日本中毒情報センターで受信したいわゆる 「合法ハーブ」による急性中毒

中毒研究 2011;24(4):323-327 掲載分
中毒情報センターから
日本中毒情報センターで受信したいわゆる
「合法ハーブ」による急性中毒に関する実態調査
黒木由美子 1) 飯田
高野
博徳 1) 荒木
遠藤
容子 1)
1)
2)
薫 1)
竹内
明子 1) 三瀬
浩之 1) 飯塚富士子 1) 波多野弥生 1)
水谷
太郎 1)2) 吉岡
敏治 1)3)
財団法人日本中毒情報センター
筑波大学大学院人間総合科学研究科臨床医学系
3)
雅史 1)
救急・集中治療部
大阪府立急性期・総合医療センター
はじめに
インターネットの普及に伴い国内外のさまざまな医薬品や商品の入手が容易になると、
日本中毒情報センター(以下、JPIC と略す)へは違法ドラッグ等による急性中毒の問い合わ
せが増加した。JPIC では、違法ドラッグ等に関する受信件数の増加や、これらの急性中毒
症例について中毒学会などへ報告し、常に警鐘を鳴らしてきた(Fig.1)1)~7)。しかし、違法
ドラッグ等に対する法規制と類似構造をもつ新しいドラッグの市場への登場は、常にいた
ちごっこであるのは周知のとおりである。
2008 年以降、JPIC においては、インターネット上でハーブやポプリなどと謳って販売さ
れている、いわゆる「合法ハーブ」
(以下、
「合法ハーブ」)を紙で巻いてタバコ様に、ある
いはキセルなどで吸入し、中毒症状が出現したという問い合わせが増加している。
「合法ハ
ーブ」には、大麻の主成分であるテトラヒドロカンナビノールと化学構造が類似している
合成カンナビノイドが含まれていることが多く、現在、違法ドラッグとして規制が進めら
れているところである 8)~12)。さらに、JPIC への問い合わせ例では意識障害や興奮多幸感
のみでなく、頻脈、痙攣などの重篤な中毒症状が出現した例が散見された。
そこで、今回、JPIC で受信した「合法ハーブ」による急性中毒に関する実態を調査した
ので報告する。
Ⅰ 方法
1.日本中毒情報センターへの問い合わせ事例
2008 年 1 月~2011 年 6 月までに、JPIC で受信した「合法ハーブ」による急性中毒に関
する問い合わせ 36 件について解析を行った。
2.医療機関に追跡調査し得た症例
2008 年 1 月~2011 年 6 月までに JPIC で受信した「合法ハーブ」に関する医療機関から
の問い合わせに対して、急性中毒症例調査用紙の送付による追跡調査を行い、回収し得た
1
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12 件(14 例)について、詳細に解析した。
Ⅱ 結果
1.日本中毒情報センターへの問い合わせ事例
Fig.2 に JPIC で受信した「合法ハーブ」に関する問い合わせ件数、および「合法ハーブ」
に含まれると考えられている合成カンナビノイドの指定薬物規制の施行時期を矢印で示し
た。
問い合わせ件数は、2008 年は 3 件、2009 年は 2 件、2010 年は 8 件であり、2011 年は 6
月までにすでに 23 件を受信し、急増していることが判明した。
商品名は、2008 年と 2009 年はスパイス系の商品(スパイスゴールド、スパイスダイア
モンド、スパイスダイアモンドスピリット)が主であったが、指定薬物制度により一部の
合成カンナビノイドが規制されると、さまざまな商品名の「合法ハーブ」の問い合わせを
受信した。ブレイズ、ゴースト、スカル、ブレイン、ロックスター、ラッシュトリップ、
斬(ザン)、刀(カタナ)などである。
連絡者は、医療機関が 34 件(94.4%)であり、一般市民は 2 件(5.6%)であった。また、
北海道や沖縄を含む全国各地から問い合わせがあった。
患者年齢層は、10 歳代 9 件(25.0%)、20 歳代 21 件(58.3%)と若年層が多く、30 歳代 3 件
(8.3%)、40 歳代 2 件(5.6%)、60 歳代 1 件(2.8%)であった。性別は男性 31 件、女性 4 件、不
明 1 件であった。なお、複数名で摂取していたことが確認できた事例が 3 件あったが、統
計上は重篤な患者または年齢が若い患者について計上している。
摂取理由はすべて乱用目的であり、摂取経路は吸入が 35 件、経口が 1 件であった。
すべての問い合わせで中毒 110 番受信時まで何らかの症状が認められており、意識障害、
