第 14 号 社団法人 日本経済研究センター Japan Center for Economic Research 2009年9月10日公表 自動車取得促進策 日独での明暗は何ゆえか - 入念な制度設計と時宜を得た導入に向け事後的検証を - 短期予測班 佐々木 真澄 ▼ポイント▼ 9 同種の自動車販促策を導入した日独間で、その効果に大きな差 9 日本の補助金支給要件は厳しくかつ支給額も控えめ。政策の出し惜しみも差異の一因 9 ドイツ、燃費高性能車をはじめ、買い替えニーズが強かったことも寄与 図 1 日独の乗用車(Passenger Car)販売市場の推移 40 (前年比、%) 30 ドイツ 日本 20 自動車取得促進策 ドイツ09年1月開始 10 0 -10 -20 自動車取得促進策 日本09年4月開始 -30 -40 01:1 01:3 02:1 02:3 03:1 03:3 04:1 04:3 05:1 05:3 06:1 06:3 07:1 07:3 08:1 08:3 09:1 (資料)日本自動車販売協会連合会、全国軽自動車協会連合会、ドイツ自動車工業会 (四半期) 【 はじめに ~ 問題意識 ~ 】 に優れた新車を購入した者に対して、補助金等 の支給を行う施策である。この制度は、ドイツ など欧州で先行導入された後、中国、日本、そ して、米国でも採用され、程度の差はあれ、低 迷していた新車販売の押し上げに寄与してい る(表 1)。わが国においても、プリウス(ト ヨタ)やインサイト(ホンダ)といったハイブ リッド車の販売好調が続いている。 今回のグローバル危機には、“耐久消費財不 況”という側面がある。株価の大幅な下落、強 い雇用不安、消費者金融の借り入れ制約などを 背景に、家計は不要不急の消費財である自動車 や家電製品の購入を極端に控えた。そのため、 関連業界の生産・雇用は大きく落ち込んだ。わ が国の景気の落ち込みが、先進国の中で最も厳 しくなった主因は、まさにそうした加工製造業 のウエートが高いことにある。 ところが、同じ「自動車取得促進策」をとっ ているにもかかわらず、その効果には、各国で 大きなバラツキが見受けられる。とくに、09 年 1 月から販売促進策を導入したドイツでは、 新車販売が月次で 40%(前年比)を超えるほ どの大きな伸びをみせた一方で、09 年 4 月に 導入した日本は、かなり見劣りしている(図 1、 表 1)。 そこで、多くの国では、景気刺激策のメニュ ーの中に、それら財への需要喚起策を盛り込ん だ。関連業界の裾野が広く、波及効果が大きい ことに着目した政策でもある。 このうち「自動車取得促進策」は、各国で多 少の差異はあるものの、基本的には、環境性能 http://www.jcer.or.jp/ 1 日本経済研究センター 経済百葉箱 2009.9.10 両国に着目するには訳がある。というのも、 日独の新車販売動向を比較すると、今回の金融 経済危機以前においてかなり似通った推移を 辿っていることがわかる(図 1)。時期こそ多 少ズレたものの、同じような自動車取得促進策 を採用したにもかかわらず、何故、これほどま でに差異が生じたのか。本稿ではこの点につい て、分析を行う。なお、販売促進策については、 ①特定業界への補助金であることや、②需要の 先喰いでしかなく、促進策打ち切り後の反動減 が懸念されるとの批判もみられるが1、本稿で はそうした点については、考察の対象外として いる。 円換算で 34 万円弱)と、はっきりとした差が ある。財源の問題もあるが、補助金の支給額が 高額であるほど、購入意欲が促進されるのは当 然であろう。 なお、日本の場合は、上記①の車齢要件を満 たさない、すなわち 3 年や 5 年落ちの車を廃車 にした上でエコカーを購入した場合(以下、車 齢制限なし)でも、補助金として 10 万円(軽 自動車の場合は半額)が支給される。もっとも、 夏の賞与をはじめ所得の落ち込みが大きいだ けに、この程度のインセンティブでは、購入意 欲を促すには至りにくいと考えられる。 結果論かもしれないが、支給条件を車齢 13 年と車齢制限なしの制度を併存させるのでは なく、前者に絞り、車齢制限を 9 年ないし 11 年まで短縮した方がより大きな効果が得られ たかもしれない4。 【 ドイツに比べて補助条件の厳しい日本 】 まず、はじめに、日本とドイツの自動車取得 促進策の制度を比較してみる。両国ともに、制 度の骨格は同じで、①経年車を廃車にし、環境 性能の高い新車を購入した場合に、②補助金を 支給するものである2(表 2)。 