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はじめに - 東京都

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【はじめに】
臨床としては、被害者の方をたくさん診ていますが、加害者に対する更生教育プログラムも実施しており、
被害者と加害者の両方に携わっています。
本日のテーマとしては、加害者の心理を知っていただく、もしくは、
「加害」とはどういうことなのかという
ことを改めて考えていただき、副題にもある「加害者は暴力を“選んで”使っている」ということを知ってい
ただき、被害者が自分が悪いのだと思わないで済むように感じていただくことにつながってほしいと思ってい
ます。
加害者プログラムについては、プログラムそのものをどんどん進めたいというよりは、被害者支援の一環と
して実施していますので、被害者の方にとって良い状況をつくり出すことの見方をお伝えしたいと思っていま
す。
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【暴力は衝動的に起こるのでない】
暴力を振るっている人に聞くと、
「そういうことがあってすごく腹が立ったのでやった」、
「相手が自分を怒ら
せたので衝動的に振る舞ってしまった」という話をします。つまり、何かあれば衝動的に振る舞ってしまうわ
けですが、加害者プログラムの考え方としては、暴力は急に起きるものではないということです。
知らないうちにやってしまったという言い方をしていても、きちんと辿っていくと、やはりそれなりの心の
流れがあり、どこかで「粗暴な言動をしてもいい」と思っているということです。
例えば、意見が合わないという出来事があって、自分の言うことを聞いてくれず、ひどい扱いを受けたよう
な気がして、腹が立って感情的になり怒鳴ったとします。細かく見ると、出来事、考え方、感情、行動という
流れがあります。
流れがあることを知っていくと、どこかで止められる可能性が出てくるし、逆に言えば、それは自然に起き
ていることではなく、自分の意志で実行している側面がはっきりと見えてきます。もし、そうでなければ、
「も
う二度としません」と誓っても、我知らずに振る舞っている言動であれば止められない、ということになりま
す。
しかし、わざとしているのであれば止められる可能性が出てきますし、止める責任もあります。そうした暴
力は、そういう言動をしている人自身にしか止められませんし、それを止める責任は100%加害者にあります。
【怒りと暴力の関係】
例えば、「怒り」という感情があるから行動に移してしまうことが多くなるわけですが、「怒り」と「暴力」
は違います。「怒り」は自然に湧いてくる場合がありますし、「怒り」そのものには良い悪いはありません。
ただ、その怒りをどう表現するかを選択していることになります。後ろの人に足を踏まれたとして、その人
がものすごくいかつい、自分よりすごく強そうな男性だったら、「ふざけんな」などとは言わないと思います。
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言う人もいるかもしれませんが、大抵の人は、腹が立った場合にどう表現するかは、相手や場面によって選ん
でいます。上司にちょっとひどいことを言われたからといっていきなり怒鳴ったりはしませんが、妻から言わ
れると怒鳴ってしまう、というように、怒鳴っても構わないという認定のもとに行動している場合がほとんど
です。
そのようなことに気づいていく、考えていくということが、更生教育プログラムとしては展開されています
が、被害者としては、加害者がそういうことを意図的に行っていることを分かっている方がいいと思います。
自分の責任ではないのです。怒らせたとしても、殴られる理由はありません。意見が合わなければ腹が立つこ
とはありますが、殴られる理由はありません。
【身体的暴力だけが暴力ではない】
「叩く、蹴るなど身体的に傷つけることがなければ、暴力ではない」という問いは、もちろん誤りです。あ
らゆるダメージを相手に与えるものが暴力に該当し、いじめ等でも同じです。心理的な傷、子供で言えば、虐
待を受けたり、DVのある家庭に育ったりすれば、色々なダメージを受けて、情緒的な発達に大きな影響が与え
られることがあります。
特に心理的なものはなかなか目に見えなかったり、証明することが難しい場合があります。DVの中でも性的
暴力はあまりクローズアップされていませんが、非常に大きなダメージを受けます。それが繰り返し起きてい
れば、まず間違いなく「暴力」と言っていいと思います。
【WHOによる暴力の定義】
WHO(世界保健機関)では、「暴力」とはどういう意味か、ということについて、もう少し幅が広い定義をし
ています。自分や他者や集団、もしくは共同体に対する身体的な力や権力を意図的に使用しているということ。
そのことによって脅威が与えられている。それが、現に与えていなくても、与えるというような恐怖心をあお
ったりして、脅威を感じさせられていることとして構造的に続いていれば、それは暴力だということです。
独裁政治や、いろいろな対人関係の暴力、他の暴力もありますが、対人関係のものだけを挙げても様々なも
のがあります。知っている人と知らない人、家族や家族ではない人などいろいろなタイプの対象があります。
ハラスメントのような職場の中の暴力もありますが、共通しているのは、一方的に相手を傷つけるようなこと
が繰り返し起きているということです。ある種の権力です。
ある人の考え方を一方的に行使して、相手の人はそれに従うしかないというような構造が続いていれば「暴
力」になります。つまり、構造的なもの、関係性を見ていくことがとても大事です。一つ一つの殴る・蹴る、
中傷・悪口ももちろんですが、そのことによって一方的な関係性が起きているかということです。
喧嘩をしたり、ある瞬間に悪口を言ってしまうことなどが全て暴力とは言えませんが、一方的な関係性があ
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る程度継続しており、被害を受けている側がそこから抜け出すことは非常に難しいといった構造があるか、と
いうことを見ていく必要があります。
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【権力と支配の車輪】
「power&control―権力と支配の車輪」の図というものがあります。これはミネソタ州ドゥールース市のド
メスティック・バイオレンス介入プロジェクトが作成し、多くの先進国やアジア圏内でも使われています。
