11 - 日本経済研究センター

日 本 経 済 研 究 セ ンタ ー
Table of Contents
Japan Center for Economic Research
http://www.jcer.or.jp
2012/11
良書、幅広い分野で健在
2012/11
ドラギ魔術と国家債務再編プロセス
2012/11
似ている、似ていない、日本とイタリア
2012/11
世界の経済危機と金融政策
2012/11
国土強靭化計画について考える
2012/11
教育の効果を測ることの難しさ
2012/11
移行過程の管理工学
2012/11
脱原発への国際社会からの地政学的な懸念
2012/11
金融商品に関する覚え書き―ブラックマンデーと...
2012/11
マンションの太陽光発電、制度の壁を逆手にビジ...
2012/11
「ルネサスOB」がブランドになれ
2012/11
もうひとつのビジネス・インフラ―インドによう...
2012/11
スペインとギリシャ、どちらが「狼少年」か?―...
2012/11
リスク封じ消費税円滑に−景気下支えへ2兆円対...
2012/11
「Gゼロ」〜リーダー不在の世界の行方
2012/11
11−12月のセミナー(東京・大阪)
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2012年11月号
第 55 回日経・経済図書文化賞決まる
2012 年 11 月 3 日発表
日本経済新聞社と日本経済研究センター共催の 2012 年度・第 55 回「日経・経済図書文
化賞」受賞図書は、次のように決まりました
《受賞図書》賞(賞金 100 万円および副賞として記念品を著者へ、賞牌を出版社へ贈呈)
「高品質日本の起源」
小池和男著(日本経済新聞出版社)
「『失われた 20 年』と日本経済」
深尾京司著(日本経済新聞出版社)
「イノベーションの理由」
武石彰・青島矢一・軽部大著(有斐閣)
「近世米市場の形成と展開」
高槻泰郎著(名古屋大学出版会)
「自滅する選択」
池田新介著(東洋経済新報社)
総
評
良書、幅広い分野で健在
審査委員長/東京大学教授
吉川
洋
今年度は4年ぶりに受賞作が5点、幅広い分野で生まれた。経済・経営に関連した分野の出版活動が
著者、出版社双方の努力により健在であることは、良質な書物の出版が難しいといわれる今日、喜ぶべ
きことである。
『高品質日本の起源』(小池和男著)は、労働経済学を長年リードしてきた大家による研究の総括と
もいえるような作品である。日本の製造業の生産性を支える柱である職場の労働者の「発言」の起源を、
戦前までさかのぼり探究したもので、丹念な実証分析は多くの審査委員から高く評価され、傘寿を迎え
た著者のエネルギーに感嘆するという声もあがった。
1990 年代初頭にバブルが崩壊した後、日本経済は「失われた 10 年」に突入。それは今や「失われた
20 年」と呼ばれるようになった。『
「失われた 20 年」と日本経済』(深尾京司著)は、日本経済の長期
2
2012年11月号
停滞を理論・実証両面から分析し、停滞脱出への方策を探った意欲作である。
全要素生産性の計測を中心とする供給サイドの分析が需要不足の問題とどのように関係しているの
か明確でないという指摘もあったが、需要、供給両サイドから分析した点が多くの審査委員から支持を
集めた。
中途で挫折することなく製品化という最終ゴールまで到達したイノベーションの秘密はどこにある
のか。『イノベーションの理由』(武石彰・青島矢一・軽部大著)は、膨大なケーススタディに基づき、
こうした問題を解明した労作である。イノベーションは原初のアイデアから製品化に至る途上で、次々
に追加的な資源投入が必要となる。それはどのように正当化され、実行に移されるのか。成功事例を通
し、詳細に分析した点が評価された。
江戸時代、大坂堂島の米市場が高度に発達した市場であったことはよく知られている。それだけに戦
前以来、多くの経済史家により定番の研究テーマとされてきた。
『近世米市場の形成と展開』
(高槻泰郎
著)は、既存の研究の枠組みを超え、新しい地平を開いた好著。
ただ、これまでの月次データを日次データに拡張し、市場の「効率性」を実証的に分析しているにも
かかわらず、得られた結果がどのような意味を持つのか、著者の基本的な視点がいまひとつ明確でない
との指摘もあった。
『自滅する選択』(池田新介著)は、今日やるか、明日に先延ばしするかという誰もが経験する「異
時点間の選択問題」につき、行動経済学や心理学の分析結果を活用しながら平易に解説した。借金や肥
満、ギャンブルなど身近な例による分かりやすい叙述が良質の啓蒙書として評価された。
以上5点の受賞作以外にも優れた書物が数多くあり、審査委員会ではそうした書物についても熱心な
議論が行われた。
『戦前期日本の金融システム』(寺西重郎著)は、大家による 900 ページを超える大著である。長く
学界の財産となるべき書物である点で審査委員の意見は一致したが、著者が同じ分野で過去に受賞して
いるため、対象外となった。
『カール・ポランニー』(若森みどり著)は、一次資料まで調査した労作である。今後日本のポラン
ニー研究の礎となると評価されたが、従来のポランニー像を超える著者自身の解釈が何なのか不明瞭と
の意見が出て、受賞を逸した。
『贈与と売買の混在する交換』(古瀬公博著)は、後継者難に悩む中小企業が仲介業者を通して他社
に事業を売却する際、創業経営者が抱く葛藤、そこから生じる「贈与と売買の混在する交換」について
分析した書である。日本経済が悩む重要な問題に関して分析を行った興味深い書物だが、若い著者には
さらに上を目指してほしいという声が優勢だった。
『中小企業金融と地域振興』(今喜典著)は、日本の中小企業金融に関する研究書でそれぞれの章の
分析は高く評価されたが、全体として明快なメッセージに欠けるということで選外となった。
『家計・企業の金融行動と日本経済』(祝迫得夫著)も全体としてのメッセージ性に欠けるというこ
とで惜しくも選から漏れた。
*本文中の「総評」
「書評」は、11 月 3 日付日本経済新聞朝刊(特集面)から転載しています。
3
2012年11月号
◇審査対象
2011 年 7 月 1 日から 12 年 6 月 30 日(外国語著書は 11 年 1~12 月)の間に出版された日
本語または日本人による外国語で書かれた著作で、本賞に参加を得たもの(一般の人が自由
に購入できる図書に限る)。
◇審査委員
(委員長)吉川洋東京大学教授
(委
員)大山道広慶応義塾大学名誉教授
伊丹敬之東京理科大学教授
八代尚宏国際基督教大学客員教授
斎藤修一橋大学名誉教授
岩井克人国際基督教大学客員教授
本多佑三関西大学教授
杉原薫東京大学教授
伊藤元重東京大学教授
井堀利宏東京大学教授
樋口美雄慶応義塾大学教授
桜井久勝神戸大学教授
池尾和人慶応義塾大学教授
金井壽宏神戸大学教授
翁百合日本総合研究所理事
大竹文雄大阪大学教授
芹川洋一日本経済新聞社論説委員長
岩田一政日本経済研究センター理事長
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2012年11月号
受賞作品
高品質日本の起源
―発言する職場はこうして生まれた
小池和男著
日本経済新聞出版社
ⅲ,395 ページ、3600 円(税別)
書評
科学的手法、歴史分析に活用
大阪大学教授
大竹
文雄
職場における「聞き取り」調査を基にした長年の国際比較研究を通じて、著者は日本企業が高い生
産性を発揮できた理由を明らかにしてきた。聞き取りで現状を調べるだけではない。聞き取りを通じ
て生産性の高さをもたらす独自の仮説を構築し、聞き取りとデータを用いて検証していくというのが
著者の手法である。
一連の研究から明らかになるのは、職場労働者が製品の品質に関して発言し、その発言が新製品の
設計や生産ラインの設計にも影響するようなプロセスを持ち、実行しているか否かが生産性を高める
上で決定的に重要であるという点だ。著者は職場における発言の慣行が戦前からあったのか、という
論点についても、様々な資料等から明らかにしている。第Ⅰ部では 1920 年代、30 年代の日本の綿紡
績産業について職場の発言の有無を検証。第Ⅱ部では査定が付いた定期昇給制度の出現・確立の時期
を、第Ⅲ部では労働組合の戦前昭和期の発言内容を調べている。
労働者が技能の向上という誘因を持つには、それに応じて賃金が上昇する仕組みが必要である。定
期昇給制度は江戸時代にはなかったが、戦前からはあったことを著者は突き止めている。
しかし、何といっても本書の最大の特色は、仮説を過去の文献、統計、資料を基に検定していく、
というスタイルで終始貫かれている点である。
ライバル仮説を明確にし、データや文献から分かること、分からないこと、証拠があることと状況
証拠しかないことをしゅん別し、仮説の検証の強さの程度をはっきりさせる。
このような科学的な手法を歴史分析に用いることの新鮮さ、書き方の明確さは、後に続く研究者の
手本となるだろう。
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2012年11月号
受賞の言葉
こいけ かずお
55年東京大卒、63年東京大より博士号(経済学)を取得。名古屋大
教授、京都大教授、法政大教授などを歴任。法政大名誉教授。32年
生まれ。
80 歳のご褒美
法政大学名誉教授
小池和男
いかに高齢化社会とはいえ、80 歳でのご褒美にびっくりしている。エイジフリーの言葉に乗じて、
ありがたくいただくことにした。びっくりはもうひとつある。わたくしの本来の方法は、日本にかぎ
らずいろいろな国の職場に直接おもむき、そこでベテランの話を聞き、それを一次資料とすることで
あった。数年前心臓の機能低下で近くの順天堂病院に入院して以来それもかなわず、文書資料を探る
という慣れない仕事に切り替えた。この本がそれである。そうした不慣れな仕事へのご褒美で恐縮し
ている。
かねて知りたい、知りたいと思ってきたことを、老人ゆえに時間だけはあるので書きつづってきた。
戦前昭和期、あの厳しい環境のもと、実に立派な労働組合があることを知った。これまで蔑視されて
きた総同盟の組合である。戦前、左翼系が 1930 年代末あらそって組合を解散し、産業報国会へなだ
れをうって乗り込むなか、最後まで職場と組合の発言を守ろうとした。
そして、それと同根の職場の技能、発言によって、圧倒的な先進産業、英国の紡績業を後発の日本
紡績業が乗り越えていくさまを探った。案外に通勤女工が増加し勤続を重ね、職場で活動することに
感動した。
こうした職場の発言、組合の発言なしには、仕事の工夫、職場の知恵の提示はありえない。その仕
事の工夫、その基盤である職場の技能が、いまの日本の雇用、くらしを支えている。エリートや先端
的な研究開発に劣らず、職場の中堅層の働きの枢要さを思い知らされた。それはおそらく海外の庶民
にも充分に通用しよう。それを歴史の面から多少とも解明でき、冥途の土産として、しみじみとあり
がたく思っている。
6
2012年11月号
受賞作品
「失われた 20 年」と日本経済
―構造的原因と再生への原動力の解明
深尾京司著
日本経済新聞出版社
xii,321 ページ、4200 円(税
書評
構造問題、丹念に検証
慶応義塾大学教授
樋口
美雄
綿密な実証分析に基づき、
「失われた 20 年」の根本原因は、日本経済の生産性の長期低迷や慢性的
需要不足といった構造的問題にあることを明らかにした労作である。
本書に提示された仮説は、個別企業・事業所のミクロデータや、著者らによる膨大な作業量を費や
して作成された集計データによって検証されているだけに、その主張には説得力がある。
著者の強い好奇心は、表面的問題の抽出にとどまらず、その根底に潜む根源的原因の究明に分析の
メスを向かわせる。成長会計に基づき作成された産業別全要素生産性のデータは、日本の情報通信技
術(ICT)生産産業の生産性は高いにもかかわらず、ICT投資が十分行われなかったため、流通
や電機以外の製造業の生産性は、低いことを示す。
1995 年以降の生産性の停滞は従来、日本企業が強みとしてきた無形資産の減退によって生じている
ことが明かされる。
さらに 2000 年代に入ってからの企業の合理化は、家計の不確実性を高め、内需を減退させるとい
った悪循環をもたらしている。事業所単位の雇用創出・喪失データを用いた分析からは、外資系企業
の新規参入などが必要であることが示されている。
この本の基には著者の数多くの学術論文があり、執筆に当たって深掘りされ、それらの成果の関連
性が慎重に吟味されたことで骨太の研究書になっている。
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2012年11月号
受賞の言葉
ふかお きょうじ
79 年東京大卒、84 年同大学院経済学研究科博士課程単位取得退
学。成蹊大専任講師などを経て、99 年より一橋大経済研究所教授。56
年生まれ。
経済停滞の構造的原因の解明をめざして
一橋大学教授
深尾
京司
1991 年の「バブル経済」崩壊以降、日本経済は約 20 年にわたって停滞してきた。この停滞の原因
について、これまで数多くの研究が行われてきたが、大部分は 2000 年代初めまでの「失われた 10 年」
を主な対象としていた。しかしながら、2000 年代に入り、不良債権やバランスシートの毀損等の問題
がほぼ解決した後も、経済成長はあまり加速しなかった。
「失われた 20 年」の経験は、日本の経済停
滞を、バブル崩壊やその後の不適切な財政・金融政策がもたらした一過性の問題としてではなく、慢
性的な需要不足や生産性の長期低迷など、より長期的・構造的な視点で捉えることを、我々に迫って
いるように思われる。
このような問題意識から本書では、日本の経済停滞の原因について、長期的・構造的な視点から分
析を行い、停滞の原因が解消されつつあるか否かを検討した。本書で特に重点を置いたのは、①1990
年代以降の 20 年をそれ以前の 10 年ないし 20 年と比較するといった長期的な視点に立つ、②1995 年
以降経済成長を加速した米国をはじめとする他の先進諸国と日本の比較分析を重視する、③構造的な
原因について、供給側と需要側どちらか一方では無く、双方の視点から概観してみる、④生産性や雇
用創出の停滞といったマクロや産業レベルの現象を企業や事業所レベルのデータを使って解明する、
といった点である。
分析の結果、貯蓄超過問題、生産性停滞の原因、生産海外移転の影響、だれが雇用を創出している
のか、等について幾つかの事実を明らかにできたのでは、と考えている。ただし残された課題も多い。
企業間の技術知識伝播は減少したのか、減少したとすればなぜか、なぜ日本企業は情報通信技術投資
や一部の無形資産投資が少ないのか、生産の海外移転は日本国内の分業構造にどのような影響を与え
たのか、といった問題について、歴史ある本賞を授与されたことを励みとして、今後とも更に研究に
取り組んでいきたい。
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2012年11月号
受賞作品
イノベーションの理由
―資源動員の創造的正当化
武石彰・青島矢一・軽部大著
有斐閣
xxii,506 ページ,xiii、3800 円(税別)
書評
23 の成功事例を分析
神戸大学教授
金井
壽宏
製品化・量産化段階に至ったイノベーションの成功事例に授与される大河内賞を受賞した
23 件を分析した理論的、実証的な研究書である。
研究開発活動は販売や生産等に比べて、不確実性が高い。それゆえ、イノベーション推進
には資源動員の正当化(理由付け)が必要となる。それなしに特定の製品技術や生産技術に
投資を続けることはできない。
イノベーションを導く研究開発活動自体に加え、資源動員の正当化にも創造性が求められ
ることを、個別事例から丹念に抽出したのが、本書の大きな貢献である。
意欲作だが、問題点がないわけではない。例えば資源動員の創造的正当化には負の側面も
あるだろう。研究能力で優れた人が資源動員(ある意味で雑用)にも創造的に取り組まなけ
ればならないというのはコストではないか。このコストについては十分に議論されていない。
そうした難点や著者以外を含む共同研究をベースとする研究書の評価の難しさを指摘する
声はあったものの、総合的に見てレベルの高い優れた経営書である。
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2012年11月号
受賞の言葉
たけいし
あきら
1998年米MITスローン
経営大学院Ph.D.(経営
学)取得。2008年より
京都大教授。58年生まれ。
あおしま
やいち
1996年米MITスローン経営
大学院Ph.D.(経営学)取得。
2012年より一橋大教授。
65年生まれ。
かるべ
まさる
1998年一橋大大学院博士
号(商学)取得。2007年より
一橋大准教授。69年生まれ。
多様性に働きかける創意工夫と努力
京都大学教授
武石
彰
イノベーションはどのように生み出されるのか。こう問われた人の多くは、その源となる革新的な
技術が生み出される過程に目をむけるだろう。だが、イノベーションの実現には、もう一つ重要な過
程がある。革新的な技術が商品となり、事業化されるために必要な資源が投入されていく過程である。
本書は、後者に目を向け、23 件の事例を分析の題材として、イノベーションが実現される過程を解
き明かそうとしたものである。事例に関するデータは、一橋大学イノベーション研究センターの「大
河内賞ケース研究プロジェクト」(同大学 21 世紀 COE プログラム「知識・企業・イノベーションの
ダイナミクス」)で行なわれた事例研究の成果によっている。
イノベーションは、事前には成否がわからない革新的な技術に資源を投入することに対して抵抗や
疑念がある中で、イノベーションの実現を目指す者が、紆余曲折を経ながら、
「固有の理由」で支持し
てくれる「変わった人々」を見出し、資源の動員を果たしていくことで実現される。それは、革新的
な技術の価値を多くの人々が一様に認める「客観的な経済合理性」によって理路整然と導かれる過程
ではない。社会を構成する人々や組織が価値観、事情、権限、影響力等において多様であることによ
って可能になる過程であり、その多様性に働きかける創意工夫と努力──本書ではこれを「創造的正
