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東京未来大学研究紀要
2014 vol.7
研究ノート
海に囲まれて育った子どもたちの「自然への感受性」
―日本・フィジーの子どもたちとの比較を通して―
藤後 悦子・磯 友輝子・坪井 寿子
“Sensitivity to Nature” of Children Living near the Sea: Based on Comparing Japanese and Fiji Children
Etsuko Togo, Yukiko Iso and Hisako Tsuboi
要約
This research is focused on clarifying the acknowledgement of children’s sensitivity to nature.
We selected Fiji and Okinawa in Japan, since they are surrounded by the ocean, though there is a
big difference in the spread of information. The research was conducted by showing pictures or
playing sounds related to nature to children in Fiji and Okinawa in Japan. Participants were 13
children of 3 years old, 13 children of 4 years old in Fiji and 6 children of 4 or 5 years old at a
non-approved childcare and 2 children of 1st to 3rd grade in elementary school in Okinawa. Both
Fijian and Okinawan children reacted very well to the many varieties of the ocean that is very
familiar to them. Some children even talked about an episode linked to their experiences. On the
other hand, their reaction to the mountain is poor both in quality and quantity. They could only
express their thoughts of the pictures in a few words.
キーワード
自然への感受性,フィジーの子ども, 日本の子ども
1.問題
1970 年のアメリカにおける環境教育法の成立以降、1980 年代から「自然と人間との共生」というキ
ーワードが、日本でも頻繁に登場している。1992 年の地球サミット、2002 年の環境開発サミット、2007
年の「21 世紀環境立国戦略」では、自然と人間とが共生するための持続可能な開発が取り上げられた。
このように「自然と共生する力」は、次世代の人間にとって必要不可欠な力であり、幼少期から「自然
と共生する力」を生活の中で、また教育の中で育てていくことが求められる。
2008 年の幼稚園教育要領(文部科学省,2008)では、
「環境」の分野の第一のねらいとして「身近な
環境に親しみ、自然と触れ合う中で様々な現象に興味や関心をもつ」が挙げられており、同じく 2008
年の保育所保育指針(厚生労働省, 2008)でも保育目標として自然の重要性が明記されている。このよ
うに、近年保育の中でも自然と関わる重要性が認識され、環境教育の実践や自然と関わる保育の実践(田
尻・武藤,2005)
、森の幼稚園の実践(福田,2006;宮里,2003)などが行われ、子どもに対する肯定
的な効果が示されている。また自然と関わる保育を支えるため、保育者を目指す学生への野外教育(加
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海に囲まれて育った子どもたちの「自然への感受性」
藤後 悦子・磯 友輝子・坪井 寿子
藤・堀,2005)などの実践も報告されている。
しかしながら、子どもが身につけるべき「自然と共生する力」とは、具体的にどのような力であろう
か。環境教育の分野で先駆的な試みを展開しているデンマークでは、子どもの発達にあったプログラム
として、第1段階「体全体で自然と親しむ」
、第 2 段階「自然を体験し観察することを学ぶ」
、第 3 段階
「自然を理解することを学ぶ」
、第 4 段階「人間がどのように自然に影響を与えているかを学ぶ」
、第 5
段階「自然保護に対しての自分の意見をもつ」
、第 6 段階「行動する」という段階を設定している(岡
