現代日本語における[X+屋]型派生名詞の構文的多義性

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人間情報学研究,第18巻
2013年,39~57頁
39
− 原 著 −
現代日本語における[X+屋]型派生名詞の構文的多義性
野田 大志*)
Constructional Polysemy of Japanese Derivatives: X+ya Type
Hiroshi NODA
Abstract
This paper is a comprehensive and systematic analysis of modern
Japanese derivative nouns of the [X + ya] type based on construction
grammar. In this paper, derivative nouns are treated as a type of minimal
construction. Moreover, constructional meanings are treated as
constructional polysemic network nodes. Using this method, the derivative
nouns were classified into six constructional meanings as follows:
meaning 1: SHOP(e.g. izakaya, hon‑ya, yaoya)
meaning 2: NAME OF SHOP or STORE(e.g. takashimaya, matsuzakaya,
yoshinoya)
meaning 3: OCCUPATION(e.g. uekiya, kaguya, hudosan‑ya)
meaning 4: MERCHANT or BUSINESS PEOPLE(e.g. sakanaya, sushiya,
yubin‑ya)
meaning 5: SPECIALIST [NEGATIVE MEANING](e.g. atariya, hasiriya,
gizyutsuya)
meaning 6: PERSON OF CERTAIN CHARACTER(e.g. otenkiya, hinikuya,
kibun‑ya)
The constructional network which is formed by the combinations of these
meanings is motivated by metaphor, synecdoche, and metonymy.
Moreover, this research clarifies motivation of the negative evaluation in
meaning 5 and meaning 6 based on encyclopedic semantics.
Keywords: Derivatives, Word formation, Construction grammar, Polysemy,
Semantic extension
*
東北学院大学教養学部言語文化学科 講師 Tohoku Gakuin University
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March,2013
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野田 大志
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1.はじめに
考察対象とする構文を[ ]で括って示すが、こ
本稿は、「花屋」、「気取り屋」など、現代日
の場合の[ ]の位置づけはLangacker(1999: 93‑
本語における接尾辞1)「屋」を含むほぼ全ての
95)に従う。Langackerは、複合的な構造を持
タイプの派生名詞を考察対象とし、それらの意
つものがあらかじめ1つにパッケージされた単
味形成のメカニズムを共時的に分析し、記述す
一体として操作可能になり、その構成要素や構
るものである。なお本稿ではこれらの派生名詞
成要素の配列を意識する必要がなくなったと
を、[X+屋]という構文 (construction)の具現
き、この単一体を単位 (unit)になったと位置
事例(instance)であると位置づけ、構文レベ
づけ、単位となったものを[A]のように角括弧
ルの多義性及び意味拡張のプロセスを、構文理
で囲んで示すとしている。
論(construction grammar)の枠組みにおいて
ボトムアップ的に明らかにする。
2.先行研究の問題点
以下、本稿の構成を簡単に述べておく。まず
本節では、現代日本語における、人を表す派
第2節では、人を表す派生名詞を形成する接尾
生名詞を形成する接尾辞に関する先行研究の問
辞を考察対象とした先行研究や、これに関連す
題点を指摘する。
る先行研究の問題点を指摘する。続いて第3節
現代日本語には、「作曲家」における「家」、
では、本研究における理論的背景について提示
「外野手」における「手」、「切れ者」における
する。第4節では、[X+屋]という構文の多義
「者」など、ある種の「人」を表す派生名詞が
性について検討する。第5節では、[X+屋]と
数多く存在している。(本稿で考察対象とする
いう構文レベルの意味拡張のメカニズムを明ら
かにする。最後に、第6節では、今後の課題を
提示する。
なお、本稿では一貫して、[X+屋]のように、
「X+屋」もその一部である。
)
このようなタイプの派生名詞について扱って
いる先行研究として、影山(2002)
、山下(2006)
、
田村(2010)などが挙げられる。影山(2002)
では、モジュール形態論の枠組みに基づき、
1)
斎藤・石井(2011)は、語構成要素は大きく2種
類あり、語の意味的な中核をなし、単独でも語を構
成できる要素を「語基」とし、形式的な意味を担っ
「指揮者」
「犯罪者」における「者」などの接尾
辞を考察対象として、この接尾辞の付加による
たり語の品詞を決定したりし、それだけでは語を構
動作主名詞の形成が語彙のレベル(語彙部門)
成できず必ず語基と結合して一語を構成する要素を
で行われ、その中でも語彙概念構造に依拠する
「接辞」であるとしている。さらに、
「接辞」のうち、
タイプと特質構造で規定されるタイプに明確に
語基の前に位置する接辞を「接頭辞」
、語基の後に位
置する接辞を「接尾辞」としている。そして、合成
語(2つ以上の形態素からなる語)のうち、語基と接
辞が結合しているものを「派生語」
、2つ以上の語基
が結合しているものを「複合語」としている。以上
の定義を踏まえ、本稿の考察対象である「屋」は接
尾辞であり、「X(語基)+屋」という形式は派生語
(の一種である派生名詞)であると位置づけることが
できる。
