バイアウト投資は「価値」を生んでいるのか?

統一論題
事業評価と M&A 投資−過去の見直しと将来の展望
「バイアウト投資は「価値」を生んでいるのか?:先行研究と事例からのエビデンス」
2013年9月
ユニゾン・キャピタル株式会社
山本
修
<要旨>
バイアウト・ファンドは長期に渡り、フィー控除後のネットリターンで市場インデックス
をアウトパフォームしているとする実証研究が近年蓄積されつつある。また、80 年代後半
から開始された投資案件レベルの実証分析からは「欧米の有力プライベート・エクイティ
ファームはオペレーショナルな超過リターンを繰り返して生み出すスキルを有している」
というコンセンサスが形成されている。欧米の先行研究と同様の手法で日本のバイアウト
投資案件を分析した結果、日本のプライベート・エクイティファームにもオペレーショナ
ルな超過リターンを生み出す能力が存在することを強く示唆する結果となった。
キーワード
バイアウト、プライベート・エクイティ、超過リターン、パフォーマンスの持続性
1.
序論
Jensen(1989)がバイアウト投資(LBO)を公開企業モデルに対する「組織イノベーション」
と呼び、理論面からその生み出す価値を分析して以来、研究者の間ではバイアウト投資に
対する理論面、実証面での分析が蓄積されてきた。
理論面では、バイアウト投資がその資金提供者に対して価値を生む可能性は、エージェン
シーコスト削減仮説、節税効果仮説、価値の移転仮説、アンダーバリュー解消仮説、の4
つの仮説として纏め上げられてきた。
実証面では、80 年代に米国市場で行われたバイアウト投資に関する個別案件レベルでの分
析が Kaplan(1989)、Smith(1990)等によって開始され、1)バイアウト投資はその資金提
供者に対して実際に価値(=超過リターン)を生んでいること、2)その価値創造の背景
には、投資対象となる企業のオペレーショナルな改善が実際に発生していること、が実証
されてきた 1。また、近年では 90 年代や 2000 年代の米国及び欧州でのバイアウト投資に
関する個別案件レベルでの実証研究が行われており
2
、その結果1)バイアウト投資はそ
のエクイティ提供者に対して(80 年代に引き続き)実際に価値を生んでいること、2)バ
イアウト・ファンドを運営する欧米の有力なプライベート・エクイティファームにはオペ
レーショナルな超過リターンを生み出すスキルが存在すること、が示されている。
実証面での近年の大きな進展は、バイアウト投資に関する「ファンドレベル」での実証分
析の分野に認められる。Kaplan / Stromberg (2008)は 1980 年の初頭には 2 億ドルにすぎ
なかった米国のバイアウト・ファンドへのコミットメント額が 2007 年には年間 2000 億ド
ルにまで成長してきたことを指摘している 3。Kaplan / Schoar(2005)を嚆矢とする近年の
実証分析の進展によってバイアウト・ファンド業界の成長が、「超過リターン」によって
裏付けられていることが示されてきたのである。
一方で、バイアウト投資に関する実証分析は常にサンプル・バイアスの問題を内包してい
る。近年進展してきた「ファンドレベル」の分析においては実務家と研究者の努力によっ
て学術レベルの実証分析に耐えるデータベースの整備が特に米国のバイアウト・ファンド
業界を中心に大きく進展してきた
4
。しかしながら、個別案件レベルの実証分析において
は研究者が分析対象とするデータは、それぞれに大きなバイアスを抱えていることが多く、
1
Lichtenberg/Siegel(1990)、Kaplan(1994), Andrade/Kaplan(1998)を参照のこと。これ
らの先行研究は Renneboog/Simons(2005)にサマリーされている
2 本稿第3節にこれらの実証研究を纏めている
3
バイアウト・ファンドはベンチャーキャピタル(VC)、メザニン・ファンド、インフラフ
ァンドと共にプライベート・エクイティ市場を構成している。Appendix1 にプライベート・
エクイティファンド全体の運用資産額推移を示した。バイアウト・ファンドが 67%程度を
占める。
4
Harris et.al(2013)を参照のこと
1
実証研究から理論面へのインプリケーションを引き出す際にこれらのバイアスへの十分な
配慮が必要となる。
上記の現状認識に基づき、本論文の目的はバイアウト投資に関する「定式化された事実」
を整理したうえで、今後のリサーチアジェンダを、実務家の洞察を織り込みながら、研究
者に対して明らかにすることにある。本稿の先行研究分析と事例分析から導きだされる「定
式化された事実」を以下にあらかじめ取り纏める。
事実1:バイアウト・ファンドは長期に渡り、フィー控除後のネットリターンで市場イン
デックスをアウトパフォームしているとする実証研究が近年蓄積されつつある。なかでも
パフォーマンスのトップ・クオータイルに属するバイアウト・ファンドは非常に大きな超
過リターンを生んでいる
事実2:バイアウト・ファンドのパフォーマンスには「持続性」が認められる。このよう
な「持続性」はミューチュアル・ファンドやヘッジファンドを対象とする研究には認めら
れておらず、バイアウト・ファンドに特有の現象である
事実3:パフォーマンスの「持続性」を有する欧米のプライベート・エクイティファーム
