PDFダウンロード

34
日本写真学会誌 2009 年 72 巻 1 号:34–36
フォトマスター検定過去出題問題の解答と解説
-編集委員会編
次の文章を読んで,( )に入る正しい言葉の組合せを
①~③の中から選べ.
「カラーフィルムの色再現の評価は,撮影した被写体と比
べて,色相,明度,彩度の比較で行う.それらの特性が
一致していなくても,全体あるいは一部の色の(ア)
,
(イ)
に再現するフィルムを好む人は多い.
」
①ア:彩度が高く,イ:憶えているイメージに近い色
②ア:彩度が高く,イ:期待しているイメージに近い色
③ア:明度が高く,イ:期待しているイメージに近い色
(H20 年 11 月,1 級)
【解答】①
写真 1 ベルビア(富士フイルム)
物色と,人の記憶や好みを反映した好ましい色という二兎を
追う必要がある.しかし,実状は両立が不可能である.
【解説】人間の色の見方はかなり複雑である.被写体を見なが
銀塩時代のカラー写真では,記憶色や期待色を強く意識し
らカラー写真の仕上がりと一対比較する場合には,実物と同
た色作りが行われていた.つまり実物色を意識しながら,よ
じ色再現を要求することが当然になる.いわゆる実物色の再
り好ましい色再現を行っていたのである.
現であり,ある意味で妥協の余地がない.
記憶色を非常に強く意識したカラーリバーサルの代表とし
しかし,被写体と直接比較しないで記憶などに頼った評価
て富士フイルムの初代「ベルビア」を挙げることができる(写
を行う際には,人間の持つ色に対する心理的な条件を無視す
真 1).非常に色鮮やかな色再現は冬の木々の緑葉までも新緑
るわけにはいかなくなる.
に見せるという凄さを持っていたが,その色の新鮮さが使用
人の記憶の中の色は,時間が経つと鮮やかに変化すること
者に受け入れられたことは記憶に新しい.
が知られている.
「記憶色」といわれる現象で,特に原色系の
カラープリントもコダック・コダカラー以来,それまで実
色の彩度を上げてイメージとして捉えている.写真の中の色
物色の再現には問題があるとされたインターイメージ効果 *
でいえば,青空などは実際以上にクリアで濃く,紅葉の赤や
を積極的に使いこなし,無彩色の階調再現と両立を図りなが
黄色は目の覚めるような色彩で再現されると,なんとなく記
ら,使用者に受け入れられ易い鮮やかな色再現を追求する技
憶の色と一致しているように感じられるのである.
もうひとつ,人の色の感覚には,
「期待色」と呼ばれるもの
もある.人の肌色などが好例で,実物以上に健康的で好まし
い色再現を良好と見なすのである(このような観点から考え
ると,②を選んでも誤答とはいえないと,解説者としては考
える).
このようにカラー写真の色再現では,妥協の余地のない実
* インターイメージ効果は重層効果とも呼ばれる.カラーフィルム
は複数の発色層を重ねた構造だが,ある層での現像・発色でおこ
る反応が,他の層での現像・発色に影響することがある.原理的
には好ましくない現象のはずだが,たとえばシアン発色層の発色
が強くおこる場合,この効果を利用して他の層の発色を抑制気味
にすることでシアン層の発色をより強調できるため,彩度の向上
に利用できる.富士フイルムの導入した第四の感色層も同様の原
理を発展的に利用している.
35
【解説】解答に書かれている EV とは,Exposure Value の略で,
シャッター速度と絞り値の組み合わせに対して割り振られた
数値である.これは,APEX(Additive System of Photographic
Exposure)システムと呼ぶ,カメラの露出演算を足し算と引
き算だけでおこなうために考えられたシステムの一部であ
る.
