『21 世紀世界とアジアの水資源危機と日本の経済安全保障』(報告要旨

『21 世紀世界とアジアの水資源危機と日本の経済安全保障』(報告要旨)
長谷山崇彦
1.
中央大学
21 世紀世界に予見される水資源危機:
第一回地球環境サミット(92 年)では、二酸化炭素の排出増加による地球温暖化現象が焦点
問題となった。二酸化炭素削減の経済活動調整と技術普及の困難から、森林拡大(同吸収機
能)による間接的方策も実施されているが、その改善はエネルギー源が非化石燃料に大幅に
転換しない限り至難と予測され(経済分析)、その改善が見られぬ中に、第 2 回地球環境サ
ミット(2002 年)で国連事務総長の報告書は、人口増加、経済発展による生活水準の向上、
地下水枯渇化、水質汚染、地球温暖化の諸影響等で、水資源需給が世界各地域で深刻化し
て 2025 年頃には、予測される世界人口 70 億人の 50%が水不足に直面すると警告した。 さ
らに国連は『国際淡水年』とした 2003 年に『第 3 回世界水フォーラム』を日本で開催して、
21 世紀世界の水資源需給を暗い予測で再警告をした。 国連報告書の推計では、地球には
約 14 億立方 Km の水が存在するが、その 97.5%は海水で、残る 2.5%の淡水の中でも利用
可能な水は既存の水の僅か約 0.01%である。他方、水の需要は、人口増加と食料(穀物と
他の食料を含む)増産、経済発展に伴う生活水準の向上と生活様式の変化、工業開発の拡
大などにより、20 世紀の 100 年間で約6倍増した。この現象は世界人口の約75%を占め
る発展途上国において顕著である。水資源問題は、二酸化炭素ガス排出問題と共に 21 世紀
世界が『平和な持続可能な発展』を実現。するために、現実に対応と解決を迫られている
問題となり、世界的な国際会議で討議されている。
2.頻発する国際河川の水利権紛争:
国際河川の水利紛争は、既に中東とアフリカでは頻発している。例えば、ナイル河、チグ
リス河、ユーフラテス河、カシミールのヒマラヤ山系水資源争いなどの国際紛争が頻発し
てきた。メコン河水資源の開発でも、上流の中国が自国領内にいくつも建設している水力
発電ダムで、下流のカンボジアとベトナムの経済に重要な水産業が悪影響を受けるという
利害が相反する問題が生じており、国際的調整・管理が必要となっているが、水資源問題は
アジア、中東、アフリカ、米国、欧州で水不足と異常洪水、水利紛争などにより厳しい将
来が予見されている。
3.
アジアにおける水資源危機の兆候:
世界人口の 50%を擁するアジア諸国の年間水使用量は全世界の 60%(90 年代平均)だが環境
を犠牲にしての急速な工業化と経済発展に伴う水不足と水質汚染が昂進している。特に中
国(世界人口の 21%)は水資源の大部分が南部に偏在し、北部は既に不足状態で大河川黄河
の断流現象が頻発。人口増加率は漸減傾向だが、現在の人口 13 億が 16 億に達する 2030 年
頃には、農業・工業用と生活用水の水需要は供給量の 1.4 倍になると予測される。インド(世
界人口の 16.9.%)の水資源需給も現在在は余裕があるが、経済自由化と外資導入が進展中
で、中国の軌跡と同じ経過が見られ、乾期のガンジス河は断流寸前の状態を経験。今後の水
資源需給は深刻論が楽観論を凌駕している。
また地球温暖化が要因と推定される異常気
象と気候変化、森林破壊(保水能力の低下)等による異常渇水と異常大洪水(水資源にな
らない)の被害が世界各地で頻発している。85‑99 年の世界の洪水による経済的損失の約
5%はアジアで生じたが、2002 年 8 月には欧州が空前の異常大洪水の被害を受けている。
2004 年 7 月の日本の新潟と福井の異常豪雨と異常洪水も同類の現象かもしれない。
4.米国・中国・インドの水資源不足と減少と世界の穀物供給の不安:
米国の穀倉地帯が依存する地下水減少と土壌浸食・劣化による穀物生産・輸出余力低下の懸
念は日本(穀物自給率 25%で輸入を主に米国に依存)の食糧安全保障の不安要因である。
(21 世紀に米国の穀倉地帯は、潅漑用地下水枯渇で乾燥農業に転換することになるという
分析もあるが、その場合、世界の穀物輸出量の 50%以上を担う穀倉国の能力は喪失する。)
さらに中国・インド(計世界人口の約 40%)が将来、水不足で食糧輸入を増大する場合、米国
にもその供給力はないと予測される。 既に水と食糧不足の乾燥地域のアフリカ・中東(計
世界人口の 16%・年平均増加率 2.4%の高率)の食糧問題も加わると予見される。
5.
