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 ローライブラリー
◆ 2014 年 8 月 29 日掲載 新・判例解説 Watch ◆ 労働法 No.76
文献番号 z18817009-00-100761102
海外旅行の派遣添乗員に対する事業場外みなし労働時間制の適用を否定した例
(阪急トラベルサポート事件)
【文 献 種 別】 判決/最高裁判所第二小法廷
【裁判年月日】 平成 26 年 1 月 24 日
【事 件 番 号】 平成 24 年(受)第 1475 号
【事 件 名】 残業代等請求事件
【裁 判 結 果】 上告棄却
【参 照 法 令】 労働基準法 38 条の 2 第 1 項
【掲 載 誌】 判時 2220 号 126 頁、判タ 1400 号 101 頁、労判 1088 号 5 頁、労経速 2205 号 3 頁、
労働判例ジャーナル 25 号 2 頁
LEX/DB 文献番号 25446157
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き時間を含めて記載した添乗日報やツアー参加者
に配布・回収したアンケートを阪急交通社へ提出
することとなっていた。
3 労働条件明示書には、労働時間は午前 8 時
から午後 8 時まで、賃金は日当として 1 万 6,000
円と定められていた。
4 Xは、Yに対し、本件添乗業務につき未払
いの時間外割増賃金があるとして、その支払いを
求めた。
5 一審ではみなし労働時間制が適用されると
して、ツアーごとに業務の遂行に通常必要とされ
る時間を認定し、未払賃金の一部の支払いを命じ
た。
これに対し、控訴審では、みなし労働時間制の
適用を否定し、ツアー中の労働時間を個別に認定
し未払賃金の金額を算定した。
事実の概要
1 X(原告、控訴人、被上告人)は、Y(一審
被告、二審被控訴人兼、上告人(株式会社阪急トラ
ベルサポート))に登録型派遣添乗員として雇用さ
れており、主催旅行会社である訴外株式会社阪急
交通社(以下「阪急交通社」という。) に添乗員と
して派遣され、阪急交通社が主催する海外への募
集型企画旅行の添乗業務に従事していた。
2 募集型企画旅行は、主催旅行会社が企画・
宣伝等を行い、参加者が集まり、ツアーの催行が
決定すると、ランドオペレーター(手配会社)に
対して現地手配を依頼し、ランドオペレーターが、
ホテル、バス等の手配状況や予定時刻等が記載さ
れたアイテナリー(行程表、英文で作成されている)
を作成し、現地手配を行うものである。
Xには、ツアー参加者に配布されたパンフレッ
ト、アイテナリー及び最終日程表が交付される。
アイテナリー及び最終日程表には、出発日に搭乗
する飛行機の便名、時間、宿泊ホテルへの移動手
段と時間、滞在期間中のホテルの到着時間、並び
に搭乗予定航空機及び成田空港の到着時間が記載
されていた。Xは、このアイテナリーに沿って添
乗業務を行っていた。
また、Xは、阪急交通社から、ツアー中は貸与
された携帯電話の電源を常に入れておくように指
示されていた。また、ツアー中に旅行日程を変更
するような場合には、阪急交通社の担当者に報告
し、指示を受けることが求められていた。
そして、ツアー終了後には、ツアーの内容につ
vol.7(2010.10)
vol.16(2015.4)
判決の要旨
1 「本件添乗業務は、ツアーの旅行日程に従
い、ツアー参加者に対する案内や必要な手続の代
行などといったサービスを提供するものであると
ころ、ツアーの旅行日程は、本件会社とツアー参
加者との間の契約内容としてその日時や目的地等
を明らかにして定められており、その旅行日程に
つき、添乗員は、変更補償金の支払など契約上の
問題が生じ得る変更が起こらないように、また、
それには至らない場合でも変更が必要最小限のも
のとなるように旅程の管理等を行うことが求めら
れている。そうすると、本件添乗業務は、旅行日
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新・判例解説 Watch ◆ 労働法 No.76
程が上記のとおりその日時や目的地等を明らかに
して定められることによって、業務の内容があら
かじめ具体的に確定されており、添乗員が自ら決
定できる事項の範囲及びその決定に係る選択の幅
は限られているものということができる。」
2 「また、ツアーの開始前には、本件会社は、
添乗員に対し、本件会社とツアー参加者との間の
契約内容等を記載したパンフレットや最終日程表
及びこれに沿った手配状況を示したアイテナリー
により具体的な目的地及びその場所において行う
