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◆ 2014 年 7 月 25 日掲載 新・判例解説 Watch ◆ 知的財産法 No.90
文献番号 z18817009-00-110901081
パブリシティ権(ピンク・レディー事件)
【文 献 種 別】 判決/最高裁判所第一小法廷
【裁判年月日】 平成 24 年 2 月 2 日
【事 件 番 号】 平成 21 年(受)第 2056 号
【事 件 名】 損害賠償請求事件
【裁 判 結 果】 上告棄却
【参 照 法 令】 なし
【掲 載 誌】 民集 66 巻 2 号 89 頁、裁時 1549 号 1 頁、判時 2143 号 72 頁、判タ 1367 号 97 頁
LEX/DB 文献番号 25444207
……………………………………
……………………………………
事実の概要
判決の要旨
Xら(原告・控訴人・上告人)は、昭和 51 年か
ら昭和 56 年まで、女性デュオ「ピンク・レディー」
「人の氏名、肖像等(以下、併せて「肖像等」
を結成し、歌手として活動をしていた者である。
平成 18 年秋頃、ピンク・レディーの曲の振り
該個人は、人格権に由来するものとして、これを
付けを利用したダイエット法が流行した。そこ
……。そして、肖像等は、商品の販売等を促進す
で、Y(被告・被控訴人・被上告人)は、その発行
する週刊誌「女性自身」平成 19 年 2 月 27 日号
る顧客吸引力を有する場合があり、このような顧
(約 200 頁) の 16 頁から 18 頁までにおいて、A
シティ権」という。)は、肖像等それ自体の商業
(訴外タレント)がピンク・レディーの代表的楽曲
的価値に基づくものであるから、上記の人格権に
の振り付けを利用したダイエット法を解説するこ
由来する権利の一内容を構成するものということ
となどを内容とする「ピンク・レディー de ダイ
ができる。他方、肖像等に顧客吸引力を有する者
エット」と題する本件記事を掲載した。本件記事
には、Xらを被写体とする 14 枚の白黒写真が使
は、社会の耳目を集めるなどして、その肖像等を
用されている。本件各写真は、かつてXらの承諾
るのであって、その使用を正当な表現行為等とし
を得てY側のカメラマンにより撮影されたもので
て受忍すべき場合もあるというべきである。そう
という。)は、個人の人格の象徴であるから、当
みだりに利用されない権利を有すると解される
客吸引力を排他的に利用する権利(以下「パブリ
時事報道、論説、創作物等に使用されることもあ
あるが、Xらは本件各写真が本件雑誌に掲載され
すると、肖像等を無断で使用する行為は、
〔1〕肖
ることについて承諾していなかった。
像等それ自体を独立して鑑賞の対象となる商品等
Xは、Yに対して、Xらの肖像が有する顧客吸
として使用し、〔2〕商品等の差別化を図る目的
引力を排他的に利用する権利が侵害されたと主張
で肖像等を商品等に付し、
〔3〕肖像等を商品等の
して、不法行為に基づく損害賠償を求めた。
広告として使用するなど、専ら肖像等の有する顧
第一審判決(東京地判平 20・7・4 判時 2023 号
客吸引力の利用を目的とするといえる場合に、パ
152 頁)および控訴審判決(知財高判平 21・8・27
ブリシティ権を侵害するものとして、不法行為法
判時 2060 号 137 頁) は、ともにXの請求を棄却
上違法となると解するのが相当である。」
した。X上告。
「本件各写真のXらの肖像は、顧客吸引力を有
するものといえる。しかしながら……本件各写真
は、上記振り付けを利用したダイエット法を解説
し、これに付随して子供の頃に上記振り付けをま
vol.15(2014.10)
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新・判例解説 Watch ◆ 知的財産法 No.90
ねていたタレントの思い出等を紹介するに当たっ
肖像等……をみだりに利用されない権利」も「人
て、読者の記憶を喚起するなど、本件記事の内容
格権に由来する」権利と位置づけていることから
を補足する目的で使用されたものというべきであ
して、「人格権に由来する」という表現が人格権
る。
それ自体を構成することを否定するような意味を
したがって、Yが本件各写真をXらに無断で本
持つとは解されず、本判決は人格権説をとったも
件雑誌に掲載する行為は、専らXらの肖像の有す
のと理解するのが自然といえよう6)。
