特集:中小企業の国際化と診断士の活動状況 第5章 荒川区ものづくり企業の チャレンジ ―成都市国際無形遺産展示会出展記 伊藤 敦 東京都中小企業診断士協会城北支部国際部 けでなくワイヤー類・ヘッドパーツまでフレ 1 .城北支部国際部の活動 ーム内に完全内蔵するという,革新的なアイ デア性と技術で製作した自転車として注目を 城北支部国際部は,2008年の発足以来, 集めた。 「地元に密着したグローバル展開」をモット 同社の LEVEL ブランドは,自転車愛好家 ーに活動を行っている。企業経営者を講師に の間では, 「世界に 1 つしかない理想の自転 招いてのセミナー,外国人起業家や留学生と 車」として垂涎の的となっている。 の交流会の企画運営に加えて,板橋区中小企 業診断士会・荒川区中小企業経営協会と共同 で地元企業の支援活動を具体化させており, 荒川区内で起業したイタリアワイン輸入業者, 在日中国人社長が経営する電子部品の販売業 者に対する販路開拓支援などを実施してきた。 2 .マツダ自転車工場について 荒川区は,区内在住の伝統工芸技術を持つ 職人さんたちを無形文化財保持者「荒川マイ スター」として登録・表彰し,職人の街/も のづくりの街として「荒川ブランド」を内外 にアピールしている。 作業中の松田社長 株式会社マツダ自転車工場は,その中の 1 社で,従業員 5 人の「下町の町工場」である。 代表者の松田志行氏は,日本自転車普及協 同社は,1951年創業のオーダーメイド専門の 会主催の「ハンドメイド・ バイシクルフェ 自転車工房で,創業時より官公庁向けの実用 ア」において, 4 年連続で最高賞を受賞。ま 自転車の納品を手掛け,その技術力において た,2000年度荒川マイスターとして表彰され, 高い評価を得ていた。 2008年度東京都優秀技能者賞を受賞している 1975年に競技自転車用フレームの制作を開 国内有数の技術者である。 始,また,オーダーメイド自転車では初とな る CAD による設計の採用,ブレーキ本体だ 同社のものづくりの工程における特徴は次 のとおりである。 企業診断ニュース 2014.4 15 特集 ①対話によるコンセプトの決定 進員を務める斉鳴氏の仲介により,成都市を 顧客の自転車使用の目的(サイクリング, 本拠としてヘルスケア事業を展開する維奥集 通勤,レースなど)を,対話を通じて引き出 団控股有限公司(香港株式市場に上場,年商 すことで,「最適なモデル」のコンセプトを 160億円)のオーナー一族による,区内伝統 作り上げる。 工芸職人の工房への訪問が実現した。 ②目的・身体に合わせた設計 日本の職人の伝統の技が代々引き継がれて コンセプトと顧客の身体に合わせた自転車 いることに感銘したことから,定期的な交流 のイメージを,CAD を使用して0. 1mm レベ が続き,自社オフィスや経営するレストラン ルの設計により,形にしていく。 の装飾用として,多額の工芸品を購入してく ③実際の加工 れるようになった。 使用するパイプのアレンジ,精巧な切断, これをきっかけとして,2013年 6 月の国際 溶接,ヤスリによる仕上げなど,それぞれの 無形文化遺産展示会において,荒川区の伝統 工程において,高い技術と経験に裏打ちされ 工芸品の展示要請を受けるに至った。区内に 本拠を置く NPO 法人日中地域文化交流協会 た勘が物を言う,まさに職人技の世界である。 を中心に,NPO 法人日本中国写真文化交流 協会,荒川区中小企業経営協会が推進母体と なり,区内の伝統工芸企業11社が出展,うち 3 社より出張者を派遣して製品説明,デモ・ 実演などを行った。推進母体からもそれぞれ 現地で支援を行うこととし,経営協会から筆 者が同行した。 ⑴ 展示会の概要 本 展 示 会 は, 成 都 市・ 四 川 省 文 化 庁・ UNESCO の共同主催で, 無形文化財保護と マツダ自転車工場ショールーム 文化の担い手の交流を目的として伝統工芸, 同社にとってものづくりの成否のカギは, 伝統芸能などを紹介するもので, 集客数は “でき上がった自転車が顧客に満足してもら 600万人,会場の規模は30,000m2という大規 えるかどうか”である。このために,顧客と 模な展示会である。 の対話によるコンセプトづくりの過程を重視 主な出展物は,貴金属加工品(茶器,ぐい しており,これを単なる仕様の打ち合わせで 飲みなど) ,高級自転車,三味線,革靴,江 はなく,顧客との“心の通い合い”と考えて 戸指物細工,七宝,漆器,宝飾品など荒川区 いる。 を代表する工芸品で,展示・即売を行った。 職人としての伝統的な技を顧客に押し付け るのではなく,対話による一体感から生まれ ⑵ 出展の準備 る情熱によって, 「顧客 1 人ひとりに満足を提 出展に係る手続きは NPO 日中文化交流協 供する,ものづくり企業」である点が同社の 会が中心となって行い,筆者も協力した。特 特徴であり,これが高い人気の秘訣であろう。 に,以下について留意した。 3 .成都市国際無形文化遺産展示会 ①多数にわたる出展物のインボイス作成・輸 出通関手続き。 ②貴金属,宝飾品など高価な出展物の保管・ 荒川区産業経済部の職員で,産業国際化推 16 管理。 