−屋外貯蔵タンク付属設備の紹介− タンク保温の現状と今後の期待および 腐食低減に有効な保温材の紹介 ニチアス株式会社工事事業本部 エアロジェル拡販プロジェクト 技術担当主任 はじめに 池田 博之 である。 昭和40年代から50年代の高度成長期における ① 放熱によるエネルギーロスの低減 産業拡大で、業界を問わず数多くのプラント設 ② 内容物の状態管理を目的とした温度維持 備が建設されてきた。その多くは現在も稼動し ③ 火傷防止 ていることから老朽化が進み、それに伴い配 ④ 結露防止 管・タンク類に施工された保温材の劣化も進行 ⑤ 防音目的を兼ねた保温施工 していると言える。 これらの目的や環境対策を考慮し、保温・保 特にタンク類については、配管と比較しても 冷の仕様が決定されるが、必要以上に保温・保 メンテナンスの頻度が極端に少なく、全くメン 冷厚みを増すような仕様では、たとえ求められ テナンスされることなく建設当時のままの状態 る性能を満足しても最適な選択とは言えない。 であるケースも珍しくない。保温材についても 費用対効果の面から最も適した厚みは経済的保 材質・種類に数十年もの間大きな変化は無く、 温厚さと言われる。使用する保温材の種類に 施工方法についても変化が無いと言える。 よっては性能が異なるため、この経済的保温厚 近年、保温材が施工されている配管・タンク さも保温・保冷材によって変わってくる。代表 類の表面錆腐食の研究において、保温材の含水 的な保温・保冷材種類と特徴、用途は、以下の による劣化が大きな要因であることがわかって 通りである。 きた。これは CUI(保温材下腐食)と呼ばれ、 . ロックウール保温材(図− 今後の腐食に対する保温施工の考え方を左右す 高炉スラグや玄武岩等を溶融し繊維状にした るものと考えられる。本稿ではタンク保温の例 を挙げ、保温の基礎知識から現状起きている問 題を提起すると共に、今後期待される次世代の 保温材と CUI(保温材下腐食)対策の新保温工 法を紹介したい。 タンクに使用される保温材の必要性と種類 機器・配管に対して主に常温からマイナスの 温度領域に使用される断熱を保冷といい、常温 から1,000℃の温度領域で使用される断熱を保 温として大別される。その目的とは以下の通り Safety & Tomorrow No.138 (2011.7) 44 図− ロックウール保温材 参照) 人造鉱物繊維保温材。加工性・柔軟性に優れ幅 広い用途で使用される。 使用温度領域:常温∼650℃ (他の用途)配管・機器等の断熱 . けい酸カルシウム保温材 (図− 参照) けい酸原料をオートクレーブ法により製造さ れ、軽量、高強度で耐熱に優れた保温材。成型 品であるため、配管等への容易な施工を特徴と する。 図− 温度領域:常温∼1,000℃ けい酸カルシウム保温材 (他の用途)配管・機器等の断熱 . グラスウール保温材(図− 参照) 溶融したガラスを繊維状にした人造鉱物繊維 保温材。主として機器・配管、ビル設備の空調 ダクト等に用いる保温材。 温度領域:常温∼350℃ (他の用途)空調設備機器、屋内ダクト等の断熱 . 吹付けウレタンフォーム断熱材 炭酸ガスを発泡剤とする液状の高難燃性硬質 ポリイソシアヌレートフォームを現場で容易に、 吹付け、発泡させ施工出来る事を特徴とする保 図− グラスウール保温材 図− エアロジェル保温材 温・保冷材。 温度領域:−70℃∼100℃ (他の用途)冷凍倉庫など低温領域での断熱 一般住宅向け断熱 . エアロジェル保温材(図− 参照) 近年のナノテクノロジーによって開発された 最先端の保温材。エアロジェルとは、ゾルゲル 法で生成したシリカゲルを高温、高圧の超臨界 乾燥により生成したもので、微細な気泡を包み 込んだナノ粒子集合体の総称である。製品の特 徴等については、後述する。 共に使用される保温材も少しずつ変化してきて タンク保温の歴史と現状 いる。 国内プラント工場では、数十年前に施工され 重油等の大型貯蔵タンクに保温材として使用 た保温材が今もなお当時のままの状態で数多く 使用されている。先に紹介した各種保温材が、 された吹付けウレタンフォーム工法は、自己接 各々用途により選定使用されてきたが、時代と 着の独立気泡により吸水が少ない上、継目無く 45 Safety & Tomorrow No.138 (2011.7) 施工されるなど多くの利点により、昭和42年頃 材質であり、言い換えると雨水が浸透しやすい から国内で広く使われてきた。しかし昭和49年 性質を有していると言える。吸水を防ぐために に起きた石油タンク不等沈下事故の調査におい はっ水性能を兼ね備えた製品もあり、雨水浸入 て、使用されたウレタンフォーム下のタンク下 防止効果も認められている。しかしながら材料 部側面に著しい腐食が認められ、この原因がウ 構成や使用上の特性から、タンク・機器・配管 レタンフォームと雨水の反応で溶出する塩素イ 表面への雨水浸入を完全に防止するレベルには オンにあるとされた。 