露出を調整する場合,フィルムや撮像素子に照射される光
の強さと,光を照射する時間の 2 つを調整する.前者を調整
するしくみが絞りであり,後者を調整する機構がシャッター
写真 2 デジタル一眼レフカメラの設定画面(キヤノン EOS1Ds
Mark III のモニタ画面)
である.光の強さと照射時間を掛け合わせたものを露光量と
呼び,通常は,これを一定にすれば,露出的に同じ効果が得
られる.従って,絞り値とシャッター速度の組み合わせに対
術展開が行われた.その結果,従来にない鮮やかな色再現が
して,数値を割り振っておけば,露出を計算する場合に便利
可能となった.カラーネガで鮮やかさを追求した極端な例が,
である.
アグファ「ウルトラ」シリーズである.
このような人の心理を踏まえたカラー写真による色再現の
傾向は,現在のデジタル写真においても続いている.最も一
APEX システムでは,まず絞り値に AV(Aperture Value),
シャッター速度に対して TV(Time Value)と呼ぶ数値を割り
振る.
般的なデジタルコンパクトカメラや携帯のカメラ部の色再現
は記憶色や期待色重視であり,色鮮やかでコントラストも高
AV = 2×log2 (Fno) く設定されている.
デジタル一眼レフカメラでは,複数の撮影モード(写真 2)
を備えて,使用者の要求を幅広く採り入れる工夫が見られる.
(1)
Fno:絞り値
TV = log2 (1/T) (2)
T:シャッター速度
キヤノンのピクチャースタイル「忠実設定」,ニコンのピク
チャーコントロール「ニュートラル」などは,どちらかとい
表 1 に代表的な絞り値とシャッター速度に対する AV,TV
えば実物色の再現を目指す新たな色再現の展開である.カ
をまとめた.露出値 EV は,この二つを足したものである.
ラーフィルムにはなかったデジタルならではのモードともい
える.この場合,実物と見比べれば忠実に見えるが,記憶色
EV = AV+TV (3)
との比較では「鮮やかさの不足する鈍い色再現」と感じられ
すなわち,光の強度を決める絞り値と,照射時間を決める
ることが多い.しかし,被写体の色情報に忠実なこの画像か
シャッター速度の積が一定であれば,露出(露光量)は同じ
ら,後加工で撮影者の好みに調整することもできるだろう.
デジタル一眼レフカメラでは多くの使用者に受け入れられ
なので,対数をとった AV と TV の和が一定であれば,同じ
露出(露光量)になる.
る記憶色,期待色中心の多種類のモードを備えるので,使用
目的に合わせて(忠実モードを含めて)適宜選択して使うと
よい.
次の文章を読んで,
( )に入る正しい言葉を①~③の中
から選べ.
「シャッター速度が 30 秒から 1/8000 秒まで設定でき,プ
ログラム AE,絞り優先 AE,シャッター速度優先 AE を
搭載しているカメラに開放 F 値 1.4,最小絞り F22 のレ
ンズを装着した場合,絞り優先 AE の連動範囲は( )
である.」
※ただし,測光範囲は各 AE の連動範囲より十分に広い
ものとする.
① –4 EV ~ 22 EV
② 1.4 EV ~ 22 EV
③ 9 EV
(H20 年 11 月,準 1 級)
【解答】①
表1 APEX システムの AV と TV
絞り値
AV シャッター速度
TV 1
1.4
2
2.8
4
5.6
8
11
16
22
32
45
64
0
1
2
3
4
5
6
7
8
9
10
11
12
30"
15"
8"
4"
2"
1"
1/2
1/4
1/8
1/15
1/30
1/60
1/125
1/250
1/500
1/1000
1/2000
1/4000
1/8000
–5
–4
–3
–2
–1
0
1
2
3
4
5
6
7
8
9
10
11
12
13
日本写真学会誌 72 巻 1 号(2009 年,平 21)
36
問題文のカメラとレンズによって得られる最も多い露出
EV に対して,あらかじめ決めておいた AV と TV の組み合わ
(露光量)は,絞りを最大に開いて光の量を多くした F1.4 と,
せ(プログラム AE 線図と言う)に従って,絞り値とシャッ
最も長い時間,光を照射する 30 秒のシャッター速度の組み
ター速度を決定する.絞り優先モードでは,ユーザが決めた
合わせとなる.これの EV を求めると,絞り F1.4 の AV は 1,
絞り値から AV を求め,TV = EV – AV の演算をおこなって
シャッター速度 30 秒の TV は –5 で,EV –4(=1+(–5))とな
シャッター速度を決定する.シャッター速度優先の場合は,
る.一方,もっとも少ない露出は,F22 の絞りで 1/8000 秒の
ユーザ設定のシャッター速度から TV を求め,同様に絞り値
シャッター速度なので,AV 9 と TV 13 となり,EV 22(=9+13)
を決定するのである.BV と SV は,被写体輝度と ISO 感度か
となる.従って,このカメラとレンズでは EV –4 から 22 ま
ら以下のように定義されている.