このほか、日本では若者を中心に「車離れ」 が傾向として続いている。こうした構造要因が 両国の販売結果に影響した可能性は高い。 ただ、仔細に両国の補助金支給条件を比較す ると、日本の方が厳しいことがわかる。まず、 ①の要件についてみると、日本は車齢 13 年超 を要件(13 年以下の場合は後述)とするのに 対し、ドイツは車齢 9 年超の経年車の廃車を要 件としている。この条件を評価するに当たって は、両国の残存車両(=ストック)の車齢分布 を見て比較する必要がある。日本では車齢 13 年超の車両が全体の約 11%を占めるにすぎな いのに対し、ドイツでは車齢 9 年超の車両が全 体の約 39%を占めており、今回の措置で購入 を検討する潜在的な対象が、ドイツの場合が遥 かに多いことが分かる3(図 2)。 【 導入時期の問題 】 以上みてきたように、ドイツに比べ日本の販 売促進策は、条件が厳しくかつ支給額も少なく なっている。加えて、制度導入の時期もやや逸 した面は否めない。というのもドイツの新車販 売台数は、例年 3 月に最初のピークを迎えるが、 その直前の 1 月に促進策を開始させたことで、 その効果が大きくなったと考えられる。一方、 日本は例年 2 月、3 月に販売台数の大きなピー クを迎えるが、制度導入は 4 月となった。 このように、制度導入に当たっては、中身も さることながら、タイムリーであることも重要 な要素であることが分かる(表 1、図 3)。 次に、②の補助金の支給額についても、日本 は 25 万円(軽自動車の場合は半額)であるの に対し、ドイツは 2,500 ユーロ(1 ユーロ=135 また、ドイツの場合、当該政策は期限でなく 予算額で上限を画したため、消費者が殺到した 面もある。わが国の場合は、09 年度末までの 時限措置としており、予算を超過した場合には、 補正での積み増しがあるものと、一般的には考 1 ドイツの促進策は、予算枠に達したため、去る 9 月 2 日で申請受け付けが打ち切られたため、今後、反動 減がみられる公算が大きい。 2 わが国の場合、別途、環境対応車を購入した場合に、 自動車取得税および同重量税を減免する措置も導入し ている(エコカー減免税と呼称、09 年度から 3 年間適 用される)。 4 仮に 9 年超まで条件を緩和した場合には、中古車業 界にとっては「優良玉」の入手困難を通じ、痛手とな ったと考えられる。 3 日本の要件を 9 年超まで緩和すれば、総数の約 1/3 まで対象は拡がる。 http://www.jcer.or.jp/ 2 日本経済研究センター 経済百葉箱 2009.9.10 えられている5。 ズが高まっていたところに、的を得た政策が導 入されたことで、新車販売が大きく伸びたと考 えられる。 【 小型車への需要シフトが顕著なドイツ 】 今回の金融経済危機に至る数年間、自動車保 有者は、ガソリン高騰に悩まされてきた。そう した状況下で、消費者には低燃費車への乗り換 えインセンティブが高かったと考えられる。こ の点を念頭に置きつつ、実際に、今回の販売促 進策を通じ、日本とドイツ両国でどのような乗 用車の販売が伸びたかを見ていこう。 【 潜在的な買い替え層が多かったドイツ 】 まず、ドイツでは、促進策導入後、小型車の 販売増加が顕著となっている(図 4)。元来、 ドイツと言えば、アウトバーン(高速道路)を 超高速で走行するイメージがあるように、高速 走行にも耐え得る中大型車を保有する消費者 が多く、相対的に小型車保有比率は低い(図 5)。 ガソリン高騰を経験した消費者にとってみれ ば、乗り換え需要が高まったと考えても無理は ない。しかも、今回の促進策の補助金は定額 (2,500 ユーロ)支給となっており、中大型車 に比べて一般的に安価な小型車の補助率が高 くなっていることも見逃せない。 一方の日本では、販売促進策やエコカー減免 税の効果もあって、プリウスやインサイトとい ったハイブリッド車の販売が好調となってい る(図 6)。しかしながら、ハイブリッド車以 外の販売は総じて、低調なままにある(図 4、 図 6)。こうした背景には、もともと軽自動車 や小型車などの低燃費車がかなり普及してい るとの事情がある。よって、今回の政策自体で、 急いで低燃費車に乗り換えようと考える人は、 ドイツに比べ多くなかったと考えられる(図 5)。 ドイツは、2007 年 1 月に付加価値税を 16% から 19%に引き上げた。