当化」と呼び、そこには大きく三つのルートがありうることを示した──によって実現される過程で
ある。これが、我々が導き出した結論である。
本書が「イノベーションの実現過程」をよりよく理解することに多少なりとも貢献しているとした
ら、それは我々にとって大きな喜びである。一方で、我々の研究は、分析を深めていかなければなら
ない課題を多く残している。
「イノベーションはどのように生み出されるのか」という問いは、依然と
して、よりよい答えを待ちながら我々の前に大きくそびえ立っている。今回の受賞を、さらなる努力
を続けよという叱咤激励として受け止め、今後も研究を進めていきたい。
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2012年11月号
受賞作品
近世米市場の形成と展開
―幕府司法と堂島米会所の発展
高槻泰郎著
名古屋大学出版会
ⅲ,403 ページ
6000 円(税別)
書評
幕府の施策に光
一橋大学名誉教授
斎藤
修
大坂堂島にあった米会所は 18 世紀に現物に加え、先物取引市場を開設した。本書はその制度
形成を跡づけ(第Ⅰ部)
、幕府司法の機能を論じ(第Ⅱ部)
、市場の効率性の測定(第Ⅲ部)を
試みた力作である。米価の長期日次データを復元、経済学の分析道具を駆使し、また非数量デ
ータをも十分に使いこなした上での仮説検定が行われており、近世経済史研究の水準を大きく
引き上げたと評価できる。
第Ⅱ部が特に興味深い。先物市場が登場すれば不渡りの可能性が生じるが、それへの幕府の
対応は 1761 年の空米切手停止令に代表される。従来、幕府は大名に蔵米の裏づけを欠く切手の
発行、売買を禁止しようとして失敗したと解釈されてきたが、著者によれば、幕府が求めたの
は蔵米準備で、債権者には奉行所への訴権を認め、事後的に不渡りの回避を狙ったという。
さらに、幕府は資金的に余裕のない小藩に対しては公的資金投入で対処しており、効率的市
場の背後には、このような幕府司法とその運用による支えがあったというのが著者のメッセー
ジである。
このように意欲的な研究ではあるが、この時代の制度設計の全体像がどのようなものであっ
たか、本書の発見事実との関連で述べられているとさらによかった。
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2012年11月号
受賞の言葉
たかつき やすお
2002 年慶応大卒、10 年東京大大学院経済学研究科博士課程修了。博
士号(経済学)を取得。東京大助教を経て、11 年より神戸大経済経営研究
所講師。1979 年生まれ。
市場経済といかに向き合うか
神戸大学講師
高槻
泰郎
天下ノ智ヲアツメ血液ヲ通ハシ大成スルモノハ大阪ノ米相場ナリ――。19 世紀初頭に山片蟠桃が「夢
ノ代」で謳った大坂米市場は、はたして天下の智を的確に価格へと反映する市場であったと言えるので
あろうか。もしそうであったとすれば、なぜそれは可能となったのか。この素朴な問いに、経済史学の
立場から挑んだのが本書である。
結論を言えば、本書は山片蟠桃の観察を支持している。近世中後期の大坂米市場は、過去の値動きを
観察することによって超過収益を獲得することができない市場であったという意味で情報効率的な市
場であり、その価格は飛脚や旗振り通信によって、隣接する大津米市場へ一刻を争って速報されていた。
かかる市場の働きを支えたのは、現代のトレーダーにあたる米仲買たちが結成した株仲間と、米市場に
おける契約履行を保証し、市場の歪みを矯正するべく種々の政策を打ち出した江戸幕府とが構成した重
層的な取引秩序であった。
かく論じ終えて、筆者の心を強く捉えたのは、近世米市場の歴史が、自由化と江戸幕府による介入と
いう 2 つのベクトルが交錯する歴史であったということである。自由な市場の働きを支えつつ、いかに
それがもたらす負の効果を抑制するか。かつて江戸幕府が直面したこの課題は、現代における政策当局
が直面している課題と本質的に同じである。市場に対して強い影響力を持っていた鴻池屋善右衛門・加
島屋久右衛門などの豪商に政策を諮問し、必要と判断した部分だけを政策に取り入れた江戸幕府のした
たかさ。江戸幕府の要求に応えつつ、自らの家業を第一に考えていた大坂商人のしたたかさ。両者の駆
け引きに、筆者の興味は尽きることがない。
最後に、本書が大変栄誉ある賞を授与されたことを機に、現代に暮らす我々が直面している諸課題に
取り組む上で、歴史的事象が有益な分析対象となり得ることが、より多くの方々に認識されるとすれば、
筆者にとって望外の幸せである。
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2012年11月号
受賞作品
自滅する選択
―先延ばしで後悔しないための新しい経済学
池田新介著
東洋経済新報社
xviii,269 ページ,15 xviii
1800 円
書評
「先延ばし」を解明
慶応義塾大学教授
池尾
和人
個々の経済主体の行動そのものに関心を寄せ、その解明を目指す経済学の潮流が台頭するよ
うになってきている。それらは「行動経済学」と呼ばれている。本書は、そのうちの異時点間
の選択に関する議論の成果を系統的に解説した。将来時点での価値を現在時点でのそれに換算
する際の割引率は、実は時間に反比例する。遠い先のことには辛抱強くても、間近のことにな
るとせっかちになってしまうのが、実際の人間である。
こうした時間割引率の構造に無自覚なままだと先延ばしをして後悔するような「自滅する選
択」を行ってしまうことになりかねない。自滅的選択が起こる構造を明らかにし、いかにした
らそれを避けることは可能かを探ることが、中心的な内容だ。
行動経済学の発展で生身の人間の行動そのものに関する理解は深まってきている。ただし、
個別の行動がそのまま社会の結果になるわけではない。経済主体間の相互作用の分析が不可欠
だが、現状ではその種の分析は乏しい。
著者はそうした限界も認識した上で、議論の含意について過大な評価は行わず、抑制的に述
べている。行動経済学の到達地平に関する確かな展望を得る上で、本書は類書に勝る良書だと
いえよう。
13
2012年11月号
受賞の言葉
いけだ しんすけ
1980年神戸大卒。86年同大学院経営学研究科博士課程退学。
97年大阪大より博士号(経済学)取得。大阪大助教授などを経て、
98年より大阪大社会経済研究所教授。57年生まれ。
自省からの社会科学
大阪大学教授
池田
新介
過食や過剰消費など、目前の欲望に囚われた自滅的な選択がなぜ行われるのか―。本書では、双曲割
引という、将来評価に関わるある種の二重性格を使ってそのメカニズムを明らかにし、対応策について
考えている。一般読者を対象にしながらも(あるいは、そうであるからこそ)、自滅のメカニズムをで
きるだけ筋道立てて理論的に説明し、同時に、様々なデータを使ってその現実妥当性を確認するよう心
がけたつもりである。その様々な局面で、学界関係者に限らず大勢の方々より多大なご助力を頂戴した。
すべての経済学者は、そうである前に生活者であり選択者である。そしてその選択が実際の経済現象
を構成している。経済学(より広くは社会科学)のいかなる理論も仮説も、したがって分析者の生活経
験の実感に整合していなければならない。それが経済学における理論や仮説の「良さ」を試す最低限の
テストだと考える。新古典派的な意味であまり合理的な選択者ではなかった私にとって、本書を書く作
業の多くは、私自身の生活史を振り返って一つひとつ総括していくことであった。そうした私小説的作
業が経済学研究の営為として妥当であったかどうかは、もとより読者のご判断を仰ぐ以外にないだろう。
もちろん、経済学の限界を示すために本書を著したわけではない。むしろ、一つの執筆動機として、
合理性と検証可能性を重んじるストイックな経済学の精神と方法が現実の経済を理解するうえで有用
であることを、一般読者のみなさんに知っていただきたかった。その意味で、経済関連図書の分野で歴
史と見識をもって知られる本賞を授与される幸運に恵まれたことは望外の喜びである。
本書は、自滅を避ける自制の技術について議論したところで論考を終えている。それでは、そもそも
節制が常によく、無節制はいつも悪いのだろうか。実は、自制心や認知能力が稀少資源であることを考
慮すれば、この問題もまた資源配分の効率性という観点から問われるべき経済学の問題である。この点
こそが、本書の執筆を通して私が得た最大のレッスンであった。今回の栄誉を励みとしながら、今後こ
の問題に取り組んでいきたい。
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2012年11月号
岩田一政の万理一空
ドラギ魔術と国家債務再編プロセス
IMF・世刷光图でのパネル討論
今年のIMF・世界銀行年次総会では、東京で多くの催し物やセミナーがあった。アジア
開発銀行研究所(ADBI)とブレトンウッズ再構築委員会(Reinventing
retton
Woods
B
Committee)主催によるセミナー(10月12日開催
)を傍聴する機会があった。
とりわけ、新たに発足した欧州安定メカニズム(ESM)を代表するレグリング氏、欧州
中央銀行(ECB)の専務理事であり、主任エコノミストでもあるプラート氏、スイス中央
銀行の前総裁ヒルデブラント氏、日本銀行政策委員白井さゆり氏が参加したパネル討論は聴
き応えがあった。
ESMは、10月8日に発足したばかりであり、ECBは「直接貨幣取引プログラム」(
OMT=Outright
Monetary
Transactions)を公表したこ
ともあって、ユーロ圏市場は一時的とはいえ穏やかな状態が続いている。
スペインの状況
このパネルでの焦点は、なんといってもスペインであった。ヒルデブラント氏は投資家に
とって事態の推移を観察できる「窓」だと表現していた。
ECBにとって、「OMT」の最初の対象国はスペインである。事前にはポルトガル、ア
イルランドも対象になるのではないかとの市場の憶測もあったが、「市場アクセス」のない
国には適用されないことになっている。
15
2012年11月号
もっとも「市場アクセス」の定義について、アスムセンECB専務理事やポルトガルの財
務大臣に対する質問も別のパネル討論(IMF・世銀セミナー「欧州を強化する」、10月
13日開催)でもあった。その質問に対する答えから、仮に、一部の満期の国債発行によっ
て市場での資金調達が可能になったとしても、完全な「市場アクセス」がある国とは認めら
れないことが明確になった。
また、ESMに対する資金拠出をスペインが期日までに実施できるかどうか危ぶむ声もあ
ったが、欧州代表部関係者の情報によると、どうやらスペイン政府による一回目の資金の払
い込み(38億ユーロ)は予定通り実施されたようだ。
しかし、スペイン政府がESMに公的支援を要請するかどうかはまだ不確実だ。厳しい国
内の政治、経済情勢に悩むラホイ首相は、公的支援を申請した結果、一層の窮乏化政策を強
制されることを恐れている。銀行危機と政府債務危機にマクロ経済の不安定性が加わった場
合に、「何をなすべきか」、また、適切な「政策実行の順序」について経済学は満足のゆく
答えを用意できていない。さらに、イングランド銀行のエコノミスト、ハルディン氏が指摘
するように、政府部門のみならず民間部門の債務残高が、歴史上例をみない程に拡大してし
まったのは何故か、経済学は満足できる答えをもっていない。
ドラギ総裁の魔術ともいうべき「OMT」が用意されているとしても、それが実施されな
いままにマクロ経済の不安定性や国内政治不安から再びスペインの国債金利が上昇する懸念
が高まっている。
同様の問題は、ギリシャにも存在する。現在のギリシャの債務残高は大きすぎて返済不能
であり、単に返済期間を2年間延長するだけでは不十分であり、公的部門が保有するギリシ
ャ向け債権を民間並みに一部免除(ヘアカット)して、早期に政府債務・名目GDP比率を
100%程度に引き下げてはどうかとの声もある。しかし、ドイツを中心とする欧州諸国政
府は、更なる債務削減に反対の姿勢を崩していない。
「単一の衍融監督体制」と「単一の刷行整理プロセス」
プラート氏の説明で興味深かったのは、ユーロ圏で「単一の金融監督体制」を導入するこ
とが決定されたが、「単一の銀行整理プロセス」が伴わないと実効性がないと述べたことで
ある。当然のことながら、「単一の銀行整理プロセス」は、加盟国間における銀行部門のみ
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2012年11月号
ならず財政コストの分担を伴っている。そのため、その実施には、より長い時間を要するこ
とになる。
私は、「単一の金融監督体制」と「単一の銀行整理プロセス」の導入には、その両者を結
びつける「単一の預金保険機構」が必要だと思う。日本の経験でも「銀行の整理プロセス」
には預金保険機構が、公的資金注入の窓口として、また、銀行の保有する不良債権の整理回
収にも重要な役割を果たしたことに留意すべきだ。
優先弁済権と国螎債務再構築メカニズム
私は、最初に触れたパネル討論で、フロアからECBが「OMT」で購入する国債の優先
弁済権についてプラート氏に質問した。仮にスペインにおいて、ギリシャと同じく債務再編
が実施され、民間部門保有の債権のヘアカットが実施される場合に、ECBが保有するスペ
イン国債について民間部門と同様のヘアカットを受け入れる、すなわち、優先弁済権はない
とドラギ総裁は説明している。
しかし、欧州条約では、ECBによる「財政赤字の貨幣化」を禁止しており、ヘアカット
が「財政赤字の貨幣化」を意味するものである限り、法制上ヘアカットを実施できないので
はないか。その場合、ESMがECBに代わって損失を負担するのかどうかという質問を投
げかけた。
プラート氏の答えは、国家債務再編のプロセスに依存するというものであった。レグリン
グ氏からの答えはなかった。
この問題は、技術的であるが、中央銀行が国家債務再編のプロセスにどのように関与する
べきかという微妙な点に関連する。また、財政政策と金融政策との責任分担の問題とも関連
している。本来、主権国家の債務再編は、中央銀行ではなく、IMFが責任をもって処理す
べき仕事である。EU、ECB、IMFからなるトロイカ体制は、もともとその責任分担に
ついて矛盾を孕んだまま発足した。国際金融協会が主導したギリシャの民間関与プログラム
は、決して国家債務再編の成功例とはいえない。しかし、別の解決策が示されているわけで
もないところに、ユーロ危機解決の難しさがある。
(日本経済研究センター
理事長)
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新井淳一の先を読む
似ている、似ていない、日本とイタリア
「驚くほど重なる日本とイタリア。一般的に見ればイタリアは日本より不幸だが、両国にあ
る不幸の原因には、共通するところが少なくない。不幸な国々は実際には同じ理由から不幸
であることが多いのだ」
(ビル・エモット
なぜ国家は壊れるのか
PHP研究所)
9月に10日余りイタリアを旅行した。シチリア、ナポリ、ローマ。親しい仲間との観光
の旅だったが、折角の機会と思い現地の人に会うたびに、マリオ・モンティ首相の評判を聞
いてみた。
経済危機からイタリアを救うべく請われて登場した学者首相。昨年11月の就任後1カ月
の間に、年金支給年齢の引き上げ、付加価値税の2%上げ、ぜいたく品への課税、州議会議
員の定数削減、公選制政府公務員への給与の廃止など総額で300億ユーロの緊縮策をまと
め、イタリア経済の窮地を救った。イタリア経済自体はまだ信頼回復とは言いがたいが、モ
ンティ首相に関しては、内外の経済専門家が高く評価し、常日頃、何かと文句の多い世界の
金融市場の信頼も集めている。そんな首相を街の市民たちはどう評価するのかに興味があっ
たのである。
結果は、「増税しても公務員が無駄使いしてしまう」、「値段が上がって暮らしていけな
い」、「選挙で選ばれた首相でないのに我々を苦しめてよいのか」。意外なことに上々の評
判ではなかったのである。「任期が切れる来年春以降も続投してほしい」という熱烈な支持
者もいたが、大多数は批判先行である。
ひとつには、我々の旅の中心が南イタリアだったこともある。イタリア経済は南にいくほ
ど悪く、シチリア州などはこの夏デフォルトの噂さえあった。それだけに財政緊縮の度合い
が厳しく市民生活も苦しくなったのだろう。私のつたない聞き込み調査の対象となった人々
が、モンティ政権による政策変更の被害者と思えば、批判は意外でもなく、当然なこととも
言える。
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2012年11月号
庶民の評判と専門家の評判、このどちらを重視した方がよいのか、ということかもしれな
い。世論調査と市場の評判と言い換えてもよい。世論調査の人気者がよきリーダーである保
証はないし、逆によきリーダーが必ずしも人気があるわけでない。日本の科学的社会調査の
草分けで「ミスター社会調査」といわれた故・林知己夫さんは「内閣支持率は政策を実行す
るにつれ下がるし、仕事をしない内閣ほど高支持率になる」といった。私の聞き込みはサン
プル数も限られ世論というにはおこがましい限りだが、無差別に市民の声をひろったという
意味では、広い世論の一角を削り取ったことは間違いない。モンティ首相への不満の増大は、
よきリーダーがよきコトをすると人気が落ちるという、政治につきまとう割り切れないパラ
ドックスの典型なのである。モンティ内閣発足時の内閣支持率は70%。直近の数値は手元
にないが、恐らく低下しているはずだ。しかし、この低下は仕事師の勲章とみるべきなので
あろう。
さて、前エコノミスト誌編集長のエモットさんの冒頭の言葉の「日本とイタリアに共通す
る不幸」のことである。彼が指摘する共通の「不幸」の最大のものは「政治家の利己的行動」
である。「派閥のほうが政党よりも、お金がイデオロギーや政策よりも、さらに個人の利益
のほうが国益よりも、一層大切で、改革が進まない」と述べている。それに次ぐ日伊共通の
大きな「不幸」は国民や業界団体の意識の固定化とエモットさんはいう。国が豊かになり人
々は政府による給付金はもらって当然と思うようになった。その結果、「人々は政府を銀行
