『親鸞伝絵』は、正しい名称を、 『善信聖人絵』(西本願寺本) 『善信聖人親鸞伝絵』(高田専修寺本) 『本願寺聖人伝絵』(東本願寺康永本) 『本願寺聖人親鸞伝絵』(東本願寺弘願寺本) 等といい、親鸞聖人の誕生から往生に至る、その生涯を描いた伝記絵巻である。 絵巻は伝記を記す詞書と、それを図示した絵とを交互に書き連ねた横長の巻き 物で、平安時代以来作成されている。 『親鸞伝絵』は親鸞聖人の曾孫覚如上人が、聖人の示寂後33年に当る永仁3年 (1295)に作ったもので、上下2巻からなる。上巻6段、下段7段の文と絵で構成さ れていた。その後、覚如上人は内容を再度にわたり増補改訂して、康永2年 (1343)上巻8段、下巻を7段とした。なお『親鸞伝絵』の絵の部分だけを掛軸にし たものを「親鸞絵伝」、文章だけを集めたものを「御伝鈔」という。 この『親鸞伝絵』は親鸞聖人の行実を解明する根本史料の一つである。明治中 期に『親鸞伝絵』の史料価値を疑問視する学者がいた。それは、これまで真宗の 寺院に伝蔵されてきた親鸞聖人の自筆と称する典籍や文書などに科学的な歴史 研究法によって検討を加えた結果、疑わしいものが続出した。しかも、親鸞聖人に ついて、真宗寺院以外に史料は皆無のところから、聖人の存在にすら疑念が抱か れるに至った。 こうした風潮の中で、大正の初めに親鸞聖人の筆跡を一つひとつ確認する作 業が続けられ、辻善之助『親鸞聖人筆跡の研究』が著された。一方、大正10年 (1921)には、聖人の妻恵信尼の手紙10通が西本願寺の宝庫から発見された。こ れらによって、聖人の存在についての疑いを一掃するばかりでなく、『親鸞伝絵』 の信頼性を高め、聖人伝の解明に大いに貢献し、親鸞聖人研究を前進させたので あった。 『親鸞伝絵』は史実に則った伝記であるが、『親鸞聖人御因縁』と『親鸞聖人御 因縁秘伝鈔』と題する談義本がある。談義本とは談義僧(説教僧)が人々に分かり 易く語る法話の台本で、そこには奇瑞など織り交ぜた親鸞聖人像が描かれてい る。この2冊の談義本はほぼ同じ内容で、『御因縁』を詳しく述べたのが『御因縁秘 伝鈔』である。 『御因縁』の内容は、親鸞聖人と九条兼実の姫玉日の結婚の話が核心となって いる。次いで、聖人の門弟の常陸横曽根の真仏と真仏門下の武蔵荒木の源海の 伝記を記している。本書の成立年時は『親鸞伝絵』より早いのではないかと言わ れる。『御因縁秘伝鈔』は右の『御因縁』に『親鸞伝絵』から引用補足した内容とな っている。(千葉乗隆)
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