の個別案件を対象とする実証分析によれば、彼らの運営するバイアウト・ファンドは投資
先企業に対してオペレーショナルな超過リターンを生み出している
事実4:この超過リターンの源泉はキャッシュフロー(CF)創出力の改善とバリュエーシ
ョンの改善の双方である。有力プライベート・エクイティファームにはガバナンス・エン
ジニアリング、ファイナンシャル・エンジニアリング、オペレーショナル・エンジニアリ
ングによって価値創造理論を実践するスキルが存在する
事実5:バイアウト・ファンドの投資行動とリターンは株式市場のバリュエーションの低
下、ファンド間の競争環境の改善、及びデットの調達環境の改善という外部環境の変化か
ら正の影響を受けるため、結果として周期性を示す
事実6:我が国のプライベート・エクイティファームにもオペレーショナルな超過リター
ンを生み出す能力が存在する
本稿の構成は以下の通りとなる。第2節ではバイアウト・ファンドとバイアウト案件の仕
組みを概観する。第3節では、バイアウト・ファンドの価値創造理論を取り纏める、第4
節では「ファンドレベル」での先行研究を分析し、事実1、2を確認する。第5節では「個
別案件ベース」での先行研究を分析し、事実3、4、5を導く。第6節では我が国のバイ
アウト・ファンドの「個別案件ベース」でのデータを分析し、事実6を確認する。第7節
では本稿の分析を取り纏めたうえで、将来的なリサーチアジェンダを提示する。
2
2. バイアウト・ファンドと案件の仕組み
バイアウト投資は、ファンドから拠出されるエクイティと、案件毎に外部調達されるデッ
トによって対象会社の株式を買収することによって開始される。バイアウト・ファンドを
運営する専門会社(例:ブラックストーン、カーライル、KKR)は「プライベート・エクイ
ティファーム」と呼ばれ、パートナーシップの形式をとることが一般的である。
2(1):バイアウト・ファンドの仕組み
バイアウト・ファンドはファンドを運営するジェネラル・パートナー(GP)とファンドの
投資家としてのリミテッド・パートナー(LP)から構成される。企業年金、公的年金、大
学基金及び保険会社等の長期投資家が LP として資金をコミットする。ファンドは通常 10
年間のクローズド・エンド型であり、投資家としての LP は GP がファンド契約に定められ
た事項を遵守する限りにおいては投資の意思決定に関しては関与しない。ファンド運営会
社はバイアウト・ファンドの運営によって3つの報酬を得る。第一がアニュアル・フィー
であり、LP が GP に対してファンド契約に定められた料率を毎年支払う。第二が「キャリ
ード・インタレスト」と呼ばれるファンド全体のキャピタル・ゲインのうちファンド契約
に定められる GP の取得部分である。第三に、投資先企業から徴収するモニタリング・フィ
ーである 5。
2(2):バイアウト投資案件の仕組み
バイアウト投資は、ファンドから拠出されるエクイティと、案件毎に外部調達されるデッ
トによって対象会社の株式を買収することによって開始される。対象会社が公開会社であ
る場合には、プライベート・エクイティファームは 15〜50%程度のプレミアムを支払って
対象会社を非公開化するケースが多い。バイアウト投資は総額の 60%から 90%程度がデッ
トによってファイナンスされる。デット部分は更に優先部分と劣後部分に切り分けられる
ケースも多く、劣後部分は「メザニン・デット」と呼ばれる。バイアウト・ファンドから
は投資総額の 10%から 40%程度のエクイティが拠出される。対象会社の経営陣も多くの場
合にエクイティと拠出し、案件の経済性を運営会社と共有する。このエクイティ拠出も含
めた対象会社のマネジメントに対するガバナンスの設計(ガバナンス・エンジニアリング)
は各運営会社がそのスキルを競う部分である。
3. バイアウト投資による価値創造理論
本節ではバイアウト投資による価値創造理論を整理する。バイアウトの実務家が標準的に
使用する企業価値と株式価値の関係性は(1)(2)式に纏められる。
5
Metrick /Yasuda (2007)はこれらのフィーについてより詳細な分析を行っている
3
株式価値=企業価値—純有利子負債(有利子負債−余剰現金)
(1)
企業価値=EBITDA×EV/EBITDA マルチプル
(2)
(1) 式に(2)式を代入すると
株式価値=(EBITDA×EV/EBITDA マルチプル)−
純有利子負債
(3)
(3)式より、バイアウト投資がそのエクイティ提供者に対して超過リターンを生むとす
れば、その源泉は対象企業が生み出すキャッシュフローの市場・業界調整後での改善(キ
ャッシュフロー改善効果)か、対象企業が生み出すキャッシュフローに対する市場の評価
の市場・業界調整後での改善(バリュエーション改善効果)、あるいは市場・業界調整後
での有利子負債削減効果を通じてである。エージェンシーコスト削減仮説、価値の移転仮
説、節税効果仮説は、キャッシュフロー改善効果及び有利子負債削減効果に注目する仮説
であり、アンダーバリュー解消仮説は主にバリュエーション改善効果に関する仮説である
ことに注意しながら、4つの仮説の内容を簡単にサマライズする。
3(1):エージェンシーコスト削減仮説
Jensen(1989)が主張する通り、バイアウト・ファンドは対象企業への投資にあたって、経