のような存在と見るようになり、税金という形で一旦お金を払い込むが、現金自動支払機の
ように好きなだけいつでも引き出せると考えている」というのだ。
日本とイタリアには1950年代から70年代当初にかけて世界の最先端を切って経済を
急成長させた「うれしい共通の幸せ」もある。この間のGDP(国内総生産)の成長率では、
世界で日本が1位、韓国が2位、イタリアは3位だった。加えてイタリアの通貨リラは19
60年と64年の2回、英紙フイナンシャル・タイムズによる、世界で最も実効を上げた通
貨に与えられるオスカー賞をもらっている。そのイタリア経済が70年代の労働争議の多発
と90年代以降の政治の腐敗ですっかり勢いがなくなり、いまやヨーロッパの問題児で、モ
ンティ首相の登場となったのである。エモットさんの「驚くほど似ている日本とイタリア」
という指摘も、「イタリアの不幸から日本も学ぶ必要がある。それが日本が本物の不幸にな
らない唯一の道である」という、暖かいアドバイスとみるべきなのであろう。
「リーダーシップは状況的である。一つの状況の下でよりリーダーである人間は他の状況下
では、きわめてまずいリーダーでありうる」
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(アメリカ海軍協会
リーダーシップ
日本生産性本部)
さて日本である。近い将来、総選挙があり、首相が決まる。その首相が単なる世論調査の
人気者で終始するか、それとも世界の市場に評価されるリーダーを目指すか、それによって
日本経済の将来も違ってくる。選挙を意識しないで済んだイタリア、選挙に勝たないと首相
になれない日本という、置かれた状況には大きな違いがあるが、モンティ内閣の1年を見た
結論は、世論調査で高支持率を取るよりも世界の市場で評価される首相がこれからの日本に
誕生して欲しいということだ。
民主党が勝って野田首相の続投となるのか、自民党が勝って安倍首相の再登板になるのか。
選挙は水物だからやってみないと分からない面があるが、いまの情勢では自民党が有利と出
ている。しかし、仮に安倍首相が実現しても、そのリーダーシップが古い自民党スタイルで
あるなら、日本経済も不幸なイタリアの道を辿ることになってしまう。積み上げ方式で意思
決定を図り利益団体に幅広くパイを供与する、55年体制下の自民党政治に、国民は嫌気を
起こし民主党政権ができた。その民主党政権が失敗したからといって国民が元の自民党政権
を求めているわけではない。米国海軍に指摘されるまでもなく、「リーダーシップは状況的」
なのである。自民党という看板は同じとしてもそこで果たすリーダーの役割は全く違ったも
のでないと困る。世論調査頼りで支持率が落ちたら交替する年替わり首相ではなく、10年
の計、50年の計を立て、グローバル化した世界市場に評価されるリーダーだ。
では、市場に評価される一国のリーダーの条件とは何か。第一は政治的なリスクをとるこ
とができるということだ。現在の日本でいえば、若者と高齢者の世代間の利害対立に政治的
決断を下せるようなリーダーがそれに当たる。この分野には正しい解があるわけではない。
正しさの基準もあいまいだ。しかし、社会保障と税金を含めた生涯負担と給付の問題では、
明らかに高齢者と若者の間に格差が生じている。高齢者優遇を削り若者へ。この世代間負担
の分担の問題に答えを出すためのリスクを取るのが、政治的人間である。政治の仕事とは格
差が「公正」と多数の人が思う範囲におさまるまで調整すること。元々、唯一の解があるの
ではないから決断にはリスクが伴う。それができるかどうかなのである。
第二は国民に対し「苦労を求める」とはっきり言い切る勇気ではないか。作家の塩野七生
さんは『ローマ人の物語・ローマ世界の終焉』(新潮社)の中で「理想の指導者に必要な資
質は苦を楽と言いくるめることではなく、(国民に)苦は苦でも喜んでそれをさせる気持ち
にもっていける才能である」と述べている。理想の皇帝が存在したローマ時代と違って、い
まの日本は厳しい状況だから、そこまで新首相に求めるつもりはないが、せめて「苦」は「
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2012年11月号
苦」とはっきり国民に説明してくれないとらちが明かない。自分の言葉で広くメッセージを
発信できる才能といってもよかろう。
第三はロングランの視野でモノを見て大局判断ができるということだ。日中を例にとると、
尖閣問題で双方の関係はいま最悪だ。背景には国有化のタイミングの悪さや外交手続きのお
粗末さがあるが、基本は中国自身の国家としての生き方に変化が生じていることだ。世界の
工場として経済を発展させ、GDP(国内総生産)世界第二位の経済大国になった。この経
済力を国際的な政治力に結び付けたいという思いが強まっているのである。空母の保有や多
発する東アジアでの領海紛争がその証拠。胡均濤体制から習近平体制への移行といった一時
的要因と見るよりは、これから10年は続く構造的なものと捉えたほうがよい。
日本にとってこれまで中国とは、経済面でウィンウィンの関係を保ちながら安全保障面で
米国と組むという、極めて都合のよい居心地のよい関係でやってきた。では中国が今後、経
済に加え政治的成果を目指すとなるとどうなるか。日本が経済で中国と共存を図ろうという
なら政治でも共存を求められる恐れはある。東アジアの国にはすでにそれを迫られていると
ころもある。これに日本はどう対処するのか。米国との関係を再構築して中国に対処するの
がベストと私は思うが、いずれにせよ、新首相はこうした大局の判断を迫られる。米国が主
導するTPP(環太平洋経済連携協定)への日本の参加なども、本来はこうした大局的判断
で考えるべきものだと思う。
少子高齢化、円高、エネルギー供給体制の脆弱化、これから数年、日本は克服すべき沢山
の課題をたくさん抱えている。誰がリーダーになっても政策展開には困難が伴うはずだ。そ
の際、政治が「世論」に過度に引きずられるのが一番、危険が大きい。「世論」は見えざる
議会であるとすれば、民主主義の下で「世論」を尊重しない政治はありえない。しかし、「
世論」の表面だけを見ても大切なものは分からない。増税反対・財政支出削減反対を唱える
人々も、日本という国が潰れてよいと思っているわけでない。要はそうした人々にいまは「
危機」であると信じ込ませる能力と気力がある政治的人間がリーダーになって欲しいと願っ
ているのだ。
優れた政治的人間はリーダーに就任した直後の第一声で例外なく強烈なメッセージを発し
ている。「票差はわずかだが責任は絶対だ」は、米国のケネディ元大統領。対立候補のニク
ソン氏を接戦の末、破ったときの言葉だ。「市民として大変な名誉です。さあ、しなければ
いけない仕事がありますわ」は英国のサッチャー元首相。モンティ首相の第一声は残念なが
ら記憶にないが、日本の次の首相の第一声が、優れた政治的人間の可能性を想像させるもの
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2012年11月号
であってほしいと期待する次第だ。
(日本経済研究センター研究顧問)
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2012年11月号
竹中平蔵のポリシー・スクール
世界の経済危機と金融政策
世界経済は、引き続き不安定な要因をはらみながら推移している。先般東京で開かれた国
際通貨基金(IMF)・世界銀行年次総会などの場でも、ユーロ危機を巡って緊張した議論
が続いたと言われている。そうした際、金融政策に大きな注目が集まるのも、また常に見ら
れる光景だ。こうした傾向は、今後とも続くのだろうか。
いつでもバブルとBS調整
気がつけば世界経済を描写するのに、いつも「**危機」や「**バブル」という言葉が
使われる。日本のバブル崩壊後の記憶に新しいところだけでも、1997年のアジア通貨危
機、2000〜01年ころのITバブル崩壊、08年のリーマン・ショック、近年の欧州危
機などが挙げられる。まさに、世界のどこかで常にバブルが発生しており、バブル崩壊後に
経済危機がやってくるという構図なのだ。いったんバブルが発生すると、資産価格暴落後に
厄介な「バランス・シート調整」を行わねばならなくなる。その過程では経済に下方圧力が
かかり、さらなる資産価格低下という悪循環に陥る可能性も出てくる(90年代終盤の日本)。
そこで銀行への公的資金注入や一部救済など、財政資金を活用する必要性が生じるが、これ
が慢性的な財政赤字と重なって経済を危機的な状況にするというケースも生じうる(欧州の
小国など)。結果的に、どうしても金融政策に依存する度合いが高まる。
バブル経済が世界のどこかで発生していると述べたが、その背景は何なのだろうか。最大
の要因は、世界通貨であるドルの供給が無計画な形で行われ、結果的に世界で過剰なドルが
滞留していること、それが形を変えて世界のどこかに集中投下される構図が続いているから
である。これは皮肉なことに、IMF体制を作ったブレトンウッズ会議(1944年)での
議論と、まったく違う姿であると言わねばならない。
よく知られているようにブレトンウッズ会議では、英国の推すケインズ案と米国の推すホ
ワイト案をめぐって議論が戦わされた。結果的にホワイト案に近い形で戦後の国際通貨制度
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2012年11月号
が決められるが、そこでは米国の経常収支赤字の分だけドルが供給されることになり、結果
として世界が十分な成長通貨を確保できなのではないかということが懸念された。しかし、
事実は全く逆になった、と言わねばならない。米国の経常収支尻で受動的にドル供給が決ま
る結果として、過剰なドルが世界に溢れ、これがところを変えてバブルを起こす(その後の
危機を招く)構図を作っているのだ。
バブルが暫続的に生じてきたもう一つの理由がある。それは過去20年、世界では形を変
えてポジティブ・サプライ・ショックが発生し、これがその時々の期待成長率を高めてきた
ことだ。成長期待が高い国や産業に、過剰な流動性が集まる。ここでポジティブ・サプライ
・ショックとは、供給サイドを強め将来の成長期待を高めるものだ。その反対、ネガティブ
・サプライ・ショックの典型が70年代の石油危機だった。しかし過去20年間、様々な形
でそれとは反対に経済を強くする環境が出現してきたことが分かる。90年代前半には、東
西冷戦の終焉で「平和の配当」が発生した。90年代後半にはいわゆるIT革命の進展で、
同分野を中心に成長期待が高まった。2000年代に入ると人口要因が成長の源泉になるこ
とが鮮明になり、BRICSやNEXT11(イレブン)が注目を集めるような形で新しい
サプライ・ショックが起こった。そして近年は、米国のシェール・ガスなどエネルギー面で
新たな成長期待がある。
成長期待があることそのものは、言うまでもなくよいことだ。しかしそこに過剰な流動性
が集まることによって、上に述べたようなバブル現象を継続的に起こしてきたのである。
やはり金融政策
目下世界の主要国では、おしなべて大幅な金融緩和政策が採られている。よく知られてい
るように、オープン経済の下で財政拡大を行った場合、それが実物経済にプラス効果をもた
らすことは確かだが、その一方金融経済の面でそれをキャンセル・アウトするような作用が
生じる。金利上昇・為替上昇によって対外収支が悪化するからだ。だからこそこれまでは、
多くの先進工業国で財政政策は積極活用されず、金融政策への依存を高めてきた。唯一の例
外は、90年代の日本だった。
ただしリーマン・ショックの際は、世界的な規模で財政拡大することとなったため、一国
のみに為替上昇圧力がかかることは避けられる状態であった。ショックによる経済低下のス
ケールが大きかったこともあり、主要国で財政拡大が行われる特殊なケースとなった。その
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2012年11月号
後は、財政赤字の問題が深刻化するなかで、やはり金融政策への依存が高まっている。
金融政策にここまで依存することの是非については、専門家の間でも意見は分かれる。今
後データが蓄積された段階で、米国のQE(量的緩和)の効果など、厳密な実証分析の対象
になるだろう。しかし、バランス・シート調整が必要な事態が後を絶たない以上、当面金融
政策に頼る以外に方法がない、というのが実情だ。
ただし日本の場合、金融政策への要請は他の先進工業国の場合とかなり異なっていること
を明確に認識すべきだ。多くの国では、まず経済が危機的状況に陥って「コンフィデンス」
に危機が生じた場合、最後のリスクの引き受け手として中央銀行が資金を供給するという機
能が求められる。そしてその後は、金融緩和を通じて総需要の刺激を期待するわけだ。しか
し日本の場合は、通貨量の増大を通じてデフレ(全般的な価格低下)を克服することが期待
されている。もちろん、物価が緩やかに上昇しその結果として実質金利が低下すれば、総需
要を刺激するという効果も生まれる。しかしそれ以上に重要なのは、金融緩和によってイン
フレ「期待」を高めることである。残念ながら日本銀行は、こうした期待を市場に抱かせる
ことに、これまでのところ成功していないのである。
(日本経済研究センター
研究顧問)
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2012年11月号
小峰隆夫の地域から見る日本経済
国土強靭化計画について考える
日本の成長政策はどうあるべきか―。これは地域の活性化にも関係する大変重要なテーマ
であり、多くの議論が展開されている。野田政権は、7月末に「日本再生戦略」を閣議決定
した。これが民主党政権の成長戦略だ。これに対して自民党は、8月末に「日本経済再生プ
ラン」というものを発表している。これが自民党の成長戦略である。
この自民党の成長戦略の中に「国土強靭化計画」なるものが登場する。これは地域とも深
く関係することなので、以下検討してみよう。
国土強靭賈挈画とは何か
「日本経済再生プラン」では「国土強靭化計画の効果的な実施により、国内の有効需要や
雇用の創出を図ります」と記されている。
この「国土強靭化計画」とは何か。これは自民党が提案している「国土強靭化基本法案」
に登場するものだ。では、その国土強靭化基本法とはどんなものか。自民党のホームページ
に掲載されている同法案の概要によると、その基本理念として3点が指摘されている。私な
りに更に要約すると次のようなものだ。
①一極集中、国土の脆弱性を是正し、多極分散型の国土を形成する。
②特性を生かした地域振興、定住の促進などにより国土の均衡ある発展(複数国土軸の形成)
を図る。
③大規模災害の未然防止に努め、災害発生時の政治・経済・社会の持続可能性を確保する。
そして、国が「国土強靭化基本計画」を定め、それを基本として、広域地方圏、都道府県、
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2012年11月号
市町村がそれぞれ強靭化計画を作ることになっている。
こうした計画に沿って、東日本大震災からの復興の推進、大規模災害に強い社会基盤の整
備、地域間交流の促進、農山漁村・農林水産業の振興等の施策を行うこととしている。
全国総合開発挈画に類似した国土強靭賈法の発想
しかし、私は、この「国土強靭化基本法案」とそれに基づく「国土強靭化計画」は、次の
ような点で、かつての「全国総合開発計画」への回帰であり、時代の流れに逆行しているよ
うに見える。
かつて日本には「全国総合開発計画(以下全総)」という仕組みがあったのだが、現在は
廃止されている。これは「国が基本方針を示して、地方がそれに従う」時代から「地域のあ
り方は地域自らが考える」時代になったからだ。
ちなみに私は、役人時代の最後のポストは、まさにこの全総を所管する国土交通省の国土
計画局長であった。私の在任中は「第5次全国総合開発計画(正式には『21世紀の国土の
グランドデザイン』)」が動いていたのだが、ほとんど注目されなかった。計画の推進を求
められたり、新しく盛り込むべきアイデアが持ち込まれるということは全くなかった。私は、
「もはや国が開発の方針を示すような時代ではなくなった」ことを強く実感した。私の頃か
ら全国総合開発計画をやめようという議論を始め、私が退任した2年後(2005年)に国
土総合開発法が抜本改正され、全国総合開発計画は廃止された。
ところが、国土強靭化基本法案では、まず国が「多極分散型の国土の形成」や「複数の国
土軸の形成」などを基本理念とした「国土強靭化基本計画」を定め、これに基づいて、ブロ
ック別、都道府県別、市町村別の計画を作るとしている。私には、これは再び地域政策を全
総型・国主導型に戻そうとしているように見える。
概念的にも「多極分散型」は、1987年策定の第4次全総に、「複数の国土軸」は、9
8年策定の第5次全総に登場する概念だ。「国土の均衡ある発展」という理念も、歴代の全
総が掲げてきたもので、「全国一律の金太郎飴的な開発になる」と散々批判された考え方だ。
私も局長時代に国会で何度も野党から攻撃された覚えがある。
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2012年11月号
こうした批判の背景には、各地が個性的な地域づくりを競い合い、クラスターの形成やコ
ンパクトシティの実現などを通じて「積極的に集中を図る」ことも必要になってきていると
いう時代認識がある。
私は、国土強靭化計画は、既に歴史的使命を終えた国主導型の全総の発想をもう一度蘇ら
せようとしているとしか思えない。
公共投資依存型の成長を目指すのか
さらに大きな問題は、国土強靭化計画を中心とした成長戦略は、再び公共投資依存型の成
長を目指しているように見えることだ。
そもそも公共投資には、公共投資の結果実現する社会資本が種々の効用をもたらすという
「供給効果」と、公共投資が増えれば、誰かの所得が増え、雇用が増えるという「需要効果」
がある。
もちろん、国土強靭化基本法の建前は災害に強い国土を作るという「供給効果狙い」であ
ることは間違いない。しかし、自民党の期待は「需要効果狙い」だと思われる。
既に述べたように、「日本経済再生プラン」では、「国土強靭化計画の効果的な実施など
