障害児教育にみる 「保護者の学校選択権」 の検討*

障害児教育にみる「保護者の学校選択権」の検討*
大久保 哲
夫㍑
(障害児学教室)
1.問
題
筆者は前緒お末尾において、いずれ養護学校義務制実施に際しては関連諸規程の改正がなされ
るわけであるが、拙稿で論じたような趣旨での改正が要請されると結んだ。
その後、1978年8月15日に「学校教育法施行令及び学校保健法施行令の一部を改正する政令」
(政令310)、及び「学校教育法施行規則及び学校保健法施行規則の一部を改正する省令」 (文
部30)が、続いて1O月6日には「教育上特別な取扱いを要する児童・生徒の教育措置について」
(文初第309号)の通達が出された。さらにこれら養護学校義務制実施に伴う就学手続上の整備
とは別に、文部省内に設置されている「特殊教育に関する研究調査会」 (会長 辻村泰男)より
「軽度心身障害児に対する学校教育の在り方」という報告書が、「精神薄弱者のための発達診断
表」を付して公表された。
そこでは、一連の就学手続きの時期を早め就学指導に時間的余裕を与えようとしたこと、障害
児学校(盲学校、ろう学校、養護学校をいう)から小、中学校への転校を明文化したこと(以上、
施行令)、就学指導委員会の設置とその組織・任務を明確にしたこと、就学猶予・免除対象を限
定しその措置に慎重を期すようにしたこと(以上、通達)など、部分的な改善はみることができ.
るが、学校教育法施行令第22条の2(心身の故障の程度)、及びその該当者の障害児学校への就
学手続きという基本的事項に関しては従来通りとされている。即ち、障害が一定の程度以上の障
害児はそれぞれ盲学校、ろう学校、養護学校へ就学すべきであるとして、市町村教育委員会から
その氏名と障害種別が都道府県教育委員会に通知され、都道府県教育委員会から保護者宛にこれ
ら障害児学校への就学通知と学校指定がなされるということである。
このことにより、従来しばしば問題とされてきた教育委員会による学校指定と保護者の就学希
望先が異るという事態が、とりわけ学校保健法により就学指導にあたる市町村教育委員会やそこ
に設置されている就学指導委員会において、さまざまな形で表面化することが予想される。具体
的には、多くの場合、就学指導委員会が障害児学校に該当すると判断しても保護者がそれを希望
しない、またそれとは若干事情を異にするが、小・中学校においても障害児学級(特殊学級)よ
りも普通学級を希望するという問題として生じてくる。
こうしたことへの危惧は、一連の改正が発表された当時の新聞の論調をみても、r養護学校教
育の義務化に向けて、障害児と教育の機会の問題には、さまざまな波紋が予想される」 (サンケ
イ新聞主張 8月18日)、「心身障害者を子にもつ親や教育委員会にとっては難しい判定の問題
ホ AStudy㎝theF説ChoiceoftheSchoolfortheHandicapped.
“‡ TetsuoOkubo (Department of1)ef㏄tology,Nara University of Education,Nara)
一49一
であり、双方の見解の相違がシコリを残すこともある」(朝日新聞社説 8月19日)、「恐らく
今後、判定をめぐって父母の希望と委員会の意見が衝突するケースが続出しよう」(毎日新聞社
説 8月20日)などと述べられているところである。
一般的にみて、保護者が障害児学校よりも小・中学校を、障害児学級よりも普通学級を希望す
る事情は、保護者が子どもの障害を認めないまたは認めたがらない、障害は認めながらも通学条
件から近くの学校へ通わせたいと希望する、障害のない子どもとの接触による教育効果を期待す
る、特別扱いによる周囲の偏見蔑視から逃れたいとか将来の進学、就職、結婚への不安などさま
ざまである。
このような状況にあって、就学指導委員会による機械的な判断や教育委員会による一方的な学
校指定に保護者の「学校選択権」を対置させ、障害児の就学問題に対処しようとする主張や運動
が近年にわかにクローズアップされてきている。
2. r保護者の学校選択権」の主張
わが国の障害児教育において学校選択権が最初に提起されたのは、日本教職員組合に設けられ
た「教育制度検討委員会」I i会長 梅根悟)の最終報告書(/974)においてであろう。そこでは
保護者の障害児学校への就学義務については「検討する余地がある」としつつ、「基本的には、
