支援グループ - 慶應義塾大学 薬学部・薬学研究科

DDS による体内動態の精密制御と薬物動態解析手法の構築
創薬物理化学講座 西尾忠,伊藤佳子,金澤秀子
1.はじめに
薬物動態(ADME)は医薬品としての適性の重要なファクターであり,製薬
企業においては新薬開発における候補化合物の探索段階から薬物動態評価に力
が注がれている。特に製剤の物理化学的性質の解析は吸収や分布を予測するパ
ラメータとして重要であり,迅速かつ微量な分析手法が必要とされている。我々
は,これまで温度応答性高分子 poly-N-isopropylacrylamide (PNIPAAm)を
用いた分離担体によりステロイド医薬品をはじめとする様々な医薬品やアミノ
酸等の分離を純水のみで分離する新しい分離システム温度応答性クロマトグラ
フィーを開発している。さらに本システムにより製薬企業で医薬品開発の際に
用いられる薬物代謝酵素シトクロム P450 の主なプローブ薬物とその代謝物の
同時分析にも成功している。個々の患者の薬物代謝能評価に大きな役割を担っ
ている被験薬物とその代謝物の高効率かつ簡便な分離が可能となり,ゲノム情
報に基づく患者個人の代謝能解析への応用が期待される。本研究では,これら
に基づいた効率的な薬物動態解析システムの構築を目指している。
さらに製剤開発に必要な安定性・標的指向性・生体適合性の向上と生体内動
態の精密制御を目的としたドラッグデリバリーシステム(DDS)を設計する。
DDS による薬物動態制御と的確な動態解析技術により安全な薬物投与設計に
必要な情報を与えることが可能となることから,本プロジェクトの目的である
効率的な医薬品開発と副作用軽減につながるものと期待される。
2.温度応答性クロマトグラフィーによる薬物動態解析システムの開発
本年度は,麻酔薬プロポフォールの経時的な血中濃度測定に応用した。プロ
ポフォールは,最近死亡したアメリカの有名歌手の常用で話題となった脂溶性
が高い超短時間作用型静脈麻酔薬である。現在最も繁用されている静脈麻酔薬
のひとつであるが,個々の患者の状態や外科的刺激の強さに応じた用量設定の
ためには薬物治療モニタリング(TDM)を行う必要がある。プロポフォールの
術中でのリアルタイムモニタリングが望まれるが,従来法では移動相に有機溶
媒を使用し煩雑な操作を必要とするほか,術中での使用には患者への有機溶媒
暴露,廃液処理等が問題となる。温度応答性クロマトグラフィーを用いること
により,サルの動態解析に適用したところプロポフォールの血中濃度測定が水
のみの移動相で蛍光検出により高感度で行えることが確認された。本システム
は移動相に有機溶媒を使用せずに温度制御で分析の最適化が図れるため,蛍光
検出器を用いた分析での有機溶媒によるバックグラウンドを抑制した定量分析
が可能であった。水のみの移動相により求めた血中濃度推移は従来法の ODS
カラムによる結果及び TCI シミュレーションの結果と一致していた。本システ
ムの血中濃度測定への有用性が確認されたことから,医療現場においても安全
で簡便な純水のみの移動相を用いたリアルタイムな血中濃度測定が期待できる。
3.機能性高分子を用いたドラッグデリバリーシステムの構築
PNIPAAm は水中での温度刺激に応答し,32℃より低温側では水に溶解し水
和伸展状態,高温側では水に不溶となり脱水和収縮状態と構造変化を起こす温
度応答性が知られている。この親水/疎水性の相変化は可逆的かつ迅速であり,
相変化を起こす温度(LCST)は,高分子の分子設計により自由に制御することが
できる。PNIPAAm は LCST 以下で親水性を示すため,リポソームなどのナノ
粒子に導入することで外側に水和層を形成し,肝臓や脾臓などの細網内皮系組
織による取り込みを回避して血中滞留性を向上させることが期待できる。さら
に PNIPAAm を導入すると封入率の向上やリン脂質同士の凝集が回避できるこ
とが確認された。ナノ粒子は,腫瘍集積性の向上を目的として 100 nm 程度の
サイズに調製した。ヒト大腸がん由来 Caco-2 細胞を用いて抗がん剤イリノテ
カンのリポソームからの放出とその効果について,LCST が 41℃となるよう設
計した P(NIPAAm-co-DMAPAAm)を用いて培養温度を 37℃と 42℃とで比較
したところ,37℃に比べ 42℃では強い殺細胞作用が確認された。37℃では高
分子鎖に変化が起こらずナノ粒子は比較的安定であるが,42℃では高分子鎖が
収縮し膜を不安定化するため,内封した薬物が放出されると考えられる。これ
により温度応答性ナノ粒子は LCST に応じた温度応答性の薬物放出制御が可能
であることが確認された。抗がん剤使用時に温熱療法と併用することにより,
副作用の少ない抗がん剤適正使用が期待できる。温度以外に pH に応答する機
能性高分子を用いて動態制御することに成功しており,今後は,pH 応答機能