べき観光等の内容や手順等を示すとともに、添乗
員用のマニュアルにより具体的な業務の内容を示
し、これらに従った業務を行うことを命じてい
る。そして、ツアーの実施中においても、本件会
社は、添乗員に対し、携帯電話を所持して常時電
源を入れておき、ツアー参加者との間で契約上の
問題やクレームが生じ得る旅行日程の変更が必要
となる場合には、本件会社に報告して指示を受け
ることを求めている。さらに、ツアーの終了後に
おいては、本件会社は、添乗員に対し、前記のと
おり旅程の管理等の状況を具体的に把握すること
ができる添乗日報によって、業務の遂行の状況等
の詳細かつ正確な報告を求めているところ、その
報告の内容については、ツアー参加者のアンケー
トを参照することや関係者に問合せをすることに
よってその正確性を確認することができるものに
なっている。これらによれば、本件添乗業務につ
いて、本件会社は、添乗員との間で、あらかじめ
定められた旅行日程に沿った旅程の管理等の業務
を行うべきことを具体的に指示した上で、予定さ
れた旅行日程に途中で相応の変更を要する事態が
生じた場合にはその時点で個別の指示をするもの
とされ、旅行日程の終了後は内容の正確性を確認
し得る添乗日報によって業務の遂行の状況等につ
き詳細な報告を受けるものとされているというこ
とができる。
」
「以上のような業務の性質、内容やその遂
3 行の態様、状況等、本件会社と添乗員との間の業
務に関する指示及び報告の方法、内容やその実施
の態様、状況等に鑑みると、本件添乗業務につい
ては、これに従事する添乗員の勤務の状況を具体
的に把握することが困難であったとは認め難く、
労働基準法 38 条の 2 第 1 項にいう『労働時間を
算定し難いとき』に当たるとはいえないと解する
のが相当である。」と判旨し、Yの上告を棄却した。
2
判例の解説
一 本判決の意義
事業場外にて勤務をする労働者は、使用者の目
が行き届かず、労働者が実際に労働に従事してい
るかが明確でないため、労働時間の管理・算定が
困難である。そこで、労働時間の算定に関する特
則として、事業場外労働のみなし制が設けられて
いる(労基法 38 条の 2)。具体例としては、新聞
や雑誌の記者、外回りの営業社員、在宅勤務など
が挙げられている。
本判決は、添乗業務が労基法 38 条の 2 第 1 項
にいう「労働時間を算定し難いとき」に当たるか
について最高裁が初めて判断をしたという点にお
いて実務上大きな意義がある。
二 本件の一審及び控訴審の判断との比較1)
1 本件の一審及び控訴審は、「労働時間を算
定し難いとき」に該当するかどうかを判断する上
で、使用者の具体的な指揮監督が及んでいたかと
いう点と自己申告制により労働時間が把握可能で
あったかという点を判断要素にしていた。
2 一審では、Xは単独で添乗業務を行ってお
り、Yから貸与された携帯電話を所持していたが、
立ち回り先に到着した際に必ず連絡したり、Yか
ら指示を仰ぐなど随時連絡したり、指示を受けた
りしていないこと、また、Xは直行直帰で添乗業
務を遂行し、アイテナリー及び最終日程表の記載
は 15 分単位、30 分単位または 1 時間単位の大ま
かなものであって労働時間を正確に把握すること
ができず、現場の状況で観光する順番、必要な時
間、さらに帰国する飛行機を変更することもあっ
た(乗り継ぎの関係で当初予定便よりも 10 時間以上
後の出発便へ変更をした等)ことから、
アイテナリー
及び最終日程表により事業場において当日の業務
の具体的な指示を受けたとも評価できないとし
た。
また、労働時間の把握が可能か否かとの関係で
は、「労働時間を算定し難いとき」とは、平成 13
年 4 月 6 日労働基準局長通達第 339 号「労働時
間の適正な把握のための使用者が講ずべき措置に
関する基準」(以下「労働時間把握基準」という。)
が原則として掲げる、
「使用者の現認」または「タ
イムカード、IC カード等の客観的な記録」によ
り労働時間を確認できない場合を指すという前提
2
新・判例解説 Watch
新・判例解説 Watch ◆ 労働法 No.76
に立っていた。そして、Yが自己申告制により労
性を担保することが社会通念上困難かという点に
働時間を算定できていたことについては、特に具
ついても詳細な検討を加えている点に特徴があっ
体的な検討を加えず、
「労働時間を算定し難いと
た。
き」に該当するとした。
4 これに対し、最高裁判決では「業務の性質、
「労働時間を算定し
内容やその遂行の態様、状況等、本件会社と添乗
3 他方で本件控訴審は、
難い場合」とは、当該業務の就労実態等の具体的