での露出が可能で,①が解答となる.
ところで,ここで F1.4 の AV を 1 と書いたが,
(1)式でま
BV = log2 {B/(N · K)}
B:被写体輝度
じめに計算された方は,0.9708 ... となって 1 ちょうどになら
ないことを疑問に思われたのではないだろうか.同様に
1/8000 秒の TV は,(2)式で計算すると 12.9657 ... となる.
これは,カメラの絞り値とシャッター速度の表示が,丸めら
れているためである.それぞれの正確な値は, 2 =1.4142 ...
と 1/8192 である.カメラで主に表示されているのは,1 ス
テップ(1 段)変化させると,光量や照射時間が 2 倍(もし
くは 1/2)変化する系列の数値である.絞り値は,絞りの直
径に相当する値で,面積に相当する光量はこの 2 乗に比例す
るため,絞り値が 2 変化すれば光量が 2 倍(もしくは 1/2)
変化する.従って,1 の次が 2 ≒1.4,その次が 2,と 2 の
比で変化していく.シャッター速度は,そのまま 2 の比で変
化するが,表示はもう少し複雑で,1 の次が 1/2,その次が
1/4,1/8 となる.この次は本当は 1/16 なのだが,これを 1/15
と表示して,以下この倍の 1/30,1/60 と続く(実際は 1/32 と
1/64).その次は,このままだと 1/120 になるが,実際の値は
1/128 なので,これに近い 1/125 と表示し,以下 1/250,1/500
(実際は 1/256 と 1/512)と続く.従って,正直に計算するた
めには,この法則も知っておかねばならないが,端数をざっ
と切り上げて丸めても,実用上はほぼ問題ない.
ところで,カメラの露出制御に係る技術者は,絞り値と
シャッター速度の組み合わせを提示されると,そらで EV を
求められる人も多い.これは,AV,TV の数値を何点か暗記
しておいて,そこから 1 段,2 段と増減させて計算している
ことが多い.試験問題に対しては,このやり方の方が簡単な
ので,この方法もお勧めしておこう.もちろん,上記の正確
な定義も知っておいてほしい.AV では,絞り値と AV が一致
する F4=AV4 を記憶しておき,TV は,同様に 1/60=TV6 を
記憶しておけば最低限足りるので,これがお勧めである.さ
らに多くの部分を覚えておけば,計算が速くなることは言う
までもない.
カ メ ラ 内 部 で は,さ ら に 被 写 体 の 明 る さ を 表 す BV
(Brightness Value)と,露出を決める,もうひとつの要素で
ある感度を表す SV(Speed Value)を使って,次式の関係から
露出を決定している.
EV = AV+TV = BV+SV (4)
つまり,装填されたフィルム,ないし撮像素子の感度から
SV を計算しておき,カメラに内蔵された露出計で BV を測定
し EV を求めるのである.プログラム AE モードの場合は,各
(5)
SV = log2 (N · S)
(6)
S:ISO 感度
ここで N と K は,定数である.
220
日本写真学会誌 2009 年 72 巻 3 号:220–221
フォトマスター検定過去出題問題の解答と解説
-編集委員会編
次の文章を読んで,正しい記述を①~③の中から選べ.
「約 1200 万画素(4240×2830 画素)で記録したデジタル
カメラの画像を,200 dpi の解像度で画像全体をプリン
トする場合の画像の寸法はどのくらいになるか,次の中
から最も適切なものを選べ.」
① 21.2 cm×14.2 cm.