とエンドソーム放出活性を備えたナノ粒子による DDS の実現に向けて検討を
進める。
4.まとめ
本研究では,温度応答性高分子を用いた新しい分離システムにより水のみの
移動相で麻酔薬プロポフォールの高感度な薬物動態解析が可能となった。また,
機能性ナノ粒子を用いた DDS により抗がん剤の温度による放出制御が可能で
あることを明らかとした。機能性粒子 DDS による効果的な製剤技術と新しい
動態測定法により本プロジェクトの目的である効率的な医薬品開発と副作用軽
減につながるものと期待される。
第二世代抗精神病薬の副作用軽減のための発現強度の評価と影響因子の解析
臨床薬学講座
大 谷 壽 一
【背景・目的】
近年、第 2 世代抗精神病薬(second generation antipsychotics; SGA)は、体重増加、
血糖値の上昇、脂質代謝異常など、metabolic syndrome (MS) を誘発することが報告され
ている。また、MS 発症率は、SGA の中でも olanzapine が特に高いという報告も多く見受
けられる。Olanzapine による MS 誘発作用機序は未だ明らかにされていないが、視床下部
に存在する H1 受容体、5-HT2C 受容体、末梢に存在する M3 受容体に対する阻害作用が関連
しているという報告がある。特に 5-HT2C 受容体は、食欲を調節するレプチンの受容体とほ
ぼ同様の部位に発現していることから、薬物の各受容体に対する直接的または間接的な阻
害作用が MS 発症の原因となるのではないかと考えられる。一方、ドパミン D2 受容体部分
アゴニストの aripiprazole は、他の SGA に比べて D2 受容体に対する親和性が高く、副作
用が少ないとされているが、5-HT2C 受容体に対して弱いながらも olanzapine と類似した
阻害作用をもつ。このような観点から、aripiprazole も olanzapine と同様に、MS を誘発
する可能性があるのではないかと考えられるが、現在まで詳細な検討はほとんどなされて
いない。
以上のような背景より、本研究では、臨床における SGA の MS 誘発作用に関する基礎
的データを得ることを目指し、olanzapine と aripiprazole を対象として、in vivo ラットに
おける体重、食餌量、脂質レベル、空腹時血糖値、アディポネクチン値、レプチン値に及
ぼす影響を明らかにすることを目的として一連の検討を実施したので報告する。
【方法】
実験動物:Wistar/ST ラット(7 週齢・雌)とレプチン受容体を欠損した肥満モデルである
Zucker(fa/fa)ラット(6 週齢・雌)を用いた。ラットを Control 群、Olanzapine 群、Aripiprazole
群の 3 群に分け、Olanzapine 群、Aripiprazole 群は、両薬物が等 mol 数となるよう 2 種類
の投与量(①:0.0320 mmol/kg/day 及び②:0.0448 mmol/kg/day とした)を設定し、Control
群には 0.5 w/v% methylcellulose を用いて、1 日 2 回 14 日間の経口投与を行った。
評価項目:体重、食餌量は、毎朝薬物投与前に測定した。脂質レベル、空腹時血糖値、ア
ディポネクチン値、レプチン値は 14 日間の薬物投与終了後、各群のラットをエーテル麻
酔下で解剖し、腹部大動脈より全血を採取し、得られた血清を用いて測定した。また、内
臓脂肪量(卵管周囲、腎臓周囲、後腹膜周囲、腸管膜脂肪とした)、血球数も評価項目と
した。
【結果】
ラットの系統別、薬物投与量別に Control 群(Con)と Olanzapine 群(Ola)
、Aripiprazole
群(Ari)を比較した実験結果のまとめを表に示す。Wistar①では、薬物投与 7 日目より
Olanzapine 群、Aripiprazole 群において有意に体重が増加した。また、トリグリセリド値
が両群で有意に低下し、内臓脂肪
量は Olanzapine 群で有意に増加、
さらに白血球数が有意に減少する
系統
薬物投与量
(mmol/kg/day)
という結果となった。
一方、Wistar②では、Aripiprazole
群におけるトリグリセリド値が有
意に低下したが、その他有意な変
化は認められなかった。Zucker①
は、Olanzapine 群で体重が有意に
低下し、総コレステロール値、HDL
コレステロール値、アディポネク
チン値 、レプチン値に有意な増
加を 認め、 Aripiprazole 群で はト
Wistar (n=7,8)
Wistar (n=7,8)
Zucker (n=6)
Zucker (n=4,5)
① 0.0320
② 0.0448
① 0.0320
② 0.0448
Ola
Ari
**
↑
̶
̶
体重
↑
