日本近代作家の自筆原稿 - 学校法人 東京聖徳学園

聖徳大学創設10周年記念
日本近代作家の自筆原稿
ごあいさつ
西暦2000年代の最初の年となる本年は、聖徳大学が創設されて10周年になります。また、大学院には博士課程が設けられ、人文
学部には現代ビジネス学科が解説されます。これらを記念し、本学で所蔵しております日本における著名作家の自筆原稿を初めて公
開します。
明治の新時代を迎え、文明開化のなかで西洋の近代文学に接しながら、日本の文学は発展しました。明治文学には、坪内逍遙が提
唱した写実主義、島崎藤村等の浪漫主義を中心とした二大潮流があり、大正期にはプロレタリア文学の誕生、戦時下の統制時代を経
て、戦後には何事も束縛されない大衆文学に至るまで、様々な作家によって自由な創作活動が展開されて今日に至りました。
本展覧会は、明治・大正・昭和期の中から27作家32種の作品を紹介しております。自筆原稿には筆を用いたもの、ペンで記したもの、
或いは添削したり、朱をいれたり、作家の独自な個性が醸し出されています。日本文学史上における作家の創造性とその心情を察す
る一助になればと存じます。
平成12年1月
学校法人東京聖徳学園理事長
聖 徳 大 学 学 長
聖 徳 大 学 短期 大学部 学長
学園長
川 並 弘 昭
明治以降の日本文学
明治の新時代を迎て、文明開化のなかで西欧の近代文学に接することにより、日本の文学にも様々な変化が見られることとなる。坪
内逍遙が提唱した写実主義(現象の模写を重視)は、紅露時代を築きあげた尾崎紅葉・幸田露伴等に受け継がれる。一方、森?外に始
まり北村透谷や島崎藤村等「文学界」グループが導いた浪漫主義(自由な感情表現を重視)の流れもあり、共に明治文学の二大潮流
を成した。また、明治末には、藤村・田山花袋が中心となった自然主義(自己の解放を重視)と、それに対抗する耽美派(美の追求を重
視)の主張があって、永井荷風・谷崎潤一郎が活躍した。そして、明治末期〜大正初期にかけて話し言葉と書き言葉が一致した口語文
体(言文一致文)が完成するにいたり、近代文学は確立される。
大正デモクラシーの影響を受け、文学は市民文学としての傾向を強め、志賀直哉・武者小路実篤等が白樺派(善と美の理想を追求)
の運動を展開し、有島武郎がそれに加わる。他にも「新思潮」(久米正雄他)「三田文学」「奇蹟」などの同人誌系作家の活躍が見られる。
体調中期にはプロレタリア文学が誕生し、昭和初期に最盛期を迎えて宮本百合子などが活躍するが、戦時体制下における国民思想の
統制が図られ、島木健作のように転向文学へと移行する者もいた。川端康成は、大正末に生まれた新感覚派(表現技法を重視)の活
動を推進したが、衰退後は、梶井基次郎等のモダニズム文学が続く。第二次大戦後は、民主主義社会が進む中で戦前の作家達が創
作活動を再開する。一方、マスコミの発達、大衆社会の誕生によって、文学の大衆化・多様化が進み、安部公房・三島由紀夫や、有吉
佐和子・高橋和巳など様々なタイプの作家達が登場する。
用語解説
写実主義:現実をありのままに描写しようという文学上の主張。西欧で18世紀に起こり、日本では坪内逍遙が「小説真髄」(明18)で提
唱して始まり、尾崎紅葉や幸田露伴らが受け継いだ。
浪漫主義:18世紀末〜19世紀後半に西欧で展開された文芸思想で、日本では世界や人生を主観的にとらえて、思想や感情を自由に
表現することを重視した。北村透谷や島崎藤村らが「文学界」などに作品を発表し、活躍した。
自然主義:元はフランスの作家ゾラが提唱した文学上の主張で、遺伝や環境といった自然科学的、実証主義的な手法の創作活動を行
った。しかし日本では、作家自身が「自己」にこだわり、社会性を欠いた独自の自然主義(日本自然主義)が展開され、明治末には殆ど
終息してしまった。小説に転じた島崎藤村、田山花袋らがいる。
耽美派:19世紀後半に西欧で生まれた主張で、文学においても美しさが求められ、工夫が凝らされた。日本では自然主義への反発と
して始まり、永井荷風や谷崎潤一郎が活躍した。
白樺派:文芸雑誌「白樺」(明43.4〜大12.8)に作品を発表した武者小路実篤、志賀直哉、木下利玄、有島武郎らの文学グループ。
人類愛・人間尊重の思想を中心に、善と美の思想を追求して人道主義的な傾向を備えていた。
プロレタリア文学:大正中期以降に台頭した無政府主義・社会主義・共産主義の思想を基盤に、それまでは知識人階級が中心だった文
学の創造活動が、労働者(プロレタリア)によってもなされるようになった。そこから生まれた作品をプロレタリア文学と呼ぶ。中野重治、
宮本百合子らが活躍した。
新感覚派:大正末から昭和初にかけて雑誌「文芸時代」に作品を発表した川端康成、片岡鉄兵、横光利一らの文学グループを、千葉
亀雄が「新感覚派の誕生」と評したことからこの名がついた。表現技法を重視した。
モダニズム文学:昭和初期に発表された、ナンセンスとエロティシズムの傾向を備えた作品。梶井基次郎は風俗的なモダニズムとは別
の、独自の作品世界を築いた。
転向文学:第二次大戦時下で、プロレタリア運動・プロレタリア文学運動から多くの人間が転向を表明し、それを題材に著した一連の文
学を指す。
出 品 目 録
NO
作 者 名
作 品 名
初出年代
1
坪内逍遙
2
尾崎紅葉
3
幸田露伴
「沙糖」
昭和21年
4
泉 鏡花
「尼ヶ紅」
明治42年
5
島崎藤村
「ある人々に」
昭和13年
6
田山花袋
「耶馬溪紀行
昭和 2年
7
谷崎潤一郎
「不幸な母の話
大正10年
8
有島武郎
「お末の死」
大正 3年
9
川端康成
「東京の人」
昭和30年
10
久米正雄
「青空に微笑む」
昭和10年
11
梶井基次郎
「のんきな患者」
昭和 7年
12
宮本百合子
「愛らしき母」
昭和16年
13
島木健作
「土地」
昭和21年
14
吉川英治
「親鸞聖人」
大正10年
15
林芙美子
「放浪記 第三部」
昭和24年
16
火野葦平
「花と籠」
昭和27年
17
室生犀星
「名残の星月夜」
大正 6年
「浮木丸」
明治26年
「浮木丸」(初版本)
「東京の人」(初版本)
「花と籠」(初版本)
「鞠」
昭和 9年
「山吹」
昭和19年
「山吹」(初版本)
18
坂口安吾
「居酒屋の聖人」
昭和17年
19
丹羽文雄
「雑草」
昭和22年
20
大佛次郎
「帰郷」
昭和15年
21
井上 靖
「シベリアの旅」
昭和44年
22
田宮虎彦
「おわかれよ」
昭和39年
23
福永武彦
「夢の輪」
昭和35年
24
安部公房
「第四間氷期」
昭和33年
25
三島由紀夫
「水音」
昭和29年
26
有吉佐和子
「雛の日記」
昭和36年
27
高橋和巳
「我が心は石にあらず」
昭和39年
「夢の輪」(初版本)