成果の概要

成果の概要
z
日本の草地における堆肥施用は、温暖化を抑制する効果がある。とくに寒冷地ではその
効果が高い。
z
慣行の栽培管理の水田や畑地は、温暖化を促進する場合が多いが、草地では少なく、む
しろ抑制する場合が多い。
1.目的
我が国の草地における堆肥の施用が温室効果ガスの排出・吸収に及ぼす影響を解明し、環境
に配慮した草地管理体系を確立するための科学的知見を蓄積することを本事業の目的とした。
2.調査方法
1)調査地の設定
北海道中標津町、北海道新ひだか町静内、栃木県那須塩原市、宮崎県小林市の4地区の採草
地(寒地型牧草)に、堆肥と化学肥料を施用する区(堆肥区)と化学肥料のみ施用する区(化
学肥料区)を設け、平成 16 年度から平成 18 年度にかけて温室効果ガス等の測定・調査を行っ
た。堆肥区の堆肥投入量は、各地で推奨されている窒素、カリウム、リンの施用上限値を超え
ない量に設定し、不足する要素は化学肥料で補った。
2)温室効果ガスの測定
草地における温室効果ガスは、二酸化炭素(CO2)、メタン(CH4)、亜酸化窒素(N2O)で
あり、これらのガスの排出と吸収の関係は、図1のように表される。CO2 の吸収源は牧草であ
り、排出源は有機物(堆肥、
土壌有機物、枯死植物体)で
ある。牧草の生長に伴う CO2
の吸収と、有機物の分解に伴
う CO2 の排出の差が、大気か
ら草地が吸収する正味の CO2
であり、この収支の炭素量を
純生態系生産量(NEP)と呼ぶ
(NEP が正の値の場合は、大
気から草地が正味で CO2 の吸
収することを示す)。
図1
草地の温室効果ガス収支を構成する要素
3)温暖化指数の計算方法
採草地における炭素量は収穫によって搬出され、堆肥の施用で搬入されるので、草地におけ
-1-
る炭素収支は NEP+投入堆肥の炭素量−収穫された炭素量で表される。これを純生物相生産量
(NBP)と呼ぶ(NBP が正の値の場合、草地は CO2 の吸収源となっている)。さらに N2O は化学
肥料や堆肥等の有機物から放出され、CH4 は土壌微生物が吸収し、堆肥等の有機物から放出され
る。ここでは、CO2 の収支に、N2O と CH4 の収支を加えて、温暖化効果を評価する指数を地球温
暖化指数(GWP)と呼ぶ。CO2 の温暖化効果を 1 とすると、CH4 は 23 倍、N2O は 296 倍なので、
GWP はこれらの効果の違いを考慮して計算する。GWP が正の値を取る場合は温暖化を促進し、
負になる場合は抑制する。CH4 と N2O の正味の放出量はチャンバー法で測定して求めた。
3.成果
1)大気から草地への正味の CO2 吸収量(NEP)
(1) 渦相関法による連続観
測により、NEP の時間
変動を詳しく測定でき
た(図 2)。いずれの調
査地とも、堆肥区の
NEP は化学肥料区の
NEP より小さかった。
(2) 春季から秋季の期間に
おける NEP の経時的変
化は、いずれの調査地及
び両施用区とも牧草の
萌芽成長及び刈取り後
の再成長に伴い増加し
た(図 2)。しかし冬季
における静内、中標津の
NEP は絶対値及び変動
幅が小さく、また明瞭な
日変化も認められない
が、那須塩原では日中は
CO2 を吸収し、夜間は放
出し、明瞭な日変化が認
められた。さらに小林で
は冬季でも他の調査地
の夏季に相当する CO2
図2.各調査地の NEP の季節変化
(正の値は草地による CO2 吸収、負の値は草地からの CO2 放出
を表す。参考は、比較のために、茨城県つくば市真瀬の水田で、
同じ時期に観測した NEP)
の吸収が観察された。
(3)
最も生育期間の短い中標津でも NEP は7ヵ月間、正の値を示し、長期間にわたって CO2 が
-2-
吸収され、また NEP の最大値も茨城県の水田と同程度の数値を示すことから、草地は水田
よりも CO2 の吸収量が明らかに高かった(図 2)。
2)堆肥投入による草地の温暖化の抑制効果
(1)
堆肥区の GWP は全ての地域で負となり、堆肥を施用することによって温暖化を抑制するこ
とができた(表1)。
表1 地域における地球温暖化指数(GWP)
GWP (Mg CO2eq ha-1 y-1)
地域
年
堆肥区
化学肥料区
GWP 構成要素
中標津
静内
那須塩原
小林
(2)
2
2
2
2
2
2
2
2
GWP 構成要素
GWP
NBP
CH4
N2O
-13.
-12.
-19.
-20.
-8.6
-6.7
-6.5
-17.