営陣と株主間のエージェンシーコストを最小化するためのアクションを実行する。具体的
には、株式価値向上と直接リンクした報酬体系の導入、経営陣による出資、経営陣とバイ
アウト・ファンドの実務家による小規模取締役会による迅速な意思決定、デットファイナ
ンスに伴う財務制限条項(コベナンツ)による経営規律の導入、などである。エージェン
シーコスト削減仮説は、バイアウト・ファンドによるこれら一連のアクションの結果、経
営陣と株主間のエージェンシーコストが削減され、結果として対象企業が生み出すキャッ
シュフローが改善される、とする仮説である。
3(2):節税効果仮説
バイアウト・ファンドは対象企業の買収にあたり、自己資金とともに有利子負債を調達す
る。結果として対象企業の有利子負債比率が買収以前との比較において高まり、支払金利
の節税効果によってキャッシュフローが改善する。節税効果仮説は、バイアウト・ファン
ドがそのエクイティ投資に対して生み出す超過リターンの源泉を、レバレッジの増加によ
る節税効果に求めるものである。
4
3(3):価値の移転仮説
バイアウト・ファンドが生み出すキャッシュフロー改善効果の主要因を対象企業への資金
提供者とそれ以外のステークホルダー間のキャッシュフロー配分比率の変更に求める仮説
である。具体的には従業員配分比率の変更、設備投資額の抑制等のアクションを通じてス
テークホルダー間での価値移転が行われることになる。また、デットーエクイティ間での
キャッシュフロー配分比率の変更も本仮説の検討対象となる。
3(4):アンダーバリュー解消仮説
上記3つの仮説がすべてバイアウト対象企業のキャッシュフロー改善に注目するものであ
るのに対して、アンダーバリュー解消仮説はバリュエーションの改善効果に注目するもの
である。バウアウト投資が生み出す超過リターンの源泉を、キャッシュフローの改善とい
うようなファンダメンタルなものではなく、バイアウト以前に割安に放置されていた対象
企業のバリュエーションの修正効果に求める仮説である。
4.「ファンドレベル」での先行研究と定式化された事実
実証面での近年の大きな進展は、バイアウト投資に関する「ファンドレベル」での実証分
析の分野に認められる。Kaplan / Schoar(2005)を嚆矢とする近年の実証分析の進展によっ
てバイアウト・ファンド業界の成長が、「超過リターン」によって裏付けられていること
が示されてきたのである。
4(1):「ファンドレベル」の実証分析
Kaplan/Schoar (2005)は 1983 年から 1995 年までの 169 の米国のバイアウト・ファンドに
ついてファンドレベルのネット IRR(投資リターンからフィーの影響を控除した投資家に
とっての実質ベースの IRR)データを分析した。また、その過程で彼らは Public Market
Equivalent(PME)と呼ぶ分析手法を開発した。PME は各ファンドが行った投資と投資回収
(フィーの影響控除後)の CF データを各々対応する期間の S&P500 の収益率で割引計算し
たうえで両者を比較することにより算出される。PME=1 が当該ファンドのパフォーマンス
が S&P500 と同じ収益率であったことを意味する。PME が1を超えたファンドは対応する
期間の S&P500 対比で「超過リターン」を生んでいることになる。PME を用いた分析によ
れば彼らの分析対象とした 169 のファンドは単純平均で PME=0.97、加重平均で同 0.93 と
なり平均的には S&P500 をアンダーパフォームしていたことが明らかとなった。一方で、
バイアウト・ファンドのパフォーマンスにはバラツキが大きく、上位 75%(トップクオー
タイル)のバイアウト・ファンドが S&P500 を大きく上回る一方で下位 25%のファンドは
大きくアンダーパフォームしていた。Phalippou/Gotteschalg(2009)は 1980 年から 1993
年までの 236 のバイアウト・ファンドを分析し、Kaplan/Schoar (2005) と同様の結果を得
た。この二つの実証分析の影響は大きく、「バイアウト・ファンドは超過リターンを生ん
5
でいない」という認識が研究者の間で広まり、実務家の認識とは大きなギャップが生まれ
たのである 6。
Robinson/Sensoy(2011)はより新しいデータをもとに再度バイアウト・ファンドが生み出す
超過リターンを検証した。彼らは 1984 年から 2005 年までの 368 の米国のバイアウト・フ
ァンドを分析し、単純平均で PME=1.18、加重平均で同 1.18 という結果を得た。Higson /
Stucke(2012)は更にサンプルのカバー率を拡大し、1980 年から 2008 年までの 1169 のファ
ンドについてのデータベースを構築した。これは同期間に組成されたバイアウト・ファン
ドの金額ベースで 83.1%をカバーするものであり、ファンドレベルの分析のサンプル・バ
イアス問題は大きな進展をみたのである。そのうえで、彼らは単純平均で PME=1.22、加重
平均で同 1.23 という結果を得た。また Harris et al.(2013)は 1984 年から 2008 年までの
期間の 598 のファンドを分析し、PME=1.22、加重平均で同 1.27 という結果を得た。また、