その中身として、車輪の外側に「身体的」、「性的」暴力が記載され、車輪の内側に本質的な部分、つまり心
理的な暴力に当たり、暴力全般にわたる本質的な部分が取り上げられています。
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<表1>「権力と支配」としての暴力の例(森田展彰氏作成)
(ミネソタモデルの車輪そのものは著作権に配慮して示しませんが、その代わりとして示しています。)
心を傷つ
けること
を言われ
る
侮辱される
心理的な駆け引きをしかけられる
“自分がおかしい”と思わせられる
“デブ”“醜い”などと言われる
罪悪感を持たされる
自尊心を傷つけられる
心理的に混乱させる
力を誇示
される
自分は体格が大きくてパートナーは小さ
いことを強調される
あなたの選択を無視される
自分の意志を押しつけられる
自己決定権を取り上げられる
強制・脅迫
される
危害を加えると言って脅される
経済的暴
急に「出ていく」
「子供を連れて行く」 力
「自殺してやる」
「他の女性と関係持
ってやる」などと脅される
児童相談所や警察に通報すると脅さ
れる
危険ことや違法なことをするよう強
制される
仕事に就くことや仕事を続けることを妨
げられる
学校に行くことや資格を取るのを妨げら
れる
“お金を下さい”と言わないと渡してくれ
ない
自分は自由にお金を使うが、パートナーに
は最低限しか渡さない
パートナーの収入や年金を取り上げる
一家のお金のことに口を挟ませず、収支に
ついて教えてもらえない
威嚇する
パートナーを目つきや、動作や、ジ
ェスチャーで怖がらせる
壁や机を叩かれる
パートナーの大事な物を破壊される
刃物など凶器を見せつけられる
“男の特
権”を使う
女中のように扱われる
重要な決定に参加させてもらえない
暴君のような振る舞いをされる
家庭の中での男女の役割の違いについて
強制される
孤立させ
られる
行っても良いところや滞在時間を制
限される
話して良い人を限定され、自分以外
の人と話すことを制限される
実家とのつきあいを邪魔される
友人と連絡を禁じられる
友達があなたの悪口を言っていたと
か、陰で笑っていたと嘘を付かれる
他の男に話すことを禁じられる
子供を利
用する
良い母親でないと罪悪感を感じさせる
パートナーに言いたいことを、伝達役とし
て子供に伝えさせる
嫌なことがおこるのはみんなお母さんの
失敗のせいだと子供に言う
彼女を怖がらせる為に、子供との面会交流
権を利用する
子供を連れ去ると言って脅される
行動の自
由を規制
される
することを制限される
見るものを制限される
話しをして良い相手を制限される
読む物を制限される
一方的にやって良いことと悪いこと
を決められ、強制される
家を空けて良い時間を制限される
外出時何度も電話をするよういわれ
る
会ってよい人を制限される
矮小化・否
認・責任転
嫁をされ
る
自分の暴力は些細なことだとされ、真面目
に取り上げてもらえない
暴力はなかったと否定される
暴力をとがめられると話しをそらし、きち
んと受け止めない
暴力が起きたことについて「おまえが俺を
そうさせたん」といわれる
問題の原因をあなたのせいにされる
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【暴力の本質的な部分】
「威嚇する」
車輪の内側にある「威嚇する」は、視線や行動、しぐさによっておびえさせる、物をたたき壊す、持ち物を壊
す、ペットを虐待する、武器を見せつけるなど、心理的に圧迫を与えるということです。例えば身体的暴力が数
回しかないケースでもそれが強く行われていれば、少し手を上げたり視線を向けるだけでも、相手が十分怖がる
ことになります。怖がらせることで自分の意見を通すというようなことを繰り返し行っていれば、それはもう暴
力です。たたいていないから暴力ではないと言い張っていても、そういうある種の意図性を持って自分の力を行
使する、有利に運ぶということをしている場合が多いです。
「精神的暴力を振るう」
さらに、「精神的暴力を振るう」とは、貶める、罵る、私はダメな人間だ、私は頭が変だ、と思わせる、心理
的な駆け引きをする、罪悪感を抱かせる、などがあります。特に「罪悪感を抱かせる」は常套手段です。おまえ
が悪いから暴力を振るっているんだというような言い方をほとんどのケースでしています。その言葉やそう思わ
されていること自体がある種の暴力を構成しています。
「孤立させる」
なかなか抜けることが難しいような脅しですし、パートナーの人間関係を全部断ち切って「孤立させて」しま
う。ジェラシー等が関わっている場合もありますが、完全に自分の思いどおりにして、買い物に行くのは何分で
行けるはずだから何分で帰ってこないのはおかしいとか、夕食には4品出すべきなのに3品だとか、1品は自分
で作っていなくて出来合いのものを出しているからおかしいとか、何でもかんでも自分の思いどおりにしないと
いけないと言ったりします。そういうことができないからおまえは外に出てはいけないとか、自由にしてはいけ
ないというようなことを言ったりします。
「矮小化・否認・責任転嫁する」
そして、「矮小化や責任転嫁」も多く、暴力は些細なことである、おまえのほうがおかしいのだというような
ことを繰り返し言います。聞いていて嫌になるかもしれませんが、ある種、非常に未熟であるということです。
自分の要求を脅しによって通すというコミュニケーションスタイルしかできないわけで、ある意味レベルの低い
人たちですが、脅したりすることは上手です。そういう手練手管に巻き込まれているとなかなか逆らえなくなり
ます。
「子供を利用する」
さらに子供を利用し、別れても、面会交流などで子供に会わせろと言い脅す場合もあります。もちろん、全て
の面会交流が利用されているとは言えませんが、子供をそれほど自分で育てる気持ちがないのに、面会交流は自
分の権利だから絶対に手放さないとか、無理やり会って何がしたいのかと思うようなケース、本当に子供のため
を思って言っているとはとても思えないようなケースもたくさんあります。
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【平等の車輪】
ミネソタ州の介入プログラムでは、逆の「平等の車輪」の図もあります。その車輪の内側にある「威嚇的でな
い態度」に、フェアな態度があります。相手に尊敬を感じさせるような話し方などです。図で改めて示されると、
そうなんだということが少しずつは伝わりますが、
「権力と支配の車輪」の方が当たり前になってしまっているの
