転換社債評価モデルによる 基礎証券期待収益率の推定

筑波大学大学院博士前期課程
システム情報工学研究科
修士(社会工学)論文
転換社債評価モデルによる
基礎証券期待収益率の推定
学籍番号:200520834
加藤知嗣
(社会システム工学専攻)
指導教員
高橋正文 助教授
2007 年 3 月
目次
摘要
1
1
序論
1
2
株式期待収益率に関する先行研究
2
3
本研究で提案するアプローチ(オプション・アプローチ)
3
4
転換社債
4
4.1
転換社債とは・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 4
4.2
転換社債のワラント価値・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 5
5
使用モデル
7
5.1
Samuelson モデル・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 7
5.2
拡張 Samuelson モデル・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 9
5.3
Margrabe モデル・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・10
5.4
拡張 Margrabe モデル・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・12
6
オプション・アプローチによる期待収益率の算出法
12
7
分析
15
7.1
データ説明・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・15
7.2
分析対象・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・15
7.3
データ分析・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・15
7.4
内在債券価値による期待収益率の推定・・・・・・・・・・・・・・・・18
7.5
DCF 債券価値による期待収益率の推定・・・・・・・・・・・・・・・・24
8
結論と課題
26
参考文献
28
謝辞
29
付録
30
i
図目次
図 1
配当込み TOPIX と年次収益率の推移・・・・・・・・・・・・・・・・ 2
図 2
全データのパリティ-CB 散布図・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 5
図 3
ワラント価値曲線・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 6
図 4
株式価値とワラント価値・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 7
図 5
パリティを変化させたときの債券‐CB のグラフ・・・・・・・・・・13
図 6
f ( S *) = W S ( x, S *, B ) − W M ( x, B,τ ) のグラフ・・・・・・・・・・・・・16
図 7
債券価値を変化させたときのパリティ‐ワラント価値のグラフ・・・・・17
図 8
内在債券価値による期待収益率・・・・・・・・・・・・・・・・・・・19
図 9
ヒストリカル・ストック・リターン・・・・・・・・・・・・・・・・・19
図 10
パリティと内在債券価値の推移(村田製作所)・・・・・・・・・・・・20
図 11
95~98 年
内在債券価値による期待収益率・・・・・・・・・・・・・22
図 12
95~98 年
ヒストリカル・ストック・リターン・・・・・・・・・・・22
図 13
DCF 債券価値による期待収益率 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・25
図 14
95~98 年
図 15
内在債券価値と DCF 債券価値(協和エクシオ)・・・・・・・・・・・26
DCF 債券価値による期待収益率・・・・・・・・・・・・・25
表目次
表1
業種別時価加重期待収益率・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・23
ii
摘要
株式投資収益率はインカムゲインとキャピタルゲインの和であり、このうちキャピタ
ルゲインは株式市場で頻繁に上下動するため、推定方法や測定期間によって大きく変動
する。従って、必ず正の値をとり投資家心理に込められたリスク・プレミアムの水準を
推定することは難しい。そこで本研究ではオプション・アプローチというものを新しく
提案する。すなわち転換社債評価モデルを経由して転換社債市場より基礎証券(株式)
期待収益率パラメータを推定する。具体的には Samuelson(1965)と Margrabe(1978)
で示されたモデルを転換社債評価に応用させたモデルを利用し、基礎証券に内在する期
待収益率を推定した。結果、分析可能な対象の時価加重平均で 1995 年から 1999 年まで
で 5.8%、IT バブルを含まない 1995 年から 1998 年までで 5.3%と推定された。
1.
序論
はじめに本論文で議論をするキーワードの定義をする。すなわち、投資収益率と期待
収益率である。言葉は似ているが意味は全く異なる。
投資収益率は、投資家が実際に危険資産に投資をした結果の収益率であり、従ってマ
イナスになることも当然ありうる。過去の投資収益率の実績値をヒストリカル・リター
ンという。つまり現証券(株式)の市場価格から算定されたリターンのことである。
一方、期待収益率については合理的な投資家が投資する際、危険資産と無危険資産に
対して同じ収益率を見込む場合、無危険資産を選ぶはずである。従って、投資家が危険
資産に投資をするには、リスクを負う分の無危険資産を上回る収益率が存在しなければ
ならない。この投資家が心理的に期待する収益率を期待収益率と呼んでいる。だから投
資家心理からは期待収益率は必ずプラスでなければならない。また、リスク・プレミア
ムとは危険資産への期待収益率と無危険資産のリターンとの差のことであり、まさに投
資家がリスクをとって得ることができるプレミアムを指す。
期待収益率=リスク・プレミアム+リスク・フリーレート
リスク・プレミアムの現在の値を株価から直接計測することは難しい。従来の測定方
法として、デマンド・サイド・アプローチとサプライ・サイド・アプローチの2通りの
方法がある。デマンド・サイドとは投資家の立場に立つことである。この観点から見る
と、投資家はリスクをとって投資をすることに対してプレミアムを要求する。サプラ
イ・サイドとは企業の立場に立つことである。この観点から見ると、企業は株主資本を
使うことにより得た利益を配当、内部留保という形でリターン、つまり資本コストを株
主に対して供給する。データの処理方法、期間などによっても推計値は変わるが、デマ
1
ンド・サイドからも、近年のサプライ・サイドからの研究によってもリスク・プレミア
ムは低下してきているといわれている。図 1 に配当込み TOPIX の推移(左目盛)と、そ
の年次収益率の推移(右目盛)を示す。データ期間中、株式収益率が負の値で推移して
いる期間がある。リスクを負って株式投資をしても、無危険資産のリターンをも上回る
ことができていなかったということを意味している。このように市場データによるリタ
ーンは、バブルや株式市場全体の急落といったショックを含んでいるので企業本来の実
力をそのまま反映していない可能性がある。
一方、サプライ・サイド・アプローチは企業の利益や配当金、財務指標などのデータ
が利用され、日米両国においての数多くの研究がなされている。このアプローチにより
株式のリターンを供給する側の実力に見合ったリターンを計測することができる。次章
で改めて説明する。
2000
%
1800
60
1600
40
1400
1200
20
1000
800
0
600
400
TOPIX
収益率
200
0
'95
'96
図1
2.