彼らは従来の PME に対する「バイアウト投資案件のベータを1と仮定して算出しているの
はリスクを過小評価している」という批判に応えるために S&P500 以外のベンチマークやバ
イアウト投資のベータを 1.5 や 2.0 と仮定した PME を算出したが、その全てにおいて PME
は1を超えていた。これを受けて彼らは「バイアウト・ファンドは 80 年代、90 年代、00
年代を通して市場をアウトパフォームしている」と結論付けたのである 7。
表1:ファンドレベル先行研究のまとめ:PME の算出結果
出所:筆者作成
Kaplan/Schoar (2005)ではトップ・クオータイルのファンドの PME は単純平均で 1.12、加
重平均で 1.03 と市場をアウトパフォームしていた。Robinson/Sensoy(2011)はこの点を再
検証し、単純平均で PME1.46、加重平均で同 1.44 とトップ・クオータイルファンドが大き
く市場をアウトパフォームしている証拠を提出した。
4(2):パフォーマンスの「持続性」
Kaplan/Schoar (2005)のもう一つの大きな貢献は、バイアウト・ファンドのパフォーマン
スには「継続性(persistence)」が見いだせることを実証した点にある。表2はバイアウ
6
バイアウト・ファンドがベンチマークをアウトパフォームしているとは言えないなかで
投資家がこのアセットクラスを選択し続けるのは何故か?という疑問が研究者の間に生ま
れた。Lerner/Schoar(2004)、Lerner et al.(2007)を参照のこと
7
彼らの分析結果を Appendix2,3,4 に示した。
6
ト・ファンドの PME をラグ付きの PME で回帰した結果であるが、このような「継続性」は
投資信託の分析からは見出されず(Berk/Green(2002))、またヘッジファンドの分析から
も見出せない(Kat/Menexe(2002))のである。
表2:「持続性」の検証結果
Standard errors are in parentheses and are adjusted for serial correlation and heteroskedasticity.
出所:Kaplan /Schoar(2005) pp1806
彼らは「このような持続性の源泉が GP のスキルの違いと、スキルを持った人材の希少性に
起因するのだとすれば、より優れた GP はその希少性に対してより高いフィーをチャージで
きるはずなのだが、バイアウト・ファンド業界にそのような業界慣習がないことは不思議
な現象である」としている。Robinson/Sensoy(2011)は新しいデータをもとにバイアウト・
ファンドのパフォーマンスの持続性に関する検証を行い、Kaplan/Schoar (2005)と同様の
結論を得た。
☆☆☆
事実1:バイアウト・ファンドは長期に渡り、フィー控除後のネットリターンで市場イン
デックスをアウトパフォームしているとする実証研究が近年蓄積されつつある。なかでも
パフォーマンスのトップ・クオータイルに属するバイアウト・ファンドは非常に大きな超
過リターンを生んでいる
事実2:バイアウト・ファンドのパフォーマンスには「持続性」が認められる。このよう
な「持続性」はミューチュアル・ファンドやヘッジファンドを対象とする研究には認めら
れておらず、バイアウト・ファンドに特有の現象である
5.「投資案件レベル」での先行研究と定式化された事実
バイアウト投資を「投資案件」レベルで分析する実証研究は、前節で分析した「ファンド
レベル」の実証分析よりも早い時期から研究者によって取り組まれてきた。しかしながら、
個別案件レベルの実証分析においては研究者が分析対象とするデータは、それぞれに大き
7
なバイアスを抱えていることが多く、実証研究から理論面へのインプリケーションを引き
出す際にこれらのバイアスへの十分な配慮が必要となる。
5(1):バイアウト投資の資金提供者に対して生み出される「超過リターン」
Kaplan(1989)はこの系列の実証分析の初期の労作である。彼は 1980 年から 1986 年に NYSE
から非公開化された MBO(Management Buyout)案件のうち「出口」に関するデータが入手
可能な 25 件についてバウアウト案件への資金提供者(エクイティとデットの双方)に対す
る名目と市場調整済みリターンを算出した。結果として 25 件の MBO 案件は平均で 127.9%
(名目)、41.9%(市場調整済み)のリターンを生んでいた。Guo, Hotchkiss and Song(2009)
は Kaplan の手法を引き継ぎ 1990 年から 2006 年に米国市場において行われた非公開型のバ
イアウト案件のうち「出口」に関するデータが入手可能な 90 件についてバウアウト案件へ
の資金提供者(エクイティとデットの双方)に対する名目と市場調整済みリターンを算出
した。結果として、90 件のバイアウト案件は平均で 90.7%(名目)、63.3%(市場調整済
み)のリターンを生んでいた。Nikoskelainen /Wright(2007)は 1995 年から 2004 年までに
「出口」を迎えたバイアウト案件 321 件を分析した。その結果市場調整後の EV 収益率(IRR)