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分類されるということを論じている。山下
(2006)は、中上級レベルの日本語学習者の語
彙学習への応用を視野に入れつつ、「人」「者」
「家」などの人物を表す接尾辞の分類や、これ
らの接尾辞の学習方法や教材化について論じて
いる。また、田村(2010)は「人」「者」「手」
など、接尾辞を中心に、人間を表す名詞を派生
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以上の点も踏まえ本稿では4節以降におい
する複数の造語成分について、それらの意味を
て、接尾辞「屋」を後項要素として含む個々の
記述し、分類している。
これらの先行研究に共通する問題点(一貫し
具体的な派生名詞に関して、[X+屋]というレ
て、詳細に検討されていない点)として、個々
ベルの構文の具現事例であると位置づけ、この
の接尾辞の意味や、派生名詞の形成のメカニズ
構文レベルでの意味形成について検討する。そ
ムの動的な側面に関する検討がなされていない
して、現代日本語の語構成論への、構文理論の
という点が挙げられる。特に、本稿の第3節以
適用可能性について模索する上でのケーススタ
降でも検討するように、「屋」をはじめ、いく
ディと位置付ける。
(同様の問題意識に基づき、
つかの接尾辞を含む派生名詞は、「前項要素+
現代日本語の複合語を分析したものとしては、
接尾辞」という形式が複数の意味を有している
野田(2011a)
、野田(2011b)を参照されたい。
)
ものの、このレベルでの形式と意味との対応に
なお、従来の現代日本語の語構成論において、
関する検討や、多義性の内実に関する検討がこ
派生語を考察対象とする場合には一般に、個々
れらの先行研究においてはなされていない。そ
の接辞がどのような語基と結合するのか、語基
もそも接尾辞は、それ単独では用いることがで
にどのような意味を添加するのか、また語基を
きず、必ず前項要素を伴って用いられる拘束形
どのような品詞に転換させるのか、という観点
態素である。そして、テイラー・瀬戸(2008:
から分析がなされてきた。このような観点にお
142‑143)も指摘しているように、接辞は一般
いては、接辞が多義的である場合にも、その複
に、当該の接辞を含む複合表現に対してスキー
数の意味が非連続的に分類されるに留まってい
マ的であり、そのスキーマの内実を埋める補部
る5)。このような中で、斎藤(2004)は、接頭
として語基が機能する。以上の点を踏まえると、
辞「反」を考察対象として、その意味を複数に
人を表す派生名詞の意味形成のプロセスを適切
区分し、かつそれらの相互関係を明らかにして
かつ詳細に検討する上で、[前項要素+接尾辞]
おり、現代日本語の派生語における意味形成の
というレベルの構文
2)
を設定して分析、記述
3)
動的な側面を捉えた先駆的な分析であるといえ
と考えられる
る。また、山下(2011)も、認知文法における
から人を表す派生
プロトタイプとスキーマという概念を援用し
名詞について考察している先行研究は管見の限
て、字音接尾辞「式」
「風」
「的」の多義性につ
りでは見当たらない。
いて考察している。本稿での分析は、これらの
2)
4)
することが極めて有用である
ものの、このような観点
4)
大堀(2001: 530)も指摘するように、構文理論は
語と文の間に本質的な境界を設けないため、
constructionは厳密には「統合体」や「構成体」と呼
ぶ方が適切ではあるが、constructionの訳語として
「構文」が最も普及し、定着していることに鑑み、本
Booij(2010)が指摘するように、現代日本語に限
らず様々な言語において、形態論レベルに構文理論
を適用させた詳細な研究が現状ではまだまだ少ない。
5)
このような立場での先行研究として、例えば山本
(1995)
、島村(1995)
、田村(2010)などが挙げられる。
稿でも以下、一貫して「構文」と呼ぶこととする。
3)
言い換えれば、接尾辞を取り出してその形式に対
応する意味のみを記述することは、厳密には不可能
であると考えられる。
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先行研究と同様の問題意識を前提としつつも、
6)
いう明らかに異なるレベルの存在物を表すメタ
構文、比喩に基づく意味拡張 、百科事典的意
言語が混在しており、両者を異なる意味(多義
味観をはじめとして、(単純語、句、節、文な
的別義)として区別していないという点が挙げ
ど合成語レベル以外の言語要素にも適用可能
られる。本稿第4節及び第5節で提示するように、
な)一般性、汎用性の高い諸概念を用いて、複
これらを異なる意味として認定し、かつ、両者
数の意味の有機的な結び付きを、より体系的、
を比喩に基づく意味拡張という観点から関連づ
包括的に明らかにすることを試みるものであ
ける必要があると考えられる。次に、2つ目の
る。
意味記述における「俗称」
、
「異称」というメタ
最後に、接尾辞「屋」に関する意味記述につ
いて触れておく。
言語に関して、これだけでは「事務屋」「技術
屋」「政治屋」などに含まれると考えられるマ
接尾辞「屋」や、これを含む派生名詞につい
イナスの評価性を適切に記述できているとはい
て、本節でここまでに述べたような観点で詳細
えない。さらに、この意味を抽出できる用例と
に検討した先行研究は管見の限りでは見当たら
して「飲み屋」や「食べ物屋」が挙げられてい
ないが、田村(2010: 13‑14)では、考察対象と
るが、これらの用例は1つ目の意味を抽出でき
している諸々の接尾辞の中の1つとして「屋」
る用例として位置づけることが可能であり、こ
が取り上げられ、3つの意味が記述されている。
のことから1つ目の意味と2つ目の意味との相
1つ目は、「酒屋」「肉屋」「写真屋」などの用
違点が明確ではないという点も指摘できる。次
例に基づき、「職業としての店、或いはそれに
に、3つ目の意味における「その人間の性行を
従事している人間を表す。」としている。2つ
批判的に捉えている場合が多い」という記述に
目は、「事務屋」「技術屋」「政治屋」などの用
関しては、どのような用例は批判的に捉えられ
例に基づき、「ある職業(に従事する人間)の
ていて、どのような用例は批判的に捉えられて
俗称、異称。
」としている。3つ目は、
「新しが
いないのか、また両者の関係はどのようなもの
り屋」
「お天気屋」
「がんばり屋」などの用例に
なのか、さらには「批判的に捉える」というマ
基づき、「しばしば(よく)そうなる傾向のあ
イナスの評価性が生じる動機づけはどのような
る人間を表す。その人間の性行を批判的に捉え
ものなのか、という点に関する検討がなされて
ている場合が多い。
」としている。
いない。最後に、田村(2010)では、3つの意
田村(2010)の記述の問題点として、まず、
1つ目の意味記述において、
「店」と「人間」と
味に分類しつつも、その相互関係が分析されて
いない、という点も問題点として挙げられる。
