病態生理からアプローチした薬物療法 血栓症(thrombosis)

病態生理からアプローチした薬物療法
血栓症(thrombosis)
血栓症は、血管内に血栓( 血の塊 )が形成され、血流障害が
起こる病 態である。また血栓 塞栓 症とは血栓 が別の場所に飛
百瀬 弥寿徳
び、血管をふさぐ疾患である。血栓症は、血栓ができた部位の下
位で虚血や
塞を引き起こし脳
塞や心筋
東邦大学名誉教授
塞など重篤な疾
患を誘発する。本稿では血栓症の病態生理について解説する。
血栓形成と血栓症の病態
血栓症の分類
血管が損 傷して出血すると、血小 板機 能や凝固系な
血栓症は静脈血栓症と動脈血栓症に大別される。
どの血栓 形 成作用が 促 進されて止 血する。一方、血管
①静脈血栓症
損傷がなくても、何らかの原因により血栓が生じ血管を
静脈内で血栓 形成が起こる疾 患である。静脈 血栓 症
閉塞する病態が血栓症である。止血が生体防御機構で
は、長期臥床、脱水、多血症、肥満、妊娠、下肢骨折、下
生理的現象にあるのに対して血栓症は病的現象といえる。
肢麻痺、癌、心不全、ネフローゼ症候群、静脈血栓症の既
血栓は動脈より静脈に生じやすい。ピルなどの女性ホル
往などを有した患者で発症しやすい。
モンや副腎皮質ステロイド薬、止血剤、白血病治療薬など
深部静脈血栓症:深部静脈( 筋膜より下部を走行する静
の医薬品の服用によっても血栓症が発現することがある。
脈 )の内部で血栓が形成される。大
図1は血小板系の一次血栓を形成する分 子機構の模
静脈が好発部位で、エコノミークラス症候群としても広く
式図である。血管内皮がはがれると内皮下組織に粘着蛋
知られる。発症部位に腫脹・ 痛・発赤が見られる。
白質 vWF が結合し、血小 板の糖 蛋白質 GP1b に対する
肺血栓塞栓症:静脈内で形成された血栓が、肺に塞栓を
結合能を獲得する。粘着・活性化血小板はアデノシン5'-
形成するものである。肺静脈が完全閉塞を起こすとそれ
リン酸(アデノシン二リン酸、ADP)やトロンボキサンA 2
より末梢の肺組 織が壊死を起こす。初期の症状としては
(TXA 2 )など血小板凝集物質を放出し、フィブリノーゲン
息苦しさや呼吸困難を伴う。予後は極めて悪い。血栓の
静脈などの下肢の
をブリッジに一次血栓を形成する。血栓形成は、次の 3 つ
形成の原因疾患としては、深部静脈が最も多い。
のうち1つ以上の異常によって起こる(これをウィルヒョウ
この他、静脈血栓症としては門脈血栓症、腎静脈血栓
の三要素と呼ぶ)。
①血液組成(凝固能亢進または血栓形成傾向)
:凝固能
図1 血小板凝集粘着の分子機構
亢進状態は遺伝子欠損や自己免疫疾患などが原因となる。
②血管壁の状態(内皮細胞障害)
:喫煙、高脂血症、高血
ADP
TXA2
圧、肥満、糖尿病などが原因で血管内皮細胞が傷つき血
③血流の状態(うっ血、乱流)
:血流障害の原因は、血管
内皮傷害部位の遠位における血流の停滞や心不全などで
起こる静脈血のうっ滞、あるいは航空機搭乗時のような
凝集
栓が形成される。
フィブリノーゲン
GP2b/3a
内皮細胞
血小板
長時間座位保持(エコノミークラス症候群)などである。
心房細動も血栓塞栓症の原因となる。がんや白血病のよう
な悪性腫瘍は血管内部を伸展し血栓症のリスクを高める。
8 ファーマシストぷらす 2014 No.2
血管内皮下組織
GP1b
粘着
vWF
図2 抗血栓療法に用いられる薬剤
治療法
抗血小板療法
目 的
抗凝固療法
線溶療法
⃝血栓形成を抑制する
薬剤名
A薬
作用・性質
B薬
⃝血栓を溶解する
C薬
D薬
E薬
F薬
⃝ COX を抑制して、血 ⃝血 小 板 の ADP 受 容 ⃝ATがヘパリンによっ ⃝ビ タミン K 拮 抗作用 ⃝フィブリン親 和 性 が ⃝フィブリン親和 性 が
体 を 阻 害して、血 小
小板内での TXA 2 産
て活 性化され、凝固
に より、肝で のビタ
高いため、血栓 内 の
低いため、血栓 内だ
生を 阻害 する。これ
板の凝集および放出
因子不活性化作用を
