2004年11月22日~11月28日

英国調査団報告
≪はじめに≫
われわれ民主党・かながわクラブ英国県政調査団は、2004 年 11 月 22 日、成田を出
発した。神奈川県議会の行う県政調査に対しては、調査財源や調査実態について、議
会の内外に様々な議論があった。
それにもかかわらず、われわれが真っ先に(出発は日程の関係上第3陣となったが)
調査を希望したのは、批判と危惧を乗り越え、本来の調査目的を成し遂げ、その成果
を議会活動や県政に生かせるとの確信があったからであり、今後の調査団のよき先例
にならなければならないという強い自覚があったからである。
今、調査を終了し、当初の目的を達成した。今回のわれわれの調査活動が本来の目
的にかなうものであったかどうか、具体的に県政の場で実効ある活動が行なわれてい
るかは、今後、調査にあたった各団員の議会活動のあり方で、客観的に評価されるだ
ろう。我々には今後ともそうした評価の対象として活動を行なっていく決意と確信が
ある。
最後に今回の調査にあたり、ご尽力いただきチャンスを与えて頂いた新堀典彦議長、
県政調査審査会の田島信二座長をはじめ各委員、多くの議員の方々、事前学習・調査、
英国現地での調査に快く力を貸して頂いた方々及び当局関係者、さらにはわれわれの
通訳として大いにご尽力いただいたリーガン京子氏、田村直子氏に心から感謝を申し
上げる。
2005 年2月
民主党・かながわクラブ英国県政調査団
団
長
平本さとし
事務局長
松崎 淳
団
大井 康裕
員
同
1
本村賢太郎
≪調査実施期間≫
2004 年 11 月 22 日(月)∼11 月 28 日(日) 7日間
≪調査行程≫
別紙参照(P.4)
≪調査団の構成≫
調査団は以下の4名、随行1名で構成し、団員それぞれの任務分担を下記のようにした。
団
長:
平本 さとし 神奈川県議会議員(横浜市瀬谷区 2期)
事務局長:
松崎 淳
神奈川県議会議員(横浜市金沢区 1期)
教育改革担当主査:
大井 康裕
神奈川県議会議員(横浜市青葉区 1期)
防犯・テロ対策担当主査:本村 賢太郎 神奈川県議会議員(相模原市 1期)
随
行:
亀岡 辰男
議会事務局総務課主幹
≪調査費用≫
調査費用の総額は 327 万円余。詳細は別紙参照(P.60)
≪調査目的≫
1.防犯・テロ対策について
警察・地方自治体・地域住民が一体となって、地域の防犯対策・テロ対策を講じてい
る先進事例を調査することにより、県の安全・安心まちづくり政策に反映させる。
調査対象は首都警察局、
ネイバーフッド・ウォッチなどの住民と警察の協働について、
その実態について聞取り及び同行調査を行なう。
2.教育改革について
今日の世界的な教育改革の源流となった英国の教育改革を調査することにより、本県
の教育改革のあり方に反映させる。併せて、本県において 2005 年度からスタートする地
域運営学校制度の参考とする。
初等・中等教育施設を訪問し、英国の教育改革の現状・課題・展望について関係者か
ら聞取調査を行なう。
≪調査にあったっての国内現地調査・学習≫
現地調査を効率よく、成果あるものとするため事前学習会、国内現地調査を行い、英国
調査の際の質疑項目や要点整理を以下のように行なった。
2
(事前学習・現地調査の実績一覧)
月 日
場
所
調査の概要
9月6日
英国大使館
調査目的を説明し、大使館員から制度概要、調査先
等について説明を受けた。
9 月 13 日
事前勉強会
県庁議会第5会議室
防犯対策については警察本部担当者から、教育政策
について教育庁担当者からそれぞれ説明を受けた。
9 月 29 日
事前勉強会
県庁議会第8会議室
安全・安心まちづくりについて、服部準安全・安心
まちづくり推進課長から、教育については、阿久澤
栄障害児教育課長、石塚恒夫教育事業調整担当課長
等から説明を受けた。
10 月 15 日
県内調査
・麻生高校
・市ヶ尾高校
・新栄高校
教育関係の事前調査として、標記高校を訪問し調査
を行った。
10 月 27 日
県内調査
・愛川町中津第二小学校 教育関係の事前調査として、標記小・中学校を訪問
・大和市西鶴間小学校
し調査を行った。
・大和市鶴間中学校
11 月 18 日
県内調査
・横須賀警察署
・川崎市幸区鹿島田駅
防犯関係の事前調査として、標記警察署等を訪問し
東部地区
調査を行った。
・長者町セーフティステ
ーション
≪県政への政策提言≫
今回の調査活動:
「防犯・テロ対策」
「教育改革」
、それぞれについて県政への政策提言を記
載するようにした。
3
Ⅰ 調査行程等
日
時間
10:55
22
(月) 15:15
調査先・対応者等
調査目的
成田空港発
ロンドン・ヒースロー空港着
その後、Kensington Closeホテルへチェック・イン
6:15
Kensington Closeホテル発ブライトン市へ(列車)
9:00
~
10:00
調査先: Metropolitan Police Authority
首都警察局
場所 Hilton Metropole Hotel
対応者: Lord Toby Harris
トビー・ハリス氏(上院議員)
CLAIR 日野所長補佐が同行
10:49
ブライトン市発ロンドンへ(列車)
12:30
~
14:00
調査先:National Neighborhood
Watch Association
対応者:Roy Rudhamロイ・ラダム氏、
Nigel Daviesナイジェル・デービス氏
地域住民が自主的に組織をつくり、
相互に注意を支払うことで地域の犯
罪抑止を行う活動であるネイバー
フッド・ウォッチの全国組織首脳に、
直接面会し、当該活動について調査
を行う。
14:30
調査先:Crimestoppers
対応者:Brian Wareham
ブライアン・ウェルハム氏
Michael Gordon Gibson
マイケル・ゴードン・ギブソン氏
犯罪通報組織として最も発展してい
る英国のクライムストッパーズ首脳
に直接面会し、当該活動について調
査を行う。
17:00
~
18:00
調査先:Willis International Holdings Ltd
対応者:山田正美氏
パーカー百代氏
世界第3位の保険ブローカーである
当社から、世界で最も進んでいる英
国のテロ保険のシステムについて、
調査を行う。
19:00
~
20:30
調査先:Camden Street Warden Service
カムデン・ストリートは、ロンドンの代
表的な犯罪多発地帯であるが、当該
地域で実施されるパトロールに同行
し、その活動を体験しながら調査を
行う。
21:10
Kensington Closeホテル着
9:00
Kensington Closeホテル発
23
(火)
24
10:00
(水)
~
12:00
調査先:自治体国際化協会ロンドン事務所
対応者:竹内弘明氏、田中尚氏
Andrew Stevens
アンドリュー・スティーブンス氏
4
日本の警視庁に相当する首都警察
局首脳に直接面会し、ロンドンにお
ける防犯対策、テロ対策等について
全般的にわたって、調査を行う。
英国における教育制度・教育改革の
概要について調査を行う。
日
時間
14:00
24 ~
(水) 16:00
調査先・対応者等
調査目的
調査先:Honeywell Junior School
対応者:Duncan Robertsダンカン・ロバーツ氏
21:00
Kensington Closeホテル着
5:30
Kensington Closeホテル・チェック・アウト
ガトウィック空港へ
10:00
ロンドン・ガトウィック空港発
11:00
エディンバラ空港着
着後The Learmonth Hotel へ
14:30
~
17:00
調査先:Edinburgh City Centre
Management Company
対応者:Adam Coonアダム・コーン氏
Ian Broadfootイアン・ブロードフット氏他
25
(木)
20:00
The Learmonth ホテル 着
8:30
The Learmonth ホテル 発
ロンドン市内にある平均的な公立小
学校(当該校はファウンデーション・
スクール)の校長に直接面会し、英
国の教育改革の現場での実情につ
いて調査を行う。
当社は、エディンバラ市議会と市の
中心に位置する約90の企業・団体に
より構成された半官半民の独立法人
であり、市内の中心市街地の犯罪抑
制と環境改善等を行っており、その
活動について、調査を行う。
9:00
~
11:00
調査先:The Royal High School
対応者:George Smugaジョージ・スムーガ氏
ベアード氏
エディンバラ市の伝統ある公立学校
である当校において、校長及び学校
理事会理事長に直接面会し、英国、
とりわけスコットランドにおける教育
改革の実情について調査を行う。
14:30
~
17:00
調査先:The City Of Edinburgh Council
CCTV管制センター
対応者:Frances McCormack
フランシス・マコーマック氏他
エディンバラ市のCCTV(防犯カメラ)
管制センターを訪問し、防犯カメラの
運行状況について調査を行う。
26
(金)
18:30
6:00
27
(土) 9:15
12:35
28
9:01
(日)
The Learmonth ホテル着
The Learmonth ホテル
チェック・アウト、エディンバラ空港へ
エディンバラ発・ロンドン行
ロンドン・ヒースロー空港発 (機中泊)
成田空港着
5
2
政策提言
(1)
防犯・テロ対策
調査結果について・・・
英国においては、民間を主体とした様々な防犯活動が大規模に展開されており、今
回、調査を行った、ネイバーフッド・ウォッチ、クライム・ストッパーズ、テロ保険、
ストリート・パトロール、CCTV等の成果は顕著である。英国のこれらの活動から、
われわれが学ぶべき点は大変多い。
最大の成果の一つは、それぞれ調査で対応いただいた方が首都警察局では昨年まで
トップ(局長)で現在は独立委員を務めているトビー・ハリス上院議員、ネイバーフ
ッド・ウォッチでは全国組織の議長であるラダ
ム氏、デービス総務部長、クライム・ストッパ
ーズでは、同じく全国の本部の事務局長である
ブライアン氏とロンドンの責任者であるギブソ
ン氏、そして、世界第3位の保険ブローカーで
あるウィリス社の山田氏など各分野での首脳、
トップクラスの人物であり、これら様々な組織
で、各々統括し、管理する見地からの貴重な意
見や見解を伺うことができたという点である。
22 日、成田空港にて
これらの活動から学ぶ前提・・・
これらの様々な防犯活動は決して英国独自のものではなく、また、長い歴史がある
わけではない。先行事例として見た時、彼岸の例とすべき必要はない。もっとも、特
別警察官制度は 173 年の歴史があり、大変ユニークな制度ですぐに日本に移植するに
は困難と想定されるが、その他のものは、決して長い歴史があるわけではなく、また、
英国独自の制度・活動というものでもない。
「国が違う、制度が違う、歴史が違う」と
いう指摘は、今回の調査には当てはまらないので
ある。
例えば、ネイバーフッド・ウォッチは 1960 年
代に米国で始まり、英国でスタートしたのは 1982
年、ティファという片田舎の町であった。クライ
ム・ストッパーズも同様に 1976 年に米国で始ま
り、英国でスタートしたのは、1988 年である。次
にテロ保険の公的な再保険機構である Pool Re
がスタートしたのは 1993 年である。さらにロン
ドンでストリート・パトロールがスタートしたの
23 日朝、首都警察局へ調査にむかう車
中から(ブライトン市にて)
6
は、キングスクロス行政区で 2002 年からであり、今回調査に赴いたカムデン・スト
リートでは 2003 年1月からである。また、エディンバラ・シティ・センター・マネ
ジメント・カンパニーECCMがスタートしたのは、2000 年である。
実効性を挙げているポイントは何か・・・
まず、第一に挙げられるのは、活動に参加する住民が極めて大規模であるというこ
とである。
例えば、地域住民が自主的組織をつくり、相互に注意を払うことで、地域の犯罪抑
制を図るネイバーフッド・ウォッチは、全国で 600 万世帯、1000 万人が参加してお
り、これは、1/5の国民がこの活動に参加していることを示している。犯罪通報組
織であるクライム・ストッパーズでは、全国で 600 名のボランティアがスタッフとし
て参加しているが、94%の国民がその電話番号を知っており、年間 60 万件以上の通
報があり、警察組織に提供される情報の 65%をカバーしている。また、ロンドン市に
おいては一般の職業警察官 3 万人とともに、市民による無給の特別警察官 700 名が活
動している。エディンバラでは、1,200 名の警察官に対し 300 名の特別警察官とぐっ
と特別警察官の占める割合(警察官全体の 20%を市民が占めている。)が高まる。さ
らに、人口 45 万人のエディンバラ市には、市直営の防犯カメラが 110 台、町全体で
は 1,100 台設置されている。
第二の点は、モチベーションが高いということである。ボランティアとして参加し
ている住民が防犯活動に費やす時間、労力は相当なものであり、その主体的意識は大
変高い。
例えば、特別警察官の場合、他に仕事を持っているにも関わらず、無給で一週間に
半日程度、街頭パトロールを行う。また、特別警察官になるためには、3週間の教育
訓練と3週間の街頭での実地訓練が必要になる。クライム・ストッパーズにおいても、
電話を受ける特別の訓練を行い週2∼3時間から週2∼3 日の活動を行っているが、
それが 24 時間体制での電話受け付けを可能としている。
第三の点は、活動、発想が極めてフレキシブルであるということである。
特別警察官のように、ボランティアに制服を提供し、職業警察官に比肩する任務を
与えるなどの発想は、そもそも、われわれの思考を超えている。また、クライム・ス
トッパーズに見られるように、警察官が自分の職務をはなれ、防犯活動をボランティ
アで行うことを許す、あるいは奨励する、組織の寛容性が見られる。犯罪通報システ
ムと報酬をリンクさせる、また、ネイバーフッド・ウォッチに見られるように、モト
ローラ社とのスポンサー契約を結ぶなど、公的機関ではなく、民間だからやれる柔軟
性が発揮されている。
第四の点は、警察からの独立と、警察からのサポートを使い分けている。
英国内務省の調査によれば犯罪を目撃しても、83%の人は警察には通報しない。そ
の一方で、76%の人がクライム・ストッパースには通報する。なぜなら、通報したと
しても、自分の匿名性を絶対的に保障されており、そのことをしかも大多数の国民が
7
23 日ネイバーフッドウォッチへ調査に向かう途中で
出会った女王陛下一行(バッキンガム宮殿)
知っているからである。また、ネイバーフッド
ウォッチが大規模に展開しているのは、警察主
導ではなく、地域・市民主導の活動であるから
であり、カムデン・ストリートのパトロール活動
の基本スタンスは、犯罪摘発ではなく、地域の
相談活動である。市民が前面に立つこうした取
組みは、あからさまな権力行使ではなく、ソフ
ト・イメージでの犯罪抑制活動の性格が強い。
しかし、その一方で、警察からこれらの活動に
注がれる目線は暖かく、協力関係は大変に濃密
である。
県政への政策展開・・・
切実な必要性が新たな制度・政策を生む。英国においてテロ保険が発展したのは、
IRAとの闘いの歴史があったからである。テロによりコマーシャル・ベースのイン
フラが崩壊することは、経済システム全体の危機に直結する。世界の金融センターた
るシティでそれが痛感された。ここにテロ保険が発展することは、ある意味で当然の
帰結である。
また、英国は多民族国家であり、ロンドンにおいては1/4が非白人系英国人であ
り、歴史的に民族ごとのコミュニティが形成されてきた。ネイバーフッド・ウォッチ
の活動は、住民相互に注意を払う活動であり、それはコミュニティのあり方と一体の
ものである。隣近所の交流が盛んであれば、ネイバーフッド・ウォッチの活動はうま
くいく。したがって、少数民族のコミュニティではネイバーフッド・ウォッチの活動
が比較的順調となる。
かつての農村のように生産、生活の場が同一であり、協働、共生がなければ生存で
きないような地域が現存すれば、住民の人間関係も密接で、コミュニティそのものが
犯罪抑制装置として機能することも想定できなくはない。しかし、本県のように生産
と生活が分離し、都市化が進んでしまうと安全・安心に関しても各々の「場」はそれ
を担当する専門家が担うことになる。
それでは、生活の場はどうなるか。生活の場での主役たる市民(例えば主婦・高齢
者・商店等)が、その任を果たすようになるとすれば、単純に英国での自主組織の模
倣ではなく、自主組織の構成員に合わせた権限の付与等を考えるべきである。
したがって、政策展開としては、
① 防犯対策、防犯意識のキャンペーンを先行させることが必要である。その場合、
県民主導とすることが必要である。
② 防犯、犯罪抑制にしぼりこんだ住民の自主的組織を立ち上げ、育てることが大
事である。英国のクライム・ストッパーズは、十数年、コツコツと活動をPRし
た結果が全国的知名度を作り上げた。住民の自主的組織はさまざまなものがあっ
8
ていい、フレキシブルに考えるべきと思う。
犯罪被害者救援組織、ストリート・パトロール活動、あるいは、犯罪情報通報シ
ステムなど多様なものが想定される。
③ そして、そのような団体に対し、警察、行政が目的に応じた相応の権限を付与
し、自主組織の構成員が社会貢献をしているという自覚とプライドが持てるよう
な条件整備を行うことが必要である。
④ 行政として、これらの住民組織に対し、活動の実効性を挙げるための支援を行
うことも不可欠である。運営資金はもちろん防犯カメラの設置、備品や装備等へ
の支援など制度的な裏打ちが想定される。
⑤ 協力者(ボランティア)の使命感を高め、現実の場面に対応するための研修、
養成制度を多年度にわたり継続させる必要がある。
⑥ テロ保険の確立が急務である。
ただ、英国・シティでのテロ保険や対策の現
実的対応は理解できるが、日本人は現場体験に
よる学習機会が比較的少なく、現状の日本での
経済界や行政、国民はテロへの危機意識は希薄
であるから、テロ保険がはたしてコマーシャ
ル・ベースで成り立つか見定めた上で、公的再
保険機構の整備を含めて、課題と位置づけるべ
きである。
23 日、カムデンへ向かう(ロンドン地
下鉄にて)
(2)
教育改革
なぜ、英国の教育改革なのか・・・
学力低下、学級崩壊、不登校さらには、教職員の不祥事多発など、現在の日本の学
校教育は数多く問題を抱えている。また、それだけではなく、家庭あるいは地域社会
が本来的に持っていた子供を育む力もその低下が指摘されて久しい。
われわれは、このような日本の教育が直面する課題について、学校の管理・運営の
あり方、あるいは教職員のあり方から解決するアプローチが最も妥当であり、そして、
