特集 荒ぶる川の恵みを求めて 荒川水系滝沢ダム竣功 [荒川ダム総合管理所] 滝沢ダムは平成 20 年 4 月から管理を開始し、治水・利水・発電といった機能を発揮しておりますが、 一方で継続して実施していました建設事業が、平成 23 年 3 月末をもって完了しました。 滝沢ダムの建設事業においては、水資源機構がこれまでに培った施工技術の集大成として、各種施 工の合理化とコスト縮減に努めて施工するとともに、国立公園内での施工であることから環境保全に も積極的に取組んでまいりました。 本稿では、滝沢ダム建設中における様々な技術的取組みを中心に紹介します。 はじめに 滝沢ダムは、埼玉県の西端に位置する秩父市大滝 に建設された多目的ダムです。独立行政法人水資源機 構(旧水資源開発公団、以下「水資源機構」 という。 ) が 荒川水系に建設したダムでは、浦山ダムについで二つ めの大規模ダムで、荒川流域の東京都と埼玉県を合 わせて 920 万人の洪水防御と水道用水補給の一翼を 担うものです。 4 ● 水とともに 水がささえる豊かな社会 荒ぶる川の恵みを求めて −荒川水系滝沢ダム竣功− 荒川は水源を甲武信ケ岳(2,475m) に発し、東京湾 の取水を可能とします。 までの 173km を流れる流域面積 2,940km2 の一級 ◇ 既得用水の安定化及び河川環境の保全 河川です。 「荒ぶる川−荒川」 、その名のとおり、沿川一 河川に必要な流量が不足しているときにダムから水 帯は、古くから度々水害に見舞われてきました。年平均 を補給することによって、荒川沿岸の既得用水の取水 降水量は 1,400mm 程度であり豊水と渇水の差が大き の安定化を図るとともに川の環境を保全します。 いことが特徴です。また、中流域に位置する熊谷市の ◇ 発電 荒川大橋付近においては、近年の小雨化の傾向と共 ダムからの放流水を利用して東京発電(株) が最大 に川の流れがとぎれる瀬切れの状況も見られます。 出力 3,400kw の発電を行います。 さらに、昭和 30 年代からの都市化の進展に伴う急 激な人口増加は、過剰な地下水の汲上げにより地域の (2) 事業の経過 地盤沈下をもたらしています。 滝沢ダム建設事業は、昭和 40 年 4 月から予備調査 このような状況から、滝沢ダムは早期の完成が望ま を行い、昭和 44 年 4 月に実施計画調査を開始しまし れていたところです。 た。昭和 48 年 1 月に「滝沢ダムの建設に関する基本 計画」 を公示、昭和 51 年 10 月に当時の建設省から水 資源開発公団に事業が承継されました。 1.滝沢ダムの概要 昭和 63 年及び平成 4 年に一般損失補償基準※の 妥結を経て、平成 11 年 3 月に本体工事に着手し、平 (1) ダムの目的 成 13 年 7 月に本体コンクリートの打設を開始、平成 滝沢ダムは、埼玉県秩父市大滝の荒川水系中津川 16 年 9 月までの約 3 年の期間で打設を完了しました。 に建設された堤高※ 132m、堤頂長※ 424m の重力式 平成 17 年 10 月に試験湛水※を開始し、平成 20 年 コンクリートダムです。 3 月の最高水位到達を経て、平成 21 年 7 月に最低水 総貯水容量は、荒川水系最大の 6,300 万 m3 を誇 位に達して試験湛水を終了しました。なお、平成 20 年 り、次に記す洪水調節、新規利水、既得用水の安定化 4 月から管理を開始しダム機能を発揮させるとともに、 及び河川環境の保全及び発電を目的とする多目的ダ 継続して実施していました貯水池斜面対策工事が平 ムです。 成 23 年 3 月に完成し滝沢ダム建設事業を完了しまし た。 ◇ 洪水調節 滝沢ダム地点において、計画高水流量 1,850m3/s のうち、1,550m3/s をダムに貯留し、下流に 300m3/s を放流することによりダム下流域の洪水被害の軽減を 図ります。 2.施工の合理化への取組み ∼水機構が培った施工技術の集大成∼ 滝沢ダムの施工に際しては、コスト縮減や工期短縮 ◇ 新規利水 埼玉県の水道用水として最大 3.74m3/s、東京都の などの社会的な要請に応えるために、水資源機構がこ 水道用水として最大 0.86m /s、合計最大 4.60m /s れまでに培った施工技術の集大成として、各種施工の 3 3 合理化等に取組みました。 (1) 立坑を利用した原石の搬出 ダムのコンクリート用骨材(砂や砂利) を造るための 原石を採取する場所を原石山と称します。滝沢ダムで は、原石山と原石を細かく砕き骨材を製造する設備ま 特集/荒ぶる川の恵みを求めて −荒川水系滝沢ダム竣功− ● 5 特集 での高低差が大きく、また、原石山に至る地形が急峻 ため、新たに開発した運搬工法 SP-TOM(Special Pipe なため、原石の運搬を従来のダンプトラックによる方法 Transportation Method) を採用し施工の合理化を図 から、直径約 5m、高さ 200m の立坑を設けて、投入・ りました。 運搬する方法を採用しました。 この搬出方法により工事用道路の縮小、安全性及び 搬出能力の向上等により、合理的な施工となりコスト縮 減と自然環境に与える影響の低減を図ることができま した。 SP-TOM SP-TOM は、内側に羽を取り付けた円管を回転させ ることにより、コンクリート等の材料を安定した状態で 大量に連続して運搬する工法です。この工法は滝沢ダ ム減勢工で初めて実施され、その後の嘉瀬川ダムや湯 原石の立坑への投入状況 西川ダムの本体コンクリートの運搬設備として採用され ています。 (2) 低品質な原石の積極的な利用 この工法による施工にあたっては、管材の規格や搬 原石山は、砂岩を主としていますが様々な品質の原 送管設置勾配と管内部に取り付ける羽根の配置や回 石があります。 転数などを繰り返し確認することにより最適な組み合 従来のダムでは、そのほとんどを廃棄していた低品 わせを求めるとともに、コンクリートの品質を確保する 質の原石を、滝沢ダムでは、コンクリート用の骨材とし ために、寒冷紗やミスト冷却装置によるコンクリート温 て積極的に利用するために、緻密な分類採取を行うこ 度抑制等、様々な工夫を行い実用化を達成しました。 とで設計上求められる強度や耐久性の確保と原石の なお、SP-TOM に関しては 4 件の特許取得又は出願 有効利用を両立させました。 が行われるとともに、その普及を図るため「SP-TOM 設 原石の有効利用による原石山規模の縮小、掘削 計・施工マニュアル(案) 」 が策定されました。 法面及び廃棄岩等の減少等により、コスト縮減と自然 環境に与える影響の低減を図りました。 (3) 新たなコンクリート等運搬工法 SP-TOM の開発 6 ● (4) 本体コンクリートの打設期間を短縮した 様々な施工の工夫 ◇プレキャスト部材の採用 ダム堤体の中には、点検用の通路(監査廊) やエレ ダムの直下流には、放流水の勢いを減じるため減 ベータ等があります。これらの施工は、ダムのコンクリー 勢工が設けられています。減勢工のコンクリートの運 ト打設にあわせて、型枠や鉄筋の組立てを行なわなけ 搬にあたっては、当初一般道を利用する計画でした ればならないために、施工が非常に繁雑となります。ま が、コスト縮減と夜間走行に伴う騒音回避などを踏ま た、ダムの中間くらいの高さに位置する常用洪水吐き※ えて、天端※から直接運搬することとしました。この運搬 の呑口部や吐口部等では水が流れる面の仕上がりは にあたっては、天端から打設現場までの標高差がある 品質や精度が要求されます。そのため、あらかじめ工 水とともに 水がささえる豊かな社会 荒ぶる川の恵みを求めて −荒川水系滝沢ダム竣功− 場でコンクリートの部品を製作して現場で組み立てるプ レキャスト工法を導入し、施工の合理化と仕上がり精 度と品質の確保を図りました。 ◇降雨対策や冬期施工 3.環境保全の取組み ∼ Low-Impact を基本として、より豊かな 環境が回復し維持されることを目標に∼ コンクリート打設時における、降雨対策として、移動 滝沢ダムの所在する秩父市大滝地区は、全域が秩 可能な大型のテント(堤体幅が狭くなる上部において 父多摩甲斐国立公園に指定(滝沢ダム上流は特別地 は小型のテント) を設置し対応を図りました。 域に指定) されています。 滝沢ダム建設事業では、自然豊かな国立公園の中 で、ダム本体工事をはじめ周辺の環境に与える大規模 な工事が継続して行われるため、環境への影響をでき るだけ少なくなるように(Low-Impact) 、その計画や内 容を改善・工夫しました。また、工事後においても潜在 している環境の速やかな復元と、より豊かな環境が維 持されるよう保全対策を行いました。 (1) 希少猛禽類をはじめとした環境保全 大型テント ◇希少猛禽類の保全対策 冬期のコンクリート打設では、従来の養生対策(打 クマタカなどの希少猛禽類への保全対策としては、 設面を断熱材 + ブルーシートで覆う) ではシートをはが 工事による地形改変の最小化やトンネルにより回避を した後に打設面が凍結してしまうので、凍結緩和対策 図りました。また希少猛禽類が営巣する周辺の工事に として打設前日に打設場所へ降雨対策で使用していた あたっては、専門家の指導・助言を得て工事の状況や 大型テントを設置し、テント周りに設置したカーテンを 生息調査結果に基づき、ストレスを回避するため工程・ 下ろすとともに補助的に温風ダクトを設置しました。 工法などを採用するとともに、繁殖期の工事の一時中 ◇ケーブルクレーンの有効活用と ELCM1.5mリフト打設 断も行いました。 堤体幅が狭くなる上部の施工では、3 基のケーブル ◇工事中の夜間照明 クレーンのうち 1 基しか利用できなくなりますが、堤体 ダムの夜間作業においては、工事用の照明に虫が の下流側に設けた張出鋼台により堤体幅を拡幅して、 集まりにくく目にやさしいナトリウム灯を使用し、昆虫類 ダム天端まで 2 基のケーブルクレーンの利用を可能と への影響を緩和しました。 しました。 また、堤体上部のコンクリート打設高さを 1.0m から 1.5m で施工することにより、合理的な分割施工が可能 となり、計画以外の打設休止日を生じさせることなく施 工することができました。 さらに、コンクリート打設自動運転システムによる打 ナトリウム灯 設能力の最大化等、様々な施工の工夫により、計画 46 ケ月に対して実績 39 ケ月と約 7 ケ月の工期短縮を行 ◇動物の分断対策 いました。 建設発生土受入地では、郷土種による自然植生や また、これら施工の合理化等の取組みが評価され、 渓流環境の復元とともに、水路内には動物が横断でき 「平成 21 年度ダム工学会技術賞」 を受賞しました。 る場所を設け、行動域分断への影響緩和を図りました。 特集/荒ぶる川の恵みを求めて −荒川水系滝沢ダム竣功− ● 7 特集 水路内の動物横断状況 ◇貯砂ダムの魚道 原石山の植生状況 貯水池の上流端には、貯水池に流入する土砂を抑 制し、貯水池の機能を保全するため貯砂ダムを設置し ◇希少植物の移植 ました。貯砂ダムには渓流河川型魚道を設け、貯水池 ヒメウラジロ、ミヤマウラジロなどのダム貯水池周辺 と上流河川との魚類等の分断防止を図りました。 で確認された希少植物については、同様な生息環境 ◇コウモリ類の生息環境の保全 が確保される貯水池周辺に移植を行いました。 ダムサイトの地質状況を把握するために設置した横 坑※では、コウモリが確認されていました。そのため、ダ (3) 環境委員会・モニタリング委員会 ムの機能上問題のない横坑を支障のない範囲で埋め 環境保全にあたっては、平成 8 年度から平成 15 年 戻さずに保存し、コウモリのねぐらとして保全を図りまし 度まで「滝沢ダム環境委員会」 を設立し、調査と保全策 た。 の検討を行ってきました。また、平成 16 年度には、 「滝 沢ダムモニタリング委員会」 を設立し、当地域の環境に 詳しい学識経験者等の指導や助言を得ながら、今後 の環境保全に向けて調査結果や保全対策の効果等に ついて評価を行いました。 4.新たな景観形成の取組み ∼雷電廿六木橋∼ コウモリの保全状況 滝沢ダムの建設に伴い付替えられた国道のうち、ダ ムの直下流に位置するループ橋は、 「廿六木大橋」 (上 (2) 郷土種・表土を活用した植生復元等 流側) と 「大滝大橋」 (下流側) の 2 つの橋から構成され、 ◇植生の復元 通称「雷電廿六木橋」 (管理者:埼玉県) と呼ばれてい 工事により環境が変わるダムサイト、原石山、付替 ます。 道路及び建設発生土受入地においては、地域本来の 郷土種による植生復元を図るため、ダムサイト上流域 で採取した樹木種子による吹付緑化や、種から苗木に 育てて植栽を実施したほか、水没する地区からカエデ 等の苗木や樹木を採取し植栽を行いました。また、原 石山跡地においては、郷土の種子を含む表土を用い て植生の復元を図りました。 滝沢ダムと雷電廿六木橋 8 ● 水とともに 水がささえる豊かな社会 荒ぶる川の恵みを求めて −荒川水系滝沢ダム竣功− この橋は、周辺環境との調和を図り、地域の財産とな 父 4 ダムが協働して、 「4 ダム巡りパンフレット」 (ちちぶ るよう新しい景観の創造を目指して設計を行いました。 