第 61 回 ∼エフエム福岡のサラウンド番組制作∼ これまでも本稿では、地方局のサラウン 井上 哲 い内容である。 きたが、今回は地方の FM 局が放送したサ 現場の収録体制 サラウンドミックスは、新社屋に新設し ラウンド番組についてレポートしてみたい コンサートはエフエム福岡と、FBS 福 たサラウンド対応の D スタジオ(写真 7) と思う。 岡放送がともに収録を行った。事前にマ で行なわれた。スタジオのメインコンソー イク数や分岐を極力減らすための調整を ルは TAMURA・AMQ1100、モニター 行い、楽器用のマイクは基本的に PA や は GENELEC8030A+7060B というシ ド制作に関連する話題を数多くお伝えして 電気ホールさよならイベント スペシャルラストコンサート ポストプロダクション FBS に用意してもらったものを、ダイレ ステムである。サラウンドミックスされた エフエム福岡は、1970 年に放送を開 クトアウトやグループアウトなどを混在 ディスクリートのバスアウトに加え、それ 始した民放 FM 局で、昨年 11 月に新本社 させながら収録したようである。 (写真 3) を SRS エンコードしたステレオ音声、デ への移転を完了し、新たにスタジオ設備も それに加え、サラウンド用に SANKEN・ コードしたサラウンド音声の 3 つを聴き サラウンド対応となっている。 CUW-180 を独自にホールに吊り(写真 比べながらのミックスで、収録日から 1 4 月 12 日に特番として放送された「電 4) 、インプット数は 50 回線を超える規 週間での放送という事もあり、色々と苦労 気ホールさよならイベント スペシャルラ 模になったそうだ。 はあったようだ。 ストコンサート」 (写真 1)では、局とし 録音は、福岡に拠点を持つレコーディ て初のサラウンド放送を、SRS サークル ングプロダクション・hertz ㈱の所有す 担当エンジニアに聞く サラウンドⅡ方式で実現した。 る音声中継車(写真 5・6)を使用して 今回ミックスを担当したのは、エフエ このコンサートは、57 年の歴史を誇り、 いる。hertz ㈱は福岡の放送局でエンジ ム福岡のエンジニア、 生越盛幸氏(写真 8) クラシック・ジャズ・演劇・日本舞踊など ニアとしてのキャリアを持ち、筆者の友 である。地元テレビ局のエンジニアとし 様々なイベントを開催、カラヤン率いるベ 人でもある永野浩禎氏が 2006 年に設立 てキャリアをスタートさせており、筆者 ルリンフィルの公演もおこなったという、 したばかりの会社であるが、小型で機動 も現場で一緒に仕事をした仲間でもある。 福岡が誇るコンサートホール「電気ホール」 性に優れたサラウンド対応の音声中継車 その後現在のエフエム福岡に移り、新社 を持ち、既にライブ収録や、福岡ドーム 屋のスタジオ設計などで中心的な役割を フィナーレを飾るラストイベントとして、 でのプロ野球サラウンド中継で活躍して 担っている。 地元放送局であるエフエム福岡と FBS 福 いる。この車でサラウンドでのモニター 井上:お久しぶりです。エフエム福岡に 岡放送が協力して開催されたものである。 ミックスをしながら、車載の ProTools 移って早々にサラウンドを実現したとい 九州交響楽団の演奏をバックに中孝介、 と TASCAM X-48 でマルチトラック収 うニュースを聞き、嬉しく思います。生 森口博子、森進一が歌うという中々興味深 録をおこなったそうである。 越さんとは、数年前にプロ野球中継を一 写真1 電気ホール スペシャルラストコンサート 写真2 電気ホールのある電気ビル別館 (写真 2)が閉館するということで、その 写真3 会場 PA 卓から 49 FDI・2009・05 写真4 ホールに吊られた SANKEN・CUW-180 緒にやって以来ですね。 生越:そうですね、あの時はサラウンドの 写真5 hertz 音声中継車・後方 サラウンドの研究を行っていました 写真6 hertz 音声中継車・車内 ですよね、使い勝手は如何でしたか? 