それが有効に機能するためには、地域社会が学校教育に積極的に関与することが必要
であると考えている。
そして、それに示唆を与えてくれるのが、英国の教育改革の中にあると考えた。
LEA地方教育当局の持つ権限を各学校へ委譲することや学校理事会の存在と機能
などの学校の管理・運営体制での先進性、あるいは市場原理の導入による学力向上の
取組みなど、英国の教育改革は大変ドラステックであり、教訓とすべき点は多々あっ
た。しかし、そこには、日本と英国のバック・グラウンドの違いがある。それは英国
の民主主義の伝統、自治・分権のレベルの高さであり、また、教育を最も政策的優位
9
性の高い分野の一つとする英国社会のあり方である。
1997 年、総選挙において、労働党トニー・ブレアは「教育、教育、教育」と教育改
革を争点とし、国民の圧倒的な支持を得て政権についた。
保守党・サッチャー政権の下、Education Reform Act 1988 (1988 年教育改革
法)から、英国の教育改革がはじまるが、戦後、
「英国病」といわれる経済の停滞、そ
して、700 万人、1/6の国民が読み書き計算に支障をきたすといわれた学力低下を
いかに解決するかの課題のもと、この改革はスタートした。
英国の教育改革は、National Curriculum Tests ナショナル・カリキュラム・テスト
の策定、児童・生徒の到達度をみるための小学校終了時(11 歳時)の Key Stage 2 キ
ーステージ2、General Certificate of Secondary Education GCSE義務教育終了
時(16 歳時)中等教育終了一般資格試験、そして、General Certificate of Education A
大学入学資格A−レベル・テストの実施、そして、その結果、Leagues Tables リーグ・
テーブルとして公表し、各学校間の競争の促進、その結果としての学力向上をめざし
ている。
この学校間競争の促進が教育水準を結果として引き上げるよう、有効に作用するた
めには、各学校での自発的、自主的な教育能力の向上、いわば個々の学校=現場にお
ける「革新」が必要である。
保護者側からどの学校へ入学させるかの選択肢を増やす、それと共に学校間の競争
を勝ち抜くための各学校の努力は、学校の個別化、個性化を結果として生む。それが、
学校教育の多様化を育み、社会全体の教育水準を向上させる。そして、学校ごとの創
意工夫を保障したのが、1988 年教育改革法であって各学校の予算運用権がLEAか
ら各学校理事会に移譲されたことにはじまる。
それぞれの学校が、教育成果を上げるためには、校長以下教職員が中心となって、
創意工夫をすることが必要であり、そのためには、保護者だけでなく、地域のサポー
トも必要であろう。それは資金面でも必要になってくる。これが学校理事会を確立さ
せることにつながった。そして、これらの革新を可能
とするためにも、予算運用・人事権を各学校において
学校理事会が掌握し、
裁量権を拡大することが必要で
あった。
学校裁量の自由度を高める過程は、このようにLE
A地方教育当局にある権限を各学校に委譲する過程
でもあった。ハネウェル・ジュニア・スクールのダン
カン・ロバーツ校長は、当校がファウンデーション・
スクールとして学校経営の基盤ができたことから「L
EAのサポートはいらなくなった」と述べ、ロイヤ
ル・ハイスクールのスムーガ校長は、「LEAは、よ
いパートナー」と述べ、その濃淡はある。
そして、その過程は英国の教育改革として、今なお
24 日ロンドンの防犯カメラ(クレアに
向かう途中で)
10
現在進行形である。この現場に赴き、学校長、学校理事会責任者、そして、教育関係
者から直接、インタビューを行うことができたことは、大変有意義であった。
検討の視点・・・
これらのことから英国の教育改革は、二つの側面から検討することが必要である。
それは、学校理事会と教職員集団のあり方についてである。
英国の学校理事会から学ぶ点はなにか・・・
なぜ、学校理事会が機能しているのか。英国の持つ民主主義の伝統、自治・分権の
あり方が学校理事会に大きな権限を持たせる基盤になっている。
まず、学校理事会に対する印象は、専門的であり、多忙であり、そして、大きな権
限を持っているというものであった。われわれの想像以上に業務量があることの見本
として、例えば、ハネウェル校では、法律あるいは経理の専門家を引き入れ、会計、
建物・設備、カリキュラムの3部会がそれぞれ運営され、各々の会議と共に全体会の
理事会が開催されている。そして、ロイヤル・ハイスクールでは、学校理事会の最も
重要な仕事は、
「校長を決めること」であり、この学校教育において最も肝要な問題を
学校理事会に委ねている。また、エディンバラでは各学校理事会の議長が8週間に一
回、LEA地方教育当局と話し合いを持ち、エディンバラ市全体の教育についての情
報を共有している。教育行政の多くの部分に対し、学校理事会が関与し、多岐にわた
り、重い権限が付与されている。
学校理事会と校長の役割分担
意 思 決 定
職
務
学校理事会
が決定
予算
職員
カリキ
ュラム
入学
より学校理事 から校長に 校長が決定
会が決定
各年度の予算の承認
○
○
支払行為
○
○
校長の任命・停職
○
教諭の任命
委任
○
○
○
○
○
ナショナル・カリキュラムの実施責任
○
○
学校が提供する教育水準の責任
○
個々の子供への教育の責任
○
停学・退 学校規律の決定
学
校長の助言に 学校理事会
○
○
停学・退学措置の決定
○
入学許可方針の決定
○
○
入学希望者への入学許可
○
○
11
学校組
織
OfSTET 監査後の行動計画の原案作成
通学日・休暇の決定(コミニュティ、自
主(政府管理)学校を除く。
)
○
○
○
○
○
注)複数の○がついている場合、どの方法で決定することも可能
(出典:
「英国の教育」2002 年自治体国際化協会編)
これは、理事に対する信頼に基づくものである。ハネウェル校のダンカン・ロバー
ツ校長は、無理な要求を行う理事はいるかとの問いに「一人や二人、三人は時々、無
理な要求を行う理事である。こちらも頭を悩ませるが、考えるチャンスをもらってい
る。」と答えている。そして、大変印象的であったのは、ロイヤル・ハイスクールでは、
10 名の学校理事会メンバーのうち、2名が 17 歳の現役の生徒であるという点であっ
た。校長を決める学校理事会にその学校の生徒が入っている。この開かれた姿勢につ
いては大変驚きを覚えた。
しかし、この信頼に足る学校理事会を作る上で、見逃してならないのは、理事選出
に関わる公平性の確保と理事に対するトレーニングである。経理や人事の専門家が保
護者にいる場合は校長が就任を要請するが、専門分野以外の理事は選挙で選出される。
また、選挙で選ばれたからといってそのまま理事の職務を執行するわけではない。ハ
ネウェル校では1日2時間で4∼5日の訓練が待っている。
今回、調査を行った2校は、共に校長が自信を持って、自分の学校は良い学校であ
ると強調している。このような優秀校だからこそかもしれないが、学校理事会は大変
よく機能しているようだ。
大いなる信頼に裏打ちされた機構の安定性、そして、それに求められる活動量の多
さ、これが学校理事会が十分に機能する条件ではないかと考えられる。
教職員の能力向上にどう取り組んでいるか・・・
そもそも英国と日本の学校教育の違い、根本的な違いは、教職員の人事異動ではな
いか。英国の教職員には、日本のような人事異動は理解できないようだ。つまり、そ
のような人事制度・労働慣行はない。教員としての指導力に問題がなく、かつ、自分
から希望しない場合は、何年でも同じ学校で勤務することが当然である。
また、公立立学校の中でも、foundation schools ファウンデーション・スクールの
ように、土地・建物・施設が当該学校の所有で、運営資金は国からの予算配分による
というと、そして、その学校に採用されると「ほぼ人事異動がない」というのであれ
ば、実態としては、日本においては高率の助成金により運営される私立学校のイメー
ジに近い。
これらの条件のもと、教育活動の停滞をきたすことなく、常に教育現場における革
新を進めるためには、外的条件と内的条件の二つが必要と思われる。
まず、外的条件としては、教育水準局の監査がある。当該校が失敗校として認定さ
れれば、最悪の場合は、閉校されるという行政の強力な権力行使の圧力である。今回、
12
調査を行った二つの学校は、いわば優秀校であるので、失敗校についての感想は聞か
れることはなかった。しかし、1998 年から4年間で、小学校 10 校、中等学校 17 校
が閉校となっている事実は、必ずや教職員とりわけ校長に対し圧力となっていると考
えられる。
次に、内的条件としては、教職員の努力、とりわけ学校長の指導力を担保する厳し
く、かつ、温かい複数のまなざしの持つ力である。
学校理事会があったとしても、学校の代表者である校長は、人事権、予算運用権を
持ち、日本とは比較にならないほど大きな権限をもっている。
この校長に対して、外的には Leagues Tables リーグ・テーブルの評価、教育水準
局の監査、そして、内的には学校理事会が注視していることが、自己の地位に安住せ
ず、常に教育成果の向上を求めていく姿勢を取らせる結果になると考えられる。
今回、学校長の地位と努力、いかに指導力発揮が行われているかの側面からの聞き
取りが多く、教職員相互の意思疎通、合意形成がどう行われているかそのプロセスを
見るところまで調査が届かなかった。
学校はものを作る工場ではない。前記したとおり競争によって教育成果を引き上げ
るためには、創意工夫と共にどうしても教職員のプロ意識、ある意味では、教育愛に
裏付けられた自己犠牲がどうしても求められる局面も多くなるだろうと思う。このよ
うな自己犠牲を個々の教員に求めるには、ハネウェル校のロバーツ校長が強調したよ
うに、時には勤務時間の融通をつけることも必要である。要するに、個々の教員の自
主性、プロ意識をもたせるためには、その教職員に持たせる権限、自由度を大きくし
なければならないという結論に帰結する。
つまり、英国の教育改革の目指すものは、競争・市場原理のみが強調され、そこに
目を奪われることが多いが、それは個々の学校理事会も含めた学校組織全体のイノベ
ーションのうねりであり、また、それは、教職員・保護者・地域住民、さらにはそこ
に学ぶ生徒に与えられた権限、自由度の上昇と一体のものであり、人間に対する信頼
に裏打ちされたものということができる。
県政課題にどう反映させるか・・・
次に、今後の神奈川県の教育政策への展開としては、
①地域運営学校に設置する学校運営協議会について
a.学校運営協議会に対し大幅な権限を付与することが必要である。学力低下、
不登校などの課題に対し、学校だけに任せる従来のあり方を全面的に改め、地
域社会が一体となって取り組んでいくとの理念のもと、「学校運営協議会」が
制度化されることとなった。国や県当局は、原型はまさに英国の学校理事会で
あると表明しており、この学校運営協議会を実質化させるためには、人事権、
人事評価権、予算運用権さらにはカリキュラム編成権を付与し、学校=現場の
裁量によって現場に即した学校運営を実現しなければならない。
13
b.学校運営協議会委員の選出と協議会の会議録等の情報公開を徹底する。所期
の目的を達成するためには、常に保護者、地域、あるいはその他外部からチェ
ックを受けることが必要である。
c.教育委員会、学校長、学校運営協議会のそれぞれの役割分担を明確にする必
要がある。
②校長のあり方について
校長は、学校の管理・運営の責任者として、学校運営協議会と連携し、その創
意・工夫、能力を十分発揮できるよう権限を強化すべきである。
また、その一方で、校長が学校の管理・運営の責任者に相応しい役割を果たし
ているか評価することも必要である。この評価は、内部的なもの、外部的なもの
の二つの角度から評価するシステムが必要である。
英国において教育改革が進んでいるのは、国として教育が最優先の政策課題と位置
付けられているからである。それに対し、日本の現状では、教育を最優先の政策課題
としていない。
日本において、各学校が創意工夫を発揮し、その努力を開花させるためには、英国
よりもはるかに多くの条件整備が行わなければならない。教育委員会を今直ぐ廃止す
ることは適切ではないし、国から地方への教育分権・具体的な権限委譲の推進者とし
ての役割を担う限り、存在意義を認める。同時に、学校改革の支援者・後見役の機能
も期待され、地域住民から議会までが、その具体的取組みの進捗を図るよう、促し続
けなければならない。
以上、提言する。
14
3
英国県政調査の概要
(1)
防犯・テロ対策
<11 月 23 日(火)>
◎調査先 Metropolitan Police Authority (首都警察局)
9 時∼10 時 ブライトン市 Hilton Metropole Hotel
対応者 Lord Toby Harris トビー・ハリス氏 (上院議員)
英国は 4 つの国からなる連合王国(イングランド・スコットランド・ウエールズ・
北部アイルランド)であるが、今回の調査では、日本の警視庁にあたる首都警察局の
幹部、トビー・ハリス氏(国会・上院議員)から、首都の防犯政策、テロリストなど
治安・テロ対策全般について伺った。
Metropolitan Police Authority 首都警察局とは・・・
イングランドの警察には、ロンドンの首都警察局と内務
省が管轄している警察があり、ロンドンは首都警察局が管
轄している。その構成は、ロンドン市議会議員(英国は議
員内閣制のため、政治家がそのまま行政の指導的ポストに
就き、絶対的な権限がある)が 12 名、独立委員(内務大臣
の推薦)が 7 名、司法委員が 4 名からなる。その中でトビ
ー・ハリス氏は、以前は市議会議員としてロンドン警察局
のトップであったが、現在は独立委員をしており、警察業
首都警察局 トビー・ハリス氏
務のモニターや警察行政の成果を評価する仕事、あるいは予算獲得などといった業務
に携わっている。
<イングランド及びウェールズにおける警察組織図>
(出典:「英国の地方自治」2003 年自治体国際化協会編より)
15
首都の防犯政策は・・・
ロンドン市は 33 地区のバラ(特別行政区)に分かれており、警察だけではなく、警
察・特別区・コミュニティに属する人々の三者のパートナーシップから防犯対策が成
り立っている。各地区では 3 年ごとに、犯罪のレベルや内容などの犯罪の監査報告を
首都警察局に提出している。そして、この報告に基づき、警察としての防犯対策をど
のように展開すべきか検討される。
昨年 12 月定例会で本県でも制定され、また既に 11 市 2 町で制定されている生活安
全条例の中で、
「神奈川方式」と呼ばれる生活安全アドバイザー(防犯設計指導官)の
制度が設けられたが、これは英国を参考にしている。
「防犯環境設計」の観点から、防
犯に対する様々な指導がなされる。
ロンドンにおいては、事前にどのような対策を行えば、犯罪が起きづらくなるのか
といった対策をアドバイスすることによって、自己の防犯意識を高め、犯罪を未然に
防ぐことを進める防犯環境設計の担当者が各地区に 2∼3 名いる。例えば、窓やドアの
鍵をどのようにしたら、防犯につながるのかといったアドバイスを行っている。この
アドバイスを受けない場合は、罰則はないが、建物を壊さなくてならないといった最
悪の場合もある。最近では新しい建物をつくる不動産会社が、コミュニティや警察と
地域住民との集まりに資金を提供したり、子供達の遊び場を提供したりすることもし
ている。
また、各地区には小学校から高校などの学校関係を担当する警察官がおり、巡回し
コミュニケーションをもつことによっ
て子供達と警察の壁を無くすことを主
とした警察官もいる。小学生に対して
は、交通安全を呼びかけたり、警察は
怖いところではないといったことを説
明したりしている。そして中学生や高
校生に対しては、先生でもできないこ
ともあるので、例えば、いじめに関し
ての相談などに対応している。
最近では、首都警察局の新しい取り
組みの中に、7 割の地域で行っている
23 日、トビー・ハリス氏と調査団(ブライトンにて)
施策として、コミュニティ担当のチー
ムによる地域の安全づくりがある。これは小さなエリアごとに小さな警察官のチーム
をつくり、住民に地域の安全・防犯についてアドバイスを行い、地域の安全に頁献し
ている。また、警察官ではないが「ワーデン(街の監視人・管理人)」という自治体の
職員が警察官と同じ様限をもって巡回し、設計面で防犯対策の改善ができるようにし
ている。また、2 年前には「コミュニテイ・サポート・オフィサー」という新しいシ
ステムができ、2,000 名を配置し、実際に街を歩いて地域住民とコミュニケーション
16
をよくし、細部に渡り防犯上の問題点をつかんでいることが特
徴である。
Neighborhood Watch ネイバーフッド・ウォッチは・・・
英国ではネイバーフッド・ウオッチの活動は、1982 年から行
われており、エリアによって異なるが年々活動が高まっている。
これは地方自治体、警察、地域住民の三者がこの活動を支えて
おり、特に警察と防犯意識をもった地域住民が活発に話し合っ
ているところでは、効果がさらに大きい。例えば、家の前や街
23 日ロンドンにて
に若い人がただ立っていて、その若者が何か起こすのではない
かといった心配が高齢者から指摘されると、そうした若者に仕事やするべきことがな
いような場合には、地方政府と警察が一体となって、あるいはボランティア団体と連
携をして援助を行う。例えば、お金もなく何もしないで車を盗もうとする若者には、
車の整備を教えたり、車そのものを作ってみないかと呼びかけることを行っている。
つまり、若者の目的意識を育てるといったことも同時に行われている。
Special Constable 特別警察官は・・・
特別警察官は、173 年の歴史がある。
英国特有の制度で、民間人が訓練を受け
て、警察活動に加わっている。ロンドン
市内にはトレーニングを受けた 700 名
(警察官は 3 万人)がおり、無給で週に
半日程度活動している。警察官と同じ制
服で逮捕権限を持っており、主に小売店
や万引きの多い地区での活動の機会が多
く、その効果がでている。
首都警察局の調査状況
テロ対策は・・・
英国には、IRA(アイルランド共和国軍)があり、何百年ものテロとの闘いの歴
史がある。以前は爆弾テロを起こす場合、事前に通知することが多かったが、現在で
はモダン・テロといって多くの方々を巻き込むケースが増えているし、自爆テロが増
えている。
テロ対策の要点は、3 つある。
①テロリストのターゲットを絞りにくくすること。
②テロリストのお金をつくらせないようにすること。
③地域住民からの情報を大切にすること。
特に③が一番大切である。地域の問題は地域住民が一番知っているので、そこから
情報を得ることが大切である。但し、警察としては情報を得て逮捕できたとしても、
17
