ゴードン・リサーチ・カンファランス 参加報告

石川看護雑誌 Ishikawa Journal of Nursing Vol.10, 2013
特別報告
ゴードン・リサーチ・カンファランス 参加報告
多久和 典子1
2013 年 1 月 末 に,ゴ ー ド ン・ リ サ ー チ・ カ
ン フ ァ ラ ン ス(Gordon Research Conference,
GRC)血管細胞生物学分科会からの招聘により,
金沢大学との共同研究の成果を発表しました.開
催地はアメリカ西海岸カリフォルニア州ヴェンチ
ュラでした.GRC は様々な分科会から成ります
が,いずれも,各研究分野の一流研究者が最新の
研究成果を持ち寄り,互いに知見を共有して研究
の更なる推進を目指そうとする国際学術会議で
す.参加者は約 100 名程度にしぼられ,一昨年
参加した FASEB 同様,
参加登録の際に研究経歴・
最近の研究業績を申告し審査を受けます.また,
ここでディスカッションされる研究内容は論文公
表前の知見が多く含まれるため,参加者以外の研
究者に知らせることや発表内容の写真撮影などは
御法度となっています.
今回発表した研究内容は,従来その機能が不明
であった,細胞内に存在する脂質リン酸化酵素,
ホスファチジルイノシトール 3 キナーゼ クラス
IIα(PI3K-C2α)の生理機能と病態生理学的役
割の解明です.私たちは数年前から PI3K-C2α
の遺伝子欠損(ノックアウト)マウスを作出し
解析を進めていましたが,これまでの解析から,
PI3K-C2αは,
特に血管内皮細胞の細胞内膜系(エ
ンドソーム)に強発現しており,胎生期の血管形
成ならびに出生後の血管内皮の恒常性維持に必須
であることを見出しました.PI3K-C2αの2つの
遺伝子座を両方とも欠損するホモ欠損マウスは,
胎生期の血管形成の異常により子宮内で死亡し,
生まれてきませんでした.また,片方のみの遺伝
子を欠損するヘテロ欠損マウスは,正常に生まれ
ますが,ヒトの様々な心血管疾患のモデル実験系
であるアンジオテンシンⅡ持続負荷により,大動
脈解離を発症し突然死しました.近年,我が国に
おいても解離性大動脈瘤(急性大動脈解離)の発
症が増加していまが,その発症機序の一端を明ら
かにできたと考えています.血管内皮細胞は,血
管内皮成長因子(VEGF)の作用により,細胞遊
走・細胞増殖・管腔構造の形成による血管形成・
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石川県立看護大学
血管新生と,内皮細胞間接着,バリア機能維持
などの血管内皮としての生理機能を果たします.
PI3K-C2α遺伝子欠損マウスではこれらの過程が
どれもうまくいきません.たとえば血管内皮細胞
間の接着がゆるいため,アナフィラキシーを発症
しやすく,また,さまざまな実験系において血管
新生の減弱を示します.特殊な方法(Cre-LoxP
システム,タモキシフェン誘導)で生後特定の時
期に血管内皮特異的に遺伝子が欠損するよう操作
したコンディショナルノックアウトマウスにおい
ても同様の所見がえられましたので,他の組織で
はなく,血管内皮に発現する PI3K-C2αが,こ
れらの生理機能を担っていることがわかりまし
た.分子機構として,血管内皮細胞どうしの接着
を担う細胞膜蛋白(VE- カドヘリン)が細胞内で
作られたあと,小胞輸送によって内皮細胞間接着
部位へ配置されるのに PI3K-C2αが必要なこと,
VEGF の受容体から下流に位置する分子へのシ
グナル伝達にも PI3K-C2αが必要なことがわか
りました.したがって,PI3K-C2αは,血管形成
と血管機能の恒常性維持に重要な役割を担い,血
管疾患の新しい治療標的となることが期待されま
す.この場を借りて,共同研究者に感謝します.
学会期間中,いずれもトップラボのわくわくす
るような研究成果を聞くことが出来,大変有意義
でした.とくに,
アルツハイマー病の病態生理や,
さまざまな機能蛋白発現レベルを調節することが
近年明らかにされ注目されている microRNA な
どについて,全く予期せぬ新知見が得られたこと
などは,今後論文が公表され,全貌を理解するの
が本当に楽しみです.
学会集合写真をご紹介します(本人2列目)
.
様々な国籍,とくに,アジアの参加者が多いこ
とがお分かりと存じます.アジア各国から米国・
ヨーロッパに留学し,一流の研究者に成長した
方々です.最前列中央の学会長 Dr. Timothy Hla
は,ミャンマー出身で非ステロイド系消炎鎮痛薬
(NSAIDs)の作用点であるサイクロオキシゲナ
ーゼ 2(COX2)をクローニングした方です.私
たちの長年の研究テーマであるスフィンゴシン
-1- リン酸(S1P)情報伝達系の研究を通じて旧知
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石川看護雑誌 Ishikawa Journal of Nursing Vol.10, 2013
の友人であり,今年の夏は S1P の GRC 分科会で
またお会いする予定です.
本 研 究 は,Nature Medicine な ら び に the
Journal of Biological Chemistry に共著者として
公表しました.本学会参加は科学研究費助成事業
(基盤研究(C)
)
「スフィンゴシン -1- リン酸情報
伝達系による癌血管新生・血行転移,虚血後血管
新生の制御」
(代表 多久和典子)によります.
Takuwa Y. Endothelial PI3K-C2α , a class II PI3K,
has an essential role in angiogenesis and vascular
barrier function. Nature Medicine 18:1560-9, 2012
2. Biswas K, Yoshioka K, Asanuma K, Okamoto Y,
Takuwa N, Sasaki T, Takuwa Y. Essential role
of class II phosphatidylinositol- 3-kinase-C2α in
sphingosine-1-phosphate receptor-1-mediated
signaling and migration in endothelial cells. J Biol
Chem 288:2325-39, 2013
参考文献
3. Takuwa N, Okamoto Y, Yoshioka K, Takuwa
1. Yoshioka K, Yoshida K, Cui H, Wakayama T,
Y. Sphingosine-1-phosphate signaling and cardiac
Takuwa N, Okamoto Y, Du W, Qi X, Asanuma K,
fibrosis. Inflammation and Regeneration 2013 (in
Sugihara K, Aki S, Miyazawa H, Biswas K, Nagakura
press)
C, Ueno M, Iseki S, Schwartz RJ, Okamoto H, Sasaki
T, Matsui O, Asano M, Adams RH, Takakura N,
Participation in Gordon Research Conference (GRC),
Vascular Cell Biology 2013 in Ventura
Noriko TAKUWA
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