中高齢者の体力と健康関連 QOL との関連について

中高齢者の体力と健康関連 QOL との関連について
指導教員 上地 勝
発 表 者 渡邉 学
キーワード:中高齢者、体力、QOL
1. 緒言
日本の平成 21 年度の平均寿命は男性 79.59 年、
女性 86.44 年と世界でも上位に達しており、65 歳
まで生存する者の割合も男性で 86.7%、女性で
93.6%に及ぶことが報告されている 1)。このような
背景から、現代の健康観は、いかに長く生きるか
ということだけでなく、Quality Of Life(QOL)す
なわち生活の質の充実を目指すものへと推移して
きたといえる。
現在、各地の市町村で中高齢者を対象に、生活
機能や主観的 QOL の維持・向上を目的とする健康
支援事業が推進されている。筋力トレーニングや
水中運動、レクリエーション活動などが行われて
おり、プログラムを評価するための客観的データ
として体力テストを用いた研究では、短期間の筋
力トレーニングでも中高齢者の体力の向上に効果
があったことを認めている 2)。
しかし、トレーニングの効果として体力を評価
することは多いが、身体・精神面に対する意識や
健康感に着目した健康支援の評価については十分
になされていない。中高齢者が自分自身の健康を
どのようにとらえ、また、それは具体的にどのよ
うな体力と結びついているのかということを把握
することが必要であると考えられる。
本研究では、中高齢者の主観的な健康感として
健康関連 QOL と体力の特徴をそれぞれ評価し、ま
た、それらの関連を調べ、今後の健康支援施策を
計画するための一資料を得ることを目的とした。
2. 研究方法
2-1 対象
茨城県東海村総合福祉センターで実施している、
介護予防または生活習慣病対策事業としての運動
教室に参加した地域在宅中高齢者を調査対象とし
た。平成 17 年度から平成 22 年度までの参加者の
うち、運動教室の前後に実施した体力測定と質問
紙調査の反復データを得られた者を分析対象とし
た。その結果、介護予防事業に参加した男性 75 名
(68.6±5.3 歳)
、女性 94 名(66.9±6.9 歳)
(以下、
高齢層)
、
生活習慣病対策事業に参加した男性 1 名、
女性 84 名(54.8±7.3 歳)
(以下、中年層)の反復デ
ータを得ることができた。中年層の男性は 1 名の
みだったため分析から除き、合計 253 名(男性 75
名,女性 178 名)を分析対象とした。
2-2 調査方法
対象者は運動教室の前後(開始時及び 3 か月後)
に体力測定と健康関連 QOL の調査を行った。
1) 体力測定
高齢層の体力測定項目は、文部科学省新体力テ
スト(65~79 歳対象)の握力、上体起こし、長座
体前屈、開眼片足立ち、10m 障害物歩行、6 分間歩
行の 6 項目に、厚生労働省介護予防サービスにお
ける体力測定項目のうちファンクショナルリーチ、
最大歩行速度、Timed Up & Go(TUG)の 3 項目を
加えた 9 項目であった。中年層には、上記の項目
のうち、開眼片足立ちと 10m 障害物歩行に換わり、
反復横とび、立ち幅跳びを加えた合計 9 項目の測
定を行った。また、体力測定の前に身長、体重、
体脂肪率の測定を実施し、BMI を含めた 4 項目を
分析対象者の身体特性とした。
2) QOL 評価調査
対象者全員に QOL に関する自記式による質問紙
調 査 を 実 施 し た 。 QOL 指 標 に は 日 本 語 版
MOS36-item Short-Form Health Survey Version2
(SF-36v2)を用いた。SF-36v2 は健康関連 QOL を
測るための自記式調査票であり、身体機能、日常
役割機能(身体)
、体の痛み、全体的健康感、活力、
社会生活機能、日常役割機能(精神)
、心の健康を
表す 8 つの下位尺度から構成されている。国民基
準値に基づいたスコアリング方法で得点を算出し、
得点の高い者ほど健康状態がより良い状態にある
ことを示す。
2-3 分析方法
運動教室開始時と終了時の身体特性 4 項目、体
力測定 9 項目、SF-36v2 下位尺度得点 8 項目のそれ
ぞれの平均値を求め、対応のある t 検定を行った。
運動教室前後での各項目の変化率は(運動教室後
-運動教室前)/運動教室前×100 で求めた。また、
SF-36v2 下位尺度得点と体力測定項目の関係は、
Pearson の積率相関係数より検討し、さらに年齢で
調整した偏相関係数を求めて評価した。すべての
統計解析には SPSS17.0JWindows 版を用い、有意水
準は 5%とした。
3. 結果
3-1 身体特性、体力測定の測定値の変化
身体特性について、高齢層では男性、女性とも
に運動教室前後において有意な変化は認められな
かった。中年層の女性では体重、BMI の 2 項目に