証拠の入手の仕方によっては、裁判になった時に有罪にできないといった場合がある。
②のお金の流れに関してだが、不法なお金が動かないように規制している。不法な入
金があった場合には銀行、会計士、弁護士は必ず当局に報告する義務がある。その義
務を怠った場合は、資格を失うことになる。小さな詐欺事件でも、大きな事件につな
がっている場合がある。
まとめ
トビー・ハリス氏と面会した当日は、イングランド南部のブライトンで、警察の年
次総会があり、その合間をぬって貴重な時間をいただいた。
英国の治安・テロ対策の全般に渡り、詳細な説明と意見を聞くことができた。同氏
は、英国国会で活動し、直近まで首都警察局長を務めていた。
首都警察局の機能、首都の防犯対策、特別警察官制度、テロ対策等を通じて言える
ことは、治安・テロ対策を警察任せにぜず、安全・安心なまちづくりを警察と地域住
民や自治会等とのパートナーシップによって確立していることを知った。
そのキーワードとなるのは「地域の安全」であり、言葉の上では「安全・安心なま
ちづくり」と通ずるところがある。このところ、わが県でも犯罪に対する県民の意識
や関心は高まりを見せているが、相変わらず一部には「安全はあって当たり前」
「警察
にはなるべく情報を与えず、遠ざけておくべきだ」という風土があり、これに立脚す
るかぎり、市民と警察が協同する次のステップには進めない。
◎ 調 査 先 National Neighborhood Watch
Association
ナショナル・ネイバーフッド・ウ
ォッチ・アソシエーション
12 時 30 分∼14 時 同事務所
対応者 Roy Rudham ロイ・ラダム氏、Nigel
Davies ナイジェル・デービス氏
ネイバーフッド・ウォッチの全国組織の議
長であるラダム氏とデービス総務部長と面会
し、ボランティアによる近隣警戒活動のネイ
バーフッド・ウォッチについて聞いた。
ナショナル・ネイバーフッド・ウォッチ・アソシエーションの皆さんと調査団
歴史や目的は・・・
ネイバーフッド・ウォッチは、まさに“見る”ということである。英国の地域住民
が共同で、犯罪抑制のために地域の警戒活動を行うもので、通常、犯罪の被害にあっ
た者が、隣人に被害防止活動の必要性を説くことから始まり、賛同した地域住民が警
18
察の参加を得て、会合を開き、地区組繊をたちあげる。発足すると内務省の負担で無
料のネイバーフッド・ウォッチのステッカーを自宅にはる。
この始まりは、1960 年代のアメリカであり、それをイングランドのある警察官がア
メリカから学び、1982 年にティファという小さな街で始めた。地域住民が地区組織を
つくり、警察と地方自治体のパートナーシップをもとに、協力しながら自分たちの地
域は自分たちで守ろうとする活動である。この防犯意識をもった活動によって、地域
住民相互の結びつきも強固になり、その結果、犯罪を犯す可能性があるものを当該地
域に入れないにようにする、犯罪抑制を促す活動である。
組織は・・・
この組織は英国全土に広がって、今や 16 万の組織、600 万世帯にのぼり、1、000
万人をカバーしている。住民の自発性によるため、活発な地域も名前だけの地区もあ
る。組織の大きさは、平均は 25∼30 世帯が中心だが、小さいものでは 5∼10 世帯で、
大きいものは 100∼150 世帯からなる。
首都・ロンドンでは 33 地区のバラ(特別行政区)ごとに協会があり、バラ内の地域
コミュニティがネイバーフッド・ウォッチを支えている。地域のすべての参加者はボ
ランティアである。
活動は・・・
警察、地域住民、自治体が協働し、連携をとりながら、地域の住民同士が互いの生
活にそれとなく注意を向けている。例えば、1 人暮らしの高齢者が何か困っていれば、
自治体に連絡をしたり、犯罪を犯す恐れのある者がいたら、近隣住民が連携して警察
や自治体と連絡をとりあう活動を行っている。
また、警察は地元住民と協力しながら防犯環境設計のアドバイスを行うし、また生
活の安全を高めるための家庭内暴力への
介入、ホームセキュリテイ、車の盗難防
止などの活動も行っている。
他には、地域住民が住んでいないよう
な場所でも、ネイバーフッド・ウォッチ
の下には57タイプのウォッチがあり、
どのようなことを求めているかによって、
例えばビジネス・ウォッチ、ショップ・
ウォッチ、ポート・ウォッチやスクール・
ウォッチなどがある。その中で、ショッ
プ・ウォッチでは犯罪抑制を目的に、ス
ネイバーフッドウォッチの調査状況
リを行った者の写真が送られてきたり、
固定電話や情報を共有するツールとして無線の周波数を各店であわせ、あやしい者が
入ってきたら他の店に連絡するなどの連携で、犯罪を未然に防いでいる。
19
本部や事務所は・・・
新しく地域でこの活動を始めるには、地元の警察やネイバーフッド・ウォッチの協
会へ申し込みに行く。地域住民が何を求めているのか理解するために、ネイバーフッ
ド・ウォッチのオフィスと地域住民が会議を行い、お互いに様々な意見交換を行う。
現在、ロンドンの本部のほかに、国内
に点在している事務所は約 600 箇所あり、
すべて独立をしている。各事務所は地元
の警察と連絡や会合を行っている。
また、各事務所の形態は、例えば企業
の社長が地域のネイバーフッド・ウォッ
チを担当することになれば、その会社が
事務所になり、また主婦が担当すること
になれば、その方のお宅が事務所になる
など、ボランティアの組織なので「間借
り」の形態をとるものが多い。
23 日ネイバーフッドウォッチの本部内にて
活動資金は・・・
すべてボランティアが原則で、本部や事務所はチャリティ団体であり、議長は無給
だか、スタッフは有給である。
最近まで安全は、税金を払えば自動的に保たれるといった感覚が英国にもあった。
しかし、われわれは、ネイバーフッド・ウォッチへの寄付が地域での犯罪の減少に役
立つと広報して資金を集めている。
本部ではスタッフの給与も含めて年間 20
万ポンドの予算がいり、政府から助成金は
多少あるが大半をスポンサー契約で賄って
いる。例えば、モトローラ社とスポンサー
契約を結び、無線機や携帯電話などが売れ
た場合には売り上げの 15%を資金として
提供してもらうことにしており、年間おお
よそ 1,500 台から 2,000 台の売り上げか
ら寄付を受けている。他には、特定のプロ
ジェクトの資金を地方自治体が受けもった
り、企業が印刷物を作成してくれるような
モトローラ社の携帯電話
現物での協力もある。本部近くにバッキン
ガム宮殿があることから、スポンサー契約を取りやすくするためアン王女にはパトロ
ンになっていただくお願いをしている。
最近では、チャリティ団体は、景気に左右されるため資金繰りは厳しいものになっ
20
ているし、多くの資金提供をしてくれていた保険会社が、不景気のあおりを受けて厳
しい現状なため、資金集めが今までのようにはいかず、再検討している。具体的な対
策としては、特別会員の企業を募集し、年間 5 万ポンドの寄付をしていただく、そし
て、企業のロゴをネイバーフッド・ウォッチのホームページにアップしたり、レター
ヘッドにロゴをのせたり、また逆に企業の包装用紙にネイバーフッド・ウォッチのロ
ゴを入れたりすることを考えている。
また、地域のネイバーフッド・ウォッチの活動資金は、本部と異なり一般市民の寄
付で賄われている。これには地域格差があるため、一概にはいくらの予算がかかるの
か言えない。
プライバシーの問題は・・・
英国人はプライバシーを重視するが、同じ地域に住んでいる者同士は、いわば家族
であり、お互いにお互いの安全を守るという発想が強く、プライバシーの侵害といっ
た心配をしない。しかし、ロンドンのような大都市では、家族のような関係が希薄に
なりつつある。もちろん、一概には言えないが、例えばインド人が多く住む東側では、
同じ文化で生活をしているため、ネイバーフッド・ウォッチの活動は活発なのに対し、
郊外にひらけた住宅地では成果がなかなか上がらないという現象がある。
犯罪頻度は・・・
イングランドの刑法犯の検挙率は、20∼25%ぐらいで、内務省の報告では実際にネ
イバーフッド・ウォッチがないところでは、あるところの 5 倍の犯罪が起こっており、
保険料の支払いは 32 倍になっている。また、ネイバーフッド・ウォッチがあるところ
では、被害の危険率が低下したとして家財保険料が割引になった。
まとめ
ネイバーフッド・ウォッチは、日本で言えば、昔の「隣組」に似た制度である。も
ちろん日本にも英国にもそれぞれのプライバシーを尊重すべきだ、安全は無料だ、と
いった考えがある。今回の訪英で、あらためて市民自身の行動や意識で、安全なまち
づくりができることを知り、また安全には付加価値が付いてくることを学んだ。資金
繰りに難しい面もあるが、地域の同胞意識をもって、お互いが連携することで犯罪が
減少することがわかった。ただし、ネイバーフッド・ウォッチが組織化できない地域
には、よそを締め出された犯罪者が流入し、犯罪が増える可能性もある。そのためす
べての地域で組織化を進める必要性がある。犯罪者に犯罪をさせない環境づくりが必
要であるとともに、自分たちの安全・安心なまちづくりは個々の活動如何にかかわっ
ている。
21
◎調査先
対応者
Crimestoppers クライム・ストッパーズ
14 時 30 分∼16 時 National Neighbourhood Watch Association 事務所
Brian Wareham ブライアン・ウェルハム氏
Michael Gordon Gibson マイケル・ゴードン・ギブソン氏
ブライアン・ウェルハム氏(クライ
ム・ストッパーズの事務局長で元警察
幹部)とマイケル・ゴードン・ギブソ
ン氏(スコットランド・ヤードの現職
刑事)に面会して話を伺った。
目的は・・・
クライム・ストッパーズは、警察機
関と連携しながらも、別に活動する民
間団体(NPO)で、無料・匿名・報酬付
説明するマイケル・ゴードン・ギブソン氏
きの犯罪者通報システムを運営してい
る。1980 年代半ばに英国に導入され、1990 年代からその活躍が目立っている。
日本でも特定非営利活動法人の日本ガーディアンエンジェルスが 2001 年から、クラ
イム・ストッパーズを参考に市民と一緒に犯罪を起こさない環境づくりに取り組み、
「ダイヤルⅤ」といった制度を広島県警
と連携し活動を行っている。
クライム・ストッパーズは、犯罪者、
犯罪者に近い人、犯罪者を怖がっている
人を対象としている。犯罪について警察
に通報すれば、発信者がもれ、地域住民
は犯罪者に逆恨みされるのではないかと
いった心配や、警察や裁判所に行き証言
をしなければいけないのではないかとい
った心配などがあり、なかなか通報する
ことがない。そこで、匿名性を基本にし
クライム・ストッパーズの調査の様子
たクライム・ストッパーズが導入され、
犯人逮捕に役立ち、かつ犯罪対策に振り向きもしなかった人々を引き入れることに成
功してきた。
つまり、犯罪防止に大変有効であり、地域住民がこのことに大きな興味をもってい
る。これにより、内務省が中心的なターゲットにしていた閉鎖的なコミュニティも打
破できるようになった。また、企業からの資金集めと地域住民への広報活動が広がり、
警察の仕事を円滑に進める手助けにもなっている。
クライム・ストッパーズは犯罪抑制のためのパートナーシップで成り立っているし、
22
首都警察局としても、ともに活動するという位置付けをしているのでスタッフとして
加わる警察官もいる。
歴史は・・・
1976 年にアメリカのアバウトコーヒーで起きた殺人事件がきっかけで始まり、通報
者の匿名扱いを保障して犯人情報を集めた結果、容疑者を逮捕し余罪を 2 件つきとめ、
有 罪 判 決 に い た っ た 。 こ の よ う な 成 功 例 が 世 界 に 広 が り 、 Crimestoppers
International Organization クライム・ストッパーズ・インターナショナル・オーガ
ナイゼーションができた。
英国には 1988 年に導入され、現在では 6,000 万人いる英国国民の 94%が全国共通
の電話番号 0800-555-111 を認知してい
る。
活動は・・・
簡単に言えば、犯罪情報の提供を受け
る独立したチャリティ団体である。本部
は、42 名のスタッフで構成され、英国国
内には 31 の地方委員会があり、600 名の
ボランティアがいる。
ボランティアは、地方自治体職員、ビ
ジネスマン、メディア関係者、実業家な
クライム・ストッパーズの皆さんと調査団
どがメンバーとなっており、勤務は週に
2∼3 日、あるいは 2∼3 時間とばらばらである。
本部の活動は、31 の地方委員会に分かれている支部をサポートすることや、中央政府
との連絡調整を行うこと、そして報酬を含めた年間予算の 240 万ポンド(約 4 億 8,000
万円)を調達することである。また、地域住民に活動を理解してもらうために、年に
4 回ニュースレターを発行している。
クライム・ストッパーズはパートナーシップで成り立っており、情報を求めるポス
ターを警察や地域住民と一緒に張るなど連携することで成り立っている。
一例を挙げると、現在、テムズ川沿いの公園には殺人事件に関する情報収集のため
のポスター掲示を行っている。
また、この 17 年間、クライム・ストッパーズの使用してきたマークは、全国共通の
商標登録をしており、安心して情報を提供できるブランドイメージをつくることがで
きた。また電話番号は、17 年間にわたり公衆電話、バス、電車、警察の車両などに張
り続けた結果、英国国民に認知されるようになった。
活動方針は・・・
厳密に「匿名性」を守ることが第一であり、これが地域住民にとって「安全」を保
23
証されるに等しいから信頼が高い。内務省の調査によれば、犯罪を目撃しても 83%の
人が警察に通報しない。これは裁判所に行きたくないことや事件に巻き込まれたくな
いなどといった理由からである。しかし、その一方で 76%の人がクライム・ストッパ
ーズには連絡をすることがわかった。その理由は、匿名性であり、堅いパートナーシ
ップから成り立っているからである。
システムは・・・
この通報システムは、通報者が無料で固定電話や公衆電話(携帯電話は一部有料)
から全国共通の番号に匿名で電話をかけると、貴重な 1 本の情報を逃さないためにも
全国統一のトレーニングを積んだスタッフが対応する。
通報は全国で年間 60 万件以上あり、このうち犯人検
挙につながる情報は、およそ 88,000 件である。現在は、
24 時間体制で電話を受け取ることができない支部も
あり、生活時間帯が昼に限らなくなっているので、2005
年 4 月にはコールセンターを設置し、その後は 24 時間
体制が全支部で可能になる予定である。
クライム・ストッパーズは、通報者に内容に応じて
報酬を支払う。まず、その手順は、通報の際、通報者
に暗証番号を告げておく。次に、およそ 1 ケ月後、再
度電話を掛けて暗証番号を告げ、捜査状況を尋ねる。
その際にその通報者の情報で逮捕されていれば、銀行
に行き暗証番号を報告し報酬がもらえる仕組みになっ
ている。受領する際にも匿名でいいし、代理人も可能
クライム・ストッパーズのポスター
(テムズ川沿い公園にて)
となっている。
そもそもなぜ警察ではなく、クライム・ストッパーズに電話を掛けるのかといえば、
犯罪に関わることが怖いからである。その一方で犯罪情報の提供者になりたい人もい
る。最近では、自分が勤めている会社の不正を内部告発しようとする場合もある。
クライム・ストッパーズは、110番のサービスではない。また、警察に対する苦
情を受け付ける電話でもない。
そして、匿名性を絶対に守ることから、再度クライム・ストッパーズ側からは、通
報者へ連絡するということはしない。だから、電話の最中に、通報者に対し詳しい情
報があったら再度連絡を入れることをお願いしておく。以前、殺人事件があり、有力
な情報がクライム・ストッパーズに入ったが、再度の連絡が取れなかった。そのため、
ラジオや新聞を使い、通報者に再度連絡を入れてもらうようキャンペーンを行い、事
件解決につながったこともあった。
警察との連携は・・・
クライム・ストッパーズには、首都警察局が管轄するロンドン市内では年間 5 万件
24
の情報が寄せられ、薬物や泥棒、盗難車発見などに貢献しており、摘発される犯罪は
500 件にのぼる。
首都警察局は、クライム・ストッパーズの活動が地域のコミュニティを動かし、犯
罪検挙率の向上と警察予算の削減にも頁献していると評価している。
また、最近では英国国内の警察に入る情報の 65%がクライム・ストッパーズを仲介
したものである。
報酬は・・・
最高額は 1,000 ポンド(約 20 万円)で、殺人事件では、1,000 ポンド近い報酬が
支払われ、落書き程度ならば 5 ポンドくらいである。1988 年の発足当時は、通報者の
およそ 15%もの人が報酬に期待していたが、現在ではおよそ 3%の人しか報酬には興
味がない。
逆に、クライム・ストッパーズ発祥地のアメリカでは、通報者の中で報酬を受け取
る人が増えており、受け取ることが当たり前になっている。
実例は・・・
2002 年にロンドン近郊でレイプ事件が連続して起こり、10 歳から 50 歳までの 10
人がレイプ被害にあった。この事件で 300 人の刑事と 6 つの警察署が動き、何万ポン
ドといった予算が使われ、5 万件以上の電話が警察に入ったが捜査は一向に進まなか
った。
しかし、事件はクライム・ストッパーズに入ったたった 1 本の電話で一転した。犯
人は、小さな村に住み、かつ住所まで通報があったことにより、事件は解決した。こ
の 1 本の電話によって、被害が広がることを防げたし、類似の犯罪を抑制し、警察予
算の支出抑制にもつながった。
まとめ
アメリカから導入され、1988 年より英国で始められて、歴史は浅いが、英国国民の
94%が認知している独立法人である。
クライム・ストッパーズのような通報者の匿名性を守りつつ、犯罪捜査ひいては、
地域の安全に実効をあげる組織の存在は注目に値する。まさに、治安対策においても
警察と地域住民のパートナーシップが有効に機能している。国内でも、広島県警察本
部は民間団体であるガーディアンエンジェルスと協力して、2001 年からクライム・ス
トッパーズに類似する仕組みを作っている。
本県でも警察への様々な通報電話に際し、通報者の心理的な負担にどう配慮するか、
見直すことも必要であろう。そして、クライム・ストッパーズのような新たな取り組
みを十分参考にし、より情報入手の仕方を工夫し、犯罪の抑制につなげるべきだ。
25
◎調査先
対応者
Willis International Holdings Ltd ウィリス社
17 時∼18 時 同本社
山田正美氏、Parker パ−カー・百代氏
ウィリス社本社の日本人幹部の山田正美氏、
パ−カー百代氏と面会して、英国のテロ保険に
ついて伺った。
9・11 のアメリカ同時テロは世界中に衝撃を
与えた。
長年、IRA(アイルランド共和国軍)のテ
