トール社に見る 海外子会社マネジメント

特 集
トールとは ②
特 集
トールとは ②
中編
トール社に見る海外子会社マネジメント ― 日本郵便の海外展開戦略について ―
険のユニバーサルサービス等を適切・
トール社に見る
海外子会社マネジメント
確実に提供し続けるため、
④グローバル展開については、トール社
の豊富なM&A実績やグローバルな経
営手腕を活かし、アジアおよび欧米地
中編
― 日本郵便の海外展開戦略について ―
東海大学 観光学部 教授
立原 繁
域での更なるM&A等を通じて、物流
画像:トールグ
ループ HP より
http://www.
tollgroup.
com/onetoll
(1)
豪州物流企業トール社の子会社化
日本郵政による豪州物流企業トール社
ブライアン・クルーガー氏(左)とレイ・ホースバーグ氏(右)
画像:トールグループ HP より
http://www.tollgroup.com/leadership
お応えするために、この戦略を通じて独
ーストラリア人の「レイ・ホースバーグ
速させるため、
自の成長モデルを追求することになる。
(Ray Horsburgh)
」
氏が勤め、総数7人の
(2)トール社の概要
取締役のうち、4人が日本郵政からの日
本人で占められ、社長・議長を含む3人
し、アジアおよび欧米地域におけるグ
トール社の登記簿上の社名は、
「トー
がオーストラリア人である。この7名の
ローバルな事業展開を強力に推進す
ル・ホールディングス・リミテッド(Toll
取締役には、日本郵政の権限規程の契約
るため、
Holdings Limited)
」で、所在地は豪州・
があり、経費や投資等に対しての事前承
③3PL事業のノウハウを習得し、国内
メルボルン、設立は1888年で、
「Albert
認・報告義務等が課せられている。
物流事業をさらに協力に推進するた
Toll 」
氏が荷馬車による石炭運送会社を
め、
設立したのが起源である。
の子会社化は、2015年2月18日に日本
である。
郵政と豪州物流企業大手のトール社との
株式取得の背景には、日本郵政が抱え
1993年にASX
(オーストラリア証券取
引所)に上場し、1995年よりオーストラ
2014年6月期の連結売上高は約8,175
リア国内での様々なM&Aにより成長を
億円で、従業員数約40,000名である。主
加速させ、2003年にはニュージーラン
買収実行契約を締結したことによって実
る様々な事情がある。それらは、
要業務は、
「豪州で強固な事業基盤を保
ドへ進出した。2006年にM&Aによりア
現した。実際には、2015年5月28日に、
①国内郵便市場の縮小の中、収益を強化
有し、安定的な収益を確保しつつ、アジ
ジア市場への進出を開始、2010年には
トール社の100%の株式取得(子会社化)
するための新たな事業基盤の獲得に
ア太平洋地域では、フォワーディング事
北米に進出している。そして、2015年に
により完了したことになる。
向けて、M&A等による事業拡大を検
業・3PL(コントラクト・ロジスティク
日本郵政の子会社化(日本郵政グループ
討する必要性に迫られていたため、
ス)
事業に強みを持つ総合物流企業」で
参入)を決めている。
②中期経営計画の実現のため、お客様の
ある。現在、約280社の子会社を保有し、
日本郵政のトール社株式取得の目的と
しては、
26
である。
買収し、物流事業における国際化を加
実績やグローバルな経営手腕を活か
5.トール社の概要
ーとなることを目指すため、
日本郵政は、お客様の多様なニーズに
②トール社の豊富な3PL事業の経験・
(*前号からの続き)
業界におけるリーディングプレイヤ
①海外間のフォワーディング事業(航空・
多様なニーズにお応えする独自の成
資源輸送を中心としたビジネスモデルで
海上・陸上貨物輸送)
、海外における3
長モデルを追求する必要があったた
ある。
PL(コントラクト・ロジスティクス)
め、
事業へ進出するため、トール社を海外
③引き続き日本のお客様には、郵便局ネ
展開のプラットフォーム企業として
ットワークを活用した郵便・貯金・保
(3)
事業セグメントの概要
トール社は、約280社を束ねる持ち株
社長(MD)は、
オーストラリア人の「ブ
会社であるトールグループの傘下に、5
ライアン・クルーガー(Brian Kruger)
」
つ(①宅配、②国内フォワーディング、③
氏で、取締役会・議長(chairman)もオ
国際フォワーディング、④国際ロジステ
35
27
特 集
中編
トール社に見る海外子会社マネジメント ― 日本郵便の海外展開戦略について ―
ィクス、⑤政府・資源関係)の事業セグメ
いる。近々のトール社の経営成績は、日
ト(イオングループの豪州子会社)