(籾山(2001)でも指摘されているように、言
6)
山下(2011)は、接尾辞の意味拡張の動機づけと
語表現の多義性を分析するにあたっては、複数
してスキーマの抽出に基づくプロトタイプからの拡
の意味を認定するのみならず、それらの意味の
張(すなわちメタファー)に焦点を当てて検討して
相互関係を明示することも重要な課題の1つで
いるが、本研究ではメタファー・メトニミー・シネ
ある。
)
クドキーという3種類の比喩を全て考慮して、合成
語レベルの構文の多義性を適切に捉えられるという
前提に立ち、この考え方を具体的に実践する。
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なお、田村(2010)に関して指摘できる上記
の問題点は、現行の諸々の国語辞典における接
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尾辞「屋」の意味記述においても同様にみられ
る、単一の合成によって形成される)最小構文
るものである。すなわち、国語辞典における
の1つの事例であると位置づける。
「屋」の意味の分類基準が明確ではなく、分類
ところで本研究が依拠する構文理論(構文文
された複数の意味の相互関係も明示されておら
法)は、Fillmore et al(1988)
、Goldberg(1995)
、
ず、接尾辞「屋」を含む派生名詞の一部の用例
Croft(2001)をはじめ、様々な研究者によっ
が有するマイナスの評価性の内実も明示されて
て研究がなされており、理論的な「潮流」のひ
いない。
とつであると捉えられる。大堀(2001)、李
以上、本節では本稿における考察対象に関連
(2004)
、尾谷(2006)を踏まえ、様々な立場に
する主な先行研究について概観した上で、それ
よる構文理論から抽出できる、構文理論全般に
らの問題点を指摘した。
おいて共有されていると考えられる基本的な3
3.理論的背景
節以降の考察も、次の3点の考え方に基づくも
つの理論的方向性を提示する。本稿における次
本節では、本研究における理論的背景につい
のである。
て確認する。
前節での指摘を踏まえ、本稿では考察対象と
ⅰ:文法体系も語彙(レキシコン)と同様
する派生名詞について、[X+屋]という同一形
に、意味と形式のペアとしての記号で
式に複数の意味が結び付いた多義的な構文
あり、語彙知識と文法知識は連続的な
(construction)であると位置づけ、またこの派
ものである。
生名詞の意味形成を構文的多義ネットワーク
ⅱ:構成要素の意味は構文(複合表現)の
(構文内ネットワーク)の形成であると位置づ
意味を部分的に動機づけるものの、構
けて分析を進める。
文(複合表現)全体の意味は構成要素
構文理論 (construction grammar)におけ
に還元して捉えられるものではない。
る構文の定義は研究者によって異なるが、本稿
ⅲ:構文は典型事例から拡張事例までの幅
では構文を「意味と形式との結び付きが慣習化
を有するカテゴリー(放射状カテゴリ
したゲシュタルト的な複合体」と定義し、あら
ー)であり、構文的意味同士、及び関
ゆるレベルの複合表現(複合語、句、節、文な
連する構文同士がネットワーク的に連
ど)に適用できる概念であると位置づける。な
携している。
お、Langacker(1999: 109)では、英語のjar
lidという複合語を例に挙げ、jarとlidという記
上記のⅲに関連して、本研究では、[X+屋]
号的構造が統合されてjar lidという複合的な記
構文が有する複数の意味は、[X+屋]構文の構
号的構造体ができるというように、単一の合成
文的多義ネットワークを構成する節点 (node)
によってできる構造体のことを最小構文
であると位置づける。そして、それぞれの節点
(minimal construction)と位置づけている。本
を結び付けている拡張のリンクとしての比喩の
稿もこの考え方に従い、考察対象とする派生名
関与について検討する。具体的に、本研究では
詞を、現代日本語における(2つの形態素によ
柏野・本多(1998)
、籾山(2001)及び瀬戸(2007)
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を踏まえ、意味拡張の動機づけとしての3種の
4.[X+屋]構文の多義性
比喩、すなわちメタファー(隠喩)
・メトニミー
本節では、[X+屋]という構文の多義性につ
(換喩)・シネクドキー(提喩)に基づく意味ネ
いて検討する。4.1節以降では、[X+屋]構文の
ットワークが、言語表現の多義の実相を適切か
個々の具現事例 7)それぞれが有する意味の検
つ詳細に捉えられるモデルであるという考え方
討を踏まえてボトムアップ的に抽出した、現代
を、派生名詞レベルの構文的な多義性に適用す
日本語において確立していると考えられる6つ
る。なお、3種の比喩の定義は、以下に挙げる
の構文的意味を提示する。(以下、本文中では
籾山(2002)に従う。
それぞれの構文的意味について、意味①、意味
②、といった呼称を用いることとする。)なお
メタファー:2つの事物・概念の何らかの
本稿では以下、構文的意味、構文的意味という
類似性に基づいて、一方の事物・概念を
ゲシュタルトにおける(分割できない複数の)
表す形式を用いて、他方の事物・概念を
部分的な意味特徴、構文的意味間の意味的共通
表す比喩。
性である構文スキーマなど、あらゆるレベルの
メトニミー:2つの事物の外界における隣
意味を山形括弧< >で括って記述する。
接性、さらに広く2つの事物・概念の思
考内、概念上の関連性に基づいて、一方
4.1 構文的意味①
まず(1)に、構文的意味①を抽出できる計
の事物・概念を表す形式を用いて、他方
の事物・概念を表す比喩。
81例のうちの主なものを提示する。
シネクドキー:より一般的な意味を持つ形
(1)居酒屋、運送屋、買い取り屋、家具屋、
式を用いて、より特殊な意味を表す、あ
るいは逆により特殊な意味を持つ形式を
カメラ屋、靴屋、クリーニング屋、呉
用いて、より一般的な意味を表す比喩。
服屋、米屋、魚屋、酒屋、仕出し屋、
仕立て屋、質屋、新聞屋、寿司屋、蕎
また、メタファーによる拡張とスキーマの抽
麦屋、電気屋、時計屋、床屋、肉屋、
出との関連性については、籾山(2001: 36‑44)
飲み屋、パチンコ屋、パン屋、仏壇屋、
における考え方に従う。すなわち、拡張関係が
不動産屋、古着屋、古本屋、文房具屋、
生じるのは話し手が基本的な意味と拡張された
意味との間に何らかの類似性を認めるからであ
り、類似性を認めるということは基本的な意味
と拡張された意味との間に共通性があることを
7)
筆者はインターネット辞書・辞典検索サイトであ
るジャパンナレッジの『日本国語大辞典』及び『大
辞泉』を対象とした検索結果、またweb上や新聞記
事等において見つけた例、合わせて136例の[X+屋]構
示しており、その共通性が2つの意味に対する
文の具現事例を収集した。この136例は、構文的意味