'97
'98
'99
-20
-40
'00 年
配当込み TOPIX と年次収益率の推移
株式期待収益率に関する先行研究
米国においては Jagannathan, McGrattan and Scherbina(2000)が、ゴードン・モデ
ル[Gordon(1962)]を利用し、配当成長率の設定等において仮定はあるが、1999 年時点
でリスク・プレミアムは 2.50%であるとした。また過去のデータを 1930 年より 10 年
間ずつ区切り、リスク・プレミアムを求め、低下傾向にあることを報告している。Fama
and French(2002)はキャピタル・リターンを配当金と利益で定義した2つのモデルにお
2
いて、1951 年から 2000 年の 50 年間でそれぞれ 2.25%と 4.32%と算出した。一方で
Arnott and Bernstein(2002)では過去の株式リスク・プレミアムの高い水準は、配当利
回りや株価利益倍率の上昇などのバリュエーション水準の上昇に起因するもので、長期
的な株式の予想リスク・プレミアムはゼロに近いか、もしかするとマイナスであるかも
しれないと指摘している。また Ibbotson and Chen(2003)ではリターンをキャピタルゲ
インとインカムゲインに分け、キャピタルゲインの部分をファンダメンタルズに分解し
た4つのモデルを示し、それぞれのモデルについて現在値の推計と将来推計を行ってい
る。彼らはこれらのモデルから米国における 1926 年から 2000 年までのリスク・プレミ
アムの推計値を 5.24%と導き出し、将来の推計値としては約 4%であると結論づけた。
日本における先行研究については山口、金崎、真壁、小松原(2003)が試みている。
彼らは Estep(1987)で提案された T-Model を日本市場に適用して株式リスク・プレミア
ムを求めた。結果、1962 年から 2001 年の 40 年間では 3.6~3.8%であるが、1980 年代
以降では 0%に近く、国債金利を上回るだけのリターンでさえ、日本企業は株主に対し
て供給できていなかったとしている。また三吉(2003) は Ibbotson and Chen(2003)の
GDP モデルを独自に発展させたモデルを構築し、日本市場に当てはめた。その結果 2003
年以降 10 年間の株式収益率の将来推計は 3.52%とヒストリカル法による期待収益率の
4.83%を約 1.3%下回ると結論づけた。ここでヒストリカル法とは期待収益率を超長期
のリスク・プレミアム実績値の平均値にインフレ率、実質短期金利を加算したものと定
義される。
3.
本研究で提案するアプローチ(オプション・アプローチ)
投資家側からと企業側からの期待収益率の推定に関する先行研究を示したが、数理フ
ァイナンスにおいても期待収益率の推定問題は非常に重要である。株式オプションでは
Girsanov の定理(1960)によりリスク・プレミアム分の測度変換を行っている一方、
クレジットデリバティブ等では現実のリスク・プレミアムの評価が必要不可欠である。
本研究の方法はデマンド・サイドからでもサプライ・サイドからでもない、オプション
理論の立場から期待収益率の算出を試みる。株価は企業価値の先行指標であり、オプシ
ョン価格は株価の先行指標であるという考えの下、オプション・アプローチにより期待
収益率を推定する。このため本研究は従来のアプローチとは全く異なる新規の研究であ
る。期待収益率の真値を求めることは困難であるが、このアプローチによる推定によっ
て、特に期待収益率パラメータを含む数理ファイナンス・モデルへの貢献が期待できる
と考える。
オプション評価モデルでは、市場の効率性やリスク中立測度の存在が前提とされる場
合が多い。換言すればリスク中立であるから、リスクをとってそのプレミアムを得ると
いう概念が存在しない。広く知られているブラック・ショールズ・モデルにおいても期
3
待収益率パラメータは含まれていない。本研究では転換社債市場に注目した。転換社債
は株式と同様に市場において取引される商品である。しかしながら、株式と異なり、日々
の取引量は薄く、売買が成立しない日も多く存在する。このことより、転換社債を売買
したい投資家がいても、その場で売買が成立するとは限らないため、転換社債の市場は
非効率的でリスク・プレミアムが価格に折込まれている可能性が高い。本研究が期待収
益率パラメータを含んだ転換社債評価モデルを利用して、基礎証券の期待収益率を算出
できると考えた根拠はここにある。なお、類似の商品でワラント(新株予約権)があり、
このデータを利用して本研究を行う可能性も考えられるが、わが国ではバブル崩壊以降
ワラント市場は縮小し、分析に耐えるデータ容量が確保できない難点がある。これもま
た転換社債に注目した理由の一つである。
4.
4.1
転換社債
転換社債とは
転換社債(以下 CB:Convertible Bond)は正式名称を転換社債型新株予約権付社債
といい、社債と株のハイブリッド商品である。CB の価値は以下に示すとおり社債の価
値とワラントの価値に分離して議論される場合が多い。
CB = Bond + Warrant .
(1)
ここで言うワラントとは CB に含まれる新株予約権のことであり、所持していると発
行会社の株式を将来買い付けることができる権利であり、いわゆるワラント債から独立
分離されて流通するワラントとは異なる。本研究では(1)式で定義された新株予約権
をワラントと称して議論を展開する。CB は株価が高くなった場合、ワラントを行使す
ることによって、債券部分と引き換えに株式を入手することができる。株価が低い場合
は社債を保有していることと同じであるので、契約時に定められたクーポンを受け取る
ことができる。図2はx軸を株価水準、y軸を CB 価値として全データをプロットした
ものである。CB の価値は株価水準が高いときは株式としての価値が強くなり、株価水
準が低いときは債券価値に下支えされていることが見て取れる。ここで、図中における
イン・ザ・マネー領域の価格逆乖離の部分(CB 価格<S/K)は理論上は許されないが、
CB の終値と株価の終値のついた時間が同時刻ではないこと、手数料が存在すること、
非効率市場なのでアービトラージが発生し難い状況があること等々の理由により実市
場においては頻繁に存在している。
4
S:株価
図2
K:CB の転換価格
全データのパリティ-CB 散布図
CB の議論をするときに特有な用語がいくつか存在する。それぞれの定義は以下のと
おりである。
①
転換株価( K )
CB の転換株価はオプションの行使価格に当たるものである。株価が転換価格を上回
った場合において、転換権を行使でき、CB を株式と交換することができる。
②
パリティ( x )
転換株価を基準として株価( S )を表現したものである。つまりパリティは株価を転
換株価で割ることによって算出される( x ≡ S / K )。パリティが低い水準にあるとき CB
は債券に近い動きをし、パリティが高いと株式に近い動きをする。
4.2
転換社債のワラント価値
CB における、ワラントはコール・オプションとみなすことができる。コール・オプショ
ンは株式を権利行使価格で入手することができる権利である。株式そのものを購入する場
合、値上がりすれば利益を得て、値下がりすれば損を被る。しかしながら、コール・オプ
ションを保有していれば、株価が権利行使価格を上回った場合、上回った価格分が利益と
5
なる。株価が権利行使価格を下回った場合は、オプションは権利であり義務ではないので、
権利を放棄すれば害を被ることはない。これに対してオプションの売り手は株価が権利行
使価格を上回った場合、オプション所有者に対して権利行使価格で株式を売る義務が発生
する。だから、オプションの買い手はオプションの売り手に対してオプション料を支払う
のである。このようにオプション取引の損益は原資産(株式)の価値で左右される。よっ
てオプションの価値は図3のように原資産(株式)の価値と連動する。ワラント価値は本
源的価値と時間的価値がある。本源的価値とは現時点で権利を行使したときに得られる利
益のことである。一方、時間的価値とは残存期間やボラティリティ、金利によっても影響
される価値のことである。現時点で原資産価格が行使価格を下回っていたとしても、残存
期間が長ければ、その間に行使価格を上回る可能性があり、そうなれば利益が得られる。
原資産価格が行使価格を上回っていたら、直ちに権利を行使すれば利益が出るにもかかわ
らず、そうしないことへの期待利益にあたる。従って、時間的価値は満期日までに発生す
ると予想される利益のことになる。
オプション価値は原資産価格が行使価格より非常に小さい場合、オプションが行使され
ことは決してないので、価値はゼロに近くなる。また原資産価格が行使価格より非常に大
きい場合、残存期間がいくら残っていても、オプションが行使されるので、時間的価値は
ゼロに近くなる。この極端なケースを滑らかに結ぶとすれば図のような形状のオプション
(本論文でワラントと表現される)価値曲線が与えられる。
オプション価値
時間的価値
本質的価値
権利行使価格
図3
オプション価値曲線
6
原資産価値
5.