ロと闘ってきた英国は、ねばり強い和平交渉を
通じてそれを封じ込めている。北アイルランド
紛争を抱えた英国は、テロ対策先進国といえる。
ウィリス社受付にて
まさに、テロ対策先進国といえる、その英国
で、世界で最も進んでいると言われるテロ保険制度を調査した。
保険ブローカーとは・・・
今回訪れたウィリス社は保険ブローカ
ー(保険相互会社と顧客との間に立って
保険サービスを提供する事業者)である。
日本でも 1997 年から消費者の立場にた
って保険を仲介する保険ブローカーが認
められるようになった。これに対して、
もう一つの保険エージェンシーは保険会
社の代理人というものに分類することが
できる。
日本では 100 年間にわたり保険ブロー
カーが禁止されてきたが、この歴史は、
日本の金融・保険市場を守るといった観
点からのものであった。日本は護送船団
方式で、従来から保険業者側、サプライ
サイドの立場をとっていた。これが、1997
年に打破された。アメリカから日米経済
摩擦の中で半導体と保険が焦点になり、
その外圧で認可するようになった経緯が
ある。こうして、ようやくユーザーの立
場に立った保険ブローカーが認められる
ようになった。
26
ウィリス社の調査状況
山田氏と調査団
ウィリス社とは・・・
176 年の歴史を持った英国の老舗企業であり、全世界に 13,000 人の社員を抱え 70
数カ国で営業活動を行っており、日本では新橋にオフィスをもっているが、日本では
まだまだ保険ブローカーが躍進できない状況である。
この保険業界でも、英国で発祥したにもかかわらず、ひさしを貸して母屋を取られ
る、いわば「ウインブルドン現象」が起こっており、銀行と同じようにアメリカ、ド
イツ、スイスが強くなってきている。保険ブローカーも同じで、アメリカのマーシュ
社がトップを走り、ウィリス社は現在世界第 3 位である。
テロ保険の再保険機構、Pool Re プール・リーとは・・・
以前はテロの被害、損失は通常の火災保険等の中でカバーされてきた。危険の分散
により成り立っている。例えば、戦争を考えた場合、その損害はあまりにもリスクが
高く、かつ集中するため、民間会社ではカバーできない。
英国は北アイルランドの独立問題を抱え、IRAがあることから、いわばテロの先
進国であった。そのため、1993 年に英国政府の肝いりでテロ保険の再保険機構、Pool
Re が発足した。
経緯は・・・
英国では、1993 年までテロに関しては財物損害保険でカバーすることができた。と
ころが 1993 年4月IRAがロンドン・シティで爆弾テロをおこし、およそ3億5千万
ポンド(約 700 億円)の被害が発生した。
保険会社はリスクを分散させるため、再保険をかけるが、再保険会社が最終的な引
き受け手として大きな痛手を受けた。その結果、大きな痛手を受けた再保険会社は、
テロによる損害を再保険の対象としないことにした。そうすると保険会社もテロを引
き受けないことになり、テロ・リスクそのものが保険の対象とされない、免責される
ことになった。しかし、テロによる建物被害等について保険の対象としない、免責と
することは、経済活動を行っていくためには大きなマイナスになるため、英国ではテ
ロ専門の再保険機構として Pool Re というものがつくられた。このほかロンドンには
再保険組合として、有名なロイズ社がある。
Pool Re とは・・・
最初は 1993 年のロンドン・シティで起きた爆弾テロを想定していたので、火災・爆
発といったものだけを対象に始まったが、アメリカの 9.11 の教訓から、2002 年 7 月
にはオール・リスク対応に変更になり、保険料も 2 倍に引き上げられた。しかし、サ
イバ−・テロによるリスク、テロ集団がコンピューター・ウイルスによってコンピュ
ータを壊すといったことや、核兵器による損害は対応できないことにしている。
テロ保険を再保険としてまとめるため、参加する保険会社の相互保険会社とした。
27
ただし、相互保険会社だけで、再保険として支払うことができない場合も想定される
ので、この相互保険会社の支払い限度をこえたら、最終的には英国政府が保険料支払
いの最後の引き受け手になるという仕組みになっている。
また、プール・リーは、公共的なものであり、参加は任意ではあるが英国の保険会
社の 99%が加入している。そして、顧客に対するテロ保険の説明義務や保険料の郵便
番号ゾーンごとの設定、そして保険料も事前に決められ、交渉不可、厳密な保険料支
払い(英国では、顧客の保険料支払いは保険サービスの開始後になる)、所在地・目的
ごとに保険をかけることはできないなどの条件を、加入する保険会社に課している。
つまり、ウィリス社には支店などが各地域にもあるが、保険のリスクが高いところ
だけにかけるのではなく、全ての施設に保険をかけなければならないということにな
る。
この Pool Re に対して、当然英国政府もただ単に支払えなくなった保険金を支払う
だけではなく、それなりの対価を求めてきた。これは、Pool Re が保険会社から集め
たプール金が 10 億ポンド(約 2,000 億円)を超えた時点で、プールした保険料の 10%
+利息か、その時点までに国が支払った再保険金の大きい方の金額+利息を国に納め
るということである。
テロ保険の対象は・・・
対象は営利活動を行っている建物等であり、個人住宅にはテロ保険は適用されず、
一般の火災保険のみである。
また、実際にテロに遭い、損害金が 10 万ポンドまでは各契約している保険会社が支
払うようになっている。そして、この 10 万ポンドを超えた金額が Pool Re から再保険
金として支払いを受けることになる。
例えば、このウィリス社本社のビルはロイヤル・インシュアランスという会社が元
受となっている。そこでビルがテロにあって、30 万ポンドの被害を受けたとした場合、
ロイヤル・インシュアランスは、まず 30 万ポンドを支払うが、その後 Pool Re から
20 万ポンドを受け取ることになる。
そして、英国政府が支払うのはこの Pool Re がパンクしたときになる。
保険手数料は・・・
テロが起これば、建物が破壊されて、そのための固定経費がかかって、営業利益が
さがる。この種の事業中断に関わる損害の保険は、そのゾーンの財物損害保険料の加
重平均に設定されている。それからブローカーの仲介手数料は、通常であれば 15∼
20%もらうことになるが、このテロ保険については公共的ということもあり、
「足の出
るような」一律 2.5%に固定されている。保険料率は、地域によって違うが、ロンド
ンの中心部にあるシティはゾーン A として保険料率が一番高くなっている。
Pool Re 制度の見直しは・・・
28
創設されて 10 年が経ち、全面的な見直しをおこなうことになった。これには民間の
再保険マーケットを活性化させようという政府サイドの思惑もあった。やはり民間で
できることは民間でやってもらおうといった考えに基づき、保険、あるいは再保険と
いう仕組みは原則、民間に自立してやってもらう、政府が介入するのはラスト・ゾー
ンの部分だけであるといった考えから枠組みを見直した。
このことで、2003 年からは一事故 3,000 万ポンド(約 60 億円)、年間 6,000 万ポ
ンド(約 120 億円)までは保険会社が支払う、それ以上は Pool Re が支払うことにな
った。そのレベルはあがって、2004 年は、1 事故 5,000 万ポンド(約 100 億円)と年
間 1 億円ポンド(約 200 億円)、2006 年度は 1 事故 1 億ポンド、年間 2 億ポンド(約
400 億円)と段階をおって引き上げられ、その限度額を超えた部分は Pool Re が支払
うことになっている。
9.11 後の Pool Re は・・・
1995 年に東京で言えば新宿副都心のような超高層ビルが立ち並ぶ、英国の Canary
Wharf とロンドンでIRAがテロ攻撃をした。このとき Pool Re の存在意義を示し、
円滑に損害保険料の支払いが行われた。そして、その後はIRAと英国政府の和解が
進み、Pool Re の保険料収支が好調だったため、1998 年、Pool Re の保険料を 85%引
き下げた。
ところが予期せぬアメリカでの 9.11 の同時多発テロが起こった。あの世界貿易セ
ンタービルの保険ブローカーはウィリス社であった。保険の規定が多岐に分かれてお
り、現時点にいたっても、各保険会社と保険料支払いに関して調整が行われている。
ここで重要なのは、英国では通常の損害保険からテロ保険を外していたが、他国で
は除外していなかった。そのためそのほかの国では、世界貿易センタービルについて
損害保険として、保険料の支払いが行われることになっている。あのような巨大なビ
ル 2 棟が全崩壊することはまったく想定していなかった。それに加え、通常の損害保
険では 1 事故あたりの上限を決めている。従ってあの事故が2件の事故と見るか1件
と見るかによって、支払いが倍近く変わるわけで、それ自体大きな問題になっている。
まとめ
保険の先進国・英国では 1990 年代からテロ保険に対する再保険機構を成立しており、
これに続きフランス、オランダも英国にならい導入している。そして、記憶に新しい
2001 年ニューヨーク同時テロの教訓から、アメリカでは 2002 年 11 月にはテロ保険の
再保険機構が成立している。これは、破壊活動に伴う損害で、損害保険会社の保険金
が巨額にのぼる場合、支払額の 90%分を税金でまかなう。補償額の上限は初年度 900
億ドルで補償期間は 3 年としている。
これに対して、日本では公的支援の枠組みもなく、保険会社もテロを補償してない。
テロはいつ・どこで起こるかわからない状況だけに日本の企業が抱えるリスクは膨ら
んでいる。
29
このことは、2003 年 11 月に自衛隊のイラク派遣を決めた日本に対して、国際テロ
組織アルカイダの指導者を名乗る者が、ロンドンで発行している雑誌に、
「日本が経済
力を破壊され、アラーの軍に踏み潰されたいならば、イラクに自衛隊を送るがよい。
われわれの攻撃は東京の中心におよぶであろう。」とのメッセージを発表したことを考
えても想定される。アメリカ・英国に続きわれわれのすぐそばまでテロ危機は迫って
いるといっても言い過ぎではない。
日本企業も日本政府もテロに対する備えができていないといった無防備な状況にあ
る。日本ではテロ保険加入率は、わずか 2%程度にとどまる状態であり、韓国・中国
などの北東アジア地域をいれても 10%に満たない状況である。それに対し、東南アジ
ア地域ではシンガポール・タイ・フィリピンなどおしなべて 50%を超えている。
同じアジア圏でもこれだけ意識が異なる理由のひとつには、東南アジアが世界有数
のイスラム教地域であり、実際に 2002 年 10 月にはバリ島のナイトクラブで大規模な
爆破事件が起きている。これを契機に、イスラム過激派の台頭に備え、多くの企業が
英国のロイズが行っているテロ保険に加入した経緯がある。
現在、2001 年 9 月に起きたアメリカ同時多発テロを機に、再保険料が跳ね上がり、
テロ保険料も高騰したため、日本の企業は、逆にテロ保険に消極的になってしまった。
そのような中、日本の航空会社では、9・11 以来戦争やテロによって、航空機事故で
地上施設などに損害が発生した場合に保険金を支払う第三者賠償責任保険を 2003 年
12 月より導入した。ところが、日本の損害保険会社は 2002 年 4 月以降、資産価値 10
億円以上の大型物件に対して、テロの被害を補償しない「テロ免責」を導入した。つ
まり、これは都心の大型ビルなどに大規模テロが発生した場合、保険による補償が受
けられないということを意味する。
こうしたことから、損害保険会社がテロ被害に対する保険金支払いを、業界全体で、
共同で負担する基金(資金プール)の設立が今後の課題になっている。個人財産は従
来の保険で担保されているが、工場やビルなどのほとんどはテロ・リスクに対し無防
備の状態である。テロは一つの事故で損害が大きく、政府の担保も不可欠だが、税金
を導入するには、国民の理解が必要になってくる。
日本でもサリン事件が起こり、アルカイダを名乗る人物から脅迫的なメッセージが
届いたりしている。テロ被害に関し損害保険は免責になっている状況が続いているこ
とは、日本経済そのものの大きなリスクである。テロ発生後に海外のテロ保険に、深
手を負った日本企業が殺到する最悪の状況を想定しなくてすむように、早急な仕組み
作りに取り組む必要がある。先進国の中で唯一、保険の面での体制が未整備である点
は重大な問題と言わざるを得ない。
30
◎調査先
Camden Street Warden Service
カムデン・ストリート・ワーデン・サービス
19 時∼20 時 30 分 パトロールに同行
ロンドン市内にある Camden Street Warden Service に伺い、日頃警察機能と連携し
ながら、ロンドン市カムデン行政区が雇用している職員が行っているパトロールに同
行した。このカムデンは犯罪多発地域で、夜には薬物売人(ドラッグ・ディラー)が
出没することで知られる場所で、大麻類のマーケットとして有名である。
今回の調査で同行したスタッフの一人は、オーストラリア出身で日頃、町の中のパ
トロールの他に、民生委員のような役割をはたし
ている。
「昨年に比べて犯罪者は減少しているが危
険や恐怖は増えている」とのことであった。
今回の調査は、彼らのコミュニティ・ワーク=地
域の活動に同行することである。
調査日はクリスマス前ということもあり、直近
の 1・2 週間は穏やかだそうで、週末は買物客で賑
わい、また、パンクなどのミュージシャンが集ま
ってくるとのことであった。
カムデン・ストリートの要注意人物の顔写真
組織は・・・
ストリート・ワーデン・サービスは、
キングクロス、カムデン、そしてブルー
ムズブリッジの三つの行政区で活動を行
っている。
もともと、ストリート・ワーデン・サ
ービスは、2002 年からキングクロス行政
区の 6 名で試験的に始まり、効果が認め
られたことから予算化された。そして、
このカムデンとブルームズブリッジを含
カムデン・ストリート・ワーデン・サービスの
スタッフ
めた 3 行政区に活動が広がった。このカ
ムデン行政区では 2003 年1月に 14 名で始まり、メンバーや活動のことは町の方々が
チラシや行動を通じてよく理解し、支持してくれている。
活動は・・・
活動は年中無休であるが、月曜日から金曜日までが朝 8 時から夜 8 時まで、土・日
曜日が朝 10 時から夕方 6 時までで、二人あるいは三人一緒で活動する。夜終了後は、
もっぱら、警察のパトロールによることになる。
31
街の中心部にあるブロークンウインズ通りを中心に制服を着たスタッフが、地域の
ために頁献することをモットーに巡回(パトロール)している。一方で、防犯カメラ
は 24 時間通りを監視しており、外部委託で運営されている。防犯カメラの監視センタ
ーから何か発見した場合には、警察ほか、このカムデン・ストリート・ワーゲン・サ
ービスのスタッフが持つ無線機に通報が入る。もちろん犯罪は警察に直接連絡が行く
が、反社会的な問題はスタッフの無線機に入ってくる。現場に出動して、通報された
者のボディ・ランゲージをよく読みとり、警戒心をもたせないように会話をする。こ
のために必要な訓練を受けている。
そのコツは、上から押さえるような対応をせず、同等の立場でむしろ、好意をもっ
て対応をすることだ。例えば、お年寄りや若者が、窃盗犯人やドラッグ中毒者などに
対して、恐怖心を持っている場合への対応がそうだ。このほか、法律に基づいて、反
社会的行為を繰り返す人々にこの町から出て行ってもらうといった活動もある。
因っている人には親切に、ホームレスの方々にはホステルを紹介するが、その一方
で、われわれの度重なるアプローチにもかかわらず、長期間物乞いをしている場合に
は街から出ていってもらう。
全体的にみて、街中にゴミが散乱していたり、自動車が放置されている地域には、
犯罪者が集まることが多い。カムデンでは通りをきれいにすることが犯罪者を寄せ付
けない秘訣となっている。例えば、街灯の整備やゴミ収集の徹底などを進める、きれ
いな町にすることが、安全で安心なまちづくりに直結する。だからわれわれは単なる
パトロールにとどまらず、街の清掃などの事業にも取り組んでいる。もっといえば犯
罪が起きてから活動するのではなく、犯罪が起きないように活動を行う、いわば地域
の総合的な守り手である。
最近では、例えば、犯罪を犯した若者に対して、地元商店街などからユニフォーム
を提供してもらい、フットボールやサイクリング、武道などを行わせて、若者の行動
が改善された例もある。スポーツを通じて、若者に誇りをもってもらうことが大切だ
し、年長者が若者にスポーツを通じて指導を行うことも、地域の安全が向上すること
にもつながっている。
スタッフは・・・
スタッフは全て地方自治体の職員(公務員)である。仕事の中心は、こうした多様
なプロジェクトのために、地域から基金を拠出してもらうことと、数多くの情報収集・
整理、苦情処理である。勤務時間中に予期せぬ事態が起こった時のため、スタッフの
メンバーは対応できる経歴、経験を持ち、対人関係における訓練を積んでいる。例え
ば、面会したスタッフはオーストラリアの軍隊出身だし、他のメンバーは刑務所職員
などといった経歴をもっている。
彼らスタッフは、多様な機関と住民の間で接着剤的な役割を担っている。例えば、
薬物中毒やアルコール中毒の人々を担当しているソーシャルワーカー、警察、地域の
自治体、住民と連携を密にしている。
32
特に警察との連携が深く、通信手段を共有しているほか、薬物犯罪者については警
察から情報提供を受けており、証拠収集に協力している。また、巡回を終えるとスタ
ッフは、パトロールで得た情報をデータ・ベース化し、その情報は警察と連動してい
る。
予算は・・・
英国では、地方自治体が教育、学校、保健、道路管理などの行政や、移民対策を行
い、ストリート・ワーデン・サービスについての予算は中央政府から地方自治体を通
じて配分される。
まとめ
地域の住民の安全を確保するために、日々活動しているカムデン・ストリート・ワ
ーデン・サービスの仕事ぶりを調査してきた。
日本でもガーディアンエンジェルスといったかたちで、地域の治安を守り、未然に
犯非を防ぐための活動が行われているが、大切なのは住民との会話であるとの印象を
強く持った。
<11 月 25 日(木)>
◎調査先 Edinburgh City Centre Management Company (ECCM)
14 時 30 分∼17 時
同事務所
対応者 Ian Broadfoot イアン・ブロードフット氏
Adam Coon アダム・コン氏、リチャード・ウェットン氏
Ian Burnside イアン・バーンサイド氏、ブライアン・ウィルソン氏
コリン・ミーチャン氏
エディンバラ・シティ・センター・マネジメ
ント・カンパニー(ECCM)事務所を訪問し
て、イアン・ブロードフット理事、地域安全プ
