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白神 俊幸
略 歴
2000 年 3 月
徳島大学大学院栄養学研究科博士後期課程修了
博士(栄養学)取得
2000 年 4 月
2000 年 5 月
徳島大学医学部 協力研究員
英国オックスフォード大学
ウェザーオール分子医学研究所
博士研究員(2003 年 6 月まで)
2003 年 7 月
2006 年 4 月
宮崎医科大学(現宮崎大学医学部)助手
2007 年 4 月
ノートルダム清心女子大学人間生活学部 助教授
ノートルダム清心女子大学人間生活学部 准教授
現在に至る
ヒト腸管ペプチド輸送担体 PEPT1 の発現に与える野菜抽出液の抑制効果
Effect of vegetable extracts on peptide transporter PEPT1
expression in the human intestinal cell line Caco-2
Dietary proteins are digested in the gastrointestinal tract and absorbed as di- and
tripeptides via an intestinal oligopeptide transporter, PEPT1, rather than as free amino
acids. It is known that PEPT1 possesses a high capacity to absorb dietary nitrogen sources
as compared with a series of amino acid transporters. It can therefore be considered
important to downregulate intestinal PEPT1 gene expression and peptide transport function
in dietary therapy for renal failure. In patients with renal failure, diets restricted in protein
and phosphate have been used, but this kind of dietary restriction may influence the quality
of life in these patients. This study used reverse transcription-polymerase chain reaction to
investigate whether water extracts of dried vegetables can influence mRNA levels of peptide
transporter PEPT1 in the human intestinal cell line Caco-2. Addition of 1.75 and 7.0 mg/ml
of extracts of mulukhiya and tomato to the cell culture medium decreased not only PEPT1
mRNA but also human Na+ -dependent glucose transporter SGLT1 levels. While celery
extract tended to lower PEPT1 mRNA levels without downregulation of SGLT1 expression,
details of this mechanism are still unclear. Thus, further study is required to identify the
specific element in celery extract that suppresses PEPT1 expression.
はじめに
食事として摂取されたたん白質は、小腸において遊離アミノ酸として吸収されるだけでなく、各種
プロテアーゼやペプチダーゼによる消化を受けた後、ジ及びトリペプチドの形態で H+/ ペプチド共輸
送担体 PEPT1 を介して速やかに吸収されることが知られている(1,2)
。ペプチド輸送系は遊離アミ
29
ノ酸の輸送系に比べ、極めて幅広い基質認識特性と大きな輸送能を有しており、食事由来のペプチ
ドのみならず、ある種のβ−ラクタム抗生物質、抗がん剤、高血圧治療薬等の非生理的な物質も基
質として輸送するため、栄養学だけでなくドラッグデリバリーの側面からも非常に注目されている。
我々はこれまでに、腸管粘膜傷害モデルラットを用いた実験から、手術侵襲時や栄養素吸収不良
時のような腸管粘膜上皮の萎縮時における窒素源補給においては吸収効率の点からペプチド栄養が
極めて有効である分子根拠を示した(3)。
一方、腎不全を含む腎臓病においては、腎機能に応じてたん白質やリンの摂取制限など食事を
制限する必要がある。適正にコントロールされなければ、腎機能が徐々に低下し、透析の必要な状
態に陥る可能性がある。たん白質やリンの摂取量制限によって腎機能の低下を抑えることができる
が、病態によって 0.5 ∼ 1.0g/kg 標準体重の厳しいたん白質摂取制限を行わなければならない。ま