により、国内の有効需要や雇用の創出を図ります」としている。また「国土全体の強靭化事
業を、日本経済再生の起爆剤として、民需主導による回復に繋げていきます」とも述べられ
ている。いずれも「需要効果」を期待する内容だ。
産業界からも公共投資に期待する声があるのも事実であるようだ。私は、先日ある地域の
地元産業界の人々との集まりに呼ばれたのだが、その時出席者の一人が「自民党が200兆
円の公共投資を行うという政策を打ち出した。ようやく本物の経済政策が出てきたと喜んで
いる」と発言していた。私は「なるほど、やはりこういう声があるのだな」とやや驚いた。
90年代の経験を通じて明らかになったことは、公共投資依存型の経済成長や地域づくり
は永続性に欠け(サステナブルでない)、財政赤字という負の遺産を残すことである。公共
事業には確かに需要創出効果があるから、それが実行されている間は成長率が高まる。しか
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2012年11月号
し、いつまでも公共投資を増やし続けることは出来ず、それが途絶えると、成長はたちまち
ストップしてしまうのだ。
自民党の成長戦略には見るべき点も多いのだが、この国土強靭化計画の部分については問
題点が多いと言わざるを得ない。
(日本経済研究センター
研究顧問)
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大竹文雄の経済脳を鍛える
教育の効果を測ることの難しさ
教育を受けることは、どのような経済的なメリットをもたらすのか。これを計測するには、
どうすればいいだろうか。大学に進学した場合の生涯所得と高卒で働いた場合の生涯所得を
比較して、その差が大学教育を受けるために必要な入学金や授業料といった直接費用を上回
れば、大学に進学した方がいいというのが、標準的な経済学の回答だ。大学教育を受けるコ
ストは、入学金や授業料だけではなく、高校を卒業して働いていたら得られたであろう賃金
(機会費用)になる。したがって、統計データから、大学に進学した方が得か否かは、大卒
者と高卒者の生涯所得を計算して、その差をとればいい。
『賃金構造基本統計調査』(厚生労働省)には、学歴別、年齢別、性別の賃金が調査され
ている。少し古いが、2006年の男性のデータを用いて、高卒者と大卒者の64歳までの
生涯所得を計算してみると、高卒は約2億2000万円、大卒は約2億9500万円となる。
両者の差は7500万円なので、授業料が7500万円以下なら大学に進学した方が得とい
うことになる。ということは、4年間で7000万円の授業料を払っても、平均的には大学
に進学してもいいということだ。大学の授業料を年間300万円程度に引き上げたところで、
学生は生涯所得が上がるのだから、進学してくれるはずだ。
日米で教育による生涯所得は違うのか
日本経済新聞の記事によれば、ハーバード大学、コロンビア大学などの米国の私立大学の
授業料は、300万円を越えている(「米大の学費、高騰やまず」日本経済新聞2012年
10月18日朝刊)。この記事の中で、スキッドモア大学のサンディー・バウム教授は、米
国で急増する大学教育のための学費ローンについて「高卒と大卒では生涯年収に大きな差が
ある。就職難とはいえ、ローンが3万ドルまでなら将来の投資として悪くない。卒業後の収
入を見極め、支払い可能な大学を選ぶことも重要だ」と述べている。
しかし、年間300万円の授業料をとるような大学は、日本では非常に少ないだろう。第
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一の理由は、大卒者と高卒者の年収格差は、日本より米国の方が大きいということだ。日本
でも平均では、年間300万円の授業料をとって元が取れるといっても、ばらつきが大きい
ので、元が取れない人もそれなりに多い。米国なら、もっと大きな格差があるので、元が取
れる可能性が高いのだ。
第二の理由は、大学を卒業してから将来得られる所得を担保に授業料を借りるのが難しい
ということがある。学費ローンとして借りることができる額には限度がある上、金利も高く
なる。
第三の理由は、大学を卒業後、高卒者よりも所得が高くなるのは、ずいぶん先の話という
ことである。将来の所得は、現在の同額の所得よりも価値が低い。多くの人は、将来の所得
を割り引いて考える。したがって、将来所得がより多く得られるからといって、現在、高い
授業料を払うということにはならないのだ。
もう一つ大きな問題がある。大学を卒業した方が、7000万円以上得になるという計算
のもとになったのは、現実の大卒者と高卒者の平均賃金のデータだった。この計算の前提に
なっているのは、大卒者も高卒者も平均としては、同じタイプの人間で、たまたま大学を卒
業した人と高校を卒業して働いた人がいるということだ。
人々は学歴を選んでいる
自然科学で、マウスを使った実験をする際には、同じようなマウスを普通に育てるコント
ロールグループと生育条件を一つだけ変えたトリートメントグループの二つのグループを比
較して、生育条件の差がマウスの成長や行動に与える影響を分析する。この場合、マウスの
グループ分けは、研究者がランダムに行うので、平均すると同じような性質をもっていたは
ずだ。それで、二つのマウスのグループの行動の平均値の差は意味をもつ。
もし、特定の餌の効果を調べるのに、もともとその餌が好きだったマウスと嫌いだったマ
ウスによって、マウスをコントロールグループとトリートメントブループに分けていたとす
れば、この実験は意味がない。その餌が好きだったマウスのグループは、彼らにとって何か
生育にいい影響を与えるタイプのものだったからこそ、その餌が好きだったという可能性が
排除できないからだ。
31
2012年11月号
ところが、先ほど行った大卒者と高卒者の生涯所得の比較というのは、人々が学歴を選ん
でいるということを無視していたのである。大卒で働いている人と高卒で働いている人が、
平均的には潜在的に同じような人達だと仮定しているのである。実際には、大学に行った人
は、大学に行くことが得だったからそうしたのである。高卒で働いている人は、資金制約の
問題に加えて、高卒で働いた方が得だったからそうした可能性が高い。そもそも、大卒の人
達と高卒の人達が違うタイプだったら、両者の生涯所得を比較してもあまり意味がない。私
達個人にとって、進学すべきかどうかの決定は、仮に自分が高卒で働いたらどんな人生にな
るか、ということと、大卒で働いたときの人生を想像して、比較検討しなければならない。
政策担当者が知りたいのは、進学率を引き上げたとき、どれだけ平均的に人々が豊かにな
れるのかということだ。ところが、現実のデータは、そのような比較をするには適していな
いのである。実証分析を行う経済学者は、この問題を解決するために、様々な工夫をしてき
たのである。ここでは、その工夫については詳しく述べないが、工夫をしないと間違った解
釈をしてしまうということを、例を使って説明してみたい。
現実の学歴間賃金格差にはバイアスが存在
単純化のために、次のような状況を仮定しよう。人は第1期、第2期の2期間だけ働くこ
とができるとする。高卒者であれば2期間とも働き、大卒者であれば1期目は働かず教育を
受けて2期目だけ働く。人々は生涯所得が最大になるように行動しているが、その際の将来
所得の割引率はゼロであるとする。大学にいくための授業料はかからないし、進学を希望す
ればだれでも大学に入学して卒業できる。
今、世の中にはAとBの二つのタイプの人が同数だけいて、それぞれのタイプの人が高卒
で働いたときと大卒で働いたときの将来所得は、つぎの表1(文末表を参照)のようになっ
ている。それぞれのタイプの人は大学に進学するか否かを決定する際に、自分のタイプとそ
のタイプに関する学歴別所得を知っている。
タイプAの人は、高卒の生涯所得は500万円で、大卒の生涯所得は400万円なので、
高卒で働くことになる。タイプBの人は、高卒の生涯所得は600万円だが、大卒だと90
0万円になるので、大学に進学する。そうすると、世の中の高卒者はタイプAで生涯所得5
00万円、大卒者はタイプBで生涯所得900万円ということになる。
32
2012年11月号
このことを知らないで、大卒者は高卒者よりも生涯所得が400万円高いので、大学進学
率を引き上げるべきだと、政策担当者が意思決定したり、授業料を350万円にしても進学
率は変わらないという判断をすることは間違っている。
現実のデータを分析すると大学の効果を常に過大に評価してしまうというわけでもない。
表2の場合を考えてみよう。
このとき、タイプCは高卒だと生涯所得が300万円、大卒だと600万円になるので、
大卒を選ぶ。高卒では一人前にはなれないので、大学教育を受けてやっと一人前になれると
いうタイプだ。大学教員の中には、このタイプが多いのではないだろうか。タイプDは、高
卒だと600万円だけれども、大卒だと450万円なので、高卒で働くことを選ぶ。高卒で
プロになるかを悩んでいるスポーツ選手なら十分に考えられるだろう。ハーバード大学を中
退して起業したビル・ゲイツもこの例にあたる。高卒で職人になった方が、大学を出るより
活躍できる人もいるだろう。この場合、世の中には、タイプDの高卒者とタイプCの大卒者
しかいないから、大卒の生涯所得も高卒の生涯所得も同じ600万円になる。
現実のデータから作成された統計データをみた政策担当者が、大学に行っても豊かになら
ないので、大学を廃止すべきだと判断してしまったとしたらそれは間違いである。
では、現実には表1と表2のどちらの可能性が高いのだろうか。経済学者の多くは、表1
の方がありそうだと考えていた。しかし、学歴の自己選択バイアスを考慮した推定を行った
結果、表2の方が成り立っていることを示唆する研究結果も外国では報告されている。
経済学的思考で重要なことは、人々は常に自分が望ましいような意思決定をしていて、デ
ータとして得られるのは、その意思決定の結果だけであるという事実を認識しておくことな
のである。その事実を忘れて意思決定をしてしまうと、政策担当者なら間違った政策を行っ
てしまう可能性があり、個人ならより豊かになれたチャンスを失ってしまう可能性がある。
特に、日本の政策は、モデル事業を行うところを公募して、それが成功すれば、その事業を
拡大するという手法が取られることが多い。そのような政策評価の問題点をよく理解してお
く必要がある。
(日本経済研究センター
研究顧問)
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2012年11月号
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2012年11月号
齋藤潤の経済バーズアイ
移行過程の管理工学
【新しい経済システムをどのように実現するのか】
日本の経済成長の低迷は、「失われた20年」と言われることが象徴しているように、構
造的な問題に由来しているとの認識が共有されつつあります。その構造的な問題を突き詰め
ていくと、これまでの成功を支えてきた日本の経済システムが環境条件の大きな変化につい
ていけなくなり、行き詰まりが見られるようになったことに原因があることが分かります。
そうだとすると、現在求められているのは、新しい環境条件に相応しい経済システムの再
設計ということになります。そのような観点から、これまで、このコラムでは、あるべき経
済システムの姿を明確にしていくことの重要性を指摘してきました(7月13日の経済バー
ズアイ「成長鈍化と経済システム」参照)。そうした新しい経済システムは、高齢化・人口
減少やグローバル化、IT化に対応したものでなければならないこと、一部だけでなく様々
なサブシステムを含む包括的なものでなければならないこと、そしてインセンティブと整合
的な、持続性のあるものであることが必要です。こうした要件を全て備えた経済システムを
設計することは、簡単なことではありません。比較制度分析やメカニズム・デザインなどを
総動員した、「経済システムの設計工学」とも呼べるようなものに支えられる必要があると
思います。
※7月13日の経済バーズアイ「成長鈍化と経済システム」
http://www.jcer.or.jp/column/saito/index379.html
しかし、実は、それと同じくらい重要なのは、そうした目標とすべき経済システムの設計
が完成した暁に、どのようにその設計図通りに経済システムを実現するのか、その実現方法
を具体的に考えることです。いくら素晴らしい目標ができても、それが実現できなければ、
まさに「絵に描いた餅」に終わってしまうからです。現在の問題は、これが全くと言ってい
いほど、手が付けられていないことにあるように思います。
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2012年11月号
【経済自由化のシークエンシング】
この点については、経済学はあまり多くを語りません。唯一、新しい経済システムから新
しい経済システムへの移行を論じたものとしては、「経済的自由化政策のシークエンシング
(順序付け)」の経済学があります。
経済学からすれば、市場経済が最も効率的で、それに向けた自由化政策は、一気に押し進
めるのが望ましいことになります。言い換えれば、一挙の自由化、つまり「ショック・セラ
ピー」がファースト・ベストの政策ということになります。しかし、実際には、経済的自由
化によって、衰退産業が現出し、生産要素の移動が必要となり、調整コストが生じることに
なります。したがって、自由化政策を一挙に進めることは難しく、実際には自由化を、徐々
に進める(「グラジュアリズム」)ということにならざるを得ません。しかし、一連の自由
化政策をどのような順番で行うかによって、調整コストはかなり違ってくることになるはず
です。「シークエンシング」の経済学は、南米などでの自由化の経験を踏まえ、どのような
順番で自由化政策を進めれば調整コストを最小化できるかについて指針を得ようとするもの
です。それによると、国内市場の自由化は、対外関係の自由化より優先させるべきだという
ことになります。さらに、国内市場の自由化では、財市場や労働市場の自由化が金融市場の
自由化より優先すべきだし、対外関係の自由化では、貿易の自由化を対外資本移動の自由化
よりの自由化より優先すべきだということになります。実際、戦後の日本の自由化は、おお
よそこのような順序を辿ったように思います。
【ニュージーランドの事例が示すこと】
しかし、例えば、1980年代後半から1990年代にかけて大胆な構造改革を実施した
ことで有名なニュージーランドにおける経済的自由化政策は、この順序とほぼ正反対の順序
を辿りました。真っ先に対外資本移動を自由化し、通貨の変動相場制への移行を行っていま
す。他方、財市場、労働市場改革は遅れました。これは、自由化政策が、単なる経済的なコ
スト計算だけで行われるわけではないことを示しています。実際、ニュージーランドの経済
改革は労働党政権によって行われましたが、そのために、労働党政権に警戒感を持っていた
ビジネスを早く味方に付ける必要があったことから、対外資本移動の自由化を戦略的に最優
先させたとも言われています。他方、労働党政権だからこそ、労働市場改革は遅れたとの指
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2012年11月号
摘もあります。
このように、新しい経済システムを実現するためのプロセスを考えるにあたっては、経済
的な要因だけでなく、政治的な要因も考慮しなければなりません。経済システムの改革をす
るのであれば、そのような要因も考慮した上で、戦略的な実現方法を練り上げる必要があり
ます。
【「移行過程の管理工絍」のすすめ】
政治的な要因ということで言えば、現在の社会保障制度の改革に関連して、高齢化すれば
するほど、高齢者の投票を通じた発言力が強くなるので、世代間の受益と負担を大幅に変え
るような制度改革は難しくなるといわれます。しかし、例えば投票については、「カオス定
理」が存在します。それによれば、投票の繰り返しによって、どのような結果でも得られる
ことになる場合があることになります。これは通常は投票の問題点として指摘されるわけで
すが、捉え方によっては、実現困難と思われる制度改革も、その順序によっては実現可能に
なることを示唆しているようにも思えます。
そのような点も考慮しながら、旧い経済システムから新しい経済システムへの移行過程を
どのように管理するかを考える、「移行過程の管理工学」とも称すべき研究を蓄積していく
必要があるように思われるのです。
(日本経済研究センター研究顧問)
37
2012年11月号
小島明のGlobal Watch
脱原発への国際社会からの地政学的な懸
念
エネルギー政策に関連して「1つのSと3つのE(S+3E)」が指摘される。SはSa
fety(安全性)であり、3EはEnergy
Security(エネルギー安全保障
)、Efficiency(エネルギー効率・コスト)、およびEnvironment(
環境・温暖化対応)である。
しかし、日本の国内におけるこの「S+3E」の議論には決定的に欠けているものがある。
それは核拡散問題に直結した地政学的な安全保障の視点である。「S」は福島の原発事故で
もっとも重視される「安全性」であり、過酷事故の実態、さらに国会事故調査委員会に「人
的災害だ」と言わせた不十分な危機管理、事故後の対応の不手際を見せつけられた国民にと
っては当然のことである。だが、「S」には「安全性」に加え地政学的な「安全保障」の視
点を加えないと、日本の脱原発政策も原発ゼロ政策も国際社会に受け入れられない。
「安全保障」は「E」Energy
Security
のなかに入っているが、この
「安全保障」はエネルギーの「安定的確保」という意味合いであり、国際社会、とりわけ欧
米が原発との関連で持ち出している「安全保障」の視点とは異なる。
2012年9月14日に政府のエネルギー・環境会議が「革新的エネルギー・環境戦略」
をまとめた。そのポイントは①原発に依存しない社会の一日も早い実現(40年運転制限制
の厳格な適用、原発の新設・増設なし、原子力安全規制委員会の安全確認を得たもののみ再
稼働)、②グリーンエネルギー革命の実現③エネルギーの安定供給(化石燃料の確保、熱的