で、自分に逆らうと腹が立つのでやってしまう、逆らうといっても普通に意見を言っているだけですが、従って
もらうのが当たり前の世界になっていると、違う意見を言われること自体が怒らせているという、大変歪んだ心
理構造になっています。
【暴力についての誤解と事実-①】
次に、「自分は正しいことをした(述べた)だけで、相手を傷つける意図はなかったから暴力ではない」とい
う問いは、誤りです。相手を傷つける意図がなくても暴力なのかというようなことをよく言われますが、これは
基本的に暴力です。何度も言いますが、ある程度繰り返しになっていれば明らかに暴力だと思います。
つまり、意図がないといっても、相手にダメージを与えているのは目に見えています。相手にダメージを与え
ているとなれば、意図はなく別に傷つけるつもりではなかったと、心の中でそういう気持ちがあることまでは否
定しませんが、傷つけているかもしれないということを考えようとしないこと自体がおかしいのです。
言った言葉がそのとおり受け取られるとは限らないわけで、相手に対してダメージを与えていたら、そのあと
言い直したり、気持ちを聞いたりすることを多少なりともするわけですけれども、それを一方的に言っていると
いうことは、やはり支配している場合が多いです。
これは最初に言ったことですが、やはり衝動性の問題ではなくて選択されている行為であるということです。
人間関係で意見の食い違いなどで怒りや不愉快な気持ちを持つことは避け難いわけですが、そうした感情をどの
ように表現するかは、その人が選択しています。相手や場面によって表現を選択していて、暴力的な方法を使っ
てもいいという考え方がある場合が多いということです。
【暴力についての誤解と事実-②】
また、
「暴力をしてしまうのは『性格』であって、変わらない」という問いは、誤りです。暴力人格というもの
はないと思っています。暴力は、これに向かわせるような考え方や行動の歪んだパターンによって生じており、
ある種の学習されたパターンです。
「性格」という言い方は、そういう考え方や行動をパッケージしたような言い方になってしまい、性格なんて
変わらないと思われがちですが、そうではなくきちんと分けていくと変えられていく部分が見つかっていきます。
変われるからこそ責任があるわけで、説明責任もあるし、再犯防止責任もあります。ですから、
「責任を取れ」と
は、腰を90度曲げて頭を下げるという意味ではなく、実際に変えること、そして、もう二度としないように努力
することが具体的な責任だと思います。
加害者に対して、僕は責任を取ってほしいと言っていますけれども、処罰するよりも、きちんと責任を取って、
変われるんですよ、と伝えることは、加害をしている男性にとってもとても大事なことだと思います。責任を取
らなくていいと言ってしまうのは、その人には大人としての能力がないということにもなります。私は、児童虐
待の親などとも向き合っていますが、そういうことをきちんとお伝えすることは、本人にとってもある意味「援
助」だと思っています。
もちろん、こちら側も処罰的な感情になって、加害者のように威張り散らしていては、自分の行いと言ってい
ることが矛盾してしまいますので、その点を気をつけなければいけません。そうしたことを自分自身チェックし
ながら、変えてほしいと伝えていくことは非常に大事な要素だと思っています。
【暴力についての誤解と事実-③】
また、基本的にお酒を理由にする場合は眉つばです。もちろん、飲酒すると衝動的になりやすいことが瞬間的
にはあると思いますが、それが繰り返し起きている場合は、その結果としてどうなるかを知っておきながらいて
お酒をやめていない、ということになります。飲酒は理由にされているだけで、暴力的な行動をとることについ
て、どこかで良し、としているのだと思います。
依存症の治療も専門で診ていますが、依存症とDVは似ているとよく言われます。非常に反復的であってなかな
か変えられないという点ではよく似ていますが、圧倒的に違うのは、依存症は、その人自身の健康の問題です。
暴力は被害者がいる犯罪ですから、できるだけ飲まないでくださいというように、暴力は10回のうち1回にして
くださいということはあり得ません。
アルコール依存症の治療などで、問題がある人に対して、家族が一生懸命努力することがありますが、DVが絡
む場合は、治療援助をしなくても本当はいいわけです。被害者が加害者に治療をしてあげるというのは変ですし、
実際難しいです。病気として見ないということは、大変大事だと思います。ですから、
「療法」や「治療」という
言葉は極力使わないようにして、
「更生プログラム」や「教育プログラム」という言い方をしたりしています。考
え方を変えることは、病気を治すこととは違います。
【共依存という言葉】
それから、
「共依存」という言葉もあります。これはアルコール依存症の家族などで使われたりすることがあり
ますが、依存症の業界でも、
「共依存」という言葉はあまり使わないほうがいいのではないかと思います。特に暴
力がある場合は「共依存」という言葉は非常によくない、有害な副作用がある言葉です。つまり、被害を受けて
いる側に責任があるような言い方になりますし、ある弁護士はこの言葉を使って加害者の弁護をしていたという
驚くべきことがありましたが、非常に不適切です。
【暴力についての誤解と事実-④】
次に、
「暴力をやめるには、怒りなどの気持ちを我慢して押さえ込むことが大事である」というのは、ある局面
では正しいのですが、長い目で見ると誤りだと思います。
つまり、怒りというものは実際にあるわけです。例えば、配偶者と子供の教育について塾に入れるかどうか相
談している場面で、父親は塾になんか入れたくないと言い、母親は絶対に入れなければだめだと言ったとして、
その主張自体はフェアですね。どちらの意見が正しいとか正しくないということは必ずしもないわけで、2人で
決めていくことに意味があるのですが、自分の意見が通らなければ腹が立ったり、どうしてわかってくれないの
かと思う気持ちはお互いにあり得ることです。
しかし、それをどう表現するかが問題になります。怒らないようにという目標を立ててしまうと、却ってため
込んでしまって、バンと破裂することが繰り返し起きてしまいます。むしろ、腹が立ってしまった時に、一旦ク
ールダウンして、腹が立ったことをうまく伝えていく。
「怒って伝える」のではなくて「怒っていることを伝える」と言い分けたりしますが、「腹が立ったとき私は
一体どうしたらいいんですか、ただ我慢していればいいんですか」というような質問を加害者から受けることが
あります。もちろん、それはひたすら我慢するということではなくて、