ドイツでは、この増 税により 06 年の 10-12 月期には駆け込み需要 が発生し、07 年に入ると新車販売が大きく落 ち込んだ(図 1、図 8)。 ドイツの車検制度は日本と類似しており、新 車購入後 3 年で初回車検、以後は 2 年毎に車検 を要する。付加価値税率の引き上げによって、 07 年に新車購入を見送り、継続保有した者が 少なからず存在したことは、十分に考えられる。 そのため、07 年車検から 2 年後の今年に、新 車の購入を考えていた潜在的な買い替え層が 多かったとも考えられる。 【 政策設計への PDCA の導入を 】 本稿では、同種の政策を発動するにしても、 制度設計、タイミング、アナウンスメントおよ び発動以前の販売環境次第で、効果が異なるこ とを確認してきた。日独の新車購入促進策の差 異は、①制度設計やタイミングといった政策的 要因と、②販売環境の差異といった偶発的要因、 双方によってもたらされている。 後者の要因はどうしようもない。前者の件に ついても、限られた時間での制度設計であった だけに、致し方ない面もある。より重要なこと は、政策効果を事後的に検証し、未来へその教 訓を引き継いでいくことにある。所謂、P(Plan <計画>)、D(Do<実行>)、C(Check<点 検>)、A(Act<改善>)の導入である。本稿 は、多少でもそうした貢献に資することを、モ チベーションとしている。本稿の分析から得ら れる暫定的な結論としては、「集中的に手厚く」 支給するドイツの制度が望ましかったということに なろう。 当該仮説は、両国のガソリン価格の差異から も補強される。ドイツは日本と比較しても、ガ ソリンにかかる税金が高いため、エネルギー価 格が高止まりしている現在、低燃費車(≒小型 車)への需要は高まっている(図 7)。そうし たドイツの低燃費車(≒小型車)に対するニー 5 とすれば、年度末にかけて「駆け込み」購入が顕現 する可能性は捨てきれない。もっとも、人気の新型プ リウスに注文が殺到したため、メーカーの生産が追い ついていない。既に最近の成約者は、年度末以降の納 車となるため、補助金申請期限に間に合わないとされ ている。この点は、 「駆け込み」購入を抑制する方向に 作用するとも考えられる。 (研究生、全国共済農業協同組合連合会より派遣) http://www.jcer.or.jp/ 3 日本経済研究センター 経済百葉箱 2009.9.10 表1 主要国の乗用車販売の推移 (前年同月比、%) 09 年 1月 2月 3月 4月 5月 6月 7月 日本 ▲20.0 ▲24.4 ▲24.5 ▲22.8 ▲17.4 ▲12.2 ▲2.8 ドイツ ▲14.2 +21.5 +39.9 +19.4 +39.7 +40.5 +29.5 フランス ▲7.9 ▲13.2 +8.0 ▲7.1 +11.8 +7.0 - イタリア ▲32.6 ▲24.4 +0.2 ▲7.5 ▲8.6 +12.4 - スペイン ▲41.6 ▲48.8 ▲38.7 ▲45.6 ▲38.7 ▲15.9 - 英国 ▲30.9 ▲21.9 ▲30.5 ▲24.0 ▲24.8 ▲15.7 +2.4 米国 ▲36.3 ▲38.4 ▲34.6 ▲34.2 ▲38.6 ▲30.4 ▲10.6 中国 ▲7.7 +24.2 +10.3 +37.4 +46.8 +48.4 +70.5 (資料)各種報道、日本自動車工業会、ACEA、中国汽車工業協会に基づき日経センターで作成 表 2 日独の買い替え促進制度の概要 日本 ドイツ ・9 年超の経年車を廃車 ・13 年超の経年車を廃車 エコカー 補助金額 ⇒25 万円(軽自動車は半額) ⇒2,500 ユーロ ・上記以外 (1ユーロ=135 円換算で 33.75 万円) ⇒10 万円(軽自動車は半額) <09 年 1 月~12 月> <09 年 4 月~10 年 3 月> 政府予算 エコカー減税 3700 億円(278 万台相当) 50 億ユーロ(200 万台相当) 自動車取得税・自動車重量税が減免 自動車税が免除 (注)ドイツは予算枠に達したため 9 月 2 日で申請受け付け打ち切りを発表 (資料)各種報道、ACEA に基づき日経センターで作成 図 2 日独の乗用車の車齢分布 ドイツ:約39%(9年超) > 日本:約11%(13年超) <平均車齢> ドイツ 16.8 22.1 38.9 日本 11.2 8.0年 61.1 13年超 23.0 9~13年 0~8年 7.23年 (平均使用年数 は11.67年) 65.8 (%) 0 10 20 30 40 50 60 70 80 90 100 (注)1.