使用モデル
本研究では CB 価値評価モデルとして、2つのモデルを比較した。すなわち拡張
Samuelson モデルと拡張 Margrabe モデルである。このモデルの詳細は次節以降に述べ
られるが、元来の Samuelson モデルは残存時間無限大のパーペチュアルワラント価値評
価モデルであり、Margrabe モデルは交換オプションの価値評価モデルである。本研究
の目標となる株式期待収益率は Samuelson モデルに含まれるパラメータである。しかし
ながら CB に対して Samuelson モデルを用いる場合、未知のパラメータは2つ存在する。
そこでそのうちの1つを Margrabe モデルによって計算し、Samuelson モデルに代入す
ることにより Samuelson モデルの不明なパラメータが期待収益率パラメータのみとな
るよう工夫した。
以下、Samuelson モデルと Margrabe モデルを示し、それぞれのモデルの CB 評価への
拡張について議論する。
5.1
Samuelson モデル
図4
株式価値とワラント価値
(出典:Samuelson(1965)
7
pp.20
Figure1b)
図4の0AB は株式価値とワラント価値の等価を示す直線0Z を行使価格分(パリティ
表現で1)右にシフトさせたものである。ワラント価値は非負であり、価値ゼロを示す
線分0A よりも上側にある。ワラントの価格は株価の上昇に従ってパリティライン(直
線 AB)に緩やかに漸近してゆく。ワラント価値は行使期間が長ければ長いほど価値が
高く、Samuelson モデルは残存期間無限大のパーペチュアル型ワラントを仮定している
ので、図中の曲線 F ( x, ∞) の関数形を定式化させたものが Samuelson モデルである。仮
定をおき、図3のワラント価値曲線の定式化を試みていることに他ならない。
時刻 t における株価( S t )、ワラント( Wt )が対数正規過程に従うとする。株価と残
存 期 間 の 関 数 で あ る ワ ラ ン ト 価 値 は W (S , t ) と 表 現 で き る 。 株 価 を パ リ テ ィ 表 現
( x ≡ S / K )に直しておくと、残存期間無限大の仮定の下ではパリティだけに依存する
ある関数ψ が存在して、W ( x, ∞) ≡ ψ ( x) と表わされる。ワラントに対する伊藤の定理と、
株価と dW ( x, t ) に対する伊藤の定理の係数を比較することにより以下の微分方程式を
得る。
1 2 2 ∂ψ ( x)
∂ψ ( x)
σ x
+ αx
− βψ ( x) = 0 .
(2)
2
2
∂x
∂x
ここで、 σ :株式収益率の標準偏差、 α :株式期待収益率、 β :ワラント期待収益率
である。この微分方程式を以下の境界条件の下で解く。
ψ (0) = 0 ,
∂ψ
∂x
(3)
≤ 1,
(4)
ψ (S * ) = S * − 1 ,
(5)
0≤
∂ψ
∂x
x =0
= 1.
(6)
x =S *
ここで S * ≡ c / K は最適転換株価のパリティ表現、c (critical price)は最適転換株価で
あり、図4での点 C ∞ のx座標の値を指す。株価が最適転換株価を上回った場合、その
CB は株式そのものであると認識される。それぞれの境界条件は、
(3)式は株価がゼロ
になったときワラントの価値もゼロとなる、
(4)式は x = 0 のときψ (x) の傾きは 0 以
上1以下である、つまり図4において直線 0A と直線 0Z の間にψ (x) が入る、
(5)式は
図4において x = S * のとき直線 AB とクロスする、
(6)式は図4において x = S * のとき
直線 AB と接する、ということを意味している。
(3)式、及び(4)式から次の(7)
式の関数形が仮定され、方程式を解くと
ψ ( x) = axγ ,
8
(7)
2
γ =
1 ⎞
1 ⎞
⎛
⎛
− ⎜ α − σ 2 ⎟ + ⎜ α − σ 2 ⎟ + 2σ 2 β
2 ⎠
2 ⎠
⎝
⎝
σ2
,
(8)
となる。
(5)式と(7)式より
γ
ψ ( S * ) = S * − 1 = aS * .
