6 除菌・除染 はじめに 除菌・除染の分野で世界を常にリードしてきたのはアメリカである.それは 2 度の世界 大戦や2001年の9・11同時多発テロに続く炭疽菌を使ったテロなど,常にアメリカ国民が テロの脅威にさらされてきたためである.その需要に応えるようにその技術は進化してい る.しかし,そのテロ大国アメリカであっても都市部と地方における除菌・除染に対応で きる設備,医療スタッフの意識は9・11同時多発テロ以降でも格差があるとされている 1). Levent Kenarらは,そのような大規模災害に対して,「 うまくやる には,まず,それら に携わる人々の意識を変えることが第一段階である」としている 2). わが国は長らく「安全国家」とされていたが,1995 年の地下鉄サリン事件,1999 年の JCO臨界事故などによって「安全国家」という神話は崩れた. 本稿では NBC 災害時の除菌・除染システムについて,その概念,目的,手段・方法な どを発生現場と医療施設に分けて紹介する. NBC災害について NBCとは,核(Nuclear;N) ,生物剤(Biological;B) ,化学剤(Chemical:C)のこと である.また,NBC は兵器として使用した場合,大量殺傷兵器(Weapons of Mass Destruction ; WMD)とも呼ばれ,これに放射性物質(Radioactive ; R)と,爆発物 (Explosive ; E)を加え,CBRN または CBRNE(共にシーバーンと読む)と呼ばれる場合 もある 3).NBC 災害対策の基本は「危険,汚染物質,または,地帯などから,被災者,救 助者,医療従事者,医療機関を守る」ことである. 1) 核(Nuclear;N) 1945 年の広島,長崎の原爆被害に代表されるが,最近では 1999 年の JCO 臨界事故も同 様の被害を来した.核兵器の直接的効果は,熱線,爆風,放射線,電磁パルスの 4 つがあ り,被爆後,瞬間的にこの 4 効果が出現する.間接的効果として,残留放射能,中性子誘 導放射能による地域,食品などの放射能汚染がある 6).放射線被爆には,外部被爆と内部 被爆がある. 193 ●外部被爆 全身被爆に伴う急性放射線症候群や,局所被爆による皮膚障害(紅斑,脱毛,乾性落屑, 湿性落屑,潰瘍,壊死)である.X線発生装置,加速器による事故や,非破壊検査の線源, 臨界事故などにより起こる. ●内部被爆 事故などにより環境中に放出された放射性物質が経気道的,経口的,あるいは,開放創 から体内に取り込まれ,体内に蓄積される. 2) 生物剤(Biological; B) 生物兵器の利点は,核,化学剤よりもその効果・移送手段に優れ,低コストで,入手方 法も最も容易な点である.そのため,テロリストに利用されるリスクが高い 7). アメリカでは国家の安全上優先的に対策を立てておくべき生物剤を CategoryA と分類 し,表 1 のように挙げている.②③⑥⑦は細菌であり,①④⑤はウィルスである.これら 以外にも,テロに使用され得る生物兵器はあるが,比較的,症状が軽く治療成績も良い. 感染防御のために標準予防策(Standard Precaution ; SP)以外に感染経路別に適した 予防策を講じることが必要である 9). ●空気感染予防策 救護者は N95マスク.患者はサージカルマスクを着用. ●飛沫感染予防策 救護者はサージカルマスク.濃厚接触者には予防的内服を行い,患者はサージカルマス クを着用する. ●接触感染予防 手袋.血液,体液が飛散する場合は,ゴーグル,フェイスシールド,ガウン,プラスチ ックエプロン,オーバーシューズ,ゴム長靴を着用する. 4)化学剤(Chemical;C) 表 2に化学剤とその症状を示す. ●神経剤(表3) 神経系統に致死性が高く,かつ毒性の発現も早い.タブン,サリン,ソマン,VX(毒 ガス中で最強)などがある.