有意な変化が認められ、運動教室後の測定で有意
に減少していた。表 1 に運動教室前後の体力測定
の結果を、性別、年齢層別に示した。高齢層の男
性は握力以外のすべての項目で、高齢層の女性は
開眼片足立ち、ファンクショナルリーチ以外の項
目で、中年層の女性は TUG 以外のすべての項目で
それぞれ有意な変化が認められた。
3-2 SF-36v2 下位尺度得点の変化
表 2 に運動教室前後における SF-36v2 下位尺度
得点の結果を性別、年齢層別に示した。高齢層の
男性は身体機能、全体的健康感、活力の 3 項目で、
高齢層の女性は身体機能、全体的健康感、心の健
康の 3 項目でそれぞれ有意な変化が認められた。
中年層の女性は、日常役割機能(身体)
、日常役割
機能(精神)以外の 6 項目で有意な変化が認めら
れた。
3-3 体力測定項目と SF-36v2 下位尺度得点の関連
運動教室前後における体力測定項目の変化値と、
SF-36v2 下位尺度得点の変化値の相関について、高
齢層は男性、女性ともに SF-36v2 下位尺度と長座
体前屈、10m 障害物歩行、最大歩行速度との間に
有意な相関が認められた。中年層の女性は、反復
横とびと 6 分間歩行のみで SF-36v2 下位尺度との
有意な相関が認められた。
年齢で調整した偏相関係数では、高齢層の男性
は長座体前屈と社会生活機能が、高齢層の女性は
ファンクショナルリーチと全体的健康感が最も高
い相関係数を示した。男性の結果の一部を除き、
どの年齢層においても、日常役割機能(身体)
、社
会生活機能、日常役割機能(精神)と体力測定項
目では有意な相関がほとんど認められなかった。
4.考察
本研究では、介護予防および生活習慣病対策事
業としての運動教室の開始時と終了時に体力測定
を実施した。中年層の女性は体重と BMI の 2 項目
で有意な変化が認められ、運動教室後の測定で有
意に減少していた。3 か月の運動教室を経て体重と
体脂肪率に減少傾向が示されたことから、今後も
運動を継続することによる効果が期待できると考
える。高齢層の女性では有意差は見られなかった
ものの、体重の増加と体脂肪率の低下が見られた。
筋肉量を維持・増加できたことで、体脂肪率の低
下を促したのではないかと推測できる。
体力測定項目について、すべての年齢層でほと
んどの項目において有意な向上が認められた。
TUG は複合的な動き(起立・歩行・方向転換・着
席)を評価する指標であり、ADL(日常生活動作)
遂行能力との相関が高いことが報告されている。
今回、高齢層の女性では運動教室後で結果が有意
に向上したことから、運動を通して ADL の改善が
期待できるのではないかと考えられる。
項目
表 1 性・ 年齢層別 体力測定結果の変化
教室前
教室後
平均値の差
Mean±SD
Mean±SD
高齢男性
握力-右(kg)
握力-左(kg)
上体起こし(rap)
長座体前屈(cm)
開眼片足立ち(sec)
10m障害物歩行(sec)
6分間歩行(m)
ファンクショナルリーチ(cm)
TUG(sec)
最大歩行速度(sec)
高齢女性
握力-右(kg)
握力-左(kg)
上体起こし(rap)
長座体前屈(cm)
開眼片足立ち(sec)
10m障害物歩行(sec)
6分間歩行(m)
ファンクショナルリーチ(cm)
TUG(sec)
最大歩行速度(sec)
中年女性
握力-右(kg)
握力-左(kg)
上体起こし(rap)
長座体前屈(cm)
反復横とび(rap)
立ち幅跳び(cm)
6分間歩行(m)
ファンクショナルリーチ(cm)
TUG(sec)
最大歩行速度(sec)
*P<0.05 **P<0.01
37.9±7.2
37.0±6.6
13.0±5.3
36.1±11.9
88.7±41.5
6.3±2.4
596.3±75.0
37.1±5.1
5.0±0.8
2.1±0.3
38.5±7.3
37.6±6.7
15.9±5.8
40.1±9.5
100.3±34.2
5.4±1.6
658.0±72.2
40.2±5.3
4.5±0.6
1.8±0.3
25.0±4.2
23.8±4.3
7.7±5.9
41.2±8.6
84.5±43.0
7.5±1.7
539.0±84.2
33.8±7.4
5.5±1.4
2.5±0.5
26.1±4.3
24.9±4.2
11.5±6.0
43.1±8.5
88.2±43.2
6.7±1.6
582.1±79.4
35.4±8.1
5.2±1.0
2.3±0.6
27.7±4.3
25.6±4.2
12.4±5.6
40.6±8.6
36.9±6.1
125.8±20.2
599.0±52.0
37.3±5.4
4.6±0.6
2.3±0.8
28.4±3.8
26.6±3.7
15.3±5.5
43.4±7.8
39.2±4.9
135.0±19.3
650.2±57.4
39.1±5.7