② 53.8 cm×35.9 cm.
③ 84.8 cm×56.6 cm.
位として dpi が使われている.dpi とは,Dot Per Inch の略で,
1 インチの長さの中に何個の画素を出力できるかを表わした
数値である.1 インチは 2.54 cm なので,この数字を覚えて
おかないとこの問題の答を出すことはできない.逆に,この
数字さえ知っておけば,簡単に答を出すことができる.1 イ
ンチの中に 200 個の画素が出力できるので,ひとつの画素の
幅は 2.54/200=0.0127 mm となる.この値に画素数を掛けた
ものが出力される画像の寸法となる.
(H20 年 11 月,準 1 級)
横方向:4240×2.54/200=53.848 cm
縦方向:2830×2.54/200=35.941 cm
【解答】②
すなわち②が正解となる.
ところで,実際にデジタル画像を出力する際に,出力機器
【解説】デジタル画像は,画素と呼ばれる点から構成されてい
の解像度がわからないことも多い.インクジェットプリンタ
る.画素とは,被写体の二次元の明るさ情報を一定間隔の位
のように,公称されている解像度が,本来の空間的な解像度
置ごとに表わしたものである.構成する画素の数は,デジタ
だけでなく,階調を表現するためにも利用される(複数のドッ
ル画像のもっとも基本的な特性で,問題文にあるように画像
トを組み合わせて擬似的に階調を表現する)場合,公称の解
全体の画素数や,横(水平)方向と縦(垂直)方向の画素数
像度から出力サイズを求められないこともある.また,アプ
で表記することが多い.なお,この問題文には記されていな
リケーションソフトや出力機器のドライバソフトで補間や間
いが,もうひとつの基本的な特性が,画素の階調数(ビット
引き処理が可能なので,実際にはサイズや解像度の数字は自
長)であり,明るさ方向(色の濃淡)の情報の細かさを表わ
由に設定できてしまうことも多い.
している.
このように,実際には上記の関係が直接,役に立つ場面は
デジタル画像は,モニタやプリンタなどの画像出力機器に
かなり限定されてしまうのであるが,デジタル画像出力の基
出力することで,はじめて鑑賞可能な状態になるが,このと
本的な関係として知っておくことは意義があるだろう.例え
きの大きさは,画素数と出力機器の解像度によって決まる.
ば,一般に写真画質と呼べるようなプリントを得るためには,
出力機器の解像度とは,一定の長さの中に何個の画素を出
最低 300 dpi 程度の解像度が必要なので(観察距離やプリン
力できるかを表わしたものである.解像度が高いと,一定の
トのサイズにもよる),この値を基準に上記の計算をすれば,
長さの中に多くの画素を出力でき,より細かい情報を表現す
ある画素数のデジタルカメラで,どれくらいの大きさのプリ
る能力があることになる.しかし,同じ画素数のデジタル画
ン ト ま で 出 力 可 能 か と い っ た 目 安 が わ か る.た と え ば,
像を出力した場合は,解像度が高いほど同じ長さの中に多く
2048×1536 の 300 万 画 素 の デ ー タ で あ れ ば,300 dpi で
の画素が詰め込まれるので,画像のサイズが小さくなる.
17.4 cm×13.0 cm なので,A4(29.7 cm×21.0 cm)プリントに
画像出力機器,とくにデジタルプリンタの解像度を表す単
は不足である.しかし大判プリントは観察距離も長くなるこ
221
とを考え,180 dpi でもよいと考えれば,28.9 cm×21.7 cm と
なり,A4 判のプリントにほぼ対応できることになる.キャビ
ネ判(16.5 cm×12.0 cm)であれば,300 万画素データで 300 dpi
のプリントにほぼ対応できる.このように目安をつけておけ
ば,出力サイズに満たない画素数の画像を無理に出力して,
細かいところがはっきりしない(ボケたような)プリントを
作ってしまったり,逆に,せっかく持っている情報の多くが
出力時に捨てられて無駄になるのを避けることができる.
次の文章を読んでそれぞれ解答すること.