(9)
γ
よって a = ( S * − 1) / S * となり、
γ
⎛ x ⎞
ψ ( x) = ( S − 1)⎜ * ⎟ ,
⎝S ⎠
*
(10)
となる。さらに γ と S * (c) の関係は
∂ψ ( x)
⎛ x ⎞
= γ ( S * − 1)⎜ * ⎟
∂x
⎝S ⎠
γ −1
1
,
S*
(11)
である。
(6)式により x = S * のとき(11)式は1であるから
γ=
S*
,
S * −1
(12)
である。よって(8)式と(12)式より
2
S*
γ = *
=
S −1
1 ⎞
1 ⎞
⎛
⎛
− ⎜ α − σ 2 ⎟ + ⎜ α − σ 2 ⎟ + 2σ 2 β
2 ⎠
2 ⎠
⎝
⎝
σ2
,
(13)
となる。以上により導出された Samuelson モデルは、パリティ表現を用いずに表すと
⎛S⎞
W ( S , c, K ) = (c − K )⎜ ⎟
⎝c⎠
γ (c , K ) =
γ ( c ,K )
c
,
c−K
S < c,
(14)
(15)
となる。
5.2
拡張 Samuelson モデル
本研究では転換社債評価において高橋(1997)で提案されている拡張 Samuelson モデ
ルを用いた。モデルは以下のとおりである。Margrabe のワラント価値と区別するため
にワラント価値に S の添え字をつけておく。
9
CB ( S , c, B) = WS ( S , c, B) + B ,
⎛S⎞
WS ( S , c, B) = (c − B)⎜ ⎟
⎝c⎠
(16)
γ ( c ,B )
S < c,
c
2( β − α )
⎛1 α ⎞
⎛1 α ⎞
=⎜ − 2 ⎟+ ⎜ + 2 ⎟ +
γ (c , B ) =
c−B ⎝2 σ ⎠
σ2
⎝2 σ ⎠
(17)
2
S < c.
(18)
S > K であっても、CB の場合さらに債券価値も転換価格よりも大きい状況、つまり
S > B > K でなければ転換は不利なものとなってしまう。また、従来の Samuelson モデ
ルである(14)式をそのまま転換社債評価に用いると、以下のように債券価値とワラン
ト価値が独立であることになる。
CB( S , c, K , B) = W ( S , c, K ) + B .
(19)
よって S > K > B であるとき、債券価値が低いためパリティラインを割り込んでしま
う。
よって拡張 Samuelson モデルでは CB 転換の水準はKをBに置き換えたものである。
実際のデータ分析ではパリティ表現のモデル
CB( x, S * , B) = WS ( x, S * , B) + B ,
⎛ x ⎞
WS ( x, S , B ) = ( S − B )⎜ * ⎟
⎝S ⎠
*
γ ( S * , B) =
S*
⎛1 α
=⎜ − 2
*
S −B ⎝2 σ
(20)
γ ( S * ,B )
x < S *,
*
2( β − α )
⎛1 α ⎞
⎞
⎟+ ⎜ + 2 ⎟ +
σ2
⎝2 σ ⎠
⎠
(21)
2
x < S* ,
(22)
を使用した。
5.3
Margrabe モデル
さきに紹介したとおり Margrabe モデルは交換オプションの価格評価モデルである。
交換オプションとは資産1と資産2があるとき、資産2を権利行使価格として資産1を
得ることができる権利である。
資産1( x1 )
、資産2( x 2 )の収益率は正規過程に従うとする。つまり dx = x( μdt + σdw)
である。それぞれの資産に配当はないとする。時刻tにおける資産2を資産1に交換す
るオプションの価値を C ( x1 , x 2 ,τ ) とする。ここで τ は残存期間であり、満期時刻を T と
すると τ = T − t である。満期時においては x1 と x 2 がそれぞれ x1* 、 x 2* になるとすると、
10
C ( x1* , x2* ,0) = max(0, x2* − x1* ) ,
(23)
となる。またこの権利は資産をm倍持っていたら、オプション価値もm倍でなければな
らない。従って、次の線形斉次性を満たす。
C (mx1 , mx2 ,τ ) = mC( x1 , x2 ,τ ) .
(24)
線形斉次性を満たす関数は Euler の定理が成立する。
C ( x1 , x 2 ,τ ) =
∂C
∂C
x1 +
x2 .
∂x1
∂x 2
(25)
∂C
∂C
x1 +
x2 = 0 ,
∂x1
∂x 2
(26)
よって
V = C ( x1 , x 2 ,τ ) −
となり、微小時間経過による V の価値変化 dV は
dV = dC −
∂C
∂C
dx1 +
dx 2 = 0 ,
∂x1
∂x 2
(27)
とならなければならない。dV ( x1 , x 2 , t ) に対する伊藤の定理に(27)式を当てはめると、
⎞ ∂C
1 ⎛ ∂ 2C 2 2
∂ 2C
∂ 2C
⎜⎜ 2 σ 1 x1 + 2
σ 1σ 2 ρ12 x1 x 2 + 2 σ 22 x 22 ⎟⎟ −
= 0,
2 ⎝ ∂x1
∂x1∂x 2
∂x 2
⎠ ∂τ
(28)
となる。ここで、σ 1 :資産1のボラティリティ、σ 2 :資産2のボラティリティ、 ρ12 :
資産1、2の収益率の相関係数である。この微分方程式を(23)式の境界条件の下で解
くと Margrabe の交換オプション評価式が得られる。
C ( x1 , x 2 ,τ , σ 12 ) = x1 N (d1 ) − x 2 N (d 2 ) .
ここで、
N (•) :標準正規分布関数,
⎛x
log⎜⎜ 1
⎝ x2
d1 =
⎞ 1 2
⎟⎟ + σ 12τ
⎠ 2
,
σ 12 τ
d1 = d 2 − σ 12 τ ,
σ 122 = σ 12 + σ 22 − 2 ρ12σ 1σ 2 ,
である。
11
(29)
5.4
拡張 Margrabe モデル
CB は債券とワラントからなる商品であり、転換社債のワラントを行使するというこ
とは債券を株式と交換するということである。よって交換オプションの評価モデルであ
る Margrabe モデルを CB に応用することは適当であると考えられる。つまり最初に持っ
ている資産を債券( B )、交換した後の資産を株式( x )と解釈すればよい。すると(29)
式は
WM ( x, B,τ ) = xN (d1 ) − BN (d 2 ) ,
(30)
となり、CB の評価モデルとしては
CB ( x, B,τ , σ 12 ) = xN ( d1 ) − BN (d 2 ) + B ,
(31)
⎛x⎞ 1
log⎜ ⎟ + σ 122 τ
⎝B⎠ 2
d1 =
,
σ 12 τ
d1 = d 2 − σ 12 τ ,
σ 122 = σ 12 + σ 22 − 2 ρ12σ 1σ 2 ,
となる。
(30)式は Samuelson のワラント価値と区別するためにワラント価値に M の添
え字をつけてある。本研究では債券価値の推定にこのモデルを利用する。
6.