企業診断ニュース 2014.4 第 5 章 荒川区ものづくり企業のチャレンジ ③個人資格で出張する職人さんたちとの出展 質問したり,真贋を確認したりと,関心の高 にかかわる契約書作成,現地での安全管理 さがうかがえた。さすがに購入者は少なかっ など。 たが,それでも十万円前後の貴金属加工品や 革製品を日に数点,販売することができた。 ⑶ 展示会の様子 筆者は,残念ながら中国語ができないため, 荒川ブースは,外国出展者の中でもっとも 身振り手振りでの顧客対応に加え,ブース全 盛況で,休日は人が入り切れない状況となり, 体の運営支援,英語圏顧客の対応(バングラ 準備したカタログ4, 000部のほとんどがなく デシュ,インドなど)を行った。 なった。ブース内の大画面スクリーンで区の 宣伝ビデオを流し,また猛暑の中,区が準備 4 .展示会での LEVEL 自転車 したハッピを着て顧客対応し,記念撮影に応 じるなどのアピールに努めた。 マツダ自転車工場からは,松田裕道専務が 参加し,同社の自転車 2 台を展示した。自転 車に対する人気は高く,来訪者の多くはすべ てが手づくりであることに驚き,素材や製法 についての質問が相次いだ。また,その場で 注文したいとの要望も多数あった。 大盛況の荒川ブース 特に三味線の実演と体験コーナーでは,体 験希望者が殺到した。地元 TV 局や出版社か らの取材も入り,その模様が当日の TV ニュ ースで放映された。 松田専務と展示した自転車 うち 1 台は,VELO MICHELIN ブランドが 付されており,ミシュラン社が企画し,同社 が設計を担当した200台限定生産のシティバ イクで,全世界を席巻するタイヤブランドと, 下町の町工場とのコラボレーションに驚く来 訪者が多かった。 たまたま荒川区の隣が,ニース市のブース であり,フランス人出展者から再三にわたり, “ぜひ試乗させてほしい”との要請を受け, TV 放映された三味線かとう・山口氏 予期せぬ日仏交流を実現することができた。 来訪者の多くは,キヤノンやニコンの一眼 筆者も仏語通訳として,多少の活躍の場をい レフカメラを持参しており,高価な展示物を ただくことができた。 興味深そうに眺めたり,材料や製法について 企業診断ニュース 2014.4 17 特集 なった。 同社に限らず,限られた人材で運営してい る伝統工芸企業は, 経営資源を「ものづく り」に集中する必要がある。 一方,海外との取引は,広告宣伝・プロモ ーション,販売代理店との契約,日々のコレ ポン,出荷手続き,代金回収,保守サービス までの実務を,商習慣の異なる相手と原則外 国語で行わねばならない。 この点について,診断士に対する期待は大 きく,荒川区中小企業経営協会においても, フランス人愛好家による LEVEL 自転車の試乗 これを機に国際部を設置し,海外とのビジネ 5 .マツダ自転車工場の海外展開 今回の展示会を通じて,中国人富裕層の高 ス経験の豊富な診断士を擁して,支援体制を 整えているところである。 7 .最後に 級品への消費意欲の高さを肌で感じることが できた。成都市の位置する四川省は内陸部で, 城北支部は,伝統工芸の荒川区,23区最大 上海・北京・天津などと比較すると個人の収 の工業生産額を誇る板橋区,観光拠点でイン 入が少ないため,沿岸部の収入の多い地域で バウンドの需要の大きい台東区,アニメなど は,高級品に対するさらに大きな需要が存在 新たな文化発信拠点の練馬区,開発指向型工 すると考えられる。 業集積の北区を担当しているが,今後域内の また,同社の自転車は,主にプロや愛好家 企業でその特性を活かした多様な展開が,さ などの特定顧客を対象とした製品ではあるが, らに活発化すると想定される。 国内の少子高齢化が進む中で,新たな需要の 城北支部国際部は18人の部員を擁し,この 掘り起こしは重要な課題であり,海外市場開 多様な展開に応えて域内企業に貢献するべく, 拓が必要であると認識している。 ニーズの掘り起こしおよび対応能力の向上の 一方,同社の業容から,生産能力および海 ための研鑽に努めている。 外展開にかかわる人的資源には自ずと限界が あり, まずは展示会の出展やマスコミでの PR を通じて,海外での認知度の向上を図っ ている状況である。 6 .診断士とのかかわり 上記のとおり,成都市国際無形文化遺産展 示会への出展は, 「伝統工芸の町あらかわ」 の認知度の向上に貢献したこと,および参加 各社の将来の海外戦略の第一歩として意義の あるものであった。また筆者にとっては, 1 週間寝食を共にすることで,職人さんたちと のふれあいを実現できたことが大きな収穫と 18 伊藤 敦 (いとう あつし) 京都大学経済学部卒業後,総合商社勤務。 ベルギー・ドイツに駐在。電子機器・医 療機器の輸出入営業などを担当。2006 年中小企業診断士登録。公認内部監査人。 海外の市場調査・マーケティング,リス ク管理など,中小企業の国際化支援を中 心に活動中。 企業診断ニュース 2014.4
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