プロスポーツリーグのガバナンス

新制度派経済学によるアプローチ
中央大学ビジネススクール
丹沢プロジェクト所属
大井義洋
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The sports business industry remains one of the largest
and fastest growing industries in the US.
In its annual comprehensive survey, the sports business
journal (SBI) estimated the size of the sports industry in
the US at $213 billion in 2006.
That is more than twice the size of the auto industry and
seven times the size of the movie industry.
(Markus Lang 2007)
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0.プロスポーツリーグの定義
1.本研究の目的
2.新制度派経済学によるアプローチ(所有権理論)
3.プロスポーツリーグ組織の比較制度分析
4.プロスポーツリーグの外部市場
5.プロスポーツリーグの戦力均衡策
6.仮説
7.検証
8.まとめ
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0.プロスポーツリーグの定義
プロスポーツリーグは競技組織と同時に経済組織とし
ての側面を持ち合わせる。
経済組織としてのスポーツリーグを「ゲーム(試合)」に
よって発生する様々な財(PROPERTY LIGHTS)を分け
合う経済主体(リーグ・クラブ・選手など)の集合と定義
する。
プロスポーツリーグのメインのプロダクト(商品)は「ゲー
ム」であり、その重要な品質は「勝敗の予測丌可能性」
である。
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1.本研究の目的
プロスポーツリーグのガバナンスとして、アメリカでは、クラブ間
の戦力均衡を目的とした諸制度の導入ならびに収入面において
もリーグが管理する中央集権型の方式を多くが採用している。
一方、ヨーロッパではリーグを主権としながらクラブ(チーム)に
よる自由競争を前提とした権力分散型 が多く見受けられる。
日本のプロ野球では完全クラブ主導型ガバナンスとなっている。
これらのガバナンス制度の違いはどこから生まれ、市場支配・
効率性といった観点で見たときどのような説明がつくのか?
本研究ではプロスポーツのガバナンス制度のメカニズムを新制
度派経済学の理論的フレームワークにもとづいて比較検証する。
そして どのガバナンス方式が理想的な組織制度なのかを提言す
る。
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2.新制度派経済学とは
すべての経済主体は効用極大化するが、その情報の収集・処理、
そして伝達能力は限定合理性が仮定され、市場取引は必ずしも
効率的な配分システムとはみなされず、市場に代わって組織が効
率的資源配分システムと分析されるのが新制度派経済学の考え
方である。ここでは取引コスト理論、エージェンシー理論、所有権
理論が構築される。
取引コスト
理論
エージェンシー
理論
所有権
理論
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2.所有権理論の観点①
所有権理論・・・財の発生させるプラス・マイナスの内部性・外部
性に対して所有権がどのような働きをするかを分析する経済理論
プロスポーツリーグは典型的なチーム生産物である。
チーム生産(アルシャン/デムゼッツ(1972))・・・個別のアウトプット
を単に加算的に合計したものより、共同生産による付加価値が高
いことをいう。
プロスポーツリーグの他産業との比較においての最大の相違点は、
1クラブ(1社)単独では生産(ゲーム)ができないという点にある。
故に、競争と同時に協働が重要となる。
チーム生産の場合には、参加者を監視する「モニター」が必要。
プロスポーツリーグの場合は、リーグがこの「モニター」となって、
個々のクラブの機会主義的行動(モラルハザード・ホールドアップ・
アドバースセレクションなど)による損害を防いでいる。
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2.所有権理論の観点②
プロスポーツリーグの組織は、協同組合とフランチャイズの混合形態。
協同組合・・・共通する目的のために経済行為者が集まり、組合員
となって事業体を設立して共同で所有し、民主的な管理運営を行う
非営利の相互扶助組織。
フランチャイズ・・・規模の経済を利用し、機会主義的行動の余地を
狭め、法的に独立した経済行為者の間の協調形態。
一つの会社にしないのは、各々のクラブが独立していることによっ
て市場に公平さのシグナルを送るためである。
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2.所有権理論の観点③
所有権理論の観点で行くと、リーグとクラブのどちらが財の所有権
を持っているのかが効率的かという観点が重要となる。
収入の第一次所有者
アメリカ
NFL
リーグ
収入
全国放送権
○
ローカル放送権
○
全国スポンサー
○
ローカルスポンサー
入場料
○
商品化(グッズ)
○
イングランド
MLB
クラブ
リーグ
プレミアムリーグ
クラブ
○
○
○
リーグ
クラブ
日 本
Jリーグ
リーグ
クラブ
NPB(プロ野球)
リーグ
bjリーグ
クラブ
リーグ
○
○
○
○
○
○
○
○
○
○
○
○
クラブ
○
○
○
○
○
○
○
○
○
○
○
○
○
○
○
○
○
○
○
○
⇒収入・PRの面で重要な放送権をリーグとクラブどっちが所有す
るかが重要なポイントである。
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3.プロスポーツリーグ組織の比較制度分析