「それはもう言わないでほしい」とか「そ
ういうことを言われると自分もすごく腹が立ってしまう」と伝えればいいわけです。それをどう伝えるかですが、
すごんだりせず、「それはやめてほしい」ということを落ち着いた口調で伝えることが大切です。
特に、DVが長くあったのが少し変わり始めた頃に争いが起きて、妻の方も、反撃というかきちんと意見が言え
るようになると、今までに溜まったものをワーッとおっしゃることがあります。そのような時は結構危ないです。
ぐっと我慢していると、バンと破裂しやすくなるので、ひたすら我慢するのではなく、きちんと良いコミュニケ
ーションの仕方や自分の気持ちを相手に伝えたり相手の気持ちを聞いたりする方法を身に着けることを目標にし
ていかないと、袋小路に陥ってしまうと思います。
もし怒りを感じる場面があっても、怒って話すのではなく、
「怒っていること」を少し落ち着いた口調で話す、
もしくは、その場で難しければまた時間をかけて伝えていくということが大事です。
【暴力に関する様々な理論】
フロイトによる「死の本能」のような何でも壊してしまう本能があるという理論については、あまり適当でな
いと思っています。暴力的な衝動は誰にでもあって、それはもう仕方がないものだと使われがちですが、そうで
はなくて、暴力的なコミュニケーションは、習ったもの、学習したものであると考えています。
残念ですが、DV家庭で育ったお子さんには、DVなり暴力が生じてしまう流れがある程度あります。加害者プロ
グラムに参加されている方でも、6~7割は虐待やDVなどかなり問題を抱えた家庭環境で育っている人が多いで
す。ですから、小さい頃の話を聞くと非常に大変だった成育史を持っている人も多く、そうした体験が影響して
いる場合が結構あります。
加害者への同一化のようなことも起きていて、自分は子供としてすごく嫌だったにも拘らず、DVがそのまま引
き継がれている場合も多くあります。そういうものを「社会学習理論」といい、社会で学習したものとして考え
て、学習し直していくことが必要です。
また、
「認知行動理論」があります。これは社会学習理論とは矛盾しないのですが、認知や感情、行動や生理的
反応、そういうつながりを細かく分析して変えていく方法が有効だと思います。暴力的な認知がどうして生じて
しまうのか、一つは社会構造や文化の影響もありますし、先ほど言ったような成育環境の問題もあります。また、
被害体験の影響もあると思います。
【認知行動モデル】
認知行動モデルについてですが、Aという状況があり、それを受けとめ、怒りなどの感情が起こり、行動が出
てきます。その時に、すごく頭が痛くなったり、息が荒くなる、痙攣してしまうなど身体的な感覚も伴います。
一連の流れのなかで、例えば「認知」を変える。妻の行動について被害的に受けとめ、それに対してすぐに怒
ってしまうような面を変えることも大事ですし、そうした感情が湧いてきた場合はどのように対処するのか、怒
りをぶつけるのではなくて静める、怒っていることをゼロにはできないにしても、少し静めるなど、それをどう
表現するのかを考える。もしくは、すごく疲れている場合にそういうことが起きやすいという状況であれば、自
分でそういう場面を避ける、ということも一つです。ですから、感情が爆発するまでに対処できる入口が幾つか
あるわけです。
「怒っていることを伝える」ことは、なかなか簡単なことではありません。建設的なスキルも学んでいく必要
がありますが、すごく危ない時をどう乗り切るのかということと、もっと良い方法を次第に身に付けていくこと
との両方が大事です。自分がイライラしてきたときに出る体の反応の兆候がわかれば、その時はそれを静める、
水をたくさん飲むなど少しリラックスするようなことをする。まずは気づくことが大事で、そういうことにチャ
レンジしてもらったりします。
あとは、健康な方法の一つとしてアサーションがあります。もちろん被害者のアサーションがまず大事ですが、
加害者も、ある意味でアサーションができないわけです。本当の意味での自己主張ではなく、ただ感情をぶつけ
ているので、もっと自分の気持ちがきちんと伝えられるようになることを目指します。
【暴力の社会構造的・文化的な由来】
暴力の由来として、社会構造・文化的なものが一つあること、発達における影響があると言いましたが、他に、
精神障害や知的障害が絡む場合もあります。例えば統合失調症でもそういうことがあると、治療的な側面が必要
な場合もあります。
社会構造的なものは、ジェンダーバイアスと言われたり、フェミニストモデルとも言われますが、男性や家長
は、女性やその他の家族に対して自分の意見や欲求を優先する権利があるという考えを持っています。その考え
に従わなければ、不当なことをされたという被害意識を持って、自分に従わせることを正当化し、お殿様や暴君
のように自分勝手に振る舞っていいと思っています。
残念ながら、それは今も社会的ステレオタイプのなかに存在すると思いますし、自分自身も男性なので、そう
いうものから完全に免れているかどうかは、正直自信がない面もあります。ですから、他の援助者の方にモニタ
ーしてもらい、また意見を聞いてもらいながら対応しています。やはり、同じ場面に居合わせても男性のほうが
パワーがあるので、女性はすごく緊張しても、男性は別に緊張しないようなことがありますし、どういうことが
脅威に感じたり、嫌だと感じるのかについても結構ずれていますね。ですから、そのようなことの極端な形がDV
だと思います。
加害者は、被害意識が強いです。常に自分は被害を受けたと思っていますが、基本的に、やってもらって当然
という水準から出発しているので、それをしてくれないことで被害を受けたという話になっています。もともと
の基準がすごくずれているので、被害者が怒って加害者をボロくそに言うようなことは決して推奨されることで
はありませんが、何とか反撃して、ようやくパワーとしては対等になっているような感覚の場合も多いです。
そうするとギャップが起きます。つまり、加害者は「こんなひどいことを言われたんです」、「あんなひどいこ
とを言われたんです」となりますが、被害者としては、それは必死の反撃だったりします。そういうもともと持
っている意識を丹念に辿っていくことが大事ですし、かなり辿れる加害者もいます。本当にひどいことを言って
いたと気づく場合も結構あります。もちろん、現実的には気づいたから全部変われるわけではありません。ただ、
そういうことを言われて初めて気づく場合もあるということです。
海外のプログラムでは、マッチョな体型で、握り拳を示して脅すような男性加害者の像がよく出てきますが、
日本はより依存的で、