オプション・アプローチによる期待収益率の算出法
期待収益率の推定は拡張 Samuelson モデルにおけるαを算出することである。
(18)
式をαについて整理すると
⎛ 2β
⎞σ ,
−γ 2 +γ ⎟
2
⎝σ
⎠ 2γ
2
α =⎜
(32)
となる。 γ ( S *, B) 、β(ワラントの期待収益率)を推定することにより、α(基礎証券
期待収益率)を導出することができる。 γ ( S *, B) 算出のためには最適転換株価( S * )
と債券価値( B )の推定を行わなければならない。本研究では2通りの債券価値算出方
法を示し、比較する。一つ目はニュートン法でインプライドされて求められた債券価値
のことで、内在債券価値と呼ぶことにする。この推定は拡張 Margrabe モデルにより行
う。図5は拡張 Margrabe モデル(31)式において、σ=0.3、τ=3.5、と固定し、x
=0.5、0.7、0.9 を与えたときのグラフである。単調増加の形状をしているため、CB≒
x でなければ、CB 価値を与えることにより債券価値を推定することができる。もう 1 つ
12
は(33)式で示されるように将来の配当(CB ではクーポン)を現在価値に割り引くも
のであり、DCF(Discount Cash Flow)債券価値と呼ぶことにする。DCF 債券価値は τ 期
間後の配当について (1 + r )τ = e rτ が仮定されれば次のとおりである。
B ( d ,τ , r ) =
d
(1 − e − rτ ) + e − rτ .
r
(33)
ここで d :CB のクーポンレート、 r :リスク・フリーレートである。
CB
2
1.5
1
x=0.5
x=0.7
x=0.9
Bond=CB
0.5
Bond
0
0
0.5
図5
1
1.5
2
パリティを変化させたときの債券‐CB のグラフ
次にβの推定であるが、以下に示すとおり、βをαの関数として表示することにより
期待収益率算出に結びつけた。
株価とワラント価値の収益率は正規過程に従うとする。
ΔS
= α ⋅ Δt + σ S ⋅ Δz t ,
S
(34)
ΔW
= β ⋅ Δt + σ C ⋅ Δz t .
W
(35)
ここで S :株価、α:基礎証券の期待収益率、 W :ワラントの価値、β:ワラントの
期待収益率である。そして、ワラントは株式の派生商品であるので、伊藤の定理より
13
ΔW ( S ) =
∂W
1 ∂ 2W
ΔS +
(ΔS ) 2
∂S
2 ∂S 2
=
∂W
1 ∂ 2W 2
S (α ⋅ Δt + σ S ⋅ Δz t ) +
S (α ⋅ Δt + σ S ⋅ Δz t ) 2
∂S
2 ∂S 2
=
∂W
1 ∂ 2W 2 2
S (α ⋅ Δt + σ S ⋅ Δz t ) +
S σ S ⋅ Δt ,
∂S
2 ∂S 2
⎛ ∂W
1 ∂ 2W 2 2 ⎞
∂W
ΔW ( S ) = ⎜⎜
S ⋅α +
S σ S ⎟⎟Δt +
S ⋅ σ S ⋅ Δz t ,
2
2 ∂S
∂S
⎝ ∂S
⎠
と表される。また、
(35)式を変形すると
ΔW = β ⋅ W ⋅ Δt + σ C W ⋅ Δz t ,
(36)
(37)
となるので、 Δt の係数を比較し
β ⋅W =
∂W
1 ∂ 2W 2 2
S ⋅α +
S σS ,
∂S
2 ∂S 2
(38)
を得る。よって以下のようにβを明示することができた。
β=
∂W S
1 ∂ 2W S 2 2
⋅α +
σS .
∂S W
2 ∂S 2 W
(39)
(39)式を以下のように定義し直す。
β=
S
1 S2
Δα +
Γσ s2 .
W
2W
(40)
ここで
Δ=
∂W
,
∂S
Γ=
∂ 2W
,
∂S 2
はそれぞれオプション・デルタ、オプション・ガンマである。(40)式を(32)式に代
入すると次の式を得る。
α=
σ2
( S 2 Γ + (−γ 2 + γ )W ) .
2(Wγ − SΔ)
(41)
データ分析では、Δ、Γは以下のように定義した。
d1
1
−∞
2π
Δ=∫
Γ=
e
1
− x2
2
1
1
Sσ τ
2π
14
e
dx ,
1
− d12
2
,
(42)
(43)
⎛S⎞ 1
ln⎜ ⎟ + σ 2τ
B
2
d1 = ⎝ ⎠
.
σ τ
7.
7.1
分析
データ説明
分析に使用されたデータは以下のとおりである。
CB の市場価格:日経 NEEDS
転換社債データ
株価:東洋経済株価 CD-ROM
1995~1999 年 日次
金利:日経 NEEDS
7.2
日経公社債インデックス
1995~1999 年
日次
中期 平均
分析対象
転換社債の分析において償還間近の銘柄は特有の動きをすると考えられるので 1995
年から 1999 年の 5 年間のデータがあり、かつ 1999 年末において 6 ヶ月以上の残存期間
を残している銘柄を分析対象とした。また、ある企業について複数の銘柄が存在する場
合、東証 1 部のデータを使用し、さらに複数の銘柄が存在する場合は残存期間がより長
いデータを使用した。分析対象となった銘柄は東証、名証あわせて 251 銘柄となった。
7.3
データ分析
CB および株価データは価格がつかなかった営業日に関して線形補完によって補った。
まず、拡張 Margrabe モデルによって内在債券価値を求める。σについては(44)式の
ように 120 営業日前からの日次株価収益率に 250 を掛け、年率換算し株式収益率の標
準偏差をとった値と定義する。よってデータ開始時点から 120 営業日以降についてのみ
推定を行っている。
σ = Standard Diviation (ri ,t −120 , ri ,t −119 , L ri ,t −1 , ri ,t ・) 250 .