た、腎機能が低下するとリンやカリウムの排泄も低下し、高リン血症や高カリウム血症を起こすため、
リン以外にもカリウムを制限する必要がある。透析患者では食事制限は緩められるが、食事制限や
透析はいずれにしても患者及びその家族の生活の質(QOL)に大きく影響するため、より負担の少
ない食事療法・治療法が望まれる。この点において、副作用のない天然食品成分によってたん白質
消化産物やリンの腸管吸収を抑えることができれば、食事制限の大幅な緩和や病態の改善に貢献で
きる可能性がある。
したがって本研究では、小腸ペプチド吸収を担う PEPT1 に注目して、その発現を抑える食品成分
を探索することを目的とし、特に野菜類の抽出液が PEPT1 遺伝子発現に及ぼす阻害効果の側面か
らスクリーニングする。
方 法
(1)野菜類の水抽出液の調整
野菜類(芋類も含む)の熱風乾燥粉末は、こだま食品株式会社(福山市)より供与頂いた。モロ
ヘイヤ、キャベツ、山芋、ニンジン、トマト、セロリそれぞれの乾燥粉末を、滅菌処理した超純水に
浸漬し、4℃で振とう撹拌しながら一晩抽出した。4℃、3000rpm で 5 分間遠心した後、上清を回収
し、10 ml 容量の注射筒に 10 回程度通すことによって溶液を均質化し、これを抽出液とした。濃度
は水に加えた乾燥粉末の重量とした(mg/ml)
。
(2)細胞培養
ヒト大腸癌由来細胞株 Caco-2 は、10% ウシ胎児血清(FBS)
、2 mM L-Glutamine、1 mM 非
必須アミノ酸(NEAA)
、100 units/ml Penicillin および 100μg/ml Streptomycin を含む高グルコー
ス含有 Dulbecco's Modified Eagle's Medium(DMEM)中で、37℃で 5%CO2 環境下にて培養し
た。3 日毎に 1:4 の希釈率で継代した。6 ウェルマイクロプレートに前述の希釈条件で播き、約 80
∼ 90% コンフルエントになる 2 日後に、最終濃度がそれぞれ 0, 0.875, 1.75, 3.5 および 7.0 mg/ml
になるようにモロヘイヤ抽出液を各ウェルに添加し、さらに 24 あるいは 48 時間培養した。その後の
実験においては各野菜抽出液を 0, 1.75 および 7.0 mg/ml の濃度でそれぞれ添加し、48 時間培養
した。
30
(3)Caco-2 細胞からの総 RNA の調整
培養上清を吸引し、ウェルを PBS で 2 回洗浄した。さらに PBS を加え、細胞をスクレーパーに
てウェルより剥し取り、4℃、1500rpm で 5 分間遠心し、細胞を回収した。細胞からの総 RNA の
精製は RNeasy Plus Mini Kit(Qiagen)を用いて行った。
(4)RT-PCR
総 RNA とオリゴ dT プライマーを用いた逆転写反応および PCR 反応は、PrimeScript RT-PCR
kit(タカラバイオ)を用いて行った。用いた特異プライマーを表 1 に示す。ヒト PEPT1 は、94℃で
3 分の熱変性の後、94℃で 30 秒、55℃で 30 秒、72℃で 1 分のサイクルを 30 サイクル行い、72℃
で 7 分の伸長反応を行った。SGLT1 は上記温度条件で 37 サイクルの反応を行った。GAPDH につ
いては、上記条件のうちアニーリングの温度条件を 60℃とし、20 サイクルの反応を行った。PCR 産
物は 1.25% アガロース /1 x TAE にて電気泳動分離し、画像解析ソフト ImageJ(1.37v)を用いて
ゲル画像上の DNA バンドを解析した。
表1
Primers used for PCR amplification
Gene
GenBank No.
Primer sequence* 5’-3’
Product size (bp)
PEPT1
NM005073
F: GTGGCTTCAATTTCACCTCCT
643
SGLT1
M24847
F: TCTTCGATTACATCCAGTCCA
R: CAGCTGTCATTCTTCCTTTGGACTA
521
R: TCTCCTCTTCCTCAGTCATC
GAPDH
J02642
F: TGAAGGTCGGAGTCAACGGATTTGGT
923
R: CATGTGGGCCATGAGGTCCACCAC
* F, forward; R, reverse primer
(5)統計解析
データの統計解析は、GraphPad QuickCalcs(http://www.graphpad.com/quickcalcs/)を用い
て行った。
結 果
ヒト大腸癌由来培養細胞株 Caco-2 における PEPT1 の発現に対するモロヘイヤ水抽出液の影響
図 1 に示すように、本実験の条件下においてモロヘイヤ水抽出液の培地への添加は、24 時間お
よび 48 時間共に PEPT1 遺伝子 mRNA のレベルに影響を与え、モロヘイヤ抽出液の濃度に依存
して発現レベルが低下した。0.875 ∼ 1.75 mg/ml の濃度より発現量が低下する傾向がみられ、7.0
mg/ml の濃度で添加した場合に著明に低下することが明らかになった。添加 24 時間後に比べ 48
時間後では PEPT1 mRNA レベルが高い傾向がみられたが、抽出液の代わりに滅菌水を加えたコ
ントロール群(0 mg/ml)と 7.0 mg/ml 添加群を比較した場合、48 時間培養後において特に著しい
発現低下がみられた(図 1)
。 31
RN
A
no
5
0
3.