「『(ア)と呼ばれる撮影および現像済みフィルムの劣化
が,国産のフィルムにおいても発生していることを確
認.』と,報道された.それまで,1953 年以前に製造さ
れていた TAC(セルローストリアセテート)製のフィル
ムが,加水分解によって劣化することは知られていたが,
新たに(イ)に製造されたフィルムでも見つかったこと
がニュースである.撮影・現像済みのフィルムは,一般
的に通気を遮断したビニール袋などに入れて金属製の缶
など収め,さらに密閉された空間(納戸など)に保管す
ることが多いが,かえってこのように保管したもののほ
うが劣化を起こしやすく,プリントや映写に頻繁に供さ
れるほうが劣化を起こしにくいとのことである.この
C,相対湿度 50%の場合,約 30 年で
(ア)は,温度 24°
始まるといわれており(ウ)で確認できる.もし,確認
された場合には,そのフィルム(ネガカバーなども)を
(エ).」
(ア)に入る正しい言葉を①~③の中から選べ.
①ビネガーシンドローム
(Vinegar syndrome,酢酸化症候群)
②サルファーシンドローム
(Sulfur syndrome,硫黄化症候群)
③オキサイデーションシンドローム
(Oxidation syndrome,酸化症候群)
(イ)に入る正しい言葉を①~③の中から選べ.
① 1960 年代
② 1970 年代
③ 1980 年代
(ウ)に入る正しい言葉を①~③の中から選べ.
①硫黄臭,フィルムのひび割れ,黒い粉(結晶),
ワカメ状の収縮
②酢酸臭,フィルムのべとつき,白い粉(結晶),
ワカメ状の収縮
③酸化臭,フィルムのひび割れ,白い粉(結晶),
カーリング
(エ)に入る正しい言葉を①~③の中から選べ.
①新しいネガカバーやビニール袋に入れ替えること
が推奨されている
②取り出して隔離し,他のフィルムに影響を及ばさ
ないようにしなければならない
③一度取り出して水蒸気に当てて洗浄してからよく
水分を拭き取ることが推奨されている
平成 20 年 11 月 1 級
【解答】(ア)①,(イ)①,(ウ)②,(エ)②
【解説】写真フィルムの保存の上で最近注意が喚起されている
のがビネガーシンドロームである.古いフィルムを保管して
ある容器を開けると,かすかに酢のにおいがすることがある.
これはビネガーシンドロームが進んでいることを示してい
る.この症状がさらに進むとフィルムがべとついたり白い粉
を吹いたりする.フィルムの柔らかさが失われて,ワカメ状
に曲がったり縮んだりゆがんだりもする.もちろんフィルム
上の写真画像もダメージを受ける.
この症状は写真フィルムのベース自体が長期保存の間に化
学的に変質していくことによる.フィルムベースには 1950 年
代頃からセルローストリアセテート(cellulose triacetate.古
くは triacetyl cellulose と呼ばれたため,TAC という略称が今
でも使われる)というプラスチックが使われている*.TAC
ベースは水分によって少しずつ加水分解という反応を起こ
し,その結果,酢酸が生ずる.やっかいなことに,生じた酢
酸はこの分解反応の触媒となってさらに反応を加速させ,ね
ずみ算式に劣化が進行する(自己触媒反応).密閉容器にフィ
ルムを保管しておくと,酢酸がどんどん蓄積されるため,ビ
ネガーシンドロームも進行しやすくなる.
ビネガーシンドロームを予防するには,最初の加水分解を
起こしにくくする必要がある.そのためにもっとも確実な方
法としては,低温低湿度での保管が推奨される.自己触媒反
応を抑えるためには,発生した酢酸を蓄積させないことも有
効である.たとえば,映画フィルムのように長いフィルムを
きつく巻いておくと,発生した酢酸がこもってしまうので,
緩く巻いて通気性を高くする.容器に入れたまま密閉してお
かず,冬の乾いた日などに容器から出して風を通すのも良い.