リーグ統括組織のガバナンス制度を、リーグによる財の所有の観点とクラブ間の
格差の排除(均衡制度)の度合いから以下のように分類。
社会主義システム
ハイブリッドシステム
(社会+自由競争主義)
自由競争主義システム
国家に例えると
(北朝鮮型)
(中国型)
(欧米・日本型)
ガバナンス制度の
特徴
収入をリーグに集中させ、レ
ベニューシェアリングによりク
ラブ間の収入格差を最小限
に留めようとする中央集権的
なガバナンスを取る。
また、サラリーキャップやドラフ
ト等の戦力均衡策を取る。
ある程度の収入はリーグに集
めるが、成績に応じた分配を
行う。
基本クラブの戦力均衡策は
取らず、自由競争を促進して
いる。
リーグ統括組織のガバナンス
はほとんどなく、クラブ独自で
の収入獲得が前提で、自由競
争により成り立っている。
・NFL(アメフト)
・プレミアリーグ(イングランド)
・ブンデスリーガ(ドイツ)
・Jリーグ(日本)
・チャイナ・スーパーリーグ
(中国のサッカー)
・NPB(日本のプロ野球)
外部競合市場(地域リーグ・他
国のリーグ)があるヨーロッパ
および東アジア地区のサッ
カーリーグはこの形態に属して
いる
リーグに所属するいくつかの
強い発言権を持つチームが存
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在する場合に見られる
代表プロリーグ
(National Football League)
・MLB(アメリカのプロ野球)
(Major League Baseball)
リーグの特徴
アメリカのプロスポーツリーグ
のように外部に競合リーグが
ない場合、あるいは規模の小
さいプロリーグが採用する傾
向がある。
・セリエA(イタリア)
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4.プロスポーツリーグの外部市場
アメリカの4大プロスポーツリーグ(NFL(アメフト),NHL(アイスホッケー),NBA(バスケ),
MLB(野球))は、基本競合の存在しない独占企業体であり、外部市場は存在しない。
ヨーロッパのサッカープロスポーツリーグは、2つの外部市場(競合リーグ)が存在する。
ひとつは各国リーグであり、選手の獲得や放送権販売において競合となる。
もうひとつは各国リーグの上位クラブによる戦いであるUEFAチャンピオンズリーグ(UCL)の
存在である。この大会に出場できるかどうかによって、クラブ自身の収入が大きく左右され
ると同時に、そのクラブが所属するリーグにも配分金があるため、UCLにおけるクラブの成
績が国内リーグ全体の収益・人気にも反映される。
ヨーロッパの例
UEFAチャンピオンズズリーグ(ヨーロッパリーグ)
プレミアリーグ
セリエA
ブンデスリーガ
リーガ・
エスパニョーラ
その他の
国々
各リーグ・クラブは国境を越えて、選手獲得・TV局・スポンサー獲得の競合となっている
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5.プロスポーツリーグの戦力均衡策
レベニューシェリング(収入分配)
⇒リーグからクラブへの収入分配制度であり、NFLでは加盟32クラブへほぼ均等
にレベニューシェアリングを行うため、クラブ間の収入の最大格差は2倍以内にとど
まる。日本のプロ野球・Jリーグは約5倍。
サラリーキャップ(選手給料総額の上限)
⇒NFLでは、さらに下限も設けることによりチームの選手投資金額の均等化を図る。
MLBでは、ラグジュアリータックスと呼ばれる上限を超えた場合に税金を課す制度
により均衡を図る。サッカーリーグは選手投資への制限なし。
ドラフト(新人選手の採用会議)
⇒アメリカのスポーツリーグや日本のプロ野球では見られるが、サッカーリーグでは
自由獲得競争となっているのが普通である。
※サラリーキャップやドラフト制度は選手の年俸を抑える効果もある。
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6.仮説
1)
クラブの戦力均衡制度を図る社会主義型のリーグは
高い観客動員を実現する
(勝敗の予測丌可能性が高まるので)
2)
社会主義型およびハイブリッド型のリーグは、自由競
争型と比べて高い売上高成長を実現する。
(独占レントを獲得できるので)
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7.検証 =収入成長率と観客動員成長率=
■散布図(2000-2008間の成長率比較)
観客動員成長率×収入成長率
225.00%
200.00%
社会主義型
収入成長率
PREMIER LEAGUE(イングランド)
NFL
(アメフト)
175.00%
MLB
(アメリカ野球)
150.00%
125.00%
100.00%
ハイブリッド型
SERIE A
(イタリア)
自由競争主義型
BUNDESLIGA
(ドイツ)
J LEAGUE
(日本)
NPB(日本のプロ野球)
75.00%
75.00%
100.00%
観客動員成長率
125.00%
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8.まとめ
■観客動員ではハイブリッド型の優位性が見てとれるが、社会主義型の代表
格であるNFLはここ数年観客はスタジアムキャパシティのほぼ100%で平均
70000人近い動員率・動員率を達成・保持していることを考えると、自由主義
型と比べた優位性がある。
■収入の成長率においても、社会主義型・ハイブリッド型の優位性が見られる。
■リーグの外部市場が存在しない、すなわち独占企業体となれる場合には社
会主義型のガバナンスをとり戦力均衡策を取る。アメリカのプロスポーツリーグ
は、基本リーグ全体が独占企業体となって競合が存在しない。そのため、収益
面でも独占レントが獲得できるガバナンスであり、優位性がある。
■外部市場が存在する場合は、いくつかの強豪クラブ(成績・資金面など)を
作り、そのクラブが外部市場での競争(成績・人気面)に勝つことによりリーグ
全体の収益に還元されるため自由競争を促進しながら、ガバナンスも効かした
ハイブリッド型のガバナンスが求められる。
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