スキーマを構成していることになる、という見
②以外の構文的意味の具現事例である。後述するよ
解である。
以上、本節では本研究の理論的背景について
確認した。
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うに、構文的意味②の具現事例は固有名詞であり、
膨大に存在するため、代表例として18例のみを本稿
では提示する。これらの事例を意味的に分類し、6つ
の構文的意味を認定した。
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弁当屋、本屋、八百屋、焼き鳥屋、ラ
つの構文的意味も個々の具現事例の意味によっ
ーメン屋、料理屋
て構築される(下位レベルの)放射状カテゴリ
ーであり、このカテゴリーはプロトタイプ性
(1)に挙げた例を含む81例に共通する意味特徴
(典型性)10)を有していると考えられる。すな
を踏まえ、構文的意味①を以下のように記述す
わち、前述の検討を踏まえて、意味①というカ
ることができる。
テゴリーにおけるプロトタイプ的な事例は、
「家具屋」
「魚屋」
「パン屋」
「本屋」をはじめと
構文的意味①:<人(個人もしくは複数人)
し た 、 購 買 者 と し て の < 消 費 者 > 、( 有 形
が、消費者に対して、ある有料の製品やサ
の)<製品>、店舗としての<建物>という意
ービスを提供するために用いる建物>
味特徴を有するもの11)であるといえる。
なお、[X+屋]構文の具現事例において、前
意味①の記述の中で、まず<消費者>という
項要素X12の意味は、派生名詞全体の意味を部
意味特徴8)は、「家具屋」における「家具」や
分的に動機づけているが、意味①を抽出できる
「魚屋」における「魚」などの製品を購入する
事例の中でのその貢献の在り方は大きく2種類
購買者と、「運送屋」における「運送」や「ク
に分けられる。
リーニング屋」における「クリーニング」など
1つ目は、「菓子屋」「薬屋」「靴屋」「車屋」
の(有償の)サービスの使用者という、それぞれ
などのケースであり、これらの前項要素Xは、
の側面を含む上位概念として位置付けている。
実際にこれらの店舗で販売している種々の製品
また、<サービス>という意味特徴について
を「種」であると位置づければ、それに対する
本研究では、前述の「運送」や「クリーニング」
「類」を表す名詞である。例えば「菓子屋」で
など、企業(場合によっては個人)がビジネス
あれば、ここで売っている製品として、飴、ガ
として消費者に対して有料で提供する無形の価
ム、チョコレート、クッキー等が挙げられるが、
9)
値物であると位置づける 。
さらに、<建物>という意味特徴について、
これら個々の「種」に対する「類」を表す名詞
が前項要素の「菓子」である。また、「車屋」
「家具屋」や「魚屋」など、製品を販売するた
であれば、ここで売っている車には様々な車種、
めに用いる建物は「店舗」と呼ぶのがふさわし
年式のものがあるが、それら全てに対する「類」
いと思われるが、サービスを提供する際に用い
を表す名詞が前項要素の「車」である。
られる建物については「店舗」というよりは「事
務所」としての側面を有していると思われる。
ところで、次節で検討する複数の構文的意味
によって構築される構文的多義ネットワークは
放射状カテゴリーであると考えられるが、1つ1
10)
籾山(2006: 160‑161)によれば、プロトタイプとは、
「あるカテゴリーの典型的なメンバー、あるいは典型
的なメンバーが満たす条件・特性の集合」である。
11)
このような事例は、今回収集した81例中、64例で
あった。
12)
前項要素Xはそのほとんどが典型的な名詞である
が、81例中6例(「一杯飲み屋」「買い取り屋」「仕出
8)
<消費者>の規定は、青木他(2012)を参照した。
し屋」「仕立て屋」「立ち飲み屋」「飲み屋」)は動詞
9)
<サービス>の規定は、清水(1990)を参照した。
連用形転成名詞であった。
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2つ目は、「寿司屋」「蕎麦屋」「楽器屋」「焼
屋、新宿中村屋、井村屋、木村屋、不
き鳥屋」などのケースであり、これらの前項要
室屋、諸江屋、西松屋、紀伊國屋、岩
素Xは、これらの店舗で販売している製品の代
沼屋、加賀屋、大戸屋、素材屋、白木
表例を表す名詞である。例えば「楽器屋」であ
屋、上州屋
れば、販売している製品は「ピアノ」
「ギター」
「バイオリン」「トランペット」など(種)の
(2)に挙げた例を含む一連の事例に共通する意
「楽器」
(類)であり、当然「楽器」は「楽器屋」
味特徴を踏まえ、構文的意味②を以下のように
の販売する製品の代表例である。しかし「楽器
記述することができる。
屋」では、「楽器」のカテゴリーに属する製品
以外の製品も販売している。その例として、
構文的意味②:<販売業を営むある特定の店
「メトロノーム」「楽譜」「アンプ」などが挙げ
舗や企業の名称>
られる。また、
「焼き鳥屋」であれば、
「焼き鳥」
のカテゴリー(類)に属する個々の品物(種)
意味②を抽出できる事例において、前項要素
が販売している製品の代表例であるが、これ以
Xは、「髙島屋」(百貨店)のように創業当時の
外にも「飲み物」
「一品料理」
「ご飯もの」など
「加賀屋」
(石川県七尾市和
屋号であるケース、
も販売している。
倉温泉に本社を置く、旅館業を営む企業)のよ
ただし、この2種類のケースは明確に二分で
うに地域名(「加賀屋」の場合は創業者の出身
きるものではない。例えば、「肉屋」は、一般
地)であるケース、
「井村屋」
(菓子、冷凍食品
的には「肉」という類に属する種である「牛肉」
等を製造、販売する企業)のように創業者の名
「豚肉」「鳥肉」などの食肉を販売しているが、
字というケースがある。
店舗によっては「惣菜」「揚げ物」などを販売
している場合もある。
ところで、意味②を抽出できる事例は、用い
られる文脈によって2種類の焦点の当てられ方
がある。
「先週の日曜日に、友人と髙島屋へ行
1つは、
4.2 構文的意味②
次に(2)に、構文的意味②を抽出できる主
ってきた。」や「今日は駅前の大戸屋で夕食を
な事例を提示する。なお、意味①・③・④・
食 べ よ う 。」 と い っ た 用 法 で あ り 、 こ の 場
⑤・⑥を抽出できる事例が全て普通名詞である
合、<店舗>という側面に焦点が当てられる。
のに対し、意味②を抽出できる事例のみがいず
もう1つは、
「高島屋が16年度まで5年間に計画
れも固有名詞である。つまり、意味①・③・
する東南アジア向け投資は350億円と中国向け
④・⑤・⑥を抽出できる個々の事例が基本レベ
(150億円)の2倍強だ。」13)や「長崎屋は不採
ルカテゴリーに属する語だとすれば、意味②を
算店の閉鎖や業態転換が進み、採算が改善して
抽出できる個々の事例は下位レベルカテゴリー
いる。」 14) といった用法であり、この場合、
だと位置づけることができる。
