一番の感動は卓球団体戦日本女子チームの銀メダル

ロンドン・オリンピック
一番の感動は卓球団体戦日本女子チームの銀メダル
一昨年の東日本大震災後のオリンピックとあって、日本国の選手が勝つことによって被災地の皆さ
んに感動を与えたいという願いが込められていたこともあって、今回はアテネ大会を上回るメダル
に輝きました。特に団体戦は日本の団結を示すが如く、男子体操、男女水泳、男子フェンシング、
女子サッカー、女子卓球、女子バレーボール等がメダルに輝きました。私もこれらの試合を見ても
興奮しましたが、一番感動の感動を与えてくれたのは女子卓球の団体戦でした。
卓球の世界王国は中国です。そのベース作りに参加したのは、1962 年に周恩来 から荻村伊知朗
さんに「中国に卓球を教えて欲しい」と要請されたことから始まっています。周恩来は日本が卓球
日本で敗戦の痛手から自信を回復してきたことをヒントに中国で卓球での世界一を国のまとまり
のために使うことを考え、それを実現させました。国民は沸騰し、以来卓球は中国の国技とまで言
われるように発展しました。13億人から国の代表に選ばれるにはハードルが高く日本よりも大変
なことです。
今回、団体戦で活躍した福原愛選手は、3歳から卓球を始め、泣きながらお母さんと卓球する映
像が放映されました。その中で卓球は遊びではないと話したり、オリンピックが毎年開かれないの
はケチと言ったりしていることを見て、福原選手はこんな小さい時からオリンピクを目指していた
ことが読み取れました。それは親の考えに基づく押し付けの第一歩から始まったのでしょうが、親
の思いを小さいながら心の中に刻み込み、日本では各種大会で活躍し今日に至ったことは「人には
真似できない凄いの一言」に尽きます。
その福原選手は 14 歳の若さで 2003 年世界卓球選手権個人戦に抜
擢され出場し、日本勢の中で一人躍進、ベスト 8 に進出。以後、2004
年 3 月の世界選手権団体戦初めとしてオリンピク大会日本代表選手
として参加して来ました。それでも中国には勝てない状態が続き、
高校時代にスポンサーが付き、中国で最もレベルの高い超級(スー
パー)リーグに参加、遼寧本鋼チームと契約し、広大な中国大陸を
試合毎の移動に多忙を極めたが、福原は全試合に出場して中国の強
豪選手とわたりあっています。その積み重ねが中国の強豪を倒す度に世界ランキングも上位に格付
けされるようになったことは言うまでもない。
しかしながら、卓球において圧倒的に強い中国はサッカーで言えばブラジルのように選手が海外
で活躍する。国籍変更してあちこちの国の代表として中国人活躍している。今回のロンドン・オリ
ンピクでも20ヶ国の卓球選手が中国人というから驚く。そんな中で日本女子団体戦は始まった。
初戦はアメリカと対戦し3:0で勝ち準々決勝に進出、ドイツと対戦し3:0で勝ち準決勝に進
出、シンガポールと対戦し3:0で勝ち決勝に進出が決まり、銀メダル以上が確定。
決勝戦の相手は中国(準決勝で韓国に勝利)と決まった。日本の前に立ち塞がるのは、2008
年北京大会では金メダルを独占し、今年の3月∼4月に行われた世界選手権の団体戦でも優勝を果
たした
卓球王国 中国である。
★第1試合、日本は福原、中国はシングルス金メダリストの李暁霞が対戦。
★第2試合は日本が石川、中国はシングルス銀メダリストの丁寧が対戦。
★第3試合のダブルスは日本からは平野、中国からは郭躍の登場が。
★第1試合、日本は福原、中国はシングルス金メダリストの李暁霞が対戦。
<第1ゲーム>6−11で福原は第1ゲームを落としてしまう。
<第2ゲーム>11−9でこのゲームは福原が取った。
<第3ゲーム>2−11で落としてしまった。
<第4ゲーム>5−11、ゲームカウント1−3で第 1 試合は中国が制した。
★第2試合は日本が石川、中国はシングルス銀メダリストの丁寧が対戦。
<第1ゲーム>4−11でこのゲームを落としてしまう。
<第2ゲーム>10−12でこのゲームを落としてしまう。
<第3ゲーム>ストレート負け。
★第3試合のダブルスは日本からは平野、中国からは郭躍の登場が。
<第1ゲーム>6−11で落としてしまう。
<第2ゲーム>3−11でこのゲームも落としてしまう。
<第3ゲーム>日本が11−9で第3ゲームをものにした。
<第4ゲーム>5−11でこのゲームを落とす。
★決勝まで勝ち進みながらも王者・中国に完敗
した団体女子だったが、それでも日本卓球界に
初めてオリンピック銀メダルをもたらした功績
は素晴らしいの一言に尽きる。日本中が彼女ら
の健闘を称えたことは言うまでも無い。
★石川選手にしても小学校1年の時に遊びで始
めた卓球。元国体選手だった母の指導を受けな
がら母娘で一緒に夢見てきた舞台、初めての五
輪参加。団体戦の決勝戦で敗れたとはいえ、銀
メダル獲得は母娘の想二人が夢から目覚め、悲
しさ、悔しさ、そして喜びを痛いほどに感じる
瞬間だったに違いない。
★福原選手も幼少のころに母親と繰り返した千本ラリー等で天才少女と国民から注視されて来た
こともあって、何時しか五輪でメタルを取ることを目標に、卓球王国中国の懐に飛び込んで強豪と
対戦を繰り返し、その技をもってアテネオリンピク、北京オリンピック、ロンドンオリンピックに
出場して、今回は特に東日本大震災の被害にあった東北の子どもたちの声援は何よりも大きなパワ
ーとして、日本勢オリンピック史上初の決勝進出を果たし、決勝戦で中国に敗れ 2 位となり、銀メ
ダルを獲得した。「おかあさんとの千本ラリーがあったから、今の私はいます」その強い言葉がず
っと胸の底にあったからだろう。母親の胸に銀メダルをかけるシーンに胸が熱くなったのは私だけ
ではあるまい。
★平野選手は全日本選手権シングルス 5 度優勝。2008 年北京五輪はシングルス 3 回戦敗退、団体は
4 位等、日本女子卓球界の中での重鎮で今回は団体戦のダフルス戦に出場し、決勝戦では1セット
を取っています。
「ミキハウスに 10 年サポートしてもらい一番報告したかったのは、メダルを持っ
て帰ってこられてうれしく思う」と会社で挨拶しているように、彼女にとっても最高の銀メダルで
あったことを物語っている。
獲得メダル
日本
卓球
オリンピック
銀
2012 ロンドン
女子団体
世界卓球選手権
銅
2004 ドーハ
女子団体
銅
2006 ブレーメン
女子団体
銅
2008 広州
女子団体
銅
2010 モスクワ
女子団体