サリンの治療薬としては,硫酸アトロピン,パム ®,ジアゼ パムが有効である.VX の治療には一刻も早く衣服を脱ぎ,さらし粉の水溶液,または流 水で流す. 194 表1 テロに使用され得る生物剤 病名 起炎菌 ①痘瘡(天然痘)ポックス科 ウィルス smallpox Poxviridae ②炭疸 anthrax 潜伏期 感染経路 予防方法 発病機序 7〜17日 気道 標準予防 全身の皮膚に airborne 空気感染予防 水膿疱形成 B. anthracis 2〜5日 皮膚 標準予防 感染源と G(+)桿菌 の接触 気道 標準予防 芽胞の吸入 腸管 経口摂取 ③ペスト plague black death 2〜10日 ノミ刺咬 標準予防 Yersinia 創傷面から 飛沫感染予防 pestis G(-)桿菌, 多形性 腺ペスト 急激な発熱, ペスト菌の侵入 頭痛,倦怠, によるリンパ腺 筋肉痛,嘔吐 炎,腺周囲炎 標準予防 飛沫感染予防 悪寒,発熱, 呼吸困難,咳 標準予防 空気感染予防 接触感染予防 突然の感冒様 症状 2〜3日 感染性エ アロゾル 吸入 ウィルス性出血熱 ④Ebola 2〜21日 汚染物への 接触(創傷 Viral hemorrhagic virus よりの)感 fever フィロウィル 染 ス科 飛沫感染 5〜21日 同上 ⑤Lassa virus アレナウィル ス科 ⑥ボツリヌス症 Clostridium 2〜40時間 経口摂取 毒素吸入 botulinum botulism G(+)桿菌 ⑦野兎病 tularemia 標準予防 初発症状 突然の悪寒, 発熱,頭痛, 胸背痛,呼吸 困難,嘔吐, 皮膚発赤 皮膚の小創から ニキビ様病変 芽胞が侵入悪性 膿疱を形成 外毒素による浮 軽度の発熱, 腫作用,致死作 倦怠 用 感冒様症状 嘔気,嘔吐, 腹痛 Francisella tularensis G(+)球桿 菌 2〜5日 経皮感染 気道感染 標準予防 空気感染予防 接触感染予防 標準予防 標準予防 主症状 3〜4病日発疹出現 (顔面→上肢→体 幹→下肢)小水疱 →丘疹→膿疱→臍 状陥没→瘢痕 水疱,膿疱,壊死性 潰瘍,黒色痂皮 診断 Guarnieri封 入体 ウィルス抗原 の検出 予後 死亡率10〜 30% リバビリン (未認可) リバビリンで 死亡率10%以 下 肺炭疸は24 時間以内に死 亡 ( 9 0 〜 100%) 頭痛,発熱,筋肉 ワクチンによる予 腸炭疸も致死 痛,胸痛,呼吸困 防は可能 率が高い 難,錆色喀痰 いずれも経過 吐血,血性下痢,腹 が早く確定診 水,ショック 断を待てない 鼠径,腋窩,頚部リ 菌培養 ストレプトマイシ 肺ペストは周 ンパ腺腫張(有痛 抗Fraction ン 囲への感染性 性),膿瘍形成,高 1抗体価上昇 テトラサイクリン が強い 熱,顔面紅潮 PCR クロラムフェニコ 敗血症になるとショ ール ック,DIC sulfamide ニューキノロン 血性泡沫状喀痰 早期投与で救命可 (出血性気管支肺炎) 能 喀痰中に菌排出 胸腹部痛,嘔吐, PCR 対症療法のみ 患者接触物は 下痢,粘膜出血 ELISA すべて感染源 となる 発熱,倦怠が 高熱,筋肉痛,嘔 徐々に進行 吐,下痢,頭痛,胸 痛,咽頭炎,眼瞼浮 腫,聴覚障害 神経・筋接合 嘔気,嘔吐, めまい,複視,眼瞼 部,副交感神経 便秘 下垂,嚥下困難,運 シナプスでACh 動麻痺,呼吸筋麻痺 放出を阻害 紅斑,圧痛を 悪寒,発熱,頭痛, 伴う丘疹 関節痛,倦怠,肝脾 腫 肺型野兎病は重症 グラム染色 菌培養 PCR 縦隔リンパ 節腫大 治療 対症療法 thiosemicarbazo ne, methisazone (Marboran*)経 口 ペニシリン テトラサイクリン エリスロマイシン ELISA 195 8 章 災 害 発 生 時 に お け る 医 療 ス タ ッ フ の 必 須 技 術 災害医療 特異抗体によ 抗毒素血清 る中和試験 (乾燥ボツリヌ PCR スウマ抗毒素) 呼吸管理 ストレプトマイ 血清抗体価 胸 部 X 線 写 真 シン で卵形結節陰 ゲンタマイシン 影,縦隔リン パ節腫大 ●びらん剤 皮膚に水疱を生じ,激痛を覚える.眼や肺も侵す.非神経剤のうちで一番よく使われる 毒ガスである.マスタードガス,ルイサイト,イペリットなどがある.イペリットの治療 は,すぐに水または石けん水で洗い流す.眼に入った場合は数秒以内に水洗することが重 要で,2 分以降では効果がない. ●窒息剤 呼吸器系統の組織を破壊し,肺水腫を引き起こして呼吸が困難になる.塩素,ホスゲン である.ホスゲンは揮発性が高いため,特別に除染をする必要はない. ●血液剤 血液によって身体各部に運ばれ,細胞内のチトクロームオキシダーゼと結合して中毒を起こ す.この種のガスは塩化シアン,シアン化水素がある.