は平均値で 22.2%、市場調整後のエクイティ収益率(IRR)は 70.5%であった。
Acharya et al.(2013)は Kaplan(1989)達とは異なるアプローチで資金提供者に対して生
み出される超過リターンを分析した。彼らは 1991 年から 2008 年の期間に欧州の 48 のバイ
アウト・ファンドが実際に行った 395 件のバイアウト投資に関する IRR データを分析した。
これら 395 件のバイアウト投資は平均で 56.1%のグロス IRR 8をエクイティの提供者に対し
て生み出していた。表3は彼らのサンプルの記述統計量である。
表3:Acharya et al.(2013)の案件データベース:記述統計量(単位:百万ユーロ)
出所:Acharya et al.(2013) pp376
彼らはこの IRR(平均 56.1%)の構成要素を1)オペレーショナルな超過リターン、2)
8
LP が GP に支払うフィーの控除前の IRR。ファンドレベルの分析ではフィーの影響を控除
したネット IRR の数値が分析されることが多い
8
セクター・レバレッジド・リターン、3)追加レバレッジ効果に分解した。彼らは案件毎
の IRR データと案件毎に設定したベンチマーク企業のデータから、対象企業(𝑅𝑈,𝑖 )と、
ベンチマーク企業(𝑅𝑆𝑈,𝑖 )のレバレッジ効果を除外したリターン(un-levered return)を算
出し、オペレーショナルな超過リターンを(4)式で定義した。
𝛼𝑖 =𝑅𝑈,𝑖 − 𝑅𝑆𝑈,𝑖
(4)
また、案件毎 IRR からオペレーショナルな超過リターンを差し引いた残差をセクター・レ
バレッジド・リターン((5)式)、と追加レバレッジ効果((6)式)に更に分解した。
𝑅𝑆𝑈,𝑖 (1+ 𝐷/𝐸𝑆,𝑖 )- 𝑅𝐷,𝑖, (1- t )(𝐷/𝐸𝑆,𝑖 )
(𝑅𝑆𝑈,𝑖 − 𝑅𝐷,𝑖 (1 − 𝑡))( 𝐷/𝐸 𝑖 -𝐷/ 𝐸𝑆,𝑖, )
(5)
+
𝛼𝑖 (𝐷/𝐸 𝑖 )
(6)
その結果、企業価値レベルでのオペレーショナルな超過リターン(35%)、セクター・レ
バレッジド・リターン(15%)、追加レバレッジ効果(50%)という分析結果となった。
彼らの分析結果は、欧州ベースの経験値の高いプライベート・エクイティファームが案件
ベースでオペレーショナルな超過リターンを生み出す能力を持つことの有力なエビデンス
である。
表4:Acharya et al.(2013)の案件ベース超過リターンの分析
出所:Acharya et al.(2013) pp383
5(2):「超過リターン」の源泉に関する実証分析
本節ではバイアウト・ファンドが生み出す「超過リターン」の源泉をキャッシュフローの
改善とバリュエーションの改善に分けて実証研究の結果を整理する。
5(2)A:バイアウト対象会社のキャッシュフローは改善したか?
バイアウト投資の価値創造理論のうちエージェンシーコスト削減仮説、節税効果仮説、及
び価値移転仮説は、互いに排他的ではなく、また仮説が正しければ対象会社のキャッシュ
9
フロー創出力を、バイアウト以前との比較において引き上げるはずである。この点を 80
年代のバイアウト案件のデータに基づき検証したのが Kaplan(1989), Smith(1989)である。
彼らの実証分析によればバイアウト対象会社のキャッシュフロー創出力は、業界調整後で
も有意にバイアウト直前期よりも高まっていた。Smart/ Waldfogel (1994)はバイアウトに
よる対象会社のキャッシュフロー創出力の改善を分析するためには、バイアウト後のパフ
ォーマンスと比較されるべきは、バイアウト前のパフォーマンスではなく、バイアウト前
の「期待パフォーマンス」であるべきと主張し、Kaplan(1989)のサンプルを再度分析し、
やはり「バイアウト後に有意に対象会社のキャッシュフロー創出力が高まっている」とい
う結果を得た。
Guo,Hotchkiss and Song(2009)は 1990 年から 2006 年までに米国で行われたバイアウト投
資のデータに基づき、Kaplan(1989)と同様の手法でバイアウトによる対象会社のキャッシ
ュフロー創出力の改善度を検証し「ベンチマーク企業との比較においてバイアウト対象会
社のキャッシュフロー創出力が高まっているとは言えない」という実証結果を得た。
Leslie/Oyer (2008)も 1996 年から 2004 年までに米国市場で行われたバイアウト投資のデ
ータに基づき Guo, Hotchkiss and Song(2009)と同様の結果を得た。Weir, Jones and Wright
(2008)、Vinten(2007)はイギリス市場及びデンマーク市場のバイアウト投資のデータに基
づき「バイアウト対象会社のキャッシュフロー創出力は、バイアウト後に悪化した」とい
う実証結果を得た。一方で、Acharya et al. (2013)による欧州でのバイアウト投資の分析
は、「欧州の有力プライベート・エクイティファームには対象会社のキャッシュフロー創
出力を有為に改善する能力がある」という結果となった。
表 5:キャッシュフロー創出力の改善:先行研究の纏め
出所:筆者作成
5(2)B:バイアウト対象会社のバリュエーションは改善したか?
