病と同様に病変の形成には患 さらなる洗浄を指示した.以後再発を認めない. 者の心的機制の関与が考えられている.本邦では坂本 心理テスト:TEG を用いて性格検査を施行した.結 の報告以来,アカツキ病の報告例が 20 例前後みられ 果,Critical Parent(CP):7 点,Nurturing Parent る.しかしながら,病変の形成に不可欠とされる精神 (NP) :20 点,Adult(A) :14 点,Free Child(FC) : 的背景についての知見は乏しく,どの様な性格傾向が 7 点,Adapted Child(AC) :10 点で,エゴグラム曲線 上では NP が最も優位で,FC が低位の全体として N 1) 東京大学医学部皮膚科(主任 玉置邦彦教授) 2) 東京都中央区 3) 自治医科大学皮膚科 平成15年 2 月14日受付,平成15年 3 月11日掲載決定 別刷請求先: (〒130―8587)東京都墨田区横網 2―1― 11 同愛記念病院皮膚科 金子 健彦 型を呈した(図 3) . 考 按 アカツキ病は,精神性皮膚病変のうちで無為性皮膚 ,通常の日常生活を送っていさえ 症のひとつであり2)「 いれば脱落,清浄化されるはずの物質が,主として心 1132 金子 図1 耳後部の初診時現症 健彦ほか 図 2 褐色調局面の厚い鱗屑は鑷子により容易に脱落 した(矢印). 的機制によって局所的清浄化が妨げられて鱗屑痂皮と 例のうち 11 例で類推すると最短 5 カ月,最長 5 年,平 して蓄積された状態」と定義される5).坂本の報告1)以 均 25.8 カ月であった.自験例では約 1 年と平均値より 来,アカツキ病を文献的に集積したところ,自験例を は短期間であったが,少なくとも半年以上という長期 含めて 23 例1)2)5)∼21)存在した.その中には,長期臥床中 間に及ぶ心的機制が病変の形成に不可欠と考えられ ないし入院中で入浴不可ないし清拭が不十分なため, た. 垢が堆積しただけの症例も 4 例8)9)みられた.しかしな 心的機制の内容については,従来,1)精神発達遅 がら,上記の坂本によるこの疾患の定義と照合すると, 滞14)ないし知能低下13),2)思春期で乳房部の感覚が 患者自身の心的機制がその病変の形成に関与していな 鋭敏になったこと1),3)外傷後の強い知覚過敏19), い症例は,アカツキ病とするべきではないと考える. 4)自閉傾向7),5)強迫的性格ないし分裂気質21)など そこでこの 4 例を除外した計 19 例を解析した.まず が挙げられている.いずれにおいても,洗浄ないし, 性別では男性 6 例(32%),女性 13 例(68%)であり, 触れることが病変の悪化につながるという著しい心的 女性は男性に比して約 2 倍の頻度であった.年齢が記 機制が,病変の形成に関与していると考えられる. 載されていた 17 例の中では,最も若い症例は 9 歳,最 次に,このような心的機制を生じる背景となる性格 高齢は自験例の 78 歳で平均 26.7 歳であった.10 歳代 分析について考察する.自験例では,性格分析を TEG が 9 例(53%)と最も多かった.病変を生じた部位に を用いて行った.TEG の基礎となる交流分析では,人 ついては,19 例中,乳房部 8 例 (42%) ,顔面 5 例 (26%) にはみな内部に自我状態として三つの部分があるとし の順で多かったが,耳後部に生じた報告は自験例以外 ている.すなわち,親の自分 (Parent : P) ,大人の自分 には認められなかった.他の報告例の中にも,頭部12)や (Adult : A),子供の自分(Child : C)である.エゴグラ 妊娠中の下腹部に生じた症例20)が報告されており,直 ムではさらにそれを Critical Parent(父親の様に批判 視できない部位においては,心的機制がより強く作用 的な親:CP) ,Nurturing Parent(母親の様に養育的な する可能性があると考えた. 親:NP),Adult(大人としての理性:A) ,Free Child 患者ないし家族が病変を自覚した後,医療機関を受 (生まれたままの自由な子供:FC) ,Adapted Child (順 診して診断が確定するまでの期間,すなわち通常の洗 応した子供:AC)の 5 つの自我状態に分類し,この心 浄行為がなされなかった期間について,報告された症 理的なエネルギーの割り振りをグラフ上にプロットし TEG 分析を試みたアカツキ病 1133 低値の N 型(FC 低位型)に相当した. 他の疾患についての TEG パターン4)としては,不安 神経症では,平坦型(30%)についで N 型(22.9%)が 多いとされ,抑うつでは N 型(22.7%)が最も多いとさ れる.その N 型の中でも最も多い NP 優位 FC 低位型 は自験例と同じ型である.一方,身体の健康状態に過 度の関心を示し,常に病気ではないかと心配している 心気症では,FC 低位型と W 型が多い.末松ら4)は,心 気症における N 型の頻度については言及していない が,少なくとも FC 低位型と W 型のいずれにおいて も,自験例と共通の FC 低位傾向がみられると記して いる. また,アカツキ病に対してこれまで報告された TEG 以外の心理学的検査では,山田ら10)がバームテストに て抑圧傾向がある症例を報告しており,また,岡ら18)は PF スタディによる心理検査を施行し,内罰,無罰傾向 が優位で,不平不満をことさら縮小し,事を荒立てな い傾向が顕著であった症例を報告している.TEG にお ける FC 低位傾向は,自他に厳しく,自己の欲求を極端 に抑え込み,過剰適応し,劣等感に悩む性格傾向を示 すとされ4),性格的には上記の検討と同様の背景と考 えた. 図 3 自験例のエゴグラムパターン(CP : Critical Parent , NP : Nurturing Parent , A : Adult , FC : Free Child, AC : Adapted Child) 以上を総括すると,自験例では TEG により心気症 や,抑うつ,不安神経症に共通する性格分析パターン を認め,また過去の報告例とも共通する性格的背景を 見いだした.この事実はアカツキ病の病変形成に至る て視覚的にパターン化しようとするものである.実際 心的機制の性格的背景は TEG により充分に描出可能 には被検者は定型 60 項目の質問に対し,あてはまる, であることを示していると考えた. どちらでもない,あてはまらないの○△×で解答する. アカツキ病を含む精神的皮膚病変は多岐にわたり, 検者は,例えば CP を示唆する質問 「物事に批判的であ 原因となる精神的背景も多様である.