トイレタリー業界における複数ブランド管理

修士論文
トイレタリー業界における複数ブランド管理
2002 年 8 月 19 日
神戸大学大学院経営学研究科
黄 研究室所属
現代経営学専攻
学籍番号: 013B215B
氏名:紀伊 信之
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序章 はじめに......................................................................................................................4
第1章
複数ブランド管理の分析フレームワーク ..........................................................8
1.本稿で用いる「ブランド」..........................................................................................8
2.ブランド・ポートフォリオのマネジメント ............................................................8
3.分析のフレームワーク ...............................................................................................10
第 2 章 トイレタリー業界の環境変化............................................................................... 11
1. トイレタリー業界の特性...................................................................................... 11
(1)消費者の購買行動 ............................................................................................... 11
(2)マーケティング活動の特徴 ................................................................................ 11
(3)ブランドの重要性 ...............................................................................................12
2. 競争環境の変化 ....................................................................................................12
(1)成熟化の進展.......................................................................................................13
(2)低価格化..............................................................................................................13
(3)グローバル競争...................................................................................................14
(4)
「メガブランド」間競争の展開 … ブランドの選択と集中 ...........................14
3.各市場での競争の実態............................................................................................14
(1)シャンプー市場...................................................................................................15
(2)ボディシャンプー市場........................................................................................17
(3)衣料用洗剤市場...................................................................................................17
(4)台所用洗剤 ..........................................................................................................19
第 3 章 P&G のブランド・マネジメントシステム............................................................20
1.日本における P&G の事業展開とブランド展開........................................................20
(1)日本市場での P&G .............................................................................................20
(2)日本における事業内容とブランド .....................................................................20
2.P&G のマーケティング組織 .....................................................................................22
(1)ブランド・マネジャー制 ....................................................................................22
(2)カテゴリー・マネジャー制の導入 .....................................................................22
3.
P&G のブランド戦略 .......................................................................................23
(1)グローバル規模での経営方針.................................................................................23
(2)日本におけるブランド展開 ................................................................................25
4.複数ブランドの管理...................................................................................................26
(1)カテゴリーごとのブランド管理 .........................................................................27
(2)
「ブランド・エクイティ」の重視 .......................................................................27
第4章
花王のブランド・マネジメントシステム ........................................................28
1.
企業概要と事業の現状......................................................................................28
(1)事業分野..............................................................................................................28
(2)業績の推移 ..........................................................................................................29
(3)各分野でのシェア推移........................................................................................29
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2.花王のマーケティング組織........................................................................................30
(1)事業本部制 ..........................................................................................................30
(2)ブランド・マネジメント組織.............................................................................31
3.花王のブランド戦略...................................................................................................33
(1)全社的なブランド展開の変遷.............................................................................33
(2)基幹ブランドへの集中........................................................................................34
(3)
「ビオレ」
「ビオレ U」 −ブランドを意識したマーケティングへの試み.......35
(4)
「アタック」 −コアブランドへの継続的な集中投資 ......................................37
(5)
「メリット」 −ロングセラーブランドのテコ入れ..........................................38
4.
複数ブランドの管理 −2重構造のブランド・マネジメントシステム ........38
(1)マーケティング開発室の設置.............................................................................39
(2)スコアリングの概要............................................................................................41
(3)スコアリングの活用法と社内への影響..............................................................42
(4)ブランド重視の経営へ........................................................................................45
第5章
複数ブランド管理の仕組み ..............................................................................45
1.P&G の複数ブランド管理の要諦...............................................................................45
2.花王の複数ブランド管理の要諦.................................................................................46
3.複数ブランド管理に向けて ....................................................................................48
結びにかえて........................................................................................................................50
《参考文献》........................................................................................................................50
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序章 はじめに
本稿は,以下に述べる 3 点を目的としている。
① 複数ブランドを横断的に管理し,戦略的に資源配分を行っていくことの重要性を明ら
かにすること
② 「ブランドの選択と集中」といった,ブランド間の資源配分をいかにすれば効果的に
行うことができるか,という実務的課題に対するインプリケーションを提供すること
③ 従来のブランド研究に対して,ブランドの改廃を含めたブランド間の資源配分(ブラ
ンド・ポートフォリオのマネジメント)という新たな論点を問題提起すること
そのために,トイレタリー業界におけるプロクター・アンド・ギャンブル社(以下「P&G」
と略記)
・花王株式会社(以下「花王」と略記)という先進企業の複数ブランド管理に関す
る取組みの実態を明らかにする。
近年,研究・実務の両面において,マーケティング,ひいては企業経営のテーマとして
ブランドの重要性が認識されてきた。
とりわけ本稿でとりあげるトイレタリー業界においては,市場の成熟化とともに熾烈な
ブランド間競争が展開されている。この業界においては従来から,各社が新製品の開発や
製品の改良を頻繁に行うと同時に,各ブランドの機能的・情緒的な便益などを積極的に消
費者に伝えるなど,さかんなマーケティング競争が繰り広げられてきた。実務の面におい
ても 90 年代以降,マーケティング研究におけるブランド論の隆盛を受けて,いち早くそ
の考え方を取り入れた戦略展開が行われてきた。
市場の成熟化・競争激化が進んでいるこの業界の,注目すべき過去数年の動きとして,
基幹ブランドへの集中的なマーケティング投資が挙げられる。すなわち,各社ともに「ブ
ランドの選択と集中」
「ブランドの絞り込み」あるいは「メガブランド戦略」を標榜して,
基幹ブランドへの集中的なマーケティングを志向し始めているのである。これは,競争環
境が厳しさを増す中で,収益性を高めるために,広告費・販促費といったマーケティング
費用の効率化を目指したものと理解できる。
従来は「企業ブランド傘下の頻繁なブランド投入」が日本企業の特徴とされてきた1。ま
たこのようなマーケティングは市場が右肩上がりに成長していた時代には一定の威力を発
揮した2。しかし,その戦略が一部限界に達したため,考え方・方向の転換を迫られている
といえる。
このような状況においては,様々な市場カテゴリーに多数のブランドを展開する企業に
とっては,個別のブランドのマーケティングと共に,その前提として「どのブランドに積
極的な投資を行うか」という戦略の重要性がより高まっている。
「メガブランド」間の競争
が展開される市場・カテゴリーにおいては,
「メガブランド」あるいは「基幹ブランド」と
1
池尾(1997)
,片平(1997)
,田中(1996)など。
恩蔵(1995)は,消費財企業 159 社を対象にしたアンケートデータをもとに「ブランド数を
相対的に増加させている部門が,
『開発期間の短縮化』を媒介としてブランド戦略面での成果を
高めていることが明らかになった」としている。
2
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して充分な資源を得られなければ,市場において一定の地位を得ることは難しくなってい
るからである。
実際,昨今,新しいブランドを導入して目覚しい成功を収めるケースは少ない。
「数を打
てば当たる」という発想はもはや通用しない。全く新しい需要や市場を作り出せる場合を
除いて,成熟したマーケットに対して安易な新ブランドの導入を行っても,一時的に売上
を稼ぐことはできるかもしれないが,そのブランドの構築の費用は莫大になるし,またそ
うした投資を行っても成功を収められるかどうかは,非常に不確実性が高いからである。
それにも関わらず,いまだに新ブランド導入による売上や利益の拡大を志向する企業は
多い3。これは「自社にとって本当に新しいブランドの導入が必要か」という議論が事前に
なされた結果なのであろうか。もう少し,今までに自社が蓄積してきたブランド資産の重
要性に関して認識すべきではないか。かつて大量に CM を流して話題になったブランドで
も,売上が低迷するとあっさり販売を中止してしまい,新しいブランドで心機一転,勝負
をかける,こうしたことはいまだに珍しくない。
一方で,全社的に売上が停滞している状況では,既存のブランドについては,収益性の
強化が求められる。本来であれば,強化すべきブランドとそれ以外のブランドをわけ,投
下するマーケティング資源にメリハリをつけるべきなのだが,例えば広告費を「一律数%
カット」するなど,明確なメリハリがつけられていない場合も多い。結果として,成長す
る可能性のあるブランドが充分に育たないという事態に陥ってしまう。
このような実態から考えると,各ブランドの価値や競争力を高める「個別ブランドのマ
ネジメント」に加え,
「複数のブランドをどのように管理し,どのブランドに集中的な投資
を行うか」つまり「ブランド・ポートフォリオのマネジメント」をどのように行うか,が
実践面における非常に重要な課題である。
しかし,実際に複数ブランドを管理していく局面において,企業は「具体的に,投資す
べきブランドをどのような基準で選べばよいか」
,
「各ブランドのポテンシャルをどのよう
に見極めればよいのか」
,さらには「ブランドの改廃やマーケティング資源の配分といった
実践へどのように落とし込んでいけばよいか」
といった様々な課題に直面することとなる。
先述のようにトイレタリー業界では「ブランドの選択と集中」に取り組む企業が増えつ
つあるが,これらの課題に対して,明確な解決の方向性が見えないまま,各社が試行錯誤
を重ねている段階にある。ブランド数の削減を目標に掲げつつも,なかなか実行に移せな