る顧客吸引力の利用を目的とするものとはいえ
もっとも、パブリシティ権の侵害行為に対して
ず、不法行為法上違法であるということはできな
差止請求できるかという点は問題となる。本件事
い。
」
案は、そもそも不法行為を理由とする損害賠償請
求事件であったため、本判決はこの問題について
判例の解説
明示的なことは述べていない。ただ、本判決がパ
一 はじめに
としていることからすれば、パブリシティ権に基
パブリシティ権は、顧客吸引力ある氏名・肖像
づく差止請求は認められると理解してよいように
等の利用に関する権利として、かねてから多数の
思われる7)。実際のところ、本判決後の下級審裁
ブリシティ権をあえて「排他的に利用する権利」
1)
下級審裁判例によって認められてきた 。そのよ
判例においては、パブリシティ権侵害を理由とす
うな中、本判決はパブリシティ権を最高裁として
る差止請求を認容したものがある8)。
初めて承認した2)。本判決は、個人は「氏名、肖
像等……をみだりに利用されない権利」を有し、
2 侵害判断
「顧客吸引力を排他的に利用する権利(以下「パ
第 2 に、パブリシティ権の侵害判断について
ブリシティ権」という。)は、肖像等それ自体の
である。従来の裁判例においては、この点につい
商業的価値に基づくものであるから、上記の人格
てさまざまな考え方が見られたが、近時は「専ら」
権に由来する権利の一内容を構成する」とした上
基準と呼ばれるものがほぼ定着していた9)。
で、
「専ら肖像等の有する顧客吸引力の利用を目
そのような中、本判決は「肖像等を無断で使用
的とするといえる場合」はパブリシティ権の侵害
する行為は……専ら肖像等の有する顧客吸引力の
となると判示したのである。
利用を目的とするといえる場合に、パブリシティ
本稿は、本判決の意義と残された課題を概観す
権を侵害するものとして、不法行為法上違法とな
3)
る 。
ると解する」と判示し、「専ら」基準を採用した。
その上で、パブリシティ権侵害に当たる場合と
二 検討
1 法的性質
して、①「肖像等それ自体を独立して鑑賞の対象
第 1 に、パブリシティ権の法的性質について
ブロマイド、ポスター、ステッカー、写真集等)
、②
である。従来の議論においては、この点をめぐっ
「商品等の差別化を図る目的で肖像等を商品等に
(例:
となる商品等として使用」する場合(第 1 類型)
て財産権説、人格権説、不競法説など、さまざま
付」す場合(第 2 類型)(例:下敷き、うちわ、Tシャ
な見解があった。裁判例においては、当初、財産
ツ、菓子等のグッズ等)
、③「肖像等を商品等の広
権説的な考え方が少なからず見られたが4)、近時
告として使用する」場合(第 3 類型)(例:テレビ
5)
は人格権説的な考え方が一般化していた 。
CM、宣伝ポスター)を例示したのである。これは
そのような中、本判決は、「氏名、肖像等……
例示に過ぎないため、3 類型以外であっても「専
をみだりに利用されない権利」を承認した上で、
ら肖像等の有する顧客吸引力の利用を目的とする
パブリシティ権も「上記の人格権に由来する権利
といえる場合」はパブリシティ権侵害に当たるこ
の一内容を構成する」と判示したのである。
「由
とになる。
来」というのは微妙な表現であるため諸説あるも
もっとも、「専ら」の具体的意味は残された問
のの、
本判決はパブリシティ権のみならず「氏名、
題となる。もちろん、「顧客吸引力の利用」以外
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の目的があれば直ちに「専ら」が否定されるわけ
かし、氏名 ・ 肖像以外の人格要素(例:声、体型)
ではなく、その場合でもパブリシティ権侵害に当
が含まれるか、また人格要素といえないもので
たり得ることには異論がないが、顧客吸引力の利
あっても、顧客吸引力があれば含まれるかといっ
用が「主として」行われる場合も「専ら」に当た
た点が問題となる。
ると解すべきかという点をめぐっては見解が分か
本判決は、この点について必ずしも明確なこと
れる
10)
。
を述べていないが、本判決はパブリシティ権の客
体に関して「人の氏名、肖像等」という表現を用
3 譲渡・相続可能性
いている。そのため、本判決によれば、パブリシ
第 3 に、パブリシティ権の譲渡・相続可能性
ティ権の客体には人の氏名および肖像以外が存在
についてである。具体的には、パブリシティ権は
することになる。そして本判決は、「人の氏名、
他人に譲渡できるか(譲渡可能性)、本人の死後も