シアン化水素の治療法は,古典的な亜 硫酸―チオ硫酸法を用いる.まず,亜硝酸ナトリウムやチオ硫酸ナトリウムの静注を行う. ●無能力化剤 ある少数の人間を一時的に麻痺させて動けなくすることを目的とする.この種のガスは3表2 化学剤とその症状 神経剤 シアン 化合物 瞳孔 ● ▲ 分泌 ● 呼吸 ● ● 皮膚 ● ● キヌクロジニルベンジラート(BZ)がある. 窒息剤 びらん剤 催涙剤 吸うと嘔吐を引き起こすため,兵士の ● ● ● ● 粘膜 手足びらん ● 結膜充血 ● 戦闘能力が著しく損なわれる.アダムサ イト,ジフェニルクロロアルシンなど, ヒ素を含むものが多い. ● 文献4,5より引用一部改編 表3 ●催吐剤 ●催涙剤 毒性が低いが行動不能にする効果は低 神経毒の症状と治療薬 神経毒 びらん性毒 (Lewsite) シアン化水素中毒 硫酸アトロピン ® パム (Pralidoxime iodide) ジアゼパム 臭化ピリドスチグミン (pyridostigmine bromide) ® BAL 亜硝酸アミル 亜硝酸ナトリウム チオ硫酸ナトリウム 2〜4mg(筋注/静注).3〜5minで再投与.合計 15〜20mg 1g/100mL生食,20〜30minで点滴静注 10mg(筋注,痙攣症例に) 8時間ごとに30mg 生食などに溶解して10%溶液とし,4,8,12時 間ごとに4.0mL筋注する 30s/minの吸入 3〜5minかけて10mL静注 50mLを静注 文献4,16より引用一部改編 196 災害医療 い.眼を刺激し催涙作用がある.一方,皮膚に対しても一時的ではあるが刺激性がある. 新鮮な空気を吸えば10〜20分くらいで正常に戻る. ●防御法 8 章 化学兵器の防御法は,やはり防毒マスクである.防毒マスク内には活性炭の層があり, 災 害 発 生 時 に お け る 医 療 ス タ ッ フ の 必 須 技 術 毒ガスを吸着する仕組みになっている.現在のマスクは改良されており,かぶった際にマ スクに充満するガスをマスク内を陽圧にして排出する仕組みになっている.また,マスタ ードガスや,神経剤など皮膚や粘膜から侵入してくる毒ガスに対しては,防御服,防毒ズ ボン,防毒靴,防毒手袋が必要となる. また,除染には酸化剤を用いる.酸化剤としては次亜鉛素酸ナトリウムなどが使われる. 被災者,救助者,医療従事者,医療機関を守る NBC災害が発生した事実が明らかであれば,被災者の認識,診断は容易である.しかし, 原因不明のショック,意識障害,神経障害,肝腎機能不全,めまい,嘔吐,下痢などの所 見があれば,まず神経化学剤や 事象の確認 生物剤,中毒を疑うことが診断 への始まりになる.NBC災害発 病院での準備開始 生の確認と同時に医療スタッフ 除菌・除染,ERスタッフの動員 の準備すべき流れを図 1 および 医療指令コントロールセンターの設置 以下にまとめる 5). ①まず,流れ(手順)を全ス 除菌・除染 トリアージ 軽度傷害 症状なし 中〜重度傷害 意識障害 呼吸不全など 経過観察 二次トリアージ 原因物質の同定 検査機関 タッフが共有する ②除染エリアを選定する ③除染エリアに搬入される患 者のルートを選定する 治療 経過観察 退院 ④十分な保温システムを設ける 救命治療 経過観察 ICU ⑤曝露物質の感染経路,病状 発生メカニズム,それによ 入院 る症状,または,それ以外 に疑われる生物・化学物質 図1 事象確認からの流れ 文献2より引用一部改編 などの情報を得る 197 化学テロ現場 現場臨場 簡易検知 検体採取 捜査活動 現場臨場 簡易検知 相互連絡 110番 119番 消防部隊 警察部隊 現地調整所 災害情報・医療情報 海上保安庁 都道府県警察 鑑定結果報告 情報の共有 鑑定結果連絡 地方衛生研究所 照会・回答 分析結果 連絡 保健所 検査分析依頼・結果 図2 消防本部 指令通信担当部署 情報 照 会 回 答 (財)日本中毒情報センター 検体(血液,医療情報 照会・回答 吐瀉物) 情 報 医療機関 原因物質の特定における連携モデル 文献13より引用 ⑥除染チームを選定する ⑦除染順序を決定する ⑧防護服(下着から上着まで)を用意する ⑨使用済み器具を移動するルートを作る 1) 被災者情報 被災者情報に関しては,厚生労働省が指定している広域災害救急医療情報システム,日 本中毒情報センター,保健所,警察,消防,そして,災害現場が連携する(図 2).