興奮多幸感、幻覚などのほか、痙攣、頻脈、不整脈、散瞳、呼吸困難、血圧低下などの重
篤な症状も聴取していた。
2.医療機関に追跡調査し得た症例
Table 1 に、追跡調査し得た 12 件(14 例)について、商品名、患者年齢、摂取経路、
受診までの時間、中毒症状、治療、入院日数、分析に関する事項を示す。なお、症例番号 6、
7、8 は、友人同士が一緒に吸入したという同一事例である。
商品名は、スパイスダイアモンド、ブレイン、ロックスター、斬、刀斬、ノーザンライ
ト、セサミストリートなどであった。なお、入手方法は、インターネットで購入した 4 例、
店舗で購入した 2 例、知人からもらった 1 例、不明 7 例であった。
患者の年齢層は、10 歳代 7 例、20 歳代 4 例、30 歳代 1 例、40 歳代 2 例であり、性別は
すべて男性であった。
摂取経路は、吸入が 13 例(あぶり 5 例、紙巻 4 例、キセル 2 例、タバコの先に盛る 2
例)、インターネットの記載をまねして興味本位で食べたという経口摂取 1 例であった。
中毒症状の出現時間は早く、吸入あるいは経口摂取後 3.5 時間以内に医療機関を受診し
ていた。出現症状は、大麻中毒の主症状である意識障害や精神症状のみならず、ショック
状態(1 例)、振戦・痙攣(5 例)、頻脈(11 例)、散瞳・羞明(7 例)などが認められた。
症例番号 13 は、43 歳男性が、これまで第二世代の「合法ハーブ」を乱用していたが、
2
中毒研究 2011;24(4):323-327 掲載分
今回、第三世代の「合法ハーブ」を初めて吸入し、ショック状態になったという例であっ
た。なお、この患者は常用薬として、三環系抗うつ薬およびベンゾジアゼピン系薬を服用
していた。
治療は、輸液 13 例、酸素マスク 3 例、加温 1 例であり、誤嚥性肺炎を起こした 1 例は人
工呼吸、抗生剤の投与が必要であった。入院を要したのは 10 例で、入院日数は 9 例が 1~
2 日間、誤嚥性肺炎を起こした 1 例は 4 日間であり、外来のみは 4 例であった。
原因成分の分析状況は、医療機関で Triage®を実施したのは 2 例であったが、常用薬以
外は大麻も含め陰性であった。そのほか警察による分析により乱用薬物は陰性と判定され
た例が 1 例、警察が試料を持ち帰ったため分析結果が不明 6 例、分析を実施していないが
5 例であり、最終的に原因成分が判明した例はなかった。
Ⅲ 考察
前述のとおり「合法ハーブ」は、主にインターネット上でハーブ、ポプリなどとして販売
され、これを紙で巻いたりしてタバコ様に吸入する。内容物は乾燥植物であるが、植物は
大麻などではなく雑多なハーブに、多幸感や快感などを高めるために化学物質が添加され
ている。欧州では、2006 年頃から市場に出回り乱用が始まっており、2009 年にドイツなど
で「Spice Gold」という商品から、大麻成分であるテトラヒドロカンナビノールと化学構
造が類似している合成カンナビノイド(JWH-018、CP47,497)が検出されたと報告があり、各
国で監視体制・規制が強化された 8)~10)。
わが国では、迅速かつ的確な違法ドラッグ対応を実現することを目的として、薬事法が
一部改正され「指定薬物制度」が、2007 年 4 月から施行されている 11)12)。この制度は新
たな違法ドラッグが市場に出回った場合、すぐに麻薬に指定するには依存性の立証などに
時間を要するため、まず、無承認無許可医薬品や乱用薬物の疑いがある商品の買上調査な
どの結果から「中枢神経系の興奮若しくは抑制または幻覚の作用を有する蓋然性が高く、
かつ、人の身体に使用された場合に保健衛生上の危害が発生する恐れがある物」について
指定薬物に指定し、乱用を未然に防止するというものである。指定薬物に指定されると、
製造、輸入、販売等が規制される。2007 年 2 月~2011 年 10 月までに、亜硝酸塩、サルビ
ノリン A、カチノン類、合成カンナビノイドなど 68 化学物質(およびこのいずれかを含有
する物)が指定薬物に指定された。
現在、指定薬物に指定されている合成カンナビノイドは 16 種類に上る。これらの物質は、
厚生労働省の買上調査で検出され、さらに、カンナビノイド受容体への親和性を有するこ
と、動物実験によりテトラヒドロカンナビノールと類似した反応が観察されるなど、中枢
神経系の抑制、幻覚作用を有する蓋然性が高いと判断され、指定されている。しかし、こ