肖像等」は「個人の人格の象徴である」とも述べ
存続するか(相続可能性)、いつまで存続するか(存
ているため、人の氏名および肖像以外でパブリシ
続期間)といった点が問題となる。
ティ権の客体に含まれるためには、「個人の人格
本判決は、こうした論点について直接判断を示
の象徴」といえなければならないことになろう。
しておらず、残された問題となっている。ただ、
例えば、声や筆跡(例:サイン) は、氏名・肖像
本判決がパブリシティ権を「人格権に由来する権
と同様に個人の人格と分離できないものと考えら
利」と性質決定していることから、本判決のいう
れるため、「個人の人格の象徴」に当たり、それ
パブリシティ権は他人に譲渡できないものであ
が顧客吸引力を有する限り、パブリシティ権の客
り、かつ、本人の死亡とともに消滅するものと理
体に含まれると考えられる
解する見解が少なくない
11)
。
12)
。
ただ、本判決のいう「個人の人格の象徴」に何
が含まれるのかという点は残された課題となる。
例えば、特定の芸能人を明確に想起させるシンボ
4 主体
第 4 に、
パブリシティ権の主体についてである。
ル(例:「ゴジラ 55」ユニフォーム)やキャッチフ
従来の議論においては、著名な芸能人がパブリシ
レーズ(例:「音速の貴公子」) がパブリシティ権
ティ権を有することに異論はない。しかし、芸能
の客体に含まれるかどうかが問題となる。たしか
人ではない著名人、あるいは著名人でない一般人
に、これらもある意味では当該個人と結びつきを
にパブリシティ権が認められるかどうかが問題と
有しており、また顧客吸引力を有すると考えられ
なる。
る。しかし、それは「個人の人格の象徴」といえ
本判決は、この点について明確なことを述べて
るほど個人の人格と密接な関係にあるとは言い難
いないが、
「肖像等は、商品の販売等を促進する
いため、パブリシティ権の客体に含まれないと解
顧客吸引力を有する場合があり、このような顧客
すべきであるように思われる。
吸引力を排他的に利用する権利」をパブリシティ
権として承認するとともに、その制約を論じる際
三 展望
に、
「肖像等に顧客吸引力を有する者」という表
パブリシティ権は、多数の下級審裁判例を経て
現も用いている。このことからすれば、本判決の
最高裁判決によって承認された。しかし、パブリ
いうパブリシティ権は、
「肖像等に顧客吸引力を
シティ権が明文の規定を持たないことに変わりは
有する者」すべてが有することになると考えられ
ない。そのために、パブリシティ権については、
る。
その主体、客体、侵害判断、譲渡・相続可能性、
存続期間など、不明確な点が少なからず残ってい
5 客体
る。
第 5 に、
パブリシティ権の客体についてである。
このままでは、パブリシティ権を有する者に
従来の議論においては、人の氏名および肖像にパ
とっても、また他人の氏名・肖像等を利用する者
ブリシティ権が認められることに異論はない。し
にとっても、不都合な事態になりかねないのでは
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新・判例解説 Watch ◆ 知的財産法 No.90
なかろうか。その意味では、パブリシティ権に関
[The・サンデー(光市事件鑑定医師)事件:第一審]参照。
6)中島基至・前掲注2)L&T56 号 71 頁、同・前掲注2)
する諸課題を明確化するために、これに関する立
曹時 65 巻 5 号 1185 頁(ただし、同・前掲注2)曹時
法的対応が検討されて然るべきであるように思わ
65 巻 5 号 1187 頁は「財産権である」ともしている点に
れる。
注意)、田村・前掲注2)1 頁、宮脇・前掲注2)73 頁、
奥邨・前掲注2)274 頁、松田=中島・前掲注2)68 頁、
●――注
橋谷・前掲注2)知的財産法政策学研究 41 号 233 頁も
1)従来の議論については、さしあたり、上野達弘「パブ
同旨。
リシティ権をめぐる課題と展望」高林龍編『知的財産法
7)中島基至・前掲注2)L&T56 号 78 頁以下、同・前掲注2)
制の再構築』
(日本評論社、2008 年)185 頁参照。
曹時 65 巻 5 号 1219 頁以下、吉田・前掲注2)73 頁注 9、
2)本判決の評釈等として、田村善之・法時 84 巻 4 号(2012
奥邨・前掲注2)274 頁、橋谷・前掲注2)337 頁、中
年)1 頁、内藤篤・NBL976 号(2012 年)17 頁、吉田和
島健・前掲注2)60 頁も同旨。