日本は2008年3月末、ドイツは2008年1月1日現在。 2.日本は軽自動車を含まない。 (資料)自動車検査登録情報協会『わが国の自動車保有動向』、日本自動車工業会『世界自動車統計年報』 http://www.jcer.or.jp/ 4 日本経済研究センター 経済百葉箱 2009.9.10 図 3 日独の月別乗用車販売台数の推移 80 (万台) < 日 本 > 80 70 2005年 2006年 60 2008年 2009年 2007年 2005年 2006年 60 2008年 2009年 50 40 40 30 30 20 20 (月) < ドイツ > 70 50 10 (万台) 10 0 (月) 0 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 1 2 3 4 5 6 7 (資料)日本自動車販売協会連合会、全国軽自動車協会連合会、ドイツ自動車工業会 図4 8 9 10 11 12 日独のセグメント別乗用車販売の推移 <日本> 10 2007年 <ドイツ> (前年比、%) 200 0 (前年比、%) ミニ エコノミー・コンパクト その他 合計 150 -10 100 -20 50 普通車 小型四輪車 軽四輪車 合計 (月次) -30 -40 0 (月次) -50 -50 09/01 09/02 09/03 09/04 09/05 09/06 09/07 09/01 09/02 09/03 09/04 09/05 09/06 09/07 (注)ドイツについて、ミニは Fiat Panda(排気量:1,100cc~)等、エコノミーは Opel Corsa(排気量:1,600cc~)等、コンパクト は Volkswagen Jetta(排気量:1,400cc~)等が該当する。 (資料)日本自動車販売協会連合会、全国軽自動車協会連合会、ドイツ連邦自動車局 図 5 日独の乗用車の気筒容積別保有台数 構成比 60 50 40 (%) <日本> 60 50 小型車はかなり 普及している 40 30 30 20 20 10 10 0 (%) <ドイツ> 小型車へ移行す る余地大きい 0 ~999cc ~1,399cc ~1,999cc ~1,000cc ~1,500cc ~2,000cc 2,001cc~ (注)1.日本は2007年3月末現在、ドイツは2008年1月1日現在 2.日本には、ロータリーエンジンなど容積が明らかでないものは含めていない。 (資料)日本自動車工業会『世界自動車統計年報』 2,000cc~ http://www.jcer.or.jp/ 5 日本経済研究センター 経済百葉箱 2009.9.10 図 6 日本の新車販売台数の寄与度分解 10 5 0 -5 -10 -15 -20 -25 -30 (前年比、%) その他普通乗用車 ハイブリッド車 軽乗用車 新車販売台数(含軽) 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 1 2 3 2008 (注)ハイブリッド車はプリウスとインサイトの合計 (資料)日本自動車販売協会連合会、全国軽自動車協会連合会 4 5 6 7 (月) (年) 2009 図 7 日独のガソリン・軽油価格の比較 <自動車用軽油> <ガソリン> 200 180 160 140 120 100 80 60 40 20 0 (円/ℓ) 税額 価格(除く税) 日本 ドイツ 日本 ドイツ (注) ドイツの価格は1ユーロ=135円で換算 (資料) IEA "End-User Petroleum Product Prices and Average Crude Oil Import Costs, July 2009" 図 8 日独の乗用車販売の推移 (前年比、%) 10 ドイツ 日本 5 0 -5 -10 ドイツは07年1月に付加価値税を 3%増税(16%⇒19%)。06年11月 ~12月には駆け込み需要発生。 (暦年) -15 96 97 98 99 00 01 02 03 04 05 (資料)日本自動車販売協会連合会、全国軽自動車協会連合会、ドイツ自動車工業会 06 07 08 http://www.jcer.or.jp/ 6
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