利用、次世代エネルギー技術の研究開発)④電力システム改革の断行⑤省エネルギー、再生
エネルギーを通じた地球温暖化対策の着実な実現―である。
この方針について経済界からは電力供給不安と電力料金の上昇で経営が圧迫され「日本脱
出を考える企業も出てくる」(米倉弘昌経団連会長)との失望が生まれ、すでに建設工事が
進んでおり震災後に工事が中断されていた中国電力島根原発3号機(松江市、工事進捗率9
38
2012年11月号
4%)、Jパワーの大間原発(青森県大間町、同38%)、東京電力東通原発1号機(青森
県東通村、同10%)は「新・増設なし」の対象から外すべきだとの要求が出された。
枝野経済産業相は、エネルギー・環境会議による「革新的エネルギー・環境戦略」を決め
た翌日、工事が中断されていた上記の3基については工事再開を認めるなど、早くも「20
30年代に原発稼働ゼロを可能とするよう、あらゆる政策資源を投入する」との路線と矛盾
する方針を示した。温暖化ガスの削減という地球環境対策でも、「革新的エネルギー・環境
戦略」ではこれからの日本経済の実質成長率を年1%と、税・社会保障一体改革で想定して
いるそれより意図的に低目に想定していることなど、政府の政策全体との整合性にも問題が
あるとの指摘もある。
ただ、以上は主として日本の国内での調整問題である。しかし、もう1つの「S」、地政
学的な安全保障にからむ問題は、国内調整では済まされない、重大な国際問題である。
プルトニウム・バランスと期限近づく「日米原子力協定」
当初、政府は「革新的エネルギー・環境戦略」を閣議決定するつもりだったのだろうが、
閣議決定を見送った。9月19日の閣議決定は次のようなものだ。
「今後のエネルギー・環境政策については、革新的エネルギー・環境戦略(2012年9
月14日エネルギー・環境会議決定)を踏まえて、関係自治体や国際社会等と責任のある議
論を行い、国民の理解を得つつ、柔軟性を持って不断の検証と見直しを行いながら遂行する」
これが全てだった。この決定にある「国際社会等との責任のある議論」だが、全く進んで
いない。政府は「革新的エネルギー・環境戦略」を米国などに事前説明をしたというが、米
国や国際原子力機関(IAEA)からは不満と懸念の声が上がっている。IAEAは原子力
の平和利用を確保し、軍事転用をさせないための保障措置を実施する国際機関で2005年
にはノーベル平和賞を受賞している。
米国の戦略国際問題研究所(CSIS)のジョン・ハムレ所長による2012年9月13
日付の日本経済新聞への寄稿は、日本の原発ゼロ方針に対する米国の強い懸念と憤りを示し
ている。ハムレ氏はこの寄稿で、核拡散防止の観点で日本の同方針が国際社会への責任放棄
になると、次のように言っている。
39
2012年11月号
「国家安全保障上の観点から日本は原子力国家で在り続ける必要がある。今後30年間で、
中国は75から125基の原子力発電所を建設する。日本はこれまで核不拡散問題について、
世界のリーダーであり続けてきた。日本が原発を放棄し、中国が世界最大の原子力国家にな
ったら、日本が核不拡散の関する世界最高峰の技術基準を要求する能力も失ってしまう」
米国やIAEAが重視するのは、いわゆるプルトニウム・バランスであり、日本の余剰プ
ルトニウムの増大である。日本がますます余剰となるプルトニウムをどうする気なのか、軍
事(核兵器)転用を招きかねない。それへの重大な懸念である。
元原子力委員会委員長代理だった遠藤哲也日本国際問題研究所特別研究員の話を聞いた。
彼は核燃料サイクル協定とも言われる「日米原子力協定」の30年間の有効期限が2018
年7月に終了することに注意を喚起する。「日米原子力協定」は歴史的に最も古い原子力協
定の1つで、累次改定されてきたが、1988年に発効した現行協定は核燃料サイクルに関
して「包括事前同意方式」により一定の枠内では日本のサイクル政策に自由が与えられると
いう、核不拡散協定(NPT)下の非核国では日本だけに「特権」を与えた協定である。協
定交渉にあたった遠藤氏によると、この「包括事前合意方式」という日本への「特権」付与
に際しては米国内で強い反対論があった。そのため協定成立まで10年近くかかった。
反対論は国防総省、議会などに根強く、反対理由は①日本にプルトニウムの扱いを自由に
させること自体が問題②仮にそれを認めたら、他国もそうした自由を要求し米国の核不拡散
政策そのものが崩壊しかねない③したがって、認めるにして30年も有効な「包括事前合意」
でなく、毎年、個別に合意(許可)を要する仕組みとすべきだ―などというものだった。
反対論を退けたのは当時、中曽根康弘首相と馬があったレーガン大統領だった。以前の協
定ではカーター大統領なども日本への特権付与に強く反対していた。
協定はすでに20余年にわたって円滑に機能したため、日本は微妙な成立過程を忘れてし
まっているし、空気のような存在になってきた。しかし、今回の日本政府の「2030年代
に原発稼働ゼロ」への動きで、米国内の反対論が再燃しかねない。
日本のIAEAへの報告では、2011年現在、日本は核分裂性分離プルトニウムを国内
に6,316㎏、国外でも英国に11,616㎏、フランスに11,692㎏と、合わせて
約30トン保有している。国内分は六ヶ所村再処理工場、JAEA東海再処理工場等にある。
40
2012年11月号
海外のプルトニウムについては英仏双方から高レベル核廃棄物とともに日本に引き取るよう
要求されている。
今後、六ヶ所村の再処理工場がフル操業にはいると、使用済み核燃料の年間処理量は最大
800トンで、プルトニウムはその0.8〜1%(うち核分裂性のプルトニウムは60〜7
0%)、従って4〜5トンが分離される。
こうして累増するプルトニウムは原発が次々に廃止されればいっそう過剰となり、プルト
ニウム・バランスは崩れる一方となる。「この余剰を日本は一体、どうする気なのか」と追
及され、日本はそれに答えることができないのが現状である。
注目すべき米韓の原子力協定改定交渉
日米原子力協定の期限より先に米韓原子力協定の期限が2014年に切れる。すでに改定
交渉の真っ最中である。米韓協定では、韓国はプルトニウムが出る再処理を事実上禁止され
ている。使用済み核燃料の発電所内貯蔵にはまだ余裕があるが、2016年ころから飽和状
態になると言われる。したがって、再処理について日本と同様の「特権」を得たいとしてい
る。「竹島」問題にからむ国内のナショナリズムもあり、韓国は日本だけが「特権」を得て
いる状況はなんとしても変えたいところだろう。
韓国は原子力大国を目指しているという(日本経済新聞2012年9月16日付「地球回
覧」、内山清行ソウル支局長)。日本が原発を減らすなかで韓国は2030年に発電量に占
める原発の火率を現在の30%から59%に引き上げる方針である。また2011年11月
策定の第4次原子力振興総合計画では「原子力をIT、船舶、半導体に次ぐ輸出産業に育て
る」とうたっている。
だが、韓国の再処理についての要求に対する米国の反対姿勢は固い。韓国に引き続き認め
ないということになると、日本への「特権」についても次の協定交渉で厳しい議論が生まれ
るだろう。
そうした地政学上、安全保障上の問題への発想が日本政府には欠如している。「安全」と
いう「S(safety)」は重要である。しかし、廃炉をするにも長い時間と費用がかか
るだけでなくレベルの高い技術の維持と技術者の確保も必要である。技術が劣化すればハム
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2012年11月号
レ氏が指摘するように国際的な貢献も責任も果たせない。代替エネルギーへの置き換えもし
っかりした戦略と計画が不可欠である。それに加えての上記のような、「もうひとつのS」
への対応である。感情論だけで原発政策を処理してはならない。じっくりした議論、点検が
不可欠である。2つのSについてもしっかり議論したうえでの整合性と対外的な説得力が肝
要である。
(日本経済研究センター参与)
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2012年11月号
深尾光洋の金融経済を読み解く
金融商品に関する覚え書き―ブラックマ
ンデーと金融派生商品(その3)
先物、スワップやオプションなどの金融派生商品は、債券、株式、為替相場などの金融商
品の価格、金銀プラチナなどの貴金属の価格、原油や穀物などの商品の価格などをベースに、
その価格変動に伴うリスクを売買するために生み出された金融商品である。基本的には、こ
うした価格変動について個人や企業などの一般の顧客と金融機関の間で、実質的な賭けを行
い、決済日に実際の価格から勝ち負けの判定を行って、負けた側が勝った側に現金で支払う
のが原則である。実質的な賭けであるため、ゼロサムゲームになっており、勝ち負けの金額
は同じ絶対値を持ち、符号が逆になっている。
先物とオプション
先物は、将来の時点で(例えば3カ月後)特定の金融商品(例えばトヨタ自動車の株式)
を現時点で一定の金額(例えば一株3000円)で売買する契約である。3カ月後に、この
契約価格よりも株価が上昇して一株4000円になっていれば、市場価格よりも安い300
0円で株式が買えたことになり買った側は株式を直ちに売却することで、一株あたり100
0円の利益を得ることが出来る。逆に2000円に値下がりしていれば、これを3000円
で買うことになり、買い手は1000円の含み損を抱えることになる。
オプションは、原資産を特定の日に一定の価格で売る権利若しくは買う権利である。金融
市場におけるオプション取引は1980年前後から拡大してきたが、一般の商取引において
は、古くからオプション取引が行われてきた。たとえば、マンションの購入において少額の
手付け金をおいて、販売業者から一定の期間において一定額で当該マンションを買い入れる
契約を取得することが行われているが、これはマンションを原資産としたコールオプション
の取得と見なることができる。コールオプションの価値(プレミアム)は、原資産の購入価
格(権利行使価格)が安いほど、また権利を行使できる期間が長いほど、高くなるが、これ
は直感的にも明らかであろう。
43
2012年11月号
オプションの特徴は売買する権利であって売買する義務がないことである。先のマンショ
ンの例であれば、手付け金を放棄すれば、マンションを購入する義務はなくなる。先の例は、
購入する権利であるコールオプションに関するものであるが、同様に売却する権利も考える
ことができる。これがプットオプションであり、例えばマンションを、一定期間の間に一定
額で不動産会社に買い取ってもらう権利を考えると、これがプットオプションになる。不動
産会社からプットオプションを購入しておけば、万一マンションが満足する価格で売れない
場合でも、権利行使期間中は、マンションを権利行使価格で売却することができる。プット
オプションの価値(プレミアム)は、原資産の買い取り価格が高いほど、また権利を行使で
きる期間が長いほど、高くなる。
原資産の価格変動とリスク管理
このように、原資産を買う権利(コール)の価格(プレミアム)は権利行使価格が低いほ
ど高額となる。他方、売る権利(プット)のプレミアムは権利行使価格が高いほど高額とな
る。コールオプションであれば、原資産価格が上昇すればプレミアムは上昇する。マンショ
ンの例であれば、付近のマンション価格が上昇すれば、マンションを一定金額で購入する権
利の価値は上昇するからである。逆にプットオプションであれば、原資産価格が上昇すれば、
プレミアムは低下する。一定額で買い取ってもらえる権利の価値は、マンションの市況が改
善すれば低下するからである。
金融市場において原資産価格が異常に大幅な変動を見せることが時に見受けられる。25
年前の1987年10月19日に株価が大暴落したいわゆる「ブラックマンデー」では、ニ
ューヨークのダウ30種平均が22.6%も下落し、翌日の東京証券取引所でも日経平均株
価が14.9%下落した。この時は、米国の大口投資家の間でオプション価格の理論に基づ
いたポートフォリオ・インシュランス運用が活発化していたことが、背景の一つに挙げられ
ている。株式運用においては、株価下落リスクを小さくすることが求められるが、その一つ
の対処方法として、運用株式全体を一定水準で売却できるプットオプションを購入すること
が考えられた。実際には長期間の満期を持つ多額の株式を売却できるプットオプションを市
場で購入することは困難であったため、プットオプションの役割を株式売買で近似すること
が試みられた。すなわち、株価が下落して、目標価格の下限に近づくに従って株式を徐々に
売却し、下限直前で株式をすべて売却すればよいと考えられたのである。
44
2012年11月号
これは、株式の先物取引などの委託証拠金制度を用いた取引で行われる、ロスカット取引
に近似した取引である。具体的には、取引業者に一定額の担保を用いて、その数倍の金融先
物を買い立てている場合に、先物価格の低下によって先物の含み損が担保価値に近づいた場
合に、業者に事前に株式を売るように依頼することで、損失が担保価値を上回らないように
するシステムである。
ロスカット取引の落とし穴
ロスカットは、市場に十分な流動性がある場合には、ロスの拡大を防ぐためにも合理的な
取引手法である。市場に流動性がある状態とは、ある程度のロットの取引を行っても価格の
小幅の値動きだけで執行できる場合を意味する。取引がある程度活発に行われている株式を
成り行きで売り注文すれば、株価は多少低下するが、大きな価格変動なしに売却できるはず
である。このため、先物価格が下落して証拠金を上回りそうになった場合に、その時点で先
物を売却してロスを限定することが可能となる。
これに対して、市場に流動性がない場合には、ロスカットシステムの発動は非常に危険に
なる。ロスカットのための売り注文が、大きな価格下落を招き、他の取引のロスカットを発
動する結果、価格の大幅な乱高下が発生する。このような可能性がある市場では、ロスカッ
トの制度に加えてサーキット・ブレーカーと呼ばれる、一時的な取引停止措置が使われる。
サーキット・ブレーカーは値幅制限とも呼ばれ、短期間に一定以上の価格変動が発生する場
合には、市場の流動性を確保するため、一定期間取引を止めて、取引が集まったところで初
めて取引を再開する。ロスカットシステムとサーキット・ブレーカーの二つの仕組みを正し
く組み合わせることによって、円滑な取引の実施を確保するのが、市場を運用する上で必須
であるといえる。ブラックマンデーの後、ニューヨーク証券取引所ではサーキット・ブレー
カーが導入され、ロスカットなどの取引で過大な株価変動が引き起こされないようにする改
革が行われた。
最近の日本においても、2011年3月14日には、大阪証券取引所における日経平均オ
プション取引イブニングセッションにおいて、松井証券のロスカットルールの発動により大
幅な値動きが発生して、一部の投資家が大きな損失を被ったとされている。これも東日本大
震災の直後の取引が薄い状況において、ロスカット制度が暴走した可能性を示唆している。
自動的なロスカット判定に基づいて顧客のポジションを強制手仕舞いするシステムを設計す
る場合に、サーキット・ブレーカーの仕組みとの整合性に十分配慮して、ロスカット注文が
45
2012年11月号
異常値を発生させる危険性を最小化することが必要不可欠だと考えられる。
(日本経済研究センター参与)
46
2012年11月号
小林光のエコ買いな?
マンションの太陽光発電、制度の壁を逆
手にビジネス
―集合住宅をエコに変える北九州・芝浦
グループの挑戦
フィードイン・タリフ制度(FIT、再生可能エネルギーで発電した電気を一定の価格で
電力会社に買い取ることを義務づける制度)のお蔭で、企業や個人が、太陽光発電パネルを
設置しても、短期間に元が取れるようになり、是非、パネルを付けたい、と思う人が増えて
きた。中でも主婦や主夫など、電気を使い、その料金支払いをする立場の人には切実にそう
思う人が多い。しかし集合住宅(マンション)の住人は、その夢を叶えるのは難しい(住宅
向け太陽光の買い取りは事実上戸建てが対象になっており、制度の壁がある)。しかし難し
いことは、ニーズでもありビジネスチャンスでもある。
こうした夢が叶えられるマンションが九州には多数ある。全入居住戸それぞれに、能力約
1.5kWの太陽光発電パネルを備えた分譲マンションや賃貸マンションである。この事業
を展開している芝浦特機などからなる、芝浦グループを率いるホールディングス会社は、北
九州小倉南区に本社を置き、これまで全戸太陽光発電パネル付きの分譲・賃貸マンションを
18棟手がけた(=文末写真参照)。
芝浦グループは、マンション住民が使いやすい大きさのパネルやパワーコンディショナー
(インバーターや接続などに係わる制御装置)などの規模を制度や経験に照らし、1.5k
Wと見切った。そのうえで開発する底地に建て得る集合住宅の屋根の広さを、出力1.5k
W分のパネル面積で割って出される数の住戸だけを、その屋根の下に収める、という屋根オ
リエンティッドな設計にした。各住戸は、必ず自分専用の太陽光パネルを持てるのである。
さらに戸建ての場合と同様に、マンション内の各戸毎に太陽光発電の余剰電力は系統に連携
され、売却される。戸別に買い上げ契約が結ばれているからだ。マンション自体の断熱・省
エネなどに力を入れているのは、言うまでもない。
こうしたハードに加え、ソフト面の工夫がある。
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2012年11月号
例えば電気料金は外で稼いでくる旦那の銀行口座から引き落とされるが、節電し、太陽光
発電による余剰電力で売り上げたお金の振込み先は、在宅時間の多い奥さんの口座にするこ
とができる。このようにすると各家庭は節電に工夫を凝らし、月間光熱費がゼロといった例
もたくさん出てくることになる(売却費単価の方が購入単価より高いので、実際には、自給
率が100%でなくとも、光熱費はゼロになり得る)。同ホールディングのホームページを
見ると、各マンション棟や各家庭が、少ない電力消費量、電気料金でマンションライフを楽
しんでいる姿がリアルタイムで紹介されている。
それでは、このマンションの分譲価格や賃貸料は、太陽光パネルやパワーコンディショナ
ーの分だけ(おそらくは百数十万円は)高いのだろうか?