「何々をしてくれないと僕死んじゃうからね」と、自分の腹を刺して脅すような、やってく
れないことが許せないという、自分の思いどおりにして欲しいというタイプが結構目立ちます。
ただ、被害女性や、その男性の親、前の世代の人など色々な人が、必ずしもこの考え方から自由ではない場合
もあります。若い人でもそうですが、女性でも男性以上にこういう考え方を持ってしまっている人もいますし、
「私だって我慢してきたんだから、あなただって我慢すべきでしょ」と言ってしまう女性もいます。
こういう考え方は、いろいろな場面で顔を出します。例えば、性犯罪において「そんな暗い夜道を歩いていた
のだから襲われて当然だ」ということを平気で言う人がいますが、すごくおかしいですね。つまり、夜道は歩か
ないほうがいいですが、夜道を歩くことが性犯罪を受け入れるほどひどいことをしているわけではありません。
被害者の方を悪く考えてしまう加害者優先の考え方には根強いものがあります。
【不適切な養育など暴力の情緒面による由来】
もう少し情緒的な面では、不適切な養育を受けることでトラウマ反応を浴びるということがあります。安心し
たり信頼できる人間関係が持てない。DVのある家庭においては、認知の歪みが生じ、自分自身が子供として大事
にされていない、自分には価値がないのではないか、自分が悪いからお父さんとお母さんは争っているのではな
いかと思ってしまい、さらに、トラウマ反応として情動的に不安定な状態なので、感情の調節ができなくなりや
すいです。また、対人関係についても上手な調節ができないという感覚にもなります。
暴力を直接見て、その暴力行動をそのまま行うこともありますし、直接の学習というよりは情緒的な面の混乱、
考え方の混乱がその子の中に入ってしまって、それが将来的に色々な問題行動を引き起こし、そこに暴力行動も
入ってくる、ということがあります。自傷行為をする場合もありますが、暴力の点で言えば、暴力の連鎖が起き
たりもします。
ただ、連鎖については誤解があります。児童虐待の研究においては、3割くらいが連鎖すると言われています。
つまり、暴力にさらされた人がみんなそうなるわけではなく、大半の人はなりません。被害体験の後、それをそ
のまま実行するのか、反面教師としてそうならないように変わっていくのか、その人自身の選択ないし変えてい
くチャンスがあるかないかによって決まってきます。
ですから、被害を受けたことが加害行為の言い訳にはなりません。ただ、被害を受けてきたことでそういう方
法が身についてしまったことについて、それをどう変えていったらいいか手伝ってあげることは大事なことです。
加害者を処罰しろという強い声があることは存じておりますが、はっきり言って、刑務所に入ったからといっ
て変わるということは、残念ですがありません。変わる人もいますけれども、やはり的確に、どういうところに
つまずいているのかをきちんと知る機会がなければ変わりません。
暴行その他の犯罪で刑務所に入ったとしても、期間はそう長くはありませんので、厳罰主義にも限界があると
思います。
「小さい頃は本当に大変だったよね」ときちんとケアをし大事にした上で、はっきりと「でも、あなた
が今やっていることは許されないんですよ」と伝える。その2つは矛盾しません。どうしても、処罰するか何も
しないかになってしまいますが、それだと結局は変わりません。
【加害者更生プログラムの試行】
加害者プログラムについて、2004年に内閣府の委託事業として、千葉県と東京都で試行しました。私たちは東
京都でのプログラム開発、実践に関わったところ、それなりの手応えがありました。ただ、何を目標にするか、
例えば20回くらいのプログラムを実施したとして、二度と暴力を振るわないことをプログラムで完全に保証しろ
と言われたら無理だと思います。結局、この後は実施しないことになりました。
色々な理由があったと思っていますが、こういうプログラムがどこの県でも実施できる準備がなく、不平等だ
から実施しないことにした、という説明を受けました。それ自体が良い悪いとは必ずしも思っていなくて、時期
尚早であったとは正直思っています。ただ、誰も加害者に会いに行ったり介入したりしていない現状は問題だと
思っています。
【加害者更生プログラムをめぐる議論】
「加害者をきちんと処罰してほしい」
プログラムをどうして実施しなくなったのかという理由を幾つか考えてみると、やはり司法的にきちんと処罰
されて欲しいということがあると思います。現時点でもそうだと思いますし、おっしゃるとおりだと僕自身も思
います。そして、同じお金を使うなら、加害者より被害者に使ってくれという面もあるのかなと思います。
「加害者の言い訳に使われる」
また、これが一番大きいと思いますが、プログラムが加害者の言い訳に使われるのではないかという恐れがあ
ります。これは真っ当な恐れです。自分も加害者更生プログラムに携わっていますが、その恐れをゼロにはでき
ないと思っています。だからこそ、行政的なある種の枠をきちんとかけた形で実施して欲しいです。海外ではそ
のように展開しています。今は全くフリーで、色々な団体が様々な形で加害者更生プログラムの活動を始めてお
り、加害者サイドに立つようなプログラムもありますが、責任を明確にしないもの大変危険です。
「加害者扱いする名前をつけても治らない?」
メンズリブからは、「加害者更生プログラム」なんて加害者扱いする名前を付けて治るはずがないと言われて
いますが、そんなことはありません。これはもう各国の研究で分かっていることです。治らない人もいますが、
加害者扱いされても変えようとする人もいます。強制的なプログラムを行うか、自発的にボランタリーで行うか
で効果はほとんど変わらないことも、繰り返しどの国でも証明されています。つまり、そういう新しい考え方、
今までにはない考え方に触れることで一定の人は変わります。変わることを積極的に言っていても、変わる気が
なければやはり変わらないということです。
「ほとんどの国で実施している」
事実としてお伝えしたいのは、ほとんどの国で加害者更生プログラムを実施しているということです。しかも、
それは公的な枠組みで、被害者援助と一緒に実施しています。そして、プログラムを途中でやめてしまったら、
もう一度その人に何らかの対応を社会で実施していくという仕組みとともに進めています。やはり、加害者を変
える手法がない限りは、収監後も同じことを繰り返し、結局はターゲットが変わるか、しつこく同じターゲット
を狙うかという話になりがちです。
私は、法務省の刑務所内プログラムや医療観察のプログラムでも、暴力についての更生プログラムを作るお手
伝いをしており、その中で少しでもDVを取り上げてくれるようにお願いしています。刑務所の中でも少しでも変