(44)
また、このときの制約条件は CB > x である。ただし、 CB < x である営業日において
CB の内在債券価値が無くなったわけではないので線形補完で補うことにした。次に最
適転換株価を推定する。同一の CB に対してワラント価値は一つなので、本研究で用い
た2つのモデル価格は等しい。すなわち WS ( x, S *, B ) = WM ( x, B,τ ) と仮定する。この時
点で、(21)式において推定されていないパラメータは最適転換株価のみであるので
15
f ( S *) = WS ( x, S *, B ) − WM ( x, B,τ ) ,
(45)
として(45)式がゼロとなる最適転換株価をニュートン法によって算出した。図6は(45)
式の関数のグラフである。x <B の場合は上段の形状、x >B の場合は下段の形状をし
ている。
f(S*)
1
0.8
0.6
求める S *
0.4
0.2
x
0
-0.2
0
S*
0.5
1
1.5
2
2.5
3
-0.4
-0.6
-0.8
-1
(x =0.6
B=0.7
WarrantM=0.2)
f(S*)
1
0.8
0.6
求める S *
0.4
0.2
x
0
-0.2
0
0.5
-0.4
S*
1
1.5
2
2.5
3
x − B − Warrant M < 0
-0.6
-0.8
-1
(x =0.7
図6
B=0.6
f ( S *) = WS ( x, S *, B ) − WM ( x, B,τ ) のグラフ
16
WarrantM =0.2)
最適転換株価をデータから推定する際、以下の制約条件を設けた。
①パリティ<CB 価値
②債券価値<CB 価値
③パリティ-債券価値-ワラント価値<0
④ワラント価値>0.03
条件1は、図2においてパリティラインを割り込まないことを意味しており、条件2
は債券価値は CB 価値を下支えするものであり、CB 価値を上回ることはないことを意味
している。また、条件3の下でなければ x >B の場合において図6下段のように x 以上
の範囲に最適転換株価は存在しない。条件4はワラント価値に対する制約条件ではある
が、実質的には低すぎるパリティ水準のデータを除外するものである。図7は(21)式
の拡張 Samuelson モデルのワラント価値を、最適転換株価を 1.3 と固定して債券価値の
水準別にグラフ化したものである。債券価値の水準にもよるが、パリティが低い CB は、
株に転換されないため債券としての特徴が濃くなり、ワラントの価値が極めて低くなる
ことがわかる。ワラント価値が低いと(41)式により基礎証券の収益率は負の値となる。
パリティ水準だけで制約式を作らなかったのはワラント価値が債券価値の水準にも左
右されうるからである。
ここで推定された最適転換株価は日々のデータの変動とともに変化している。本研究
ではモデルに代入する最適転換株価の推定値として、それぞれの企業の最適転換株価系
列の中の最小値を使用した。高橋(1997)では CB の転換の実現値は過去の最適転換株
価の平均値よりもむしろ最小値の近くにあると示唆されている。
Warrant
0.6
bond=0.8
bond=1
bond=1.2
Warrant=0.03
0.5
0.4
0.3
0.2
0.1
0
x
0
図7
0.2
0.4
0.6
0.8
1
1.2
債券価値を変化させたときのパリティ‐ワラント価値のグラフ
17
S*=1.3
7.4
内在債券価値による期待収益率の推定
債券価値と最適転換株価が推定されたので、(41)式中の γ ( S * , B ) = S * /( S * − B ) の値
が確定される。
(41)式によって期待収益率を算出することができる。データ分析の際、
最適転換株価の推定時の制約条件の他に以下の3つの制約条件を設けた。
①パリティ<最適転換株価
②債券価値<最適転換株価
③ 0.1 < Wγ − SΔ
条件1は拡張 Samuelson モデルを利用する際の制約条件である。また理論上では、あ
る時刻において条件1の下では条件2も満たされるが、データ分析の際債券価値のつか
ない日については線形補完を行ったので条件2を満たさないケースが存在すると考え
られ条件2を加えた。条件3については(41)式において期待収益率を算出する際、分
母にあたるパラメータである。この部分がゼロに近いと過大、又は過小に推定値を推定
してしまう結果につながるため条件3を設けた。図8は制約条件の下で算出することが
できた銘柄の期待収益率の平均値のヒストグラムである。制約の下で期待収益率を算出
することができた銘柄が 185 社であった。このうち 145 社の平均値がプラスであった。
一方、期待収益率の算出ができた銘柄のヒストリカル・リターン平均値のヒストグラム
が図9である。ここでヒストリカル・リターンは日次収益率に1年間の営業日 250 を掛
けたものと定義する。
⎛ S
⎞
Historical Return ≡ ⎜⎜ t − 1⎟⎟・ 250・ 100 .
⎝ S t −1
⎠
(46)
データ期間の株式収益率は 185 社中 129 社がマイナスとなっており、ヒストリカル・
リターンからでは当然リスク・プレミアム実績値もマイナスとなる。結果的に投資家は
株式投資に対して取ったリスクに見合ったプレミアムを享受することができていなか
ったことになる。
ヒストリカルでマイナスのリターンが多い期間においても、本研究が採用したオプシ
ョン・アプローチによる期待収益率はプラスの銘柄が多くなり、投資家心理を反映させ
る結果を導けたのである。
18
会社数
90
80
70
60
50
40
30
20
10
0
%
-50
-40
-30
-20
-10
0
10
20
30
図8
内在債券価値による期待収益率
40
50
会社数
40
35
30
25
20
15
10
5
0
%
-50
-40
-30
図9
-20
-10
0
10
20
30
ヒストリカル・ストック・リターン
19
40
50
さて、分析データ 251 銘柄のうち、期待収益率を推定することができなかった銘柄に
ついて、その原因を考察する。推定できた銘柄は、制約条件を満たし、1つの銘柄に対
してデータ数の 10%以上の数の期待収益率推定値を算出することができたものである。
分析の際の制約条件を満たさなかった銘柄は 24 銘柄であった。その他の、データ数に
対して求められた推定値の数が少ない銘柄は 42 銘柄存在し、これらはパリティがデー
タ期間において高水準の銘柄であった。つまり拡張 Samuelson モデルにおいて最適転換
株価が求まる領域 x < S * のデータが少ないことを意味している。図5は内在債券価値を
ニュートン法によって求める際の拡張 Margrabe モデルの関数の形であったが、パリテ
ィが高水準であるとは切片が押し上げられ、より緩やかにパリティラインに漸近する。
この状態のもとで CB 価値を与えると、CB 価値の多少の変化で推定される内在債券価値
が大きく変動することとなり、内在債券価値の値の信頼性が非常に低くなる。図 10 は
村田製作所のパリティの推移(左目盛)と内在債券価値の推移(右目盛)を示すグラフ
であり、債券価値の変動が非常に激しいことがわかる。また、パリティが高い水準にあ
ると、CB の価値も高水準となり、CB に対してワラント価値は相対的に高くなり、債券
価値は低くなる。しかしながら、CB に対して相対的に低い水準である債券価値も他の
銘柄と比較して絶対的には大きくはなる。 S * の推定値はデータ間で大きな差はそこま
でないので(債券価値が他社と比較して 1.3 倍であったとしても S * が 1.3 倍にはなら
ない)、 γ = S * /( S * − B) は大きくなる。結果(41)式によりαはマイナスとなる。この
場合、このモデルにおいては現実をうまく説明できない。
パリティ
12
債券価値
4
10
パリティ
3.5
内在債券価値
3
8
2.5
6
2
1.5
4
1
2
0.5
0
0
'95
'96
図 10
97
'98
'99
パリティと内在債券価値の推移(村田製作所)