かったり,ブランドの集約化を進めつつも,それを次の時代の成長につなげるという段階
まで至っていない,というケースも少なくない。
激化するブランド競争を勝ち残っていくには,
複数のブランドを横断的に管理すること,
その中で,育成すべきブランドを明確にすること,それをどのような基準で選びとり,実
行していくかが今後の企業の成長力,競争力を決定付けるといっても過言ではない。
日経産業消費研究所が行った調査によると過去 5 年で「ブランド数を増やした」と答えた企
業(製造業)は 54.5%であり,また今後も「ブランド数を増やす」という企業も 40,4%にのぼっ
ている。回答数は製造業 191 社,非製造業 118 社となっている。日本経済新聞社・日経産業消
費研究所(2001)
『日本企業のブランドマネジメント−有力企業の実態と動向 報告書』日本
経済新聞社 より。
3
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「重点ブランドの選択と集中」という戦略を志向する企業が実際に出始めている今だか
らこそ,このことについて踏み込んだ議論・研究を行う必要があるのではないか,という
のが本稿の問題意識である。
しかし,このような実務的課題に対して,
「複数ブランドの管理」に関する既存研究はそ
れほど多くはない。一つには従来のブランド研究では,個別のブランドに関するマネジメ
ントに焦点があたりがちであった。これは,ブランド研究が個別ブランドの管理に関する
に研究から着手されたという経緯に起因する。ブランドの価値をいかに評価するか,とい
う議論から始まり,ブランドの資産的価値の重要性を啓蒙し,ブランド価値の構成要素を
明らかにした「ブランド・エクイティ論」4,ついで,いかにして強いブランドを作るかと
いう「ブランド・アイデンティティ論」5へと発展してきている。
複数ブランドの管理に関する議論としては,まず,
「日本的ブランド・マネジメント論」
6が提唱された。これはアメリカ企業との比較という観点から,日本企業の特徴を,
「企業
ブランドの傘下に多数の個別ブランドを持つ」と捉えたものである。しかし,ここでは主
に,企業ブランドと個別ブランドの関係や役割・機能の分担に論点が集中しており,個別
ブランド間の関係や,ブランド間の資源配分に関する議論は希薄であった。
さらに,
「ブランド体系論」で議論されるブランド体系も,複数のブランドをどのように
くくるか,
「企業ブランド−レンジブランド−個別ブランド」
といったブランドの階層構造
の設計や,その各階層での各ブランドにどのような意味や役割をもたせるか,といったブ
ランド「ネーム」の構造に関する議論がほとんどであった7。こうした議論は,往々にして
無秩序に増加しがちな個別ブランド群を,事後的に整理して,イメージの明確化を図る,
といった問題に対しては一定の示唆を与えてはくれる。しかし,ここでもブランド間の資
源配分の議論はなされていない。
実際は,個別のブランドの問題に関しても,背景にある複数ブランド管理の問題を切り
離して議論することはできない。なぜなら個別のブランドのパフォーマンスは,競争状況
やそのブランドのブランド・マーケティングの巧拙だけではなく,
そのブランドに対して,
マーケティングコミュニケーション費用,
営業による配荷や販促支援,
研究開発投資といっ
た様々な資源がどの程度配分されるかにも,大きく依存しているからである。
いかにすれば「より多くの」強いブランドを構築できるか,という企業が直面している
課題に対する解をえるためには,これまでブランド論で議論されてきた「個別ブランドの
マネジメント」
,
「ブランド(ネーム)の体系のマネジメント」に加え,
「複数ブランドのマ
ネジメント」
,すなわち「新たなブランドの開発やブランドの改廃も含めた複数ブランド間
の資源配分のマネジメント」を議論する必要があるのである。
本稿では,トイレタリー業界,特に P&G と花王という業界を代表する複数ブランド展
開企業に焦点をあて,多ブランド管理の実際についての分析を試みる。ケーススタディの
形をとるのは,先述のように,これまで「多ブランド管理」の実態に焦点をあてた研究が
4
5
6
7
Aaker(1991)。
Aaker(1996)。
池尾(1997)
,片平(1997),小川(1997)
,小林(2001)など。
Aaker(1996),青木(1997)など。
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十分蓄積されていないためである。
また,
トイレタリー業界をとりあげるのは,
第一に P&G
のブランド・マネジャー制にみられるように,個別のブランドの管理について洗練された
仕組みをもつ企業が多いこと,第二に,ブランドの育成に広告費などの多額のマーケティ
ング投資がかかり,その投資の意思決定が各ブランドや商品の競争力に非常に大きな影響
を及ぼす業界であること,
第三に多くの企業が複数のブランドを展開しており,
「複数ブラ
ンド管理」という面での課題や問題が典型的にあらわれると考えられるためである。
上記の分析を通じて,成熟市場においては,複数ブランド展開企業にとって,ブランド
投資の「選択と集中」が重要になっていることを明らかにする。さらには,ブランド間の
資源配分を行うにあたって企業が直面する課題,すなわち「重点的に投資するブランドを
どのような基準で選び,実際のマーケティング活動へと展開していくべきか」
,
「その際に
必要な仕組みやシステムはどのようなものか」といった問いに対して考察を行う。実際に
どのようなブランドに重点的に投資を行うか,という企業のブランド戦略の内容自体は,
その企業がもつブランドを含めた社内資源およびその時々の企業や事業のおかれた競争環
境に左右されるため,各企業の固有性を持つ。しかし,その戦略が決定される背景にある
複数ブランドのマネジメントのシステムや仕組みについては,
ある程度,
業界や企業といっ
た個別の条件を超えて,一定の共通性やルールが見いだせるであろう。本稿はその分析の
一歩と位置付けたい。
本稿の構成は以下の通りである。
第 1 章「複数ブランド管理のための分析フレームワーク」では,本稿の分析の枠組みを
提示する。ここでは複数ブランド管理において「ブランド・ポートフォリオ」という考え
方の有効性について述べる。
第 2 章「トイレタリー業界の環境変化」では,トイレタリー業界の特性を整理するとと
もに,
近年の
「成熟化」
「低価格化」
「グローバル競争の進展」
「メガブランド間競争の展開」
といった競争環境の変化について概観する。加えて,その環境下での各ブランド間の競争
の実態に関して,トイレタリー業界の主要なカテゴリーを例に挙げて記述する。
第 3 章「P&G のブランド・マネジメントシステム」では,ブランド・マネジャー制を
初めて採用したことで知られるグローバル企業,P&G のブランド・マネジメントの仕組
みについて,同社が 80 年代後半に導入したカテゴリー・マネジャー制など複数ブランド
管理のための体制作りを中心に述べる。また,その後のコアブランドへのフォーカス,す
なわち集中戦略が,
日本市場においてどのように展開されてきたかについても整理を行う。
第 4 章「花王のブランド・マネジメントシステム」では,日本のトイレタリー業界のリー
ディングカンパニーである花王のブランド・マネジメントシステムについて述べる。なか
でも,ブランドパワーの定量評価やそれをもとにしたブランド・ポートフォリオの考え方
など,同社の複数ブランド管理に関する新たな取組みに焦点をあてる。
第 5 章では,P&G,花王のケースをもとに,複数ブランドをマネジメントする仕組み・
システムに関する考察を行う。
最後に「結びにかえて」で,本稿のまとめと,今後の課題について述べる。
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第1章 複数ブランド管理の分析フレームワーク
1.本稿で用いる「ブランド」
本稿での分析のフレームワークを述べる前に,本稿で「ブランド」という言葉を,どの
ような意味で用いているかを説明しておきたい。
石井(1999)は「商品」を「製品」と「ブランド」の二重の性格をもったものとして捉
え,
「製品」を「機能・性能・効能等,技術や製法に密接に関係した物理的実体」とし,一
方「ブランド」を「商品の名前」としている。
実際,本稿で取り上げるトイレタリー業界で見ても,100 年の歴史をもつ P&G の「ア
イボリー」石鹸は,100 年前と今とでは製法や成分,つまり「物理的実体」においては全
く異なっている。花王の「アタック」においても同様である。また「ビオレ」のように,
洗顔料からメイク落とし,化粧水といった全く別々の製品に同じ名前(ビオレ)が付けら
れていることもある。
本稿で議論したいのは,この「商品の名前」である「ブランド」をどのように管理して
いくか,ということであり,本稿では「製品」と「ブランド」を区別して扱う。
また「ブランド」といっても,
「花王」という企業名から,
「メリット」といった商品の
名前まで,その概念は幅広い。企業名を企業ブランド,各商品(もしくは一連の商品群)
名前を「個別ブランド」8とする分類もある。序章で述べたとおり,本稿では,複数の「個
別ブランド」を扱う企業の,これら複数の「個別ブランド」の管理に焦点を当てている。
そのため,本稿で特に断り無く「ブランド」という用語を用いる際は,企業ブランド(例
えば「花王」
)ではなく,
「個別ブランド」
(例えば「メリット」や「アタック」
)を意味し
ている。
2.ブランド・ポートフォリオのマネジメント
成熟市場において,多くのブランドを抱え,競争している企業にとって,現在及び今後
直面する課題の一つは,複数ブランドをどう管理し,戦略にメリハリをつけていくか,で
あると述べた。
ここで提示したいのは「ブランド・ポートフォリオのマネジメント」という考え方であ
る。これは従来から議論されてきた事業ポートフォリオとは区別すべきものである。従来
議論されてきた事業ポートフォリオの考え方は,基本的にポートフォリオ管理の単位を,
製品においている。ブランドが様々な製品に付与され,時には製品カテゴリーを横断する
状況では,製品という単位では競争の実態を反映できない。製品や製品カテゴリーに焦点
をあてたのでは,現在の競争の本質を見逃すことになる。現在,市場で起こっている競争
はブランド間の競争なのである9。
ブランドのポートフォリオを立案する上で問題となるのは,どのような基準で複数ブ
ランド間の投資の優先順位をつけるか,
ということである。
投資の優先順位を決めるには,
8
9
小川(1997)
。
石井(1999)
。
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何らかの判断基準,すなわち「ものさし」が必要になる。ブランドを基本単位においたと
きには,この判断基準は従来の事業(製品)ポートフォリオ論で議論されるような,市場
の成長性,売上規模,利益率,市場シェアといった判断軸だけでは限界がある。こうした
軸では,第一にブランドが複数カテゴリーに進出している場合にブランドの現状を反映し
にくい。さらに重要なことは,ブランドの現在の売上やシェアという要因だけでは,消費
者の知覚に基づくブランドの独自性といった重要なことを見落としてしまう可能性がある
ということである。大きな売上規模やシェアを持っているブランドであっても,その成果
はブランドの力によるものではなく,店頭への配荷や価格によるものかもしれない。また
その時点で売上の小さいブランドでも,競合ブランドに対して製品の機能やブランド・イ
メージにおいて独自の知覚を形成しており,広告宣伝をより一層に投下すれば,さらに大
きなブランドに育てることが可能かもしれない。
従って,ブランドの現状や将来的な成長の余力(ポテンシャル)を見極めるための指標
が必要となるはずである。それは,消費者の知覚・認識に基づく「ブランドの価値」や「ブ
ランドのパワー」といったものかもしれない。例えば,ブランドの認知率・使用経験率・
使用率,消費者のそのブランドに関する理解の深さ,ブランドに関する好意度,ブランド・
イメージの独自性,ロイヤルティ(再購入意向)
,ブランドによる価格プレミアム(他のブ
10
ランドよりもどれだけ高い価格を払えるか) といったことが具体的な「ブランドパワー」
の指標として考えられるだろう。
(図 1)
。
図 1 ブランド・ポートフォリオにおける判断軸
ブランド・ポートフォリオ
マネジメントにおける
投資の主な判断軸
事業(製品)ポートフォリ
オマネジメントにおける
投資の主な判断軸
・製品の市場成長率
・製品の市場シェア
・製品の売上高
・製品の収益性
など
・ブランドが進出している各製品の
市場成長率
・ブランドの各製品分野における市場シェア
・ブランドの売上高
など
・ブランドの収益性
+
ブランド・パワー(ブランド価値)
ーブランド認知・使用経験・使用率
ーブランドに関する理解
ーブランドイメージの独自性
ーブランドに対する好意
ーロイヤルティ(再購入意向)
ー価格プレミアム
10
石井(1999)ではブランドパワーの典型的構成要素として「ブランド知名度」
「ブランド理
解度」
「トライアル喚起力」
「商品満足度」
「リピート喚起力」
「情緒尺度」
「相対価格」をあげて
いる。
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また,こういった「ブランドの価値」を目に見える形に変換することが必要になるはず
である。可視化・指標化されなければ,それらを「管理」することもできないからである。
3.分析のフレームワーク
以上を念頭に置きつつ,本稿では,実際に P&G と花王というトイレタリー業界のリー
ディング企業が,実際,どのように複数ブランドのマネジメント,すなわちブランドポー
ト・フォリオのマネジメントを行っているかを明らかにする。
本稿の分析の枠組みを整理すると次のようになる(図 2)
。本稿では,ブランド管理にお
いて,個別のブランドを強化するための戦略やマネジメントではなく,その前提となる複
数ブランドのマネジメントに焦点をあてる。すなわち,本稿では複数ブランドの管理にお
ける,戦略の方向性と,戦略の立案や実践のための仕組みやマネジメント機能に関して議
論を行いたい。どのような基準で強化するブランドを選び取り,それを実践に落とし込ん
でいるか,またそのことがどのように市場でのパフォーマンスに影響しているのか,これ
らがポイントである。
この枠組みに徐って,第 3 章,第 4 章では,P&G と花王というトイレタリー業界のリー
ディング企業が,複数ブランド管理において,どのような戦略をとってきたか,そのため
にどのような仕組みを整備しつつあるか,さらにはそのことが市場における成果とどのよ
うな関係にあるか,について述べていきたい。
図 2 本稿の問題領域
本稿の問題領域
本稿で分析する領域
複数ブランド管理
仕組み
・体制
戦略・
考え方
市場での
成果
各個別ブランド管理
◆複数ブランド管理のための
体制・仕組み
◆複数ブランド間の資源配分
(ブランドの改廃等含む)
◆注力ブランドの策定
◆市場でのシェア
◆当該事業での収益性
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第 2 章 トイレタリー業界の環境変化
1. トイレタリー業界の特性
花王,P&G の取組みや戦略について述べる前に,トイレタリー業界の特性について簡
単に整理しておく必要があるだろう。以下は,この業界の製品に関する消費者の主な行動
特性である。
(1)消費者の購買行動
①低関与型の購買行動
石鹸やシャンプーといった身だしなみ製品,衣料用洗剤や家庭用洗剤などの日用雑貨,
紙おむつや生理用品などの衛生用品など,この業界の商品は基本的には「最寄り品」であ
る。従って,自動車や家電製品といった「買い回り品」に比べれば相対的に消費者の購買
における関与度は低く,GMS(General Merchandising Store,大手総合スーパー)やドラッ
グストア等の店頭で最終的に銘柄を選択する傾向が強い(インストアディシジョン率が高
い)
。
②購買サイクルの定型化
しかし,
(強い関与を持っているわけでなくとも)いったんブランドが決定すると,
「無
くなったら買いに行く」というようにある程度一定の購入サイクルが決まっている商品の
ため,購入して一定の満足を得たブランドに関しては,同じブランドを反復して購買する
傾向が強い。近年では「詰替用」商品が普及していることも,この傾向を促進している。
③機能性の重視
アパレルのような商品と違い,この業界の商品で重視されるのは商品のもつ実際の機能
である。シャンプーであれば,実際に使用した際の「洗い上がりがどうであったか」
,洗剤
であれば「汚れ落ちがどうであったか」といったことが重視される。
(2)マーケティング活動の特徴
上記のような消費者の購買行動と関連して,企業のマーケティングの焦点は以下のよう
な点にあてられる。
①「棚」
(陳列スペース)を巡る熾烈な争い
店頭での銘柄選択率が高いために,いかに店頭での陳列スペース(棚やカゴ)を確保す
るか,ということが重要になる。加えて,消費者の認知経路として TVCM(テレビコマー
シャル)と並んで「店頭で実際に見て商品・ブランドを初めて知った」という割合も高く,
店頭での陳列スペースを確保することは,消費者のブランド認知を向上させるためにも重
要な意味を持つ。
②TVCM の重視
また購買への関与度が低いために,消費者は「既に知っている」商品の中から,購入す
るブランドを選択する傾向にある。つまり,消費者の想起集合の中にいかに入り込むか,
ということが重要になり,そのためのマーケティングコミュニケーションが活発に行われ
11/51
る。商品の特性上,基本的にはマスプロダクトの商品であり,
「年代」
,
「男女」といった切
り口はあるにせよ,対象となる消費者は幅広い。従って,消費者の認知やブランド理解を
促進するための手段として,TVCM が重要視される。このことはブランドの育成において,
相当なコミュニケーション投資が必要である,ということを意味する。
消費者へのブランド認知やブランド理解を促進する TVCM は同時に,店頭での陳列ス
ペースを確保するのにも寄与するという役割も果たす。GMS やコンビニエンスストア
(CVS),ドラッグストアといった流通業が,メーカーに棚を確保させる条件として,
TVCM などによる販促の支援を要求する11ためである。
③商品の頻繁な改良・リニューアル
先述のように商品の機能性が重視されるため,既存のブランドであっても,商品の物理
的な内容に関して,継続的なリニューアルが行われる。中には,誕生以来全く成分を変え
ないような商品も存在するが,そういったケースは稀で,多くの商品はリニューアルを繰
り返し,そのことをまた TVCM を通じて消費者に訴えていく。
(3)ブランドの重要性
以上のような消費者の購買行動,
企業のマーケティング活動の特徴から,
この業界では,
大量の TVCM を投下して,消費者の認知を得るとともに,それを武器としていかに店頭
の陳列スペースを確保できるかが,その商品なりブランドが成功するための必須条件とい
える。これと並行して,消費者の継続購買を促すための製品改良やリニューアルも重要で
ある。購入後に消費者の満足を得られなければ,ブランドとして長期に渡り成長すること
はできないからだ。
いずれにせよ,ハイテク業界などと比べ,メーカーの技術水準は平準化しており,技術
的な要素は決定的な差別化の要因とはならない。むしろ,技術と連動した機能性を,いか