あくまでも、『障害者の発達保障に必要かつ適正な』という原則を大切にしつつ、第一次的には、
保護者の希望を優先すべきである。すなわち、従来の行政側の措置権(限)優先から、国民の側の
ω
要求・選択権優先への転換を提起する必要があろう」と述べている。
日本教職員組合が教育制度検討委員会のこのような提起を受け、それを運動方針として最初に
{3〕
掲げたのは第52回定期大会(1978)においてであった。そこでは「保護者の就学保障義務は基本
的には『障害者の発達保障に必要かつ適切な就学を保障する権利』に対する義務である。したが
って学校選択はr第一次的には保護者の希望が優先』されるべきであって、たとえいかなる場合
においても保護者と教職員を含めた関係者の話合いを通じて解決しなければならない。この場合、
従来行政側のr措置権』優先の考え方による『強制」は根本的に是正される必要がある」と、行
政による強制的な教育措置を否定し保護者の希望を優先させながら関係者の合意に基づく就学の
実現を目指している。「方針」はさらに「障害児の差別・選別に利用されている教育委員会設置
の『就学指導委員会』をあらため、障害の原因および状況について科学的に診断し、それにもと
づいて障害の克服に必要がつ適切な治療と教育のあり方を示唆し就学権を完全に保障するため民
主的かつ専門的なr適正就学保障委員会」 (仮称)を構成するよう運動をすすめます」と述べて
いるところから、就学に関する関係者の合意にはこのような「適正就学保障委員会」も含んでい
ると解することができる。そこでは「第一次的には保護者の希望が優先」するとしながら、「関
係者の話し合いを通じて解決」するということが基本であり、「保護者の学校選択権」という表
現はとられていない。
「保護者の学校選択権」という表現は、むしろ、最近の障害児教育関係の論文にしばしばみら
14〕
れる。例えば、茂木は障害児の就学指導について論じる中で、「保護者の学校選択権を無条件に
一50一
認めていくことは、慎しむべきであろうが」と断わりながら、教育委員会による措置権限の一方
的な強調を批判し「親の学校選択権を大幅に認めつつ教育委員会の職務権限を柔軟に行使するの
が現実的で適正な就学指導の前提である」と述べている。また長島も同じく教育委員会による措
置権限の強調を批判しながら「親の学校選択権は、子どもの受教育権を覆行することを第一義と
して成り立っている」と規定し、「親の学校選択権を実質的に行使できるようにする条件整備こ
そ今日強く求められている」と学校選択権への肯定的な態度を示している。これらはいずれも「保
護者の学校選択権」の存在を容認しているが、その論拠や具体的な権利行使の方途についてはこ
れ以上立ち入って論じていない。
この点で、教育制度検討委員会の提起を正面から受け止め、運動化を通して理論構成をしてき
た団体として「大西問題を契機として障害者の教育権を実現する会」 (以下、「実現する会」と
いう)をあげることができる。「実現する会」は第6回総会(1977)で養護学校義務化問題に関
㈹
し次のような決議を行なっている。
1.養護学校義務化をめぐる文部省路線は、能力選別主義の障害者版です。私たちは、この障
害者隔離・選別の方向に反対し、父母(本来的には本人)の学校選択権を最大限に認めた上で
の全員就学を要求します。
1.私たちは、r盲者は盲学校へ」r聾者は聾学校へ」という1日来の常識に立脚した、62年10
月20日付の「文部省初等中等教育局長通知」が、右の障害者選別方式の根拠になっていること
にかんがみこの撤廃を要求します。
17〕
「実現する会」が67年通達の撤廃を要求し、それに「父母の学校選択権」を対置しているのは、
法解釈の問題としては、同通達は学校教育法第71条及び同法施行令第22条の2を根拠としている
が、「通達は、同規定を、それぞれの障害者の問題として逆に読んでいる」ためであり、「通達
18j
で見落されているのは保護者の学校選択権である」からだという。即ち、学校教育法第22条では、
満6歳に達した児童は小学校又は盲・ろう・養護学校小学部に就学する権利があるとし、また同法
第71条は盲・ろう・養護学校の目的を定めているのみでそこへの保護者の就学義務は規定されて
いないので、「たとえば盲児が盲学校小学部に就学するか普通の小学校に就学するかは、明らか
;9j
に保護者が第一義的に選択する事柄」であると述べている。
また、学校教育法施行令の示す就学手続きに関しても、「盲・聾者が盲・聾学校へ就学するこ