(2)髙島屋、松坂屋、松屋、長崎屋、千疋
人間情報学研究 第18巻
13)
出典:2012年10月18日の日本経済新聞朝刊の記事
14)
出典:2012年2月7日の日本経済新聞朝刊の記事
2013年3月
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現代日本語における[X+屋]型派生名詞の構文的多義性
<組織体>という側面に焦点が当てられる。
国広(1997)は、ある対象の複数の特徴を同
47
事例の意味から抽出できるのは、以下のような
構文的意味である。
時に捉える語において、文脈に応じてその特徴
のうちのある側面に焦点が当てられるという現
象を「多面的多義」と呼んでおり、意味②の2
構文的意味③:<消費者に対して、ある有料
の製品やサービスを提供する職業>
種類の焦点化もこのケースであるといえる。
なお、次節でも検討するように、意味②と意
前述のように、意味①の事例と意味③の事例
味①は類種関係という点で連続的であるが、こ
が重なっている一方で、意味①の事例ではない
の類種関係は個々の事例全てにおいてみられる
が意味③の事例(及び4.4節で提示する意味④
ものではない。例えば、
「和菓子屋」
(類)の一
の事例)であるようなケースも存在している。
種としての「諸江屋」(石川県金沢市にある、
すなわち、消費者に対して何らかのサービスを
落雁をはじめとした和菓子を販売している店)
、
提供するという行為を遂行するための建物(店
「服屋」(類)の一種としての「西松屋」(子供
舗)を必要としない職業である。今回収集した
服やマタニティウェア等の専門店)といった場
用例の中でのこのようなケースが、
(3)に示す
合には、意味①の事例と意味②の事例との間に
10例である。
類種関係が存在するが、
「髙島屋」
(種)や「松
坂屋」(種)に対応する類を表す名詞は「百貨
(3)殺し屋、地上げ屋、ちんどん屋、取り
店」であり、意味①の事例の中には存在しない。
立て屋、何でも屋、便利屋、保険屋、
すなわち、類種関係はあくまで[X+屋]という
郵便屋、夜逃げ屋、予想屋
構文のレベルを設定してはじめて見出せるもの
であるといえる。
4.4 構文的意味④
意味①を抽出できる事例の一部(69例)及び
4.3 構文的意味③
(3)の事例から、意味③とは異なる構文的意味
さて、意味①を抽出できる全ての事例から、
を抽出することができる。
「さっき、バイクに乗
異なる構文的意味を抽出することができる。
った郵便屋さんとすれ違った。」や「あの魚屋
「八百屋という業種自体があまり見受けること
はいつも大声で売り込みをしている。」といっ
がなくなった現代で、業態を変えることもなく、
た用法における個々の事例の意味から抽出でき
八百屋という業種一本で勝負を掛け、奮闘して
るのは、以下のような構文的意味である。
いる。」
15)
や「彼は1983年に、代々時計屋を営
む家に生まれた。
」
「小学生の女の子に人気の職
構文的意味④:<消費者に対して、ある有料
業は花屋です。」といった用法における個々の
の製品やサービスを提供するある職業に従
事している人>
15)
出典URL:
http://www.data‑max.co.jp/2011/12/13/4000̲5̲dm1509
̲1.html
Journal of Human Informatics Vol.18
なお前述のように、意味①の事例は全て、意
味③の事例ともなり得るのに対し、意味①の事
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野田 大志
48
例ではあるが意味④の事例とはなり得ない、も
屋、物理屋、利権屋
しくは極めてなりにくい事例(ほとんど用例が
見つからない事例)が存在する。例えば(4)
に挙げる例である。
これらの事例に共通する意味特徴を踏まえ、
構文的意味⑤を以下のように記述することがで
きる。
(4)居酒屋、一杯飲み屋、会席茶屋、立ち
飲み屋、食べ物屋、茶屋、パチンコ屋、
構文的意味⑤:<社会的に好ましくないと評
飲み屋、飯屋、料理屋、焼き鳥屋、洋
価される性質を強く有するある行為を行う
食屋
人>
これらの事例に関しては、それぞれが表す店舗
意味①~意味④の具現事例のほとんどは前項
において、働く人によって業務内容が異なるた
要素Xが名詞であるのに対し、意味⑤の具現事
め、
(1)の他の事例のように店舗と店員とを一
例においては「当たり屋」「壊し屋」「運び屋」
対一で結び付けることが難しいのではないかと
のようにXが動詞連用形であるケースが多くみ
考えられる。これに対し、例えば(伝統的な)
られる。
「魚屋」の店員は人数としても一般的にはそれ
Xが名詞である場合、例えば「政治屋」にお
ほど多くはなく、さらに店員は皆同じように、
ける「政治」のように<ある行為>という面に
客に対して魚を販売するという業務を担ってい
おける意味的貢献をするケース、「株屋」のよ
ると思われる。「八百屋」、「肉屋」、「古本屋」、
うに<ある行為において用いられる物>という
「時計屋」などの事例も同様で、一般的に店員
「総会屋」
面における意味的貢献をするケース、
が1人しかいないか、複数人いるとしても少数
のように<ある行為を行う場>という面におけ
である上に業務内容が比較的均質であるという
る意味的貢献をするケースがある。
点が共通しているのではないかと考えられる。
一方、Xが動詞連用形である場合、「当たり
すなわち、ほぼ単独の種類の製品を販売してい
屋」における「当たり」や「走り屋」における
る小規模の小売店舗であるほど、<店舗>とい
「走り」のように、本来は類を表す形式を用い
う意味特徴と<店員>という意味特徴とが結び
て種を表すというシネクドキーが関与してい
付きやすいのではないだろうか。
る。例えば、「当たり屋」は概略、<走行中の
自動車に、自分の自動車や体を意図的に接触さ
4.5 構文的意味⑤
次に(5)に、構文的意味⑤を抽出できる、
本研究において収集した15例を提示する。
せ、それによって過剰な修理代や治療代を脅し
取る人>を意味している。前項要素「当たり」
の基盤となる動詞「当たる」は概略、<ある無
生物もしくは有生物が、異なる無生物もしくは
(5)当たり屋、当て物屋、一発屋、株屋、
有生物に接触すること>(類)を意味するが、
技術屋、壊し屋、事務屋、政治屋、整
「当たり屋」においては<自分の自動車や体が
理屋、総会屋、ダフ屋、運び屋、走り
相手の自動車に接触する>という意味(種)に
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現代日本語における[X+屋]型派生名詞の構文的多義性
限定されている。
49
ぶって、実は政治屋でしかないケースが多い。
さて、次節で検討するように意味④と意味⑤
は近接的であるが、大きな相違点として次の点
この例にみられるように、「政治屋」という
が挙げられる。意味④は何らかの「職業」に従
語は「政治家」という語と対比的に用いられる
事している人を表し、その職業に対する評価性