のように規制されると、さらに類似成分を含有した、次世代、第三世代、第四世代と謳っ
た「合法ハーブ」が売り出されているのが現状である。
一方、米国中毒対策センター連合(AAPCC)は、合成カンナビノイドに関する中毒の受信
件数が、2010 年は 2,915 件、2011 年は 6 月 30 日までに 3,094 件と、異常に増加している
ことを、ホームページ上のニュースで報告した。ハーブ様の製品で、商品名は、Spice、K
2、Genie、Yucatan Fire、Sence、Smoke、Skunk、Zohai などである。さらに、合成カン
ナビノイドの中毒症状は、大麻中毒の症状と類似すると考えられていたが、頻脈、血圧上
3
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昇、嘔気などの症状が報告されており、命に係わる危険性があると注意喚起した 13)。
AAPCC のニュース内容は、JPIC の調査結果と同様であり、これらの商品による中毒の情
報を欧米諸国のみでなく、アジア諸国を含め国際的に情報共有し、注意喚起する必要があ
ると考える。また、原因成分は、合成カンナビノイドのみではない可能性もあり、正確な
分析が望まれる。
今後は、統一的・網羅的に中毒症例を集積し、医療行政や警察などと連携して中毒が発
生した原因成分の分析を迅速に行い、専門家による中毒症例の評価を実施することが重要
である。それにより、指定薬物や麻薬に該当する化学物質の早期発見、および国民への注
意喚起に繋がると考える。
おわりに
近年、ハーブやポプリなどを謳った「合法ハーブ」を吸入したという問い合わせが急増
している。症例の追跡調査の結果、中毒症状として意識障害や興奮多幸感などのほか、シ
ョック、頻脈、不整脈、痙攣、散瞳などの重篤な症状が出現した例があることが判明した
が、これらの原因成分は分析による確定をみていない。
「合法ハーブ」には、現在指定薬物
として規制が進められている合成カンナビノイドのみでなく、他の成分が含まれている可
能性もあり、注意が必要である。
JPIC は引き続き受信状況や中毒症例を学会などへ報告して警鐘を鳴らす必要があり、さ
らに、行政と連携して早期に規制ができる体制を整備することが今後の課題であると考え
る。
【文献】
1)黒木由美子,飯田薫,荒木浩之,他:中毒情報収集・提供にみるネット社会の功罪.中毒
研究 2009;22:302-08.
2)黒木由美子:日本中毒情報センターの問い合わせみる最近の傾向.中毒研究 2004;17:
241-3.
3)荒木浩之,石川晶子,古藤優子,他:インターネットで入手できる外国製医薬品等の現
状.中毒研究 2000;13:427-32.
4)真殿かおり,坂井祐子,波多野弥生,他:幻覚剤として使用されるマジックマッシュル
ームによる中毒事故の実態調査.中毒研究 1999;12:443-7.
5)後藤京子,財津佳子,田村満代,他:外国製品,特にメラトニンによる中毒について.
中毒研究 1998;11:291-5.
6)(財)日本中毒情報センター:2010 年受信報告.中毒研究 2011;24:127-58.
7)(財)日本中毒情報センターホームページ:受信報告.
http://www.j-poison-ic.or.jp/ (2011 年 9 月 21 日現在)
8)European Monitoring Centre for Drugs and Drug Addiction ホームページ:Understanding
the Spice phenomenon.(November 2009)
http://www.emcdda.europa.eu/publications/thematic-papers/spice
(2011 年 9 月 21 日現在)
9)European Monitoring Centre for Drugs and Drug Addiction ホームページ:Annual Report
4
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2010. (November 2010)
http://www.emcdda.europa.eu/publications/annual-report/2010
(2011 年 9 月 21 日現在)
10)内藤裕史:大麻.薬物乱用・中毒百科,丸善,2011,pp164-204.