部,2007)
。すなわち、自然と共生するためには、その前提として、子どもたちが、自然という対象と
関わり、自然を理解するプロセスが必要なのである。
自然と関わり、自然を理解するということは、私たち人間から一方的に自然と関わるのではなく、自
然と人間との相互作用が求められる。自然と人間の相互作用では、まず人が自然の変化を読み取り、そ
れに対応していくこととなる。つまり「自然と人間との共生」には、その前提として、自然の変化を読
み取る力である、自然に対する感受性の形成が求められるのである。このように、対象となる物事の詳
細な情報を読み取り、何かを感じることができることを「感受性」と表現し、これは自然と共生する力
の基盤となる能力であると考えられる。感受性とは、大辞泉(小学館)によると「外界の刺激や印象を
感じ取ることができる力」と表現されており、本研究では、
「自然への感受性」を「自然の状況を認知し、
共感的に理解する力」と便宜的に定義することとする。
「自然への感受性」が高いということは、自然の変化を漠然ととらえるのではなく、より詳細な変化
を読み取ることができることとなり、自然に対する興味・関心が形成されやすいと考えられる。例えば、
窓の外を見たときに、自然への感受性が低いと、ただ窓の外に木があるととらえてしまうのかもしれな
い。一方、
「自然への感受性」が高いと、その木の葉の色つき、木の実の様子、風が吹いた時の木の葉の
動き方、木のにおい、木の葉にあたった光など、木に関連するさまざまな変化をとらえることができる
であろう。また自然の変化に敏感になるだけではなく、自然の変化を、今までの実体験と結びつけて、
自然の様子を味わったり、昔の記憶を想起することも起こりうる。
しかしながら、この「自然への感受性」は、短時間で形成されるものではなく、幼少期の経験量や経
験の質に由来する能力である。つまり、子どもの「自然への感受性」の形成に関して、子どもを取り巻
く文化や環境が大きく影響し、その環境にどのように関わってきたかという経験が関係するのである。
例えば、そもそも自然が環境的にあまり恵まれていない都会の子どもたちと農村部や海岸部で生活して
いる子どもたちを比較した場合、
自然との接触頻度や自然への関わり方が異なるため、
「自然への感受性」
の質は異なるものと考えられる。しかしながら、周囲が自然に恵まれている地方の子どもたちの現状と
いえども、子どもたちは自然を活用して遊ぶことよりも家の中で一人で遊ぶ傾向が増えている(汐見,
2008)
。すなわち、豊かな自然が周囲にあったとしてもそれを意識するような関わりがないと、子ども
の「自然への感受性」は脆弱なものとなってしまう可能性が高いのである。これは言い換えると、都会
で生活している子どもたちであっても、自然を意識した保育や教育を展開することで「自然への感受性」
が高まるかもしれないことを意味している。
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それでは、具体的に「自然への感受性」は、どのように構成されているのであろうか。本研究では、
自然への感受性を知識ネットワークの拡大という認知的側面と、関係性形成の側面、そしてこれらを踏
まえた情緒的側面という 3 つの視点からとらえることとした。
認知的側面から説明すると、自然との接触が多いほど、自然に対する知識のネットワークが拡大し、
自然に対するスキーマの広がりが生じ、その結果、自然に対する興味・関心が高まり、
「自然への感受性」
が高まると考えた。次に関係性形成の側面では、
「自然への感受性」は、自然と人間との相互作用の中で
形成され、
「自然への感受性」が高いと、人と自然との距離感が近く親密性が形成され、感受性が低いと
関係性や距離感も遠いと考えられる。また情緒的な側面では、
「自然への感受性」が高いと、自然の状況
を認知し関係性を形成した際、自然に対して「心地よい」
「尊い」
「怖い」などなんらかの情動的な反応
を生じる。しかし「自然への感受性」が低いと、自然に対して情動的な反応が生じにくいと考えられる。
これら「自然への感受性」の 3 つの側面から、本研究では「自然への感受性」の認知的側面について
取り扱うこととし、幼少期の経験量や経験の質が「自然への感受性」の認知面にどのように影響を与え
るのかを明らかにすることを目的とした。なお、田口(2011)が児童期の自然とのふれあいの多い地域
への住居経験が、木材への親近感や木材を利用したいと思う意識の高さと関連していることを示してい
る。したがって、幼児期の自然とのふれあい経験の量や質には、住居地に注目する必要がある。
近年の子どもたちを取り巻く情報化社会の進展により、子どもたちの遊びや生活に急激な変化がみら
れる。同じような自然環境の中に生活している子どもたちであっても、もう一つの環境の変化である情
報化により子どもたちの「自然への感受性」の発達が異なると考えられる。藤後・坪井・田中・鈴木・