井上:そうですか。今回の番組をサラウン 生越:ラジオ局は技術よりもディレクター 第一人者の井上さんと一緒に仕事が出来 ドで放送することになったきっかけは? が卓を操作することが多いため、極力シ るということで、すごく緊張していたの 生越:コンサートを収録することが決まっ ンプルなデザインのもので、かつ機能は てから、電気ホールの最後をサラウンド 充実したものをと思い AMQ1100 を選 井上:僕も、あの時福岡の皆とサラウンド を覚えています。 で飾ろうと技術側から提案しました。ま 択したのですが、マスターバス、グルー 談義をしたのをよく覚えています。あの た、テレビでも放送があったため、ステ プバスの設定がいろいろ選べるので、今 頃から福岡はサラウンドに熱かったよね。 レオで放送するテレビと差別化をする意 回のように、バス、エンコード、デコー 味もありました。 ドアウトなど、サラウンドとステレオを 生越:そうですね。私が前の会社にいた頃 は、福岡ではまもなくデジタル放送開始 井上:やはりエンジニアからの提案は大 という時期だったので、もちろんみんな 事ですよね。でも初のサラウンド放送 井上:放送は SRS エンコードということ サラウンドの経験などはほとんど無い状 という事で、社内調整も大変だったと で、これもディスクリートとは大分違う 況でしたが、地下倉庫に仮設のサラウン ドルームを作り、皆で研究していました。 思いますが。 生越:もちろん費用もかかるので社内調整 聞き比べながらのミックスも簡単でした。 ミックスが必要だったと思いますが? 生越:そうですね、ディスクリートでは、 その熱意が伝わったのか、 「実際にデジ は厳しいかとも思っていたのですが、新 曲の途中で「日本一 !」という声援がき タル放送が始まる前に、現場でサラウン 社屋に移転したばかりだったこともあ れいに後ろから聞こえたのですが、デ ドミックスをしてみては」という提案を り、新しいことをやってアピールしよう コードアウトではそれほど後ろに感じら 頂き、車に機材を持ち込みセッティング という会社の方針とも一致し、営業も制 れませんでした。後ろから聞こえるよう 作も積極的に協力してくれました。 に試行錯誤したのですが、納得いく成果 して、サラウンドミックスやダウンミッ クスによる放送を行っていました。 井上:なるほど。福岡のテレビ局はその後 井上:それは良かったですね。でも実際に は色々と苦労もあったでしょう。 があげられませんでした。 今後は SRS の特徴をもっと研究して も野球や博多山笠など、多くのサラウン 生越:スタジオはサラウンド対応を完成さ いかなければと、自分の経験の無さを痛 ド放送を実現していますよね。生越さん せていましたが、現場でサラウンドをす 感しました。また、一番苦労したのは はそもそもサラウンドというものにはい るような機材はほとんどそろっていませ Vo でした。当初はダイバージェンスで つ頃から興味があったんですか? んでした。サラウンドでやることが先に L、R にも振り分けていたのですが、エ 生越:家庭用サラウンドシステムが出たば 決まり、話がどんどん進んでいったよう ンコードアウトを聞くとどうしても Vo かりの頃、何気なく購入し初めて家で な形でしたので、スピーカーや位相計は が立ちすぎている感じがしました。しか 5.1ch で DVD を見たときに、後ろから スタジオ機材を、無いものはメーカーさ し、ステレオでいいバランスだとサラウ 音が聞こえることにすごく感動したこと んにデモ機をお借りしてなどいろいろ考 ンドでは Vo がうずもれてしまう。ダイ がきっかけです。今度はそれを自分が作 えました 。ですが、結果的には予算が バージェンスの値をいろいろ変更して何 り家庭へ届ける側になれると思うと、や 取れ、hertz さんの音声中継車を借りる 度も試した結果、結局 Vo はハードセン はり自然と熱意が沸いてきました。 