ビネガーシンドロームが進んだフィルム自体を修復するの
はほぼ不可能である.情報を失わないためには,他の媒体へ
のコピー程度しか有効な対処はない.また,傷んだフィルム
を他のフィルムといっしょに保管すると,生じた酢酸が他の
まだ健全なフィルムのビネガーシンドロームを促進してしま
う.ビネガーシンドロームを起こしたフィルムは,直ちに他
の健全なフィルムから隔離する必要がある.
TAC ベースは現在も広く使われている.したがって,ビネ
ガーシンドロームは,たった今も進行している問題でもある.
しかし,適切な保存を行えば,TAC ベースの保存寿命は 100
年程度はあるともいわれている.写真に限らず,あらゆる記
録メディアに共通することではあるが,適切な保存方法をと
ることが重要といえるだろう.
* TAC 以前は硝酸セルロース(ニトロセルロース nitrocellulose,NC)
がベースに使われていたが,燃えやすく自然発火の危険性がある
ため,1950 年代末までに TAC ベースに置き換わった.フィルム
に残る SAFETY の表示は,この発火等の危険がないことを示して
いる.なお,たとえばマイクロフィルムや映画の上映用ポジフィ
ルムなどには,より強度と安定性に優れる PET(ポリエチレンテ
レフタレート polyethylene terephthalate)が主に用いられるよう
になっている.
315
日本写真学会誌 2009 年 72 巻 4 号:315–316
フォトマスター検定過去出題問題の解答と解説
-編集委員会編
次の文章を読んで,正しい記述を①~③の中から選べ.
「フィルムのきめ細かさを表現する場合に,『RMS 粒状
度』を使うことがあるが,この『RMS 粒状度』とはどの
ようなものであるか,また,撮影および現像後に RMS 粒
状度 10 のフィルムと RMS 粒状度 11 のフィルムのきめ
細かさを比べた場合,どちらがきめ細かいか,最も適切
に説明しているものを次の中から選べ.」
①RMS 粒状度は,フィルムの粒子の大きさそのものを示
しているわけではなく,肉眼で現像後のフィルムの画
像を見た場合に,ザラつきと見える程度を物理的な計
測により数値化したものである.RMS 粒状度 10 のフィ
ルムの画像のほうが RMS 粒状度 11 のフィルムの画像
よりきめ細かい.
②RMS 粒状度は,フィルムの粒子の大きさそのものを示
しているわけではなく,肉眼で現像後のフィルムの画
像を見た場合に,ザラつきと見える程度を物理的な計
測により数値化したものである.RMS 粒状度 11 のフィ
ルムの画像のほうが RMS 粒状度 10 のフィルムの画像
よりきめ細かい.
③RMS 粒 状 度 10 の フ ィ ル ム の 粒 子 の 直 径 は 平均で
10 µm,RMS 粒状度 11 のフィルムの粒子の直径は平
均で 11 µm であり,RMS 粒状度 10 のフィルムの画像
のほうが RMS 粒状度 11 のフィルムの画像よりきめ細
かい.
(H 20 年 11 月,1 級)
【解答】①
【解説】銀塩フィルムに記録された画像は,ランダムに分布し
た微小な銀粒子の集合によって形成されている.このため,
本来は均一なものが写っている部分でも,大きく拡大して見
ると,ざらつきを感じることがある.問題文では「きめ細か
さ」と書かれているが,このような性質を,専門的には粒状
性と呼んでいる.すなわち,よりざらつきを感じる場合を粒
状性が悪い,よりきめ細かく見える場合を粒状性が良いなど
と表現する.
粒状性を定量的に数値で表したものを粒状度と呼び,いく
つかの方法が知られているが,その中でもっとも一般的に使
われているものが RMS 粒状度である.RMS とは Root Mean
Square の略で,いわゆる標準偏差を使って,ざらつきを定量
化したものである.