磯(2013)は、情報化が進展していない地域と情報化が進展している地域として、同じような自然環境
に囲まれたネパールと日本の長野県を取り上げ、描画による「自然への感受性」の違いを明らかにした。
本研究では、類似の条件として、情報化社会の有無の相違があり、かつ「海」という自然環境が同じで
あるフィジーと日本の沖縄の子どもたちを取り上げることとし、視覚的刺激および聴覚的刺激を用いて
子どもたちの「自然への感受性」の違いを明らかにすることとした。
「自然への感受性」の認知的側面として、自然に関する知識の量と種類について取り上げることとし、
下記の仮説をたてた。
仮説1:子どもたちの生活環境を取り巻く自然に対して感受性が高く、自然に対する知識が豊富であ
ることが予想される。つまり、フィジー・沖縄の子どもは山より海の刺激への感受性が高く、海に関す
る知識が豊富であろう。
仮説2:生活環境が類似していても、情報化社会が進展している日本の子どもたちのほうがゲームな
どの室内遊びなどが多いため、
「自然への感受性」が低いであろう。
以上より、子どもたちの生活環境による「自然への感受性」への影響を明らかにし、併せて幼少期の
子どもの「自然への感受性」を高めるために、教育や保育はどのような役割を果たす必要があるかを検
討することとした。
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海に囲まれて育った子どもたちの「自然への感受性」
藤後 悦子・磯 友輝子・坪井 寿子
2.方法
(1)実験参加者
フィジーの第 2 の都市にある公立幼稚園に在籍する 3 歳児 13 名、4 歳児 13 名、沖縄の無認可保育園
に在籍する 4 歳児・5 歳児 6 名、小学校低学年 2 名。
(2)手続き
視覚的刺激と聴覚的刺激を提示し、それぞれの内容について集団による自由な発言を求め、その様子
をビデオで録画した。
(3)実験材料
視覚的刺激として、山の写真(険しい山脈の見える岩山で奥に雪山が見え、手前から奥に舗装されて
いない道が通っている写真)と海の写真(白い砂浜に透明度の高いさざ波が打ち寄せている写真)をそ
れぞれ1枚、聴覚的刺激(コロンビアミュージックエンターテイメント株式会社「効果音全集①自然、
②動物・鳥・虫・蛙、④生活・日常・工事現場」
)として、自然に関する音である、ライオン、カラス、
ミンミンゼミ、水の流れ、風の音を提示し、それぞれの正答および、これらの刺激から連想する内容に
ついて自由に回答を求めた。
(4)分析指標
①正答率
視覚刺激については、提示した刺激名の正答率を記述した。すなわち、山の写真を見て「山」と回答
した場合、海の写真を見て「海」と回答した場合に正答としてカウントした。なお、聴覚的刺激につい
ては、刺激ごとの言語反応をもとに考察する。
②反応数
山および海に関する視覚的刺激への言語反応数を刺激内容の記述、刺激内容以外の記述に分類し、そ
の中で一般的知識の単語の表出と生活体験エピソードの表出の 4 つに分類した。これら分類の関係を示
したものが図 1 である。
図 1 言語反応の分析
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3.結果
(1)写真による視覚的刺激への反応
はじめに、視覚的刺激としての海の写真と山の写真を提示した結果、表 1 に示す通り、海の写真の正
答率は、フィジーの 3 歳児で 62%、4 歳児で 92%、沖縄では幼児グループ 100%、小学生低学年グル
ープ 100%であった。一方、山の正答率は、フィジーの 3 歳児は 31%、4 歳児は 69%、沖縄の幼児グ
ループ 100%、小学生グループ 100%の正答率であった。
表 1 フィジーと沖縄の子どもの刺激に対する正答率
フィジー
沖縄
視覚的刺激 3歳(N =13) 4歳(N =13)
4・5歳(N =6) 小学校低学年(N =2)
海
62%
92%
100%
100%
山 31%
69%
100%
100%
表 2 フィジーと沖縄の子どもの刺激内容に関する記述・発言件数
海
刺激内容の記述・
発言件数
単語
生活体験
エピソード
刺激内容以外の
記述・発言件数
単語
生活体験
エピソード
合計
山
フィジー
沖縄
フィジー
沖縄
2
0
5
5
0
0
0
0
20
12
1
1
0
4
0
0
22
16
6
6
次に視覚的刺激を提示した際の子どもたちの言語反応数について分析した(表 2)
。分析方法は、山(海)
の写真に描写されているものに関する発言件数と山(海)の写真に関連するが写真の内容ではない反応
数に分類した。さらに、反応内容を単語数と生活体験エピソード数に分類してカウントした。その結果、
海の写真を提示した場合、フィジーでは、海の写真内容そのものに関する単語数は 2 件、沖縄では 0 件
であり、生活体験エピソード数はフィジー、沖縄ともに 0 件であった。一方、海の写真に関連する単語
数は、フィジーで 20 件、沖縄で 12 件、海の絵に関連する生活体験エピソード数は、フィジーでは 0 件、