4 ダムロマン) や水・ダム・荒川等に関する 100 問の 景観設計では、圧倒的なダムのスケールに対して橋 問題に挑戦する「秩父 4 ダム検定」 、 「ダム見学ツアー 梁が繊細な脇役として「谷間に放たれた 1 本のライン」 の招致」 等による活性化の推進に取組んでいます。 として見えるよう風景とのバランスを図りました。 意匠設計では、自然環境に配慮した高欄照明やコン クリートの汚れを巧みにデザインに生かして時間経過 によってコンクリートの表情が変化していくことを期待 する新しい取組みを行いました。 「雷電廿六木橋」 は、このような景観や意匠設計が評 価され、 「平成 10 年度土木学会田中賞」 、 「土木学会デ ザイン賞 2010 最優秀賞」 を含め 5 つの賞を受賞し、 ダム湖上流端付近 新たな景観として地域の資産となっています。 5.地域活性化の取組み ∼豊かな観光資源∼ おわりに 荒川は古くからその名が示すとおり「荒ぶる川」 で洪 水による被害をもたらしてきましたが、その豊かな水量 滝沢ダムの所在する秩父市大滝は、全域が奥秩父 は、流域に多くの恵みももたらしてきました。 の山々を中心とした秩父多摩甲斐国立公園に属してい 洪水による被害を防ぎ、さらなる恵みがもたらされる ます。 よう、今後もダムの役割を確実に果たしていくとともに、 奥秩父は、甲武信ヶ岳や雲取山、雁坂峠や十文字峠 地域の人々に親しまれ、地域活性化に貢献するダムと などがおりなす、 たおやかな山岳美を誇っています。 また、 なりますよう、職員一同努力してまいりますので、引き 大滝地区では中津峡の紅葉と渓谷美、日本武尊伝説と 続き滝沢ダムをよろしくお願いいたします。 関東の霊場として名高い三峯神社や将門伝説と東国の 最後に、滝沢ダムの建設にあたりましては、貴重な 女人高野として知られた大陽寺などの名所旧跡がありま 土地・財産を提供していただいた方々をはじめ多くの す。近年では道の駅「大滝温泉」 、げんきプラザ、秩父滝 関係の皆様方のご理解とご協力を賜りましたこと、 また、 沢サイクルパーク BMX などの施設が整備されました。 試験湛水中の貯水池斜面変状による事業工期延長等 大滝地区では、このような地域が有する自然景観や に対しての利水者の皆様をはじめとした関係者の方々 歴史が織りなす風土を大切にしながら、観光を核とし のご理解を賜りましたことをこの場をおかりして厚く御 て地域振興を推進しています。 礼申し上げます。 滝沢ダムでは、平成 15 年 2 月にダムの利活用を推 進し、より一層の地域の活性化を図るため「地域に開 かれたダム」 に指定されました。また、平成 16 年 6 月 に二瀬ダムとともに、水源地域の自立的・持続的な活 性化を図るために「荒川源流ダム水源地域ビジョン」 を 策定し、ダム事業者の施策として周辺の環境整備を図 るとともに、堤体内の開放等によるダムの利活用に向 けた整備を進めています。また、秩父地方に所在する 二瀬ダム、合角ダム、浦山ダム、滝沢ダムを併せた秩 【用語解説】 堤高…ダムの基礎岩盤(堤体と岩盤が接している一番深いところ) からダム 上部面(ダムのいちばん高いところ) までの高さです。 堤頂長…ダム(天端・てんば) の横方向(川の横断方向) の長さです。 天端…ダムの一番上の部分で通常は管理用道路になっています。 常用洪水吐き…常用洪水吐とは雨が降って洪水が発生したときに洪水調 節を行うためにダム湖の水を調節しながら下流に流すゲートです。 横坑…ダムの地質調査などで山の水平方向に掘って中に入って観察や試 験ができるような穴です。 試験湛水…ダムの各施設が正常に作動するか漏水などがないことを確認 するために工事が完了した後に貯水池に水を貯めることです。 一般損失補償基準の妥結…公共事業を進める上で土地が必要になった場 合、土地を買収したり建物や施設があればそれを移転するなどの必要が生 じます。その個人や企業の土地建物などを対象とした用地補償を一般補償 といいます。一般損失補償基準の妥結とは、補償の対象、補償の仕方、額 の算定などの基本的な基準が妥結することです。 特集/荒ぶる川の恵みを求めて −荒川水系滝沢ダム竣功− ● 9
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