にブランド名との関わりで消費者に伝え,理解してもらうか,ということの方が競争優位
につながるからである。従って,製品を超えた「ブランド」が重要な競争要因となる。
しかし,ブランドの育成・構築において,TVCM などのマスコミュニケーションに非常
にコストがかかるのがこの業界の特徴である,ということは既に述べた。従って,限られ
た資源の中で,どのブランドに優先的に資源を配分していくか,という意思決定が重要な
意味を持つ。本稿においてトイレタリー業界をとりあげる理由は,まさにこの点にある。
2. 競争環境の変化
ここでは,本稿の論点であるブランド管理に重大な影響を及ぼし,各企業のブランド戦
略に変容を迫っている業界の変化について,
(1)成熟化の進展,
(2)低価格化,
(3)グロー
例えばシャンプーでは,日経流通新聞 MJ が行ったバイヤー調査で,仕入商品を判断する基
準として 80%のバイヤーが「テレビ CM」を選択している。
「ブランド力」がこれに次ぎ 73%
となっている。
(日経流通新聞 MJ 2001 年 12 月 8 日)なお,同調査は日経新聞社の「日本の
小売業調査」の対象になっているスーパー285 社に対し,調査表を FAX ならびに郵便で送付し
たものである。回収数は 92 社となっている。
11
12/51
バル競争,
(4)
「メガブランド」間の競争という4つのキーワードをあげなから,概観す
ることとしたい。
(1)成熟化の進展
トイレタリー市場における成熟化の実態を概観すると,
2001 年度の日用品トイレタリー
53 品目の市場規模は,1兆 5700 億円(メーカー出荷金額)で,前年比 1%増である。そ
れまで,過去 5 年間は連続して前年実績を割りこんでいた12。
表 1 は 1995 年から 2001 年にかけての,トイレタリー業界の主な商品の市場規模をま
とめたものである。おしゃれ用ヘアカラー,大人用紙おむつなど,一部の商品を除き,ほ
とんどの商品カテゴリーにおいて,過去約 5 年間では市場規模が横這いもしくは減少傾向
であることが確認できる。
単位:億円
1995年
1996年
1997年
1998年
1999年
2000年
2001年
1291
1235
1153
1115
1053
1015
1020
シャンプー
ヘアリンス
530
565
523
502
465
420
412
ヘアカラー
家庭用白髪染め
479
451
453
485
おしゃれ用へアカラー
153
173
186
187
209
218
688
638
568
646
607
592
ヘアスタイリング剤
洗顔料
523
395
382
498
524
564
化粧石鹸
600
514
585
548
425
490
481
407
417
383
374
355
343
373
ボディソープ
制汗剤
167
178
162
156
215
166
188
男性用育毛剤
344
376
282
285
451
465
408
入浴剤
561
512
363
331
445
447
444
2069
2093
1822
1753
1905
1951
2038
衣料用合成洗剤 ヘビー洗剤
ライト洗剤
120
126
117
155
110
123
118
柔軟仕上げ剤
578
613
586
573
544
544
567
340
316
302
302
220
204
199
漂白剤
台所用洗剤
635
612
518
513
542
503
512
住居用洗剤(住宅用、トイレ、浴室用)
448
454
487
472
473
482
歯磨
625
688
672
647
624
628
638
391
410
417
399
407
409
417
歯ブラシ
芳香剤
401
209
217
193
212
207
182
幼児用紙おむつ
1385
1420
1376
1373
1420
1414
1381
271
285
214
278
361
370
大人用紙おむつ
生理用ナプキン
873
910
871
842
843
746
719
表 1 トイレタリー業界の主要商品別市場規模の推移
出所)
「国際商業」96 年,97 年,98 年,99 年,2000 年,2001 年の各 4 月号より筆者作成
(2)低価格化
市場規模が停滞しているのは,需要自体が拡大しないことと並んで,それぞれの商品で
単価の下落が激しいためである13。前述の通り,金額ベースで前年比 1%増であった 2001
年のトイレタリー業界の市場規模も,数量ベースでみると実に 3%以上の伸びを示してい
る。
12
「国際商業」調べ。
13 「トイレタリーウォーズの勝ち組と負け組」
『国際商業』2002
年 4 月号 p70〜83。シャンプー
を例に取ってみれば,600ml のポンプタイプの平均店頭価格は,91 年時点で 861 円だったも
のが,93 年時点で 631 円,95 年時点で 589 円にまで下がった13。最近では,大手ドラッグス
トアの店頭を見ると,ブランドによっては 400 円台で売られているものも珍しくない。
13/51
日本経済全体の不況,デフレの進行も勿論,単価下落の要因としてあげられる。しかし,
直接的には 90 年代前半における大手流通業の PB(プライベートブランド)に端を発する
低価格競争,90 年代後半以降は流通チャネルにおける変化,すなわち「マツモトキヨシ」
に代表されるドラッグストアチェーンの興隆が大きく影響している。駅前などに立地し,
品揃えと低価格を売り物にするこれらのドラッグストアチェーンが引き金となって,大手
の GMS にも低価格化の波が波及している。とりわけシャンプーや石鹸,ボディシャンプー
といった身だしなみ商品では,GMS よりもドラッグストアが主要な販路となっている商
品が多く,低価格化がより進む結果となっている。これに加えて,シャンプー等における
「詰め替え用」商品の普及も単価下落を一層促進している,といわれている14。
(3)グローバル競争
このように需要が伸び悩み,価格競争が激化する中で,さらに競争環境を厳しくしてい
るのが,競争のグローバル化である。具体的には,日本リーバと本稿で取り上げる P&G,
という外資の巨大トイレタリーメーカーが着実に日本市場で地盤を拡大してきている。実
際にこの 2 社によって,ヘアケアやボディケア,衣料用洗剤,台所用洗剤といった分野で
は,近年大きく企業間やブランド間のシェアが変動し,競争の構図が変わってきている。
トイレタリー業界では,総合メーカーの花王とライオンの 2 社,化粧品系の株式会社エ
フティ資生堂(以下「資生堂」と略記)
,カネボウ株式会社(以下「カネボウ」と略記)
,
専門分野に絞り込んだユニ・チャーム株式会社,エステー化学株式会社,小林製薬株式会
社,株式会社マンダムといった国内メーカーに加え,日本リーバ,P&G といった大手外
資が存在感を急速に高めてきている。
(4)
「メガブランド」間競争の展開 … ブランドの選択と集中
以上のような変化の結果,この業界でのブランド間競争は,より「メガブランド」とよ
ばれる有名ブランド,大型ブランド間の競争の様相を呈してきた。
本稿でとりあげる花王の他,株式会社ライオン(以下「ライオン」と略記)は 2001 年
よりブランド数の削減を始めており,2001 年時点で 60 以上あったブランドを,2003 年
を目途に 40 程度まで削減する方針を打ち出している。さらに,研究開発費の 90%,広告
宣伝費の 95%を,重点 21 ブランドに集中的に投下するという15。このほか外資系メーカー
の日本リーバ株式会社(以下「日本リーバ」と略記)も「メガブランド戦略」と称し,基
幹ブランドへの集中的投資を行う姿勢をより鮮明にしている16。
3.各市場での競争の実態
では,具体的に一つ一つの製品カテゴリーで見たときに,実際にどのような競争が展開
14
15
同上
日本経済新聞 2001 年 6 月 18 日
16
この動きは国内市場だけにとどまらない。花王の提携先であるドイツのスキンケア最大手のバイヤスド
ルフ社も,全 10 種類に絞ったブランドへの集中的な投資により,増収・増益を達成している。この他,全
世界に 1600 種類のブランドをもつ英国のユニリーバは,400 種類にまでブランド数を削減するという。
日経産業新聞 2000 年 7 月 18 日。
14/51
されているのだろうか。成熟化,低価格化の進行,グローバル競争,メガブランド間の競
争といった変化がそれぞれのカテゴリーでどのように進行し,そこでの企業・ブランドの
勢力図がどのような変遷を遂げているか,主に 90 年代半ば以降について,述べていきた
い。ここでとりあげる(1)シャンプー,
(2)ボディシャンプー,
(3)衣料用洗剤,
(4)
台所用洗剤は,トイレタリー業界においては比較的規模の大きい主要なカテゴリーである
とともに,前述の変化が典型的にあらわれているカテゴリーである。同時に,第 3 章,第
4 章で取り上げる P&G,花王の複数ブランド管理の取組みを理解する上で,これらの市場
状況の認識が欠かせない。
(1)シャンプー市場
シャンプー市場は実に 100 社近いメーカー,約 300 のブランドが競争を繰り広げ,ブラ
ンド間のシェアの変動が激しい市場17である。
図 3 は 1995 年から 2001 年にかけての,シャンプー市場のメーカー別シェアの推移で
ある。ここでは,①日本リーバの躍進,②カネボウの伸長,③その中で依然としてトップ
シェアを維持する花王,という三つの点に注目したい。
花王
ライオン
ヘレンカーチス
資生堂
サンスター
ブリストリルマイヤーズ
P&G
リーバ
ロレアル
2001年
19
15
10.2
12.9
2000年
1 9.7
14.1
10.8
13.7
99年
2 0 .1
98年
2 0.3
97年
2 1.6
96年
2 2.3
16.2
17.3
13.7
0%
12.1
20%
13.4
18.3
0
1.2
11.5
2
15.8
2 1.4 11.3
2.2
7.4
3.5
10.3
7.3
6.7
40%
3.4
4.1
3.9 1.9
13
9.6
8.9
5.8
2.6
9.2
11.5
10.2
10.3
8.3
12.4
12.1
17.8
1 9.6
95年
11.3
カネボウ
牛乳石鹸
その他
3.6
9.3
1.5
13.2
11.6
1.9
4.8
1.6
4.5
60%
19
11
14
21.4
32.2
80%
100%
図 3 シャンプーのメーカー別シェア推移
出所)
「国際商業」95〜2001 年の各年 4 月号より筆者作成
日本リーバは,96 年時点ではメーカー別シェアで花王,資生堂,P&G に次ぐ 4 番手,
であったが,毎年シェアを伸ばし,5 年後の 2001 年には 18.3%のシェアを占め,花王と
ならぶ 2 番手メーカーとなっている。96 年 8 月に投入した「ラックススーパーリッチ」18,
「日用品・トイレタリー市場のシェア攻防戦」
『国際商業』1999 年 5 月号 P88〜105。
97 年にはそれまで単品レベルで長年 NO.1 シェアを維持してきた花王のメリットを抜き,以
後,単品レベルでの NO.1 の地位を維持し続けている。
ただし,
「リンスのいらないメリット(メ
17
18
15/51
2000 年に上市した「モッズヘア」19が,それぞれ単品レベルのシェアで 1 位と 2 位の地位
を占めることに成功したためである。
更に,2001 年 9 月からはスキンケアブランド「ダヴ」のシャンプーを投入し,
「ラック
ススーパーリッチ」
「モッズヘア」
「ダヴ」
「オーガニック」
の 4 ブランド体制としている。
シャンプー市場における近年の日本リーバのブランド戦略は,積極的な新ブランド開発
と,
「メガブランド戦略」と呼ばれる基幹ブランドへの集中的な投資という 2 点を特徴と
して挙げることができる。具体的には,
「ラックス」
「モッズヘア」
「ダヴ」
「ポンズ」の基
20
幹 4 ブランドに集中的な投資を行っており ,この 4 ブランドだけで実に年間 250 億円に
及ぶ広告宣伝費を投入している21。
またカネボウも,
「サラ」
(83年発売)
,
「ナイーブ植物性」
(95年発売)
,
「海のうるおい
藻」
(96 年発売)に加え,99 年末に「プロスタイル」を導入し,4 ブランドでシェアを徐々
に上げてきている。
一方,花王は 70 年発売の「メリット」
,80 年発売の「エッセンシャル」という 2 大ロ
ングセラーブランドを基軸に,男性用の「サクセス薬用シャンプー」
(90 年発売)等もあ
わせて,シャンプー市場で長年トップシェアを維持している。
他社ブランドの攻勢を受けて,花王が当初とった戦略は,積極的な新ブランドの導入で
あった。90 年代半ば以降,まずリンスインシャンプー市場に対応して「洗えるリンス ジェ
ンヌ」
(94 年発売。現在は廃止)を導入している。これに加えて,96 年にはスタイリング
剤等も含めた総合ヘアケアブランドとして,
「ラビナス」が導入された。このほか 99 年に
は「メリット」の新ラインとして「地肌ケア」をコンセプトにした「ピュール」22を導入
している。しかし,これらの新ブランド導入だけでは,基幹ブランドである「メリット」
,
「エッセンシャル」のシェアの低下をカバーし切れなかった。
こうした現状を受けてついに,2001 年に「メリット」の成分やコンセプトを大きく変更
した。この「メリット」のリニューアルに関しては,花王のブランド戦略上,重要な意味
を持つため,第 4 章で改めてふれることとしたい。
リットリンスイン)
」を含めた「メリット」ブランドのシェアはこれよりも高い。例えば 98 年
では「メリットシャンプー」がシェア 7.0%,
「リンスのいらないメリット」が 4.8%であり,双
方を合わせた「メリット」ブランドのシェアは 10%を越える。
19 若年層をターゲットとした日本独自のブランド。大量の TVCM を投入した結果,翌 2001
年には 5.7%のシェアを占めるシャンプー第 2 位のブランドにまで成長させた。
20 親会社であるユニリーバは年,グローバル規模で「ヘアケアの強化」を戦略としている。ま
た日本リーバでは 99 年頃から小売業に対して,協賛金などの販促費支出を減らし,その分を
TVCM に回す事でブランドの確立を図る戦略をとっている。
「トイレタリウォーズ勝者と敗者の分水嶺」
『国際商業』2001 年 4 月号 p80〜95。なお,
日本リーバの売上規模は約 1000 億円程度といわれる。連結売上高が 8000 億円を越える花王の
広告宣伝費が約 500 億円程度であることを考えると,日本リーバのこの広告宣伝費がいかに巨
額であるかが理解できる。
22パッケージには「PURE」のロゴの下に小さく「メリット」のロゴも刻まれている。またパッ
ケージもメリットのイメージをやや残すエメラルドグリーンのパッケージを用いている。
21
16/51
(2)ボディシャンプー市場
90 年代前半に石鹸市場の需要を奪う形で,急成長したボディシャンプー市場も 90 年代
後半からは価格競争の激化と詰め替え品の普及等により,
(特に金額ベースでは)
成長が鈍
化し始め,横這いが続いている。
この市場においては「ビオレ U」ブランドを持つ花王がトップシェアを保ち続けている
(図 4)
。
「ビオレ U」は洗顔料ブランド「ビオレ」
(1980 年〜)のボディシャンプーとし
て 1984 年に発売され,一時期はボディシャンプー市場でシェアが 70%を越えるなど,ボ
ディシャンプー市場を拡大し,牽引してきたブランドである。
図 4 ボディシャンプーのメーカー別シェア推移
花王
カネボウ
24.7
2001年
資生堂
19.2
28.1
2000年
日本リーバ
19.7
23.1
1.3
98年
24.5
22.3
2.2
3
16.8
26.9
96年
20.3
30.1
95年
0%
16.9
20%
40%
2.6
3.1
山之内製薬
11.1
9.7
23.8
28.8
牛乳石鹸
16.5
99年
97年
ライオン
8.8
8.9
14.4
10.7
その他
3.7 3.5
3.9 3.6
12.5
15.4
12.2
4.7 3.9
16.6
12.3
14.8
4 3.8
16.6
12.4
13.6
8.9
8.5
9.9
7.2
3.8 4.1
17.5
3.8 3.7
25.3
3.8 3.6
25.4
60%
80%
100%
出所)
「国際商業」95 年〜2001 年 各年 4 月号より筆者作成
94 年頃から各メーカーの参入が相次ぎ,カネボウが「植物性ナイーブ」
,資生堂が「太
陽の恵み」
「海の恵み」
,ライオンが「植物物語」といったブランドを展開している。特に
90 年代後半以降シェアを伸ばしてきたのは,カネボウの「植物性ナイーブ」であり,97
年には 18.7%のシェアを占めるに至り,単品レベルでは,一時的に花王の「ビオレ U」を
上まわるシェアを獲得した23。
これに対して,花王は 99 年 3 月に「ビオレ U」の商品改良,具体的には「弱酸性」成
分への刷新,それに伴う大量の TVCM の投入により24,2000 年にはメーカー別シェアを
4%近く大きく引き上げることに成功した。
(3)衣料用洗剤市場
衣料用洗剤,特に衣料用ヘビー洗剤25は日用品・トイレタリー業界において,最大の市
23
シャンプー同様,
「パウダーインビオレ」などを含めたブランドトータルでは一貫して花王
の「ビオレ」がトップシェアを維持している。
24 1999 年 11 月 23 日 日経流通新聞
25 衣料用洗剤は,ウールなどのおしゃれ着用の「ライト洗剤」と通常の「ヘビー洗剤」に分か
17/51
場規模をもつ。
この市場は現在,花王,ライオン,P&G が 9 割のシェアを占める。しかし,衣料用洗
剤は元来,特売の対象になりやすく,価格が乱れる傾向にあった。この傾向を決定的にし
たのは,90 年代前半のバブル崩壊後の「価格破壊期」である。大手流通業の低価格 PB(プ
ライベートブランド)の急成長により,シェア自体も 2 割程度を奪われ,同時に実勢価格
が大きく乱れた。メーカー各社にとっては,実勢価格の立て直しが急務となっていたので
ある。
そこで,96 年頃から新たな技術革新を伴った新製品の導入が相次ぎ,これに伴って 3
社のシェアも変動することとなる(図 5)
。その後の各社の戦略について簡単にまとめると
次のようになる。
ライオンは 96 年に,流通業の低価格 PB に対して新たな付加価値を提供する製品とし
て,超コンパクト型の「スーパートップ」26を市場に導入した。このヒットにより 96 年に
は一時的とはいえ,
月間ベースのシェアでライオンが花王を抜くという快挙を成し遂げた。
しかし,その後,
「スパーク」
「ダッシュ」
「ブルーダイヤ」等多数のブランドを展開しなが
らも,
「トップ」以外に有力なブランドが育たず27,2000 年に洗濯後のにおいが気になら
ないという「部屋干しトップ」のヒットがあったにも関わらず全体的なシェアを低下させ
ている。
図 5 衣料用ヘビー洗剤のメーカー別シェア推移
花王
ライオン
P&G
リーバ
その他
2001年
4 1.7
25.8
22.9
0.1 9.5
2000年
4 1 .5
26.6
22.5
0.5 8.9
99年
41 .1
29.8
19.5
1.6 8
98年
4 0.3
31.5
18.1
2.2 7.9
97年
39 .5
31.9
96年
29
95年
27 .3
0%
10%
17.5
25.2
17.7
20.3
20%
30%
40%
3.6
21.6
50%
60%
70%
8.5
24.5
4.7
出所)
「国際商業」95 年〜2001 年 各年 4 月号より筆者作成
2.6
26.1
80%
90%
100%