米国・中国の水事情に依存する日本の食料・経済安全保障:
日本の『食料』自給率は総合 40%、穀物 25%(英・仏・独は 112ー191%・米国 133%・露 94%)、
肉類 52%、
魚介類 53%で世界一の穀物と農産物輸入国で輸入の大部分は水不足が予見される
米国と中国に依存。 工業製品でも日本と欧米の対中国直接投資と輸入依存度は急増傾向。
経済自由化としては結構でも、
依存する米国と中国の農・工業が用水不足で行き詰った場合、
日本の食料安全保障と世界の経済秩序に与える影響が心配である。
中国の水資源総量は
膨大だが、現在、人口 1 人当たりでは世界平均 1 人当たり量の 25%に過ぎない。また中国
の水資源分布は 80%が南部に偏在し、北京を含む北部は頻繁に旱魃と水不足の被害を受け、
5‑6 千万人の人口は清潔な飲料水に不自由している(中国の報告)。既に黄河とその他の河
川の断流現象と地下水水位の低下が見られる。中国の人口(現在、約 13 億人)は厳しい国
策の産制の結果、2030 年の予測人口 16 億人がピークと予測されるが、水需要は、都市化
と工業化の進展、生活水準の向上、食料増産等により増大し、水需要量は供給量を超過す
ると予測される。そこで中国は 2003 年末、長江の水を北部地域の北京を含む都市に供給す
る大運河を建設する『南北水調』事業を世界銀行と外国の借款により開始し、2010 年頃か
ら北京に給水する計画だが、全工事の完成は 2050 年で、今後の持続可能な食料増産と産業
活動が懸念される。
6.メコン河水資源と関連資源の潜在力に期待:
(1)そこでアジア推一のみ開発で東南アジア最大の国際大河川メコン河の水資源(日本
の全河川の流水量を凌駕し、農業・水産業に適した肥沃な水質)と関連資源を、豊富低廉な
労働力、水力発電、輸送水路、国際ハイウェイ(後述)等を動員して開発し、同流域地域
をアジアの新興穀倉・工業地帯に発展させて、21 世紀の水不足による日本とアジアへの経
済安全保障への悪影響を少しでも緩和し、国際開発協力により日本、中国、その他の流域
諸国(何れも親日諸国)との相互依存体制を強化することを提案したい。
(2)また 21 世紀には、動物性蛋白質食料の伝統的供給源であった牧畜産業と海洋水産業
は、環境・資源の諸制約要因により持続的発展は期待できないと予測され、資源効率がはる
かに良い養殖水産業への依存度が著増すると予測されている。未開発のメコン河の水量と
水質は養殖水産業(淡水と河口の海水)に適切と分析され、アジアの養殖水産業地域とし
ての潜在力も多大である。
(3)さらに水路運輸網の存在に加えて、現在、インドシナ半島のメコン河流域を東西南
北に走る 3 本の幹線道路が 2 年後に開通する予定で、それによる同河流域地域の輸送時間
が水路の 5 分の1になると推測され(例:バンコク一ホーチミン間)、流域諸国間の分業体
制と拠点の再配置による貿易・投資の拡大で、メコン河流域経済圏の構想実現が現実的にな
ってくる。既に ADB(アジア開発銀行)、日本政府、JBIC(国際協力銀行)、流域諸国が 2003
年 2 月にタイでの国際会議で同地域開発と協力の経済効果を高める行動計画が討議された
(例;複数の国境を通過する輸送機関の輸送を円滑にするために、通関検査を1箇所で済ま
す案)
。日本も橋梁建設の援助の実施を開始し、日本企業は事業展開の関心を強めている。
しかし、同地域を『持続可能な開発』により、アジアの新興穀倉・工業地帯にするという目
的意識は、まだ全流域諸国に十分とは思われない。
7. 懸念すべき諸問題―中国の急速な独自開発による同地域の資源と環境への影響:
(1)しかし、最上流の中国は、メコン河の開発と環境を管理する国際機関 MRC(メコン河
委員会)に規制を好まず加盟せずに独自の開発(特に多数の発電用ダムの建設計画)を急速
に実施中で、同河の自然体系を変えて、下流 5 カ国への生態系・水産業・農業を含む環境・
経済的悪影響が表面化してきている。しかし、中国は、インドネシアと共に日本の最大の
ODA(無償援助を含む)被援助国であるが、中国による開発の悪影響下の下流被害諸国(イン
ドシナ半島3国,タイ、ミャンマー)のタイ(既に援助国)以外の後発諸国に経済援助を
して、独走的開発を進めている。
(2)さらに、日本が農業者保護の政治的制約で締結に遅れを見せている ASEAN 諸国との
農業を含む FTA(自由貿易協定)を、中国は既に2国間協定で、逐次、国別に農産物自由
貿易協定を進めて、農業主体の流域諸国から高評価されている。また中国は上記の通り、
流域諸国の MRC(メコン河委員会)には加盟していないが、2005 年に、メコン河流域諸国の
首脳会議を中国で開催する意向を表明しているが,その会議で,中国の経済協力やインフ
ラ整備の支援策を表明して,メコン河流域経済圏での経済的影響力をさらに強化すると予
見する。
8.アジアの新興穀倉・工業地帯を目指すメコン河流域の持続可能な開発方策:
以上の中国による同河の独善的開発と経済協力が同地域に及ぼす環境・経済的得失の検証
を含めて、中国を含む全流域諸国、日本を含む援助諸国、MRC、ADB, JBIC 等の国際機関が
共同して、今世紀に貴重となると予見される同河水資源と関連資源及びそれに依存する流
域諸国の『持続可能な開発方策』の指針を、科学的研究に基づいて固めて実施することと
考える。