教師の放課後

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行事の精選、放課後の確保と言われて久
しいが、はたして本当にそれが成され
ているのだろうか。たとえ成されたとしても、
教師はその確保された時間をどの様につかう
のだろうか。
他の教師がどのように考えているのかは分
からないが、私はその時間を職員室で会議に
使ったり、採点に使ったりするのはもったい
ないと考えている。放課後は、子どもたちが
授業中には見せない顔をたびたび見せてくれ
る。それを見ないのはあまりにももったいな
いではないか。ついこの前にも、このような
事があった。
10月17日(火)。10月に入ってから
ほとんどなかった放課後の時間が久しぶりに
あいた。運動会に始まり、陸上記録会、読書
感想文と、次から次へと行事に追いまくられ
ていた。とうとう私自身体調を崩し、職員旅
教師の放課後
植 田 精 志
行にも参加できなかったほどだ。
今日こそは、と賢と二人で繰り下がりの引
き算プリントに取り組んだ。1枚目、何度も
間違ってはやり直し。やっと正解。こんな計
二人で、
「ははは。」
と大笑い。
「やった、おうた。」
算もできないとは。頭を抱える私。
私が賢を担任する前、よく見かけた放課後
の風景が思い出された。当時の担任と賢が、
机をはさんで向かい合い、にらみ合っていた
風景だ。苦しそうな賢。担任も苦しそうだっ
「できたやか。」
「もう一枚やっていこうかな。」
た。
あっ、今おれもきっとそんな顔になってい
るんだ、そう思うと、ますます苦しくなって
くる。それでも、私は、
「もう一枚。」
とまた初めからやらせた。しぶしぶとやり始
めた賢。今度は間違わずに最後までできそう
だった。最後の一問が終わる瞬間、賢がにや
りと笑った。わたしもつられて、
「へへへ。」
そう言って、次のプリントをやり始めた賢。
この子もやっぱり分かることがうれしいのだ、
分かりたいのだ。改めて確信できたし、二人
そろって笑うのも久しぶりだった。賢につら
れて私もうれしくなった。
10月28日(水)。職員会が早くおわり、
五時までにはまだ少し間がある。今日は通っ
ている歯医者に早めに行こうかと思っている
と、公民館から帰ってきた教頭先生が、
「今、公民館で梢ちゃんと亜弥ちゃんが勉強
しよったで。」
と私に声をかけてくれた。やった見に行こう、
と思いさっそく学校を出た。
公民館に着くと、 二人は机の周りではしゃ
いでいる。
「ありゃ、勉強はもう終わったかよ。」
「うん、もう全部すんだで。」
笑いながら梢が言う。
二人がミカンを食べていたので、
「風邪をひいて具合の悪いもんに食べさせちゃ
らないかん。」
と風邪をひいていた私が言うと、半分分けて
くれた。
「先生、この前の花に似いた花が、前にある
で。」
と梢。
『この前の花』と言うのは、以前、村祭りの
ときに梢が教えてくれた花で、その花の実を
潰すと、種が勢いよくいくつも飛び出してく
るのだ。私がとても驚いたので、梢は覚えて
いたのだろう。
公民館の前の花は、似ているというだけで
その花ではなかった。
「あっちにあるで。」
実を摘むと、全部私にくれた。
「さようなら。」
と手を振りながら別れるときの子どもたちの
笑顔は、いきいきとしていた。
その後、家に帰ってその花のことを調べて
みた。「黒種草(くろたねそう)」または
「ニゲラ」というらしい。「花が終わると実
が風船のようにふくれはじける」と書かれて
いた。
教室では子どもたちに教える側の私が、教
室の外で子どもたち教えられた。
やはり放課後、教師は職員室でくすぶって
いてはいけないのである。
と亜弥が言った。途中から花織もやってきた
ので、四人で探しに狭い路地に入った。
着いた所は誰かの家の前で、プランターに
その花が植えてあった。
「これ、採ったらいかんがやない?」
とひそひそと話しながら、みんなで幾つかの
(写真:「季節の花 300」
http://www.hana300.comより)
ニゲラ 別名「黒種草(くろたねそう)」
南ヨーロッパ原産。白、青の八重の形の花。
開花は春~夏。金鳳花(きんぽうげ)科。
8月22日、9月30日の誕生花。
花言葉は「未来」「夢で逢いましょう」