11)厚生労働省医薬食品局監視指導・麻薬対策課:薬物乱用の現状と対策(平成22年10月)
http://www.mhlw.go.jp/bunya/iyakuhin/yakubuturanyou/dl/pamphlet_04.pdf
(2011年9月21日現在)
12)厚生労働省ホームページ:薬部乱用防止に関する情報のページ.
http://www.mhlw.go.jp/bunya/iyakuhin/yakubuturanyou/
(2011年9月21日現在)
13)The American Association of Poison Control Centers ホームページ: AAPCC News
Poison Centers Report Calls about Synthetic Marijuana Products.(May 12, 2011,
Updated August 2, 2011)
http://www.aapcc.org/dnn/Home.aspx
(2011年9月21日現在)
5
中毒研究 2011;24(4):323-327 掲載分
(件)
60
マジックマッシュルームが
麻薬原料植物として規制
50
40
20
幻覚性トリプタミ
ン類 幻覚性アンフェ
タミン類 マジックマッシュ
ルーム
ベニテングダケ
抽出物 GHB類
10
亜硝酸エステル
類
その他・不明
5-MeO-DIPTなどが
麻薬として規制
30
亜硝酸エステル類など
が指定薬物として規制
0
1996 1997 1998 1999 2000 2001 2002 2003 2004 2005 2006 2007 2008 20009 2010 (年)
Fig.1 違法ドラッグ等に関する問い合わせ件数経年推移
(件)
18
指定薬物
追加
16
14
12
10
8
指定薬物
追加
6
指定薬物
追加
4
2
0
月 月
月
月
3月 6月 9月 12月 3月 6月 ~9月 12 3月 6月 ~9月 12 ~3 ~6
4
1~ 4~ 7~ 10~ 1~ 4~ 7 10~ 1~ 4~ 7 10~ 1
2008年
2009年
2010年
2011年
Fig.2 いわゆる「合法ハーブ」に関する問い合わせ件数
6
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Table1 JPICで受信したいわゆる「合法ハーブ」中毒症例の詳細 (14例)
症例番号
商品名
年
齢
経
路
受診まで
の時間
意識
障害
精神症状
痙攣
脈拍
瞳孔
1
スパイス ダイアモ
ンド +アルコール
30
吸
入
2.6
GCS
14
-
-
106
-
咽頭部絞扼感
頻呼吸、掻痒感
EX-SES
18
経
口
-
GCS
15
興奮多幸感
不安感
-
120
散瞳
スパイス ダイアモ
ンドスピリット
44
吸
入
1.9
JCS
I
-
-
100
-
ブレイン
24
吸
入
2.4
JCS
I
-
痙攣
-
-
27
吸
入
2
-
ロックスター
15
吸
入
1.9
GCS
15
-
振戦
ロックスター
16
吸
入
1.7
GCS
15
-
ロックスター
16
吸
入
2
JCS
Ⅲ
ジプシー、ハート
パラダイス、 ニンビン
19
吸
入
0.4
GCS
9
25
吸
入
0.7
JCS
Ⅱ
16
吸
入
3
消
失
18
吸
入
1.5
GCS
14
43
吸
入
3.5
JCS
Ⅱ
-
-
90
散瞳
23
吸
入
3.3
JCS
Ⅱ
-
-
112
-
(2008/10)
2
(2009/2)
3
(2009/10)
4
(2010/11)
5
(2010/12)
6
(2010/12)
7
(2010/12)
8
(2010/12)
9
(2011/2)
10
ハーバル インセ
ンス 3G
商品名不明
(2011/3)
11
(2011/5)
12
(2011/5)
13
(2011/5)
14
(2011/6)
ノーザンライト
斬
刀斬
(第三世代)
セサミストリート
入院
日数
分析
輸液
1
Triage
(-)
悪寒、四肢冷感
口渇
加温
輸液
2
なし
呼吸困難、頻呼吸
動悸、脱力感
酸素マスク
輸液
1
なし
2
警察
(-)
治 療
その他の症状
気分不良、呼吸困難
脱力
-
羞明
動悸、嘔気・嘔吐、
頭痛、知覚異常
輸液
外来
[警察]
116
散瞳
脱力
呼吸性アシドーシス
輸液
2
[警察]
振戦
152
散瞳
嘔気
呼吸性アシドーシス
輸液
2
[警察]
-
痙攣
106
散瞳
誤嚥性肺炎、発熱
呼吸性アシドーシス
人工呼吸
輸液
抗生剤
4
[警察]
-
-
118
散瞳
嘔吐
輸液
外来
[警察]
動悸、記憶障害
酸素マスク
輸液
2
なし
なし
-
興奮多幸感
せん妄
痙攣
-
-
-
-
120
120
107
-
違和感、PQ延長 (以
輸液
1
めまい、口渇、
下肢脱力
輸液
外来
なし
ショック状態
血圧低下、構音障害
酸素マスク
輸液
2
Triage*
(-)
嘔吐
輸液
外来
[警察]
前にECG検査異常あり)
*常用薬は除く
7