一方,P&G は「アリエール」1 ブランドでシェアを拡大する戦略をとった。
「アリエー
ル」ブランド下に「アリエールピュアクリーン」
「アリエール漂白剤プラス」
「アリエール
ジェルウォッシュ」などを展開し,徐々にではあるが,シェアを上げている。
これに対して花王は 95 年に基幹の「アタック」を柱に,超コンパクト型の「新活性ザ
れる。市場規模やシェアなども両者を区別して集計するのが通例となっている。
26「使用回数 80 回」をうたい文句に徳用感を訴求した。
27 2000 年時点で「トップ」ブランド以外はシェアが 1%にも満たなかった(
「国際商業」2001
年 4 月号 p88)
。
18/51
ブ」28,
「ニュービーズ」を投入しつつ,一貫して「アタック」を柱とする戦略をとってい
る。ライオンが「部屋干しトップ」など新製品で勝負をかけている中で,花王は「アタッ
ク」のアイテム拡充(シートタイプ)や改良(マイクロ粒子)によるブランド力強化で現
在もシェアを徐々に拡大している。
(4)台所用洗剤
台所用洗剤は過去 5 年で劇的に市場の構図が変化した市場である。もともとはライオ
ン・花王の寡占状態が続いていた。
ここでのポイントは P&G の急成長である(図 6)
。95 年発売の P&G の「ジョイ」29が
毎年シェアを伸ばし,97 年にはナンバーワンブランドに成長した。さらに 98 年には「除
菌もできるジョイ」の発売で,ついにメーカー別のシェアで P&G が花王,ライオンの 2
社を抜いてトップに躍り出ている30。
図 6 台所用洗剤のメーカー別シェア推移
花王
2001年
30.5
2000年
29.9
サラヤ
その他
11.8
2.5
36.2
9.8
3
31.1
28.8
11.7
1.2
34.8
23.6
12
2.2
32.5
22.4
27.3
98年
P&G
22.8
26 .1
99年
ライオン
97年
3 1.7
32.9
17.2
5.4
12.8
96年
31.8
32.9
17.6
3.5
14
24.5
95年
0%
10%
11.3
32.1
20%
30%
40%
50%
60%
27.9
4.2
70%
80%
90%
100%
出所)
「国際商業」95 年〜2001 年 各年 4 月号より筆者作成
「モア」ブランド(89 年〜)の 2 ブランドを
一方,花王は「ファミリー」ブランド31,
展開しており,
「ファミリーピュア」の詰替用やポンプタイプ等,
「ファミリーピュア」ブ
ランドのアイテム拡充でシェアの巻き返しを図っている。
また,ライオンは「チャーミーコンパクト」
「チャーミーグリーン」などの「チャーミー」
「ザブ」ブランドは 90 年代初頭に一度廃止されたものを再投入したものである。
P&G は 70 年代後半に台所用洗剤に参入したが,2 年ほどで撤退。その後 95 年に「ジョイ」
の発売で再び参入した。ジョイは 95 年に中国地区などでテスト販売を行い,96 年 3 月からは
全国展開を行っている。
(日経産業新聞 1998 年 7 月 29 日)
30 その後も 2000 年に入って P&G は「なめらかフィールジョイ」の投入など「ジョイ」ブラ
28
29
ンドの強化策を打ち出し,トップシェアを維持している。
31「ファミリー」
ブランド自体は 1960 年代から続くブランド。
「ファミリーフレッシュ」
(1980
年発売)
「ファミリーコンパクト」
(96 年発売)
「ファミリーピュア」
(99 年発売)などがある。
19/51
ブランド,
「ママローヤル」32,
「ナテラ」の 3 ブランド体制で望むが,メーカー別シェア
では徐々に落としている。2000 年時点では単品レベルでも「チャーミーV」が 7.5%のシェ
アでようやく 5 位に入るのみで,P&G,花王のトップ 2 社との差が開きつつある。
以上みてきたように,激しい競争が展開される中で,花王,P&Gの 2 社が,重要な市
場で競争力を維持・拡大し続けていることが確認できた。続く,第 3 章,第 4 章では具体
的に両社のブランドマネジメントの実態について述べていきたい。
第 3 章 P&G のブランド・マネジメントシステム
世界最大のトイレタリーメーカーである P&G 社は世界で始めて本格的に「ブランド・
マネジャー制」を導入したことでも知られるように,ブランド管理について先進的な企業
としてよく知られている。また,
「アイボリー」や「パンパース」などをはじめとして,歴
史の長いブランドを非常に数多く有している。P&G では,これら複数のブランドの管理
について,どのように考え,どのような取組みを行っているのであろうか。以下で見てい
きたい。
1.日本における P&G の事業展開とブランド展開
(1)日本市場での P&G
P&G は,世界最大の日用品・トイレタリーメーカーである。直近(2001 年 6 月 30 日
をもって終了した 2000/2001 事業年度)の総売上高は,約 393 億 7500 万ドルに及び33,
花王の 4 倍以上の規模である。また,世界中の 70 ヶ国以上に拠点を持つグローバル企業
でもある。
日本市場への参入は,1973 年 3 月の粉末洗濯用洗剤「全温度チアー」の発売を皮切り
に行われた。進出後約 10 年は,
「日本の消費者を十分理解できていなかった」ことや,日
本の特殊な流通事情,社内体制の未整備など,様々な要因から業績は振るわなかったが,
1984 年に「プロクター・アンド・ギャンブル・ファーイースト」として体制を再構築した
ことを期に,急速に業績を伸ばした34。
現在では,売上規模は推定約 2000 億円以上といわれ35,日本での売上は,花王,ライオ
ンに次ぐ規模となっている。
(2)日本における事業内容とブランド
日本市場においては「洗剤・ファブリックケア」
「紙製品」
「ヘアケア」
「スキンケア・コ
32
33
34
35
98 年には手肌の角質層を保護する成分を配合した「ママローヤルα」を発売している。
同社の決算短信より。
吉原(1990)
。
日経産業新聞 1996 年 12 月 12 日。
20/51
スメティクス」
「スナック」
「ヘルスケア」
「ペットケア」
といった製品分野で事業を展開し
ている。
同社はグローバルな市場においては,
「パンパース」
,
「タイド」
,
「アリエール」
,
「ウィ
スパー」
,
「パンテーン」
,
「バウンティ」
,
「プリングルズ」
,
「フォルジャー」
,
「シャーミ
ン」
,
「ダウニー」
,
「レノール」
,
「アイムス」
,
「オレイ」
,
「クレスト」
,
「ヴィックス」
,
「ア
36
クトネル」など 250 以上のブランドを販売しているが ,日本市場においては,2002 年 7
月現在,上記の製品分野に「アリエール」
「ヴィダルサスーン」
「パンパース」といった 18
のブランドを展開している(表 2)
。
表 2 日本における P&G の事業内容とブランド一覧
洗剤・ファブリックケア
洗濯用洗剤 「アリエール」
台所用洗剤 「ジョイ」
洗濯用液体洗剤 「ボーナス」
毛糸・おしゃれ着用洗剤 「モノゲン」
柔軟仕上剤 「バウンス」
紙製品
幼児用紙おむつ 「パンパース」
大人用失禁ケア 「アテント」
生理用ナプキン 「ウィスパー」
ヘアケア
「ヴィダルサスーン」
「パンテーン」
「リジョイ」
スキンケア・コスメティックス
「SK-Ⅱ」
「マックスファクター」
「イリュ−ム」
薬用石鹸「ミューズ」
スナック
「プリングルズ」
ヘルスケア・ペットケア
歯と口のケア「クレスト」
ペットフード「アイムス」
出所)P&G 社のホームページ(http://jp.pg.com/)より筆者作成
また,
それぞれのブランドの各市場における 2001 年シェアは以下の通りである
(表 3)
。
メーカー別のシェアでは,3 番手・4 番手のカテゴリーが多いが,台所用洗剤のようにトッ
プシェアを握るところも出てきている。
表 3 P&G の各市場でのシェアと推定売上高
市場規模
P&Gの
推定
メーカー別P&G
(2001年)
シェア
売上高
の
(単位:億円) (単位:%) (単位:億円) シェア順位
P&Gのブランド
商品分野
花王、ライオンに
洗濯用ヘビー洗剤
2038
22.9
467 次ぐ3位
「アリエール」、「ボーナス」
花王、ライオンに
洗剤・ファ
衣料用ライト洗剤
119
6.8
8
「モノゲン」
次ぐ3位
ブリックケ
567
1.6
9 4位
「バウンス」
柔軟仕上剤
ア
衣料用ケア製品
49
82.7
41 1位
「ファブリーズ」
台所用洗剤
512
32.5
166 1位
「ジョイ」
ユニ・チャーム、
幼児用紙おむつ
1381
17.7
244 花王に次ぐ3位 「パンパース」
ユニ・チャームに
紙製品
大人用紙おむつ
711
11.3
80 次ぐ2位
「アテント」
ユニ・チャーム、
生理用ナプキン
719
18.8
135 花王に次ぐ3位 「ウィスパー」
「ヴィダルサスーン」「パン
シャンプー
1020
10.2
104 5位
テーン」「リジョイ」
「ヴィダルサスーン」「パン
ヘアケア
リンス
412
11.1
46 4位
テーン」
ヘアトリートメント
207
11.1
23 3位
「ヴィダルサスーン」
スキンケア 石鹸
481
11.2
54 3位
「ミューズ」
出所)
「国際商業」2002 年 4 月号より筆者作成
36
P&G 社 決算短信より。
21/51
2.P&G のマーケティング組織
上記のように日本における展開ブランドについては,米国本国とは異なる部分も多い。
しかしながら,日本市場におけるブランド・マネジメントの仕組みやそのための組織など
は,米国本国あるいはグローバルな規模で構築されたものが基盤となっている。
(1)ブランド・マネジャー制
100 年以上の歴史を持つ「アイボリー」石鹸に代表されるように,P&G は早くから「ブ
ランド」を根幹に据えた経営を行ってきたといわれている。その典型が,P&G が世界に
先駆けて 1931 年から導入した「ブランド・マネジャー制」である。
この制度は,ブランドごとのブランド・マネジャーのポストを設け,各ブランド・マネ
ジャーは担当するブランドのみに専念し,そのマーケティングに関する責任と権限を負う
というものである。すなわち,P&G が当時もっていた石鹸の2つのブランド「アイボリー」
と「キャメイ」37それぞれに担当するブランド・マネジャーを設け,各ブランドのマーケ
ティング戦略に専念させることで,自社内での競争を促し,全体としての競争力の向上を
図ったものであった。それまでは,石鹸というカテゴリーを一人のマネジャーが担当して
おり,売上の大きい「アイボリー」に関心が集中してしまい,
「キャメイ」育成のためのマー
ケティング投資がなおざりで計画性にかける,という問題があったためである。
次に述べるように,時代に合わせて形を変えてはいるものの,ブランドごとに責任者,
すなわちブランド・マネジャーを設けて,ブランド単位で経営を行うという点は現在まで
変わってない。
その後,世界の主要な企業でも同様の制度をとるところが出始めたが,多くは 1950 年
代以降のことであり,P&G は 20 年以上も前に本格導入していたことになる38。
(2)カテゴリー・マネジャー制の導入
前節で述べたブランド・マネジャー制に大きく変更が加えられたのが,1980 年代後半に
行われた「カテゴリー・マネジメント」へのシフトであった39。
直接的なきっかけは 1985 年の業績悪化だった。この年に P&G は前年比 29%という大
幅な減収となった。実に 33 年振りの減収であり,
「クレスト」や「パンパース」といった
主要なブランドのシェアも大幅に低下した。
ここで P&G がとった施策は,これまでのブランド・マネジャーの上にカテゴリー全体
を統括する「カテゴリー・マネジャー」のポストを設ける,というものであった(図7)
。
この新しい制度のもとではカテゴリー・マネジャーが,カテゴリー内の複数のブランドが
37
P&G ではこのように昔から同一カテゴリー内にポジショニングの異なる複数のブランドを
配置して,競合他社に対してカテゴリーでの競争力を高める,という戦略をとっている。
38日本でも 1960 年代にアメリカの様々なマーケティング手法が導入されるのに伴って,
先進的なマネジメ
ントシステムとしてブランド・マネジャー制を導入する企業が相次いだ。第 4 章で述べる花王もその一社
であった。安(2001)
。
以下 P&G のカテゴリー・マネジャー制の導入経緯については,
吉崎弘高
「P&G のブランディ
ング戦略を探る」
「国際商業」1999 年 5 月号を元に記述している。
39
22/51
相互に補完しあい,
相乗効果を発揮するようにブランド間の調整を行う責任と権限を持つ。
ここでは「自社ブランド間の競合」から「ブランド間の調整」に,マネジメントの主眼が
シフトしているということに注意を喚起したい。
図 7 P&G のマーケティング組織
ブランド・マネジメント部門の組織
グループ副社長
洗濯洗剤/クリーニング部門
カテゴリー・
マネジャー
(液体食器洗剤)
カテゴリー・
マネジャー
(洗濯洗剤)
マーケティング・
マネジャー
[タイド] [未来タイド]
ブランド・
ブランド・
マネジャー マネジャー
カテゴリー・
マネジャー
(住居洗剤)
カテゴリー・
マネジャー
(柔軟仕上げ剤)
マーケティング・
マネジャー
[オキシ
ドール]
ブランド・
マネジャー
[アイボリー
[イーラ]
スノー]
ブランド・
ブランド・
マネジャー
マネジャー
マーケティング・
マネジャー
[チアー]
ブランド・
マネジャー
[ボールド]
ブランド・
マネジャー
[ゲイン]
ブランド・
マネジャー
Charles L.Decker 『WINNG WITH THE P&G 99 –99 Principles and Practices of PROCTER
& GAMBLE’S Success 』1998,POCKET BOOKS,a division of Simon&Schuster Inc
近年では,98 年の組織改編で,グローバルなレベルでも製品分野別・カテゴリー別の管
理を徹底するようになっている。すなわち,従来,地域別に設置していた国際事業部門を,
製品分野別(ファブリック&ホームケア,紙製品,ビューティケア,ヘルスケア,食品・
飲料など)に改組した。
上記のようなブランド・マネジメント組織は日本においてもあてはまる40。日本市場に
おける各ブランドのブランド・マネジャーが日本市場での当該ブランドのマーケティング
活動を立案・実行するとともに,その上にカテゴリーを統括する責任者(Director)が存
在する。さらに地域(日本と韓国)での製品分野の責任者(ジェネラル・マネジャーもし
くはヴァイス・プレジデント)がその上に位置するという構造になっている。
3. P&G のブランド戦略
ここでは,日本市場における近年のブランド戦略のポイント,すなわち P&G がどのよ
うなブランドに注力しているかについて整理したい。まずその前提として,グローバル規
模での P&G の近年の経営方針について触れたのち,それが日本市場でどのように展開さ
れているかについて述べる。
(1)グローバル規模での経営方針
①コアビジネス・コアブランドへの集中
日本市場にける同社のブランド戦略について述べるためには,先述のブランド・マネジ
プロクター&ギャンブル ファーイースト インク A氏へのインタビュー (2002 年 8
月 1 日。
40
23/51
メント組織同様,グローバルレベルでの経営方針を整理しておく必要がある。
2001 年の P&G 社のアニュアルレポートでは,同社の戦略(Strategic Choice)につい
て以下の 5 点をポイントとして挙げている。
1) 既存のコアビジネスのグローバルリーダー化(Build existing core businesses into
stronger global leaders)
2) ビッグブランド,ビッグカントリーの育成(Glow big brand,big countries,leading
customers)
3) グローバルにリーダーシップを牽引することによる高成長,高マージン,高効率
(Develop faster-growing,higher-margin,more asset-efficient businesses with global
leadership potential)
4) 西ヨーロッパでの成長とリーダーシップの再構築(Regain growth momentum and
leadership in Western Europe)
5) キーとなる成長マーケットでの成長確保(Drive growth in key developing markets)
1)
「コアビジネスでのグローバルリーダー化」では「ベビーケア(紙おむつ等)
」
,
「ファ
ブリックケア(衣料用洗剤など)
」
,
「生理用品」
,
「ヘアケア(シャンプー,スタイリング剤
など)
」をトッププライオリティのコアビジネスとして明確に位置付け,このコアビジネス
の集中を標榜している。実際にこれらのカテゴリーは P&G がグローバル規模で No.1 の
シェアを握り,P&G の売上の 3 分の 2,利益においてはそれ以上を占める重要カテゴリー
である。
また 2)
「ビッグブランド…」では現時点で売上 10 億ドル規模もしくは,近いうちにそ
の規模に達するブランドへ集中化する,という方針を明らかにしている。
ここから言えることは,P&G が製品分野というレベルにおいても,また各製品分野の
ブランドにおいても,コアとなる分野・ブランドを選別し,そこへ集中化を行う戦略をとっ
ているということである。
②ブランドの Simplification(簡素化戦略)
近年の P&G のブランド戦略を巡るもう一つの大きな変化は,
ブランドの Simplification
(簡素化戦略)である41。
これは,90 年代前半までに際限なく広がっていた,同一ブランド内のライン・エクステ
ンションやサイズ・バリエーションを絞り込むことを主眼としたものであった。例えば,
90 年代前半のアメリカ市場では,
「ヘッド&ショルダー」が 31 種類,歯磨の「クレスト」
が 52 種類,生理用品の「オールウェイズ」が 61 種類といったように,一つのブランド下
に非常に多くの製品が存在した。
これらのサイズ,形状といったバリエーションを絞り込むことで,91 年当時に 3300 種
類まで広がっていたアイテム数は,
96 年時点で 2200 と 2/3 に近い水準まで削減された。
しかも,品目数を削減した結果,P&G の売上は逆に伸びたという42。
41
42
吉崎弘高「P&G のブランディング戦略を探る」
『国際商業』1999 年 5 月号 P72〜73。
同上。
24/51
(2)日本におけるブランド展開
ここでは,近年の P&G の日本市場におけるブランド戦略や具体的な取組みを概観する。
①積極的なブランド売却(M&A)
P&G ファーイーストでは 90 年代以降,便秘薬の「コーラック」43,哺乳びんなどの殺
菌剤の「ミルトン」44,にきび薬の「クレアラシル」45,風邪薬・のど飴の「ヴィックス」
等のブランドの営業権を次々と他社へ譲渡し,事業(製品分野)レベルでの選別を進めて
いる。
例えば,2002 年 5 月に日本市場における「ヴィックスメディケイテッドドロップ」事
業を大正製薬へ譲渡するとともに,大正製薬が風邪薬「ヴィックス ヴェポラップ」の日
本総代理店となる契約を結んでいる46。
世界規模では「ヴィックス」ブランドで,咳止めや風邪薬,総合感冒薬,のど飴などの
商品を,世界 100 ヶ国で販売している。日本では「メディケイテッドドロップ」と「ヴェ
ポラップ」の 2 品のみの展開であり,世界的には小さい規模であった。先述の「ビッグブ