わってほしいと思いますが、まだそれほど強力なものではありません。性犯罪などのプログラムは60回も行うも
ので、ある程度の効果は出ていますけれども、残念ながらまだそのように強力な力は刑務所のプログラムにはな
いと思います。
【RRP研究会の加害者更生プログラム】
NPO法人RRP研究会の加害者更生プログラムは、被害者支援の一環として、暴力を用いず敬意をもって相手と接
することを可能にするために、コミュニケーションを行う方法やスキルを身に付けてもらうものと位置づけ、活
動しています。毎週月曜日、1クール全12回で実施しており、実際はリピートすることをお願いしています。途
中で切れてしまうのが一番怖いので、クールでまとめておくことで、一回やめてもまた来てねという形で展開し
ています。公的な枠組みがないので、工夫を重ねながら、少しでも危ないことが起きないように活動しています。
男女ペアのファシリテーターがついて小グループで展開し、有料で実施しています。
参加する人は非常に大変です。必ず効果があるとは保証しませんし、修了証も出しません。被害者にも必ず変
わると思ってくれるなと説明しています。もう一度関係を修復して欲しいと思っているわけではなく、むしろ、
別れるなら別れてくれと伝えています。ただ、
「もう別れてくれ」で始めてしまうと加害者は来ませんので、それ
はケース・バイ・ケースで対応していますが、私たちの気持ちとしては、DVが続くようであれば、きちんと別れ
て欲しいと思います。ただ、その男性が次の女性と付き合う場合には少しでも良い状況を作り出したいという観
点で活動しています。
【加害者プログラムの目的】
加害者プログラムの目的は、海外でも言われていますが、責任を自覚すること、認知や行動の変容、それと一
番大事な点は、何といっても被害者の安全確保です。加害者が減ることによって被害者が安全になっていきます。
いわゆるクライアント・センタードという相談者中心の考え方がカウンセリングにありますが、この場合のクラ
イアントは2人います。1人は一緒に来ている加害者ですが、真のクライアントは被害者であると考えています。
これは、加害者プログラムを実施している他国の先生からも、そのプログラムを仮に被害者がどこかでモニタ
ーで見ているとして、決して被害者が納得いかないような話にしてはいけない、ということを繰り返し言われま
した。
例えば、「ストレスでつい殴っちゃったんですよね」と加害者が言っても、「それはストレスですね」とは決し
て同調しないということです。殴るというのは、やはりおかしいわけです。ですから、暴力を振るってもしよう
がないというような話には絶対に付き合わない。むしろ、自覚してもらうことが必要です。これについては色々
な研究による証拠が海外にありまして、有効性は一応確かめられています。しかし、心理的虐待への有効性の証
明が不十分だったりします。
【プログラムへの実施内容】
参加状況ですが、お伝えしたいことは、脱落率が低くて済んでいることです。今のところ100名くらいに対応し
ていますが、リピーターが多く、一番多い人は10クールくらい参加しています。あなたの暴力について書いてき
てください、あなたの暴力が相手に与えた影響について書いてきてください、という宿題が必ず毎回出て、毎週
仕事が終わった後、7時から9時までみっちりプログラムを受けるわけですが、正直言って大変です。加害者で
あることをはっきりと言われながらも参加しているということ自体、それなりに成果かなと思っています。
変わるか変わらないかということについては必ず質問が出ると思いますけれども、ある程度変わる部分ははっ
きり感じますが、暴力が完全になくなったと言い切れるかというと、なかなか難しいと思います。ただ、自分が
どういう場合に暴力を振るってしまっていたのかが分かるようになり、少なくともプログラムを続けている間は、
そのことを常にモニターするようになっていきます。
クールとクールの間が1カ月くらいあり、その間に揺れてしまう時がありますので、間にインターバルなセッ
ションも設けたりしています。
プログラムの各回のテーマですが、まずは加害責任を自覚してもらうことが第一です。そして、これを変える
動機付けを持ってもらう。それから、認知の修正に取り組んでもらい、考え方が歪んでいるのでそこを変えても
らう。会話とやりとりができるようになる練習が非常に大事です。ロールプレイで対応していますが、理屈で分
かったようなことを言っていても実践できないので、具体的にそういうやりとりができるようにしています。そ
して、再発防止を図ることと安全性への対応を進めていきます。
【加害者責任の自覚と動機付け】
加害者責任の自覚については、先ほどの「暴力の輪」や「平等の輪」を使いながら、暴力は選択であることや、
こういうこともすべて暴力であるということなど、まず暴力とは何かをきちんと分かってもらいます。否認や責
任転嫁しないで、あなたがしていたことはこういうことでしたね、ということをきちんとお伝えします。
また、与えていた影響を理解してもらうために、被害者がどう感じていたのかを考えてもらうワークをしてい
ます。そして、責任をどう取っていくのかについて示して動機付けをしています。
「よい上司・悪い上司のワーク」
「加害者責任を自覚させる」ために、「よい上司、わるい上司」というワークがあります。「あなたにとって、
これまで最悪の上司とはどんな人でしたか?」と、立場を変えたワークから始めたりしています。そうすると、
「責任をとらない、部下の責任にする」、「頭ごなしで命令する」、「どなる」、「しつこい」、「人を傷つける言い方
をする」、「信頼してくれない」、「贔屓する」、「言うことがころころ変わる、場面で態度が変わる」、「指示がはっ
きりしない、何を考えているかわからない」など、上司の悪口を言い始めるといくらでも盛り上がります。
部下の立場で上司を考えるというのは、家庭において指示を受ける側の立場を考えることになり、あなたは本
当に良い上司でしたか、悪い上司でしたかということを考えてもらうわけです。では、良い上司とはどういう上
司かと聞くと、
「平等の輪」にあるような上司です。尊重してくれる、助けてくれる、責任を持ってくれる、平等
に扱ってくれる。
では、
「最悪の上司と毎日職場にいたら、あなたはどのような影響を受けそうですか」と質問すると、やる気を
なくす、恐怖心、不安感、自信をなくす、会社に行きたくなくなる、体調が悪くなる、と答えます。
「良い上司と
いるとどうですか」と質問すると、やる気がでる、安心して仕事ができる、自信が湧く、その人のために働きた
くなる、と答えます。