ログラム担当理事のアダム・コン氏、エディン
バラ市議会職員のリチャード・ウェットン氏、
ロージアンボーダー警察のイアン・バーンサイ
ド警視正、ブライアン・ウィルソン警部、特別
警察官のコリン・ミーチャン氏に面会した。
ECCMは、世界遺産であるエディンバラ市
の中心部、Princes Street プリンセス・ストリ
33
ECCM での調査
ートを中心とした地域の安全を守るため、エディンバラ市議会と地域内の約 90 の企
業・団体で作られた独立法人で、地方自治体・警察・住民と共に、犯罪抑制とエリア
の環境改善を目指して活動している組織である。
ECCMとは・・・
地域の安全を守るために、環境を良くし、経済発展にもつなげることを目標に、2000
年に約 90 社の企業からの出資とエディンバラ市議会からの補助により設立された、半
官半民の非営利団体である。
理事会の構成は 15 名で、エディンバラ市議会議員を3名含んでいる。実際のプロジ
ェクトは 2004 年 1 月から始まったばかりであるが、プリンセス・ストリートの 1 つの
地域 St.Giles Centre セントジェイルス・センターでは、犯罪発生率が 80%低下した
との報告が既に出されている。
企業からの資金調達は、個別に訪問や郵便などでお願いして行っており、年間 100
万ポンド(約2億円)を超える。また、フレンチマーケットやファーマーズマーケッ
ト、落書清掃(有料)などの活動から、およそ1万ポンド(約 200 万円)の収益をあ
げている。
目的は・・・
目的は 6 つある。
①エディンバラの街が発展するよう応援
すること。
②エディンバラ市が環境改善の一環とし
て取り組んでいる 1,700 万ポンド(約
34 億円)の道路改良事業にECCMと
して主体的に参画すること。
③②の事業を通じて、直接雇用の機会を
つくり、市中心部の生活環境を清潔で
安全なものとすること。
ECCM での調査
④ECCMの広報。例えば、先日は、日
本のテレビがファーマーズマーケットに取材にきた。
⑤市中心部にある会社とコミュニケーションをとること。その手段としては刊行物
を定期的に発行したり、小売店を集めてミーティングを行ったり、ウェブサイト
を開設したりしている。
⑥ECCMの事業が本当に活用されているかモニタリングすること。
エディンバラ市とのパートナーシップは・・・
ECCMと市議会、警察の三者との連携で地域の安全づくりに取り組んでいる。
警察力だけでは犯罪抑制を達成できないという考えが基本にあり、警察署の配置も
34
議員の選出の単位と同じエリアとし、この連携のもと、警察官と地域の人がコミュニ
ケーションを取っている。
エディンバラ市では 5 つの目的にそって、多様なパートナーシップを結んでいる。
5つの目的とは、麻薬取引、空き巣、暴力、交通事故、反社会的行動をとる人たちを
無くすことである。
エディンバラ市には 1,200 名の警察官のほかに、警察に協力する 300 名の市民がい
る。警察活動を 2 つに大きく分けると、1 つは緊急事態への対応。2 つめは地域の人た
ちとパートナーシップによって、コミュニティベ
ースで問題を解決することだ。
人口 45 万人のエディンバラ市内では、毎月 4,
000 件の事件が発生している。その内容はクレジ
ットカードの不正使用などがほとんどで、そのほ
かは、例えば、空き巣は、一度入られたら、その
家は次は 300 年後に入られるという確率であり、
暴力犯罪については、一人が 400 年に一回の確率
で遭遇するといった具合に、とても安全な街であ
エディンバラ城
る。
エディンバラ市でのネイバーフッド・ウォッチは・・・
アメリカで始まったネイバーフッド・ウォッチは 1982 年にイングランドの警察官が
初めて英国に紹介したが、その後英国全土では 16 万箇所に達した。エディンバラ市及
び周辺では 870 箇所(市中心部では 450 箇所)あり、世帯数でいうと 55,000 世帯に
なる。このことは防犯につとめる、犯罪発生率を下げるといった地域の安全づくり(コ
ミュニティ・セイフティ)には非常にいい条件だ。
しかし、2002 年に見直しが行われ、反省点がいくつか上げられた。これは、ネイバ
ーフッド・ウォッチを作った当初はいいが、時間が経つにつれて意識が薄れてくると
いう課題と、警察からの情報に頼りすぎるという傾向が判明したからだ。また、警察
がネイバーフッド・ウォッチに関わる人々に情報を流すのに時間がかかりすぎている
こともわかった。
イングランドとスコットランドのネイバ
ーフッド・ウォッチを比較した場合、イン
グランドの方が優れていると言える。その
理由は、ネイバーフッド・ウォッチに関わ
る住民と警察の関係がより密接だからであ
る。そこで、エディンバラでも最近はeメ
ールを活用し、住民に情報を伝えるといっ
た方法を取り入れ始めているが、警察と住
民との関係強化には、さらに力を入れてい
ECCM の事務所にて
35
く。
エディンバラ市内での落書きへの対応は・・・
エディンバラは世界遺産に指定されており、古い建物がたくさんあるため、その保
護を目的とした処置を行わなければならない。そのため、落書きされた建物の所有者
には、エディンバラ市から「きれいにするように」との指導が必ずあり、その指導に
応じないと、所有者には罰金が課せられてしまう。そこでエディンバラ市との契約に
基づき、非常利団体のECCMが特別料金を所有者からもらって落書きを消すサービ
スを提供している。また、この有料の落書消しでコストを上回る利益が出たら、その
分はECCMからエディンバラ市に還元している。
「地域の安全」コミュニティ・セイフティとは・・・
これは政治的にも、市民の観点からも非常に大切なことである。つい先日、国会が
開会した際、議事堂を訪れた女王陛下から国会議員に対し、このコミュニティ・セイ
フティの向上について直接お話があったばかりである。
一言でいうとコミュニティ・セイフティとは地域で安全づくりに取り組んでいくこ
とであるが、イングランドとウェールズはコミュニティ・セイフティは法律で定めら
れている。この点、スコットランドの場合は、ボランティアで地域の安全を支えてき
た。しかし、スコットランドでも、地域の安全づくりのため、従事する人には報酬を
出し、持続可能なものに抜本的に強化すべきだとの考えもあったことも事実で、実際、
2005 年 4 月から、イングランドをお手本にはじめて、3 年計画で予算もつけて重点的
に取り組むことになった。これによって、これまでのボランティアではなくなるわけ
であるから、もっと責任が重くなることになる。制度を変えることにより、今まで意
識がなかった人たちがもっと責任を持つようにすることが狙いである。
エディンバラ市での特別警察官制度は・・・
特別警察官は、通常は仕事を持ちボランティアベースで、自分の住んでいるコミュ
ニティを範囲として活動している。スコットランドでは特別警察官になるように奨励
している。資格は 18 歳半に達していることのみで、任期は継続的で、定期的に教育を
受けるので、やる気があれば、一生涯にわたり活動を行うことができる。
特別警察官の主な役割は、職業警察官では埋めづらい住民との距離を縮めることで
ある。現在、Lothian-Borders Police ロージアンボーダー警察(エディンバラ市が
あるスコットランド東南部の県)管内には、特別警察官が 112 名おり、この人たちの
職業はバスの運転手、大学卒業生や失業者など様々な階層、職業となっている。
この特別警察官になるには、それぞれの経歴をしっかり調べると共に訓練が必要で、
一般警察官とは別の訓練を行っている。まず、土曜日・日曜日・水曜日の夜間の週 3
日を、7 週間かけて訓練する。内容は、逮捕・拘束の方法・万引きの対処法・人種に
関する対処法などで、かなりの集中コースになるが、これをクリアーすれば、晴れて
36
特別警察官として警察本部長から資格証をもらえる。
この資格証を手にした後は、特別警察官として決められた地域での勤務が始まり、3
ケ月後にはこの仕事に対し本当に適しているかどうか検査があり、その後は、麻薬関
係の問題などについて 2 ケ月毎に更に教育を受け、1 年後には警察学校に行き、フー
リガンなどにも対処できるように教育・訓練を受ける。
また、この特別警察官には更に特別な訓練を受ける人もいる。このなかには、暴動
時に対処する人、警察犬と一緒に捜査する人、また一般警察官と一緒に指紋などをと
ったりなど、犯罪に関わる訓練を受けている人もいる。
これから数ケ月以内に、これらの特別警察官全体の活動をみる責任者を任命して、
希望者が多いため特別警察官の数も 2 倍に増やしたいと考えている。
以上のような訓練を受け、一般の警察官と同じように巡回をして、例えばサッカー
などの大きな試合や先日オープンしたスコットランドの議事堂などのセレモニーなど
にも出動することが決まっている。
まとめ
ECCMは、世界遺産であるエディンバラ市のプリンセス・ストリートを中心に、
主に、エディンバラ市議会(市庁にあたる)と約 90 企業が出資して、警察と地域住
民が協力し、犯罪抑制を目標に活動している法人である。民間会社の形態をとること
で、ボランティア組織にはない活動の継続性を有している点は特筆に値する。
エディンバラ市中心部は、英国の中で、犯罪抑制のためのモデル地区であり、2005
年7月にはG8(主要国首脳会議)が開催地される。街中を歩いても安全性の高い雰
囲気が実感される。市議会や地域住民とのパートナーシップは、結果として、警察を
実態よりもはるかに力強い存在としてイメージさせる効果をも有していると思われる。
<11 月 26 日(金)>
◎調査先 The City of Edinburgh Council CCTV
エディンバラ市防犯カメラ(CCTV)・管制センター
14 時 30 分∼17 時
対応者 Frances McCormack フランシス・マコーマック氏
Ross Neill ロス・ナイル氏 Jim Fyffe ジム・フィッフ氏
CCTVの企画部長であるフランシス・マコーマック氏、オペレーション担当のロ
ス・ナイル氏、ジム・フィッフ氏に面会し、エディンバラ市議会(定数 60 名、なお、
市議会は立法府と執行機関を兼ねているので、市議会=市庁となる。)で経営している
CCTV(スコットランド議会からも出資)の心臓部である管制センターで調査を行
った。
37
この調査は、ドイツに次いで世界で2
番目、もちろん日本人としてははじめて
の訪問調査である。
CCTVとは・・・
エディンバラ市議会の直営で現在 110
台の防犯カメラが市中心部に設置されて
おり、来年には 250 台に増設される予定
である。
CCTV の管制センターにて
CCTVの管制センターには、街頭の
さまざまな高度・角度に設置されたカメラの映像が 36 台のモニターに常時映し出され
ている。このモニター画面は、2 秒ごとに違う防犯カメラの映像を映し出しており、
24 時間体制でどの角度からが的確な場面を映し出せるのかなどを見るモニターマネ
ージメントといった作業が行われている。これとは別に、1 秒に 25 台分の映像を分割
して映し出すスクリーンもある。さらにスクリーンは、録画専用とリアルタイムのモ
ニター用の二種類がある。特にリアルタイムステーションと位置付けられたカメラが
3 台あり、その映像は管制センターのほか警察や商店街とも無線で結ばれ、同時に配
信される。
警察からの無線で何らかの事件が発生したとの通報があった場合には、該当箇所付
近に設置されたカメラの映像をスクリーンに映し出し画面を録画モードから、リアル
タイム画面に切り替え、現在の状況を直接見ることができる。CCTVの画像は警察
にある 12 台のカメラのスクリーンにも映し出されている。
つまり、CCTVは警察と一緒に防犯に力を入れている。また、このカメラはゴミ
の不法投棄の発見や迷子捜しにも利用されており、市民の生活向上に役立っている。
録画されたテープは・・・
録画されたテープは番号と色で分類さ
れる。リアルタイムの録画テープは、最
終的には焼却される。録画テープはCC
TVで責任をもって保管し、これらを持
ち出す際には、書類の提出が必要である。
また、裁判の証拠として使用されるテ
ープは、警察と協力して編集し、コピー
する。ここで働くオペレーターは、作成
者として出廷することもある。CCTV
にはテープ管理用目録作成のために、コ
ンピューターが置かれているが、これは
警察のホストコンピューターとつながっ
38
CCTV の管制センターにて
ている。裁判で使用したテープは最終的にはCCTVに戻ってくるが、今年だけで 1,
500 件以上の調査依頼があった。
防犯カメラの機能は・・・
望遠のために拡大の倍率を 20 倍に上げると、カメラの設置地点から 1.6km先を
見ることができる。一台のカメラが故障などした場合には他のカメラがその範囲をカ
バーできるようになっているが、マイクは付いていない。そのかわりプリンセス・ス
トリートを例に挙げると、全ての小売店にCCTVと結んだ無線が設置されており、
何かあれば管制センターに通報があり、その現場を映し出す。
スタッフは・・・
エディンバラ市議会、スコットランド
議会及び民間企業が出資をしており、エ
ディンバラ市議会が雇用している職員と
なっている。警察と連携しながら 24 時間
体制で三交替制である。大体 12 週間が勤
務の一つの区切りで、4 日働いて 2 日休
み、1日8時間の勤務のうち、1 時間毎
に 10 分の休憩を取る。
役割の多様性・・・
CCTV のスタッフへの聞取り状況
市内に 110 台設置された防犯カメラか
ら映し出される様々なできごとから、市のかかえる問題を浮き彫りにし、市議会の担
当部門に伝えている。また、現場に即して対応できるので、救急車の到着を円滑にし
たり、パトカーの到着を障害を除いて早めることができる。その障害が交通渋滞の場
合は、連絡を取って信号機をかえ、車の流れをスムーズにする。
オペレーターは、捜査に慣れており昼間でも夜間でも画面に映し出される異常な事
態に機敏に注意を向けることができる。
CCTVの今後・・・
その他、新しい試みとして移動可能なCCTVカメラを取り付けたメルセデス製の
公用車で費用は 10 万ポンド(約 2,000 万円)程度のものが1台ある。今後はもう1台
追加配備する予定である。
CCTVの 110 台のカメラの年間維持費は、70 万ポンド(約 1 億 4,000 万円)程度
で、機材は日本製で一台 20,000 ポンド∼25,000 ポンド(約 400∼500 万円)程度で寿
命は 5∼6 年である。この寿命を最初から織り込んで計画的に配置している。
39
カメラはプライバシー侵害にならないか・・・
エディンバラ市内にはCCTVの 110 台のカメラのほかに、1,100 台のカメラが市
全域にある。住民からの要望でカメラを設置してきた経緯があり、カメラ設置にあた
っては地域住民の合意が大前提である。これまでのところ、カメラ設置にあたっては、
オープン・エリア、公共空間に特化しているので、プライベートな領域には一切踏み
込んでいない。もちろん、個人の住宅の中にフォーカスを向けるなど論外だし、あり
得ない。したがって、こうしたカメラの設置がプライバシー侵害だという声はまった
くない。
まとめ
防犯カメラを監視カメラと呼ぶ人がいる。その呼び名には自らの犯されたくない個
人の生活領域にレンズが無遠慮に踏み込んでくるという危惧や不安がある。わからな
くはないがそうした不安を極力、払拭しつつ、地域の安全の要望にどう応えるか、こ
れは英国にも我が県にも通ずる課題である。
英国でもこのカメラを決して個人の住居には向けない。また、設置の際には住民の
合意を事前に得るとのことである。あるいは過剰な台数のカメラ配置には、一部撤去
された事例もあり、さらにカメラ設置そのものに際して、住民投票に付した例もある。
議論が必要なことは間違いないし、犯罪抑制効果が高いこともわかっている。既に
銀行ATMやコンビニエンス・ストア、ショッピング・センター、駅、空港など公共
スペースの多くで、カメラは今日
も作動しているし、そこに犯罪に
関する映像があれば捜査にも裁判
にも活用されている。
公共空間で、さらしている“自
分”という個人情報の保護と当該
エリアの安全を比較考量する時、
防犯の観点からは地域の安全のほ
うにより重きをおく考え方は既に
一般化しつつある。得られた情報
をどのように管理し活用するかに
的を絞った議論の充実こそが必要
である。
CCTV の皆さんと調査団
40
(2)
教育改革
<11 月 24 日(水)>
◎調査先 自治体国際化協会ロンドン事務所 10 時∼12 時 同事務所
対応者 竹内弘明氏、田中尚氏
Andrew Stevens アンドリュー・スティーブンス氏
英国における教育制度・・・
英国の初等中等教育は、公費により維
持される公立学校と公費補助を受けない
私立学校に区分され、義務教育は小学校
6年・中等学校の 11 年間で、その後高
等教育に進むまでは2年間の任意の教育
期間がある。したがって、大学進学は日
本と同じ 18 歳からとなる。また、教育
年度は9月から7月までである。公費に
よって維持される公立学校は、3歳∼18
歳までの 15 年間のうちで幼稚園・小学
クレアにて
校幼稚部2年、小学校6年、中等学校7
年が基本的なパターンである。また、この期間中、5∼16 歳までの 11 年間が義務教
育であり、中等学校のうち前5年が義務教育、後2年が義務教育後の Sixth form シ
ックス・フォームに区分される。
公立学校の経費は、Local Education Authority LEA地方教育当局が配分する補
助金により運営されるため、ほとんど無償で教育を受けることができる。
公立学校の種類は、①LEAが経費と共に土地・建物を所有し、職員の雇用者とな
り、全公立学校の2/3を占める community schools、②運営費はLEAが負担し、
施設維持管理は学校が負担し、職員は学校理事会が雇用する voluntary aided schools、
③運営費・職員の雇用はLEAが行うが施設は学校が所有する voluntary controlled
schools、そして、④保守党政権で設立された grant-maintained schools の廃止に伴
い、その受け皿として制度化され、LEAが運営主体であるものの、学校が職員雇用
等を行うなど一定の自主権をもつ foundation schools がある。
就学前教育として、3歳児と4歳児を対象として幼稚園があるが、小学校に幼稚部
が併設されているところが多い。また、この他、私立の幼稚園のほか、ボランティア
の保護者等によって運営されている playgroup や、有料で受け入れる child minder
がある。初等教育は、5∼11 歳の6年間で、6年制の小学校 primary schools で行
われている。小学校は、1∼2年生の低学年 infant と3∼6年生の高学年 junior に