ランド,ビッグカンパニーへの集中」という戦略の元,日本で他の事業と相乗効果を生み
にくい医薬品事業については縮小していく,
という意志決定がなされたものと考えられる。
②基幹ブランドへの集中
このように P&G では事業レベルで選択と集中を進めており,「ヘアケア」「紙製品」
「洗剤・ファブリックケア」といった事業分野に経営資源を集中してきている。また以下
に述べるように,
事業分野だけでなく個別の
「ブランド」
レベルでも,
コアブランドへフォー
カスした戦略をとっている。
日本市場で近年好調なブランドは台所用洗剤
「ジョイ」
,
衣類のケア用品
「ファブリーズ」
,
衣料用洗剤「アリエール」
,ヘアケアの「ヴィダルサスーン」といったブランドである。
ここでは花王,ライオンの 2 社を抜き,トップシェアとなった台所用洗剤と,日本リー
バの躍進を受けて競争状況が大きく変化しているヘアケアを事例として,P&G のブラン
ド戦略をみてみよう。
1) 台所用洗剤…「ジョイ」の躍進
第 2 章で述べたように,90 年代前半まで長年ライオン・花王が上位を占めていた台所用
洗剤市場で,P&G は 98 年にトップシェアを確保することに成功した。もともと P&G は
70 年代後半に台所用洗剤に参入の後,2 年ほどで撤退した。96 年からは「ジョイ」を全
国展開しているが,これはニ度目の日本市場への参入ということになる。
「ジョイ」は「油汚れに強い」ことを訴求ポイントとして導入された。タレントが家庭
43
「コーラック」はドイツのベーリンガーインゲルハイムが製造し,P&G が輸入及び包装な
どの小分け製造,販売を行っていた。97 年に輸入,小分け製造,販売権を大正製薬に譲渡した
(日経流通新聞 1997 年 6 月 5 日)
。
44 98 年に日本における「ミルトン」の商標権,製造設備,販売権などを杏林製薬に譲渡した。
(日経流通新聞 1998 年 8 月 13 日)
。
45 米薬品・日用品小売のブーツが 2000 年に買収。ブーツは同ブランドの買収で,日本市場に
本格参入した。
46 2002 年 5 月 14 日 プロクター&ギャンブル ファーイースト インク プレスリリース
25/51
を訪問してジョイを使ってもらうという「チャレンジジョイ」の TVCM も話題になり,
一気に 17%(96 年)のシェアを握った。
さらには 98 年の 2 月にスポンジの除菌機能をうたった「除菌もできるジョイ」の投入
で,さらにシェアを拡大し,メーカー別のシェアでトップに立った。競合する花王が「ファ
ミリー(ファミリーピュア,ファミリーコンパクト)
」
「モア」の 2 ブランド,ライオンが
「チャーミー」
「ママローヤル」
「ナテラ」
の 3 ブランドを展開している中で,
P&G は
「ジョ
イ」の 1 ブランドでトップシェアを獲得し,さらにシェアを伸ばしている,という点を強
調したい。
2)ヘアケア …「ヴィダルサスーン」
,
「パンテーン」の 2 ブランド強化
ヘアケア市場においては,93 年発売の「ヴィダルサスーン」が単品ブランドレベルで徐々
,リンスインシャンプーの
にシェアを上げてきた47。この他シャンプーでは「パンテーン」
「リジョイ」といったブランドを展開している。
最近では,リンスインシャンプー市場の停滞に伴って,
「リジョイ」48の TVCM を止め
る代わりに,その分「ヴィダルサスーン」と「パンテーン」の 2 ブランドに資源を集中さ
せる戦略をとっている49。
「ヴィダルサスーン」はシャンプーのシェアでも,日本リーバの
「ラックス」に次ぐ 2 位のブランドであるだけでなく,ユーザーを若い女性に絞りこみ,
ブランド力でも定評のあるブランドである50。またシャンプーやリンス以外にヘアスタイ
リング剤などを総合的にそろえたヘアケアブランドであり,
「リジョイ」よりも,こちらに
重点的に投資を行う方が,効率的であるとの判断がなされたと考えられる。
このように複数ブランドを展開するカテゴリーでは,主要なブランドへ経営資源が優先
的に配分されている。
4.複数ブランドの管理
これまで見てきたように,P&G では,あくまで各個別のブランドを経営の基本単位に
置きながら,80 年代後半以降,カテゴリーごとのマネジメントをも重視する体制に変わっ
てきている。組織体制でも,各ブランドの上にカテゴリーを統括するマネジャー,さらに
その上に製品・事業分野(ベビーケア,ファブリックケア,生理用品,ヘアケアなど)を
統括する責任者
(日本であれば当該製品分野の地域担当の責任者)
が配置される組織になっ
ている。
96 年 3.6%で 4 位,97 年 4.3%で花王の「エッセンシャル」と並び 4 位(1 位 リーバの「ラッ
クススーパーリッチ,2 位 花王の「メリット」
,3 位 資生堂の「スーパーマイルド」
)
。98 年
は 5.1%で同じく 4 位,2000 年は 6.2%で「ラックススーパーリッチ」に次ぐ 2 位。
48 96 年にはリジョイが 3.8%のシェアを占め,シャンプーでは「ヴィダルサスーン」を上まわ
る売上を上げていた。
49 ビデオリサーチ「TVCM 出稿調査 月報」2000 年〜2002 年 6 月各号より。
50 日経流通新聞 MJ が行ったバイヤー調査でも 7 割のバイヤーが「ブランド力を評価する」と
答えている。
(「日経流通新聞 MJ」2001 年 12 月 8 日)
。
47
26/51
(1)カテゴリーごとのブランド管理
重要なのは,カテゴリー・マネジャー制の導入に見られるように,P&G が事業や製品
カテゴリーという単位であれ,
複数のブランドを横断的に管理し,
重点的に資源配分を行っ
ていくことを志向している,ということである。かつ,こうした体制に変えたことで,重
点的に育成すべきブランドを選別し,重点ブランドへ集中的に投資を行う,という戦略が
立案され,実践されているということにも注意を喚起したい。
それまでのブランド・マネジャー制では,社内の競争意識が,結果として複数のブラン
ドを同時に成長させるというプラスの面があったと同時に,ブランド間の資源配分という
面で,思い切った意志決定を行うことも難しかったと考えられる。
マネジメントの焦点が個別ブランド単位になればなるほど,各ブランド・マネジャーは
当該ブランドのマーケティング活動に関して大きな権限をもつと同時に,各担当ブランド
の売上・利益(P/L)を厳しく問われる。そこでは,各マネジャーが 4 半期や単年度の損
益責任を果たすため,思い切った投資を行いにくい。例えば「当期の利益を多少犠牲にし
てでも思い切った新製品導入とそれにともなう大規模な広告宣伝を行い,中長期的なブラ
ンド構築を狙う」
といった意志決定は行われにくい。
ここでは広告宣伝費などのマーケティ
ング投資は,前年比をベースにして固定費的に決まっていく傾向になりがちである。この
ような中では,多数のブランドに資源が分散される傾向になる。
市場が右肩あがりに成長しているときには,ブランドごとの責任を明確にした方が一つ
一つのブランドを大きくしやすい。しかし,市場が成熟する中で,より効率的にブランド
という資産を管理しようとする際には,横断的に各ブランドの状況を把握し,各ブランド
へ適切に資源を配分するという視点が必要になる。すなわち P&G のカテゴリー・マネ
ジャー制の導入はカテゴリー単位での「ブランド・ポートフォリオのマネジメント」を実
行するための施策であったと理解できるのである。
(2)
「ブランド・エクイティ」の重視
また,上記のブランド間の資源配分に関しては,ブランドもつ価値(ブランド・エクイ
ティ)といったものも考慮しながら議論が行われているようだ。
P&G では従来から,個別ブランドのマネジメントにおいて,ブランドの持つ価値51の重
要性が認識されると同時に,
その価値を維持・向上させるための標準的な手法が確立され,
(グローバルな規模で)社内に適用されてきた。具体的には,P&G では個別のブランド
ごとにブランドのエクイティを「長期的な目標としてのブランド資産」
,
「ブランドが現時
点で既に有している資産」といったいくつかの階層や次元で明確に定義している52。同時
に,消費者調査などを通じて,定期的にこうしたエクイティを含めたブランドの現状がモ
ニタリングされているようだ53。
これは P&G がブランドごとの売上や利益,シェアといったもの以外にも,目に見えな
い消費者の知覚に基づく「ブランド資産」をマーケティング上の重要な指標として捉えて
51
52
53
P&G においては「エクイティ」という言葉で表現される。
吉崎弘高「P&G のブランディング戦略を探る」
,
「国際商業」1999 年 4 月号 p86〜P91。
前掲 P&G ファーイーストインク A 氏へのインタビューより。
27/51
いることの証左といえよう。
これらの,個別ブランド・マネジメントにおいて確立されたブランド(のもつ価値)重
視の組織文化や仕組みが,複数ブランドの管理においても生かされていると考えられてい
るのである。
第4章 花王のブランド・マネジメントシステム
ここでは,
「アタック」や「メリット」といった数々のロングセラーブランドを持つ花王
をとりあげ,ブランド戦略の変遷と,その背景にある新たなブランド・マネジメントの仕
組みについて述べる。同社は多くのシェア NO.1 ブランドを持つトイレタリー業界の最大
手企業であると同時に,
大小約 50 のブランドを持つ典型的な多ブランド展開企業である。
花王は「製品開発力」に優れた企業として知られてきた。その背景として研究開発への
注力と,消費者のニーズを吸い上げるために綿密なマーケティング活動が行われてきた。
特に商品の持つ実質的な「機能性」を重視した製品の開発がその特長とされ,実際に数多
くのヒット商品を生み出している。また自前の販社制度に基づく,店頭への圧倒的な配荷
力も優位性の基盤の一つとされてきた。店頭への配荷力によって,消費者にとって「CM
で気になった商品」が「どこでも買える」という状態にするのが花王の強みであった。
すなわち,研究開発とマーケティング(リサーチ)によって機能的に優れた製品を生み
出し,その商品の機能的便益をマスメディアで消費者に訴え,店頭に大量出荷する,とい
うのが花王の常勝パターンだったのである。
しかし近年の市場環境の変化に伴って,花王ではこうした常勝パターンに限界を感じ,
様々な面でマーケティングのスタイルを変えようと,試行錯誤を行い始めた54。注目すべ
きは,これまでの強みをいかしつつも「ブランド」を重視した経営に舵を取り始めている,
という点である。本稿で述べる複数ブランド管理に代表されるブランド・マネジメントの
仕組みは,その新たな花王の取組みの一貫として位置付けられるものである。
1. 企業概要と事業の現状
(1)事業分野
花王のブランド・マネジメントについて述べる前に,まずは花王の企業概要とこれまで
のブランド展開を整理したい。
同社の事業内容は大きく,洗剤やシャンプーなどの家庭用品事業,
「ソフィーナ」ブラン
ドで知られる化粧品事業,企業向けの化学原料などの工業用製品事業に分けられる。
家庭用品事業の2001年度の連結売上高が約6,260億円で,
事業分野ごとの売上構成55は,
全体売上の約 72%を占め,化粧品事業は売上高約 741 億円で同 9%となっている。残りの
1999 年のトヨタ,松下電器産業,コクヨ,グリコ,近畿日本ツーリストの異業種合同で発
売に踏み切った「Will」ブランドへの参加などもその一つである。
55 以下の花王の財務数値に関しては同社の 2001 年度の有価証券報告書をもとにしている。
54
28/51
工業用製品事業は約 1,628 億円,同 19%である。営業利益の面では,家庭用品事業が 887
億円で,全体の約 79%,化粧品事業が 47 億円で約 4%,工業製品事業が約 16%となって
いる。このように化粧品事業も成長してきているとはいえ,同社にとっては家庭用品事業
が売上・利益の大半をかせぐ主要な事業といえる。
家庭用品事業を細かく見ると,ハウスホールド分野(洗たく用洗剤,台所用洗剤,住居
用洗剤等)
,パーソナルケア分野(石鹸,全身洗浄料,シャンプー,リンス,ハミガキなど)
,
サニタリー分野(生理用品,紙おむつなど)にわかれており,後に述べるようにこの分野
ごとに事業本部が編成されている。
各分野の日本市場における売上比率は,パーソナルケア分野が 1668 億 5300 万円で,家
庭用品事業の 33.6%,ハウスホールド分野が 2467 億 3300 万円で同 49.8%,サニタリー
分野が 822 億 8100 万円で同 16.6%となっている。
また国内と海外の売上比率は,78%が国内(2002 年 3 月期)
,10%がアジア,12%が欧
米となっている。近年,グローバル展開を強化しているものの,今のところは国内市場が
メインとなっている。
(2)業績の推移
花王の過去 10 年間の業績をまとめたものが,表 4 である。99 情報関連事業の撤退に伴
う 99 年度の減収までは一貫した増収を続けていたほか,営業利益,経常利益において,
トイレタリー業界の成熟化・価格競争の激化が進む中で,一貫して増益を維持している点
は注目に値する。
表 4 花王の業績推移(連結)
(単位:100万円)
92年度
93年度
94年度
95年度
96年度
97年度
98年度
99年度 2000年度 2001年度
771,269
773,892
796,729
835,596
901,401
907,248
924,595
846,921
821,629
839,026
営業利益
51,769
55,169
55,462
59,960
64,904
67,255
91,664
99,181
107,098
111,727
経常利益
45,323
47,059
48,627
53,494
57,180
62,337
89,869
98,005
111,870
113,581
売上高
出所)花王株式会社 各年度の有価証券報告書より筆者作成
(3)各分野でのシェア推移
一方,市場でのシェアはどうだろうか。表 5 は花王が 2001 年時点でトップシェアとなっ
ている主なカテゴリーである。
パーソナルケア分野ではシャンプー,
ヘアスタイリング剤,
ボディシャンプー,洗顔剤,メイク落とし,制汗剤など,ハウスホールド分野では衣料用
ヘビー洗剤,柔軟仕上剤,漂白剤,バス・トイレ・ガラスなどの住居用洗剤,カビ取り剤
などで多くの分野でトップシェアとなっている。
29/51
表 5 花王がトップシェアを握る主要なカテゴリー
商品分野
シャンプー
ヘアスタイリング剤
パーソナ ボディソープ
ルケア
洗顔剤
メイク落とし
制汗剤
衣料用ヘビー洗剤
柔軟仕上剤
衣料用漂白剤
ハウス
バス用洗剤
ホールド トイレ用洗剤
ガラス用洗剤
カビとり剤
パイプクリーナー
市場規模(2001年) 花王のシェア
(単位:%)
(単位:億円)
1020
592
373
564
460
188
2038
567
199
175
110
25
60
56
19
24.9
24.7
24.2
26.1
41.9
41.7
59.3
67.3
55.5
45.8
40.9
43.8
31.9
花王の主なブランド
メリット、エッセンシャル、ラビナス、
ピュール、サクセス
ケープ、リーゼ、ラビナス
ビオレU、メンズビオレ
ビオレ、メンズビオレ
ビオレ
8×4、ビオレ
アタック、ニュービーズ
ハミング、エマール
ハイタ−、ワイドハイター
バスマジックリン
トイレマジックリン
ガラスマイペット
かびとりハイター
パイプスルー
出所)
「国際商業」2002 年 4 月号より筆者作成
中には,市場の成熟化と競合メーカーの攻勢により,シェアの維持が困難となり,低下
してきている分野・カテゴリーもある。前述のように単品レベルではトップシェアを維持
できないものも出始めた。
しかし,業界において重要度の高い市場においては依然としてトップシェアを維持し続
けている,ということに注目したい。トイレタリー業界をシャンプーやリンス,トリート
メント,洗顔料などの「ビューティケア分野」と「洗剤・洗濯・衣類ケア」
(花王における
「パーソナルケア」
,
「ハウスホールド」
)の2つにわけた場合,シャンプーと衣料用ヘビー
洗剤はそれぞれの分野で最大の市場である。この2つの市場で花王は一貫してトップシェ
アを確保し続けているのだ。
この他,柔軟仕上げ剤では,
「ハミング」
「エマール」の 2 ブランドで(徐々にシェアを
落としているものの)2001 年時点で実に 6 割弱のシェアを確保している。また衣料用漂
白剤では「ハイター」ブランドで 67%,バス用・トイレ用などの住居用洗剤では「マジッ
クリン」ブランドで 4 割から 5 割のシェアを占めるなど,非常に高いシェアをもつ分野も
多い。
2.花王のマーケティング組織
以上,見てきたように,様々な分野でトップシェアを獲得し続けてきた花王が,現在起
こりつつある変化にどう対応しようとしているのか,まず現状の組織から確認していきた
い。それは複数のブランドを管理する際のポイントともなるはずである。複数ブランドを
管理するための情報の流れや,意思決定とも関わってくるからである。
(1)事業本部制
花王は,ハウスホールド,パーソナルケア,サニタリー,化粧品などの事業ごとの事業
本部制をとっている。本格的な事業本部制がしかれたのは,1985 年 7 月からである。そ
れ以前は,家庭品企画本部内に,家庭品全般の企画・製造と販売を統括し,各製品の予算
30/51
と計画を調整する部門を設けていた56。これを化粧品事業部,ハウスホールド事業部(洗
濯関連製品,台所用洗剤など)
,パーソナルケア事業部(シャンプー,リンス,石鹸などの
香粧品)およびサニタリー事業部(生理用品,紙おむつなど)の用途別の 4 事業部門制(の
ちの事業本部)に改組した。この改組により,各事業部門の長は部門の責任者として独立
した権限と責任をもつものとなり,年度ごとのリターン・オブ・インベストメント(ROI)
が設定され,各部門ごとの収益の改善が求められた。
基本的に現在もこの路線を踏襲しており,
2000 年時点では製品カテゴリーごとにわかれ
た 4 事業本部(ハウスホールド事業本部,パーソナルケア事業本部,サニタリー事業本部,
化粧品事業本部)
と国際事業を統括する家庭品国際事業本部の 5 事業部体制となっている。
組織改編や,部門名称の変更が頻繁に行われるのが花王の特徴であり,組織名称などは
頻繁に変更しているが,分野ごとの事業本部制が基本となっている点に変わりはない。
(2)ブランド・マネジメント組織
ブランドのマネジメントという観点では,花王は「純粋なブランド・マネジャー制では
ない」57。以下のようにブランドの特性(規模やカテゴリーの横断性)に応じて,カテゴ
リーごとに括られる組織,ブランドごとに括られる組織の2つのタイプが混在する形と
なっている(図 8)
。
図 8 花王のブランド・マネジメント組織
① カテゴリー志向型のユニット
パーソナルケア事業本部
「ビオレ」ブランド
責任者
「ビオレ」U
=ボディ
シャンプー
担当
「ビオレ」
洗顔料
担当
シャンプー・リンス
責任者
「メリット」
担当
「エッセン
シャル」
担当
カテゴリーを横断しないブランド群に関しては,カテゴリーの責任者の下に各ブランド
の担当者が配置される。例えばシャンプー/リンスというカテゴリーでは,カテゴリーの責
任者の下に数名のスタッフがおり,各スタッフが「メリット」や「エッセンシャル」といっ
た各ブランドのマーケティング戦略の立案・実行を行っている。
56
57
SBC(ストラテジック・ビジネス・センター)
(※1984 年 7 月設置)など。
マーケティング開発室 室長宮脇氏へのインタビューより(2002 年 6 月 18 日実施)