7.
87
75
1.
0.
3.
5
7.
0
0
0.
87
5
1.
75
M
0
48 h
5
24 h
A
PEPT1
GAPDH
B
24 h
Fold change
of PEPT1
mRNA level
㻔㻑㻕
48 h
㻔
㻓㻑㻛
㻓㻑㻙
㻓㻑㻗
㻓㻑㻕
㻓
0
0.8 1.7 3.5 7.0
75 5
0
0.8 1.7 3.5 7.0
75 5
Concentration (mg/ml)
図 1. Caco-2 細胞における PEPT1 の発現に対するモロヘイヤ抽出液添加の濃度・時間依存的な影響
0 ∼ 7.0 mg/ml の各濃度のモロヘイヤ抽出液を添加した培地中で、24 および 48 時間(h)培養した Caco-2 細胞
における PEPT1 および内部コントロールとしての GAPDH の mRNA レベル。A. PCR 産物の電気泳動像(M: 100
bp DNA ラダーマーカー)
、B. PCR 産物のバンド強度を定量化したグラフ(0 mg/ml、24 h におけるバンド強度を基
準とした場合の比較。それぞれ対応するレーンの GAPDH のバンド強度で標準化した。
)
。
PEPT1 および SGLT1 mRNA の発現レベルに与える各種野菜抽出液の影響
以上の結果を踏まえ、その他の野菜類の抽出液について、1.75 および 7.0 mg/ml の濃度で添加
し 48 時間培養した場合の PEPT1 の発現レベルを検討した(図 2)
。その結果、トマトおよびセロリ
抽出液を添加した場合に、濃度依存的に PEPT1 の mRNA レベルが低下した(図 2)
。その他の抽
出液については本実験条件下では大きな影響は認められなかった。そこで、影響が認められた上記
野菜抽出液による PEPT1 発現低下が特異的であるか否かを検討したところ、モロヘイヤおよびトマ
トの抽出液は Na+ 依存性グルコース輸送担体 SGLT1 の mRNA レベルにも著しい低下作用を示した
(図 3)。一方興味深いことに、セロリ抽出液は SGLT1 mRNA のレベルに与える影響が比較的小さく、
コントロール群と 1.75 および 7.0 mg/ml 添加群との間に有意な差が認められなかった。したがって、
本実験条件下においては、他の野菜抽出液に比べ、セロリ抽出液は PEPT1 に対してより特異的で
Fold change of
PEPT1 mRNA level
あることが示唆された(図 3)。
㻔㻑㻕
㻔
㻓㻑㻛
㻓㻑㻙
㻓㻑㻗
㻓㻑㻕
㻓
0
䜱
䝧䝝
ᒜ
Ⱆ
䝈
䝏
䝷
䜼
䝷
䝌䝢
䝌
䜿
䝱
䝮
Concentration (mg/ml)
図 2. PEPT1 の発現レベルに与える各種野菜抽出液添加の影響
各種野菜抽出液を最終濃度 0、1.75 および 7.0 mg/ml でそれぞれ添加し、48 h 培養した場合の PEPT1 mRNA
レベル。PCR 産物のバンド強度を定量化した(0 mg/ml、48 h におけるバンド強度を基準とした場合の比較。
GAPDH で標準化した。
)
。
32
Fold change
of PEPT1
mRNA level
㻔㻑㻕
䝦䝱䝜䜨䝨
䝌䝢䝌
NS
䜿䝱䝮
NS
㻔
䟼䟼䟼
䟼䟼
㻓㻑㻛
䟼䟼
㻓㻑㻙
䟼䟼䟼
㻓㻑㻗
㻓㻑㻕
Fold change
of SGLT1
mRNA level
㻓
㻔㻑㻙
㻔㻑㻗
㻔㻑㻕
㻔
㻓㻑㻛
㻓㻑㻙
㻓㻑㻗
㻓㻑㻕
㻓
NS
䟼
NS
䟼䟼
䟼䟼䟼
䟼䟼䟼
0 1.7 7.