員との間の業務に関する指示及び報告の方法、内
事情を踏まえて、社会通念に従って判断すると、
容やその実施の態様、状況等に鑑み」て、「労働
使用者の具体的な指揮監督が及ばないと評価さ
時間を算定し難いとき」に該当するか判断すると
れ、客観的にみて労働時間を把握することが困難
した。
である例外的な場合をいうと解するのが相当であ
そして「本件添乗業務は、旅行日程が上記のと
るとした。
おりその日時や目的地等を明らかにして定められ
その上で本件控訴審は、添乗業務においては、
ることによって、業務の内容があらかじめ具体的
指示書等により旅行主催会社である阪急交通社か
に確定されて」いること、「ツアーの開始前には、
ら添乗員であるXに対し旅程管理に関する具体的
本件会社は、添乗員に対し、本件会社とツアー参
な業務指示がなされ、Xは、これに基づいて業務
加者との間の契約内容等を記載したパンフレット
を遂行する義務を負っていること、また、携帯電
や最終日程表及びこれに沿った手配状況を示した
話を所持して常時電源を入れておくよう求めら
アイテナリーにより具体的な目的地及びその場所
れ、旅程管理上重要な問題が発生したときには、
において行うべき観光等の内容や手順等を示すと
阪急交通社に報告し、個別の指示を受ける仕組み
ともに、添乗員用のマニュアルにより具体的な業
が整えられていたこと、さらに、実際に遂行した
務の内容を示し、これらに従った業務を行うこと
業務内容について、添乗日報に、出発地、運送機
を命じている。」として、事前の指示があったこ
関の発着地、観光地や観光施設、到着地について
とを指摘する。また、「ツアーの実施中において
の出発時刻、到着時刻等を正確かつ詳細に記載し
も、本件会社は、添乗員に対し、携帯電話を所持
て提出し報告することが義務付けられているもの
して常時電源を入れておき、ツアー参加者との間
と認められ、Xの本件添乗業務には阪急交通社の
で契約上の問題やクレームが生じ得る旅行日程の
具体的な指揮監督が及んでいるとした。そして、
変更が必要となる場合には、本件会社に報告して
本件添乗業務において、阪急交通社は、指示書等
指示を受けることを求めている。」として、業務
に記載された具体的な業務指示の内容を前提にし
途中の指示があったことを指摘している。さらに、
て、実際に行われた旅程管理の状況についての添
「ツアーの終了後においては」「添乗日報によっ
乗日報の記載を補充的に用いることにより、本件
て、業務の遂行の状況等の詳細かつ正確な報告を
添乗業務についての添乗員の労働時間を把握する
求め」ているとして、業務終了後の事後報告の指
について、その正確性と公正性を担保することが
示があったことを指摘し、この程度の使用者から
社会通念上困難であるとは認められないと述べ、
の指示・関与が認められる場合には、労働時間の
結論として「労働時間を算定し難いとき」に当た
算定が困難ではないと評価した。
らないとした。本件の控訴審は、一審と異なり、
具体的な指揮監督が及んでいたかについて、個々
三 本判決の検討
の業務遂行について逐次事細かな指示を仰いでい
1 近年では、携帯電話などの通信機器が普及
し、電波が届かないへき地等でなければ世界中ど
たかという観点ではなく、添乗員は指示書等で具
こでも事業場の内・外にて連絡が取りやすくなっ
体的な指示を受けており、事業場外での添乗業務
ており、使用者はほとんどの場合、労働時間を算
が基本的に事前に決定された旅程どおりに進むよ
定することができるとも考えられる。しかし、最
うに報告・連絡等を行い、変更等がある場合には
高裁は、そうした抽象的な労働時間算定の可能性
阪急交通社からの指示を受けるような体制や仕組
の有無だけで、「労働時間を算定し難いとき」に
みが整えられていたことを重視している。そして、
該当するかを判断せずに、就労の具体的状況を考
労働時間の把握方法として自主申告制がとられて
慮し、事前、業務実施中、事後のそれぞれの段階
いる場合に、申告された労働時間の正確性と公正
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vol.16(2015.4)
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新・判例解説 Watch ◆ 労働法 No.76
での業務指示のあり方や労働者の報告のあり方な
どを踏まえ、個々の事案ごとで「労働時間を算定
し難いとき」に当たるかを判断している。かかる
判断は、事業場外労働のみなし制の要件を厳格に
解釈し、労働実態に合致したもので、妥当なもの
といえよう。