至っておらず、各保温材メーカーが新製品開発 月に通知された『消防危第51号− にしのぎを削っている状況にある。ここで近年 保温材としてウレタンフォームを使用する屋外 開発され従来の保温材とは構造が異なる、次世 貯 蔵 所 の 取 り 扱 い に つ い て』の 中 で、全 国 代の断熱材として期待されるエアロジェル保温 98,000基ある屋外タンクの内787基に吹付けウ 材(商品名:Pyrogel®XT)を紹介する。 昭和51年 レタンフォームが使用され、さらにこの内175 基については補修を必要とする腐食が認められ たという報告がなされた。 エアロジェル保温材 Pyrogel®XT の . 特徴 米 国 Aspen Aerogels 社 が 開 発 し た 保 温 材 このような事故や調査報告を期に、タンクに Pyrogel®XT は、シリカゲルを原料とし空気を 使用する保温材が見直しされロックウール保温 包み込んだナノ粒子集合体(エアロジェル)を 材等が使用されようになった。 ガラス繊維に含浸させたブランケット状の保温 材である。ナノ粒子内部の空気は対流が起こり 今後のタンク保温への期待 にくく、また粒子が凝集体となることで熱が伝 保温を必要とするタンクやメンテナンスによ わる粒子表面積が増し伝搬経路が長くなる。こ る保温材交換を必要とするタンクは、配管や他 れが超低熱伝導率を誇る最先端保温材の熱伝導 の機器と比較すると数量が少ないために、保温 メカニズムである。従来のロックウール保温 施工の工事がほとんどないと言っても過言では 材、けい酸カルシウム保温材の1/2程度の厚み ない。しかし近年、高度成長期に数多く建設さ で同等性能が得られる断熱効果を有する。各材 れた重油タンクが、経年による腐食等によりメ 料の熱伝導率と温度の関係を図− のグラフに ンテナンスを余儀なくされてきている。それに 示す。 付随する保温材についてもこれを機会に、より Pyrogel® XT は表面のはっ水性だけではな はっ水性能や耐水性能を有する新材料の採用を く、内部の粒子表面まではっ水効果を有してい 検討するユーザーが増えてきている。また保温 る。これにより表面亀裂が生じても内部に至る 性能維持という観点では、より耐久性のある保 まではっ水性能が劣化することがなく、またブ 温材が求められる。 ランケット内部への吸水もない。その一方で水 今後のタンク保温は、配管・機器と同様 CUI 蒸気透過性の性質を併せ持った特異な性質の保 (保温材下腐食)の大きな要因である雨水対策 温材と言える。このはっ水性と水蒸気透過性の をいかに検討することが重要であると言える。 つの特長を図− それには保温材の性能が大きく寄与してくるも . のと考える。 低熱伝導率による材料の薄さとブランケット . 期待される最先端保温材 保温材は一般的に90%以上の空隙率を持った Safety & Tomorrow No.138 (2011.7) 46 の写真に示す。 エアロジェル保温材の施工 状による柔軟性の特長を生かし、これまでとは 違った施工方法を特徴とする。図− は、アル 0.22 0.20 熱伝導率︵W/ ︶ 0.18 0.16 ロックウール保温筒(JIS参考値) ロックウール グラスウール保温筒(JIS参考値) けい酸カルシウム保温筒1号−13(JIS参考値) パーライト保温筒3号−25(JIS参考値) エアロジェル保温筒(カタログ値) 0.14 グラスウール 0.12 0.10 パーライト けい酸カルシウム mk 0.08 0.06 エアロジェル 0.04 0.02 0.00 −200−150−100−50 0 図− 50 100 150 200 250 300 350 400 450 500 550 600 650 700 平均温度(℃) 各保温材に於ける熱伝導率比較グラフ カリ溶液用の高さ10.2m、径φ26.4m の小型タ ンクに施工した工法の一例である。側面高さの 寸法でプレカットしロール状に巻いてある Pyrogel®XT 保温材を上端部で固定し下方側へ ロールを垂れ下げ、スチールバンドで固定する 方法である。 従来保温材の施工と大きく違うのは、けい酸 カルシウム保温材の様に、下から順に積み上げ る手順ではなく、本工法では上から下へと縦方 図− はっ水性(左)と水蒸気透過性(右) 向に施工する点である。非常に簡単な施工であ る上、短時間で広い面積の施工を可能としてい もう つ大きな特徴は、保温リングと呼ばれ る。また従来のロックウール保温材やけい酸カ る保温材受け金物の省略化が可能になった点で ルシウム保温材は厚みを持った製品であり、隣 ある。ロックウール保温材やけい酸カルシウム り合う保温材同士が突き合せになってしまう 保温材の施工では下方から積み重ねるため、荷 ® が、Pyrogel XT 保温材では薄いブランケット 重を分散させる必要性や外部側の板金の固定に 形状の特徴を生かし保温材同士をラップさせ、 保温リングを必要としていた。