5 0
0 1.7 7.
5 0
0
1.7 7.
5 0
Concentration (mg/ml)
図 3. PEPT1 の発現レベルを低下させる抽出液が他の輸送担体遺伝子の発現に与える影響
抽出液を最終濃度0、1.75および7.0 mg/mlでそれぞれ添加し、48 h培養した場合のPEPT1(上)およびSGLT1
(下)のmRNAレベル。両輸送担体遺伝子のPCR産物のバンド強度を定量化した(それぞれ0 mg/ml、48 hにおける
バンド強度を基準とした場合の比較。GAPDH で標準化した。)。Means±SD (n=3), *P <0.05, **P <0.01,
***P <0.001,
significant difference from control (0 mg/ml). NS, not significant.
考 察
小腸 PEPT1 に関する研究は、主に遺伝子およびたん白質発現の生理的調節、輸送基質やペプ
チド性薬剤の吸収調節にその目が向けられてきた。しかしながら、疾患の治療を目的とした PEPT1
の抑制に関する報告は皆無に等しい。
本研究では、ジ / トリペプチドの吸収を担う PEPT1 の遺伝子発現および輸送機能を抑制する天
然物由来成分を探索し、腎疾患の食事療法に応用することを最終目標とし、まずその手がかりを
得るためにヒト腸管細胞モデルとして Caco-2 細胞株を用いて野菜の水抽出液をスクリーニングした。
その結果、野菜を主とする各種抽出液のなかでモロヘイヤやトマトの抽出液中に PEPT1 mRNA の
発現レベルを抑制する成分が含まれることが明らかとなった。しかしながら、モロヘイヤやトマトの
抽出液はグルコース輸送担体の遺伝子発現にも強い抑制効果を有していた。一方、セロリ抽出液は
PEPT1 の mRNA レベルを低下させたが、グルコース輸送担体 SGLT1 の発現レベルには比較的影
響を及ぼしにくいことが判明した。
小腸 PEPT1 の発現あるいは機能を抑える成分を同定することができれば、摂取されたたん白質
やリン酸化たん白質由来のペプチドの吸収を抑えることが将来的に可能になると考えられる。例えば、
リン吸着剤などとの併用により腎不全患者の食事制限を大幅に緩和でき、患者の QOL の向上につ
ながるかもしれない。また、ジペプチド輸送実験や新規薬剤のスクリーニングにおける阻害剤として
利用できるため有用である。実際に、小腸 PEPT1 の他、腎臓や脳に発現する PEPT2 の輸送機能
を非競合的に阻害する薬剤(ナテグリニド、グリベンクラミド)が存在する(4,5)。しかしながら、こ
れらは本来糖尿病の経口血糖降下薬として使用されているものであり、ペプチド輸送を特異的に阻
害するものではない。また、その副作用も危惧される。したがって、PEPT1 をより特異的に阻害す
る食品由来の天然成分の同定は意義がある。
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現段階ではセロリの水抽出液に含まれる抑制成分を同定するまでには至っていないが、何らかの
水溶性成分が関与していることが示唆された。今後抽出液の分画を行ない、同様のスクリーニング
を行なうことにより関与成分を絞り込む必要がある。また、その抑制の機構を明らかにするとともに
基質輸送機能に与える効果を検討することが今後の課題である。
実験的に小腸粘膜上皮を傷害したラットを用いた研究から、遊離アミノ酸や糖の吸収は障害されるの
に対し、ペプチド吸収は比較的維持され、その分子機構はアミノ酸やグルコースの輸送担体の発現低下
とPepT1の発現保持によることが明らかになっている(3)。また、PepT1の基質誘導機構にはジペプチド
や特定のアミノ酸による遺伝子の転写調節が関与している(6)。このようなことから、腸管粘膜萎縮時に
おける窒素源補給においては吸収効率の点からペプチド栄養が極めて有効であることが示唆されている。
本研究は一方でペプチド輸送及びPEPT1を活性化する食品成分の同定にもつながる側面を持っており、
術後侵襲時や栄養素吸収不良時に起こりやすい低栄養状態の改善に寄与するかもしれない。
謝 辞
本研究を遂行するにあたり、
研究助成を賜りました
(財)
アサヒビール学術振興財団に深謝いたします。
参考文献
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