うつ病に関連する身体的な痛みが患者の生活機能に

うつ病に関連する身体的な痛みが患者の生活機能に与える影響
河村葵 1、下寺信次 1、古川壽亮 2、熊谷直子 3、西田淳志 4、水野雅文 5、井上新平 1
1. 高知大学医学部神経精神科学教室、2. 京都大学大学院医学研究科健康増進・行動学分野、
3. 高知大学医学部臨床試験センター、4. 公益財団法人東京都医学総合研究所、5. 東邦大学医学部精神神経医学講座
うつ病は誰もが罹りうる疾患であり、最も頻度の高い疾患の一つです。2012 年 10 月、WHO は世界のうつ病患者
数を「少なくとも3億5千万人」と推計しています。日本においても 2008 年にうつ病患者数は 100 万人を超えたこと
が厚生労働省の調べにより明らかにされ、うつ病と診断される人は年々増加傾向にあります。うつ病は健全な生活
を阻害し、ひいては自殺に至りうる疾患として、WHO では 2020 年には心疾患に次いで 2 番目に人類を苦しめる疾
患になると考えています。
うつ病は「抑うつ気分」と「興味や喜びの喪失」を中核症状とする精神疾患です。ところが、うつ病により低下した患
者の QOL の向上・維持についての詳細な研究は充分になされていませんでした。
うつ病患者の QOL 低下の主要な要因は「生活機能の低下」と「身体的な痛み」です。ここでいう「身体的な痛み」
とはうつ病そのものにより引き起こされる頭痛、肩の痛み、胃痛などです。うつ病による痛みの詳しい発症メカニズム
は未だ解明されていませんが、このような痛み症状に対してセロトニン・ノルアドレナリン再取り込み阻害薬(SNRI)が
有効であることからも、うつ病に伴うセロトニンやノルアドレナリンの欠乏が「痛い」感覚を増幅させていると考えられて
います。
「生活機能の低下」についての情報を限られた診療時間の中で医師-患者が共有するのは困難です。そこで、
我々は比較的客観的に把握しやすい身体的な痛みの有無と、判断の難しい患者の生活機能との関連を明らかに
して身体的な痛みを臨床情報としてさらに有用性の高いものにするための調査を行いました。
調査はうつ病患者を対象に、インターネットアンケート調査により行いました。対象患者は 20 歳から 59 歳までの男
女としました。インターネットへのアクセス件数は 12619 人で最終的に性と年齢で補正した 848 人を無作為に抽出
し、663 人が調査を完遂しました。本調査では「痛み症状」「生活機能」「性別」「年齢」について患者から回答を得ま
した。また、生活機能の評価には SF-8 と呼ばれる QOL を評価する尺度を用いました。これらの回答結果を用いて、
うつ病に関連した身体的な痛みが他の主要な測定因子と比較して患者の生活機能へ与える影響を調べるため、
痛み症状の数、性別、年齢を説明変数とし、SF-8 における生活機能評価項目得点(身体機能、日常役割機能(身
体)、社会生活機能、日常役割機能(精神))を目的変数とした重回帰分析を行いました。
調査・分析の結果、痛み症状の数が多いほど身体機能、日常役割機能(身体)、日常役割機能(精神)を悪化さ
せ、それらの関係は統計学的に有意に関連していました。
我々の研究結果はうつ病の治療場面において、身体的な痛みを患者からきちんと聞くことで、身体機能と日常役
割機能の低下を予測できることを示しています。我々の研究成果がうつ病の適切な介入・治療に結び付くことを期
待しています。
文責
河村葵