以下,具体的に測定方法を追いつつ説明しよう.粒状度を
測定したいフィルムないし印画紙に,ムラの無い均一な露光
を与え現像したもの(試料)を用意する.要は,ベタ画像で
ある.この試料を,マイクロデンシトメータ(ミクロ濃度計)
と呼ぶ微小な部分の濃度が測定できる測定器にかけて濃度を
測定する.測定位置を変えながら多数の点で濃度を測定し,
統計的に十分な数の測定値を得る.通常,一次元や二次元に
試料を走査しながら測定するので,図 1 のような結果が得ら
れる.図の丸印の点が,測定した各点での濃度を示し,多数
の測定値を平均したものが図の「平均値」と書かれた線であ
る.平均値からの各測定点の偏差(ずれ)を求め,さらにそ
れを自乗したものの平均値を算出し,その平方根をとる.す
なわち,測定した濃度データの標準偏差を算出する.この値
をそのまま使うと非常に小さな値となるため,RMS 粒状度で
は,この標準偏差を 1000 倍した数値を用いる.式で表わす
と以下となる*:
RMS 粒状度= 1000 ×
2
1
-------------- ∑ ( D i – DAve )
n–1
n : 測定点の数
Di : i 番目の測定濃度
DAve: 濃度の平均値
* 平均値と説明したが,規格上の定義としては
n ではなく n–1 で
割っている.これは統計学でいう不偏推定標準偏差を求めている
ためである.ただし,実際には n は十分に大きいので,この違い
は重要ではない.
316
日本写真学会誌 72 巻 4 号(2009 年,平 21)
図 3 RMS 粒状度の記載例
(フジクローム Velvia50 データシートより)
面積で測定した結果でないと比較できない問題もある.
現在,一般撮影用のフィルムでは,直径 48 µm の円に相当
する部分を測定することが標準となっている.
これは,コダッ
図 1 マイクロデンシトメータによる測定例
ク社が提唱し,業界標準となったもので,各社ともこの条件
で測定した値を公表しており,現在は ANSI 規格にもなって
いる.
粒状度は,フィルムの濃度によって異なる性質があり,測
定部分の濃度も規定しておかないと,数値の比較ができない.
この条件も同様にコダック社が提唱した濃度 1.0 の部分で測
定した値が標準として使われている.図 3 は,富士フイルム
製フジクロームベルビア 50 のデータシートの一部を示した
もので,上記の条件で測定した RMS 粒状度が公表されてお
り,粒状性に関する情報を得ることができるようになってい
る(図で拡散 RMS 粒状度とあるのは,拡散濃度と呼ばれる
濃度値に基づいた RMS 粒状度であることを示しており,説
明は省略するが,通常,公表されている RMS 粒状度はこの
条件で測定される).
図 2 図 1 と同じ試料をより大きな面積で測定した場合
RMS 粒状度は,標準偏差を使った粒状度なので,数字が小
さい方が平均値からのばらつきが少なく粒状性がよい.RMS
粒状度が 10 のフィルムと 11 のフィルムの比較では,より数
字の小さな 10 のフィルムの方が粒状性が良い(=きめが細
かい)ことになるので,選択肢の②は間違いであることがわ
かる.また,現像後の画像の濃度の標準偏差なので,
(現像前
の粒子であるか,現像後の画像銀の粒子であるかに関わらず)
選択肢③に書かれているようなフィルム内の粒子のサイズを
表わしたものでもない.
ところで,上記の説明では,微小な部分を測定すると簡単
に書いたが,実際には,測定する微小部分の面積の大小によっ
て,得られる RMS 粒状度の値は大きく変化する.RMS 粒状
度の測定では,このサイズを適切に決めることがポイントと
なるので,以下に解説を続けよう.
図 2 は,図 1 と同じ試料を,ずっと大きな面積で測定した
場合の結果を示したものである.大き過ぎる面積を測定する
と,図 2 のように細かなばらつきが埋もれてしまい(観察し
ている範囲内が平均化されるため),実際に見たときに感じる
差が測定値に現われない場合がある.しかし,面積が小さい
ほど良いというわけではない.人の視覚系の分解能には限界
があり,その程度を越えて細かい部分を測定しても,かえっ
て実際の見た目と一致しない場合がある.主観的なざらつき
感に近い値を得るには,適切な面積を設定する必要がある.
また,このように面積によって値が大きく異なるので,同じ