沖縄では 4 件であった。なお、重複した内容の発言数のカウントは、のべ数ではなく種類数のみをカウ
ントした。山の写真そのものの描写の単語数は、フィジーで 5 件、沖縄で 5 件、生活体験エピソード数
はフィジーで 0 件、沖縄で 0 件であった。山の写真の内容に関連する単語数は、フィジーで 1 件、沖縄
1 件、生活体験エピソード数は、フィジー、沖縄の順に 0 件、4 件であった。海の写真と山の写真に関
する発言数の合計は、フィジーでは海が 22 件、山が 6 件、沖縄では海が 16 件、山が 6 件であった。
続いて、発言内容の代表的なものを表 3 に示した。海と山を比較してみると、フィジーおよび沖縄と
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海に囲まれて育った子どもたちの「自然への感受性」
藤後 悦子・磯 友輝子・坪井 寿子
もに山に関しては、写真の内容そのものに関する発言が多く示されていた。一方、海に関しては、写真
以外の発言数が多くその内容は、フィジーの場合「タツノオトシゴ」
「ロブスター」
、沖縄の場合「カマ
ノミ」
「イカ」
「ダイオウイカ」など現地の魚に関連する単語が示されていた。また沖縄の場合、生活体
験エピソード内容として「玉ねぎが海岸に落ちていたから投げる」
「お城作るのが楽しい」
「サンゴを投
げてとんとんとんとなるのが好き」など日常や保育場面での海との関わりの様子が示された。
山の写真提示の場合、写真以外の描写に関する発言は、フィジーの場合には山の湖の水に反応して海
に関連する「サメ」という回答が示されており、山のイメージが浮かびにくい様子が示された。
表3 代表的な言語反応例
海の写真
フィジー
エ
ピ
ソ
フィジー
沖縄
砂、雲、人、水、雪
けむり、雪、雲、山、湖
サメ
雪だるま
ド
タコ、クマノミ、イカ、ダイ
単 魚、サメ、ウミヘ
語 ビ、タツノオトシゴ、 オウイカ
ロブスター,エイ
エピソーー
ド
記刺
述激
・ 内
発容
言以
件外
数の
単 ビーチ、水
語
エピソーー
ド
刺
激
発内
言容
内の
容記
述
・
山の写真
沖縄
エ
ピ
ソ
ド
・玉ねぎが海岸に落ちて
いたから投げる。
・お城を作るのが楽し
い。
・さんごなどを投げる。
・さんごなどが投げてと
んとんとなるのが好き。
(2)音による聴覚的刺激への反応
音による聴覚的刺激への反応を明らかにするために、聴覚的刺激として「ライオンの鳴き声」
「カラ
スの鳴き声」
「ミンミンゼミの鳴き声」
「水の流れ」
「風の音」を提示し、これらに対する言語反応を表 4
に示した。
ライオンは、フィジーでは正答が示されず、身近な「ワニ」と答える子どもが多かった。またカラス
は、フィジー、沖縄ともに正答が示されず、フィジーでは鳥類の回答が目立った。沖縄では、カラスを
連想させるような反応である「ゴミを食べる」などが示された。ミンミンゼミは、フィジーには存在し
ないと考えられ、身近な類似する音である「蛇」
「クモ」などの回答が示された。風の音は、フィジーで
は、
「飛行機」
「風」
「クジラ」が示され、沖縄では「台風」との反応が示された。
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表4 聴覚的刺激に対する代表的な言語反応例
聴覚的刺激
フィジー
沖縄
ライオン
トラ、ワニ、ヒョウ
ホワイトタイガー、ライオン、怖
い
カラス
チキン、イーグル、鳥、アヒル
犬の音、ゴミを食べる、泥棒
ミンミンゼミ
蛇、クモ、ライオン、トラ、
スパイダーマン
クマゼミ、蝉を捕まえる、暑い
水の流れ
水、滝
川、滝
風
飛行機、風、クジラ
台風
4.考察
「自然への感受性」の獲得は、自然と共存するための第一段階である。本研究では、
「自然への感受
性」の認知的側面に焦点をあて検討してきた。子どもの認知の発達は、滝沢(1985)によると第 1 段階
は、対象を求める時期、第 2 段階は、対象に慣れようとする時期、第 3 段階は、特定の対象を探索しよ
うとする時期、第 4 の段階は、すでに同化した対象を自由に使いこなそうとする時期であり、
「遊び」
という活動形態をとるとしている。
本研究で得られた「自然への感受性」の内容を見てみると、フィジーおよび沖縄において、身近な環
境である「海」についての認知は、より詳細であり、提示された写真の描写にとどまらず、写真に関連
し、かつ子ども自身が経験から獲得している知識や生活体験エピソードが示された。一方、身近な環境
にない「山」については、子ども自身の生活と関連する知識が豊かでないため、提示された写真の描写
にとどまっていた。つまり、身近な環境にあるものは、接触経験が多いため、対象に対する知識のネッ
トワークが密になり、知識のスキーマが広がっていることが確認できた。
類似の結果として、子どもたちの描画による表出に関する知見が挙げられる。里山と子どもたちの関
わりを継続してきた伊井野(1999)によると、子どもは里山と関わることで、絵が変化したと指摘して