とを前提にしているとしか考えられないものであり、盲・聾者の(保護者の)学校を選択する自
由(盲・聾学校か小学校かの選択)を手続上保障していない点で、重大な欠陥が認められる」と
しながら、盲・ろう学校への就学は保護者に小学校へ就学させる意志表示がない場合にとられる
措置であり、「市町村教育委員会は、盲・聾者の保護者から小学校入学の意志表示があった場合
には、その保護者にたいしてすみやかに小学校への入学期日を通知しなければならないと解すぺ
{ユ①
きである」と述べている。
lu〕
なお「実現する会」の「学校選択権」論は、後に津田が「第一に、法理論的な解釈の面から、
第二に、権利実現にかかわる実際的な配慮の面から、つまり、この二つの面からみちびきだされ
る」と整理しているように、専ら法解釈の問題に終始しているのではなく、個々の子どもの教育
一51一
権保障という観点を併せもっている。即ち、その論理は、「ω障害児教育については、一人一人
の子どもに合ったところが、とくに選ばれなければならない」,「121しかし、それが’どこか’を
口21
最終的に決める尺度一リトマス試験紙のようなもの一はありえない」という矛盾した状況に
現実はあり、その中では相対的な判断しかなしえず、それは「父母こそが保護者、法定代理人で
あり、日常的に子どもに接し、地域・家庭の事情も総合的に配慮しうる立場に、本来ある」から、
専門家の意見をきいたり、運動の中で討論・経験の交流を判断の材料にすることはあっても「最
{醐
終の判断は、父母(本来的には本人)によってなされる以外にない」という構成になっている。
このような「実現する会」の「父母の学校選択権」の主張にたいし、次のようないくつかの問
題点を指摘しておきたい。
その第1は、法解釈の問題についてである。その一つとして、たしかに障害児学校が対象とす
114i
る障害児はそこへ就学させる義啓があるとは学校教育法は規定していないが、逆に小・中学校か
障害児学校かという選択の自由についても明記されておらず、学校教育法に「学校選択権」の実
定法上の根拠を求めることは困難である。二つには、学校教育法施行令に関し、保護者に小学校
入学の意志表示があった場合は市町村教育委員会は小学校への就学通知をしなければならないと
いう解釈にも無理がある。同施行令では第22条の2に示す程度の障害児は就学に際しては小学校
への入学通知や学校指定はなされず、市町村教育委員会から都道府県教育委員会に通知され、都
道府県教育委員会より障害児学校への通知が行なわれると定められており、その内容の是非は別
にして就学手続きに関する現行法令の解釈はそれ以外にはない。もっとも「実現する会」の主張
の中には就学に関する法律を学校教育法に限定し.、同法施行令は行政による法解釈にすぎないと
口引
してそれに「実現する会」の法解釈を対じ(時)させるという論もみられるが、それなら政令や
省令の撤廃ないし改正も要求されるはずであり、総会で67年通達の撤廃のみを決議しているのは
不十分とはいえないだろうか。
第2は、個々の子どもの教育権保障の問題についてである。その形態についての判断は障害の
程度のみでなく、さまざまな条件を総合して相対的になされなければならず、たしかに判断の困
難な事例もあろうが、すべてが判断不能といえるだろうか。また子どもの学習権、発達権保障の
立場から総合的な配慮をなしうるのは父母であると一般化できるのだろうか。
以上、障害児の就学にあたっての「保護者の学校選択権」の主張のいくつかを示してきた。こ
れらいずれにも共通していることは、子どもの教育をうける権利の内実としての学習権、発達権
を保障する立場から現行の教育行政による措置権限優先の就学指導行政を批判し、その批判の根
拠を親の教育権に求めている点である。しかし、個々の子どもの適正な就学の保障という課題に
向けて保護者と教育行政がどうかかわり、どのように責任を分担していくかという具体的な問題
については明確でなかったり、強調されている内容に相違がみられる。
3. 「保竈看の学校選択権」の検討
「保護者の学校選択権」の根拠を示すものとして、1948年の国連総会で採択された世界人権宣
言がある。そこでは第26条1項で教育をうける権利を規定するとともに、その3項で「親は、そ
一52一
の子に与えられる教育の種類を選択する優先的権利を有する」と述べてある。これは自然法的な
親子の教育関係から公教育への子どもの教育の信託にあたり、主要には宗教教育選択の自由から