20
'00 年
分析期間を変えての分析
図 1 における配当込み TOPIX の推移を確認してみると、1998 年末から 2000 年初にか
けて IT バブルの影響で数値は急上昇している。よってバブルの影響のない 1995 年初か
ら 1998 年末にかけて分析した。結果は図 11 であり、期待収益率を算出することができ
た銘柄が 185 社で、このうち 143 社の平均値がプラスであった。この期間のヒストリカ
ル・リターンについては図 12 が示すとおりであり、185 社中 151 社の平均値がマイナ
スであった。IT バブルの影響を含まないため全期間データにおける結果と比較してヒ
ストリカル・リターンがマイナスになっている銘柄は多くなったが、期待収益率がプラ
スとなっている銘柄数の水準はあまり変わらない。オプション・アプローチは市況が低
調な時期においても投資家心理を反映した期待収益率をある程度推定することができ
ると考えられる。
表1は業種別の期待収益率である。データ期間の毎年、期待収益率を算出することが
できた銘柄の存在する業種について業種ごとに時価加重平均を求め、それらの平均をと
った。ヒストリカル・リターンにおいてマイナスであった業種の多くがプラスの期待収
益率をとり、プラスとならなかった業種についても、ゼロに値が近づいている。IT バ
ブルを含む期間と含まない期間で分析しているので、2つの期間を比較すると情報通信
業のヒストリカル・リターンの差は大きいが期待収益率推定値の差は小さい。この業界
の株価は急上昇したため株価が最適転換株価を上回り、期待収益率を推定できなかった
と考えられる。最下段は期待収益率を算出することができた全銘柄の時価加重平均であ
る。5、6%の水準であり、先行研究で示唆されている数値を考慮しても大きく乖離し
た水準ではない。1995 年~99 年までの公社債インデックスの平均値が 2.451%、1995
年~98 年までの平均値が 2.567%であり、これらをリスク・フリーレートとすると、株
式リスク・プレミアムは 1995 年~99 年までで 3.3%、1995 年~98 年までで 2.7%と算
出された。
また、数値による制約条件の水準については妥当であるか、まだ議論の余地はあるだ
ろう。付録では 2000 年から 2004 年までのデータについて本節の分析を試みた。期間を
変えてみても、本節の結果の分布に近い結果が得られることが分かった。
21
会社数
90
80
70
60
50
40
30
20
10
0
%
-50
-40
-30
-20
図 11
95~98 年
-10
0
10
20
30
40
50
内在債券価値による期待収益率
会社数
40
35
30
25
20
15
10
5
0
%
-50
-40
図 12
-30
-20
95~98 年
-10
0
10
20
30
40
ヒストリカル・ストック・リターン
22
50
表1
業種別時価加重期待収益率
(単位:%)
ヒストリカル
ヒストリカル
(全期間)
(~98 年)
全期間
95~98 年
建設業
17.114
16.714
-5.207
-5.332
食料品
3 . 397
4 . 146
-0.105
-1.125
繊維製品
0 . 610
0 . 887
-3.295
-0.507
パルプ・紙
3 . 306
3 . 018
-0.603
-7.385
化学
0 . 583
0 . 733
-1.048
-7.243
医薬品
4.183
5.113
12.124
10.764
-4.194
-4.194
-21.266
-25.971
ガラス・土石製品
8 . 426
9 . 001
-2.615
-3.401
鉄鋼
5 . 651
5 . 558
-21.526
-25.351
非鉄金属
0.421
0 . 419
2.964
-7.746
金属製品
0 . 619
-1.204
-10.277
-20.528
機械
7 . 232
7 . 431
-7.697
-9.829
電気機器
6.855
5 . 616
10.135
-2.910
輸送用機器
15.627
12.837
-3.008
-8.746
その他製品
9.170
9.111
0.788
1.653
電気・ガス業
-0.143
-0.132
-6.886
-1.888
陸運業
0 . 709
0 . 868
-6.438
-5.744
海運業
5 . 983
6 . 971
-4.178
-11.332
13.407
14.544
-10.393
-2.093
1.431
1 . 259
25.597
-2.313
卸売業
19.714
16.288
3.923
-6.979
小売業
2 . 001
2 . 141
-6.949
-11.438
銀行業
3 . 815
5 . 388
-4.848
-3.857
証券業
-2.790
-2.503
6.567
-14.440
保険業
7 . 697
7 . 174
-1.240
-2.820
その他金融業
1 . 746
1 . 746
-13.516
-11.028
不動産業
0.500
0.582
4.000
3.075
サービス業
4 . 999
5 . 042
-14.033
-20.147
全銘柄時価加重平均
5.786
5 . 313
1.261
-4.885
石油石炭製品
倉庫運輸関連業
情報通信
太字:ヒストリカルがマイナス、期待収益率がプラス
斜体:ヒストリカルがプラス、期待収益率がマイナス
23
7.5
DCF 債券価値による期待収益率の推定
前節では、債券価値を内在債券価値として期待収益率を推定した。ここでは債券価値
を(33)式の DCF 債券価値として、前節と同様の計算過程により推定された期待収益率
を報告する。図 13 は 1995 年から 1999 年までの期待収益率の平均値のヒストグラムで
ある。期待収益率を算出することができた銘柄が 181 社で、このうち 125 社の平均値が
プラスであった。また、IT バブルを除いた 1995 年から 1998 年までについての結果が
図 14 であり、184 社のうち 120 社の平均値がプラスであった。図 13、14 をみると、前
節と同様、全期間でも市況が低調な期間でも期待収益率がプラスとなっている銘柄数は
あまり変わらない。しかしながら内在債券価値を利用した場合と比較して、期待収益率
がマイナスの銘柄の割合は大きくなっている。本研究で提案するオプション・アプロー
チによる期待収益率の推定は妥当であると考えられるが、債券価値の推定方法によって
期待収益率の推定値は変化する。図 15 は内在債券価値と DCF 債券価値の比較である。
DCF 債券価値は(33)式で定義されているように CB の価格から独立した変数である。
内在債券価値より値の変動は安定しており、価値は高く評価する傾向にある。CB の価
値が低調であるときに、
DCF 債券価値が CB の価値を上回ってしまうケースも存在する。
債券価値が過大に評価されると、CB 価値と債券価値の差であるワラント価値は過小評
価されてしまう。期待収益率はワラント価値を根源として算出されるため、DCF 債券価
値を使用して求められた期待収益率のマイナスの割合が大きくなったと考えられる。期
待収益率の真値がどちらのモデルに近いかはもう少し詳しく議論する必要はあるが、CB
を用いたオプション・アプローチにおいては、7.4 節で議論された CB 価格を利用しイ
ンプライドされた債券価値である内在債券価値を用いたほうが妥当であると考える。
24
会社数
90
80
70
60
50
40
30
20
10
0
%
-50
-40
-30
図 13
-20
-10
0
10
20
30
40
50
DCF 債券価値による期待収益率
会社数
90
80
70
60
50
40
30
20
10
0
%
-50
-40
図 14
-30
-20
95~98 年
-10
0
10
20
30
40
DCF 債券価値による期待収益率
25
50
1.2
1
0.8
0.6
0.4
内在債券価値
DCF債券価値
0.2
0
年
'95
'96
図 15
8.