-0.0
0.00
0.01
0.00
-0.0
0.00
-0.0
-0.0
0.3
0.9
1.8
2.3
3.3
5.1
5.3
2.5
-12.8
-12.0
-17.2
-18.3
-5.4
-1.6
-1.2
-15.3
GWP
NBP
CH4
N2O
3.3
-0.4
2.7
-2.6
-6.7
0.8
-5.5
-4.8
-0.0
0.01
0.01
0.00
-0.0
-0.0
-0.0
-0.0
0.1
0.2
1.3
1.3
2.2
4.2
0.9
1.4
3.4
-0.2
4.0
-1.3
-4.5
5.1
-4.6
-3.4
GWP に与える影響の程度は、NBP が最も大きく、ついで N2O であり、CH4 は小さかった
(表 1)。
(3)
GWP は年平均気温、生育期間の日照時間により影響を受けた。化学肥料区では、日照時間
1000 時間以下および年平均気温 10℃以下で正となり(図 3)、温暖化を促進した。すなわち、
温暖地域の草地は堆肥を投入せずとも温暖化を抑制する効果をもつが、日照不足等で草地の
生産性が低下した場合には温暖化を促進する場合がある。一方、寒冷地の草地では、堆肥の
10
GWP (Mg CO2 eq ha-1 y-1 )
GWP (Mg CO2 eq ha-1 y-1 )
投入なしでは、温暖化を抑制することはできない。
10
0
2005年化学肥料区
2006年化学肥料区
-10
2005年堆肥区
2006年堆肥区
-20
0
-10
-20
化学肥料区 R=-0.59, P=0.12
-30
0
10
年平均気温 (℃)
20
2005年化学肥料区
2006年化学肥料区
2005年堆肥区
2006年堆肥区
化学肥料区 R=-0.77, P=0.027
-30
0
1000
2000
生長期間の日照時間 (h)
図3 年平均気温および生長期間の日照時間と地球温暖化指数(GWP)の関係
-3-
(4)
窒素施用量の増加により、収穫炭素量及び NEP が増加した(図 4)。この効果は寒冷地より
10
-1
化学肥料区 R=0.69, P=0.06
堆肥区 R=0.77, P=0.03
8
2005年化学肥料区
2006年化学肥料区
2005年堆肥区
2006年堆肥区
-1
8
y )
10
化学肥料区 R=0.52, P=0.19
堆肥区 R=0.71, P=0.047
NEP (Mg C ha
-1
-1
収穫炭素量 (Mg C ha y )
も温暖地域で高かった。
6
4
2
0
6
4
2
0
0
100
200
300
-1
無機態窒素供給量 (kg N ha )
0
100
200
300
-1
無機態窒素供給量 (kg N ha )
図4 無機態窒素供給量と収穫炭素量、純生態系生産量(NEP)の関係
(5)
3)と4)の結果から、温暖地域では低収化した草地を更新し、生産性を高めることによっ
て、温暖化抑制効果をさらに高めることが期待できるが、その効果の程度は今後、検討する
必要がある。
(6)
北海道の水田や畑の GWP の測定例と比較したところ、北海道の水田では CO2 は固定するも
のの、CH4 を放出し、北海道の畑では CO2 と N2O の放出により、温暖化を促進しており、
本事業で行った堆肥を施用した草地でのみ、温暖化を抑制することが示された(図 5)。堆肥
投入はとくに寒冷地における温暖化抑制技術として有効である。ただし、堆肥投入により N2O
の放出が増加しているので、その抑制方法については今後の検討課題である。
40
NBP
CH4
N2O
-1
-1
GWP (MgCO2 eq ha y )
30
20
10
0
-10
-20
休閑;三笠;04
休閑;三笠;05
コーン;三笠;03
タマネギ;三笠;03
タマネギ;三笠;04
タマネギ;三笠;05
馬鈴薯;三笠;05
大豆;三笠;05
小麦;三笠;03
小麦;三笠;03
小麦;三笠;03
小麦;三笠;04
小麦;三笠;05
水田;三笠;04
水田;三笠;04
水田;三笠;04
水田;三笠;04
水田;三笠;04
水田;美唄;05
水田;美唄;05
水田;美唄;05
水田;美唄;05
水田;美唄;05
草地;三笠;03
草地;三笠;04
草地;三笠;05
草地;化学肥料;中標津;05
草地;化学肥料;中標津;06
草地;化学肥料;静内;05
草地;化学肥料;静内;06
草地;化学肥料;那須;05
草地;化学肥料;那須;06
草地;化学肥料;小林;05
草地;化学肥料;小林;06
草地;堆肥;中標津;05
草地;堆肥;中標津;06
草地;堆肥;静内;05
草地;堆肥;静内;06
草地;堆肥;那須;05
草地;堆肥;那須;06
草地;堆肥;小林;05
草地;堆肥;小林;06
-30
図5 北海道のさまざまな土地利用における地球温暖化指数(GWP)の文献値と本測定結果の比較.
文献値のNBPは生態学的手法により測定された。
-4-