5.8±6.4
1.9±0.4
**
**
**
**
**
**
**
**
**
**
**
**
**
**
**
**
*
**
**
**
**
**
**
**
**
変化率
%
0.6
0.6
2.9
4.0
11.6
-0.9
61.7
3.1
-0.5
-0.3
1.6
1.6
22.3
11.1
13.1
-14.3
10.3
8.4
-10.0
-14.3
1.1
1.1
3.8
1.9
3.7
-0.8
43.1
1.6
-0.3
-0.2
4.4
4.6
49.4
4.6
4.4
-10.7
8.0
4.7
-5.5
-8.0
0.7
1.0
2.9
2.8
2.3
9.2
51.2
1.8
1.2
-0.4
2.5
3.9
23.4
6.9
6.2
7.3
8.5
4.8
26.1
-17.4
SF-36v2 の身体機能、全体的健康感、活力、心の
健康などの下位尺度では運動教室後に有意な向上
が見られた。これより運動が、健康関連 QOL の維
持・向上に有効であることが示唆された。
運動教室前後における体力測定項目と SF-36v2
下位尺度得点の変化値の相関を見たところ、高齢
層では男性、女性ともに長座体前屈と SF-36v2 と
の相関が認められた。長座体前屈は下肢の後背部
や下背部の柔軟の指標であり、柔軟性の低下は腰
痛の原因となる場合もある。今回の調査で、男性
では体の痛みとの相関も認められた。よって、高
齢者では柔軟性の向上が日常生活における動作を
改善し、体の痛みを減少させ、健康関連 QOL を高
めることができたものと推測された。
SF-36v2 に着目してみると、日常役割機能(身体)、
社会生活機能、日常役割機能(精神)については
体力測定項目との間にほとんど有意な相関が認め
られなかった。仕事や活動量、役割の有無、他者
との交流など周りの環境は、個人の体力には影響
を及ぼさなかったと考えることができる。集団で
行われる健康事業において、他者との交流などを
通し健康関連 QOL の向上を目指して、どのように
体力を向上していくかを考えることが、より効果
の期待できる健康事業を展開する一つの手段にな
ると考えられる。身体機能など個人の身体面に関
する健康感と体力測定項目との相関も認められた
ことから、対象となる中高齢者の特徴を把握し、
得られた結果のフィードバックを行うなどしてサ
ポートしていくことが重要であると考えられる。
5.文献
1)厚生労働省:平成 21 年度 簡易生命表.2010
2)岩井浩一他:地域の介護予防事業における運動
プログラム参加者の体力向上効果.茨城県立医療
大学紀要 13:47-56,2008
表 2 性・年齢層別 SF-36v2各下位尺度得点の変化
各下位尺度得点の変化
教室前
教室後
平均値の差
Mean±SD
Mean±SD
SF-36v2 下位尺度得点
高齢男性
身体機能
日常役割機能(身体)
体の痛み
全体的健康感
活力
社会生活機能
日常役割機能(精神)
心の健康
高齢女性
身体機能
日常役割機能(身体)
体の痛み
全体的健康感
活力
社会生活機能
日常役割機能(精神)
心の健康
中年女性
身体機能
日常役割機能(身体)
体の痛み
全体的健康感
活力
社会生活機能
日常役割機能(精神)
心の健康
*P<0.05 **P<0.01
47.8±9.9
46.3±12.3
49.2±9.7
47.4±12.1
52.8±9.2
51.2±8.0
49.4±10.5
53.5±7.9
50.3±8.3
48.8±11.1
50.2±9.0
49.6±11.0
55.1±7.8
52.3±6.8
50.3±9.1
53.4±7.5
**
45.0±11.5
44.7±14.3
48.1±9.3
47.2±8.8
53.5±9.0
49.2±10.8
47.8±10.8
51.5±9.5
47.1±10.3
46.7±13.0
49.5±9.2
49.8±9.8
54.8±9.3
51.4±8.7
48.6±11.7
53.2±9.1
*
47.9±9.9
47.7±11.5
50.4±11.0
48.9±8.3
52.1±8.7
49.3±11.4
49.0±10.6
51.7±8.1
51.1±6.1
49.6±10.6
53.6±7.8
52.7±8.1
55.1±7.8
51.8±8.8
49.7±9.9
53.8±8.6
*
*
**
*
**
**
**
**
*
*
変化率
%
2.5
2.5
1.0
2.2
2.3
1.1
0.9
-0.1
5.2
5.4
2.0
4.6
4.4
2.1
1.8
-0.2
2.1
2.0
1.4
2.6
1.3
2.2
0.8
1.7
4.7
4.5
2.9
5.5
2.4
4.5
1.7
3.3
3.2
1.9
3.2
3.8
3.0
2.5
0.7
2.1
6.7
4.0
6.3
7.8
5.8
5.1
1.4
4.1