'97
'98
'99
'00
内在債券価値と DCF 債券価値(協和エクシオ)
結論と課題
本研究では株式期待収益率について CB 価値評価モデルを用い、オプションの立場か
ら推定するという新しい方法を提案した。ワラントの価値が低い銘柄、及びパリティが
高い銘柄を除いては良好と考えられる結果が得られた。ワラントの価値の低い CB とは
多くはパリティが低く、債券の価値が大部分を占めていることなり、投資家にとっては
債券と認識され、株式への転換は考慮されない。また、パリティの高い CB は投資家に
とってはすでに株式と認識され、ワラントの価値から基礎証券の収益率を推定すること
はできないと考えられる。リスク・プレミアムの真値を言い当てることは困難であるが、
オプション価値評価モデルを利用したオプション・アプローチによる期待収益率を数理
ファイナンス・モデルのパラメータとして使用することは可能であると考えられる。具
体的な応用可能性としては、バリュー・アット・リスク(以下:VaR)や信用リスクの問
題などが挙げられる。
VaR を測る際に要となるパラメータはボラティリティ(σ)と収益率(μ)である。
当該ポートフォリオの収益率が正規分布に従っていると仮定すると 100α%水準の収益
率表示の VaR( rα )は
rα = μ + Z 1−α σ ,
(47)
となる。ここで Z 1−α は標準正規分布における 100(1-α)%点である。本研究ではμの
26
推定を行ったことに他ならない。
信用リスクのデフォルト確率に関しては、時刻 T における企業価値を VT 、時刻 T に
おいて返済されるべき負債額を K とするとデフォルトの発生は VT < K という状態にな
ることである。ここで時刻 t ∈ [0, T ] における企業価値が幾何ブラウン運動
dV t = μ V ・ Vt dt + σ V ・ Vt dz ,
(48)
に従っているとする。 μV :企業価値の成長率、 σ V :企業価値のボラティリティである。
このとき時刻 t におけるデフォルト確率は
⎛
V
⎜ − log⎛⎜ t
⎜
⎝K
P[VT < K ] = N ⎜
⎜
⎜
⎝
⎞
σ V2 ⎞
⎞ ⎛
⎟(T − t ) ⎟
⎜
⎟ − ⎜ μV −
⎟
2 ⎟⎠
⎠ ⎝
⎟,
σV T − t
⎟
⎟
⎠
(49)
と表される。ここで、 μV と基礎証券期待収益率を関連づける方法の一つを示す。企業が
デフォルトしていなければ企業価値は株式価値と負債価値の和なので
Vt = S t + Dt ,
(50)
である。株式価値 ( S t ) は企業の時価総額として観測はできるが、負債価値 ( Dt ) は困難
である。よって、全ての時刻 t において負債時価総額を K であると仮定し、
Vt = S t + K ,
(51)
とする。負債価値を定数 K と仮定したことにより、企業価値の変動と株式価値の変動
は一致する。つまりこの仮定の下では企業価値の成長率と株式価値の収益率、企業価値
のボラティリティと株式価値のボラティリティはそれぞれ一致する。このとき株式価値の
収益率は本研究で推定したものであり、信用リスクに関するデフォルト確率についても
応用できると考える。
今後の課題としては上記のような様々なアプリケーションでの本研究の適用可能性の
探求、及び期間の違うデータや他国のデータを用いて同様の手順を行い、本研究での制
約条件が妥当であるかの検証、適切な水準の適用を行い、オプション・アプローチによ
る期待収益率の信頼性の検証を行う必要があると考えられる。
27
参考文献
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究双書』, 第 17 号, 43-65, 中央経済社.
[5] 三吉康雄, (2003),「バリュエーションを考慮した株式リターンの長期推計」,『証券
アナリストジャーナル』, 41 巻 5 号, 6-24.
[6] 山口勝業、金崎芳輔、真壁昭夫、小松原宰明, (2003),「日本の株式リスク・プレミ
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McKean, H. P. Jr. “A Free Boundary Problem for the Heat Equation Arising
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Vol. 6, No. 2, 13-39 and 32-39.
[14] Samuelson, P. A. (1969), “A Complete Model of Warrant Pricing that Maximize
Utility,” Industrial Management Review, Vol. 10, 17-46.
[15] William Margrabe, (1978), “The Value of an Option to Exchange One Asset for
Another,” The Journal of Finance, Vol. 33, No. 1, 177-186.
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謝辞
本研究および論文執筆にあたり筑波大学大学院高橋正文助教授には多くのご指導を
いただきました。感謝申し上げます。また、筑波大学大学院生八巻理人さん、山本光代
さんには研究上貴重な助言をいただきました。感謝致します。最後に、今日大学院博士
前期課程に至るまで私を教育してくれた両親に感謝して、ここに記します。
29
付録
以下の図は 2000 年から 2004 年までの5年間のデータを用いて 7.4 節と同様の計算を
行ったものである。対象銘柄は 79 銘柄、期待収益率が算出できた 54 銘柄のうち、45
銘柄がプラスの期待収益率であった。この分布は本論の分布(図8)と似ており、期間
を変えて分析を試みても、ある程度安定した結果が得られることが分かった。
会社数
30
25
20
15
10
5
0
%
-50
-40
-30
-20
2000~2004 年
-10
0
10
20
30
40
内在債券価値による期待収益率
30
50