内臓脂肪量
総コレステロール値
↑
̶
HDLコレステロール値
トリグリセリド値
空腹時血糖値
アディポネクチン値
レプチン値
白血球数
**
̶
*
**
̶
**
↓
̶
̶
̶
↓
̶
̶
̶
*
̶
↓
Ola
̶
Ari
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̶
↑**
̶
**
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*
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↓
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̶
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̶
Ola
**
↓
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↑
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**
↑
↑*
̶
Ari
̶
̶
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̶
*
↓
̶
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Ola
↓
Ari
̶
↑**
̶
**
↑
̶
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̶
̶
̶
̶
̶
̶
*
↑*
̶
̶
表:Olanzapine、Aripiprazole による体重、内臓脂肪量、脂質レ
ベル、空腹時血糖値、アディポネクチン値、レプチン値、
白血球数に対する影響(vs Control 群のみを表記)
*p<0.05 **p<0.01 (Scheffe の多重比較検定)
リグリセリド値が有意に低下した。
それに対し Zucker②では Aripiprazole 群に
有意な変化は認められず、Olanzapine 群
における体重が有意に低下し、総コレステ
ロール値、HDL コレステロール値、レプ
チン値に有意な増加が認められた。
次に、総コレステロールを対象として、
系統別に、各薬物量 0.0320 mmol/kg/day
における各群の比較を行った結果を図に示
す 。Wistar ラッ ト では Olanzapine 群 、
図:薬物投与量 0.0320 mmol/kg/day における
系統別群間比較
*p<0.05 **p<0.01 (Scheffe の多重比較検定)
Aripiprazole 群に有意な変化は認められな
かった。それに対して Zucker ラットでは Olanzapine 群で有意に増加した。
【考察】
Zucker(fa/fa)の Olanzapine 群で、総コレステロール値が有意に増加したことから、
レプチン受容体欠損またはレプチンに抵抗性を示す肥満に対して、olanzapine は肝臓にお
けるコレステロール合成系を促進させるのではないかと推察される。しかし、その作用機
序が olanzapine による直接的な作用または間接的な作用なのかは不明であり、今後の検討
課題としたい。また、白血球数に注目すると、Wistar①の Olanzapine 群で白血球数が有意
に減少、各系においても減少傾向を示すことから、olanzapine は白血球に対して何らかの
作用を有する可能性が示唆された。以上、表にも示されるように、olanzapine と aripiprazole
を比較すると、系統にかかわらず olanzapine の方が生体に対して MS 誘発に影響を及ぼす
可能性が高いことが示唆された。
日本人健康成人における RFC1、FPGS、GGH の遺伝子多型
および性差、人種差の評価
医薬品情報学講座 望月眞弓 橋口正行
背景:Methotrexate (MTX) は、関節リウマチ (RA) の治療において最も広く
使用されている抗リウマチ薬 (DMARDs) の一つである。しかし、MTX 治療反
応性には個体差があり、性差および人種差も存在することが知られている。こ
のような治療反応性の差の原因の一つとして、MTX 効果発現に重要である細
胞内 MTX-ポリグルタメート (MTX-PGs) 濃度の違いが考えられている。
MTX の細胞内動態に関しては、MTX は reduced folate carrier (RFC1) を介し
て細胞内に入り、folypolyglutamyl synthase(FPGS) によりポリグルタメート化さ
れ MTX-PGs となる。一方、細胞内での MTX-PGs は、_-glutamyl hydrolase (GGH)