バイアウト投資において観察される「バリュエーションの改善」は、オペレーションの改
善を伴わない「アンダーバリューの解消」とキャッシュフロー創出力の改善を伴った「価
値創造の相乗効果」の二つの可能性がある。
Guo,Hotchkiss and Song(2009)はバイアウト対象会社のバリュエーション(Capital/EBITDA)
が中位数で 1.04 改善したことを報告している。同期間にセクターのバリュエーションは
10
0.91、S&P のバリュエーションは 0.36 改善しているのでセクター或は市場調整後でもバ
イアウト対象会社のバリュエーションは改善していることになる。Acharya et al.(2013)
もバイアウト期間中に対象会社のバリュエーション(EV/EBITDA)が中位数で 1.02 改善し
ていることを示している。同期間にセクターのバリュエーションの改善は 0.32 であるので、
ここでもセクター調整後でバリュエーションの改善が観察されている。Guo, Hotchkiss and
Song(2009)は観察されたバリュエーションの改善について「アンダーバリューの解消」と
いう見方を、Acharya et al. (2013)は「価値創造の相乗効果」との見方をとっているが、
これは二つの実証分析においてバイアウト投資期間中のキャッシュフロー創出力の改善に
関する実証結果が異なっていることに起因するのである。
表 6:バリュエーションの改善:先行研究の纏め
出所:筆者作成
日本に関する実証分析では野瀬・伊藤(2011)が国内のバイアウト・ファンドが行った公
開維持型の投資について実証分析を行っている。増資を伴う公開維持型投資においては、
オペレーショナルな改善が有意にみられないなかで、バイアウト・ファンドは増資引き受
け時のディスカウント率によってリターンを確保していることを示し、「バイアウト・フ
ァンドはアンダーバリュー銘柄を選び出すスキルに長けており、選んだ株式の水準訂正を
実現することで自らや既存株主に対してリターンをもたらす機能があると思われる」とし
ている。
5(3):「オペレーショナルな超過リターン」を生み出すスキルに関する先行研究
Kaplan/Stromberg(2008)はバイアウト・ファンドを運営するプライベート・エクイティフ
ァームについての考察の中で「有力なプライベート・エクイティファームは 1980 年代にお
いては財務エンジニアリングとガバナンス・エンジニアリングの能力によって超過リター
ンを生み出そうとしていたが、近年では各産業分野とオペレーションに関する知識を投資
機会の発掘、投資対象会社のバリューアッププランの策定及び実行に活用することで超過
リターンを生み出そうとしている」と主張している。
プライベート・エクイティファームの運営形態としてはパートナーシップが一般的である。
そこで Acharya et al.(2013)はプライベート・エクイティファームのパートナーのバック
グラウンドが「超過リターン」とどのような関係を持つのかを分析した。結果としてオペ
レーショナルなバックグランド(コンサルタントや事業会社経験)を持つパートナーは追
加的買収を伴わない「オーガニック」な案件において「超過リターン」を生み出す傾向に
あること、財務プロフェッショナル(投資銀行、会計事務所出身者)としてのバックグラ
ンドを持つパートナーは追加買収を伴う案件において「超過リターン」を生み出す傾向に
11
あることを明らかにした。また、CEO の能力はバイアウト案件の成否を直接左右する。
Kaplan et al. (2008)はプライベート・エクイティファームが投資先の CEO 候補として検
討した 316 人のデータを用いて、CEO 候補のどのような特徴がバイアウト案件の成功と相
関を持つのかを分析し、経営計画の執行能力が、対人スキルよりもバイアウト案件の成功
には重要であることを示した。
プライベート・エクイティファームのパートナーは投資対象会社の経営陣と頻繁にコンタ
クトを持ち、財務、ガバナンス、オペレーショナルエンジニアリングプランの策定と実行
に責任を持つ。従って Kaplan/Schoar(2005)が見出したプライベート・エクイティファー
ムのパフォーマンスの継続性(Persistence)の源泉は各プライベート・エクイティファー
ムが人的資源として保有する「超過リターンを生み出すためのスキル」にあると考えられ
る。
5(4):パフォーマンスの周期性
Ljungqvist et al.(2008)は米国の 207 のバイアウト・ファンドが 1981 年から 2000 年にか
けて行った 2274 のバイアウト投資案件を対象として、ファンドの投資行動が競争環境や金
融環境などの外部環境変化にどのような影響を受けるのかを分析した。GP の経験年数とフ
ァンドの規模をコントロールしたうえで、株式市場のバリュエーションの低下、ファンド
間の競争環境の改善、デットの調達環境の改善、がファンドの投資行動を加速させること
を実証した。また、この3つのファクターは、各案件が実際に生み出すリターンにそれぞ
れ正の影響を持っていた
9
。つまり、ファンドのパフォーマンスは外部環境の変化によっ
て周期的な影響を受けるのである。また Kaplan/Stromberg(2008)はバイアウト・ファン
ドが買収時にキャッシュフローに対して支払う価格は、ブームの後半にはブームの初期よ