。
31/51
② ブランド志向型のユニット
一方,カテゴリー横断的な一部のブランドでは,ブランド責任者の下にカテゴリー別に
スタッフ・担当が置かれる。
「ビオレ」のようなカテゴリーを横断するブランドでは「ビオ
レ」のブランド責任者の下に,洗顔料などのフェイスケアを担当するスタッフ,ビオレ U
のようなボディケアを担当するスタッフ,といったようにカテゴリーごとに担当を配置す
る形となっている。
このように商品カテゴリーを上位に置く組織と,ブランドを上位に置く組織とが混在し
ているのは,以下のような事情によるものと考えられる。
つまり,これまで,P&G のように「ブランドを経営の基本単位におく」というような
明確な意識のもとに組織を形成してきたというよりも,むしろ(
「ビオレ」のような特定の
ブランドのヒットなど)状況に応じて,改革や組織作りがなされてきた,と考えられる。
また,GMS やドラッグストアの店頭が基本的に「シャンプー・リンス」
「スタイリング
剤」
「洗剤」といった商品カテゴリーごとに分割されているため,これに対応した形で商品
カテゴリーごとに組織・ユニットを形成しておく方が,
(販売促進の実務面などで)効率的
なマーケティングが展開しやすい,という要因もあった58。例えば,各個別のブランドご
とにバラバラに行うよりも,
「シャンプー・リンス」という単位で統一して店頭での販売促
進を立案・提案した方が,実務面での効率性が高い,という側面があると考えられる。
58
前掲 宮脇氏へのインタビューより。
32/51
3.花王のブランド戦略
(1)全社的なブランド展開の変遷
1980 年から 2000 年まで 5 年ごとに花王の家庭用品の事業分野別,家庭用品合計のブラ
ンド数を示したのが表 6 である。
表 6 花王のブランド数推移とブランド一覧
石鹸、洗浄剤、ス
キンケア
80年
85年
90年
花王ファミリアソープ、キンダーソー
プ、花王ハーネス、花王石鹸ホワイ
ト、薬用花王クリンガード
花王ファミリアソープ、花王ハーネス、花
王石鹸ホワイト、薬用花王クリンガード、
ビオレ(ビオレU)
花王ファミリアソープ、花王ハーネス、花王
石鹸ホワイト、薬用花王クリンガード、ビオ
レ(ビオレU)、セナ−、花王ベビーケア
ヘアケア・カラーリ メリット、キンダーシャンプー、フェザー
シャンプー、花王トニックシャンプー
ング
衣料用洗剤
ザブ、ワンダフル、ジャストニュービー
ズ、エキセリン
柔軟仕上げ剤・衣 ハミング、ハイドロ、ハイター、キーピ
ング
料用漂白剤
台所用洗剤
ワンダフルk、ファミリーフレッシュ、
チェリーナ、ルナマイルド、ホーミング
住居用洗剤
マイペット、マジックリン、ワンダー、ポ
スト、クリッパー、クイックパンチ、キス
カ
衛生用品
ロリエ
入浴剤・口腔衛生
コルゲート、ガードハロー
用品
ニベア花王製品
ニベア、アトリックス、アゼアクリーム、
クレイメン、ハンザブラスト、リベーヌ、
8×4
食品
家庭品総ブランド
数
※化粧品(ソフィー
ナ商品)を除く)
石鹸、洗浄剤、ス
キンケア
5
4
5
5
5
7
1
2
7
4
ファミリーフレッシュ、チェリーナ、ルナマ
イルド、ホーミング
マイペット、マジックリンワンダー、パイプ
スルー、クリッパー、クイックパンチ、キ
スカ
ロリエ、メリーズ、サニーナ
バブ 、ガードハロー、つぶ塩
ニベア、アトリックス、アゼアクリーム、
シャインフローネ、リベーヌ、8×4
40
4
6
メリット、エッセンシャル、ピュアクリーン、
シフォネ、ケープ、リーゼ、ピュアブロー、ブ
ローネ、ルーネット、サクセス
ザブ、ニュービーズ、アタック、エキセリン
ハミング、タッチ、ハイター(ワイドハイ
ター)、キーピング
ファミリーフレッシュ、チェリーナ、ルナマイ
ルド、モア、キッチンハイター、ホーミング
マイペット、マジックリン、トイレハイター、ワ
ンダー、パイプスルー、クイックパンチ、ク
イックル(トイレ、キッチン)、キスカ
6
ファミリーフレッシュ、モア、キッチンハ
イター、ホーミング
マイペット、マジックリン、トイレハイ
ター、ワンダー、パイプスルー、クイッ
クパンチ、クイックル
ロリエ、メリーズ、リリーフ、サニーナ
衛生用品
入浴剤・口腔衛生 バブ、エモリカ、ガードハロー、つぶ
塩、クリアクリーン、毛先が球
用品
住居用洗剤
ニベア、アトリックス、シャインフロー
ネ、リベーヌ、8×4、ジム
モントン、エコナ
食品
家庭品総ブランド
数
※化粧品(ソフィー
ナ商品)を除く)
5
4
7
4
6
6
ハミング、タッチ、ハイター(ワイドハイ
ター)、キーピング、スムーザー
ファミリー(ファミリーフレッシュ、ファミ
リーピュア)、モア、キッチンハイター、
ホーミング
マイペット、マジックリン、トイレハイター、
ワンダー、パイプスルー、クイックパン
チ、クイックル、will、ベガ
ロリエ、メリーズ、リリーフ、サニーナ
バブ、エモリカ、ガードハロー、つぶ塩、
クリアクリーン、毛先が球、チェック
ニベア、アトリックス、リベーヌ、8×4、テ
サ
6
10
3
5
4
9
4
7
7
2
56
2002年6月現在
3
8
5
ニベア、アトリックス、ソレアコローション、
シャインフローネ、リベーヌ、8×4、ジム
花王ハーネス、花王石鹸ホワイト、ビオレ
(ビオレU)、キュレル
ニュービーズ、アタック、エマール
6
3
2000年
10
4
5
花王ハーネス、花王石鹸ホワイト、ビオ
レ(ビオレU)、セナ−、カリテ、キュレル
ニュービーズ、アタック、エマール
4
バブ、ガードハロー、つぶ塩、クリアクリー
ン、毛先が球
45
メリット、エッセンシャル、ジェンヌ、ラビ
ナス、ピュール、ケープ、リーゼ、ブロー
ネ、ルーネット、サクセス
10
3
95年
5
7
ロリエ、フリーデイ、メリーズ、リリーフ、サ
ニーナ
花王ハーネス、花王石鹸ホワイト、ビ
オレ(ビオレU)、セナ−、カリテ
柔軟仕上げ剤・衣 ハミング、タッチ、ハイター(ワイドハイ
ター)、キーピング、スムーザー
料用漂白剤
ニベア花王製品
9
ハミング、フロリア、ハイター、キーピング
4
メリット、エッセンシャル、ジェンヌ、エ
台所用洗剤
ザブ、ワンダフル、ジャストニュービー
ズ、エキセリン
5
モントン、エコナ
ヘアケア・カラーリ
クスケア、ケープ、リーゼ、ルアー
ング
ジュ、ブローネ、ルーネット、サクセス
衣料用洗剤
メリット、エッセンシャル、フェザーシャン
プー、花王トニックシャンプー、ケープ、
リーゼ、ピュア、ブローネ、ルーネット
メリット、エッセンシャル、ラビナス、ピュー
ル、ケープ、リーゼ、ブローネ、ルーネット、
サクセス
ニュービーズ、アタック、エマール
ハミング、ハイター(ワイドハイター)、キー
ピング、スムーザー
ファミリー(ファミリーフレッシュ、ファミリー
ピュア)、モア、キッチンハイター、ホーミン
グ
マイペット、マジックリン、トイレハイター、ワ
ンダー、パイプスルー、クイックパンチ、ク
イックル、will、ベガ、ペットケア,リフレ
ロリエ、メリーズ、リリーフ、サニーナ
バブ、エモリカ、ガードハロー、つぶ塩、ク
リアクリーン、毛先が球、チェック
4
10
3
4
4
10
4
7
ニベア、アトリックス、8×4、
5
3
2 モントン、エコナ
2 エコナ
1
50
53
48
出所)
『花王史 100 年』
,
『花王史年表 1990-2000』
,花王ホームページより筆者作成。ただし,
「ソフィー
ナ」
「オーブ」等の化粧品はここでは省いている。なお下線はその時期に新たに導入されたブランドを示す。
33/51
これを見ると花王のブランド展開を3つの時期に分けることができる。
①多角化に伴うブランド開発 −80 年代前半
表から明らかなように,80 年代には新規のブランドが多数投入された。特に 70 年代末
から 80 年代前半にかけては,化粧品や幼児用紙おむつといった新規事業分野への進出に
ともなって,
「ビオレ」
(80 年〜)
「ソフィーナ」
(82 年〜)
,
「メリーズ」
(83 年〜)
,
「バ
ブ」
(83 年〜)といった現在も花王を支える基幹ブランドが開発・導入されている。この
時期でのブランド戦略の特徴は,新規事業分野への進出,すなわち事業の多角化に伴った
ブランド開発が行われていることにある。
②既存カテゴリー下でのブランド開発 −80 年代後半〜90 年代初頭
この時期の際立った特徴としては,ブランドの改廃・導入が最も頻繁であったというこ
とが挙げられる。70 年代後半から 80 年代前半にみられたような,紙製品など花王にとっ
て新しい技術分野への進出よりもむしろ,既存の技術分野での市場開発,シェア拡大が試
みられた時期と位置付けることができる。
この時期には,コンパクト洗剤の先駆けであり同社の最重要ブランドの一つである「ア
タック」
(87 年〜)
,
育毛トニックを中心とした男性用のヘアケアシリーズ
「サクセス」
(87
年〜)
,ヘアカラー商品の「ブローネ」
(88 年〜)
,歯磨き粉の「クリアクリーン」
(90 年
〜)
,台所用洗剤の「モア」
(89 年〜)
,後に「クイックルワイパー」のヒットで話題とな
る「クイックル」
(89 年〜)
,食用油の「エコナ」
(90 年〜)
,大人用の紙おむつ「リリー
フ」
(90 年〜)といった多数のブランドが投入されている。その結果 80 年には約 40 弱で
あったブランド数が 90 年代初頭には 57 にまで膨れ上がった。
③ブランドの集約化 −90 年代中盤以降
この後,この 90 年代初頭をピークに,バブル崩壊後の不況を受けて,95 年にはブラン
ド数は 50 程度に減少した。2000 年時点では再びブランド数が若干増加しているが,90
年代以降は,ブランドの廃止と新規ブランドの導入を並行させ,ブランドの入れ替えを行
いつつも,全体としてのブランド数を減少させる傾向にある。つまり,最近の,アイテム
とブランドの集約化は意図的なものであり,
ブランドを絞り込む傾向は更に強まっている。
実際に 2002 年現在ではブランド数が 50 を割っている。この集約化の動きこそ,本稿にお
いて焦点を当てたい部分であり,これについては後に詳述する。
以上,ブランド数という量的な側面を中心に花王のブランド展開を整理した。繰り返し
になるが,ここでは 90 年代半ば以降,ブランド数を一定さらには集約化する傾向にある
ことが確認できた。
(2)基幹ブランドへの集中
花王では,激化する競争環境に対応して,全社的にブランド数を絞り込む一方,基幹ブ
ランドへ集中した戦略をとっている。
それを端的にあらわすのが同社の各ブランドへの TVCM 投下量である。99 年では合計
34/51
35 のブランドに関して TVCM を実施しているが,重要なのはその中身である59。
ブランド別に見た際に,毎年最も TVCM を行っているのは「ビオレ」ブランドである。
これはビオレの製品ラインが洗顔料から全身洗浄料,メイク落としやデオドラント等広範
な範囲であり,さらに毎年「毛穴すっきりパック」
「さらさらパウダーシート」といった新
製品を投入しているためと考えられる。それだけ「ビオレ」というブランドに開発や広告
宣伝といった様々な資源が投入されている,ということである。
また「アタック」に関しても毎年多額の広告費が投入されている。シートタイプの拡充
や「マイクロ粒子」といった製品の拡充・改良が行われているだけでなく,それを消費者
にきちんと伝えるための広告宣伝にも十分な資源が投入されている,といえる。
もう一つ注目したいのは,2001 年にはそれまで上位 10 位に入っていなかった「メリッ
ト」に,かなりの広告宣伝費が投下されている,という点である。
ここからわかることは,コアとなる重要なブランドに関しては毎年多額の広告宣伝費が
投入されていると同時に,最近では「メリット」のようなロングセラーに対しても,再び
マーケティング投資が行われ,強化が図られている,ということである。
以下では具体的に同社の基幹といえる,この「ビオレ」
,
「アタック」
「メリット」ブラン
ドの例を通じて,
花王がコアとなるブランドの強化を図っていることを浮き彫りにしたい。
(3)
「ビオレ」
「ビオレ U」 −ブランドを意識したマーケティングへの試み
ここでは「ビオレ U」のリニューアルを契機とした,近年の「ビオレ」の一連のブラン
ド戦略を整理する。ここからは,花王が「ビオレ」ブランドを重点的に育成してこうとし
ていることと同時に,
「ブランド」を意識したマーケティングへと,マーケティングの方向
性が徐々に変わりつつある,という事実も確認できるのである60。
既に述べたように,
「ビオレ U」は,ボディシャンプー市場において,80 年代以降トッ
プシェアを維持しつづけてきた。
しかし,この市場では,価格競争が厳しく61,90 年代後半からは成長が鈍化している。
かつ,94 年頃からボディシャンプーの成長性に目をつけた他社の参入が相次ぎ,一時 70%
を誇った「ビオレ U」のシェアも徐々に低下していた。特にカネボウの「植物性ナイーブ」
の伸長が著しく,97 年には「ビオレ U」のシェアを一時的に抜いた。99 年初頭の消費者
「肌に良い」
「親しみがある」といったブランド・イメージにおいても,
「ビオ
調査62では,
レ U」は「ナイーブ」など他のブランドに比べ低い水準にあったという。
そこで,花王は 99 年から「ビオレ U」の再活性化策をプロジェクト的に実施すること
ここでの記述は株式会社ビデオリサーチ「TVCM 出稿調査 月報」99 年 1 月〜2001 年 12
月をもとにしている。
60 以下の「ビオレ U」ならびに「ビオレ」ブランドに関する記述は,主に,元「ビオレ U」の
担当者である花王株式会社 パーソナルケア事業本部 新規事業グループの山下氏へのインタ
ビュー(2002 年 8 月 6 日実施)等に基づいている。
61 ボディシャンプーは普及に伴い,かつてのように石鹸より「優れたもの」というよりも「手
軽で簡便なもの」となっている。そのため,近年の消費者の購買行動も,低関与で,価格志向
の傾向が見られる。
62 競合ブランドとの比較などを行った
「ブランドベンチマーク調査」
。詳しくは次節で述べる。
59
35/51
になった。まず,商品の成分を「弱酸性」へと変更した。競合のボディシャンプーの多く
がアルカリ性もしくは中性63であることに着目し,人間の肌と同じ「弱酸性」成分で「肌
にやさしい」64という優位性を打ち出すという戦略であった。
当初は,計測器で肌の pH 値を測るシーンを見せて,
「弱酸性」が肌と同じ成分であるこ
とを啓蒙・訴求する CM を行ったが,目立った成果をあげるには至らなかった。
そこで,ビオレ U が弱酸性に変わったことを訴求した新聞広告に対して,赤ちゃんをも
つ母親層から,
「肌にやさしいということは赤ちゃんに使っても良いのか」
という多くの問
い合わせがとどいたことに注目し,ターゲットを赤ちゃんが生まれたばかりの母親に再設
定した65。また CM の内容も「弱酸性」という技術的な情報を「消費者目線」で伝えるこ
とを重視し,一般消費者風の 5 人の「ビオレママ」同士が,
「弱酸性」について語り合う
というものに変え,CM と連動した形での店頭でのキャンペーンも実施した。
これらのマーケティング活動が奏効し,
「ビオレ U=弱酸性=肌にやさしい」という認
識を消費者に定着させることに成功した。他社に比べて劣位にあったブランド・イメージ
が急速に回復するとともに,一年で約 5%近くシェアが回復した。
ここで強調しておきたいのは,この「ビオレ U」の再活性化における成功要因が,
「弱
酸性とそれ以外」というボディシャンプーの「選択基準」をも新たに作り上げたという「ビ
オレ U」のブランド・マーケティングにおける巧妙さだけではない,ということだ。従来
の「ビオレ U」の特長であった「あわ立ちの良さ」を保ちつつ,成分を弱酸性にすること
「弱酸性」の優位性が消費者の認識として形成されるに足る多量の
を可能にした技術66,
マーケティング投資の投下,この両輪があって始めて,
「ビオレ U」が新たな成長段階に
入ったのである。
さらに,この後,このビオレ U で培われた「ビオレ=弱酸性=肌によい」というイメー
ジを生かして,
「ビオレ」洗顔フォームも「弱酸性」へと成分を変更している。ここからは
「ビオレ」ブランド全体を強化していく,という戦略的な意図が読みとれる。つまり「ビ
オレ」ブランドのコアとなる洗顔料,ボディシャンプーという2つのカテゴリーで,
「弱酸
性」という技術に立脚した「肌に良くて安心して使える」という新たなイメージを同時に
訴求することで,
「ビオレ」
ブランド全体のブランド力を強化しようとする戦略と理解でき
るのである。
また,最近では商品の開発・導入においても,徐々に「ビオレ」ブランドを意識したも
のへと変わりつつある。
従来は,
「ビオレ」ブランドを意識するよりも,
「一つ一つの商品が具体的な消費者ニー
ズを満たすか否か」
「そのニーズ充足の方法・程度が花王の技術に立脚したものか,ライバ
「ビオレ U」はリニューアル以前までは中性成分であった。
花王では消費者調査などから,ボディシャンプーにおける銘柄選択基準として,
「肌へのや
さしさ」が重要なポイントの一つとなっていることに着目した。
65 「たまごクラブ」
「ひよこクラブ」といった乳幼児を持つ母親向けの雑誌などにも,広告を
出稿するなど,ターゲットにあわせたマーケティング活動も展開された。
66 成分を弱酸性にした際に,問題となるのが泡立ちが悪くなるという点であった。花王は独自
の洗浄剤「MAP」という成分を用いることで,
「弱酸性」と「あわ立ちのよさ」を両立させる
ことに成功した。
63
64
36/51
ルと比較して特徴的なものか」を重視した製品開発がなされる傾向にあった67。実際,96
年に発売され大ヒットとなった「ビオレ毛穴すっきりパック」は,もともと「ビオレ」ブ
ランド下での投入を意図して開発が進められたわけではなく,別のブランドの下で発売さ
れることも検討されていたという。
これに対して,最近では,
「『ビオレ』ブランドにとって,どのような商品が必要か」と
いう意識の下に商品の開発・導入が行われつつある。象徴的なのが 2001 年に発売された
「ビオレうるおい弱酸水」という化粧水だ。これは「弱酸性」という共通の訴求点を持ち
ながら,従来,洗顔フォーム・ボディシャンプー・メイク落としなど「洗浄系=何らかの
汚れを落とす」の商品が多かった「ビオレ」ブランドに,
「スキンケア=肌に何か良いこと
をしてくれる」という新たなイメージを持ち込むことで,
「ビオレ」の「ブランド世界」を
拡大するための商品として位置付けられていると推測される。
前述のように,
「ビオレ」に関して,これまで「ブランド」が明確に意識されていなかっ
た面があるため,
「強いブランドの条件」として議論されるような「ブランドとしての統一
68
性」 という面では課題も多い。例えば「ビオレ U」や「ビオレ」でロゴ・デザインが異
なるなど,それぞれの商品ごとにターゲットとする顧客層も異なっている場合がある。
しかし,上記のようにマーケティングの諸活動が「ビオレ」ブランドを意識したものに
徐々に変わりつつある,ということは事実であり,今後もこの方向性は加速するものと考
えられる。
(4)
「アタック」 −コアブランドへの継続的な集中投資
「アタック」はトイレタリー業界で最大の市場規模をもつ衣料用洗剤市場において,長
年トップシェアを維持するブランドである。しかし,第 2 章で述べたとおり,90 年代後半
から,各社の高付加価値商品の投入によって,競争の構図が変わってきた。
これに対して花王は 95 年に,超コンパクト型の「新活性ザブ」を投入した他,2000 年
には「ザブ」を廃止する代わりに,ニュービーズを投入した。ただし,これらのブランド