逆に, 医療従事者が被災地域に居合わせた場合の伝達情報内容は以下のような MIMMS 方式 (METHANE)を参照されたい. M :My name(名前) E: Exact location(正確な位置) T: Type of incident(原因) H : Hazards,present and potential(危険性) A:Access to scene,aggress route(侵入経路) N :Number and Severity of casualties(被災者数とその程度) 198 災害医療 表4 米国環境保護庁による防護程度分類 Level A 最も厳格な防護衣.呼吸は自給式の空気ボンベを担ぎ,防護服は空気ボンベの上から 包む形である Level B 呼吸に関しては,Level Aと同じであるが,化学防護服の上からボンベを装着する Level C より軽快な化学防護服を着用し,呼吸はカートリッジ式の呼吸器を用いる.カートリ ッジは起因物質に相応したものを選択する.起因物質が不明の場合は,Level Cの PPEに有機ガス対応カートリッジにHEPAフィルターを組み合わせたカートリッジ(例 えば,A2B2E2K2P3カートリッジ)を装着したマスクが推奨されている Level D 8 章 災 害 発 生 時 に お け る 医 療 ス タ ッ フ の 必 須 技 術 手袋を装着する程度 Level A〜Cまでは,マスク装着のために声が聞き取りにくく,伝言板のようなものや,拡声器を使用し なければならない 文献4,10より引用 E:Emergency services,present and required(必要な医療) 現在は,写真機能付き,ビデオ機能付きの携帯電話が普及しており,これを利用して情報伝 達を行うのも有効だと思われる 15). 2) 個人防護装備(Personal Protective Equipment;PPE) NBC 災害発生,患者の認識・確認ができれば,災害現場において現場対応に携わる隊 員や被災者の治療を行う医療従事者は化学災害の特性に応じた適切な個人防護装備(PPE) を装着する必要がある 4,10). PPE は防護衣と呼吸システムに分けられる.米国環境保護庁(Enviromental Protection Agency;EPA)は表4 のように防護程度による分類をしている 4). 3) ゾーニング(災害現場,病院前救急対応) ゾーニングの目的は,混乱を来す災害現場で被害の拡大,二次被害の発生を防止するこ とにある.災害発生地を中心に 3 つのゾーンに分け,その境界線を明確にして被害者,救 助者の別を問わず立ち入りを厳しく規制する(図3)4). ●ホットゾーン(汚染区域) 災害発生現場である.しかし,それは,現場状況,被災者の行動,気象条件によって変 化する.Level A装備を装着した隊員以外は自由な立ち入りは禁止する. ●ウォームゾーン(除染区域) 風による二次被害を避けるためにホットゾーンの風上側に設定する.この地帯でトリア ージ,除染を行う.Level B,最低でもLevel Cを装着する. ●コールドゾーン(安全区域) ウォームゾーンのさらに風上側に設定し,この地帯で応急治療,医療施設への後送を行 199 部外者立ち入り 禁止ライン 発生現場 除染ライン 危険ゾーン 検 問 一次トリアージ ポスト 二次トリアージポスト 除染ゾーン 検 問 ウォームゾーン ホットゾーン コールドゾーン 風向き 図3 ゾーニング 文献14より引用 表5 災害現場でのトリアージ分類表 優先度 分類 色別 区分 第1順位 要緊急治療群 (要緊急治療群) 赤 Ⅰ 止血可能な大量外出血,出血性ショック 呼吸困難を伴う胸部外傷,気道熱傷,瞳孔不同を伴う頭 部外傷 手術,処置までに時間的余裕があり,ショックでない骨 折,中等度熱傷 第2順位 準緊急治療群 (待機治療群) 黄 Ⅱ 第3順位 軽症群 (治療不要群) 緑 Ⅲ 第4順位 死亡群 (絶望的重篤群) 黒 Ⅳ 身体状況 処置不要,歩行可能,小挫創,挫傷,軽度熱傷 死亡・生命徴候なし,除脳硬直,超高齢 文献12より引用一部改編 う.Level C,状況により,Level D の装着で活動が可能である. 