区分される。中等教育は、11∼18 歳までの7年間のうち 16 歳までの義務教育段階を
示す。中等教育のほとんどは、comprehensive schools 呼ばれている総合制中学で行
41
われており、原則として無試験で入学できる。成績上位者を選抜試験により入学させ、
高等教育進学をめざす grammar schools も存在するが、ブレア政権は「選抜が早すぎ
る」と縮小させようとしているが、保護者の反対もあり進んでいない。
次に、義務教育終了後について、16 歳で義務教育を終了するが 65%が継続してフ
ルタイムでの教育、11%が政府による職業訓練、18%が就職する。
まず、シックス・フォームは、中等学校の最後の2年間に行われる教育で、大学進
学に必要な大学入学資格上級 General Certificate of Education A (GCE−Aレベル)、
及び準上級 Advanced Supplementary(ASレベル) 試験のための教育を提供してい
る。
また、大学進学を希望しない生徒に対し、農芸、商業、技術、芸術など職業教育を
行う継続教育カレッジがある。このほか、学習に対して困難もつ児童に対して、特別
な教育的支援 Special Education Needs を必要とする児童のために設置される特別
学校 special schools がある。
このほか、independent schools 独立学校という意味の私立学校がある。5人以上
の義務教育段階の児童生徒を受け入れると定義されており、公立学校が 22,000 校あ
るのに対し、私立学校は 2,188 校、そして伝統的な私立中等学校である public schools
パプリック・スクールは 242 校である。
授業は週5日制で、9月から始まる3学期制である。9月から12月中下旬までが
1学期、1月上旬からイースター(キリストの復活祭。春分の日以後第一満月の次の
日曜日。2005 年は3月 27 日)までが2学期、イースターから7月までが3学期、各
学期間にクリスマス・イースター・夏休みがあり、
学期の半ばに 1 週間の中間休み期間がある。
小学校は一般的に学級担任制で、すべての教科
を一人の教師が教えるが、中等学校は教科担任制
で、一般的に能力別編成が行われている。また、
学級規模についてはブレア政権の下で 30 人以下
が実現した。
教育改革について・・・
英国の教育制度を歴史的にみると、1944 年以前
クレアでの調査の様子
はケンブリッジ、オックスフォードの伝統的な大
学とそれに入学するための私立中等学校があり、それに上流階級の子弟が学ぶ、その
一方でそれ以外の人々に対しては教会等が運営するボランタリー学校が教育を行って
いた。このような中、Education Act 1944 1944 年教育法が制定され、国が教育に
対し責任を持つことが明確にされ、国、LEA地方教育当局、学校という枠組みがで
きあがった。
戦後、1970 年代、英国は「英国病」の呼び名のごとく、経済の低迷とともに学力低
42
下が深刻であった。
そこで、1987 年総選挙で勝利を得たサッチャー政権は教育改革に乗り出した。
その手法は競争原理を教育に用いた教育水準の向上、効率的な学校運営をめざすも
のである。それまではなかった National Curriculum ナショナル・カリキュラムを導
入し、到達度をみるため National Curriculum Tests ナショナル・カリキュラム・テ
ストの実施、LEAの権限縮小と親の学校選択の促進などを実施した。次のメージャ
ー政権では、新聞各社が各学校の成績を掲載する Performance Tables パフォーマン
ス・テーブルの導入などが行われた。その評価としては、明確な指標の導入による学
校や児童生徒の達成度の客観的評価が可能となった反面、逆に競争から取り残される
学校生徒への配慮不足、教育困難地域への施策不足があり、良いところはよくなった
が、悪いところはそのままになり、国全体としての教育水準は向上しなかった。
そして、1997 年に労働党ブレア政権ができたが、その時の労働党選挙公約マニュフ
ェストでは、「教育、教育、教育」と教育が連呼された。当時は約 6,000 万人のうち
700 万人の国民が読み書き計算で支障をきたしていると言われていた。
このブレア政権の一期目 1997∼2001 年では、保守党と同じく、ナショナル・カリ
キュラム、全国テスト、テスト結果公表は継続された。そして、例外なくすべての学
校に学力向上を求めた。読み書き計算を重視するカリキュラムとなり、学校と親、地
方と中央、官と民など様々なレベルの連携が強調された。小学校低学年における 30
人学級を実現し、教育への財政支出を充実させた。財政支出の割合は 1984 年 10.3%
から 2000 年 12%、2002 年 13%に上昇した。学校運営やLEAの運営に際して民間
資金導入も積極的に行われた。
その結果、小学校を中心に学力が向上した。一方、教員の事務量は増大したが待遇
改善は進んでいない。ちなみに教員の年収は小学校校長 35,000 ポンド(約 700 万円)、
教員 20,000 ポンド、中等学校で校長 48,000 ポンド、教員 25,000 ポンドで決して待
遇がいいわけではない。また、都市部を中心に教員が不足し、それを補うため、英国
連邦の旧植民地であるオーストラリア、南アフリカ、ジャマイカなどから 2000 年に
1,400 人、2002 年に 4,000 人の教員を導入した。
ブレア政権の2期目は、小学校に引き続き、中等学校での改革を推進している。小
学校と同様に読み書き計算重視の授業編成、学校の規制を緩和し、校長の裁量権を大
きくさせ、複数の学校が共同で職員を雇用できるようにしたこと、カリキュラム以外
の授業を認めるなどの改革を行った。また、宗教団体や企業の学校経営参画を奨励し
ている。このような改革が教育水準の向上と教員不足解消となるか、その成果は、今
後の評価の対象である。
教育改革の最近の動向・・・
まず、Education Action Zone 教育アクション・ゾーン が上げられる。これは
「教育特区」のようなものであり、学校の管理を学校理事会のみで行うのではなく、
地方自治体、企業関係者と共同して行い、実績をあげようというもので 2001 年に 73
43
ゾーンあった。これにより小学校の 11 歳時のナショナル・テストの結果において、
数学・英語等で全国平均より3割以上よかったという報告がされているが、中等学校
では大きな成果が上がっていない。
次に、Office for Standards in Education OfSTED 教育水準局の監査による学校
改革である。この監査により「許容できる水準の教育を提供していない」と判断され
ると失敗校 failing school として Special Measures 特別措置が実施される。さらに
この失敗校が2年以内に改善する見込みがない場合は、国務大臣はその学校を閉鎖し、
学校名を変え、教員組織を一新して新たにスタートすることになる。1998 年に開始さ
れ、2001 年7月まで小学校 10 校、中等学校 17 校がその対象となった。
School governing bodies 学校理事会・・・
学校運営については、従来はLEA地方教育当局が責任を持っていたが、現在は学
校理事会が行っており、1998 年の学校水準・枠組法によりすべての公立学校に設置さ
れている。学校理事会は、保護者・LEA・教員・職員・地域の代表と校長により構
成されており、保護者・地域の代表は選挙により選ばれる。また、教会等を起源とす
る学校では、財団(教会)の代表が加わる。校長と学校の力関係はどちらか一方が上
にたつというものではなく、学校運営の意思決定機関(学校理事会)と執行機関(校
長)の役割分担である。
そもそも、1988 年教育改革法により、各学校理事会に予算運用権がLEAから委譲
され、その結果、LEAは、各学校の生徒数を規準として予算配分を行うこととなっ
た。この予算は使途が特定されておらず、各学校理事会の決定により執行できる。そ
のため、学校ごとに予算の範囲内で教員定数を定めることもできるようになった。こ
のように学校理事会の権限は、予算運用、教職員の採用・解雇、校長の任命、教育内
容・規律等の教育方針の決定など広範囲なものとなり、学校運営の実質的責任を持つ
ものとなった。
学校理事会の責任が強まると共に、各々の学校の独自性も強まり、また、生徒数が
多いほど各学校に対する予算配分も多くなることから、各学校の自主性尊重、各学校
間競争も促進されて、よりよい教育サービスの提供を図ることが可能となった。一方
で、学校運営に対する責任、成果を点検するための監査制度が強化されることにもつ
ながった。
以上のような学校理事会のメリットもあるが、反面、都市部を中心に理事会の定員
を充足することが困難な学校もあり、イングランドでは 15%、ロンドン市内では 30%
が理事会に欠員がでているなど、構成員確保の課題がある。
Performance Tables パフォーマンス・テーブル・・・
毎年 11∼12 月には小学校終了時、義務教育終了時の各時点での全国テストの結果、
そして、大学入学資格試験Aレベルの試験の結果が各学校ごとに公表される。これを
政府は Performance Tables と呼んでいる。新聞各紙は、この Performance Tables を
44
加工し各種ランキングを作成し公表している。これを Leagues Tables リーグ・テー
ブルといい、保護者や学校関係者が大きな注目を寄せる。学校成績一覧の公表が始ま
ったのは 1993 年であるが、それに対し国内世論には賛否両論がある。保護者の学校
選択に有益であるという声がある一方で、テストの結果だけで学校を評価することは、
子供や学校の個性的取り組みを無視することになる、あるいは、そもそも裕福な地域
の学校と貧困な地域の学校を一律に評価することは不適当であるという声もある。リ
ーグ・テーブルの中ではエピソードとして、全国上位の学校は、通常の授業は3時に
は終わるところを、毎朝9時から5時まで授業をした、あるいは、教員以外のアシス
タント等を含め、4人の大人で授業を行ったなどを紹介している。
Special Education 特別教育・・・
英国では、日本でいう養護教育については、特別な教育的ニーズ Special Education
Needs SENという概念を用いている。ある子供が「学習上の困難」を持つため、
特別な教育上の支援を必要とする場合、SENがあるとされる。この学習上の困難と
は、同年齢の子供と比較して学習に際して大きな困難を有すること、通常提供される
教育施設の利用が障害により妨げられていることなどを示すとされているが、英語を
母国語としないことを理由とした学習困難は含まれない。というのも、英国は多民族
国家であり、ロンドンでは住民の 25%が非白人であるためである。
政府は、全国約 1,500 校の特別学校を重度障害者等に限定しようとしている。実際、
学習上の困難があると判定された子供の特別学校へ在籍する割合は、1996 年の 40.7%
から 2002 年には 36.2%に減少している。
これは、特別学校は経費がかかることが主な理由である。小学児童一人当たりの経
費は普通校で 2,000 ポンド(約 40 万円)であるのに対し、特別校は 11,500 ポンド(約
230 万円)となっている。そのため、特別な教育的ニーズを有するという判定書を持
たない児童は、普通の学校で教育を受けること、そして、判定書を有する児童でも、
保護者の意思、又は他の児童に対する効率的な教育の提供に反しない限り普通の学校
で教育を受けることが、2001 年の法改正により定められた。
LEA地方教育当局の今後・・・
先日出された教育白書では、今年 2005 年には、LEA地方教育当局を廃止すると
いう方向が出された。現時点でも、LEAに与えられている権限はスクールバスと障
害のある児童についてだけであるが、そのLEAを廃止するという方針である。
なぜ、LEAを廃止するという方針が出されたかというと、7年前、総選挙にあた
り、ブレアは政策の第一に教育をあげ取り組んできたが、なかなか成果のあがらない
LEAもある。それならば、教育に関する予算や権限は各学校に集中させ、LEAに
は違った仕事をしてもらおうということであろう。
45
まとめ
英国における教育改革はスピードが速い。ただ、それは労働党として成果を上げる
ために、LEAをスケープ・ゴートとしているわけではない。英国の教育改革の進展
は、ブレアの思いというより、親の考えであるとのことである。
つまり、英国は、他の欧州諸国、あるいは米国より、より良い教育をして成果を上
げたいと考えている。それがよりよい労働力を提供することにつながる。それが今の
教育改革の目標である。
◎調査先
対応者
Honeywell Junior School
14 時∼16 時
Duncan Roberts ダンカン・ロバーツ氏
われわれは、ロンドン市南部にあるハネウェ
ル・ジュニア・ハイスクールを訪問した。正門
で同校の校長ダンカン・ロバーツ氏が私たちを
温かく迎えてくださった。「ロンドン市内の小
学校の中で私どものハネウェル校を訪ねてくだ
さって誠にありがとう。みなさんのご期待もわ
かりますし、誠意を持ってお答えします。」と
ロバーツ校長は同校の責任者たる素晴らしい振
る舞いで対応してくれた。
同校
ハネウェル校の正門の防犯カメラ
当校の概要・・・
冒頭、ロバーツ校長から同校の概要について説明をして頂いた。児童数は357名、教育
面では全校挙げて指導を行っているとのことで成績優秀な生徒が多いということであ
った。放課後はサッカーやピアノなど通常のカリキュラムにないクラブ活動も盛んとの
ことである。クラブ活動の指導についても同校の教員たちが率先してあたっており、15
人の教員のうち9人が放課後の課
外授業を見ている。「教員間はも
ちろんのこと、生徒と教員のコミ
ュニケーションもうまくいってい
る」と、ロバーツ校長はとにかく
この学校の運営が大変成功してい
ることを強調した。
英国では、学校経営はまさに企業
経営であると認識されているよう
だ。ロバーツ校長に「あなたは校
長であるのと同時に企業のCEO
ロバーツ校長と調査団
46
(最高経営責任者)か」と問いかけると、「確かに学校理事会の上に立った社長のよう
な存在です」と素直に肯定した。
改革の経過・・・
まず、われわれは「具体的にどのような改革に取り組んできたのか」と切り出した。
ロバーツ校長は、この学校が通常の公立校と異なりいわゆる“Foundation shoolsファ
ウンデーション・スクール”であるが故に、運営資金が直接国から得られるというメリ
ットがあることを説明した。そして、「LEA地方教育当局が持っていたパワーがどん
どん学校側に移行している。自分たちで予算の管理や人事を行えることが、一番の成果
である」と言い切った。財政面に関し、ロンドンの公立学校では他の公的機関から干渉
される余地が確実になくなっている。
続けて、「なぜ、LEAの関与がない方がいいのか」と質問すると、同氏は、「LE
Aを通してスタッフを受け入れる場合には、様々な手続きに無駄な時間を取られてしま
う。例えば給食の場合、LEAを通して外注した場合、配達だけで30分以上の時間がか
かってしまう。しかし、学校側で直接スタッフを雇い入れればメニューも豊富になるし、
その分経費も安くすることができる」と答えた。日本では最近やっと行政の世界で芽を
出そうとし始めている“民営化”の考え方が、英国の教育界ではすでに大きな成果を出
している。
「こうした状況に生まれ変わったのは、いったいいつ頃か」との問いに、同氏は「1980
年代半ば、当時のサッチャー政権時代に行われた“Grant-maintained Projects グラン
ド・メインテイン・プロジェクト”によってLEAの権力が取り除かれるようになって
からだ」と説明してくれた。
同氏によれば当時は、LEA地方教育当局に対する労働党の影響力が強く反映されて
いた時代で、政府から公立学校に流れる予算のうち、実にその20%がLEAの“事務費”
に消えていたそうだ。ここにメスを入れるべく、保守党が“グランド・メインテイン・
プロジェクト”を行ったところ、Secondary Schoolセカンダリー・スクール(11歳から
16歳の子どもたちが通う中等学校)のほとんどが申請を行い、Foundation Schoolファ
ウンデーション・スクールになったとのことである。
英国においては、公立学校の校長たちがいかにLEAの存在を鬱陶しく感じていたか
ということがわかる。すなわち「地方の元締め」に支配されることなく、現場に即した
学校運営に取り組みたいと願っていたわけである。そこで、「グランド・メインテイン・
プロジェクト以降、政権政党が保守党から労働党に変わったが、政権交代がなされても
学校経営という基盤は国内で完成したと理解していいのか」と確認したところ、ロバー
ツ校長は大きく肯きながら「その通りだ。基盤ができたからもはやLEA地方教育当局
のサポートはいらなくなったのだ」と強調した。
サッチャー政権によって、特に教育面においては予算枠が拡充し、政権交代がなされ
てもその姿勢をブレア政権が引き継いだことによって、任命者であるLEAからの関与
を免れた公立学校の校長は運営資金とともにカリキュラムの決定や教員の採用といっ
47
た権限を有することになった。
改革とはこのくらいダイナミックに行わなければ効果は得られないものと実感させ
られた。
教員の身分・・・
次に教員及び職員の身分について「ここの学校の教員は公務員なのか、民間人なのか」
との問いに対し、ロバーツ校長は、ファウンデーション・スクールの場合、私学のプラ
イベート・スクールとは異なり公的助成によって運営されているので、形としては教員
はすべて公務員であり「年金も得られる」との答えであった。しかし、「私の雇い主は
この学校。私はこの学校に雇われているのだ」とロバーツ校長は強調した。
そこで「日本の公立学校の場合、職員はみな公務員である。日本には“お役所仕事”
という言葉があって、教師たちの中にも9時から5時までで仕事はおしまいと思ってい
る人がいる。ロバーツ校長は自分が学校に雇われていると強調されたが、他の先生たち
の意識はどうか」と聞くと、「公務員であったからといって最低限の仕事をすればいい
というのはおかしいのではないか。ただ、10年前の英国もそういう風潮だったかもしれ
ない」と答えた。現在、この学校の全ての教職員に対し校長は、「年間1295時間(法律
で決まった就労時間)働いて下さい」という要求するのではなく、逆に「自分はプロで
ある」という意識を強く持ってもらいたいとの思いを強くしているとのことだった。
「規
則、規則」と縛るのではなく一人ひとりの教員との信頼関係を構築したいというのが本
音だそうだ。われわれから「教員の任命権がLEAでなく学校理事会にあることが(教