りも高くなる傾向を指摘している。APPENDIX3,4 に示した Harris et al.(2013)のバイアウ
ト・フ ァンド のネ ット IRR 及 び PME の分 析結 果 も周期 性を示 して おり、 Ljungvist et
al.(2008)の議論を裏付ける形になっている。
5(5):
サンプル・バイアスへの対処:ファンドレベルデータの活用
個別案件レベルの実証分析においては研究者が分析対象とするデータは、それぞれに大き
なバイアスを抱えていることが多く、実証研究から理論面へのインプリケーションを引き
出す際にこれらのバイアスへの十分な配慮が必要となる。「ファンドレベル」のデータベ
ース構築が大きく進展したことにより、個別案件ベースの実証分析のサンプルをファンド
レベルによって精査することが可能となってきた。Acharya et al. (2013)ではこの手法に
よりサンプル・バイアスのチェックを行っている。彼らが分析対象とした 395 のバイアウ
ト案件は 48 のバイアウト・ファンドから抽出されたサンプルである。彼らはこの 48 のフ
ァンドのネット IRR の数値を同期間のファンドレベルのデータと比較することでサンプ
9
彼らの分析結果を Appendeix5 に示した
12
ル・バイアスの可能性を検証している。
表 7:Acharya et al(2013)のファンドレベルデータ:ネット IRR 1991-2005 年
出所:Acharya et al.(2013) pp378
結果として彼らが個別案件を抽出した 48 のファンドのネット IRR からは有意なサンプル・
バイアスは認められない。また、彼らのサンプルと同期間の米国バイアウト・ファンドの
ネット IRR を Harris et.al(2013)のデータを活用して算出してみると、平均で 12.85%、
中位数で 12.80%となり、同期間には欧州のバイアウト・ファンドが米国のバイアウト・
ファンドを大きくアウトパフォームしている状況が確認できる。
ファンドレベルのデータ整備が大きく進展したことを受けて、今後の個別案件ベースの実
証分析においては Acharya et al. (2013)と同じ手法でサンプル・バイアスを検証するこ
とが求められる。また、個別案件ベースの分析にあたっても、パフォーマンス指標として
ファンドレベル分析で標準的な IRR と Total Value to Paid-In Capital(TVPI)を用いるこ
とが検証プロセスの有効性を増すことにつながる。
☆☆☆
事実3:パフォーマンスの「持続性」を有する欧米のプライベート・エクイティファーム
の個別案件を対象とする実証分析によれば、彼らの運営するバイアウト・ファンドは投資
先企業に対してオペレーショナルな超過リターンを生み出している
事実4:この超過リターンの源泉はキャッシュフロー(CF)創出力の改善とバリュエーシ
ョンの改善の双方である。有力プライベート・エクイティファームにはガバナンス・エン
ジニアリング、ファイナンシャル・エンジニアリング、オペレーショナル・エンジニアリ
ングによって価値創造理論を実践するスキルが存在する
事実5:バイアウト・ファンドの投資行動とリターンは株式市場のバリュエーションの低
下、ファンド間の競争環境の改善、及びデットの調達環境の改善という外部環境の変化か
ら正の影響を受けるため、結果として周期性を示す
13
6.バイアウト投資の生み出す超過リターン:我が国の事例分析
本節では日本におけるバイアウト投資の事例を分析する。分析対象はユニゾン・キャピタ
ルが回転寿司チェーンを経営する「あきんどスシロー」に対して行ったバイアウト投資で
ある。2007年から5年間の投資期間に同社の売上高は 75%、EBITDA は 151%の成長を
果たしたのだが、オペレーショナルな超過リターンの観点からはどのような結果となって
いるのかが本節の分析の視点である。
6(1)投資案件概要
回転寿司業界2位の企業として東証 2 部に上場していたあきんどスシローは 2007 年に敵対
的買収の危機に直面した。同社の最大の競合相手であるカッパ・クリエイトの最大株主で
ある株式会社ゼンショーが同社株式の 27%を創業家から取得し、筆頭株主となったのであ
る。同社経営陣は独立系プライベート・エクイティファームであるユニゾン・キャピタル
に支援を求め、ユニゾンはスシローの成長資金を第三者割当増資によって提供し、同社の
17.3%の株主となった。その後経営陣とユニゾンはゼンショーとの交渉を進め、2008 年 9
月には創業者とユニゾンがゼンショーの保有分も含めたスシローの全株式を取得するため
の公開買付を実施し、同社を非公開化すると同時にレバレッジの導入を行った。
その後ユニゾンは、ブランドの統一、店舗外観・内装の刷新などのオペレーショナルな改
善を進めるとともに、経営チームを刷新し、ストックオプション制度を導入するなど同社
のガバナンス体制を強化した。結果として同社は業界他社をアウトパフォームする売上高
成長率を示し、2011 年には業界1位となった。2012 年にユニゾンは同社を欧州系のプライ
ベート・エクイティファームに売却し、同社への投資を回収した。ユニゾンの投資期間に
スシローの売上高は 639 億円から 1118 億円へ、EBITDA は 41 億円から 103 億円へと成長し