4) トリアージ(化学剤・神経剤) 災害現場で実施するトリアージは医療現場で実施されるトリアージと異なり,原則とし て医師,あるいは医療従事者により行われ,要緊急治療群,準緊急治療群,軽症群,およ び,死亡群の 4 種類に識別される.トリアージは最も経験の高い医師が一人で行い,その 間,医療行為は実施しない,被害防止のため,必ずガスマスク,防護衣などを着用する 4). 表5 のようにトリアージを行う 12). 5) 除染 除染の目的は被災者の被害を限局すること,二次被害の発生を防止することであり,除 染地帯別により①災害現場の除染,②ウォームゾーンでの除染,③病院前での除染に区別 200 災害医療 される. ●災害現場の除染 現場の除菌・除染,つまり,消毒には,強力な酸化剤が使われる.酸化剤の特徴は,貯 8 章 蔵上,簡便な上に,サリンのみならず,有機化合物である毒ガスをみな不活性化させるこ 災 害 発 生 時 に お け る 医 療 ス タ ッ フ の 必 須 技 術 とができることにある.酸化剤としては,次亜鉛素酸ナトリウムなどが使用される.次亜 鉛素酸ナトリウムはカセイソーダ溶液に塩素ガスを送って作られる 10). ●ウォームゾーンでの除染 消防,警察官が対応する.被災者は脱衣させ,シャワーなどで汚染物質を洗い流す.脱 衣した衣類は汚染している可能性があり,ビニール袋などに入れ密封する. ●病院前での除染(医療機関における救急対応) 本来,コールドゾーンでの被災者の除染後,病院へと後送されるべきであるが,被災者 の中には除染を受けないまま,病院へ自ら受診する場合がある.このため,病院前では再 度,トリアージ,除染を行う必要がある. ①一次トリアージ 病院の外で実施する.患者の登録・同定,所有物の保護,個人のプライバシーの保護 (男女は分けて除染するのが原則)を目的とする.以下の2 つに振り分ける. ・非医療除染区域 非負傷者,除染措置中に特別な医療処置を要しない軽微な負傷者,救急外来者の大部分 (一般的には自分で自分を洗う) . ・医療除染区域 緊急医療を要する可能性のある負傷者や患者. ②二次トリアージ 病院内で実施する. ・重度/中等度の負傷者:処置(集中治療)区域への転送 ・軽症度の負傷者:診断・観察区域への転送 ③汚染除去 第一,二次トリアージの間に実施する. 除染設備は,治療施設の約 50m 風下に設定された(風が清潔な治療区域から,汚れた 除染区域に吹く)病院外に設ける. 設置原理は風向き,除染区域の安全管理,運用,担送患者の除染,独歩患者の除染. 201 除染が不十分と評価 された者は再度除染する 風向き 歩行可能者はセルフサービス でシャワーを浴びてもらう 照明 救 急 外 来 入 口 へ 立ち入り禁止線 評価 ゾーン 非汚染者の動線 立ち入り禁止線 汚染者の動線 シャワーゾーン 再評価 ゾーン 照明 汚染者待機テント 保温を保つ 立ち入り禁止線 除染ゾーン シャワー配管 男女別での更衣室を用意する 立ち入り禁止線 照明 図4 病院前除染 文献4より引用一部改編 施設は湾岸戦争で考案されたイスラエルモデル(屋上駐車場の天井構造か,建造物側面 の固定シャワー)が適している.なければ,院内から温水を引き,塩化ビニル管を組み立 てて自家製で組み上げることも可能である.基本的には,歩行可能,または,歩行不可能 な被災者のどちらにも対応できるように少なくとも2 列並行して除染を行う(図4). 除染液は大量の微温湯がよいが,液体のびらん剤,純金属,強腐食性物質に対しては, 乾的除染(フーラーズアースを使った液体毒物の吸着,フーラーズアースがなければ小麦 粉やメリケン粉でも可能)を行う.そのほかの除染には脱衣がある.脱衣だけで 75 〜 90%の危険化学物質が除去される. 必要な物品として,被災者待機用テント,暖房機器,夜間照明,低出力の無線機がある. ④サンプル採取 原因物質の特定のために,いかなる災害にもサンプル採取は必須である.サンプルとし ては血液,胃内容物(採取できる全量),尿(原因物質の判明の有無にかかわらず全量), 爪,毛髪( 毛根も含め数mg以上),体液(数 10mL または数 10mg 以上)が有用である. 曝露物質が揮発性が高い,もしくは高い疑いがある場合は,採取したサンプルは機密可 能なアルミホイル付きスクリューキャップに小分けにして冷蔵,冷凍保存とする. 