自験例で使用し る」に○をつけた場合 2 点,△なら 1 点,×なら 0 点 た心理テストは病像形成の背景を探る上で有効であっ といった様に点数化し,5 つの自我状態ごとに集計し たが,この領域の疾患の病因を推測するには心療内科 て専用のプロット用紙上でグラフ化する.末松ら4)はエ ないし精神科領域を含めた多方面からのアプローチが ゴグラム曲線のパターンを 17 に分類して,その特徴を 肝要と考える. 示したが,自験例のパターンはその中で NP 優位 FC 文 1)坂本邦樹:診断名,皮膚,2 : 482, 1960. 2)坂本邦樹:皮膚科領域における精神身体医学,皮 膚病診療,4 : 898―904, 1982. 3)Landes E, Hautarzt, 32 : 432―433, 1981. 4)末松弘行,和田!子,野村 忍,俵里英子:エゴグ ラム・パターン―TEG 東大式エゴグラムによる 性格分析―,金子書房,東京,1989, 1―130. 5)坂本邦樹:アカツキ病を考える―上記論文「facial pomade crust の 3 例」に関連して―,皮膚病診療, 献 5 : 1042, 1983. 6)浜田稔夫,鈴木伸典:アカツキ病,臨皮,29 : 490, 1975. 7)菊池一郎,伊佐冨紀子:あかつき病,日皮会誌, 88 : 381, 1978. 8)岡部俊一:いわゆる垢つき病(坂本)の 3 例,日皮 会誌,89 : 650, 1979. 9)岡部俊一:肺癌患者にみられた垢つき病,日皮会 誌,90 : 379, 1980. 1134 金子 10)山田秀和,吉田正己:アカツキ病の 1 例,皮膚病診 療,6 : 141―142, 1984. 11)清水正之:アカツキ病,日皮会誌,95 : 599, 1985. 12)中野朝益,大熊守也,手塚 正:アカツキ病を思わ せた慢性円板状エリテマトーデスの 1 例,皮膚科 紀要,80 : 170, 1985. 13)高瀬孝子,内藤!一,馬場 徹,上野賢一:アカツ キ病(蠣殻疹)の外観を呈した顔面播種状粟粒性狼 瘡,皮膚臨床,28 : 1402―1403, 1986. 14)山畑 裕,吉田正己,手塚 正:アカツキ病の 1 例,皮膚,30 : 103, 1988. 15)外松茂太郎,中橋彌光:アカツキ病,皮膚科紀要, 84 : 142―143, 1989. 16)前田 学:19 歳の女性にみられたアカツキ病の 1 例,皮膚臨床,33 : 122―123, 1991. 健彦ほか 17)滝野長平,松永 剛,渡辺孝雄:いわゆる 「アカツ キ病」の 1 例,日皮会誌,101 : 652―653, 1991. 18)岡 孝和,松岡洋一,小牧 元,三島徳雄,中川哲 也:ア カ ツ キ 病 の 1 例,心 身 医,31 : 405―409, 1991. 19)窪 田 泰 夫:ア カ ツ キ 病 の 1 例,皮 膚 臨 床,35 : 658―659, 1993. 20)寺嶋 亨,本城貴子,安永千尋,新藤季佐,鈴木伸 典,高 橋 仁 子:ア カ ツ キ 病―妊 婦 に み ら れ た Acanthosis Nigricans 様 皮 疹―,皮 膚 臨 床,37 : 1918―1919, 1995. 21)井上佳代,河井正晶,Suttirat Reangchainam,坪 井良治,小川秀興:アカツキ病の 1 例,皮膚臨床, 39 : 1845―1847, 1997. An Analysis of Ego State Involvement in Akatsuki Disease Using Tokyo University Type Egogram Takehiko Kaneko1), Michiyo Kaneko2)and Hidemi Nakagawa3) 1) Department of Dermatology, Faculty of Medicine, University of Tokyo(Director : Prof. K. Tamaki) 2) Chuo-ku, Tokyo 3) Department of Dermatology, Jichi Medical School (Received February 14, 2003 ; accepted for publication March 11, 2003) We assessed the usefulness of the Tokyo University Type Egogram(TEG)as an analysis of ego state involvement in the onset of akatsuki disease. The patient was a 75-year-old female who had brownish plaques on the right auriculotemporal area that were easily removed by tweezers. We made a diagnosis of akatsuki disease, in which there is a psychological disorder that prevents patients from washing off everyday dirt. The TEG of this patient showed N-type with a high level of Nurturing Parent(NP)and a low level of Free Child (FC) .This pattern is usually observed in patients with anxiety neurosis or depression. The low level of FC is also seen in hypochondriasis. We concluded that this egogram was clinically useful in reflecting the patient’ s ego state involvement in akatsuki disease. (Jpn J Dermatol 113 : 1131∼1134, 2003) Key words : Akatsuki disease, Tokyo University Type Egogram(TEG)
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