はあくまで他社の商品や価格競争への対応として投入されたものであり,花王はあくまで
一貫して,
「アタック」を柱とする戦略をとっている。ライオンが「部屋干しトップ」など
新製品で勝負をかけている中で,花王は「アタック」のアイテム拡充(シートタイプ)や
改良(マイクロ粒子)によるブランド力強化を図っている。前述のように,花王では「ア
タック」ブランドの,これら新アイテムの投入に応じて,多額の広告宣伝費を投入してき
た。
花王ではよく知られているように 70 年代より「製品開発 5 原則」
(1.開発される商品が真
に社会にとって有用であること 2.自社の創造的技術が盛り込まれていること 3.パフォー
マンス・バイ・コストで他社のそれに勝っていること 4.商品化前に徹底した消費者テストが
行われていること 5.流通のあらゆる段階で,その商品に関する情報を十分に伝達しうること)
を定めている。
68 青木(1999)では,
「ロングセラーブランドの条件」として「アイデンティファイアの一貫
性」
,すなわち,
「ブランド名,ロゴ,デザイン等が継続して使用され,その一貫性が守られて」
いること,としている。
67
37/51
(5)
「メリット」 −ロングセラーブランドのテコ入れ
「メリット」は 70 年発売のロングセラーブランドであり,90 年代半ばまで長年,シャ
ンプー市場でトップシェアを維持してきた。現在のシャンプー市場でヒットしているブラ
ンドを見ると,1988 年発売の「スーパーマイルド」
(エフティ資生堂)
,93 年発売の「ヴィ
ダルサスーン」
(P&G)など,発売 15 年未満のブランドがほとんどである。それだけヒッ
トするブランドの入れ替わりの激しい市場といってよい。その中で,
「メリット」は発売後
30 年以上を経ており,まさに異色のロングセラーブランドといえる69。
その「メリット」の大幅なコンセプト変更に花王が踏み切ったのは 2001 年である。ま
さに競合の攻勢に対応しつつも,ブランドを存続・成長させようという意図が典型的にあ
らわれていると評価できるため,以下で具体的に解説したい。
これまで「メリット」は一貫して「Zpt(ジンクピリチオン)
」という成分を技術的背景
70
とし「フケ・カユミ」防止を訴えてきた 。その結果,男性層を中心に固定ファンをつか
んでいたものの,他社のブランドが「潤い」や「スタイリング」といった様々な新機軸を
市場に導入する中で,新規顧客の開拓が課題となっていた。第 2 章で述べたように,シャ
ンプー市場では P&G や日本リーバといった外資系 2 社の躍進を受けてブランド間の競争
がさらに熾烈となっており,シェアの面でも,96 年の 6.0%(
「メリットリンスイン」を合
71
わせると 9.1%のシェア)から徐々に低下していた 。
そこで,成分の見直しを行い,
「ビオレ」と同様「弱酸性」で「肌にやさしい」というこ
とを訴求した。またターゲットを小学生以下の子供を持つ 30 代〜40 代世帯に再設定し,
「新家族シャンプー」という触れ込みでコンセプトの刷新を図っている。広告宣伝では保
坂尚輝,高岡早紀夫妻をキャラクターとした TVCM を大量に放映した。さらに,ターゲッ
トユーザーに合わせて都内500 の幼稚園で試供品を配る等ターゲットをしぼった販売促進
にも注力している72。
この「メリット」のリニューアルは,競合他社の攻勢に対して,当初「ラビナス」や「ピュー
ル」といった新ブランドの投入・育成で対抗するという戦略から,再度「メリット」を基
幹ブランドとして位置付け,強化するという戦略への転換と理解できる。
リニューアルの結果が売上やシェアとしてどのようにあらわれるかは,もうしばらく時
間を待たねばならない。しかし,この一連の動きを見る限り,
「『メリット』がシェア・売
上を低下させたので別の新ブランドを導入する」といった意思決定ではなく,むしろ「メ
リット」が築いてきた「ブランド資産」を生かし,それにプラスする形で基幹ブランドと
して育成し続ける,という姿勢を読みとることができる。
4. 複数ブランドの管理 −2重構造のブランド・マネジメントシステム
前節で確認したように,花王は 90 年代以降,全社的なブランド数については,一定も
69「エッセンシャル」も 80
年の発売であり,
「メリット」に次ぐロングセラーブランドである。
青木(1999)。
71 97 年「メリット」シェアは 6.9%,98 年には 7.0%であった。これが 2000 年には「メリッ
ト」5.1%にまで落ちこんでいる(
「国際商業」97 年 4 月号,98 年 4 月号,99 年 4 月号,2001
年 4 月号より)
。
70
38/51
しくは集約化する方向にある。また集約化されたブランドの中でも,同社の業績を支えて
きたロングセラーのブランドを基軸に,研究開発,広告宣伝,店頭訴求などへ集中的な投
資を行うことで,激化するブランド間競争において一定の地位を確保し続けている。しか
し,一方で 12 期連続の営業増益を達成しており,ただ単に資本力にまかせた物量作戦を
展開しているわけではない。そこには明確な,基幹ブランドへの「選択と集中」という戦
略がある。
この戦略には,同社が 90 年代半ばから取り組んでいる「ブランド管理」
,特に「複数ブ
ランド管理」に関する新たな仕組みが少なからず影響を与えていると考えられる。注目し
たいのは,
「どのブランドに優先的に投資するか」という全社横断的なブランド間の資源配
分に関して,石井(1999)73でも紹介されているように各ブランドの「パワー」を測定し,
ブランド・ポートフォリオ戦略の立案に活用している,という点である。以下では,この
仕組みの導入の契機やその概要,社内への影響などを中心に,花王におけるブランド・マ
ネジメントに関する新たな取組みについて,述べていきたい74。
(1)マーケティング開発室の設置
事業本部(または事業部)ごとの戦略立案,実施を基本とする同社が,横断的に「ブラ
ンド」をテーマに活動を始めた契機は,94 年 2 月 21 日の職制機構変更にともなって発足
した「マーケティング革新プロジェクト」というプロジェクトであった75。
このプロジェクトは,それまで事業部ごとの「縦割り」で進められてきた花王のマーケ
ティング活動に対し,事業横断的な「横串」を通し,マーケティング機能を充実させるよ
うな組織・機能を試行的に作る,という主旨で設置された76。
プロジェクト発足時に,このプロジェクトのミッション・活動テーマが話し合われた結
果,大きく2つのことがテーマとして掲げられることとなった。一つが新しいメディアの
実験などを含めた「広告の効率化」というテーマであり,もう一つが「ブランド」
,すなわ
ち花王のもつ各ブランドの力をどのように高めていくか,そのためのマネジメントの仕組
みをどのように作っていくか,というテーマであった。
「広告の効率化」については,同社は日用品を扱うメーカーとして毎年,多額の広告費
を投じているため,以前より議論されてきたテーマであった。もう一つの「ブランド」と
2001 年 12 月 1 日 日経流通新聞 MJ。
石井(1999)
『ブランド 価値の創造』岩波新書 p145〜149
74 以下の,花王における複数ブランド管理に対する取組みに関しては,主に花王株式会社
マーケティング開発室室長 宮脇氏へのインタビュー(2002 年 6 月 18 日実施)をもとに記述
している。
75 『花王史年表 1990-2000』P72 より。
76 この時の職制機構変更としては,他に大きく
72
73
① 家庭品事業部門を第一,第二家庭品事業センターとし,ハウスホールド・サニタリー・パー
ソナルケアの各事業部と商品開発部を新設
② 化粧品事業部門と化粧品販売部門を統合,化粧品事業センターとする
③ (マーケティング革新プロジェクトの設置)
といったことが挙げられる。同時に以前より設置されていた「マーケティング開発部」がこの
プロジェクトに移管されている。
39/51
いうテーマについては,当時,アーカーの『ブランド・エクイティ戦略』の翻訳版が出版
されるなど,日本においてもブランドに対する関心が高まってきたことが背景にあったと
いう。実際,第 2 章で述べたとおり,90 年代前半はバブル崩壊後の価格破壊や,大手流通
業のプライベートブランドの隆盛など,ナショナルブランドの危機が叫ばれた時代であっ
た。こうした状況下において,花王においても,改めてブランドについて議論される機運
が高まっていたと考えられる。他の多くの日本企業と同様に,多数のロングセラーブラン
ドを持つ花王も,
「ブランド」
を意識したマーケティングが徹底されてきたとはいえない部
分も多かったためである。
ブランドに関して,具体的にプロジェクトで取り組まれたのは,花王の有する「アタッ
ク」や「メリット」といった各個別ブランドの「診断」であった。花王では従来から,
「ブ
ランドベンチマーク調査」という独自の消費者調査を実施していた。これは自社の各ブラ
ンドとその競合ブランドに関して,それぞれの認知率,ブランド・イメージや使用後の満
足度などについてかなり広範な調査を行うものであった。しかし,こういった調査の常と
して,毎年調査を行っていても,マーケティング担当者は新製品開発や広告の作成等様々
な業務に追われ,十分な分析が難しいという問題がある。花王においてもこの点は例外で
はなく,調査結果も,十分吟味され,実際のマーケティング活動に反映されているとは必
ずしも言えなかったという。そこで,これらの調査結果をもとに「ブランド診断」という
形で各ブランドの問題点を,体系立てて各事業部へ報告する,という活動が「マーケティ
ング革新プロジェクト」を中心に進められるようになった。
その後,このプロジェクトは 2 年間継続した後に廃止となり,新たに調査部に設置され
た77「マーケティング開発室」に,プロジェクトの業務が移管されることとなった78。この
ように「プロジェクト」という「期間限定」の組織から「マーケティング開発室」という
正式な部門となったということは,
「ブランド」に関する取組みが「試み」の段階を経て,
本格的な実践の段階に入ったということだと理解できる。これはプロジェクトの活動につ
いて,
花王社内,
特に経営層レベルが,
一定の成果を認めた結果と考えられる。
「マーケティ
ング開発室」の新設に伴い,以下に述べるようにブランドパワーの定量的な把握,すなわ
ちブランドのスコアリングが行われるようになった,という点が注目すべき点である。
マーケティング開発室長の宮脇氏によれば「個別のブランドの診断,ということはプロ
ジェクトのときからやっていたのですが,
個別をいくら積み上げても個別でしかないので,
もう少し横断的にはかれる尺度のようなものはないか,ということでブランドスコアを指
標として作り始めたんです」という。すなわち,
「マーケティング革新プロジェクト」から
「マーケティング開発室」への組織変更は,個別のブランドの診断のみならず,それを花
王全社横断で定量的に把握する,というところまでこの部門の活動が強化・拡大された,
2000 年より,マーケティング開発室は調査部からメディア部門の下に移動している。
このときの職制機構変更では,主に
① 第一,第二家庭品事業部門の廃止と,ハウスホールド事業本部,パーソナルケア事業本部,
サニタリー事業部の新設(サニタリーとハウスホールドが再度分離)
② 化粧品事業部門を化粧品事業本部に改称,研究開発本部長・生産部長を新設
等が行われている。
77
78
40/51
ということを意味する79。このことこそが,花王の複数ブランド管理の発展過程において
重要な契機となっているということに注意を喚起したい。個別のブランドの強化という観
点から,全社横断的なブランド間の資源配分という,より上位の経営課題にブランド管理
の焦点が移行したと評価できるためである。
従って,次項ではそのブランドスコアリングの概要と,この仕組みがどのような影響を
社内に与えたかについて述べたい。
(2)スコアリングの概要
96 年から開始されたブランドパワーのスコアリングは,まず同社の売上の大きな割合を
占める衣料用洗剤から始められた。前節で述べたように衣料用洗剤はトイレタリー市場で
も最大の市場であり,花王にとっても最重要市場であるためだ。その後,現在では化粧品
を含めた花王の約 50 弱の全ブランドを対象にして行われている。
定量化の手順は以下のようなものである。
「ブランド知名」
,
「イメージ」
,
「使用満足度」
・・・といった項目を定量化の指標とし,
これらの各項目にしたがって競合するブランドと比較し,
「偏差値」の形でスコアを出す。
例えばスコアが 50 点であれば市場の水準から見てブランドパワーは「平均」であり,50
点以上なら平均以上,50 点以下なら平均より下,ということが明確にされる。元になるデー
タは,以前から行っていた「ブランドベンチマーク調査」という競合ブランドを含めた定
期的な消費者調査であった。
対象をパーソナルケア商品や化粧品などへ順次拡大して行くに従い,カテゴリーやブラ
ンド特性に応じて,スコアリングの指標もカスタマイズされている。例えば,化粧品やヘ
アケアのような商品では,ブランドの機能的な便益なだけではなく,情緒的な便益も重要
になると考え,評価指標にブランドと顧客との「絆」といった尺度も入れる,といった具
合である。
たとえ売上の小さいカテゴリーであっても,必ず年 1 回はブランドベンチマーク調査が
行われており,そのデータを活用して全てのブランドに関してのスコアリングが行われて
いる。さらにシャンプーや衣料用洗剤など,同社にとって売上も大きい重要なカテゴリー
については年 2 回に及ぶ。
また,最近ではスコアリングの対象範囲を海外市場にまで広げられつつある。国内市場
が成熟化する中で,海外市場の強化が花王全社の戦略となっているためである80。これに
伴って,まずは「ビオレ」ブランドから東南アジア,ドイツ,アメリカで日本国内と同様
のブランドパワーのスコアリングが行われ始めた。今後は順次対象ブランドを広げていく
という。
この背景には,国内においてはリーダー的存在である花王も,グローバルな観点から見
79
このような意味において,
「マーケティング開発室」は,80 年代から花王において繰り返し
設置されてきた「マーケティング研究部」
「マーケティング開発部」といった組織とは,ミッショ
ン・業務が大きく違っていた。これらの組織はどちらかというと店頭の研究など,マーケティ
ング消費者行動をサイエンティフィックな観点から研究するに留まっていた。
80 同社の 2001 年 3 月期 決算報告資料など。
41/51
れば,P&G やユニリーバといった世界の巨大なトイレタリーメーカーに規模の面で遠く
及ばないという事実がある。第 1 節で既に述べたとおり,花王の連結売上高に占める海外
部門の比率は 22%程度である。今後,グローバル競争を勝ち残っていくためには,グロー
バルな規模でのブランド・マネジメントの徹底が不可欠である。上記の海外市場でのブラ
ンドパワーのスコアリングも,そのための一貫と位置付けられよう。国内市場における自
前の販社網という,流通チャネル面での優位性が発揮できない海外市場においては,ブラ
ンドの持つ重要性がより大きくなるためである。
(3)スコアリングの活用法と社内への影響
では,前述のように導き出されたブランドパワーは,どのように各事業部門にフィード
バックされ,活かされているのであろうか。この活用方法は大きく分けて,2つある。一
つは各個別ブランドのマネジメントへの貢献であり,
もう一つは花王全社のブランド・ポー
トフォリオ戦略,すなわちブランドごとの投資の優先順位付けという,より上位の事業戦
略,企業戦略に対する示唆の提供である。
① 個別ブランドのマネジメント
ブランドスコアリングの意義の一つは,各ブランドに起こっている問題点が明らかにさ
れ,将来的に起こりうるリスクが事前に察知できることである。もともと,マーケティン
グ革新プロジェクトの頃より行われてきたブランド診断は,このことを目的としてきた。
定期的に各ブランドの認知率や,使用満足度,イメージなどを競合ブランドと比較して
調査していくことで,それぞれのブランドが直面している具体的な問題点,課題(例えば,
認知度が下がっているのか,認知度はあるが,使用に至っていないのか,あるいは使用後
の満足が低下しているのか,など)が明らかになる。さらに年齢層やブランドの使用経験
の有無などを詳細に分析することで,既存客の流出,新規顧客の流入の減少,顧客の高齢
化といった顧客の実態も把握できる。
つまり,実際に売上やシェアの低下という結果が起こる前に,これらの点が明らかにな
れば,事前にそれに対する具体的なアクションを考えられる可能性が出てくる。無論,問
題に対して対応策を立案し,実践するのは容易ではない。
「どのブランドにアラームが鳴っ
ているか,そのブランドのどこに火元があるか,まではブランド診断の過程で明らかにし
たいと思っています。しかし,その火をどう消すか,これが非常に難しい」と宮脇氏も語っ
ている。問題点が明らかになったとしても,それに対して戦略を立案し,具体的なマーケ
ティング活動へと反映させていくのは各事業部の当該ブランド担当部門である。実際,先
述の「メリット」シャンプーの大幅なコンセプト変更も,
「再三にアラームを鳴らし続け,
ようやく事業部が動いた」結果だという81。
しかし,この「問題の発見」と「それへの対応を議論できる可能性」というフェーズそ
のものが実務担当者にとって価値をもつ。売上やシェアが低下する頃には,ブランド資産
が大きく傷付いているケースも多く見られるためである。
81
前掲 宮脇氏へのインタビューより。
42/51
①ブランド・ポートフォリオ
トイレタリー業界ならびにそれ以外の多くの消費財メーカーにおいて,自社の主要なブ
ランドに対して,消費者調査等を元に顧客属性や競合との比較といった現状分析を行うこ
とは一般的に行われている。しかし,その多くは各個別ブランドレベルで,担当者ならび
に担当部門が管掌するブランドについて調査を行い,次年度のマーケティング戦略に生か
すに留まっている。花王のように自社の全ブランドについて,またそれを専門の部門を設
けて仕組みとして定期的に行っている例は稀である。
さらに,花王の取組みのより先進的な点は,以下に述べるように,定量化されたブラン
ドパワーを,自社の「ブランド・ポートフォリオ」の立案,すなわちブランド間の資源配
分の意思決定に用いている,というところにある。このことがスコアリングの最大の貢献
であると評価できよう。
具体的には,現在及び将来的に投資すべきブランドの優先順位,すなわちブランドの
ポートフォリオをマーケティング開発室が描き,実際のマーケティング活動を行う事業部
門に提案している。
このポートフォリオを描く際に,
現在のブランドの目に見えない価値,
すなわちブランドパワーを重要な軸の一つとしているのである。
勿論,ブランドパワーのスコアだけが判断基準というわけではなく,一般的な「製品ポー
トフォリオ」論でも使われる売上規模や市場シェア,収益性なども判断の軸となる。また,
あくまでマーケティング開発室の描くポートフォリオは一つの「プラン」であり,最終的
には売上・利益責任を持つ事業本部・事業部の戦略が優先される,という限界はある。い
わばマーケティング開発室は社内に存在する客観的な「ブランド格付け会社」
(宮脇氏)で
あり,議論の基盤を提供する機能を担当しているに過ぎない。しかし,この機能をもつこ
とによる,経営スタイルへの影響は,以下の通り,大きいと考えられる。
従来は,各事業や各ブランドへの資源配分は,
「ブランドが強いか・弱いか」ではなく,
売上や収益性,マーケットシェアといった数字のみで議論がされていた。そこブランドの
強さそのものを把握するための判断材料として「ブランドパワー」という軸が持ち込まれ