た。また非公開化に伴い導入したレバレッジの削減も 09 年の純有利子負債額 70 億円が 12
年にはマイナス 16 億円へと大きく進展した。
ユニゾンのあきんどスシローへのバイアウト投資はどの程度のオペレーショナルな超過リ
ターンを生み出したのであろうか?次節では Acharya et al.(2013)を参考にこの点を定量
的に分析する。
6(2):分析手法
あきんどスシローへのバイアウト投資は投資回収済であり、エクイティ投資家に対する投
資 CF デ ー タ が 投 資 時 点 か ら 投 資 回 収 時 点 ま で 入 手 可 能 で あ る 。 そ こ で 、 Acharya et
al.(2013)を参考にエクイティ投資家に対するリターン(𝑅𝐿,𝑖 )のデータを以下の3つの構成
要素に分解する。𝑅𝐿,𝑖 はエクイティ投資の元本に対する回収額の成長倍率(TVPI)である。
14
(1) 案件ベースの超過リターン: 𝛼𝑖
(2) セクターのレバレッジド・リターン:𝑅𝑆𝐿,𝑖
(3) 追加レバレッジ効果:𝑅𝐿,𝑖 − 𝑎𝑖 − 𝑅𝑆𝐿,𝑖
本稿では案件ベースの超過リターン𝛼𝑖 を
𝛼𝑖 =𝑅𝑈,𝑖 ー𝑅𝑆𝑈,𝑖
(7)
として定義する。ここで、𝑅𝑈,𝑖 は Enterprise Value (EV)の投資期間における成長倍率であ
り、𝑅𝑆𝑈,𝑖 は各案件における比較対象企業の投資期間における Enterprise Value (EV)の成
長倍率の加重平均値である。
6(3):分析結果
上記の手法でユニゾンによるあきんどスシローへのバイアウト投資案件からの TVPI(非掲
載)を3つの要素に分解した。結果は、オペレーショナルな超過リターンが 35,9%、セク
ターのレバレッジド・リターンが 16.7%、追加レバレッジ効果が 47,5%という結果となっ
た。表 8 では Acharya et.al. (2013)の分析結果と本節の分析結果を比較した。
表 8:Acharya et.al. (2013)と本稿の分析結果の比較
出所:筆者作成
本節の分析は特定の我が国プライベート・エクイティファームの特定の投資に関するケー
ススタディであり、この分析結果から一般化した結論を述べることは不適切である。しか
しながら、その分析結果は、
「日本のプライベート・エクイティファームもオペレーショナ
ルな超過リターンを生み出す能力を持つ」ことを強く示唆する内容となっている。
7.結論と今後の課題
バイアウト・ファンドを運営するプライベート・エクイティファームは財務エンジニアリ
ング、ガバナンス・エンジニアリング、オペレーショナル・エンジニアリングを通じて投
資対象企業に比較対象企業を超えた超過価値を生み出すことを目標として活動している。
また、投資対象企業のポートフォリオとしてのファンドレベルでは、投資家である LP から
徴収するフィーの控除後で市場インデックスをアウトパフォームすることを目標としてい
る。
15
Kaplan/Schoar (2005)を嚆矢としてバイアウト・ファンドは長期に渡り、フィー控除後の
ネットリターンで市場インデックスをアウトパフォームしているとする実証研究が近年蓄
積されつつある。また、80 年代後半から蓄積された投資案件レベルの実証分析からは「欧
米の有力プライベート・エクイティファームはオペレーショナルな超過リターンを繰り返
して生み出すスキルを有している」というコンセンサスが形成されてきた。また、欧米の
先行研究と同様の手法で日本のバイアウト投資案件を分析した結果、日本のプライベー
ト・エクイティファームにもオペレーショナルな超過リターンを生み出す能力が存在する
ことを強く示唆する結果となった。一方で、バイアウト・ファンドのパフォーマンスはフ
ァンド間の競争環境と、金融市場、とりわけ株式市場とデットファイナンス市場の状況に
よってサイクルを示すことも証明されてきた。
プライベート・エクイティファームが外部環境の変化によって生み出されるパフォーマン
ス・サイクルを超えて存続し続けるためには、財務エンジニアリング、ガバナンス・エン
ジニアリング、オペレーショナル・エンジニアリングの領域において組織スキルを有して
いることが不可欠であろう。では、これらの組織スキルとはどのようなものであり、それ
らのスキルは組織内でどのように蓄積・発展していくものなのか、という点について研究
者の間に有力な理論モデルが構築されているとは言えない。有力なプライベート・エクイ
ティファームがバイアウト投資によって継続的に価値を生み出していることが証明されて
きたことを踏まえて、彼らが有する組織スキルの理論モデル構築と、ファンドレベル・投
資案件レベルのデータを用いた理論モデルの検証を行うことが今後に残された課題である。
16
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出所:McKinsey & Company May/2011
19
出所:Harris et al.(2013)
Table IV
20
出所:Harris et al.(2013)
Table
IV より筆者作成
21
出所:Harris et al.(2013)より筆者作成
22
APPENDIX5:パフォーマンスの周期性に関するエビデンス
出所:Ljungvist et al.(2008) Table 6
23