25%削減時代の日本経済 【新連載】 25%削減と1%成長、両立する可能性 ―足元では排出効率の改善は足踏み 落合 勝昭 温暖化ガスの排出削減と経済成長はどこまで両立できるのか――。政府は2020年に 温暖化ガス排出量を1990年比で25%削減することを目標としているが、そのとき経済 成長はどの程度可能とみられるのか、議論は錯綜しており、見方は分かれる。オイルショ ック後にみられたエネルギー利用効率の著しい改善などを考察したうえで試算したところ、 1%成長と90年比25%削減の両立は、可能性を否定できない。しかし現在、日本は主 要国の中でも温暖化ガスの排出効率(原単位)が改善していない。この停滞から脱却する 必要がある。 日本は他国に比べて温暖化ガス対策が進 は改善のペースが落ちておらず、一定のス んでおり、産業界などから「これ以上の温 ピードで原単位が改善し続けている。 暖化ガス削減、原単位の改善は難しい」と 原単位の水準を比べると、フランスの原 いう声を耳にすることがある。ここで原単 単位が日本とほぼ同じ水準に達しているが、 位とは単位GDP(国内総生産)当たりに これは原子力発電の割合が7割以上と高く、 排出する温暖化ガスのことで、以下では温 電力を周辺の欧州諸国に販売しているとい 暖化ガスの9割を占める二酸化炭素(CO2) う事情も関係している。それ以外の国は07 について考察する(中国は参考) 。 年で日本と比べると、米国が2.1倍、ドイ 図1で、中国以外の国を見ると、日本は ツが1.6倍、英国が1.3倍であり、日本と比 70年代にCO2原単位のなだらかな改善が見 較するとCO2原単位を改善する余地が存在 られ、80年代後半からほぼ横ばいで推移し していると考えられる。 ている。他国では、原単位の水準が高いこ 日本で原単位の改善が進まない原因とし ともあり、一定のペースで改善が続いてい ては、すでに省エネルギーや産業構造変化 る。原単位の年平均の改善率について、デ が進んでおり、新たな技術の開発、導入を ータの得られる最初と最後の10年を比較す しても、効果が限定的だという面があるよ ると、日本は71∼81年と97∼07年で大幅に うだ。ただ製造業などでは改善が進んでい 改善のペースが鈍っている。フランスは若 ることを考えると、長期の不況によるGDP 干ペースを落としており、それ以外の3国 成長率の鈍化(一般に経済成長が低下する 38 日本経済研究センター 2010.5 と、生産効率や設備投資 が低迷し原単位は悪化す 図1 主要国のCO₂原単位と改善率 原単位: (CO₂ (kg) /GDP (ドル) 、2000年ドル表示) 10 る)や人々の生活習慣の 変化(エアコンや乾燥機 8 中国(右目盛り) 6 1.2 米国 などエネルギー消費型製 品の普及やコンビニエン スストアの拡大)が改善 ドイツ 0.8 を妨げている面も大きい 0.6 と考えられる。 0.4 中国を見ておくと、78 0.2 年を境に原単位の改善が 0.0 見 ら れ る が、 こ れ は 改 4 1.0 日本 1970 75 80 年 平 均9.8 % 成 長 ) に よ 85 90 95 2000 05 (年) 原単位改善率(10 年平均、年率) 主義型の経済体制に移行 加(78∼08年の30年間で 0 フランス 革・開放路線により資本 したことによるGDPの増 2 英国 日本 米国 フランス ドイツ 英国 71∼81年 2.9 2.4 3.6 2.1 2.7 97∼07年 0.5 2.3 2.1 2.3 2.7 出所)国際エネルギー機関(IEA) 、CO2 Emissions from Fuel Combustion(2009) りGDP当たりのCO2排出 量が減少した影響が大きい。91∼01年の10 年間でデータ期間中最大の年率6.8%の原 過去最高の省エネ推進が必要に 単位の改善が見られたが、97∼07年では、 日本が他の先進国と比較してGDP当た 改善のペースが2.5%と先進国並みに鈍っ りのエネルギー利用効率がすでに高く、近 ている。今後、再び改善ペースを上げるに 年は改善が停滞していることが図1から確 は、エネルギー供給で高い比率を占める石 認された。日本は2020年に90年比で温暖化 炭などから原発や新エネルギー、天然ガス ガス25%削減の目標を掲げているが、その へ供給源をシフトさせる必要がある。 実現可能性はどの程度だろうか。 07年で日本と比べると原単位は10.6倍で まず過去の原単位の動きを確認してみよ あり、米国と比べても5倍となっている。 う。比較する期間を短くすると、景気の影 07年の米国並みの原単位になるまでには、 響で見せかけの改善や悪化が大きく出てし 今後2.5%の改善ペースが続くとして64年 まう可能性があるため、図2ではそれぞれ かかり、6.8%の改善ペースでも24年が必要 の時点で10年前と比較した場合の年当たり である。中国政府は2020年までに40∼45% の原単位の改善率を示している。これを見 の原単位改善を目標に掲げているが、これ ると、年平均改善率は徐々に低下し、最近 は年間4.5∼5.3%の改善ペースに相当する。 の10年間(97∼07年)では0.5%となって いる。データの期間で改善率が一番高かっ 日本経済研究センター 2010.5 39 た の は73∼83年 の3.8 % となる。77∼87年も高い 改善を示しているが、プ (%) 5 図2 日本の原単位改善率(10年前比、年率換算) 73−83年 77−87年 4 ラザ合意からバブル経済 の時期と重なっており、 CO2排出が少ないサービ 3 3.8 2 ス部門を中心にGDPが増 大したことが、結果とし て原単位の改善となった 97−07年 1 0.5 0 と考えられる。