116〕
出発した人権宣言であり、わが国においても独自の教育方針をもつ私立学校等については、義務
教育の段階から学校選択の自由は与えられている。また公立学校においても、その教育内容によ
“7:
っては保護者に発言権ないし拒否権があるという宗像の提起以来、学会でもこの問題につき論議
を呼び、今日では「内心の自由を保障する憲法の原則からいって、このような意味での教育の自
{18〕
由は、憲法的に保障されているとする説が有力」といわれている。
さらに、保護者の学校選択の自由については、これを私立学校に限ることなく、「学区制に対
しても、あるいは学校統廃合にしても、これを教育を選ぶ観点からとらえなおすことが必要」で
あり、学区制をうけ入れているのは学校を選ぶ権利の放棄を意味するのではなく、「その権利は
留保されている」という諸訟ある。
なお、ここで、このような保護者の選択権は、自然的な親子関係という私事性から出発しつつ
も、今日では子どもの教育を受け、学習し、発達する権利に代位する保護者の権利、子どもの権
利を保障するために社会的に自らの責務を正当にはたす保護者の権利を意味することはいうまで
もない。/959年の由連総会で採択された児童権利宣言第7条2項が、「児童の教育及び指導につ
いて責任を有する者は、児童の最善の利益をその指導の原則としなければならない。その責任は、
まず第一に児童の両親にある」と述べているのもそのことを示すものである。
したがって、保護者が子どもの教育について選択権をもっといっても、それは子どもの権利を
実現するための保護者の権利であり、例えば義務教育年齢にある子どもの教育の受否、即ち保護
者の教育選択権の一部としての義務教育への子どもの拒否権は、一戸ともの権利によって制約され
120〕
るという性格を有している。
さて、子どもの教育をうける権利を親・国民が共同で保障しようとする共通の意志による公教
育制度の確立と、その執行に責任を負う行政当局の保障義務の増大により、保護者の権利が制限
12U
される例は、義務教育学校への選択が一部私立学校等に限定され、公立学校については原則上認
められていないということについてもいうことができる。それは、公立学校は地方教育行政の責
任において、本来そこに居住するすべての子どもに均等な条件で学習権を保障すべきことが前提
とされており、こうした子どもの教育をうける権利の公的保障の増大の方向において、保護者の
学校や教師を選択する自由は制約されるわけである。
なるほど、教育委員会による学校指定が不当と考えられる場合、保護者はその決定に異議を申
し立てることができ、正当な理由があれば学校指定変更の措置がうけられるようになっているが、
「教委の区域外就学の承諾は法的に拘束されており、地理的理由、交通事情、子どもの身体的躍
12田
由、家庭の事情等から真にやむをえない場合に限って承認されるべきもの」とされている。
さて、これまで、「保護者の学校選択権」は子どもの学習権、発達権との対応により自ずと制
約をうけ、公教育にあっては行政当局の子どもへの教育保障義務の増大が当局の権限の拡大とな
り、保護者に対しても子どもの学習権の保障という限度内で強制力をもって行使されている現行
制度について述べてきたが、本稿の主題である障害児教育における障害児学校と小・中学校との
一53一
間の選択について、そのことをそのまま是認してよいということにはならない。
それは第1に、小・中学校の学校指定は主要には通学条件等の物理的条件から判断されるもの
であるが、それに較べて障害児学校への教育措置は障害の種別・程度という身体的条件からのみ
12引
判断し、機械的に措置ができるほど単純なものではないからである。
第2に、小・中学校の学校指定は、同一校内の同年令の子どもはほぽ同一の水準の発達段階に
あり、共通の交通手段と学習課題を有する学習集団であるということを前提にしているが、障害
児の教育措置に関しては障害児同士、障害児と非障害児で構成される集団は質量共に多様であり、
またその教育効果は教育条件によって影響されるところが大きく、いずれが教育集団としてより
適切かは障害の有無や程度のみで画一的に決定されるものではないからである。
第3に、小・中学校の学校指定には通学条件が第一義的に考慮されているように、通学保障は
子どもの教育権保障にとってきわめて重要な要素といえるが、その点から障害児の場合を考える