Pyrogel®XT 保 確実な雨水の浸入対策が可能になった。 温材の施工では外装材の仕様により保温リング 突き合わせ施工では、板金の経年劣化などで を必要とするケースもあるが、図− にある小 内部に侵入した雨水がその保温材目地に入り込 型タンクの実例では、保温リングへの固定を不 み、タンク表面にまで到達し CUI(保温材下腐 要としたハメ込みジョイントタイプの外装材を 食)の要因となっていた。またこの目地は熱ロ 採用しているため、保温リングを不要としてい スの原因にもなり保温性能に悪影響を与えるも る。 のであった。このような CUI(保温材下腐食) . ® の原因である雨水の浸入は、Pyrogel XT 保温 エアロジェル保温材の特性を生かした 設計 はっ水性能を持った材料でラップジョイント 材のラップ施工により解消されているといえ 施工が可能となると、それだけで雨水浸入防止 る。 47 Safety & Tomorrow No.138 (2011.7) 屋根部パイロジェルXT 10mmt×1層 屋根部外装材 レジノ板 パイロジェル緊縛材 SUS帯鋼 約500 パイロジェル緊縛材 落下防止 SUS帯鋼 側板部外装材 レジノ板 A B 側板部パイロジェルXT 10mmt×1層 縦目地Min.25mmラップ 側板部施行図 図− ® Pyrogel XT 保温材タンク施工例 に対する信頼性は格段に高くなる。それに伴 既設保温留めボルト い、このはっ水性の特徴を生かした設計も重要 外装材留めナット 屋根部外装材 屋根部パイロジェルXT になると言える。 図− 屋根板 ではタンク屋根部から壁面への取り合 い詳細が示されているが、保温材同士がラップ トップアングル され上側が下側へ被さるような納まりとなって パイロジェル緊縛材 いる。また壁面部の最下部においては、コーキ 側板 ング処理をせず開放状態を作り、たとえ板金内 ビス留め 側板部外装材 部へ雨水が浸入したとしても、はっ水性で弾か れた雨水は保温材表面を伝い、最下部から排出 側板 される工夫がなされている。 側板部パイロジェルXT また近年では、先に紹介した Pyrogel®XT 保 パイロジェル緊縛材 温材とアルミラミネートシート外装材を組合わ 側板部外装材 仕様も国内外で採用され始めた(図− 約100 せることで、より外部雨水浸入対策を強化した ) 。両 者の材料特性が生かされた独自の施工方法が施 アニュラー板 コーキング不要 防水材 工の省力化を可能とし、その上で腐食に対する 性能を向上させ、保温という基本目的を達成し た合理的な保温仕様と言える。 屋根板/側板/アニュラー板取合い部詳細 図− 法的整備の期待と必要性 現在、高圧ガス保安法では、それに準ずる設 備機器保温の定期点検を定めているが、数多く Safety & Tomorrow No.138 (2011.7) 48 Pyrogel®XT 保温材の雨水対策例 CUI(保温材下腐食)対策を見据えた質の高い 材料・施工方法が普及するには、何らかの法的 規定を定めない限りむずかしい状況にある。ま さに日本はかつて欧米が経験した CUI(保温材 下腐食)問題に直面する時期に入ってきたこと から、この対策の必然性が迫られる。 まとめ 図− シート状外装材のタンク天井施工例 近年、保温・保冷設計は技術革新で確立され たナノテクノロジー技術を効果的に使用される 存在するタンク設備についてはこれにあてはま 独自性を持った設計へと変化し始めている。特 らず、各ユーザー独自の基準に依存し法的規制 に先に紹介した Pyrogel® XT 保温材はそれを に拘束されていない。そのため現実的には、全 象徴した材料とも言え、タンクの CUI(保温材 く点検が行われていないタンク設備も数多く存 下腐食)に対し大幅な改善が期待できるもので 在すると言われている。欧米においては、プラ ある。 ントの建設時期が日本と比較してもかなり早 ただし高度成長期に数多く建設された経年タ かったため、CUI(保温材下腐食)の問題に直 ンク等を延命させるためには、どんなに技術革 面した時期も、またその対策への取り組みも早 新が進み材料・工法が進歩したとしても、改修 かった。これによりタンク保温に関しても使用 を検討される機会がなければ意味を持たず、 材料・施工仕様の標準化が進んでいる一方で、 メーカー各社の努力だけでは限界を感じる。定 国内においては遅れをとった現状である。これ 期的なメンテナンス指針などを法的に定め、ま らの背景から、国内においてはコスト重視で材 た材料・工法規定を標準化することを早急に進 料・施工方法が選定されやすい状況にある。 めることが望ましい。 49 Safety & Tomorrow No.138 (2011.7)
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