5年前と の比較で改善率を計算す −1 1980 ると、79∼84年でデータ 出所)国際エネルギー機関(IEA) 、CO₂ Emissions from Fuel Combustion(2009) 85 90 95 2000 05 (年) 期 間 中 最 大 の 年 平 均5.5 %の原単位改善が生じている。2度の石油 検討が続いた「地球温暖化問題に関する閣 ショックによるエネルギー価格の高騰に対 僚委員会 タスクフォース会合」では、05 して極めて鋭敏に日本が反応したわけだ。 ∼20年の年平均経済成長率は1.3%と仮定)。 日本経済研究センターでは09年度の実質 ケース1、ケース2について、20年に90 GDPを529兆円(2000年基準)と見込んで 年比25%のCO2削減を達成するために必要 いる。中期の見通しとして10∼19年の実質 な原単位改善率を求めてみよう。ただし、 GDPの平均成長率を1.2%としている。こ 原単位については08年の値までしか利用で の数字を基に20年度の実質GDPを予測す きないため、09年の原単位も08年と等しい ると603兆円程度となる(ケース1) 。 と仮定し、どの程度の改善が必要かを計算 政府が骨子をまとめた新成長戦略では、 した。 名目3.0%(実質2.0%)以上の成長を目指 ケース1(1.2%成長)では、総量を25% し、20年度で650兆円程度の名目GDPを達 削減するためには年平均4.1%の原単位の改 成するとある(09年度名目GDPを473兆円 善が必要となる。ケース2(2%成長)で と見込んでいる。これは08年度494兆と比 は、年平均4.9%の改善が必要となる。どち べ4.3%減である) 。同戦略では09年度の実 らも、過去最高の原単位改善率3.8%を上回 質GDPの値が示されていないため、ケース っている(5年平均の最大値の5.5%よりは 1と同様に当センターの予測値の529兆円 低い)。 を用いると、実質2%成長により20年度の 表は過去の原単位の改善率の実績を基に 実質GDPは660兆円程度となる(ケース2) 。 20年までの平均成長率と90年比の削減幅の なお、05年度の実質GDPが540兆円であ 関係をまとめたものである。一番上の段の ることから、同戦略での05∼20年の平均成 過去の原単位改善率を2010年代に実現した 長率を計算すると1.3%となる(09年秋まで 場合、1.2%成長、2.0%成長時にどれだけ 40 日本経済研究センター 2010.5 表 原単位の改善率の違いによる、成長率とCO2削減幅の関係 73∼83年 71∼81年 81∼91年 91∼01年 79∼84年 3.8 2.9 1.6 0.1 5.5(参考) 原単位年平均改善率(%) 成長率に対応したCO2削減率(90年比、%) ケース1(1.2%) ▲22 ▲15 ▲1 17 ▲36 ケース2(2.0%) ▲15 ▲7 8 28 ▲30 成長率(%) 削減幅に対応した成長率(%) 削減率(90年比%) ▲25 0.9 0.0 ▲1.3 ▲2.8 2.7 のCO2削減が達成できるか、一番下段は削 とにより投資が促進され、新技術の普及、 減率25%を前提とした時にどれだけの成長 開発が進めば原単位の改善のペースが上昇 が可能かを示している。過去最高の原単位 する可能性がある。しかし排出削減目標は 改善が達成できれば、25%削減下でも1% 総量規制のため、成長率を高めるほど原単 程度の経済成長は可能となる。 位の改善をより一層高めなければならない。 産業構造転換の投資、 不可欠に 経済成長と25%削減を両立するためには、 すでに効率の改善が進んでいる日本にオイ 新成長戦略は、環境だけでなく、医療・ ルショック時に匹敵する効率改善の達成が 介護・健康関連産業などを新たな成長の原 求められる。当時は各産業の省エネ、ハイ 動力にすることをうたっている。そのよう テク産業の台頭、原発の普及・拡大が進ん な産業の成長はCO2原単位の効率化をもた だ。官民の力を総動員する体制の構築が必 らす。また、より高い経済成長を目指すこ 要不可欠である。 (副主任研究員) ∼ JCER NETから 環境プロジェクト「25%削減時代の日本経済」始動 日本経済研究センターは2010年度から温暖化防止と経済成長の両立を可能にする経済・産 業政策とは何か、経済学的な分析を中心に技術的な可能性を含めて検証します。政府の目標 である2020年までに1990年比で温暖化ガスを25%削減する場合の社会への影響を試算しつつ、 具体的な政策を提案していきます。「CO2削減の『負担』とは―中期目標試算の読み方」 等、 レポートを随時掲載していく予定です。 政府、産業界、エネルギー技術者、経済学者を講師に迎え、5月25日(火)に政策提言シ ンポジウム「《環境制約下での成長戦略を問う》25%削減社会実現への処方箋―グリーン・イ ノベーションの条件」を開催します(詳細は巻末の「これからのセミナー」をご参照下さい)。 環境制約下でどこまで経済成長が可能なのか、多様な角度から25%削減社会に向けた処方箋 を討論します。 <掲載サイト> http://www.jcer.or.jp/environment/index.html 日本経済研究センター 2010.5 41
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