員一人ひとりの)意識の違いに現れて来るのではないか」と聞かれたロバーツ校長は「そ
のとおりだと思う」と答えた。
最後に、われわれから「LEA、すなわち行政側の人事によって各学校に教員が派遣
される場合は母校愛というものが形成されにくくなると思っている。採用された学校で
長く教鞭を取ることによって、母校愛が生まれやすくなる。それがより良い教育を生み
出すのではないだろうか。人事・採用権という権限は学校に委ねる方がいいと思うのだ
がいかがか」と尋ねると、「おっしゃるとおり、私も同感だ」とロバーツ校長は答えた。
英国では公立学校といえども、LEA地方教育当局による人事異動制度はまったく存
在しない。あくまでも教職員の人事(採用)権は学校理事会と校長に委ねられている。
特色ある学校づくりを確実に実行するためには、学校理事会に承認された校長の運営方
針に理解を示し行動をともにできる教職員の確保は不可欠だ。
ロンドンにおける学校理事会の考え方・・・
さて、学校理事会制度について、学校理事会と校長との間に対立が生まれることはな
いのかとのわれわれの質問について、ロバーツ校長は「確かにそうしたこともある。苦
情も多い。でも、苦情が多いということはそれだけ健全ということだ」と返答した。今
回の調査団の一員である松崎淳議員が2004年6月定例会の一般質問の中で、日本でも
2005年4月からスタートすることになった公立の地域運営学校の学校運営協議会につ
48
いて、県教育長の回答を求めたとき、それが英国の学校理事会をモデルにしたという答
弁を得た。さらに、「(学校運営協議会に)無理な要求をするメンバーが入ることを恐
れる」との趣旨の答弁も行ったことから、「そうした理事はいるのか」と改めて、学校
理事会制度のメリットは何なのかをロバーツ校長に問いかけた。
これに対して校長は、「確かに1人か2人、無理を言う人もいる」が、「学校理事会
は法の下に作らなければならない組織である。長所と言えば、理事会には法律の専門家、
経理の専門家など様々な職種の人がいることから、たくさんのアドバイスが受けられ、
大変役立っている」とし、孤独になりやすい経営者のサポーターとして、実績はもちろ
ん心の支えにもなっていることを強調した。
最後に資金面について、「保護者以外に地元の企業やスポンサーからの援助はないの
か」との問いに対し、ロバーツ校長は、「地元のハネウェル・コンピューターがスポン
サーになって、教室のドアノブや図書館の家具を提供してくれたことがあるが、それ以
外はない。ほとんどはPTAが出している。」と答え、常にこの学校の保護者たちがチ
ャリティや宝くじ、バザーなどの催しを開催し、資金協力をしてくれるという事実を説
明した。
まとめ
学校を改善していくためには、その責任者である校長の権限を強化し経営者としての
自覚を持たせること、また、そこで教える
教員たちの意識を高めること、そして、さ
らに、その学校に子どもを預ける保護者た
ちが絶大なる支援を惜しまないこと。これ
ら大人たちの努力が不可欠であることを
改めて思い知らされた。
もちろん、そんな学校なら必然的に子ど
もたちもそこで一生懸命学びたいという
意欲が湧き上がることであろうとの印象
を持った。
ロバーツ校長と調査団
<11月26日(金)>
◎調査先 The Royal High School
9時∼11 時 同校
対応者:George Smuga ジョージ・スムーガ氏 ベアード氏
調査先であるThe Royal High Schoolロイヤル・ハイスクールは、エディンバラ市内
でも閑静な住宅街に建つ学校で、その雰囲気は日本でいうと高校より大学に近い。正門
を抜け校舎に近づくと、壁には防犯カメラが点々と設置されて、この学校でもしっかり
49
としたセキュリティ対策が取られていることがわかる。
われわれを迎え入れてくださったのはこの学校の校長のスムーガ氏と学校理事会の
議長を務めるベアード氏であり、同校の概要説明と校内をご案内いただいた。
ロイヤル・ハイスクールの歴史・・・
ロイヤル・ハイスクールの歴史は古く、1128年には既に学校として運営されていたこ
とが確認されているとのことである。12世紀、日本では鎌倉幕府が成立したときよりも
前に、このエディンバラ市に創設された、まさに歴史ある学校である。
もちろん、その時代には学校などという概念がほとんどなかったようであるが、
「この
ロイヤル・ハイスクールがエディンバラを代表する学校として存続してきたのです」と、
スムーガ校長の自負は相当なものであった。
約900年という長い歴史の中で2回の移転
を行い、現在地の前は、昨日訪問したThe
Edinburgh City Centre Management
Company ECCMの建物が同校の校舎であ
ったとのことである。
学校の概要・・・
ロイヤル・ハイスクールは、以前は男子校、
しかも公立でありながら"有料"というスタイ
エディンバラのホテル前にて
ルで運営をされていたが、現在は無料で共学、
そして生徒数は1,100人(男子560人、女子540人)となっている。
学校理事会・・・
この学校でも学校理事会を設置しており、
その構成は10名で選挙によって選ばれた保護
者の代表6人、教職員代表2人のほか、特筆
すべきことに高学年の生徒代表2人が加わっ
ている。また、この10人の理事のうち、1人
は必ず同校の卒業生が入ることになっている。
さらに、理事会運営をサポートするため、理
事会担当のスタッフが1人いる。
ロイヤル校にて
校長であるスムーガ氏は理事会のメンバー
になることはできないものの、会議にはアドバイザーとして出席するというルールを設
けており、学校理事会で決定した事項についてはウェブサイトに公表し、保護者全員に
学校の運営方針を確認してもらう仕組を作っている。
そこで「保護者の方々が学校に意見を伝えたい場合、どんな方法で行ったらいいのか」
と質問すると、スムーガ校長は、
「"保護者のハンドブック"をすべての保護者に配布して
50
いる。そこには私(校長)のほかすべての理事の氏名、住所、メールアドレスが記載さ
れている。保護者たちはそれを利用して手紙、もしくはメールで意見を述べることがで
きる」とのことであった。
この地域のLEA地方教育当局は各学校理事会に対して、保護者との話合いの場を持
つことを望んでいるとのことであり、逆にいうと学校理事会の役割の重要性がそこから
も感じられる。校長は「学校理事会の存在は保護者にとってとても良いと考える。なぜ
なら学校とより密接に関わることができるからだ。学校の運営、方針、計画、予算に対
しても保護者が意見を直接反映させることができる。生徒の問題も一方的に学校から保
護者に通達されるというのではなく、保護者の側からも問題提起ができる。学校と保護
者の間に学校理事会があるから、円滑な関係を維持できるわけである。」と述べ、まさ
に理に適った人間関係が作られているとの印象を持った。
また、学校理事会議長であるベアード氏は、「学校理事会の最も重要な仕事は校長を
決めることだ。もし、校長の空きが出た場合はLEAに校長の募集を申請し、広告を出
す。さらにLEAは応募者と面接を行い候補者リストを作成する。このリストの中から
実際には学校理事会において具体的に人選し、
2回の面接を行い合格者が校長となる。」と説
明した。
日本でもPTAや学校協議会という仕組み
があるが、英国の学校理事会のような学校運
営や人事に直接関与する権限は一切なく、あ
くまでその位置づけは補助的なものに止まっ
ている。いよいよ来年度からこの学校理事会
を模した「学校運営協議会制度」が日本でも
スタートするが、この改革の核心は、現場の
権限強化にあることを改めて実感した。
ロイヤル校講堂にて
教員の人事・任免・・・
「教員の人事権、任免権は誰が持っているのか、校長なのか、それともLEAなのか」
と尋ねると、これに対しスムーガ校長は、「各学校は教員が必要な場合、その旨の広告
を出す。その広告を見た人はLEAに赴き、その学校の校長と面接を行う。上級・主任
クラスの教員の場合は校長のほかに学校理事会のメンバー1人(面接の研修を受けた理
事)が面接することになっている。これに合格した人が教員として採用されるのだ」と、
そのプロセスを説明した。なお、雇用関係そのものはLEAとの契約となる。
「教員を辞めさせる場合はどうなのか」と尋ねたところ、「それは極めて難しい」と
のことである。教員を辞めさせるという権限は校長にはなく、契約者であるLEAにあ
るからである。万が一、理事会のメンバーからある教員について、
「指導力不足である」
との意見が出た場合、校長を経由して、LEAに申し出る仕組になっており、"辞めさせ
51
る"という手段よりも、その教員に対する指導・アドバイスを行う形を取るのが一般的で
ある。また、一度その学校で雇い入れた以上、その教員が希望する場合を除き、他の学
校に異動させることもない。
教員の能力向上・教員養成・・・
「日本でも教員の能力の問題が話題に
なっている。いわゆる指導力不足教員の
問題だが、この評価を第三者に委ねよう
という声もある。スコットランドの場合
はどうか」と尋ねると、スムーガ校長は
「まず教員になるプロセスを紹介しよ
う」と教員養成の過程を説明した。
スコットランドの場合、まず教員にな
ること自体が狭き門で、
「基本的には指導
ロイヤル校の皆さんと調査団
力不足教員が生まれにくい環境になって
いる」(スムーガ校長)とのことである。特に中等学校の教員をする場合、大学の卒業
が最低条件。教員を目指す場合は大学卒業後、教員のための養成学校で1年間学ぶこと
となる。次に、それをパスした人はさらに1年間、トレーニング・ティーチャー(見習
教員)として学校の中で実際に働き資格を取得することになる。
正規の教員の就業時間を1とした場合、トレーニング・ティーチャーは0.7の割合とな
る。見習期間中は残りの3割を自分自身の研修に当て、主任教員からの指導も含め、1
年間じっくり学校で研修する。その間、このトレーニング・ティーチャーに関するレポ
ートが多数の教員の視点によって作成され、それに基づき厳格なチェックが行われて、
これにパスした人だけがスコットランド教員協議会に教員として登録され、晴れて1人
の教員候補者として認定される。
でも、これだけでは不十分で、登録された教員は「教員募集」の広告を出している学
校を訪問して就職活動をしなければならず、そこで前述したプロセスを踏んで、やっと
給与をもらえる教員(学校職員)へとなることができる。
教員は公務員としてその職が保障されているため募集機会も簡単にあるわけでなく、
しかも初任給は年間18万∼20万ポンド(約360万∼400万円)。「決して楽な職業ではな
い」(スムーガ校長)ということであった。
このような厳しいハードルを経ている以上、指導力を欠いた教員はめったに現れるこ
とはないとのことであるが、それでも指導力不足の場合は、「その場合は校長ともう1
人の主任教員と検討し決断する」と、あくまで第三者機関に委ねることはしないとのこ
とであった。
また、校長を支えるスタッフとして、副校長が3人いて、それぞれマネージメント、
建物・施設、経理の担当者として働いている。さらに校長専属のスタッフを一人雇用し
ており、専ら学校経営の実務面を専属スタッフとして担っている。
52
まとめ
イングランドとスコットランド、2つの公立学校を尋ね、それぞれのトップ、校長
や学校理事会議長から学校運営や学校理事会について、実態に即した詳細な説明と意見
を聞いた。
基本的な制度や考え方は同じであっても、その運用については異なる部分もある。特
にLEA地方教育当局の存在について、ハネウェル・ジュニア・スクールでは直接国と
学校が関わった方が効率的であるという理由から「必要ではない」(ロバーツ校長)と
言い切ったが、しかし、ロイヤル・ハイスクールでは雇用の問題も含めて「連携のパー
トナー」(スムーガ校長)と位置づけていた。
どちらが優れているのか、この段階では一概に結論を出すことはできないが少なくと
も、現場において実態に即した運営が行える体制にあることが、学校そのものに活力を
生み出す源となっていることだけはまちがいない。
53
4
県内事前調査の概要
(1)防犯・テロ対策
調査日
11月18日(木)
調査先
横須賀警察署・川崎市幸区鹿島田駅東部地区・
長者町セーフティステーション
第1
調査先
横須賀警察署生活安全課 清水課長等
調査内容 本県における生活安全条例と防犯対策について
本県では「神奈川県犯罪のない安全・安心のまちづくり推進条例」が県議会 12 月定
例会で制定され、本年4月から施行される。同条例には、共同住宅等の建築に際し、
警察が防犯上の助言を行うことが定められており、警察庁でも建物計画による事前対
策重視を打ち出している。
英国では既に「防犯環境設計」の考え方を取り入れ、警察官が住宅建築やまちづく
りに際し、地域の自治体と協力しながら、防犯対策を指導する「防犯設計指導官(建
築連絡指導官)」と呼ばれるスペシャリストを養成している。
本県では現在、11 市2町で生活安全条例等があり、この条例に基づき、警察との事
前協議を努力義務化している。これにより県警では、英国の「防犯設計指導官」にあ
たる「生活安全アドバイザー」を指名し、一定の建物等を建築する場合に建設業者等
との事前協議を行い、今までの経験や知識等から適切なアドバイスを行っている。
平成 16 年4月から始まった「生活安全アドバイザー」の配置は、「神奈川方式」と
呼ばれ、警察署長の推薦で指名された生活安全課の防犯担当の警部補または巡査部長
が研修などを受けて、53 署の警察署に各一名ずつ配置されている。
生活安全条例の中でも、川崎市と横須賀市は全国で初めて罰則規定を設けている。
このうち、
6月以下の懲役又は 50 万円以下の罰則規定を設けている横須賀市の場合は、
平成 14 年 10 月1日に「特定建築等行為に係わる基準及び手続き並びに紛争の調整に
関する条例」を定め平成 15 年2月1日より施行している。建設業者等に対し、建築前
に事前協議を行い防犯対策に取り組んでいる横須賀警察署に行き、調査を行ってきた。
1000 ㎡以上、共同住宅、大規模住宅、特定用途建築物等の建設の際に、建設業者等
と生活安全アドバイザーに指名されている清水係長が事前協議を行っており、16 年度
は、26 件の事前協議があった(平成 16 年 11 月 18 日現在)。
当該市条例として建設業者等に認知されつつあり、現在まで罰則行為が適用される
ような行為を行った者はいない。但し、提出された資料を入念にチェックすることが
大切であり、今後は横須賀市に対して、協議後の報告を十分行っていくとのことであ
った。
54
第2調査先
川崎市幸区鹿島田駅東部地区(サウザンドシティ)
調査目的 スーパー防犯灯について
英国では犯罪そのものの機会を無くしていくという発想から、330 億円の国家予算
を投入し、防犯カメラを世界一多く設置している。
警察庁では平成 14 年度から、全国 10 の都府県を対象に、
「街頭緊急通報装置(スー
パー防犯灯)」の整備を開始した。国の安全・安心まちづくりのモデル地区に、川崎市
幸区にある鹿島田駅東部地区(サウザンドシティ)が選ばれ、現在では本県で初めて
のスーパー防犯灯がこの地区に5基設置をされて、警察の指導のもと、平成 15 年4月
より地域住民と管理会社が連携をして、運用をしている。本県では 16 年度、およそ1
億円の予算でJR相模原駅周辺、小田急本厚木駅周辺、小田急大和駅周辺の3か所(1
か所につき5基)に設置を進めている。
スーパー防犯灯は、自動的に録画される防犯カメラとは違い、事件等に遭遇した場
合に、管轄の警察署に直接通報できるシステムで、人が通報ボタンを押して初めて作
動し、360 度周囲を録画できるドーム型防犯カメラが設置されている。また、1台の
カメラが始動すると、設置されている全てのカメラが作動し、パトカーのサイレンと
同じように赤色灯が点灯し、音を出す構造となっている。高い防犯効果があり、被害
の未然防止などにつながると期待されている。
調査を行った鹿島田駅東部地区(サウザンドシティ)では、共同住宅であるマンシ
ョン周辺に設置されており、防犯効果が期待できる住居のモデルとして人気が高い。
また、スーパー防犯灯の他にも防犯カメラが設置されており、24 時間体制で管理会社
が責任をもって、管理室で監視している。最近では、車上荒らしなどがあったため、
特にマンション街の地下にある駐車場の整備に心掛けている。まさに安全をお金で買
うような時代になってきているとも感じられる。
スーパー防犯灯の運用にあたっては、通報ボタンを押して初めて作動するといった
ことが防犯カメラとは違うので、使い方の周知徹底が必要である。
第3調査先
調査目的
長者町セーフティステーション(横浜市中区)
NPO法人として治安活動を行っている「ガーディアン・エンジェル
ス」を調査した。
赤いベレー帽が特徴で市民の防犯活動のスペシャリストである「ガーディアン・エ
ンジェルス」に関して調査を行った。
この団体は、1979 年にアメリカ・ニューヨークの犯罪多発地区において、地下鉄や
ストリートのパトロールを行い、「Dare to Care」(見て見ぬふりはやめて、手を差
し伸べよう)の精神をモットーに、若者が中心となった防犯活動から始まった。
日本では、1996 年に東京支部が開設され、幅広い世代に支えられ、繁華街などを中
心に防犯活動・環境美化活動・緊急救援活動・麻薬撲滅活動等を行っており、地域住
民が安全で安心した生活ができる環境づくりに貢献している。
55
そして、2002 年には「特定非営利活動法人」として認定を受け、全国的に活動が展
開され、本県においても神奈川支部が設立された。神奈川支部は今回調査を行った横
浜、横須賀、大和の3支部で構成されている。様々な職業を持った方々がボランティ
アとして活動している。
横浜支部では、長者町セーフティステーションを拠点にして、地域の商店街と共同
して防犯活動や環境美化活動を行い、地域の治安を守っている。例えば、タバコを吸
っている少年には、Dare to Care の精神で、怒るのではなく、まず「1本頂戴」と
いった会話から入り、フレンドリーな関係をつくることに努めている。いわば、どん
な場合も批判的な接し方をせず、仲間意識をその場につくることが肝心である。
今回の調査で、警察力に頼らず、ボランティアで自主的に防犯活動を行っているこ
とを知った。常にDare to Care の精神で活動している姿勢は、県民総ぐるみでこの
姿勢を持つことこそ、安全・安心まちづくりの確立に最も大切であることを教えてく
れる。
「見て見ぬふり」ではなく「手を差し伸べよう」を地域の防犯活動の合言葉にする
ことが必要である。
(2)教育改革
調査先
10 月 15 日
10 月 27 日
県立麻生総合高校(川崎市麻生区)、
県立市ヶ尾高校 (横浜市青葉区)
県立新栄高校
( 同 市都筑区)、
愛川町中津第2小学校
大和市西鶴間小学校並び同市鶴間中学校
今回の訪英に先立ち、生徒一人ひとりの個性を尊重するべく特色ある学校運営に取
り組んでいると評価されている県下の小、中、高等学校の現状をこの目で確認するた