たことが最も大きな変化である,
と宮脇氏は言う。
「マーケットシェアがいかに高いとして
も,ブランドスコアが低いものもある。ブランド力が弱いものを店頭の力や価格の力だけ
で売っているケースというのが,スコアリングによってあからさまに見えるようになりま
した」
(宮脇氏)という発言が典型的である。
この変化は2つの意味で重要である。
第一に,投資の議論の単位が製品や事業ではなく,
「ブランド」に置かれる,ということ
である。このことは製品開発や研究開発といった諸活動の方向性を,よりブランドを起点
としたものに変える可能性を持つ。
第二に,ブランドのパワーあるいは価値という従来は目に見えなかったものが可視化さ
れ,経営層レベルで共有化されることにより,マーケティング活動の焦点が浮き彫りにな
る,ということである。
宮脇氏によれば,このスコアリングによって,全ブランドを大まかに3つの階層に分け
ることができるという。すなわち,①花王にとっての核となる強いブランド(これまでの
花王を支え,これからの花王の成長・収益を支えていくブランド)
,②それに続き,これか
ら花王の柱となる候補のブランド(早期育成対象のブランド。比較的新しいが,急成長し
43/51
ているブランドなども含まれる。
)
,③更にその下の残りのブランド,の3つである。
これに対応する形で課題も,
1)上位のコアとなるブランドのブランド力をどのように維持していくか
2)その次のレベルのブランドをいかに早期に育成して,上位グループと並ぶブラ
ンドへ育て上げるか,
3)更にその下の残りのブランドから,どのように次の成長株を育てていくか,
という 3 つのステップに整理されている82。具体的にどのブランドを伸ばしていくか,と
いうことに関して,全社横断的な支援部門であるマーケティング開発室と,売上・利益責
任をもった各事業部で若干のズレは勿論あるだろう。しかし,全ブランドを同じテーブル
で議論することで,全社レベルで「今,何をなすべきか」が認識されうる,という点が注
目に値する。つまり,安易な新ブランド開発や,ブランドの価値を犠牲にした短期的なシェ
アの獲得といったマーケティング活動は抑制されると同時に,
「伸ばすべきブランド」
が鮮
明になると考えられるのである。
③ブランドの集約化
「ブランドの選択と集中」という戦略を推進する際,避けて通れないのがブランドの集
約化である。2001 年頃から他社と同様に花王もブランドの集約化の方針を表明している83。
花王がこうした戦略を実施するに至った背景にも,ブランドパワーのスコアリングが影
響していたと考えられる。既に述べたとおり,ライオンや資生堂など日用品・化粧品メー
カーは広告宣伝費の削減や,在庫圧縮,物流効率化などを意図してブランド数及び各ブラ
ンド下で展開するアイテム数の削減に取り組んでいる。花王においても同様に,在庫圧縮
や管理コストの低減を目的として,2000 年末にプロジェクトチームが立上げられ,全商品
の売上や収益性が分析された。この結果を踏まえ 2001 年 9 月から約 2000 品目ある家庭
用品の品目を半分に絞む,という取組みが始まっている84。
当初は,品目の削減が目標であったが,最近では思い切ったブランドの削減,統廃合に
踏み切りつつある。例えば,95 年 9 月に上市したセルフコスメブランド「カリテ」85が 2002
年の 3 月をもって生産中止となった。
「カリテ」はセルフ化粧品市場へ花王が進出したと
して,業界で話題となったブランドである。これ以外にもセルフ化粧品関係のブランドは
「モントン」
縮小する方向にある86。また「シェフ」というクッキングシート類のブランド,
というケーキミックスのブランド等も廃止していくという。
基本的なブランド削減のルールづくりが,販売部門とマーケティング開発室,業務推進
部という部門で行われ,最終的な判断は幹部を含めた事業本部が行う,という形でブラン
82
前掲 宮脇氏へのインタビューより。
2001 年 1 月1「日経ビジネス」p78〜79。
84
日本経済新聞 2001 年 8 月 30 日。
85 95 年 9 月に発売。メイク落とし(130g 1000円)や洗顔料(120ml 1300 円)
,
化粧水(さっぱり,しっとり各150ml 1300 円)
,乳液(さっぱり,しっとり,各 100ml
1300 円)ティント乳液(ライトオークル・オークル,各 30ml 1300 円)などのアイテムを揃
え,対面販売の制度品ではなく,
「セルフ市場」向けのブランドとして導入された。
86 2000 年〜2002 年の間に「リベーヌ」等のブランドも廃止されている。
83
44/51
ドを減らしていっている。ただ闇雲にブランドを削減するというのではなく,あくまで各
ブランドの社会的な有用性など,様々な尺度で議論を重ねて削減を進めている87。
この場合の議論にもブランドのスコアリングが関わってきている。先述のようにブラン
ドのスコアは他社の競合ブランドと比較した「偏差値」の形で出されるため,市場での平
均的な水準との乖離が白日の下にさらされる。ブランド・ポートフォリオ上,他に優先す
べきブランドがある場合などは,ブランド力の高くないブランドや,今後もブランド力の
向上が期待できないブランドが,撤退検討の対象とされるのだ。
このようにブランド力が,ブランドの統廃合を含めたブランド間の資源配分を立案する
ための,一つの基準として活用されるようになっているのである。
(4)ブランド重視の経営へ
既に述べたようにマーケティング開発室は「個別のブランドの診断」から始まり,
「全ブ
ランドのスコアリング」
,
「ブランド・ポートフォリオ戦略の立案」へと,個別ブランド管
理,多ブランド管理の仕組みを次々と整備してきた。最近では,各ブランドごとの指針や
方向性をより明確化するなど,各ブランドを強化すべく,さらにブランド管理の仕組みを
徹底・強化しつつある。
このようにブランドに関する取組みが進められ,
拡大していることで,
花王のマーケティ
ング活動がより強くブランドを意識したものに変わってきている。実際に「過去 2,3 年
において花王社内でブランドに関する意識は急速に高まってきた」という88。
第5章
複数ブランド管理の仕組み
以下では,第 3 章,第 4 章の内容を総括するとともに,複数ブランドをマネジメントす
るための仕組み・システムに関する考察を行う。
1.P&G の複数ブランド管理の要諦
P&G では,1930 年代という非常に古い段階から,個別ブランドごとに責任者(ブラン
ド・マネジャー)を配置し,そのブランドのマーケティングに関する責任と権限を担わせ
る体制(ブランド・マネジャー制)を構築,運用してきた。かつ,アメリカ本国以外のグ
ローバルな市場においても,同様の仕組みを適用してきた。すなわち,ブランドを基本単
位とする経営・マーケティングが,徹底して実践されてきた,といえる。
P&G のブランド・マネジメントにおける大きな転換点は,1980 年代後半に実施された
各ブランド・マネジャーの上にカテゴリー・マネジャー(マーケティング・ディレクター)
を置く「カテゴリー・マネジャー制」の導入であった。これによって同一カテゴリー内や
同一事業内におけるブランド間の資源配分という視点が新たに導入されることとなった。
すなわち,確立された個別のブランド・マネジメントシステムを基盤としながら,それを
全社レベルで,より効率的に運用していくために,カテゴリーという枠内での「ブランド・
87
88
前掲 宮脇氏へのインタビューより。
前掲のパーソナルケア事業本部 山下氏へのインタビューより。
45/51
ポートフォリオ」という考え方・仕組みを導入した,と評価できるのである。
そのため,現在の P&G では基本的に製品カテゴリー内において,複数ブランドが横断
的に見渡され,管理が行われている。最近では,事業(製品カテゴリー)ごとに経営が行
われる方向が強化されている。
図 9
P&Gの複数ブランド管理の要諦
時間軸
複数ブランド管理
仕組み
・体制
87年
〜カテゴリーマネジャー制
(個別ブランド管理)
1931年〜
ブランド・
マネジャー制
カテゴリーレベルでの
ブランド・ポートフォリオ
コアカテゴリーへの選択と集中
コアブランドへの選択と集中
95年〜 簡素化戦略
−ブランド数
戦略・
考え方
市場での
成果
−ブランド内アイテムの集約化
90年代後半〜
日本市場におけるブランド売却
衣料用洗剤、台所洗剤、
ヘアケア等でのブランド
別シェア向上(日本)
87年
大幅な減収
また P&G では前述のように,ブランドの「資産」
,
「エクイティ」を重視する考えが個
別のブランドのマーケティングその他で徹底されており,ブランド間の資源配分に関して
も,こうした考え方が反映されていると考えられる。
上記のようなマネジメント体制をもつ P&G では,近年,グローバルな規模でコア事業
(製品)
,コアブランド(さらにはコアアイテム)へフォーカスする戦略をとっている。
日本市場においても,製品カテゴリーレベルでの選択と集中を実行するとともに,カテ
ゴリー・マネジャー制のもと,カテゴリー内でも育成すべきブランドを選別して,重点的
な投資を行っている。
この結果,台所用洗剤「ジョイ」やヘアケア「ヴィダルサスーン」
,衣料用洗剤の「アリ
エール」といったブランドでシェアを拡大してきている。
2.花王の複数ブランド管理の要諦
花王では,94 年から専門の部署(
「マーケティング革新プロジェクト」後に「マーケティ
ング開発室」
)
を設けて,
「ブランド診断」
という形でブランドに関する取組みを開始した。
46/51
特筆すべきは,96 年からマーケティング開発室が中心となって,花王の全ブランドについ
てブランドパワーを定期的にスコアリングし,
ブランド・ポートフォリオ戦略を立案する,
という取組みを始めている点である。
こうした仕組みを整備したこともあり,重点ブランドへの選択と集中という戦略が展開
されつつある。具体的には,全社レベルではブランド数の削減,各事業本部レベルでのマー
ケティングにおいても「アタック」や「メリット」
,
「ビオレ」といった基幹ブランドの強
化が実際の施策として展開されてきている(図 10)
。
図 10
時間軸
花王の複数ブランド管理の要諦
複数ブランド管理
仕組み
・体制
85年〜
事業本部制
94年〜
ブランド診断
96年〜
ブランドスコアリング
(パワーのモニタリング)
↓
ブランド・ポートフォリオ
重点ブランドへの選択と集中
戦略・
考え方
市場での
成果
90年代後半〜
ブランド数削減 集約化
2001〜
メリット等
基幹ブランド梃入れ
80年代後半〜
90年代初頭
活発な新ブランド導入
売上成長
の鈍化
■主戦場(衣洗・ヘアケア等)で
トップシェア維持
■一貫して増益
(こうした取組みだけで説明することはできないにせよ)結果として,今のところ花王
は競争の厳しいトイレタリー業界において,主要なカテゴリーで確たる地位を維持しなが
ら,増益を続けている。
P&G との相違点は,以下の点にある。すなわち,事業本部制(事業本部によるマーケ
ティング戦略の立案・実行)を従来通り残したまま,ブランド管理専任部門(マーケティ
ング開発室)による全社横断的ブランド管理を導入したため,マーケティング開発室にお
いて全社横断的にブランドパワーの評価及びブランド・ポートフォリオ戦略の立案が行わ
れる一方で,実際のブランド戦略の実行は各事業部門によって行われるという「二重構造」
になっている点である(図 11)
。そのため,立案されたポートフォリオ戦略が,実際のマー
ケティング活動にどこまで反映されるか,という面では限界を有している。
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図 11 花王の複数ブランド管理
マーケティング開発室
支援部門
=全社横断のブランド・ポートフォリオの立案
パーソナル
ケア事業
本部
実行部門
=売上・利益
責任あり
ハウス
ホールド
事業本部
サニタリー
事業本部
化粧品
事業本部
食品
事業部
各事業本部内でのブランド戦略の立案・実行
この相違はブランド・マネジメントに関する,両社の取組み段階の違いに起因する。P&G
では早くから,ブランド・マネジャー制が定着し,個別ブランドレベルでのマネジメント
が既に確立されていたことを前提に,複数ブランド管理,すなわちカテゴリー内での「ブ
ランド・ポートフォリオ管理」が導入されている。
一方,花王は,個別ブランドレベルのマネジメント体制の構築(すなわち「ブランド診
断」を通じてのブランド価値・パワーの重要性の啓蒙。94 年から実施)と,複数ブランド
レベルでの資源配分(すなわち「ブランド・ポートフォリオの管理。96 年から実施)とい
う2つの課題に,短期間のうちに取り組んでいる。これは,
「そもそも,必ずしもブランド
を意識したマーケティングが行われてきたとはいえない部分もあった」
(宮脇氏)
ためであ
る。
トイレタリー業界のリーディング企業である花王でさえも,
「個別ブランドのマネジメ
ント」に関して,
「ブランド診断」によるブランドの重要性の啓蒙を始めとして,着手した
ばかりであり,
それが徐々に実際のマーケティング活動に反映されつつある段階といえる。
つまり,花王においては 90 年代以降の成熟化・価格競争の進展や,グローバル企業の
伸長などで激化する競争環境の中,
「個別のブランド・マネジメントの徹底」と,
「複数ブ
ランドのマネジメント体制の構築」という,重要な2つの課題に,ほとんど同時に着手せ
ざるを得なかった,という事情があったのである。とりわけ,P&G やユニリーバといっ
たグローバル企業との本格的な競争に直面した花王にとって,これらブランド・マネジメ
ント体制の整備は焦眉の課題であったと考えられる。このような意味で,花王における複
数ブランド管理に関する取組みも,まだ試行錯誤の段階だと言えよう。
しかし,このような経緯の差はあるにせよ,両社がブランド・マネジメントにおいて,
志向している方向性は概ね共通している,ということに注意を喚起したい。このことを以
下で具体的に示そう。
3.複数ブランド管理に向けて
以上の P&G および花王の複数ブランド管理の実態を通して,次のことを確認すること
ができた。
①成熟化が進み,競争の激しいトイレタリー業界において,花王及び P&G の 2 社におい
ては,
「ブランドの選択と集中」が重要な戦略として明確に意識され,実践に移されて
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いる。
②その為に,
(P&G ではカテゴリーという単位,花王では全社横断でという範囲の違いは
あるにせよ)横断的に自社の複数のブランドを見渡し,評価する視点を「仕組み」とし
て作っている。P&G のカテゴリー・マネジャー制や,花王の全ブランドに関するスコ
アリングがそれにあたる。
また両社において,複数のブランドを評価する軸として,
(P&G では「ブランド・エ
クイティ」花王では「ブランドパワー」と呼び名は違うが)それぞれ消費者の知覚に基
づくブランドの価値や力といったものを指標化し,管理に用いている。
③花王においては,事業本部の枠を超え全社横断的に「ブランド・ポートフォリオ」を描
き,重点的に育成すべきブランドを明確にした上で,ブランド間の資源配分を行ってい
る。
④ブランドの「パワー」のモニタリングやそれに基づくポートフォリオの立案について,
具体的にはマーケティング開発室というブランド管理の専任部署を設けることで,これ
らのモニタリング・戦略立案機能を組織内に内在化させている。
P&G においても,市場調査部門やカテゴリーのマネジャー(もしくはその上の責任
者及びそのスタッフ)がモニタリングや戦略立案の機能を果たしていると考えられる。
これらの 2 社の取組みから言えることは,ブランド間の競争が激化する状況下で,両社
は,ブランド・マネジメントにおいて,①個別のブランドをどう育成し,成長させるか,
ということのみならず,②複数のブランドのうち,どのブランドを優先的に扱うのかを決
定し,
実際に資源を投下することの重要性に気付いている,
ということにまず注意したい。
これは,ブランド間競争の激化する今日,企業がブランドを育成していく上では,①の「個
別ブランドのマネジメント」と②の「複数ブランドのマネジメント」の両輪が必要である
ことを示している。
しかも,その「複数ブランドのマネジメント」を可能にするためには,マネジメントの
ための「仕組み」を整備する必要があるということも同時に,これらの事例から深く認識
することができるのである。
最後に本稿で得られた示唆を改めて整理しておきたい。
1) トイレタリー業界のように,多ブランド展開がされている一方で,成熟化が進行し
ている業界では「ブランドへの選択と集中」を行うことが,市場における競争優位
性を確保するための鍵となる。
2) その為には自社のブランド全体を見渡し,評価する共通の視点や目標が必要である。
3) 2)を組織内で実践するためには全ブランドを可視化し,管理できる「ブランド・
ポートフォリオ」が有効である。
4) この「ブランド・ポートフォリオ」を立案し,ブランドの価値やパワーといったも
のをモニタリングする機能が必要となる。
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結びにかえて
本稿では,トイレタリー業界における P&G・花王の複数ブランド管理に関する取組み
の実態を明らかにすることを通じて,複数ブランドを横断的に管理し,戦略的に資源配分
を行っていくことの必要性,重点的にメリハリをつけたブランド投資を行うための「ブラ
ンド・ポートフォリオ」という考え方の有効性を論じてきた。
ケースを通じて明らかになったのは,P&G,花王というトイレタリー業界において一定
の地位を確保しつづけている 2 社が,試行錯誤の面はあるとはいえ,
「重点ブランドの選
択と集中」
を明確に意図して,
ブランドの価値ないしはパワーの測定や,
それに基づく
「ポー
トフォリオ」立案のための仕組みを整備していっている,という事実であった。このこと
は以下のような理由から,改めて強調しておきたい。すなわち,昨今「ブランドの集約化」
等を標榜し,実践する企業が出始めている。しかし,上記のような仕組みを確立せず,明
確な判断軸を持たないまま,一時的な取組みとしてブランド数を減らすだけでは,今後の
企業の成長や競争力の向上に寄与するとは必ずしも言えない。なぜなら,成長の余力のあ
るブランドを捨ててしまう危険性がある。さらには,業績が回復した際に,再び,不必要
にブランド数が増加していくことにもつながりかねないからである。
こうした傾向に警鐘を鳴らす意味でも,P&G,花王という 2 社の分析にとどまらないト
イレタリー業界の他の企業,並びに他業界における複数ブランド管理の実態に関する分析
も,今後,必要になると考えられる。
また,
「ブランドのマネジメント」を徹底していく上で,花王の例で見られたように,流
通との関係や営業のあり方から,
「ブランド」を起点・機軸とした戦略展開が徹底できない
側面があることもケースを通じて明らかになった。カテゴリー(=製品)を基本とする店
頭政策・営業施策との間にコンフリクトが発生するためである。実際,流通業から新ブラ
ンドの投入を要求されるなど,ブランドの投入や改廃などに,流通業や営業部門が及ぼす
影響は大きい。
複数ブランド管理のあり方を議論するには,マーケティング部門だけでなく,営業部門
との関わりや流通企業との関わりなども含めた,より踏み込んだ分析も必要であろう。こ
れについては今後の課題としたい。
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