生産
ントを運営している。この5つのセグメ
本郵政グループの子会社化前であった前
の牛肉の輸送である。冷蔵・冷凍の特殊
ントは、ネットワーク事業(①宅配、②
年同月期との比較では、営業収益、営業
コンテナによる豪州タスマニア島から日
国内フォワーディング、③国際フォワー
利益ともに減少している。
本(大阪港)
到着までの輸送手配で、貨物
ディング)とコントラクト事業(④国際
事実、2016年3月期の営業収益は6291
ロジスティクス、⑤政府・資源関係)の2
百万豪ドルで、前年同期と比較して2.6%
つから成り立っている。
の減少である。また、営業利益は、3前年
トール社の受託業務範囲としては、豪
同月比6.2%の減少で、199百万豪ドルに
州タスマニア島から日本(大阪港)まで
とどまっている。
の輸送手配及び特殊コンテナの手配であ
以下、5つのセグメントの簡単な概要
である。
①Global Express (TGX)【宅配】
さらに、先日発表された2017年3月
量は年間20フィートコンテナ360本程度
に達する量である。
り、①豪州タスマニア島内の陸上輸送(
オーストラリア・グローバル市場に
期の第1四半期の決算でも、減益基調は
精肉加工場からバーニー港までの陸送)、
おける速達便や時間指定便の配送サー
続いており、前年同期期より、営業収益
②豪州タスマニア島から豪州メルボルン
ビス
で189百万豪ドルの減少、営業利益で43
までの海上輸送、③豪州メルボルンから
百万豪ドルの減少となっている。
日本(大阪)までの国際間の海上輸送手
②Domestic Forwarding (TDF)
【国内フォワーディング】
オーストラリア・ニュージーランド
におけるパレット輸送
③Global Forwarding (TGF)
【国際フォワーディング】
国際物流及びサプライチェーンの管
理、これに付帯するサービス
④Global Logistics (TGL)
【国際ロジスティクス】
アジア・太平洋地域におけるサード・
パーティ・ロジスティクス(3PL)
事業
⑤Resources & Government
Logistics (TRGL)【資源・政府関連】
オーストラリア・アジアにおける資
源輸送及び政府分野におけるサービス
(4)トール社の経営成績
トール社の損益は、2015年7月から日
本郵政グループの連結決算に反映されて
28
トールとは ②
これは、オーストラリア経済が、資源
価格の下落等の要因により引き続き厳し
い状況下にあるとこが要因である。特に、
ネットワーク物流事業が固定費がかかる
配および豪州輸出に必要な書類の手配、
を含むものである。
(2)トール・シティ(物流拠点)の建設
画像:トールグループ HP より
http://www.tollgroup.com/about-japan-post
可能性があるビジネスへの進出である。
7.日本郵政が
トール社にすべきこと
ことから大きな影響を受けている。今後
トール社は、アジアでのサービス拡大
現時点で、日本郵政がトール社に対し
されなるコスト削減等の諸施策の継続的
を加速するため、アジアの中継港として
て行っておかない事は、
「ガバナンス」の
な実施により収益の改善を図っていくこ
名高いシンガポールに新たな物流拠点
徹底であることは、前編でも述べたこと
とが必要である。
一方、コントラクト物流事業は堅調に
推移しているところである。
6.トール社による
新規事業
「トール・シティ」を建設中である。2017
である。具体的には、
年の夏頃に稼働予定である。トール・シ
①「企業理念」
、
ティは、延床面積約101,300㎡、5階建て
②「経営戦略」
、
で、8万L燃料タンク・自動トラック洗
③「組織・トップマメジメント」
、
浄機・危険物管理設備等を有するもので
④「規程・制度」
等
ある。
を日本郵政はトール社に対して、その期
建設地は、シンガポール政府が新たに
待と、親会社と子会社それぞれの役割と
開発中のトウアス港エリアに隣接してお
責任を明確にすることが必要である。日
トール社は、日本の小売業大手のイオ
り、航空・海上輸送に加え、マレーシア
本郵政が事業運営の細部まで日常的に指
ンとタスマニアビーフの輸送についての
を経由した陸送にも適した立地である。
示せずとも、トール社自らその役割と責
(1)
「イオン」タスマニアビーフの輸送
新規ビジネスを始めた。
具体的には、タスマニアフィードロッ
シンガポール政府との連携によって、
付加価値が高く、今後の活用についての
任を果たすことが出来るよう、この4つの
要素から優先的に導入する必要がある。
35
29
特 集
企業理念とは企業の目的、利害関係者
運用などの「会社運営上重要な事項」に