ことが多い。「政治屋」は概略、<政治に携わ
は必要としないが、意味⑤はある人の行う行為
り、その中で自らの立場や地位を利用し、何ら
が「職業」に限定されず、さらにその行為に
かの利権を得たり自身の名誉欲を満足させたり
は<社会的に好ましくないと評価される性質>
することをはじめとして、自身の利害に重点を
が付随しているという点である。例えば前述の
置いて行動する人>を意味している。一方、
「当たり屋」に関しては、
「当たり屋」が行って
「政治家」は概略、<国会や地方議会における
いる事柄は<職業>とはいえない。さらに不適
議員など、主たる職業として政治に携わる人>
切な方法によって金銭を得ようとしていること
を意味している。つまり、職業としての「政治
から、「当たり屋」の行為はマイナスの評価性
家」の中でも、その行動が好ましくない人に対
を有している。
して、その好ましくない側面を焦点化させる場
但し、意味④と意味⑤は連続的であり、例え
合にあえて「政治家」ではなく「政治屋」と表
ば「政治屋」
「技術屋」
「事務屋」などは、これ
現するのだと考えられる。また「技術屋」に関
らの派生名詞によって表される<人>が行って
して次のような例17)を挙げる。
いるのは、政治、技術関係の仕事、事務仕事と
いずれも<職業>である。したがって、これら
しかし、数少ない例外がフランク・ミュラー
の事例は、意味⑤を抽出できる他の事例に比べ
である。彼らの歴史はいくつもの“世界初”
て、意味④を抽出できる事例のカテゴリーによ
に彩られており、大胆な発想力と優れた技術
り近い位置に存在していると考えられる。但し、
力を背景に、「まだ見ぬ時計」を次々と生み
いずれの例も、あくまでも<職業>という意味
出した。トゥールビヨン、ミニッツリピータ
的側面よりも、それに付随する<好ましくない
ー、パーペチュアルカレンダーのすべてを一
性質>という意味的側面に焦点が当てられてい
つの時計に組み込んだのも世界初であり、リ
る。例えば、
「政治屋」に関して次のような例
ピーターの作動状況を示すインジケーターを
を挙げる。
考案したのも彼らだ。しかも彼らは、単なる
16)
技術屋ではない。発想の豊かさでも群を抜い
ていた。
自民党総裁選に出馬している石破茂前政調会
長の「政治屋は次の選挙を考える。政治家は
16)
次の時代を考える」と感慨深げに言う表情が
この例からも分かるように、「技術屋」は概
いい。誰が政治屋で、誰が政治家か。政治家
略、<職務の遂行において、自身の専門領域で
出典URL:
http://www.minpo.jp/news/detail/201209193716
Journal of Human Informatics Vol.18
17)
出典URL:
http://gqjapan.jp/2012/07/12/frankmuller/
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野田 大志
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ある技術関係の仕事に関しては優れた能力を発
天気屋、担ぎ屋、頑張り屋、気取り
揮するが、それ以外の領域に関して能力を有さ
屋、気分屋、気難し屋、悔しがり屋、
ない、もしくは目を向けることをしない人>を
怖がり屋、寂しがり屋、寒がり屋、
意味している。つまり、この場合も職業として
仕切り屋、澄まし屋、ちゃっかり屋、
の意味的側面よりも、それに付随する好ましく
照れ屋、のんき屋、恥ずかしがり屋、
ない側面を焦点化させる場合に、「技術屋」と
はにかみ屋、皮肉屋、難し屋、やか
表現するのだと考えられる。
まし屋、やっかみ屋、欲張り屋、理
屈屋、分からず屋
なお、意味④を抽出できる事例は、自称にお
いても他称においても用いることができるが、
これらの事例に共通する意味特徴を踏まえ、
意味⑤を抽出できる事例、及び4.6節で提示す
る意味⑥を抽出できる事例は、ほとんどが主に
構文的意味⑥を以下のように記述することがで
他称において用いられる。これは、意味④に比
きる。
べ、意味⑤及び意味⑥ではマイナスの評価性を
高く有することに起因すると考えられる。そし
構文的意味⑥:<人格や日常的な行動パター
て、前述の「事務屋」や「物理屋」などの<職
ンにおけるある際立った性質を有する人>
業>としての意味的側面を有する事例に関して
は自称において用いることもできるが、この場
意味⑥に関して、<人格におけるある際立っ
合、<好ましくない性質>という意味特徴に動
た性質>とは、例えば「お天気屋」であれば<
機づけられて、自嘲や謙遜という語用論的な効
心の状態(気分・機嫌)が変わりやすい> 18)
果が生じることになる。
という性質が該当する。また、<日常的な行動
パターンにおけるある際立った性質>とは、例
4.6 構文的意味⑥
えば「仕切り屋」であれば<どんな物事に対し
次に(6)に、構文的意味⑥を抽出できる、
ても、それを統括する立場に身を置いたり、他
本研究において収集した30例を提示する。なお、
者に指示を出したがったりする>という性質が
意味①~意味⑤においては、前項要素は名詞も
該当する。但し、一般にある人の<人格>とそ
しくは動詞連用形であったが、
(6)に挙げる例
の人の<行動パターン>は連動していることが
においては前項要素の品詞は、名詞のケース
多く、したがって両者は明確に区別できるもの
(
「お天気屋」など)
、動詞連用形のケース(
「澄
ではない。
まし屋」など)に加え、形容詞語幹のケース
なお、4.5節でも指摘したように、意味⑥を
(「気難し屋」など)や副詞のケース(「ちゃっ
抽出できる事例の多くはマイナスの評価性を有
かり屋」など)
、動詞否定形のケース(
「分から
ず屋」
)もみられる。
(6)新しがり屋、暑がり屋、有難屋、怒
り屋、自惚れ屋、おしゃべり屋、お
人間情報学研究 第18巻
18)
「お天気屋」の意味は、籾山(2008: 106)に基づ
いている。なお、この派生名詞の意味形成において
は、
「天気」という語の百科事典的意味が関与してい
る。この点に関する詳細は、籾山(2008)を参照さ
れたい。
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現代日本語における[X+屋]型派生名詞の構文的多義性
51
している。しかし、これには程度差がみられる。
Bよりも心理的に優位な立場に立っていると意
例えば、「気取り屋」「皮肉屋」「分からず屋」
識的、もしくは無意識的に捉えていると考えら
に関してはマイナスの評価性が相対的に高いと
れる。そしてこのようなAとBとの関係は、
「頑
思われるが、例えば「照れ屋」「はにかみ屋」
張り屋」においても共通していると言えるので
などは必ずしもマイナスの評価性が高いとは言
はないだろうか。
えない。
このようなマイナスの評価性の程度に関し
て、一見すると異質であると思われるのが、
「頑張り屋」である。「頑張り屋」の意味は概
5.[X+屋]構文の意味拡張
前節での検討を踏まえ、本節では[X+屋]構