と障害児学校は広範な通学区域を有し、子どもや家族の通学に要する負担は大きく、そのことが
この間の事情をいっそう複雑にしている。
第4に、学校教育法施行令では、小・中学校への学校指定にたいし保護者は異議申し立てをな
しうるよう制度的保障がなされているが(同施行令第8条)、障害児教育に関しては同じような
趣旨から同一種別の障害児学校間の学校指定への異議申し立てはできても(同施行令第16条)、
それ以外の教育措置については異議申し立ての制度的保障はなされていない。
以上のような理由から、公教育においては「保護者の学校選択権」の無条件的行使は制約され
るとしても、行政当局による教育措置基準の機械的適用に基づく措置権限の一面的な強調は妥当
性をもつものとはいえない。にもかかわらず、養護学校義務制実施に伴う一連の就学手続きの改
正では、すでに述べたように部分的な改善はあっても基本は変更されていない。もっとも1978年
3月18日の参議院予算委員会で、文部大臣は障害児の就学問題に関し「尺度だけは文部省として
は決めなければなりません」が、「個々のケースとしてはその尺度とおりに機械的に行わない場
合も起こり得る」、「そのためにこそ就学指導委員会を設けまして、専門家の方々に入っていた
1則
だいて、ケース・バイ・ケースの判断をいたすわけでございます」と答弁しており、このような
文部大臣答弁の趣旨が具体的な就学指導の場面でどのように生かされるかは今後の経過をみなけ
れはわからないが、少くともそれを生かすためには次のような教育行政上の問題があると考えら
れる。
その第1は、行政当局がその責務である障害児への教育保障義務を十分に果たしていないとい
う問題である。文部省は1972年度を初年度とした「特殊教育拡充整備計画」により養護学校を7
年間で243校増設する計画をたて、その後の状況では年次計画通りには進行しなかったが最終的
には学校数は計画を達成するようである。しかしその中味については、当初の計画それ自体の妥
当性、計画で採用されている学校規模の妥当性、都道府県間の設置状況のアンバランスや都道府
県内における地域的配置のアンバランス、通学保障条件(スクールバス、寄宿舎)の計画の不備
1251
などが指摘されている。また重度・重症化に対応した施設・設備や教職員の充実も要請されてい
る。小・中学校に設置される障害児学級についても、行政管理庁の勧告でも「整備、運営につい
一54一
旧61
ては、多くの問題がみられる状況にある」と述べであるように、障害児の教育保障には量質共に
きわめて不十分である。国及び地方教育行政は保護者と共に子どもの教育権を保障する義務を果
たすために、保護者が信頼して子どもを託せるようまず教育の場を充実させることが必要である。
第2は、障害児の就学指導に直接関与する就学指導委員会に関する問題である。就学指導委員
会は個々の子ども就学にあたって、専門機関としてきわめて重要な役割を担っている。就学指導
委員会がその役割を果たすためには、まず、専門性の高い、信頼の厚い組織として機能しうるよ
う委員の構成がなされなければならないが、文部省の教育措置に関する通達ではその構成は都道
府県にあっては医師5人以上、教育職員7人以上及び児童福祉施設職員3人以上、また市町村に
あっては医師2人以上、教育職員7人以上及び児童福祉施設等の職員1人以上とされており、そ
127〕
の構成からして専門性が疑問視されている。また市町村段階では実際には適切な委員が得られな
い場合が多く、「委員に人を得られないとすると、その就学指導委員会の職務遂行能力は激減し
てしまう」2撫果になり、文部省の示す教育措置基準や先の発達診断表を機械的に適用した強制的
な就学指導を行なったり、逆に指導を放棄した無責任な措置に終るおそれもある。
就学指導委員会は、文部省通達によれば「心身の故障の種類、程度等の判断について調査及び
審議を行う」ときわめて簡潔にしか述べられていないが、これだけでは従来の委員会がしぱしば
そうであったように、就学時だけの形式的な調査・審議で機械的にふり分けをするだけにしかな
りかねない。関係機関とも十分連携を保ち乳幼児期の多面的な情報を収集し、子どもを時間をか
けて観察し、障害や発達の現状の把握のみでなく将来への見通しや指導の指針を含んだ総合的な
判断とフォローアップが就学指導には必要であり、そのための恒常的な体制が確立されなければ
ならない。審議の過程では保護者と面接する場合が多いが、それすらやらないところがあり、ま