ミン K 依存性凝固因
プラスミノゲンを効
けでなく血管内のプ
により血小板活性化
を抑制する。
著しく促進させる。
子(Ⅱ、Ⅶ、Ⅸ、Ⅹ) 率的に活性化する。
ラスミノゲンも活 性
が抑制される。
の合成を阻害する。
化させる。
投与法
経口
経口
静注、皮下注
経口
静注
静注
作用発現
早い(約 1 時間)
遅い(約 24 時間)
早い
遅い(4 ∼ 5 日)
早い
早い
数時間
数日
数分
数十分
持続時間
約 1週間(血小板寿命) 約 1週間(血小板寿命)
⃝虚 血性心疾患
⃝脳 血管障害
適 応
⃝脳 血管障害
⃝血管塞栓症
⃝血管塞栓症
⃝血管内治療が行われ ⃝ D
IC
⃝人 工弁置換後
る虚血性心疾患
⃝体外循環装置使用時 ⃝心 房細動
⃝超 急性期脳 塞( 発 ⃝深 部静脈血栓症
症後 3 時間以内)
⃝肺 塞栓症
⃝急 性心筋 塞( 発症
後 6 時間以内)
[参考文献 2)より一部改変]
症、頚静脈血栓症、バッド・キアリ症候群、脳静脈洞血栓
は血栓が溶解して小さくなっていることを意味し、血栓溶
症などがある。
解の指標となることから、血栓溶解療法のモニターとして
②動脈血栓症
も活用される。Dダイマーの基準値は1μg/ml 未満である。
動脈内に血栓形成が起こる疾患である。動脈血栓はア
血栓症の予防と薬物治療は血栓をできにくくし、できた
テローム( 粥 腫 )の破 綻に伴って形成されるため、アテ
血栓を溶かすことが基本である。抗血栓薬は血小板に作
ローム血栓症ともいわれる。動脈 血栓症( 脳梗塞、心筋
用する抗血小板薬、凝固因子に作用する抗凝固薬、血栓
梗塞、末梢動脈血栓症など)は、動脈硬化の危険因子で
を溶解する血栓溶解薬の3種類に分類される(図2)。
じゅく しゅ
ある糖尿病、高脂血症、高血圧、高尿酸血症などを有した
患者で発症しやすい。
脳
塞:脳への血液供給が阻害されることによって脳の
まとめ
機能が急激に傷害される疾患であり、虚血、血栓、塞栓お
よび出血によって起こりうる。血栓性脳卒中では、通常、
血栓症に起因する心筋梗塞や脳梗塞などはときに重
血栓は動脈硬化(アテローム性硬化)による血管の粥状
篤な病状を呈し死に至ることも少なくない。日本人の死亡
隆起(粥腫、プラーク)周囲に形成される。動脈の閉塞は
原因の第1位はガンであり、第2位は心疾患、第3位は脳
徐々に起こるため、血栓性脳卒中の症状出現は比較的緩
血管障害である。見かたを変えれば、2位の心疾患の約
やかである。
90 %は心筋梗塞、3位の脳血管障害の約 70 %は脳梗塞
心筋
であることから、血栓症が日本人死亡原因のトップになる
塞:心筋が虚血により組織壊死をきたす疾患であ
り、冠動脈の血栓による閉塞が発症原因となる。
とも考えられる。血栓症は抗凝固療法などの薬物療法に
よりある程度コントロール可能な疾患である。また血栓症
診断と治療
の基礎 疾 患と考えられる生活習慣 病などは食事や運動
療法が有効である。服薬指導の際「食事に気をつけてい
ますか」
「散歩をしていますか」などと優しく声をかけるこ
血栓症の診断には CT、MRI および超音波検査が用い
とも患者さんの信頼を得る上で有効であろう。何気ない
られる。さらに確定診断には血管造影検査が用いられる。
会話の中で血栓症に起因したと思われる症状が疑われる
また血液検査においてはDダイマーが血栓症の診断に用
ときには、いち早く専門医の受診を薦めることが重要であ
いられる。Dダイマーは、血栓(フィブリン)がプラスミン
る。早期発見、早期治療は予防あるいは予後の上からも
によって分解される際の生成物で、血栓症発症の数日後
極めて大切であることが改めて認識される。
にピークとなり約1週間以内に正常値に戻る。Dダイマー
値の上昇は生体内で少し前に血栓が形成されたことを意
味する。また、Dダイマー値がどんどん下がっている場合
〔参考文献〕
1)NEW 薬理学改訂第6版(南江堂)2011.
2)病気がみえる Vol.5 血液(メディックメディア)2008.
ファーマシストぷらす 2014 No.2 9