いる。つまり、最初(春)は季節が意識されない絵だったのが、夏になると、絵から楽しさが醸し出さ
れ、色の種類が増え、虫の足や植物の葉を丁寧に観察して細かく描き、一緒に遊んだ仲間も入っている
絵に変化したとのことであった。つまり、自然との意識的な接触が増加するにつれ、表出される絵が詳
細になり、自分たちが遊んだという実体験に基づいた生活体験エピソードが描画として表現されている
のではないだろうか。
以上のことから、自然との接触頻度が多いほど、
「自然への感受性」が高くなり、対象との相互作用
が増加し、対象をより詳細に認知し、子ども自身の経験との関連性が明確になり、かつ自然に関する知
識ネットワークが増加することが明らかになった。
次に、今回、フィジーと沖縄の子どもたちとの結果を比較したところ、沖縄の子どもは「海」刺激に
対して、
「海」に関連する単語のみでなく、
「海」に関連する生活体験エピソードを示していた。調査対
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海に囲まれて育った子どもたちの「自然への感受性」
藤後 悦子・磯 友輝子・坪井 寿子
象となった沖縄の保育園は、海のすぐ近くにあり、散歩の場所として頻繁に海を利用するなど、日常の
保育でも「海」を取り入れている。一方、フィジーの幼稚園は、海は車ならば近いが、幼稚園の立地は
町の中であり、日常の保育の中に海を取り入れた形で展開されていなかった。当初は、情報化や都市文
化が浸透している沖縄の方が、海は身近にあるが、生活や遊びに「海」という環境を取り入れていない
ことが多いのではということを想定していた。しかしながら、協力を依頼した保育園が自然環境である
「海」を意識した保育を展開しており、だからこそ「海」に関連する実際の生活体験エピソードが多く
表出されていたのだといえる。
以上より、本研究を通して、明らかになったことをまとめると、①子どもの生活環境にある「自然へ
の感受性」が高いこと、②「自然への感受性」が高いと、自然に関連する知識ネットワークの拡大、自
然と子ども自身の体験を関連づける生活体験エピソードの増加、③生活環境にある自然を保育に取り入
れることで、
「自然への感受性」が高まることの 3 点が示された。
これを受け、当初提示した仮説を説明すると、仮説 1 に関しては、フィジーと沖縄の子どもたちは、
山と比較して海刺激への感受性が高かった。ゆえに仮説1は、支持されたといえる。次に、仮説 2 につ
いては、当初情報化や都市化が進んでいる沖縄の子どもたちの方が、
「自然への感受性」が低いであろう
と予想した。しかし、海刺激への反応内容を見ると、提示した絵の記述のみではなく、絵に関連する内
容や自己の体験をエピソードとして語るなど「自然への感受性」が高いことが示された。ゆえに仮説 2
は支持されなかった。しかしながら、沖縄の保育園の選定として、公立の保育園ではなく、海に近い保
育園に協力を依頼したことで、自然を生かすような保育内容が展開されており、沖縄の平均的な保育内
容とは異なってしまったことが、今回の結果の理由として考えられる。
本研究は、冒頭で述べた通り、最終的には子どもたちが自然と共生する力を身に付けることを目的と
しており、その前提として「自然への感受性」は不可欠であると述べた。
「自然への感受性」は、身近な
自然に対してより高くなるが、保育の中で意図的に自然と関わっていくことが求められることも明らか
となった。宮本(2008)は、
「自然を保護する」というところまで意識すると単にふれあい経験ではダ
メだと主張している通り、今後は「自然への感受性」を基盤として、
「自然を理解することを学ぶ」
、
「人
間がどのように自然に影響を与えているかを学ぶ」
、
「自然保護に対しての自分の意見をもつ」
、
「行動す
る」という段階への移行に対する支援方法の検討の議論も期待されるところである。
最後に本研究の課題を述べる。本研究は、沖縄およびフィジーにおいてそれぞれ一園を対象として行
った実験であり、そのサンプル数や協力園の抽出の仕方に課題があるといえる。今後は、さらなるサン
プル数の拡大、また都市部との比較や山村部との比較を行うことで、より意味のあるデーターが得られ
るであろう。
注
1) 本研究は、平成 20 年度~平成 22 年度日本学術振興会科学研究費補助金(基盤研究(A)
)研究成果
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東京未来大学研究紀要
2014 vol.7
報告書「幼児・児童における未来型能力育成システムならびに指導者教育システムの開発(代表:
坂元昂,課題番号 20240071)の研究成果の一つである。
2) 本研究の一部は日本教育心理学会第 54 回総会(2012 年)において発表された。
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