た面接はしても後で結論を一方的に下すところもある。就学指導にあたっては、保護者の教育へ
の要求を提出する方途を保障し、保護者に適切な情報を提供し、保護者の意向を尊重しながら共
に子どもの学習権、発達権を保障するという共通の基盤に立って、必要な助言指導と合意の形式
を時間をかけてはかっていくことが大切である。
41 ま と め
r保護者の学校選択権」というとき、その具体的なあり方の意味するところは論者によりさま
ざまである。これまで述べてきたように、ここではそれを子どもの就学についての保護者の「発
言権」ないしr要求権」ととらえ、就学指導において、さらには就学後も保護者がその権利を行
使できるような手だてが講じられなけれぱならないと考えたい。その限りでは「保護者の学校選
択権」は否定しえないものと理解したい。しかしそれは保護者による「学校決定権」ではない。
障害児の就学先は制度上も最終的には教育行政により措置されるようになっており、それは単
に事務処理上のこととしてだけでなく、就学後の子どもの教育保障にたいする教育行政上の責任
を明確にする上でも大切なことといえる。ただその措置にあたっては、一定の幅をもった判断に
よる経過観察を含んだ暫定的な措置や、子どもの状況や客観的な条件の変化に対応した措置変更
をはかるなど、柔軟性をもって事態に対処していく必要がある。
一55一
〔注〕
ω 大久保哲夫:特殊教育諸学校への「就学義務」に関する若干の考察.奈良教育大学教育研究
所紀要,14.P.91.(/978)
121日本の教育改革を求めて一教育制度検討委員会最終報告一.教育評論、304・5、日本教職
員組合.P.105.(1974)
13〕日教組教育新聞、1381,日本教職員組合.P 7.(1978.5.16)
14〕茂木俊彦:障害児の適正就学指導.季刊教育法,26,総合労働研究所.P.45.(1977)
15〕長島進:就学指導をめぐる撹乱と適正な就学指導体制の確立の方向.全国障害者問題研究会
全国事務局(編)1養護学校義務制阻止論批判.全障研出版部.P.78.(/978)
161津田道夫・木田一弘・山田英造・斉藤光正1障害者の解放運動.三一書房.P.185、(1977)
m 学校教育法および同法施行令の一部改正に伴う教育上特別な取扱いを要する児童・生徒の教
育的措置について(昭和37年10月18日 文物特第380号)
18〕前掲書㈹,P.192.
19〕前掲書㈹,P.220.
O⑪ 前掲書16〕、P.222.
l11〕津田道夫1父母の学校選択権と権利観念の展開.障害者教育研究,1,現代ジャーナリズム
出版会.P.74.(1978)
α2 大西問題を契機として障害者の教育権を実現する会(編):「養護学校義務化」批判.明治図
書.P.15. (1978)
l13 前掲書α2,P.16.
ω 兼子仁1教育法(新版).有斐閣.P.262.(1978)
115 斉藤光正1養護学校義務化とは何か.障害者教育研究,1,現代ジャーナリズム出版会、R53.
(1978)
㈹ 兼子仁1入門教育法.総合労働研究所.P.58.(1976)
皿7i
宗像誠也1教育と教育政策.岩波書店.P,54.(1961)
皿8
牧柾名:国民の教育権.青木書店.P.118.(1977)
119
堀尾輝久・兼子仁:教育と人権.岩波書店.P.86.(1977)
20 前掲書皿4〕,P.209.牧柾名・平原春好:教育法入門.学陽書房.P.56.(/975) 平原春好
学校教育法.総合労働研究所.P.168.(1978)
②山
真野宮雄編著1教育権.第一法規.P.208・(1976)
22 前掲書ω,P.365.
醐 「教育上特別な取扱いを要する児童・生徒の教育措置について」 (文物特第309号)は、精
神薄弱児については子どもをとりまく環境の分析なども含め総合的に判断すべきであるとして
いる。
24〕
予算委員会会議録第14号 昭和53年3月18日〔参議院〕P.32.
鯛 峰島原:文部省「養護学校設置7年計画」の到達状況と問題点.季刊教育法,26,総合労働
一56一
研究所. (1977)
蝸 行政管理庁1心身障害児の教育及び保護育成に関する行政監察結果に基づく勧告(1978.6)
27 父母も納得できる就学指導を.みんなのねがい,111,全国障害者問題研究会.P.46.(1978)
囎 吉岡伸1就学指導(委員会)のあるべき姿.精神薄弱児研究,232,日本文化科学社.P.30.
(1968)
一57一