め、昨年 10 月 15 日に県立麻生総合高校(川崎市麻生区)、市ヶ尾高校(横浜市青葉区)
、
新栄高校(同市都筑区)、同じく 27 日に中津第2小学校(愛川町)、西鶴間小学校並び
鶴間中学校(ともに大和市)を訪問し、それぞれの校長並びに教員と意見交換を行い、
授業風景や各施設等を視察した。
麻生総合高校は平成 11 年 11 月に発表された「県立高校改革推進計画」に基づき、
県立柿生高校と同柿生西高校が統合再編することによって、本年4月1日に単位制の
総合学科高校として開校した。
麻生総合高校の設置計画については、県教育委員会と柿生、柿生西両高校の担当職
員により新校準備委員会で3年にわたって綿密な協議を行い、必要な施設改修工事を
56
実施。また、地域の各界代表を委員とする「川崎北部方面総合学科高校(仮称)を考
える会」を6回にわたり開催したり、近隣の大学・短大・専門学校 12 校との教育交流
協会の締結を実施するなどして、広く様々な意見を反映させることによって、従来の
高校の枠を超えた総合的な教育活動の展開が可能になったという。
岩村基紀校長は、入学した生徒一人ひとりに 10 年後の社会における自分自身の姿を
想像させ、新たな学びのシステムを展開することによってそれぞれの持つ可能性を大
きく展開させる教育を実践することが同校の理想であると述べた。また、新設の高校
ということから、既存の枠に縛られることなく新たなルールや体制を構築し学校運営
に臨めるメリットを強調した。
一方、全日制の普通科高校として昭和 49 年に開校した市ヶ尾高校は、「人格の完成
を目指し、国家・社会の発展に貢献する心身ともに健康な人材を育成すること」を教
育目標に掲げ、大学への進学指導はもちろんのこと書道や陸上競技などクラブ活動に
も積極的に力を注ぐなど、文武両道を基本とした教育を実践していた。
同校の職員会議規定の第2章『職員会議の進行』の中には「(4)協議事項等に関す
る決定は校長が行う。」との文言がある。職員会議は校長の召集のもと、原則として毎
月2回開催されることとなっている。同校の吉名震佐校長はこの一言が入っているこ
とで、
「市が尾高校は(校内における様々な諸課題について)すべての教員が問題を把
握し協力体制を敷いてくれるという安心から、自信を持ってリーダーシップを発揮で
きる環境にある」と話された。
新たな決意のもと、時代にあった教育に取り組もうと努力されている校長には、そ
の熱意を消さないよう特段のサポートを付与することが重要であると実感した。
新栄高校では「心豊かでたくましい人間を育む」との教育目標を掲げ、個々の生徒
たちの自立心を高める教育に注力してきた(工藤博明校長)と聞いた。
本年で開校 20 年という節目を迎えるに当って、同校の“スクールカラー”とは何か
を校長はじめ全教職員たちで徹底的に議論してきたという。その結果、
「福祉教育の実
践」を校内外に対し全面的に打ち出すことを決定した。
同校では従来から通常のカリキュラムにおいて福祉教育に力を入れてきた歴史があ
り、高齢者や障害者など、いわゆる生活弱者と呼ばれる人たちの心情を思いやる人格
の形成に努めてきた。その活動をさらに充実させるため、2005 年4月から同校の空き
教室に県立みどり養護学校の分校を招致することになった。近年、少子化傾向の中に
あっても障害のある児童の数は年々増加傾向にあり、みどり養護学校でもその受け入
れが困難になってきた。新栄高校がこの方針を打ち出した背景にはこうした事情があ
ることも理解しているが、将来、介護の世界で活躍したいと願う子どもたちにとって
は、結果として特色のある公立高校として人気が高まる可能性があると思われた。
今回、英国における教育改革を学ぶに当り、われわれが最も関心のある取り組みと
57
言っても過言ではないのが「学校理事会制度」である。わが国においていよいよスタ
ートする「学校運営協議会制度」はこの英国の制度を参考にしたと言われている。
しかし、これ以前に独自の組織体「学区協育委員会」をつくり、
「よく学ぶ、よく遊ぶ、
よく行う子どもを育てる教育」(平成 15 年度学校目標)を実践するため、学校と保護
者(PTAなど)との連携のもと、学校運営を行い成果を上げてきた小学校がある。
愛川町立中津第2小学校だ。
校長の選任や経営面へのアドバイスなどの権能は確立されてはいないものの、学校
と家庭だけでは賄い切れない部分を補うコーディネート役、例えば「町の先生」と呼
ばれる近隣住民が学校のカリキュラム外の特別授業を開催し、生徒がその生活におい
てすぐに利用できる「智恵」の創出を助ける人たちの協力が常に得られており、社会
教育の担い手として大いに機能しているのである。こうした成果が得られている原因
の1つには、親子3代が同じ地域で生活をしているという地域の性格も大きく影響し
ているとのことだった。
同校では今年度の学区協育委員会の活動目的を「学区(学校・家庭・地域)は、子
どもが育つための教育環境であり、地域の大人はみな子どもの教師である。学区が一
体となって子どもを育てる『協育』を推進する」とし、学校・家庭・地域それぞれに
対して個々の教育のあり方を提言することを目指している。他の学校の模範となり得
るよう、さらなる独自性を発揮して頂きたいと強く感じた。
大和市立西鶴間小学校では昨今「高機能自閉症」と診断された児童と彼を取り巻く
児童及び保護者の間に絶えずトラブルが発生していたことを受け、平成 15 年度から2
年間、
「特別支援教育のモデル事業」に参画することを決定。①職員全体を対象とした
「配慮を要する児童」の障害についての研修、②校内組織の立ち上げ、③コーディネ
ータの選出及び養成研修、④巡回相談員の派遣の拡大、⑤スクールアシスタントの配
置―など校内の整備を図るとともに、全国的に大きな課題となっているLD(学習障
害)、ADHD(注意欠陥多動性障害)、高機能自閉症に関する対策に校長のリーダー
シップのもと、全校一丸となって取り組んでいる。
同じく大和市の鶴間中学校においては、かつて生徒と教員、さらに生徒同士内の意
志が噛み合わないなどして校内全体が乱れ、いわゆる“荒れる学校”の1つに数えら
れた時代があった。この問題を受け、同校では改めて生徒指導のあり方を根本的に見
直すことを決め、校内に「生徒指導連絡協議会」を設置。生徒指導の目標を設定し、
生徒への理解を深め個別指導を徹底すること、また、教員間の共通理解を図るととも
に生徒指導に関する研修に重きを置く学校としての方針を固めた。このため、現在で
は校内は全体的に安定し、訪れた際には同校恒例の音楽祭に向け、各教室では生徒た
ちが自主的に練習を行っていた。
以上、6校を訪問してつくづく実感したことは、国際化・情報化の拡大や生活意識
58
の成熟によって社会全体が大きく変化し、さらに少子化の進展によって個性の尊重と
いう風潮が高まるにつれ学習ニーズがますます多様化する教育環境において、これま
でのような文部科学省や教育委員会の指導に基づいた、いわゆる横並び式の学校運営
では存続できないという現実をそれぞれの校長が意識しているということ。さらに、
こうした環境においては、いかにして自分自身がリーダーシップを発揮することで教
職員と連携し、個々の独自色を育み、生かす学校経営をしなければいけないかについ
て、校長自身が自覚しているということだ。しかし、この理想を貫くためには今のよ
うな均一的な予算配分の下では限界があることも、各校長はその言葉の端々に滲ませ
ていた。
そうした意識のもと、校長が責任と自覚を持って学校を運営(経営)していくため
には、同じ志を有する教職員を募集・任命する権限、さらにその活動を実行させるだ
けの予算を確保する権限を個々の校長に付与していくことが必要であると実感した。
さらに、経営者はとかく“孤独”であると一般的に言われる。校長の孤立化を生じ
させないためにはその行動に対して常に厳しいチェックを行ったり、また、より良き
アドバイスを与えたりできる機能が必要であることも確認された。その意味では校長
の権限を確保し、併せてその学校運営をサポートする「学校理事会」を公立学校全校
に配置している英国の教育制度を学ぶことは大変意義深いものであると痛感した。
これからの時代、こうした学校運営に意欲を示す校長が県内のすべての学校に配置
されることが、本当に望ましい姿であると実感した。
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県政調査に係る県費の支出内訳
(単位:円)
区 分
松崎 淳
大井 康裕
本村賢太郎
合 計
鉄道賃
13,540
13,500
14,290
14,114
55,444
航空賃
471,000
471,000
471,000
471,000
1,884,000
成田空港使用料
2,040
2,040
2,040
2,040
8,160
海外空港使用料
7,960
7,960
7,960
7,960
31,840
日当・宿泊料
194,500
194,500
194,500
194,500
778,000
計
689,040
689,000
689,790
689,614
2,757,444
交通費
旅費 雑 費
通訳料・車借上料
合
平本さとし
計
ー
689,040
ー
689,000
60
ー
689,790
ー
689,614
522,500
3,279,944
報 告 書 後 記
≪平本さとし≫
・現場に立つことは議員の責務である
海外調査再開に際し、情報化社会が進展した今、
「何故現地にまで行く必要があるの
か」
「書籍にあたり、マスコミやインターネットを駆使すれば必要な情報が入手できる
のではないか」などとの批判が寄せられた。「果たしてそうだろうか?」「本心でその
ように思っているのだろうか?」きっとそうした批判をする人たちは、レストランに
入ってメニュー載っている料理の写真を見て、或いはガラス越しに食事をしている人
たちの姿を見て、満腹になってしまう人たちなのだろう。実際にナイフや箸を使って
食してみなければ料理の味はわからない。血肉にはならない。
他人の視点で処理された情報を得たり、第三者のアングルから見たものを見るより、
現場の空気、におい、雰囲気、熱気を自らの五感で感じ取り、議論をすることから得
られる情報こそ本物だ。本気で県政を通し、県民の思いを政策に生かそうと思うなら、
可能な限り現場に立ってみることだ。そして県民から選ばれた代表者だからこそ、県
費を使いそうした場に立たなくてはならない。そうした体験を自らの中で発酵し、ど
れだけ今後の活動に生かせるかは、責務を負った議員個人の資質と使命感による。
・社会基盤耐久性の相違
ロンドンでもエジンバラでも、人が多く集まるところに実に多くの防犯カメラが設
置されている。駅のホーム、構内、街中、学校など。防犯カメラが設置され稼動して
いるから、当然こうしたカメラを管理するコントロールセンターも存在する。
英国国内での紛争、テロが頻発していたためでもあるだろうが、その数の多さには
驚いた。
最初は防犯カメラ設置箇所の写真撮影をしていたが、余りにも数が多いのでやめて
しまったくらいである。そうしているうちに「何故こんなにも多くの設備や器機が設
置できるのだろう」「これは防犯カメラだけではないぞ」「設置に要する財源はどうや
って捻出しているのだろう」そんな疑問が浮かんできた。そこで早速質問を関係者に
しても「自治体政府からの資金や寄付でまかなっています」と簡単に答えが返ってく
る。
「人口3、40万人位の自治体が年に100台以上の防犯カメラを何故一度に設置
できるのだろう?」
答えは恐らく社会資本の耐久性にあるのだろう。学校をはじめ多くの公共の建物は
いかめしく、古く、堅牢である。俗な言葉で言えばモダンではない。日本では、例え
ば、学校や公営住宅は4,50年もすれば全面的に建て替えが必要となる。そのため
に莫大な経費が必要とされる。
しかし英国では100年過ぎた建物はまだ新しいほうであり、200年、300年
と使用し続けている例は諸所にある。設備や器機が古くなったら、内装を変えたり、
入れ替えるだけでよい。長期スパンで比べるとこの差は大きい。
61
地勢的な相違、自然環境やこれまでの文化の違いなどがあるが、これからのわが国
の社会基盤整備のあり方への示唆があるのではないか。
・英国の空気を吸いながらの調査
今回の調査では費用の制約もあり、実によく歩いた。また、あの有名なロンドンタ
クシーに乗って、調査に赴いたり、通常の鉄道を利用したり、1日有効乗車券を購入
し、複雑で名高いロンドンの地下鉄を何度も乗り継いだ。だからいつも我々は通学す
る子供達を目にしながら、ブルーカラーやビジネスマン、町のおじさん、おばさん、
おじいちゃん、おばあちゃんたちの人いきれを感じながら調査地に向かった。それに
してもロンドンの物価は東京以上に高かった。
調査日程は短かく、ホテルの部屋も狭く、壁に紙魚があったり、シャワーワーがま
ともでなかった三ツ星クラスではあったけれど、間違いなくロンドンやエジンバラの
空気を吸いながら活動をした実感がある。そして様々な制約の中、準備や事前調査な
ど今回の海外調査の目的を理解・自覚し、努力を惜しまず協力してくれた松崎・大井・
本村3人の団員に心から感謝と敬意を表したい。
《
松崎淳 》
もともと英国訪問を思い立った背景には、治安や教育を巡り神奈川県が置かれた状
況の切迫性がある。どちらの課題もわが国の中だけで考えていては打開に至るとは思
われず、他方、諸外国の中でも英国は、両方の分野についてかつての深刻な危機から
劇的な転換を果たし、しかも改革の取り組みはなお進行中であるからだ。
課題認識を共にする先輩議員・同僚議員とともに訪英計画を具体化させつつ、県内
における事前調査も逐次進行した。
英国内の訪問地においては、日本で言うなら警視総監にあたる首都警察局長を直近
まで務めていたトビー・ハリス卿にお会いできたのを始め行く先々で各分野の首脳、
指導的立場にある方々に直接面会して詳しくやり取りをすることができた。現地に立
つことを通してしか得られないものに触れたことは大きな収穫であった。
また、この訪英直前にブレア政権が打ち出した新たな教育改革は、地方教育当局を
廃止して、学校にカリキュラム編成権も人事権も予算編成・執行権をも完全に委譲す
るものある。
「古い労働党か新しい労働党か」を内在させる英国与党が加速させてきた
教育への切り込みを、その構造の骨格まで深化させたもので、同案の発表直後の学校
訪問は当然緊迫ムードを予感させた。
ところが、実際に訪問した各公立学校の校長や学校理事会の反応は、新たな改革に
対して驚きも当惑もなく、むしろ既に十分感じ取っていた進行方向が確実になった、
というニュアンスに満ちていた。
翻って神奈川県はどうか。
62
「市民との信頼関係こそがすべての警察活動の基礎」
(トビー・ハリス卿)という認
識は、そのままわが国全体にも神奈川県にも当てはまる。一方、
「安全と水はあって当
たり前」
「警察にはなるべく手段を与えない」という風土に立脚しながら、空き交番や
検挙率低下を叩くという、これまで往々にして見られた行き方は根本的に改められな
ければならない。
「権力は何をするかわからないから最小限にとどめておく、なるべく
遠ざけておく」という、自由主義的国家観に立つ市民社会論はなお意味を失わないが、
警察を市民の側に引き寄せ、育み、協働して安全を地域から実現していく懐の深さ、
度量の大きさを市民社会の中に根付かせていく骨太な取り組みこそ、真の課題であろ
う。
「官」の独占を解き放ち、市民社会との協働で新たな地平を切り開くべきという点
では、教育についても同様である。英国の打ち出した教育委員会廃止論は、教育改革
に国を挙げて継続して取り組み、学校理事会と校長による学校運営にも常に試練と研
磨が加わるなかで成立するものである。いまだ国家教育権的思考が強いわが国で、国
から地方へ教育分権を加速させる観点から見て、わが国において教育委員会の存在を
否定し去ることは現時点では適切でない。
むしろ問題は英国の廃止論の意味するところにあって、現場に即した教育の中身の
充実と条件整備にどこまで真剣に取り組んで行くかに焦点を絞るべきである。この点、
わが国全体でもわが県でも2005年4月から始まる公立の新しい学校「地域運営学
校」が、県教育委員会の言うように英国の学校理事会を原型とする以上、そのエッセ
ンスを除却し全権を当局に留保して臨むことは本末転倒以外の何物でもない。
多くは本編で述べた。治安や教育の面で県民の皆様にとってお考えの一助になれば、
と考える。ご協力とご支援を戴いた全ての方々に心より謝意を表したい。
《
大井
康裕
》
民主党・かながわクラブ県議会議員団に所属する私たち一行は、2004 年 11 月 22
日から 28 日までの1週間、英国のイングランド及びスコットランド地方を訪問し、
同国の治安並びにテロ対策と教育改革について調査を行った。
さて、これまで経験したことのない少子高齢化社会の余波が私たちの生活に影響を
及ぼそうとしている現在、神奈川県では一人ひとりの個性を尊重した“かながわらし
い”特色ある高校づくりを実践するべく、県立高校改革推進計画に基づいて新しいタ
イプの高校等の設置や入学者選抜制度の改善、中高一貫教育の実践など様々な改革が
行われている。
こうした取り組みに対して決して異を唱えるつもりは毛頭ない。しかし、特色のあ
る学校づくりを真剣に取り組みいち早く成果を生み出そうというのであれば、従来通
りの公立学校における運営手法に拘ることなく、民間企業の持ち合わせた部分、すな
わち競争原理の導入やコスト意識の重視などを取り入れた効率性の高い学校経営を行
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うといった大胆な改革が必要であり、思い切ったパラダイム・シフトを断行すること
が不可欠であると考える。
今回、教育改革の担当主査を拝命した私は、改革の動きに力強い後押しができれば
との思いから調査のポイントを「校長の権限」と「学校理事会のあり方」に絞らせて
頂いた。文字通り学校の長である“学校長”に経営の責任者たる経営権(予算権、人
事権など)が与えられているイギリスの教育現場を訪ね、校長並びに教員、学校関係
者、さらにその運営に多大な影響力を与えていると言われる学校理事会のトップと直
接意見交換を交わす機会を得られたことは、私にとってこの上ない喜びであり大変意
義深いものとなった。この貴重な経験と感動は必ずや神奈川県の教育改革に活かして
いきたいと思っている。
最後にこの場を借りて、ハネウェル・ジュニア・ハイスクール(ロンドン)のダン
カン校長、ロイヤル・ハイスクール(エヂンバラ)のスムーガ校長及び同校学校理事
会のベアーズ理事長、さらに(財)自治体国際化協会ロンドン事務所の職員等々、現
地で温かい対応をして下さった皆様方に改めて心から御礼を申し上げる。また、私た
ちの思いを短時間で理解し通訳として活躍して下さったリーガン京子、田村直子の両
氏に対しても深く感謝致す次第である。
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