彦・ひろば 65 巻 7 号(2012 年)56 頁、辰巳直彦・民
8)東京地判平 25・4・26[ENJOY MAX 事件]、東京地判
商 147 巻 1 号(2012 年)38 頁、松尾弘・法セ 691 号(2012
平 25・4・26 判時 2195 号 45 頁[嵐事件:第一審]、知
年)154 頁、松田俊治=中島慧・知財研フォーラム 89
財高判平 25・10・16[嵐事件:控訴審]参照。
号(2012 年)62 頁、小泉直樹・ジュリ 1442 号(2012
9)前掲注4)東京高判平 11・2・24[キング・クリムゾ
年)6 頁、竹田稔・コピライト 614 号(2012 年)16 頁、
ン事件:控訴審]、前掲注4)東京地判平 12・2・29[中
和田光史・CIPIC207 号(2012 年)18 頁、福井健策=鈴
田英寿事件:第一審]、東京地判平 16・7・14 判時 1879
木里佳・新研 730 号(2012 年)52 頁、上村哲史・企会
号 71 頁[ブブカスペシャル 7 事件:第一審]、東京地判
64 巻 7 号(2012 年)156 頁、中島健・明治学院ロー 17
平 20・7・4 判時 2023 号 152 頁[ピンク・レディー事件:
号(2012 年)57 頁、渋谷達紀・知財ぷりずむ 123 号(2012
第一審]、前掲注5)東京地判平 22・10・21[ぺ・ヨン
年)22 頁、
中島基至・L&T56 号(2012 年)68 頁、同・ジュ
ジュン事件]参照。
リ 1445 号(2012 年)88 頁、同・曹時 65 巻 5 号(2013 年)
10)中島基至・前掲注2)曹時 65 巻 5 号 1197 頁以下は、
「主
1179 頁、
宮脇正晴・L&T58 号(2013 年)69 頁、松尾和子・
として」の場合も「専ら」に当たるとする。
中山信弘=斉藤博=飯村敏明編『知的財産権 法理と提
11)中島基至・前掲注2)L&T56 号 79 頁、同・前掲注2)
2013 年)
言(牧野利秋先生傘寿記念論文集)』
(青林書院、
曹時 65 巻 5 号 1211 頁以下、内藤・前掲注2)24 頁以下、
1135 頁、伊藤真・法セ 697 号(2013 年)6 頁、橋谷俊・
吉田・前掲注2)69 頁、福本・前掲注2)120 頁、和田・
知的財産法政策学研究 41 号
(2013 年)231 頁・42 号
(2013
前掲注2)28 頁注 19、松田=中島・前掲注2)70 頁参
年)297 頁、久保野恵美子・平成 24 年度重判解(有斐閣、
照。反対として、本山雅弘「パブリシティ権の権利構成
2013 年)85 頁、奥邨弘司・平成 24 年度重判解(有斐閣、
の展開とその意味に関する覚書」国士舘 45 号(2012 年)
2013 年)273 頁、斉藤博・リマークス 46 号(2013 年)
82 頁以下参照。
50 頁、安東奈穂子・知財管理 63 巻 3 号(2013 年)323
12)中島基至・前掲注2)L&T56 号 74 頁、同・前掲注2)
頁、福本布紗・法時 85 巻 9 号(2013 年)118 頁、王冷然・
曹時 65 巻 5 号 1198 頁も同旨。
法学(東北大学)77 巻 4 号(2013 年)116 頁、横山経通・
小泉直樹=末吉亙編『実務に効く知的財産判例精選』
(有
早稲田大学教授 上野達弘
斐閣、2014 年)221 頁参照。
3)詳しくは、上野達弘「人のパブリシティ権」吉田克己
=片山直也編『財の多様化と民法学』
(商事法務、2014 年・
近刊)参照。
4)東京高判平 3・9・26 判時 1400 号 3 頁[おニャン子
クラブ事件:控訴審]、横浜地判平 4・6・4 判時 1434
号 116 頁[土井晩翠事件]、東京地判平 10・1・21 判時
1644 号 141 頁[キング・クリムゾン事件:第一審]
、東
京高判平 11・2・24[キング・クリムゾン事件:控訴審]、
東京地判平 12・2・29 判時 1715 号 76 頁[中田英寿事件:
第一審]参照。
5)東京地判平 17・6・14 判時 1917 号 135 頁[矢沢永吉
パチンコ事件]
、知財高判平 21・8・27 判時 2060 号 137
頁[ピンク・レディー事件:控訴審]、東京地判平 22・
4・28[ラーメン「我聞」Ⅰ/Ⅱ事件]、東京地判平 22・
10・21[ぺ・ヨンジュン事件]、京都地判平 23・10・28
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