ここにも実は新しい発想があって、高くはないのである。このマンションは、光熱費が得
になる物件と言うことで、人気であり、賃貸であれば、借り手が替わるたびに不動産屋さん
は、賃料アップができるという。分譲マンションもほぼ「売り出し・即完売」の状態になる。
空き家を抱えるロスがなく、建築主である芝浦グループでは、その資本費用を見ると、太陽
光発電パネルがあるゆえに、かえって安く済むことになる。同ホールディング最高経営責任
者(CEO)の新地哲己さんは「太陽光発電パネルは、商売の重荷になっていない、人気の
せいで十分な儲けが出るため、パネルはタダで差し上げてもいいくらいだ」と説明する。い
ささか誇張としても、売り出し主も住まい手も喜ぶ、互いに報われる仕組みになっているの
は事実である。
横文字で言えば、オーナーシップのある住み手、あるいは太陽光発電電力のプロシューマ
―、という立場に立つことによって、消費者は単なる需要者ではなくなり、より良い社会の
作り手になれるのである。
銀行の融資態度が前向きに、品質管理に学校設立
芝浦グループは、住み手の希望に応えることを通じ、迅速に投下資本を回収できるメリッ
トを産み出したが、他のステークホルダー(利害関係者)とも、建設的・生産的な関係へ変
えることに成功した。
新地さんは、銀行が貸付資金の安全性を
過度
に優先していることが、貸付先の事業展
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2012年11月号
開を困難にし、採算性を悪化させている、とかねてより批判している。例えば、実際に太陽
光発電パネルを設置した建物ができるまで銀行貸し付けが実行されないと、建設期間に高利
のツナギ融資が必要になる。下請け企業の資金繰りも厳しくなり、良い作業を継続的に期待
できる関係が維持しにくくなる。芝浦グループは現状では、満室の人気賃貸マンションとい
う優良資産を積極的に売却することなどを通じて自己資金を増やし、銀行に頼らずとも機動
的な事業展開ができる体制を作っていった。一方、銀行は、芝浦グループの事業経営を評価
し、支店長決裁の範囲での無担保融資などの対応を取る仕組みを整えてきた。
これらの体制整備が、メガソーラー発電事業への同社の参入で大いに力を発揮した。加え
て同社は今度も新しい事業モデルを作り出したのである。メガソーラーを超える大規模発電
サイトを造成した上で、メガワット規模に小分けして、分譲する仕組みである。この事業で
は、銀行の迅速・積極的な貸し付けが活用されたうえ、太陽光発電パネルのメーカーとの付
き合いもフルに活かされた。同社が力を入れたのは、パネルの据え付けに関する施工技術の
品質管理である。パネルの据え付け技術を修める学校を設立し、同社発注の太陽光パネル据
え付け工事は「この学校の卒業生に限る」という形で施工の品質確保を図っている。
またメガソーラー事業に初めて進出し、出資する事業主への配慮にも工夫が見られる。具
体的には、発電パネルのメンテナンスは、すべて芝浦グループが請け負い、リスクをなくす
仕組みを設けている。太陽光発電マンションでの技術蓄積が活かされたと言えよう。
既築でも、住民主導による環境事業に可能性
芝浦グループの例を見ると、全戸太陽光発電のエコマンションにせよ、メガソーラー発電
事業にせよ、その事業のステークホルダーがそれぞれに持ち寄れる最良部分をうまく組み合
わせることにより、需要者が喜んで参画でき、皆の元気が発揮され得るような仕組みを設け
ていることが分かる。こうした仕組みが事業成功の決め手となっていることが理解できる。
新築以上に対策が難しく、しかし、成果も大きいのが既築の集合住宅である。
先に見たような、需要側が喜んで力を発揮できるようにする条件整備があれば、既築マン
ションでの対策も進め得るのではないだろうか。
このような発想に立ち、私の研究室の大学院生が行った修士研究を紹介したい。
49
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既築のマンション(独立した棟のみのもの、に加えて、複数棟がある団地型)を取り上げ、
その自治組織である管理組合がどのような属性を持つと、エコ改修に踏み切る可能性が高く
なるかを調べたものである。
研究の結果(小島泰志氏が2012年の土木学会で発表した「既存分譲住宅における省エ
ネ改修に向けた改修阻害要因の解明」による。土木学会雑誌所載)では、改修の意向は、一
般に想像されるように、築後の年数が増えるにつれて高くなることが示されているが、マン
ション改修についてどのような情報を入手しているかということも影響を与えていることが
明らかになった。建物の管理を委託している管理会社経由でマンション管理や改修に係る情
報を得ている管理組合は、改修対策のバラエティに関して情報が少ない。他方、管理組合ネ
ットに自ら進んで参加したり、外部セミナーなどに出席したりしている管理組合では、幅広
い種類の改修対策へ関心を寄せる傾向が見られ、実際にも改修を行っている頻度も高かった
(文末図1、2参照)。
需要者は、サプライヤーの与えるものをただ受け入れるのでは元気が出ず、むしろ、需要
者が進んで勉強し、要望を発信し、需要者とサプライヤーが密に交流する事業モデルこそ、
食いつきの良い需要を産む。手応えのある新しい事業価値が創出されるということである。
北九州は、意欲的に、こうした「共進化」型の環境ビジネスに取り組んでいる。
(日本経済研究センター
研究顧問)
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西岡幸一の産業脈診
「ルネサスOB」がブランドになれ
「電子敗戦」。先ごろ千葉県の幕張メッセで開催されたIT・エレクトロニクス関連の国
内最大の展示会、CEATEC(シーテック)をのぞいた関係者の多くはこんな感想を抱い
たに違いない。展示ブースがスカスカで通路の広さがやけに目立つ。どことなく雰囲気に空
漠感がただよう。目を向けると向こうから飛び込んでくる、展示企業がこぞって盛り上げて
いこうとする象徴的な目玉商品や仕掛けがない。VTRやDRAMが席巻した前身のエレク
トロニクスショー時代からモーターショーと並んで、日本企業の明日を知るための秋の歳時
記として観察してきた目には、目指すブースのデモを見るのに、騒音の中を群衆をかき分け
ながら右往左往したころが懐かしい。多くの企業がビジネスの主戦場を憂色濃いエレクトロ
ニクスから自動車や社会インフラへ移し始めて、もはやCEATECという家電や情報機器
主体の容れ物で見せる刺激的なタマを持ち合わせていない、そんな風にも見えた。
コンデンサーやセンサーなど電子部品のエリアはまだしも充実しているがセットメーカー
の展示エリアは寒々しい。明らかにソニー、パナソニックなどが主役で関心をひく時代は過
ぎた。最寄りのJR海浜幕張駅でも派手な宣伝作戦を展開した中国の通信機器メーカー、華
為技術がダントツの人の山を形成している一方、日立製作所のブースが例年のわずか4分の
1程度のスペースでお茶を濁していたのが印象的だ。事務局の調べでは入場者は前年より7
%程度減少したということだが、主な展示企業では「実感としては20%減」という。
「自然落下状態」の半導体メーカー
そんなセットメーカー以上に存在感がないのは半導体企業だ。ルネサスエレクトロニクス
もエルピーダメモリも見えない。有力外資も顔を見せない。セットメーカーの半導体事業部
門もほとんど姿がない。主なメーカーで出展しているのはロームぐらいである。
無理もない。エルピーダメモリが破たんし、ルネサスエレクトロニクスは大幅な人員整理
と設備削減を含めたリストラに乗り出した。中堅メーカーでも苦境に立つところが増え、業
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界には寒風が吹きすさんでいるからだ。
ちょうど20年前の1992年。1986年に躍り出た日本企業の世界市場でのシェア1
位が米国に再逆転された。DRAM売上高で東芝がサムスン電子に、半導体全体の企業別売
上でもインテルがNECを抜いて世界一になった。日本メーカーの坂道はそこから始まった
のだが、20年を経て加速しているように見える。今や自然落下状態である。
この中間点の2000年代初め、半導体事業の再生のため、NECからNECエレクトロ
ニクスが専業会社として分離する一方、日立と三菱電機のメモリーを除く半導体部門が合併
してルネサステクノロジーが誕生した。この両者が経営統合して2010年にルネサスエレ
クトロニクスになったが前身時代に続いて赤字から抜けられない。かつては世界1位と3位
と7位の会社が結集したのに万年赤字の5位という体たらく。1+3+7=5という素数の
足し算は、自動車用マイコンで世界の40%を占めながら赤字という業績ともども理解しが
たい。とても半導体事業の専門家が経営してきたとは思われない。
ルネサスの経営についてはすでに多くの指摘があるので稿をさかないが、寄り合い世帯だ
から、というのなら仏伊合弁でスイスに本社を置くSTマイクロエレクトロニクスが格好の
手本になる。1987年の発足以前も含めると10社以上の企業の合併・統合を繰り返し、
ルネサス以上の新鋭・老朽の大小さまざまな生産拠点を世界中に抱えながら事業改革を進め、
米フリースケール・セミコンダクターなどとともにマイコン、ロジック系半導体の世界的有
力企業として名を成している。むろんルネサス同様、自動車向けのマイコンも手掛けている
が彼我のポイントは、マイコンに組み込まれるソフトのコストをきっちり回収しているかだ。
顧客の言いなりにタダ働きしていないかである。
ところで、著しく下り坂の半導体産業ではあるが、他と比較してどこまで落ち込んでいる
のだろう。
例えば半導体産業を生んだシリコンバレー。名前に反して今や同地域はインターネット関
連やバイオ、電気自動車などシリコン以外に発展の基盤を大きく広げているが、地元紙のサ
ンノゼ・マーキュリーの今年春の調査では、シリコンバレーに本社を置く上場企業の売上高
上位150社のうち、製造装置、材料なども含めた半導体関連企業は51社。シリコンバレ
ーはいまだにシリコンバレーなのである。このうちチップを開発・製造している半導体企業
で売上高1000億円を超えるのは10社。4兆円を超える世界最大のインテルを筆頭に、
煩をいとわず列挙するとAMD、Nvidia、Maxim、Xilinx、Altera、
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LSI、Atmel、Fairchild、LinearTechnologyなどである。
非上場企業ではでファウンドリー世界第2位のグローバルファウンドリーズや多数の上場予
備軍が控えており、シリコンバレー創世記時代の名門と新興企業が入り混じって強力な半導
体産業を形成しているのがわかる。
これに対して日本メーカーで同1000億円を超えるのもやはり10社。約1兆円の東芝
を筆頭にルネサス、ソニー、エルピーダ、富士通セミコンダクター、パナソニック、ローム、
シャープ、日亜化学、三菱電機と続く。見方によっては、日本勢が束になってもインテル1
社に及ばないので話にならないほど凋落した、といえる。米国にはシリコンバレーの向こう
に、テキサス・インスツルメンツ、フリースケール・セミコンダクター、マイクロンテクノ
ロジー、アナログデバイセズなど有力メーカーが各地に点在するので産業の懐は遥かに深い
のだが、ともかくシリコンバレーと渡り合える程度の、そこそこの規模の企業の数はある、
ともいえる。
ところが規模と数で太刀打ちできても決定的に違うのは、シリコンバレーではすべて半導
体専業企業で、経営は黒字基調であることだ。顔ぶれは10年前、20年前とかなり違い、
新陳代謝が進行している。とりわけチップの製造工場を持たない、いわゆるファブレス企業
が7社と優に過半を占めている。日本にもザインエレクトロニクスなどファブレスは勃興し
ているが大企業とはとてもいえず大抵はベンチャーに手の生えた程度である。シリコンバレ
ー企業には携帯電話用、画像処理、アナログなど商品、技術に特徴がある大メーカーが目白
押しなのに対して、日本勢は総合企業の1事業部門が普通。事業の中身はほぼ金太郎あめで、
企業ごとに決め技を表す形容詞が付かない。LEDの日亜化学ぐらいが主な例外だ。このた
め日本勢の間ではいつでも代替が効き、競争が激化するだけで、しかも優劣の決め手は価格
だけになってしまう。このままでは衰退に歯止めはかからない。
先行企業の「人材放出」を逆手に
シリコンバレーのファブレス企業は大小を問わず、インテル、HP、AMD、ナショナル
セミコンダクターなど先発企業での経験を踏まえてスピンアウトした技術者が設立したケー
スが圧倒的に多い。つまり先行大企業がファブレスを中心にした半導体ベンチャーの培養器
になっている。
こうした対比が示唆するところは明らかだ。ルネサスを代表格にこのところの半導体企業
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2012年11月号
のリストラは日本の半導体産業界で初めてといってよいほどの大規模な人材放出だ。ソニー、
パナソニック、シャープなど半導体のユーザー側でもかつてない事業改革で人材を放出して
いる。これらの動きは日本でのファブレス族生のきっかけになりうる。
日立、NEC、三菱などの半導体事業の技術者といえば業界が光り輝いていた20年、3
0年前に遡れば、全国から集められた電子工学や材料工学専攻の俊英のはずだ。それら俊英
を長い間、無為に抱え込んでいたなら当該企業にとっては自業自得と突き放しても、産業界
全体にとって大きな機会損失だ。それが再配分されるのは、技術者個人にとっては様々な問
題ではあろうが、マクロ的には中小企業への技術の波及などプラスも少なくない。アイデア
を温めてきた技術者の起業も期待できる。海外の競争企業に技術者が流出することもあるが、
それは大きなリスクと数えるより「ムーアの世界」後に向けた世界的な半導体産業への貢献
と考えた方がよい。「ルネサスOB」がブランドになる可能性は小さくないはずだ。
(日本経済研究センター研究顧問)
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2012年11月号
山田剛のINSIDE INDIA
もうひとつのビジネス・インフラ
―インドにようやく本格的ホテル建設ブ
ーム
ビジネスマンにとって先進国並み、あるいはそれ以上の生活が楽しめるタイ、シンガポー
ルなどの東南アジア諸国に比べ、インドが決定的に立ち遅れているのはホテルとナイトライ
フだ。後者はさておき、宿泊料金が高止まりしている割には設備やサービスがいまひとつ、
というインドのホテルは、複雑な税制やインフラと並んでインドでビジネスを展開する上で
長年のネガティブ要因となっていた。特に、気軽に泊まれる中級クラスのビジネスホテルが
極めて少なく、一部の高級ホテルを除くとあとはバックパッカー御用達、お湯も出ないよう
な駅裏格安ホテルしかない、というのが通り相場だった。
2000年代後半、インドが3年連続で9%成長を達成した「バブル期」には、タイやマ
レーシアなら1泊120ドル程度で泊まれるグレードのホテルが200ドルを超える強気の
料金を設定。日印EPA(経済連携協定)交渉のため出張してきた日本の若手官僚が2人相
部屋でツイン・ルームに泊まったり、同様にインドとEPA交渉を進めていた韓国政府に至
っては、ホテル代を安く上げるためデリーから約250キロ離れたラジャスタン州ジャイプ
ルのホテルで会合を開いていたという苦労話も耳にした。
ところが2010年以降、世界の有力ホテルチェーンがインドで相次ぎホテルの新増設
に着手(表)。観光セクターに100%外資を認めた政策やビザ発給規制の緩和などがやや
遅れて効果を示したようだが、もはや目先に大きな需要増が見込めるのはインドぐらいしか
なかった、ということだろう。これに対抗する形で国内のホテルチェーンも傘下ホテルの拡
充やリノベーション、新ブランドの導入などに取り組み始めた。
※表「インドの主なホテルチェーン」は会員限定PDFをご覧ください。
http://www.jcer.or.jp/international/insideindia20121030.html
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2012年11月号
この結果、これまで不足していたビジネス客向けの中級ホテルや低価格ホテルが相次ぎ登
場、高級ホテルでも選択の幅がぐっと広がった。最近では1泊300−400ドルを超える
ような高級ホテルの建設計画も相次ぎ具体化している。こうして適正な競争が行われれば、
価格・サービス面も改善され、ビジネスや観光のテコ入れにも期待が高まりそうだ。
2020夨までに最大850軒・10万室
市場調査会社ICRAのレポートによると、インドでは今後5−8年で世界的有力チェー
ンのホテル850軒・6.5万―10万室が新たに供給される見通しだ。さらに、有力コン
サルタント、キャッシュマン&ウェークフィールド(C&W)とインド工業連盟(CII)
の共同調査では、デリー首都圏(NCR)、ムンバイ、バンガロール、チェンナイ、コルカ
タ、そしてハイデラバードのいわゆる6大都市で、今後5年間で5万室のホテル客室が新設
される、と予測している。
こうした需要予測を先取りし、国際的ホテルチェーンは大挙してインドに資本を投入し始
めた。「インターコンチネンタル」「クラウン・プラザ」「ホリデー・イン」の3ブランド
・12軒のホテルをインドで展開中のインターコンチネンタル・ホテルズ・グループ(IH
G)では、2020年までに150軒を新たに建設するという壮大な計画を明らかにしてい
る。
12年8月に商都ムンバイ郊外のナヴィ・ムンバイで「フォーポイント・バイ・シェラト
ン」を開業、ウエスティン、Wホテルズなどインドで37軒のホテルを運営するスターウッ
ド・グループは、2015年までに50軒・5000室を新規に開業する予定で、高級ホテ
ル「セント・レジス」の展開も計画している。13年2月、ジャイプルにインド初のフェア
モント・ホテルをオープンしたフェアモント・ホテル&リゾートも、今後5−6年でラッフ
ルズ・フェアモント、スイスホテルなど約40軒を建設する計画だ。
タタ系、ITCなど天内勢も攻勢へ
これに対抗すべく、国内勢の動きも活発だ。タタ・グループ傘下で、「タージ・マハル」
ブランドで知られるインド最大のホテル運営会社インディアン・ホテルズ(IHCL)は、
現在112軒・約1万3000室のホテルを展開中だが、これを13年春までに130軒・
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2012年11月号
1万5800室に拡張する計画が進行中。タバコ最大手ITCのホテル部門で、訪印した歴
代米国大統領も宿泊したニューデリーのモウリヤ・ホテルなどで知られるインド第2位のI
TCウェルカム・グループは、5−6年以内に150軒・1万3600室と現在の1.5倍
の規模に拡大する計画だ。
これまで空白市場だった中級ホテル・低価格ホテルも急速に市場が充実しつつある。低価
格ホテルの草分けとして知られるIHCL傘下の「ジンジャー」は、カフェや会議室、ラン
ドリーなどビジネス客向け設備に絞り込み、1泊1500−2000ルピー(1ルピー=約
1.5円)程度からの格安料金で人気を集めている。2016年までに60億ルピーを投資
し、現在の25軒を80軒に拡張する計画だ。高級チェーンのITCウェルカム・グループ
も中級ホテル「ITCフォーチュン」62軒の展開を計画中。さらに、ヒルトンは「ハンプ
トン」、ハイアットも「ハイアット・プレイス」と、それぞれ中級ホテル・ブランドの展開
に取り組んでいる。
1泊4500ルピー程度で宿泊できる中級ホテル「プレミア・イン」を、デリーとバンガ
ロールの2都市で経営し、国内でカフェ・チェーン「コスタ・コーヒー」も展開する英ウィ
ットブレッドは、13年以降ムンバイやプネー、ゴアなどにもプレミア・インを展開する予
定で、2020年までに80軒を新設する、としている。
そうかと思えば1泊3万−4万円前後からスタートする高級ホテルも続々登場している。
国内高級ブランドのリーラ・ホテルズは昨年12月、チェンナイに高級ホテル「リーラ・パ
レス・チェンナイ」をオープン。ケンピンスキーはデリー、セント・レギスもデリー郊外の
産業都市ノイダでそれぞれ高級ホテルの建設を計画中だ。タイ系のルブア・ホテルズは11
年12月にデリー西部郊外のドワルカに第1号ホテルをオープン。香港系マンダリン・オリ
エンタル・グループ、アラブ首長国連邦(UAE)・ドバイに本拠を置くジュメイラ・ホテ
ルズ・アンド・リゾーツもインド進出を計画している。
地方都市展開や「巡礼」向けホテルも
新たなホテルの進出先は大都市に限らない。IHCLの「ゲートウェイ」ホテルは南部ア
ンドラプラデシュ州のティルパティ、北部シッキム州ガントクといった地方都市への展開や
地方空港近くへの立地を進めている。高級ホテル・ラリットも同様に地方都市に重点を置く
方針だ。
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ユニークなのは巡礼者向けホテルを計画しているダイウィク・ホテルズ。同チェーンでは
12年7月、インド本土とスリランカを隔てる海峡に突き出たヒンドゥー教の聖地ラメシュ
ワラムに第1号ホテルをオープン。14年秋までに、ガンジス川の沐浴で知られる北部ヴァ
ラナシーなど同様の聖地4カ所に巡礼者向けホテルを建設する計画だ。インドには9億人を
超える信徒人口をもつヒンドゥー教をはじめ、イスラム教やシーク教などのさまざまな聖地
が多数点在する。伝統的な巡礼宿を苦手とする若年層や富裕層を取り込めば、新たな需要開
拓にもつながりそうだ。
このほかにも、トラやサイなど野生動植物の観察を楽しむエコ・ツーリズムやワイルドラ
イフ・ツーリズム、心臓病治療や骨髄移植、人工関節埋め込み手術などを欧米に比べて低価
格で実施するメディカル・ツーリズム、そして世界的に有名なインドの伝統治療術・アーユ
ルベーダなどを盛り込んだヘルス・ツーリズムなど、インドには内外から観光客を呼び込む
ための資源がきわめて豊富だ。上質なサービスやアコモデーションを適正価格で提供するホ
テルが整備されれば、観光セクターの大幅な底上げも可能。雇用拡大や地域経済への波及効
果という点では、一から製造業を誘致するよりも手っ取り早いかもしれない。
だが、インドのホテル業界が健全な成長を遂げるには、解決すべき課題も少なくない。最
大の問題が人材。東南アジアに比べると、接客業における人材育成は大きく遅れている。観
光省では、ホテル・観光部門で2022年までに320万人の新規雇用が必要となると試算
している。また、C&WとCIIの共同レポートによると、ホテルプロジェクト全体に占め
る土地代の割合も総コストの30−50%に達するなど、世界標準の2倍以上に達している。
建設工事自体の工期の長さもプロジェクトの成否に影響を与えかねない要因だ。
これまでは、デリーやムンバイなどの大都市でも郊外に多少の空き地があったが、今後は
主に再開発のキーテナントとしてホテルを建設するケースも多くなりそうだ。だが土地の権
利関係が複雑に絡み合うインドでは、再開発そのものがなかなか迅速に進まないうえ、公有
地の放出はなかなか進まず、汚職などに巻き込まれる後難を恐れてか、大手デベロッパーも
それほど積極的には応札しようとしない。もちろん、高速道路や都市高架道路、バイパスな
どの整備が急務であることは言わずもがなだ。
インドにおける本格的なホテル・ブームの到来は、モータリゼーションやショッピング・
モールやシネマなど商業施設の普及といった、東南アジアにおけるいくつかの成功例をイン
ドに持ち込むきっかけとなる可能性も秘めている。だが、その一方で、インド人があまり得
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2012年11月号
意ではなかった街づくり、都市計画といった分野にもいよいよ本格的に取り組まねばならな
い時が、確実に到来しつつあるのだ。
(日本経済研究センター主任研究員)
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2012年11月号
林秀毅の欧州債務危機リポート
スペインとギリシャ、どちらが「狼少年」
か?