の責任と権限が海外子会社に委譲される
るが、日本郵政は執行組織の過半数を日
ついては、重要性基準として一定の金額
ことになる。したがって、本社が特定の
本郵政からの役員で構成することを選択
を設定し、事前承認を求めることが一般
事業や地域におけるマーケティング戦略
している。
的である。
(4)
規程・制度
日本郵政はトール社について、これら
上記の規程・制度を適応している。
業の戦略をとりまとめ、必要に応じて方
親会社と子会社の関係について、お互
このように親会社の承認や報告を必要
向づけや目標設定を行い、全体戦略とし
いの間に誤解のないように詳細に決めて
とする事項を決める一方、子会社が規程
て最終化する必要がある。
文章化することが「規程・制度」である。
を定め自主管理出来る事項を決めてお
日本郵政は、トール社を含むグループ
親会社と子会社の関係に関して最も重
く必要がある。人事規程、経理規程、I
が行うM&A戦略の検討、グループ内各
要な決めごとは「権限委譲の範囲」につ
T規程など会社運営の基礎をなす重要な
社統合(水平および垂直)
戦略によるシ
いてである。
規程(ポリシー)である。さらにその下の
どこまでの権限を親会社である本社が
概念として、実務上の細かな「ルール(細
(資金・人材・ノウハウ等)
再配置などを、
留保し、どこから先の権限を子会社に委
則)
」や「手順(マニュアル)
」を制定する
が社は何のために存在するのか、事業を
経営戦略として決定化しなければならな
譲すつかという点については極めて重要
ことになる。
通じて誰に、どのように貢献するのか」
い。
事項である。具体的には、
(ステークホルダー)
、倫理観、価値観、
ナジーの追求、新規分野への戦略的資源
基本戦略などについての方針である。
「我
を社内外に明らかにする必要がある。
日本郵政とトール社のように国境を越
(3)
組織・トップマネジメント
①親会社の決裁(事前承認)が必要な事
項、
えたグループ経営において企業理念は存
日本の本社は戦略策定後、その実施に
②子会社の取締役会決議が必要な事項、
在するだけでは浸透しない。日本郵政の
向けて海外子会社の組織とトップマネジ
③子会社トップ(社長ないしCEO)が単
理念をトール社社員も理解し、共鳴出来
メントを決定することが基本である。経
るように必要に応じて再定義し説明を加
営の現地化の必要性からトップおよび取
④親会社に報告が必要な事項、
え、積極的に周知する必要がある。日本
締役会の議長を現地の人間にすることが
⑤子会社が規程を整備して自主管理でき
郵政トップが常に言動と姿勢でグローバ
多々見られる。実際、日本郵政もトール
る事項、
ルグループに属する全員に明確なメッセ
社に対してそのようなトップマネジメン
である。
ージとして発信し続けることが重要であ
トを決定している。また、
「人の派遣によ
①については、たとえば会社定款・取
る。
るガバナンス」も確保したいとの考えか
締役会・決算期間などの重要事項の変更、
ら、執行組織に最低限の常勤者を派遣す
事業計画・年度決算関連、合併や会社分
るのも一般的である。日本郵政もこの体
割、
会社株式、
役員の就任・退任などの「会
制を組んでいる。
社のフレームワークに係わる事項」は無
(2)
経営戦略
グローバル経営におけるグループ全体
トール社の場合、日本郵政の子会社化
以前にすでに存在していたルール(細則)
手順(マニュアル)を基板に策定してい
る。
(次号に続く)
独で決定できる事項、
経営現地化が進展したトール社のよう
条件に親会社の事前承認を求めることが
本社の責任で行うべきものである。ただ
な海外子会社に対してどのようなポスト
一般的である。また、④についての、設
し、グローバル経営が進展すると、機動
に日本人駐在員を派遣すればガバナンス
備投資や資産の処分、出資や借入、資金
戦略の策定は、グループ理念の決定同様、
30
― 日本郵便の海外展開戦略について ―
上有効なのか。たいへん難しい問題であ
必要はない。しかし本社は、各国・各事
(1)
企業理念
中編
トール社に見る海外子会社マネジメント 的な事業運営実現のため広範な事業活動
などの個別戦略や戦術に細かく介入する
画像:トールグループ HP より
http://www.tollgroup.com/technology
トールとは ②
立原 繁
(たちはら しげる)
1959年生まれ。東海大学大学院経済学研究科
博士課程修了。東海大学政治経済学部教授、平
和戦略国際研究所教授を経て2010年4月か
ら現職。専門は比較経営論、産業政策論、郵政
事業論。主な著書として『会社から社会へ』、
『変
革期の郵政事業』、
『現代経営』、
『21世紀の人間
の安全保障』など多数。
35
31