要するに、家庭においてあなたは「良い上司」でしたか、「悪い上司」でしたか、ということです。上下関係
の構造を見ていくことが大変大事で、本当は上ではないけれども、一応、上の立場にいる人は、そういうことが
なかなか分からないのです。ですから、逆に、下の立場にいるとそのことがよく分かるので、立場を変えてみて
もらったりしています。
「茂みのざわめきによる恐怖の例え話」
「茂みの例え話」というものがあります。あなたに娘さんがいるとして、その娘さんが道を歩いていた時に、
茂みから飛び出してきた暴漢に襲われたとします。娘さんが大変おびえて帰ってきて、晩になってもそのことを
思い出し、おびえたり、悪夢を見たりしているとします。親として、どうしたらいいか、どう感じるか、どう対
応したいかということを考えてもらって、
「こういう影響はどのくらい続くと思いますか」と質問したり、娘さん
がまた同じ道を歩いていたら、茂みが風でガサガサ揺れたら、娘さんはすごく怖くなって、そこを通ることが難
しくなったというようなことについて考えてもらったりしています。
立場が変わると、「それは本当にひどいことで、娘がしばらくそこを通れなくて当然だろう」と答えますね。
できるだけ話を聞いてあげて、早く良くなれと無理強いしたりしないで、できるだけ気持ちをサポートしたいと、
大抵おっしゃいます。
では、被害者に対して加害者がどう言っているかというと、
「もう謝ったじゃないか。そのことはもう済んだだ
ろ。なんでいつまでもおまえはしつこくそんなことを言うんだ」というわけですが、それは無理なわけです。こ
の娘さんになかなか信頼感が戻ったり安心感が戻らないのと同じように、10年も暴力を振るっていて、
「やめます」
と宣言したからといってすっかり安心できるというわけにはいかないわけのです。被害を受けた側の視点をどう
にか持とうとして欲しいですし、それが持てない限りは変わりません。
【子供へのダメージを考える】
子供はどういうダメージを受けるのでしょうか。ある意味では、子供の反応についての話の方が入りやすいと
思います。結局、パートナーとはパワーゲームをしている感じになるので、負けまいとしてやり込めようと思っ
ていますけれども、子供とはパワーゲームをあまりしないので、子供が被害を受ける側だと思っていますし、自
分自身の体験もあり、「子供に対しては申し訳ない」と言う人が多いです。
「責任のパイのワーク」
「責任のパイ」という考え方は、例えば、交通事故が起きたらどちらが何割悪い、というようなことです。自
分には3割の責任があって相手は7割悪いなどですが、暴力にこれを使うのは間違っています。暴力において、
各自の行動は、基本的にはその人が責任を持つべきで、パイを分けたりしないでそれぞれ100%持つべきです。被
害者が悪いから暴力を振るっているというのはおかしいのです。
「怒らせてしまった」までは、もしかしたら言え
るかもしれませんけれども、怒らせたからといって暴力を受ける必要はないのです。
しかし、加害者はこの考え方からなかなか抜けられず、どうしても相手が悪いから暴力を振るうのだ、相手次
第である、と言います。相手次第ということは、また暴力を振るってしまうということです。今までの行いを責
められるという苦しい場面があっても、自分はそれはしないと思わない限りは変わりません。
今までしてきたことを何とか正当化したいという気持ちが大変強く、大抵の方は離婚調停が始まっていたり、
家庭から離れている場合が多いのですが、
「自分は正しいと主張をなさったら、相手は帰ってきそうですか」と聞
くと、それはないだろうと返答します。
自分が正しいということを主張しても、関係は戻らないわけです。相手が戻りたくなるようなものを示さない
限りは帰ってきませんね、ということが一つの支えになっています。正当化しようという考え方には意味がない
ことに気づき徐々に諦めてくると、自分が変わらないと帰ってこない、相手の立場になったら帰ってきたくない
だろう、と少し考えが変わってくると、やはり変わらなければいけないという気持ちになってきます。
【加害者の3つの責任】
「3つの責任」と言っていますが、説明責任や再犯防止責任、謝罪・賠償責任があります。説明責任とは、自
分の行動を引き受けて、
「問題とされる行動」を振り返って話せるということです。どういうことが暴力だったの
か、そして、それが相手にどんな影響を与えてしまったのかをきちんと言葉で話せる。これがないと何を謝って
いるのか分かっていないということになりますから、謝っても意味がありません。再犯防止責任は、説明責任が
あった上で、それが二度と起きないためには自分はどうしていくかということです。そして、謝罪・賠償責任と
して、謝罪したり、償ったりという行動をとることがあります。
これらの「3つの責任」という、処罰というよりも、変えていくことについて取り組む責任をきちんと示して
いくことが大事だと思っています。そういうことを進めていく中で徐々に変わっていく人もいますが、もちろん
変わらない人もいます。
グループで学習することが効果的なのは、自分がしていることを率直に話せるようになる人が多いことです。
そこにまた新しい人が入ってくると、
「自分はやっていない」と言うのではなく、ほかの男性が率直に述べている
と、結構話すようになります。大の仲良しになるということではありませんが、男性同士で、きちんと自分を変
えていこうという動きが出てきます。
【歪んだ認知の考え直し】
その後、「認知-感情-行動の変容」に取り組みます。どこかでチェンジしていくということと、考え方を変
えるのか、行動を変えるのかということです。特に感情について、自分で辿っていくことが非常に大事です。自
分の感情をなかなか言えない男性が多く、自分の感情を自分でモニターできません。
実は「怒り」の中には、見捨てられたことによる不安やストレス、分かって欲しいなど、色々な感情が入って
います。それがきちんと言えなくて、バンと叩いて表現する形になっているので、一気に感情を表すのではなく、
「本当は分かって欲しいんだよね」と言われれば、受けとめる側は受け入れる可能性があります。
「おまえ何をやってるんだ」と言われるよりも、「本当は分かって欲しかったけど分かってもらえなかったん
だ」と言われれば、ちょっと聞いてみようかなという気持ちになるので、まず、自分の感情が分かるようになる
と、そのことを表現するバリエーションが増やせます。そういうことを展開していったりします。
加害者からたくさんの話を伺うと、はっきり言って最初から怒る種を探しています。相手が謝らなければなら
ないようなことが一つでも見つかれば、これで言いたい放題言えるという話をされる人が多くいます。腹が立つ