文が有する、現代日本語において確立している
略、<困難があってもそれに屈することなく、
と考えられる6つの構文的意味の相互関係を、
常に努力し続けられる人>と記述することがで
構文的意味拡張に基づく多義ネットワークの構
きる。この意味においては、マイナスの評価性
築という観点から明らかにする。以下に、意味
は存在しない。しかし、このことによって「頑
①~意味⑥とそれぞれの主な例を再掲する。
張り屋」が(6)の事例における例外として明
確に区別されるわけではない。「おたくのお子
・構文的意味①:<人(個人もしくは複数人)
さん、本当に頑張り屋さんですね。」や「いつ
が、消費者に対して、ある有料の製品やサ
も頑張り屋のあなた、見えないストレスにご用
ービスを提供するために用いる建物>
心!」という例のように、「頑張り屋」という
(例:「魚屋」
「パン屋」
「本屋」
)
語が用いられる主なパターンは、用例検索の結
・構文的意味②:<販売業を営むある特定の
果、大人から子供に対してのケースや、ある物
店舗や企業の名称>
事に関してのアドバイスをする側からアドバイ
(例:「髙島屋」
「西松屋」
「大戸屋」
)
スをされる側に対してのケースであった。これ
・構文的意味③:<消費者に対して、ある有
に対し、全く同等の立場の人同士で、もしくは、
料の製品やサービスを提供する職業>
目下の人から目上の人に対する方向性で、「頑
(例:「八百屋」
「花屋」
「郵便屋」
)
張り屋」が用いられるケースはほとんどみられ
なかった。
(6)の「頑張り屋」以外の事例においては、
例えばある人のことを「お天気屋」
「仕切り屋」
・構文的意味④:<消費者に対して、ある有
料の製品やサービスを提供するある職業に
従事している人>
(例:「肉屋」
「パン屋」
「保険屋」
)
「皮肉屋」と呼ぶ側の人をA、呼ばれる側の人
・構文的意味⑤:<社会的に好ましくないと
をBとした場合、AはBに対して(様々な程度
評価される性質を強く有するある行為を行
差はあるにせよ)マイナス評価をしている。さ
う人>
らにAにとってBは、批判や非難をする対象、
(例:「当たり屋」
「政治屋」
「走り屋」
)
見下す対象であるというケースが多くみられ
・構文的意味⑥:<人格や日常的な行動パタ
る。このことから、AとBは対等な立場にある
ーンにおけるある際立った性質を有する
とはいえず、少なくともAの内面では、自分は
人>
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野田 大志
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(例:「お天気屋」
「理屈屋」
「頑張り屋」
)
り、この特徴が、瀬戸が指摘している「使用頻
、
「用法上の制約を受けにくい」とい
度が高い」
以下、分析を進める前提として最初に多義表
う点と対応するとしている。
また松本(2009)は、概念的中心性は基本的
現における「中心義」の位置づけについて確認
しておく。
には、意味分析により多義語の全体的意味構造
瀬戸(2007: 47)は、中心義を「共時的な多
を構築するという作業を行うことにより見出さ
義ネットワークの中心に位置する意義であり、
れるものであり、そのためには、個別的意味を
その出発点となる意義である」と規定している。
結ぶ派生のメカニズムが何であるかを確定し、
そして、中心義は「ほかの意義を理解する上で
その派生の方向性を明らかにしなければならな
の前提となり、具体性(身体性)が高く、認知
いということを主張している。そして、この派
されやすく、想起されやすく、用法上の制約を
生のメカニズムの一種として、メタファーやメ
受けにくい」といった性質を有する意味である
トニミーなどの比喩を挙げている。
と規定している。本研究でもこの規定に従う。
本研究では、瀬戸(2007)及び松本(2009)
なお、松本(2009)は、瀬戸(2007)やTyler
における「中心義」の位置づけを支持する。そ
and Evans(2001)を踏まえ、多義語における
して、この考え方を考察対象とする派生名詞レ
中心義は2種類の中心性を持つと主張している。
ベルの構文に適用させると、意味①を構文的多
1つは「概念的中心性」であり、もう1つは「機
義ネットワークにおける中心義であると認定す
能的中心性」である。松本によれば、言語話者
ることができる。すなわち、他の意味に比べ、
の概念化の観点からすれば、心的辞書の多義語
意味①は概念的中心性および機能的中心性が共
の構造において、他の個別的意味の派生の基盤
に高い19)と考えられる。
となるような、概念的に最も基本的な意味を中
但し、「機能的中心性」に関して、現代日本
心に据えた方が、カテゴリーの構成のためには
語においては意味①がこの性質を有するものと
有益であり、これが概念的中心性である。一方、
位置づけられるが、今後、この性質が変化して
言語話者の伝達活動の観点からすれば、一番よ
いく可能性もあると思われる。すなわち、意味
くアクセスする意味を中心に据えた方が、伝達
①を抽出できる事例の多くは、前述の通り、あ
活動のためには有益であり、これが機能的中心
る単一の種類の製品に焦点を当てて販売してい
性である。そして、概念的中心性は瀬戸(2007)
る小規模小売店舗である。しかし近年の、百貨
の表現で言い換えれば「意味展開の起点となる
店、スーパーマーケット、コンビニエンススト
かどうか」ということであり、さらにその特徴
が、瀬戸(2007)が指摘している「文字通りの
19)
なお、現代日本語において「屋」は拘束形態素と
意味である」
、
「関連する他の意味を理解する上
しての用法のみ見られる形式であるが、歴史的に
での前提となる」
、
「具体性(身体性)を持つ」
、
は、<建物>を表す自立形態素としての用法も存在
「認知されやすい」という点と対応するとして
いる。また、機能的中心性は、瀬戸の表現で言
い換えれば「想起されやすい」ということであ
人間情報学研究 第18巻
していた。通時的なレベルでの意味変化における起
点としての意味と、共時的なレベルでの意味拡張に
おける起点としての意味との関連性に関する検討は
今後の課題とする。
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現代日本語における[X+屋]型派生名詞の構文的多義性
53
ア、ショッピングモールをはじめとした、様々
性を有する。すなわち、「子供たちは昼休みに
な大規模小売店舗や複合商業施設などの台頭の
なったらすぐに教室の外に出る。」という場合
中で、「八百屋」「魚屋」「肉屋」などの小規模
の「教室」は概略、<学習や芸術などの指導が
小売店舗が徐々に減ってきている。すなわち、
行われる場所>を意味するが、そこから拡張し
意味①を抽出できる事例は現段階では[X+屋]
た用法である「友人がピアノ教室を始めた。」
構文の事例の中でも極めて多く、このことが機
という場合の「教室」は概略、<学習や芸術な
能的中心性を高める1つの大きな要因になって