事が出来たので、取り越し苦労でしたが。 井上:それからエフエム福岡に移り、新社 井上:hertz さんの音声中継車は、非常に 屋のスタジオ設計を担当されたそうです コンパクトな上、サラウンド対応やマル が、サラウンドに関してはどういう方針 だったんですか? チ収録もよく考えられているようですね。 ターにしました。 井上:放送を終えて、社内の反応などは如 何でした? 生越:私も含め社員のほとんどは SRS で 生越:回線のほとんどが車後方の端子盤に のサラウンド放送を聞く環境がないた 生越:個人的なこだわりもありましたが、 集約されているなど、非常に作業がしや め、後日社内で試聴会を行いました。 「拍 マルチメディア放送の動向も気になって すかったです。AD8HR も搭載されてお 手の時などは臨場感があっていい」 「音 いたので、将来的にもサラウンド対応ス り、マルチ収録では Pro Tools と X-48 に包まれている感じがしてすごい」 「もっ タジオは絶対必要だと思い、新設するス をパラで回すこともでき安心でした。 といろいろな素材でサラウンドを利用で タジオの 1 つをサラウンド対応で設計 井上:ではポスプロの話に移りますが、ス きないか」など好評でしたが、ステレオ タ ジ オ 卓 は TAMURA の AMQ1100 で聞き慣れているので、音の定位に違和 しました。完成後は時間を見つけては、 50 FDI・2009・05 ���� ��� ���� ��� �� ��� �� �� �� �� �� �� �� �� �� �� �� �� �� �� �� �� �� �� �� �� �� �� ��� ��� ��� ��� �� �� �� �� ��� ��� ��� ��� �� �� �� �� ��� ��� ��� ��� ��� ��� ��� ��� �� �� �� �� �� ���� ������� ������� ���� ���� 写真7 エフエム福岡・Dスタジオ ���� ������� ���� 写真8 エフエム福岡技術部・生越盛幸氏 言うように、拍手や観客の掛け声などは、 出来ればもっと後ろに持っていきたかった のだろうと推測できるが、オケの広がり感 やホールの響きなどはディスクリートと遜 色ないような素晴らしいサラウンド感が あった。ステレオとのバランスも含め、か なり工夫してミックスしたことが感じ取れ た。関係者の方々にも大いに喜んで頂けた 図1 電気ホールマイク図面 感があるとの意見もありました。 以上にリスナーを楽しませることが出来 井上:なるほど。たしかに一般への普及、 るのではないかと思っています。今後は、 SRS でのステレオ定位の問題など、ま ラジオドラマなどもサラウンドで制作し だまだ解決すべき課題はありますが、今 たいと思っています。 回第一歩としては素晴らしかったんでは 井上:そうですよね。ラジオの場合はカー ないかと思います。ラジオという分野で ステレオという別の可能性もあるし、テ のサラウンドの可能性については、どう レビとはまた違った方向のサラウンドが 思いますか? できれば、魅力も深まると思います。期 生越:ラジオは映像の無い音だけの世界で 待していますので、頑張ってください。 すから、映像に縛られない分、素材によっ ては大胆なパンニングで表現し、今まで のではないか。 大都市の FM 局では様々なチャレンジが 進んできたラジオのサラウンドであるが、 九州でのサラウンド放送実現は、地方のラ ジオ局への普及の大きな一歩になるように 感じる。今後の展開に是非期待したい。 次号では、 テレビ朝日の老舗音楽番組「題 名のない音楽会」の制作現場をレポートし たいと思う。 Satoshi Inoue 後日、作品を聴かせて頂いた。生越氏も テレビ朝日映像 ( 株 ) (ViViA) 51 FDI・2009・05
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