(ア)この点、事業場外みなし労働時間制
2 の適用について判断された裁判例としては、出張
について、場所的拘束性が乏しく、業務の実施方
法、時間配分等について直接的かつ具体的指示等
を欠いていたという事情のもとで「労働時間を算
定し難いとき」(労基法 38 条の 2) に該当すると
したものがある(ロア・アドバタイジング事件:東
京地判平 24・7・27 労判 1059 号 26 頁)。また、出
張を伴う移動時間につき事業場外みなし労働時間
制の適用を肯定したものもある(ロフテム事件:
東京地判平 23・2・23 労経速 2103 号 28 頁)
。また、
業務が出張時や直行直帰で対応するものであるこ
と、時間管理をする者が同行していたわけではな
く、上司が具体的な指示命令もしていないこと、
事後的に業務処理について具体的な報告をさせて
いないこと、出張時のスケジュールも特に決まっ
ておらず、おおむね 1 人で出張先に行き、業務遂
行についても自身の判断で行っていたことなどか
ら、具体的な指揮命令は及んでいたとはいえない
として、事業場外みなし労働時間制の適用を肯定
したものもある(ヒロセ電機事件:東京地判平 25・
5・22 労経速 2187 号 3 頁)
。
(イ)一方、事業場外みなし労働時間制の適用
が否定された裁判例としては、展覧会での絵画の
展示販売が業務に従事する場所及び時間が限定さ
れ、会社の支店長等も業務場所に赴いていたとい
う事案(ほるぷ事件:東京地判平 9・8・1 労判 722
号 62 頁)、朝出社して朝礼に出席し、外勤終了後
帰社して終業となる勤務時間の定めのある営業社
員について行動予定表を提出させることにより、
行動予定を把握し携帯電話を持たせていたとい
う事案(光和商事事件:大阪地判平 14・7・19 労判
833 号 22 頁)、出退勤においてタイムカードを打
刻していたこと、営業活動についても訪問先や帰
社予定時刻等を報告し、営業活動中もその状況を
携帯電話等によって報告していたという事案(レ
イズ事件:東京地判平 22・10・27 労判 1021 号 39 頁)、
タイムカードや職員執務日報による勤怠管理を受
けていたという事案(H会計事務所事件:東京高判
4
平 23・12・20 労判 1044 号 84 頁)などがある。
(ウ)本判決も、これら裁判例の考慮要素を個
別具体的に検討して判断されていると考えられ
る。
3 また、本件控訴審は、①具体的な指揮監督
が及んでいたかという要素と②使用者の労働時間
管理義務を強調しつつ、労働時間の管理方法とそ
の信用性という要素を区別して、「労働時間を算
定し難いとき」に該当するか否かを判断していた。
これに対して、最高裁は特に 2 つの要素が区
別されることを強調せずに「業務の性質、内容や
その遂行の態様、状況等、本件会社と添乗員との
間の業務に関する指示及び報告の方法、内容やそ
の実施の態様、状況等」として、包括的に考慮要
素をまとめているという点で違いがある。また本
判決は、本件控訴審と比較すると、本件のような
添乗業務に関する限定した判断ともいえ、「労働
時間を算定し難いとき」の要件については個々の
業務実態に照らして判断することを示唆している
とも考えられる。
なお、阪急トラベルサポート事件の 3 つの高
裁判決がいずれも、事業場外労働に対して使用者
の労働時間管理義務が及ぶことを強調しており、
最高裁もこうした点を特に否定していないことか
ら、今後、安易に事業場外労働みなし制を適用す
るなどして労働時間管理義務を尽くさないという
態度は許されないという点を使用者は十分認識し
ておく必要があると思われる。
●――注
1)阪急トラベルサポート(第 2)事件第一審(東京地判
平 22・7・2)については、労判 1011 号 5 頁、労経速
2080 号 3 頁、同事件控訴審(東京高判平 24・3・7)に
ついては、労判 1048 号 6 頁、労経速 2138 号 3 頁参照。
関連判例である阪急トラベルサポート(第 1)事件
第一審(東京地判平 22・5・11)については、労経速
2080 号 15 頁、同事件控訴審(東京高判平 23・9・14)
については、労判 1036 号 14 頁参照。阪急トラベルサポー
ト(第 3)事件第一審(東京地判平 22・9・29)につい
ては、労判 1015 号 5 頁、労経速 2089 号 3 頁、同事件
控訴審(東京高判平 24・3・7)については、労判 1048
号 26 頁、労経速 2138 号 21 頁参照。
弁護士 上田絵理
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