―銀行監督一元化案とESM発足後の展
開
ECB登策理事会後は「無風状態」だが
10月4日に開催された欧州中央銀行(ECB)政策理事会では予想通り特段の政策変更
は行われず、市場の反応は限定的だった。今回は、通常のようにフランクフルトではなく、
スロベニアで開催された。このような場合、過去の例からも、大きな政策変更は行われない
ことが通常である。また、前月決定した国債買い入れ(Outright
y
Transactions,
る(Ready
to
Monetar
OMT)についてドラギ総裁は、準備が整い次第実行す
undertake)という前向きな姿勢を見せた。市場では、E
CBはOMT開始後1−2カ月の間、国債の大量購入を実施する、という観測が流れた。
前月の本レポートでは、OMTが実行されても短期的な時間引き延ばし策にすぎないと述
べた。このような懸念に対し、今月の記者会見内容は、総論として少なくとも当初の段階で
ECBの前向きな姿勢を示し、市場安定化の効果を狙ったものといえる。さらに今回の記者
会見で、ドラギ総裁が、OMT実行のために各国が欧州金融安定基金(EFSF)/欧州安
定メカニズム(ESM)から課せられる条件について、①各国政府のモラル低下を防ぐだけ
でなく、②ECBの各国政府からの独立性を守ると同時に、③対象国国債の信用力向上(C
redit
Enhancement)に役立つと強調していることも注目される。
スペインは10月早期救済の観測も
今回の記者会見では、スペインに質問が集中した。特にECBによる国内買い入れの条件
として、一段と厳しい改革へのコミットが求められるのではないか、という質問が注目され
62
2012年11月号
た。
9月下旬に、スペイン政府は約400億ユーロの支出削減を中心とする2013年の予算
案を発表した。ほぼ同時に同政府は、国内銀行に対するストレステストの結果を公表した。
これによれば国内銀行の資本不足額は593億ユーロであり、今年7月にEU委員会がスペ
インの銀行セクターへの懸念を払拭するために用意した1000億ユーロの支援枠の範囲内
に収まっている。
しかし支援を得るためには今後一段と厳しい改革を約束させられるのではないか(com
mit
to
harsher
reforms)という問いに対し、ドラギ総裁は救済の
ための条件は「懲罰のためである必要はない」と述べた。この発言は、現在の改革案を着実
に実行するのであれば、OMTによる救済に前向きに取り組むことを示唆しているのではな
いか。
今年6月のEU首脳会議以降、EUレベルの議論は、「スペインをいかに救済するか」と
いうことに最重点が置かれている。さらに後述するように、同首脳会議で決定されたECB
による銀行監督の一元化と、これを前提としたESMが政府を経由せず銀行に直接資本注入
を行うという救済方法に対し、ドイツ等からの反発が強まっている。この点もまた、スペイ
ン政府にとって、EFSF/ESMに支援を要請し、それを条件にECBからOMTによる
国債買い入れを受けようとする動機になると思われる。
一方、スペイン政府が支援申請に踏み切れない最大の原因は、申請を行った場合、一段の
財政緊縮を嫌う国民が反発し、選挙への悪影響につながるという懸念にあるだろう。
以上のようないくつかの要因を考慮すると、今後10月18日のEU首脳会議でスペイン
救済に前向きな決定がなされ、21日のガリシアおよびバスク自治州の議会選挙終了したタ
イミングが注目される。10月末にかけスペイン国債約200億ユーロの償還を控えたタイ
ミングで月内に支援申請が行われる可能性も否定できないのではないか。
ギリシャの「突然死」リスク再燃も
記者会見では、スペイン以外の問題国についても言及があった。ポルトガルについて、ド
ラギ総裁は、最近3年国債の発行に成功したことなどを例に挙げながら、状況がかなり改善
63
2012年11月号
を見せており、OMTの対象とはならないだろうと詳細に述べた。一方、ギリシャについて
は、自らが保有するギリシャ国債のリストラクチャリングを自発的に行うことは、ECBに
よる各国財政赤字の補填
(マネタリー・ファイナンシング)にあたる、という従来からの
建前を繰り返したのみだった。この考え方によれば、今後改めてギリシャの債務再編が実施
される場合、ECBの債権が民間債権に優先して返済を受けるという問題が改めて浮上する。
現状、EU、IMF、ECBの「トロイカ」がギリシャの歳出削減や構造改革の進捗をチ
ェックしている。その内容によっては、今後ギリシャ政府が財政支出のために必要とする資
金の支援を見合わせる可能性がある。さらに国内では野党の歳出削減への反発は強く政治情
勢は依然不安定であり、国民によるデモやストライキも続いている。ギリシャはEU・IM
Fにより、既に二度の救済支援を受けている。仮に上に述べたような現状が続いた場合、救
済は継続されるだろうか。
スペインについて「大きすぎてつぶせない」状態にあり、先に述べたように救済を前提に
議論が進められている。一方ギリシャについては、現状、救済継続ないし追加支援の条件は
厳しさを増している。同じ嘘を繰り返したため信用を失くした「狼少年」となる可能性は、
ギリシャの方が今後高まるのではないか。
ECBの一元的な銀行監督とESMの発足
ドラギ総裁は、記者会見冒頭のスピーチで、9月12日にEU委員会が発表した銀行監督
一元化案(SSM)の内容を歓迎すると述べた。さらにECBとしても検討を進めており、
本件に関し近日中に正式な法的見解を発表すると明言した。また質問に答える形で、ECB
内で金融政策と銀行監督を担当する組織を明確に区分する必要があると述べている。同時に
10月8日に発足することになったESMは、ECBではなくEU各国政府の判断に従うべ
きであるとしている。
ECBの本音は、銀行監督の責任を負ったために自らの金融政策について必要以上に緩和
的な圧力がかかったり、ESMが十分機能しないためOMTのような緊急対応策を今後追加
的に迫られることは避けたい、という点にあると思われる。
(日本経済研究センター
特任研究員)
64
2012 年 11 月号
研究リポート(サマリー)
<景気後退・円高阻止とデフレ克服のための緊急政策提言>
リスク封じ消費税円滑に-景気下支えへ2兆円対策を
2012 年 10 月 2 日発表
日本経済研究センター研究本部
<ポイント>
1. 重なる景気下振れ要因
海外景気の停滞で輸出や生産に陰り。赤字国債発行法案の成立遅れが日本版「財政の崖」とな
って、景気の足を引っ張る恐れがある。中韓との関係悪化も打撃に。景気は4月をピークに後
退局面に入った可能性もある。
2. 財政運営を戦略的に
赤字国債発行法案の早期成立に加え、急ぎ2兆円の補正対策を打つべきだ。財源は予備費など
から捻出できる。景気下振れを抑え、消費増税先送りリスクを封じる。増税は先延ばしすべき
でない。14 年度の消費増税時には、法人税減税前倒しと自動車2税の廃止で、混乱を最小限
にできる。自動車2税に代わる財源は環境税で。
3. 未来への投資を優先
対策は防災・減災、再生エネルギー開発など未来への投資を優先し、民間資金も動員すべきだ。
風力発電の電力を都市部に届ける送電網の建設や、電力の融通性を高める周波数統一の推進を。
耐震性・省エネ性に優れたオフィスビル建設も、政策面から後押しすべき。民間資金を呼び込
むため、PFI(民間資金を活用した社会資本整備)など金融面の工夫を図れ。
4. 円高阻止へ新たな枠組み
デフレの背景には根強い円高がある。介入効果を高めるため、日銀の外債購入を可能にすべき
だ。国際金融システムも、これまでのアジア各国が為替を割安な水準で固定し、稼いだ経常黒
字を介入を通じて米国債購入に振り向ける「ブレトンウッズ体制Ⅱ」から、IMFの資金力を
高めたいわば「ブレトンウッズ体制Ⅲ」に強化すべきだ。アジア各国が為替をドルに固定し外
貨準備を蓄積する誘因が薄れ、円高とグローバルな不均衡是正につながる。
詳細は http://www.jcer.or.jp/policy/p.e2011FY.html をご参照ください。
65
2012 年 11 月号
セミナーリポート
「G ゼロ」~リーダー不在の世界の行方
2012 年 10 月 11 日開催
イアン・ブレマー・ユーラシア・グループ社長
福田慎一・東京大学大学院経済学研究科教授
モデレーター)脇祐三・日本経済新聞社コラムニスト
新たな「協調」のシナリオ急務に―内向き志向からの脱却を
<要旨>
イアン・ブレマー氏は、指導国不在の G ゼロの世界に陥った要因を①関係国の増加による調整
の難化②新興国の意思・能力不足③リーダーシップをとれない先進国の内政事情④米国のリーダ
ーシップをとる意思と能力の欠如にある、と分析し、先進国が同一の方向性で強力なスタンダー
ドを共有することが重要だと語った。福田教授は、国家間で認識を共有した上で協調することが
必要だが、新興国にパワーシフトしている国際社会の現状がそうした協調をより難しくしている
と指摘した。
パネルディスカッションでは脇氏をモデレーターに迎え、欧州、米国、中国の現状とその行方、
G ゼロ後の世界とその世界秩序等について幅広く議論した。
詳細は http://www.jcer.or.jp/seminar/sokuho/index.html#20121011 をご参照ください。
66
2012 年 11 月号
最近掲載のセミナーリポート
開催日
10 月18 日
タ イ ト ル
講 師
会社法改正とコーポレート・ガバナンス
の展望
「自社の特色踏まえたガバナンスを
―グローバル化の模倣は再考が必要」
大崎貞和・野村総合研究所未来創発
センター主席研究員
掲載項目
未来に投資する社会
10 月17 日
―人財立国の実現へ「40 歳定年」を
「学び直しで多様な働き方を
―企業内での雇用維持は限界」
柳川範之・東京大学大学院経済学研
究科・経済学部教授
10月11日
「G ゼロ」~リーダー不在の世界の行方
「新たな『協調』のシナリオ急務に
―内向き志向からの脱却を」
イアン・ブレマー・ユーラシア・グ
ループ社長
福田慎一・東京大学大学院経済学研
究科教授
モデレーター)脇祐三・日本経済新
聞社コラムニスト
10月5日
2012 年度後半以降の世界・日本経済展望
「欧・米・中とも来春から持ち直し
―日本は 13 年度後半に高成長も 」
牧野潤一・SMBC 日興証券チーフエ
コノミスト
10月2日
日本のグランド・ストラテジー
―新興国の台頭と日本外交
「グローバル化へ適応、先進国の維持を
―新興国とは『協争』の時代へ」
山本吉宣・PHP 総研研究顧問、東京
大学名誉教授、青山学院大学名誉教
授
9月27日
世界経済と日本―サマーダボス報告
「日本、ASEAN との協力に活路
―原発方針は国際配慮欠く」
竹中平蔵・日本経済研究センター研
究顧問
9月27日
選択を迫られる企業の投資動向
「海外生産へのシフトが強まる
―収益の国内への還元は不十分」
穴山眞・日本政策投資銀行産業調査
部長
9月26日
政権交代期の中国経済の行方
「政治改革遅れ高まるリスク
―人脈に依存しない対中投資戦略を」
柯 隆・富士通総研経済研究所主席
研究員
9 月 21 日
<特別セミナー>
日本経済再生への戦略
「国際金融危機への防波堤構築を
―税・社会保障の抜本改革も急務」
岩田一政・日本経済研究センター理
事長
67
2012 年 11 月号
9 月 19 日
財政破綻は回避できるか―景気を悪化
させない赤字削減策を考える
「段階増税で財政破綻を回避せよ
―問題の先送りリスクは甚大」
9 月 14 日
≪AEPR 特別セミナー≫
変貌するミャンマー―民主化後の経済成
三重野文晴・京都大学東南アジア研
長
究所准教授
「経済の基盤整備が重要な段階
―日本は成長戦略への協力で貢献できる」
詳細は
深尾光洋・日本経済研究センター参
与、慶應義塾大学商学部教授
(聴くゼミ:音声)http://www.jcer.or.jp/seminar/kikusemi/index.html
(読むゼミ:抄録)http://www.jcer.or.jp/seminar/sokuho/index.html
68
ピッ
ピックアップセミナー
東京
11月15日 12:00 〜 13:30
大阪
*会費:3000円(当日ご持参ください)
*会場:日経東京本社ビル6階・セミナールーム2
12月5日 12:30 〜 14:00
*会費:3000円(当日ご持参ください)
*会場:ホテルニューオータニ大阪・2階「マンハッタンクレイン」(大阪市中央区城見1‑4‑1)
*定員になり次第締め切ります
会員会社・部長昼食会
日経センター・大阪昼食会
第18回党大会以後の中国
―現状と課題
グローバル化進む
世界の株式市場と日本
國分
米田
良成・防衛大学校長
道生・大阪証券取引所社長
参加ご希望の皆様へ
会場の席数に限りがございますので、当センターホームページ(http://www.jcer.or.jp/)または裏面のFAX申込書
で事前お申し込みをお願いします。
セミナーの日時は講師の都合などで変更する場合もありますので、当センターホームページでご確認ください。
■会費
■場所
■入場
会員無料、一般は1回8,000円
東京:日本経済新聞社東京本社(東京都千代田区大手町1 3 7)
日経茅場町カンファレンスルーム(東京都中央区日本橋茅場町2 6 1)
大阪:日本経済新聞社大阪本社8階・日 経 セ ン タ ー 会 議 室(大阪府大阪市中央区大手前1 1 1)
(地図はホームページをご覧ください)
先着順(セミナー開始の30分前より受付を始めます)
■お問い合わせ(電話) 東京:
(03)6256−7720/大阪:
(06)6946−4257
公益社団法人
〒100‑8066
日本経済研究センター
東京都千代田区大手町1−3−7
総務本部
総 務 ・ 広 報 グ ル ー プ
経 理 グ ル ー プ
03(6256)7710
03(6256)7708
事業本部
会 員 グ ル ー プ
事業グループ(セミナー)
03(6256)7718
03(6256)7720
日本経済新聞社東京本社ビル11階
研究本部
予 測 ・ 研 修 グ ル ー プ
研 究 開 発 グ ル ー プ
国際・アジア研究グループ
中
国
研
究
室
グ ロ ー バ ル 研 究 室
ライブラリー
(茅場町支所) 〒103‑0025 東京都中央区日本橋茅場町2−6−1 日経茅場町別館2階 03(3639)
2825
大阪支所 〒540‑8588 大阪府大阪市中央区大手前1−1−1 日本経済新聞社大阪本社8階 06(6946)
4257
03
(6256)7730
03
(6256)7740
03
(6256)7750
03
(6256)7744
03
(6256)7732
大阪
11月6日 12:30 〜 14:00
*会費:3000円(当日ご持参ください)
*会場:ホテルニューオータニ大阪・地階「ウィステリアの間」
(大阪市中央区城見1‑4‑1)
*定員になり次第締め切ります
日経センター・大阪昼食会
漂流する日本の政治―再生への処方箋
政権交代から3年、混迷が増す日本の政治はどこへ向か
っているのでしょうか。政治が再生しない限り、日本経済
も立ち直ることが難しい状況です。首相公選制といった劇
薬も必要と述べる北岡氏が今後の政局と再生への方策を提
言します。
北岡
伸一・政策研究大学院大学教授、東京大学名誉教授
1976年東京大学大学院法学政治学研究科博士課程修了(法学
博士)
、立教大学法学部教授、東京大学法学部教授、特命全権大
使(日本政府国連代表部次席代表)などを経て、2012年から現職
大阪
11月8日 14:00 〜 15:30
東京
11月9日 15:30 〜 17:00
*会場:日経東京本社ビル6階・セミナールーム2
穀物相場の行方
―価格高騰は長引くか
天候不順で世界の穀物生産が減少し、価格が高騰してい
ます。米国政府がバイオ燃料の使用義務量を定めたことや、
投資家の方針が安全性重視へ転じて穀物市場へ資金が押し
寄せたことも相場上昇の要因です。今後の値動きは政治の
動きとも関係します。米大統領選後、エタノール政策はど
うなるか。穀物価格の動向と日本への影響を展望します。
茅野
信行・コンチネンタルライス代表
1976年中央大学大学院商学研究科修士課程修了、コンチネン
タル・グレイン・カンパニー入社。99年ユニパックグレイン設
立、2006年から現職。08年國學院大學経済学部教授
東京
11月15日 12:00 〜 13:30
*会費:3000円(当日ご持参ください)
*会場:日経東京本社ビル6階・セミナールーム2
*会員、一般とも無料
*会場:日経大阪本社ビル8階・日経センター会議室
会員会社・部長昼食会
景気点検講座
毎年5月と11月に開催の「景気点検講座」は、その時々
の経済動向、物価、景気の先行きなどについて、日本銀行
大阪支店の担当者が最新の情報を解説するセミナーです。
(このセミナーは「聴くゼミ」
、
「読むゼミ」
、資料のホーム
ページ掲載は致しません)
山口
智之・日本銀行大阪支店営業課長
1989年東京大学法学部卒、日本銀行入行。企画局企画役、総
務人事局企画役、政策委員会室広報課長などを経て、2012年か
ら現職
東京
11月9日 13:30 〜 15:00
第18回党大会以後の中国
―現状と課題
中国共産党は今秋第18回党大会を迎えます。胡錦濤体制
10年の総決算と新たな体制のスタートを迎えることになり
ます。しかし政治では熾烈な権力闘争が続き、経済では減
速傾向が見られ、外交面でも日中間に象徴されるように摩
擦も多いです。こうした中国の現状と展望を、内外情勢を
踏まえながら考えます。
國分
良成・防衛大学校長
1976年慶應義塾大学法学部卒、81年同大学院博士課程修了。
慶應義塾大学教授、同大東アジア研究所長、法学部長などを経
て、2012年から現職
*会場:日経東京本社ビル6階・セミナールーム2
メディア社会の民意
―輿論か世論か
ソーシャル・メディアでの呼びかけで官邸前に数万人の
デモが発生し、国が新たに「討論型世論調査」を実施する
など、従来と異なる現象が起きています。この中で民意は
どのように捉えられ、政治の意思決定にどう影響するので
しょうか。現状と今後の広がり、課題について、輿論(パ
ブリック・オピニオン)と世論(ポピュラー・センチメン