202 災害医療 ⑤排液貯留システム 日本のみならず,アメリカ EPA(環境保護庁)においても,未だ,未解決の問題であ る.①そのまま下水に流した場合,または,2,000 倍以上の水で希釈した場合の環境汚染 8 章 についての検討,②一時的貯留するための大容量を要する保管システムの構築,その費用 災 害 発 生 時 に お け る 医 療 ス タ ッ フ の 必 須 技 術 が大きな問題点である.現段階では,簡易型の巨大水槽に一時的に保存し,そのまま下水 処理しないことが肝要であろう 4 ,10). ■引用・参考文献 1) David L,et al.A Survey Assessment of the Level of Preparedness for Domestic Terrorism and MassCasualty Incidents among Eastern Association for the Surgery of Trauma Members.The jornal of Trauma.56,2004,1033-41. 2) Levent Kena rMAJ,et al.How Would Military Hospitals Cope with a Nuclear, Biological,or chemical Disaster ?.Military Medicine.169(10) ,2004,757. 3) 山本保博ほか.災害医学.東京,南山堂,2002,348-72. 4) Kenar L,et al.Prehospital management and medical intervention after a chemical attack.Emerg.Med.J.21,2004,84-8. 5) 中村勝美.NBC 災害医療対処.現代医学.53(2) ,2005,299-306. 6) 放射線医学総合研究所.緊急被爆医療セミナーテキスト. 7) CLARKE SC.Bioterrorism : an overview.British Journal of Biomedical Science.59 (4),2002,232-4. 8) Koplan J CDC's strategic plan for bioterrorism preparedness and response.Public Health Rep.116(2) ,2001,9-16. 9) 生 物 テ ロ と 医 療 機 関 どのように準備をすれば良いのか Hospital Preparedness for Bioterrorism An Unoofficial Advisory Version 1.11 10)Anthony T.Tu ほか.化学・生物兵器概論 基礎知識;生体作用,治療と政策.東京,じほう, 2001,p198. 11)Perri ZR.Analyzing Acute-Chemical-Release Date to Describe Chemicals That May Be Used as Weapons of Terrorism.Journal of Environmental Health.69(1),2006,914. 12)高須伸克.サリン,VXガスなどの神経ガス.治療.84(4),2002,53-8. 13)奥村徹ほか.テロ災害発生時の医療情報伝達.治療.84(4),2002,64-8. 14)Levent Kenar MAJ.A Turkish Medical rescue Team against Nuclear, Biological,and Chemical Weapons.Military Medicine .169(2) ,2004,94-6. 15)財団法人日本中毒情報センター.化学災害研修「毒劇物テロ対策セミナー」テキストブック. 16)Levent Kenar MAJ.Evaluation of Protective Ointments Used against Dermal Effects of Nitrogen Mustard,a Vesicant Warfare Agent.Military Medicine.170(1), 2005, 1-5. 203
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