によって加水分解され、MTX となり、ABC transporters (ABCB1、ABCC1-4)に
よって細胞外に排泄される。また、RFC1、FPGS、GGH には遺伝子多型が存在
することが知られている。
したがって、これらの RFC1、FPGS、GGH の遺伝子多型が細胞内 MTX-PGs
濃度の個体差の原因となる可能性が考えられる。
目的:日本人における MTX 治療反応性に関する基礎的情報を得るために、日
本人健康成人を対象とし RFC1、FPGS、GGH における遺伝子型頻度を評価し、
それらの頻度に関して性差および人種差の有無を評価した。
方法:血縁関係のない 20 歳以上の日本人健康成人志願者を対象とした。遺伝
子型評価部位は、RFC1 80G>A、RFC1 -43T>C、FPGS 1994G>A、GGH 452C
>T、GGH -401C>T とした。遺伝子型の評価は、末梢血から抽出した DNA を
用い、RFC1 80G>A および -43T>C は PCR-RFLP 法にて、FPGS 1994G>A、
GGH 452C>T および -401C>T は Real time polymerase chain reaction (real-time
PCR)法にて行った。性差の有無は、本研究データにおける男性と女性のデータ
を比較することにより評価した。人種差の有無は、本研究データと既報データ
の各遺伝子型頻度を比較することにより評価した。
なお、本研究については、北里大学薬学部、慶應義塾大学薬学部、医療法人
相生会倫理委員会の承認を得て実施した。
結果および考察:日本人健康成人志願者 145 名 (男性:82 名、女性:63 名) か
ら血液検体が得られた。それらの遺伝子型頻度については、RFC1 80G>A では、
1
G/G 22.1%、G/A 50.3%、A/A 27.6%、RFC1 -43T>C では、T/T 21.0%、T/C
51.0%、C/C 28.0%、FPGS 1994G>A では、G/G 52.4%、A/G 38.6%、A/A 9.0%、
GGH 452C>T では、C/C 86.2%、C/T 13.1%、T/T 0.7%、GGH -401C>T で
は、C/C 59.3%、C/T 38.6%、T/T 2.1%であった。なお、RFC1 -43 に関して
のみ、女性2名で判定不能であったため、143 名での結果を示した。
これまで、日本人健康成人における RFC1 -43T>C、FPGS 1994G>A、GGH 401C>T の遺伝子型頻度は明らかではなかった。しかし、本研究により RFC1 43T>C では、T/C、FPGS 1994G>A では、G/G、GGH -401C>T では、C/C が
多い遺伝子型であり、日本人健康成人におけるこれらの遺伝子型頻度が明らか
となった。
日本人健康成人における性差の有無の評価に関しては、RFC1 -43T>C、FPGS
1994G>A、GGH 452C>T、GGH -401C>T の allele 頻度には、統計学的に有意
な差が認められなかった。一方、RFC1 80G>A の A allele 頻度は、男性 59%、
女性 44%であり、男性の方が女性より頻度が高く、性差が認められた (p=0.034)。
人種差の有無の評価に関しては、既報データとの比較が可能であったのは、
RFC1 80G>A および GGH 452C>T のみであり、これらに関して日本人健康成
人および各人種 (Caucasian、Chinese、African-American および Japanese) に
おける allele 頻度を比較した。その結果、RFC1 80 A allele において AfricanAmerican と Caucasian の間に人種間差が認められ (p=0.016)、RFC1 80 A allele
は African-American より Caucasian で頻度が低かった。
性別における RFC1 80G>A 遺伝子型頻度に関する人種差の有無の評価では、
男性について日本人と Chinese との間に人種間差が認められ (p=0.02)、RFC1 80
A allele は Chinese より日本人で頻度が高かった。
RFC1 80G>A は、細胞内 MTX-PGs 濃度に影響することが報告されているた
め、allele 頻度の人種間の違いは MTX 治療反応性の人種間での差の原因の一つ
となる可能性がある。
今後は、対象者数をさらに増やすと共に、他の SNP を含め、遺伝子型−表現
型関連(genotype-phenotype association)および性差の検討を行い、細胞内 MTX-PGs
動態ならびに MTX 治療反応性との関連性について検討していく予定である。
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