ツ)の区別を主張する佐藤氏が論じます。
佐藤
卓己・京都大学大学院教育学研究科准教授
1984年京都大学文学部卒、89年同大学院文学研究科博士課程
単位取得退学、文学博士。同志社大学助教授、国際日本文化研
究センター助教授、京都大学大学院助教授などを経て、2007年
から現職
東京
11月16日 14:00 〜 15:30
*日英同時通訳付き
*定員100名、先着順
*会場:日経東京本社ビル6階・セミナールーム2
これからの金融市場
―6兆円を運用する米投資家の目
国際金融市場の動揺が続いています。投資を成功させる
ために大切なことは何でしょうか。運用資産約800億ドル
(約6兆円)を誇る投資会社を率いるマークス氏が金融市
場の動向と、これまでに築き上げた投資哲学について語り
ます。
ハワード・マークス・オークツリー・キャピタル・マネジメント会長
兼共同創業者
ペンシルベニア大学ウォートン・スクールで金融を学び、シ
カゴ大学でMBA取得。シティコープ・インベストメント・マ
ネジメント、TCWグループを経て、1995年より現職
東京
11月19日 14:00 〜 16:00
東京
11月28日 14:00 〜 15:30
*日英同時通訳付き
*定員100名、先着順
*会場:茅場町カンファレンスルーム
*会場:日経東京本社ビル6階・セミナールーム2
習近平の中国―政治・経済の課題
中国では、今秋の第18回共産党大会で、トップが胡錦濤
ユーロ危機とアジア経済
総書記から習近平国家副主席に引き継がれ、政治局常務委
ユーロ圏の債務危機はどのように進展し、それに対して
員など最高指導部も大幅に刷新されます。新体制で中国の
どのような政策対応がなされるでしょうか。アジアの貿易
政治はどう変わるでしょうか。また減速する経済を、どう
と金融市場へはどう影響するでしょうか。今年の春まで
安定成長の軌道に乗せていくことができるでしょうか。中
IMFのエコノミストであった崔氏が、課題と今後の可能性
国政治・経済の専門家たちが討議します。
をお話しします。
*開催日が11月8日から変更になりました。
雲奎・韓国銀行経済研究院長
崔
志雄・野村資本市場研究所シニアフェロー
関
1979年香港中文大学卒、86年東京大学大学院博士課程修了、
経済学博士。香港上海銀行、野村総合研究所、経済産業研究所
を経て、2004年から現職
朱
建栄・東洋学園大学人文学部教授
1985年上海国際問題研究所付属大学院修了。86年来日、総合
研究開発機構(NIRA)客員研究員などを経て、96年から現職
司会)室井
秀太郎・日本経済研究センター主任研究員
1988年ソウル大学経済学部博士課程修了、カリフォルニア大
学経済学博士。香港科技大学准教授、IMFシニアエコノミスト
などを経て、2012年6月から現職
大阪
12月5日 12:30 〜 14:00
*会費:3000円(当日ご持参ください)
*会場:ホテルニューオータニ大阪・2階「マンハッタンクレイン」(大阪市中央区城見1‑4‑1)
*定員になり次第締め切ります
日経センター・大阪昼食会
東京 11月21日 14:00 〜 15:30
グローバル化進む
世界の株式市場と日本
*会場:日経東京本社ビル6階・セミナールーム2
大阪
11月22日 14:00 〜 15:30
*会場:日経大阪本社ビル8階・日経センター会議室
2013年1月に、大阪と東京の証券取引所が統合されます。
改正金融商品取引法も成立し、株式や金融先物、商品を一
括して取引できる総合取引所設立に向けた制度も整ってき
ました。国境を越えた取引所の再編が進む中、日本は世界
日経センター短期経済予測説明会
予測期間:2012年10 12月期〜2015年1 3月期
とどのように競争していくのでしょうか。また、大阪の地
位にどんな変化が起きるのかなどを含めて、統合の背景や
新しい取引所の方向性をお話しします。
米田
愛宕
伸康・日本経済研究センター短期経済予測主査
東京
道生・大阪証券取引所社長
1973年京都大学法学部卒、日本銀行入行。秋田支店長、札幌
支店長などを経て、2000年大阪証券取引所常務理事。01年株式
会社大阪証券取引所常務、専務を経て、03年から現職
11月27日 18:30 〜 20:00
*会員無料、一般2000円
*会場:日経東京本社ビル10階・会議室
東京
12月6日 13:30 〜 15:00
*会場:日経東京本社ビル6階・セミナールーム2
≪イブニング・マーケット・セミナー≫
北京で見る素顔の中国経済と金融改革
2013年の貿易と日本経済
日中間の緊張関係の高まりの向こう側には、急激な経済
世界経済の減速が強まっています。国内では、円高やエ
成長で広がった社会のひずみが透けて見えます。より持続
ネルギー問題、対外貿易交渉の行方、人口減少にともなう
的でバランスの取れた成長に向けて、中国は何をしようと
市場の縮小という課題もあります。企業の海外移転が進展
しているのでしょうか。長年、北京で中国の政策動向をウ
し、新興国が力をつける中、輸出入はどうなるでしょうか。
オッチしてきたエコノミストが、進行している金融改革の
来年の貿易動向を中心に、日本経済を展望します。
内容や中国新指導部の経済政策の重点をお話しします。
三輪
神宮
健・野村総合研究所(北京)金融システム研究部長
1983年早稲田大学政治経済学部卒、野村総合研究所入社。米
国駐在、アジア経済研究室長、香港駐在、野村資本市場研究所
北京代表処首席代表などを経て、2010年から現職
裕範・伊藤忠経済研究所長
1981年神戸大学法学部卒、伊藤忠商事入社。91年ハーバー
ド・ビジネス・スクール卒業(MBA)。2003年伊藤忠ビジネス
戦略研究所経営情報室長、08年伊藤忠商事調査情報部長などを
経て、11年から現職
東京
12月7日 14:00 〜 15:30
会場案内図
*会場:日経東京本社ビル6階・セミナールーム2
大阪
12月10日 14:00 〜 15:30
*会場:日経大阪本社ビル8階・日経センター会議室
≪日経センター中期経済予測説明会≫
●東京・大手町
〒100 8066
東京都千代田区大手町1−3−7
日経東京本社ビル
都心環状線
気象庁
竹橋駅
国税局
4番出口
日経東京本社ビル
JA 経団連
ビル 会館
消防庁
日本政策
投資銀行
旧日経
本社
C2b出口
三井物産
三井生命
皇居
鈍化などのリスク要因も点検します。
坪内
外堀通り
千代田線・大手町駅
生産性の高い産業から低い産業へ。製造業の海外シフト
が進む一方で、高齢化・サービス化が進展し、日本経済は
苦しい調整を迫られています。この先、日本全体の成長力
はどう変わるのか、2025年までの経済・産業地図を描きま
す。脱原発下のエネルギー確保の問題、欧州・中国の成長
三田線
丸の内線
産業地図の変容と日本の成長力
―しのげるか空洞化・高齢化の試練(仮題)
KDDI
読売新聞社
大手町駅
大手町ビル
浩・日本経済研究センター中期経済予測主査
地下鉄 東西線・千代田線・丸ノ内線・半蔵門線・
東京
12月12日 13:30 〜 15:00
*会場:日経東京本社ビル6階・セミナールーム2
三田線大手町駅(C2b出口直結)
、
東西線竹橋駅(4番出口)
株価座談会
波乱の世界経済と日本株
―2013年前半の相場展望
至南森町・東梅田
至京橋
大川
京阪電車
天満橋駅
OMMビル
土佐堀通
N
1
京阪東口
交差点
上町筋
直樹・メリルリンチ日本証券日本株チーフストラテジスト
日本経済新聞社大阪本社8階
大阪歯科
大学病院
神山
大阪府大阪市中央区大手前1−1−1
谷町線 天満橋駅
谷町筋
くなっています。米国経済の回復遅れ、欧州危機の長期化
など世界経済は波乱含みです。専門家お二人に議論してい
ただき、来年前半の株式相場を見通します。
〒540 8588
至淀屋橋・中之島
世界的な金融緩和の動きを受けて、日本株は夏以降に一
時持ち直しました。しかし、中国経済の減速や日中関係の
悪化といったリスクが急浮上し、相場の先行きは読みにく
●大阪
テレビ
大阪
寝屋川
ドーン
センター
1985年一橋大学経済学部卒、日興証券(現SMBC日興証券)
入社。ゴールドマン・サックス証券、ドイツ証券などを経て、
2012年から現職。ニューヨーク大学経営大学院(MBA)、英シ
ティ大学経営大学院(博士)
地下鉄谷町線、京阪電車天満橋駅下車徒歩5分
柏原
1番出口より東へ京阪東口交差点南東側
延行・みずほ投信投資顧問執行役員企業調査部長兼
日経大阪本社8階
至谷町四丁目
株式運用第一部長
1985年大阪大学基礎工学部卒、第一勧業銀行(現みずほフィ
ナンシャルグループ)入行。外国債券、外国株式の運用担当な
どを経て90年第一勧業投資顧問(現みずほ投信投資顧問)出向。
2008年から現職。早稲田大学ファイナンス研究センター非常勤
講師
司会)中野
12月17日 15:30 〜 17:00
●東京・茅場町
〒103 0025
東京都中央区日本橋茅場町2−6−1
日経茅場町別館
SMBC
フレンド証券
リテラ・
クレア証券
東京証券
会館
*会場:日経東京本社ビル6階・セミナールーム2
永代通り
12
かざか
証券
第二証券
会館
愛宕
伸康・日本経済研究センター短期経済予測主査
至銀座
日経茅場町別館
新大橋通り
日本橋
消防署
6
日本 とみん
電子計算 銀行
日比谷線 茅場町駅
12月14日公表の日銀短観で示される企業の景況感や経営
計画の動向について、11月21日の当センター短期経済予測
公表後の内外経済情勢や金融環境、研究生による経済分析
「経済百葉箱」の紹介も交えながら解説します。
東西線 茅場町駅
至門前仲町
至大手町
日銀短観ポイント説明会
至上野
東京
義一・日本経済新聞社編集局次長兼証券部長
*11月28日のセミナーは茅場町での開催ですので、ご注意
ください。
地下鉄 日比谷・東西線「茅場町駅」6番、12番出口
連続セミナー参加者募集
中国の新体制と変わるビジネス環境
11月の党大会で、習近平氏を中心とする中国共産党の新指導部が成立します。新体制移行による短
期的、中長期的な経済への影響と、中国に対する投資環境の変化について、最新のデータを活用しな
がら解説します。最終講義では、嶋原日中投資促進機構事務局長が、実例を交えながらお話しします。
◆講
師:北原
嶋原
基彦・日本経済研究センター中国研究室長兼主任研究員(第1講義〜第3講義)
信治・日中投資促進機構事務局長(第4講義)
◆日
時:2日間・4講義/11月22日(木)、29日(木) 各回①13:00−14:30、②14:45−16:15
◆会
場:日本経済新聞社東京本社ビル内会議室(千代田区大手町1−3−7)
◆定
員:30名(定員になり次第締め切らせていただきます。)
◆教材・テキスト:毎回参考資料を配布します。
◆受講料:会員21,000円、非会員42,000円(税込み) *請求書をお送りします。
講義内容
講義1(11/22)習近平新体制と経済政策―持続的成長は可能か
講義2(11/22)生産拠点としての中国、消費市場としての中国
講義3(11/29)高度成長から安定成長へ―軟着陸の条件と課題
講義4(11/29)変わるビジネス環境と日本企業
講師略歴
■北原
基彦(きたはら
もとひこ)
:1980年東京大学中国文学科卒、日本経済新聞社入社。北京・上海・香
港・台湾支局駐在、国際事業本部副本部長などを経て、2011年から現職
■嶋原
信治(しまはら
しんじ)
:1972年大阪外国語大学中国語学科卒、トヨタ自動車販売入社。82年、87
年トヨタ自動車中国事務所首席代表、97年同総代表などを経て、2001年から日中投資促進機構へ出向、現職
◆お申し込み方法:郵便番号・住所・会社名・所属・氏名・TEL・FAX・E-mailを明記の上、FAX(03‑6256‑
7925)でお申し込みください。ホームページ(http://www.jcer.or.jp/)上からもお申し込みいただけます。
◆問い合わせ先:事業グループ
TEL:03‑6256‑7720/FAX:03‑6256‑7925
日本経済研究センター事業グループ行き
FAX申込書(03−6256−7925)
会社名
(会員・非会員)
氏名
住所
所属・役職
〒
TEL
FAX
E-mail
※会員の皆様の個人情報は上記連続セミナーに関する確認のほか、日本経済研究センターの事業のご案内のみに使用します。
03(6256)7925
大阪のセミナーは… 06(6947)5414
東京のセミナーは…
日本経済研究センター
Japan Center for Economic Research
2012 年11 • 12 月の催し
TOKYO
月
日
曜日
9
9
*詳細はホームページをご参照ください。*■は会員限定セミナーです。
開催時間
セミナー名
参加希望
金
15:30〜17:00 穀物相場の行方―価格高騰は長引くか
茅野信行 氏
木
12:00〜13:30
金
14:00〜15:30 これからの金融市場―6兆円を運用する米投資家の目
月
14:00〜16:00 習近平の中国―政治・経済の課題
関 志雄 氏・朱 建栄 氏・室井秀太郎
水
14:00〜15:30 日経センター短期経済予測説明会
愛宕伸康
火
18:30〜20:00
水
14:00〜15:30 ユーロ危機とアジア経済
崔
木
13:30〜15:00 2013年の貿易と日本経済
三輪裕範 氏
7
金
14:00〜15:30
12
水
13:30〜15:00 波乱の世界経済と日本株―2013年前半の相場展望
17
月
16
19
21
会員会社・部長昼食会
第18回党大会以後の中国―現状と課題
國分良成 氏
ハワード・マークス 氏
≪イブニング・マーケット・セミナー≫
北京で見る素顔の中国経済と金融改革
神宮
健氏
雲奎 氏
≪日経センター中期経済予測説明会≫
産業地図の変容と日本の成長力―しのげるか空洞化・高齢化の試練(仮題) 坪内 浩
株価座談会
神山直樹 氏・柏原延行 氏・中野義一 氏
15:30〜17:00 日銀短観ポイント説明会
OSAKA
愛宕伸康
*詳細はホームページをご参照ください。*■は会員限定セミナーです。
日
曜日
開催時間
6
火
12:30〜14:00
11 8
木
14:00〜15:30 景気点検講座
22
木
14:00〜15:30 日経センター短期経済予測説明会
5
水
12:30〜14:00
10
月
14:00〜15:30
12
ご希望のセミナーに○をしてください。
佐藤卓己 氏
28
6
月
http://www.jcer.or.jp/
FAX ご希望のセミナーに○をしていただき、必要事項を
ご記入のうえ、このページをお送りください。
13:30〜15:00 メディア社会の民意―輿論か世論か
27
12
ホームページ
金
15
11
ホームページまたはFAXでお申し込みください。
ご希望のセミナーに○をしてください。
セミナー名
参加希望
日経センター・大阪昼食会
漂流する日本の政治―再生への処方箋
北岡伸一 氏
山口智之 氏
愛宕伸康
日経センター・大阪昼食会
グローバル化進む世界の株式市場と日本
米田道生 氏
≪日経センター中期経済予測説明会≫
産業地図の変容と日本の成長力―しのげるか空洞化・高齢化の試練(仮題) 坪内 浩
11 •12 月のセミナー参加申込
会
社
名
所属・役職
氏
名
TEL
*皆様の個人情報は上記セミナーに関する確認のほか、
日経センターの事業のみに使用いたします。
Mail
FAX
公益社団法人
日本経済研究センター
Japan Center for Economic Research
http://www.jcer.or.jp
役 員
2010年(平成22年)4月1日(公益社団法人としての登記日) 事業
設立
開始 1963年12月23日
内外の財政、金融、経済、産業、経営等の諸問題に関する調
目的
査、研究を行い、あわせて会員相互の研修を図り、日本経済
の発展に寄与することを目的としています。
代表理事
会長
杉田 亮毅
代表理事
理事長
岩田 一政
理事
新井 淳一
槍田 松瑩
大田 弘子
喜多 恒雄
小峰 隆夫
長谷川 閑史
御手洗 冨士夫
吉川 洋
監事
田村 達也
本田 敬吉
上記の目的に沿って、主に次のような事業を展開しています。
事業
1
内外の財政、金融、経済、産業、経営等の諸問題に関する調査、研究
2
経済予測・分析・研修
3
セミナー・討論会・研究会等の開催
4
ライブラリー・情報サービス
5
研究奨励金の交付
普通会員、アカデミー会員(自治体、大学)、特別会員、名誉
会員
研究顧問
新井
大竹
小林
小峰
齋藤
竹中
西岡
名誉顧問
金森 久雄
香西 泰
会員で構成してい ます。
会費、寄付金などで運営しています。
運営
日本経済研究センター 直通電話番号
総務本部
研究本部
03(6256)7710
役員秘書 03(6256)7700
経理グループ 03(6256)7708
総務・広報グループ
事業本部
事 務 局
予測・研修グループ 03(6256)7730
研究開発グループ 03(6256)7740
国際・アジア研究グループ 03(6256)7750
茅場町支所
会員グループ 03(6256)7718
事業グループ 03(6256)7720
ライブラリー
淳一
文雄
光
隆夫
潤
平蔵
幸一
03(3639)2825
大阪支所 06(6946)4257
グローバル研究室 03(6256)7732
事務局長
金子 豊
事務局長補佐
兼総務本部長
石塚 慎司
事務局長補佐
兼事業本部長
村井 浩紀
研究本部長
猿山 純夫
大阪支所長
府川 浩
茅場町支所長
長坂 秀子
会報編集長
石塚 慎司
所在地
東京・大手町
茅場町支所 (ライブラリー) 大阪支所
〒100-8066
〒103-0025
〒540-8588
東京都千代田区大手町1-3-7
日本経済新聞社11階
東京都中央区日本橋茅場町2-6-1
日経茅場町別館2階
大阪府大阪市中央区大手前1-1-1
日本経済新聞社8階
JCER
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日本経済研究センターでは、経済予測
T E L: 03(6256)7710
FAX: 03(6256)7924
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