ように自分自身であおりながら徐々に怒りをためて、どんどんエスカレートしていくという流れが多いようです。
ずうっと悪口を言って、1時を過ぎると次の日に差し支えるので、頃合いをみて「俺もちょっと言いすぎた」と
言って、お風呂に入って、セックスをして寝る、という「段取りがついている」と言う人もいて、本当に驚きま
した。
これでは被害者は本当に逃げ場がありません。謝っても謝らなくてもどんどん追いつめられていくわけです。
結局、怒鳴り散らすことは、ある種のパワーとして気持ちが良いらしいです。胸が悪くなるような話ですが、加
害者の考え方はそういうレベルです。そういう信念について見直していきますが、大抵は極端すぎるわけです。
そして、「そういう考え方で本当にいいのですか」と歪んだ認知について考え直してもらいます。
特に大事だと考えているのは、「それは役に立っていますか」、「その考え方はあなたにとって、もしくはこれ
からやり直していく上で本当に役立ちそうですか」ということです。
「自分は正しい」と言っている人は、自分が
正しいと言い張る考え方に固執すると、
「あなたが求めている、このプログラムにこんなに苦労しながら来て、良
い関係が戻るという目的に役立ちそうですか」と質問すると、それは役立ちそうにないとさすがに分かります。
そうして勝ち負けにこだわっているうちは、うまくいかないということです。成果としては、関係性について
かなり分かるようになる人はいます。実際にすごく大きく変わる人が何名かいました。ただ、それを実践に移し
ていく場面ではまた課題があると思います。
【コミュニケーションスキルの訓練】
最後には、具体的にどう話をするのか、コミュニケーションのスキルを訓練します。相手を尊重しながら自分
の意見もきちんと伝える、そういう相互の尊重がある話し方を具体的に練習します。
自分は変わったと言い始めても、それが独善的では意味がありません。相手がそういう話し方が嫌ではない、
怖くないような話し方が本当にできるかどうかを確認していきます。相手の気持ちや自分の気持ちがきちんと分
かるようになって、実際に伝えるようなことを試すことになります。
「アサーティブな考え方」
コミュニケーションのアサーティブな考え方をお伝えします。自分のニーズだけを押しつけるのが「暴力的」
、
相手のニーズのみを中心にして自分のニーズを後回しにするのは「ノンアサーティブ」、その両方のニーズを表現
してすりあわせることができるのが「アサーティブ」ということになります。
プログラムをやっていくと、参加者の男性が自分の暴力的なやり方に気づいて、それがだめだと考えるように
なると、何も言わなくなってしまう人がいます。
「ノンアサーティブ」になるわけですが、これは実はすごく危な
いことです。相手の言うがままで、自分の考え方を全部押さえ込んでひたすら聞いてしまう、ノンアサーティブ
に我慢していると感情をため込んでしまうので、どこかで限界ができて「暴力的」な方法に戻ってしまいがちで
す。
ですから、何とか両方の気持ちを言うような話し方、つまり「アサーティブな話し方」を工夫し、練習するこ
とが大事です。自分の気持ちを言って、相手の気持ちを聞いて、自分の気持ちを言って、相手の気持ちを聞いて、
と交互に繰り返し、もし意見がまとまらなくても、まずは互いの気持ちを言えることを重視するようなやり方で
す。その場で無理に決めず、また時間をおいて話を続けたり、ユーモアを使うというような工夫が有用です。
そういう場合に、
「アイメッセージ」という、自分を主語に話すことも役立ちます。自分(私)を主語にするとい
うことは、自分はこう考えるけれども、あなたはこう考えるというのは別であることを示しています。
「おまえは
わかってくれない」、
「おまえに俺はバカにされたよ」と言うのは、
「ユーメッセージ」です。この場合には相手の
気持ちを決めつけるような暴力的な言い方になります。
これをアイメッセージに変えると、「私は本当は分かってほしい」「私は寂しい」「私は関係がうまくいかなく
なって苦しいと思っている」など、自分の素直な感情や本当に願っていることを表現することになります。なか
なか難しいですが、アイメッセージで伝えられる方が、相手に受け止めてもらいやすいということがあり、その
ようなスキル訓練を行います。やはりロールプレイなどで、体験的に試みることで次第に変わっていける人がい
ます。
【再発防止計画】
最後に再発防止計画を立てて、どういう場合に危なくなってしまうのかをまとめています。どういう考えが湧
いてくると危ないのか、どういう行動が危ないのかということを見ていきます
【プログラムは加害者にとってもチャンス】
アンケートでは、妻役をして妻の立場が少し分かった、「すべき」という考えが少なくなった、相手を尊重す
る気持ちが少しは言えるようになった、などが書いてありました。完全にできるようになったということはなか
なかありません。むしろ、
「まだ変わらない点はどうですか」と質問すると、イライラするのは変わらない、アイ
メッセージがうまくできない、自分が全て悪かったとはなかなか思えないなどという感想を述べています。しか
し、私たちは、少なくともそういうことが分かるようになったということが一つの成果であると思っています。
海外では司法的な枠組みがあり、DVコートというものが一番強い枠組みですが、DV加害者を囲んで、あなたは
こう変わりなさい、このプログラムに行きなさいという方法をとっています。もし、これらからドロップアウト
してしまったら、もう一度収監されたり、何らかのチェックを受ける、保護観察を受けたりする制度です。それ
は、必ず被害者側の支援者と連絡を取り合いながら、状況を確認しながら進めます。そして、医療や、子供を守
ることとセットにして対応しています。
大事なことは、どの関係機関も同じメッセージを出すことです。暴力はいけないことだから変わりましょう、
そういうことに取り組んでください、あなたにはその責任があります、ということをみんなで言い続けながら進
めていくプログラムという枠組みで実施されています。
残念ですが、日本にはこういう制度がありません。現在、色々な加害者プログラムが出てきてしまっているの
で、危ぶんでいます。他の国にならって実施したほうがいいのではないかと思います。
まとめですが、結局、暴力は本人がしていることで、支配的な関係性であることや、責任は加害者にあること、
プログラムではそういう考え方を変える対応をしていること、それ自体は加害者にとってもチャンスである、と
いうことです。
以上
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