貴金属③ いぶし銀 中西載慶

シリーズ・身近な物質
貴金属③
いぶし銀
東京農業大学短期大学部醸造学科教授 中西 載慶
貴金属の2番目は、銀の話です。銀は、紀元前4000年頃アナトリア地方(ト
ルコ)で発見され、紀元前3000年頃には、シュメール人により銀製品が作ら
れていたようです。現在では、生産規模も大きく、比較的容易に手にするこ
とが出来るので、貴金属のイメージが薄れていますが、古代エジプトでは、
金よりも価値が高かった時代もあったといわれています。その理由は、銀
銀製のアンティーク食器
は金と異なり、自然銀(銀そのもの)として産出されることは極めて少なく、
ほとんどは鉛、銅、亜鉛の硫化物と共存する輝銀鉱やアンチモンやヒ素を含
む濃紅銀鉱などの硫化物鉱石として産出されます。従って、銀の精錬技術が
発達するまでは、極めて得にくい貴重な物質だったのです。ちなみに、有史
沈
黙
は
金
、
雄
弁
は
銀
以来の銀の産出量は推定100万トンあまり、埋蔵量は推定40数万トン、いず
れも金の約10倍相当です。しかし、採掘可能年数はどちらも約20年といわれ
ていますから貴重な金属に違いはないのです。銀の二大生産国といえば、メ
キシコとペルーで、世界の総生産量の30%以上を占めています。次いで、豪
州(10%)、中国(8%)、以下ポーランド、米国、カナダの順です。世界遺
産として有名な石見銀山は、江戸時代には世界有数の銀鉱山で、特に高い銀
精錬技術を誇っていたといわれています。
物質としての銀の特徴は、あらゆる金属の中で、最も電気伝導率と熱伝導
率が高いことと融点(溶ける温度)が低いことです。また、可視光線(目に
見える光)に対する反射率が高いこと(銀白色の美しい色にみえる)
、多くの
金属と優れた合金が作れることが大きな利点です。これらの性質を利用して、
銀は、宝飾品や銀食器、コインやメダル、写真フィルム産業、エレクトロニ
クス産業などに広く利用されています。最近、銀の殺菌効果が注目されてい
ますが、その話は次号に。なお、銀は純度92.5%以上を純銀と呼んでよいと
されています。指輪などに925とか950と刻印されているのは銀含量に対応し
た数字です。また、Sterlingと刻印されているものも純銀を意味し、それは昔、
Sterling家(英国)が一手に銀を取り扱っていたことに由来するとのことです。
純度100%の銀は、白すぎることと柔らかすぎてアクセサリーに向かないこ
とから、通常は銅を少し加え硬さと輝きを付加しているのです。古い銀食器
の黒ずみや温泉地での銀の指輪やネックレスの黒ずみは、よく観察されるこ
とですが、これは銀が空気中のイオウ成分と反応し硫化物が生成するからで
す。ただし、この反応は銀の表面で起きていますから、磨き布や磨き粉で簡
なかにし ことよし
東京農業大学前副学長。醸
造学科食品微生物学研究室。
応用酵素学、バイオプロセ
ス学。東京農業大学第一高
等学校・中等部校長。
共著『インターネットが教
える日本人の食卓』東京
農大出版会、『食品製造』・
『微生物基礎』実教出版など
単に落とすことができます。もっとも、宝飾品加工の分野では、銀のこの性
質を利用して、わざと銀表面にイオウを塗り黒くする「いぶし加工」があり
ます。俗に言う、「いぶし銀」なる言葉もここから来ています。
4月、学校は新入生がいっぱい。「しろがね(銀)も、くがね(金)も玉も、
なにせむに、まされる宝子にしかめやも」(山上憶良)。万葉の昔から、子を
思う親の気持ちは変わりません。金融危機、不況、明るさが見えませんが、
今こそ、親子、家族、地域の絆を深め、心の豊かさや助け合い支え合う人間
関係の素晴らしさを再考・復活するチャンスかも…。銀の話、次号もつづく
新・実学ジャーナル 2009.4
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