どの指導>を意味する。
いると考えられるが、今後徐々に事例の数が減
次に、意味④は意味③からのメトニミーによ
ることにより、機能的中心性も低くなっていく
って拡張していると考えられる。これは、<あ
可能性があると思われる。この変化と並行して、
る職業>と<ある職業に従事する人>との概念
意味①に、<古いタイプの店舗>というマイナ
的関連性に基づくメトニミーである。なお、単
スの評価性 20)が付加されていく可能性もある
純語のレベルでは例えば「教師」という語
と思われる。中心義の動態に関するさらなる検
は、<ある社会的立場>から<ある社会的立場
討は、今後の課題とする。
の人>へ、という、意味③から意味④への拡張
さて、意味②は意味①からシネクドキーによ
と並行的な方向性を有する。すなわち、「教師
って拡張していると考えられる。意味①が<建
という仕事は子供の夢、人生に毎日関わるので
物(店舗・事務所)>一般という「類」を表す
すからとてもたいへんな仕事です。」21)という
のに対し、意味②は<特定の店舗や企業>とい
場合の「教師」は概略、<学校において学問、
う「種」を表しているからである。
芸術、スポーツ等を教えるという職業>を意味
次に、意味③は意味①からメトニミーによっ
し、職業のラベルとして用いられているが、
て拡張していると考えられる。これは、<ある
「あの教師は授業が下手だ。
」という場合の「教
建物(店舗・事務所)>と<ある建物において
師」は概略、<学校において学問、芸術、スポ
営まれる職業>との概念的な関連性に基づくメ
ーツ等を教えるという職業に従事している人>
トニミーである。なお、単純語のレベルでは例
を意味している。
えば「教室」という語は、<ある物理的領域>
また、意味④は意味①からのメトニミーとし
から<ある物理的領域における営み>へ、とい
ても関連づけることができる。これは、<ある
う、意味①から意味③への拡張と並行的な方向
建物(店舗・事務所)>と<ある建物(店舗・
事務所)で働く人>との概念的関連性に基づく
20)
現在既に、若い世代を中心に、「八百屋」「魚屋」
「薬屋」などの例からマイナスの評価性を見出す可能
性は高まりつつある。「薬屋」に関しては、日用品、
メトニミーである。なお、単純語のレベルでは
例えば「東宮」という語は、<ある物理的領
域>から<ある物理的領域に存在する人>へ、
雑貨、食料品なども販売する業態の店舗が増え、そ
のような店舗を表す「ドラッグストア」ないし「薬
出典URL:
局」の使用頻度が高くなることで、そもそも「薬屋」
21)
という語の使用頻度そのものが低下しているように
http://www.ikubunkan.ed.jp/message/2010/09/0913371
思われる。
8.html
Journal of Human Informatics Vol.18
March,2013
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野田 大志
54
という、意味①から意味④への拡張と並行的な
社会的に好ましくないと評価される性質>とし
方向性を有する。すなわち、本来は<皇太子の
て具体化するが、前者の<影響>の方がより具
住む宮殿>を意味する「東宮」が、<(その場
体性が高いものである。また、意味⑤の事例の
所に住む)皇太子>自身へと拡張している。
多くが<ある行為>を収入源とする人であると
なお、意味①、意味③、意味④を結び付ける
これらのメトニミーは、「商品の販売」に関す
るフレームを認めることにより、包括的に捉え
いう点で、意味⑤は意味④と近接的であるが、
「走り屋」のように<ある行為>が収入源とは
いえない事例も存在する。
る こ と が 可 能 と な る 。「 フ レ ー ム 」 は 籾 山
次に、意味⑥は意味⑤からメタファーによっ
(2006: 169)において「日常の経験を一般化す
て拡張していると考えられる。これら2つの意
ることによって身につけた、複数の要素が統合
味の間から、<ある際立った性質を有する人>
された知識の型」であると定義づけられている。
というスキーマを抽出することができる。前節
そして人間が様々なことについてフレーム化し
で検討したように、<ある際立った性質>は、
た知識を持っているとし、同じ言語共同体に属
意味⑤及び意味⑥の多くの事例においてマイナ
する人たちは、経験に基づき身に付けた様々な
スの評価性として位置づけられる。なお、意味
ことに関するフレームを共有しているからこ
⑤の事例における<ある行為>は<職業>とし
そ、効率的にコミュニケーションを行うことが
ての意味的側面を有するケースが多いが、意味
できるのであると指摘している。
⑥の事例においては<職業>としての意味的側
ここで、「商品の販売」に関するフレームは
面は存在しない、という違いもある。
概略、「ある建物において、個人もしくは複数
最後に、意味④から意味⑤・⑥への拡張に伴
人の店員や従業員が、消費者に対してある製品
う、マイナスの評価性の創発の動機づけについ
やサービスを提供し、その対価を消費者から受
て検討する。
け取る。」といった知識として規定できる。こ
既に前節でも提示したように、意味④の事例
のフレーム内において、「建物」が焦点化され
がマイナスの評価性を有さないのに対し、意味
るケースが意味①、「ある製品やサービスの提
⑤・⑥の事例のほとんどがマイナスの評価性を
供」が焦点化されるケースが意味③、「店員や
有する。この点に関しては、現行の複数の国語
従業員」が焦点化されるケースが意味④である
辞典や田村(2010)においても指摘されている
と考えられる。
が、このマイナスの評価性がなぜ生じるのか、
次に、意味⑤は意味④からメタファーによっ
またこの点に関して意味④と意味⑤・⑥がどの
て拡張していると考えられる。これら2つの意
ように相互に関連付けられるのか、についての
味の間から、<何らかの社会的な影響を生み出
検討はなされていない。
す(日常的、習慣的な)ある行為を行う人>と
この、マイナスの評価性の創発の動機づけを
いうスキーマを抽出することができる。な
明らかにする上で本研究では、百科事典的意味
お、<何らかの社会的な影響>は、意味④にお
を考慮する必要があると考える。百科事典的意
いては<消費者に対する有料の製品やサービス
味について籾山(2010: 5)は、「ある語(に相
の提供>として具体化し、意味⑤においては<
当する言語単位)の百科事典的意味とは、その
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現代日本語における[X+屋]型派生名詞の構文的多義性
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語から想起される(可能性がある)知識の総体
より消費者に好まれる方法でそれらの商品を提
のことである。」と述べている。また、松本
供することで、消費者の選択を勝ち取るという
(2003: 9)は、認知言語学の百科事典的意味観
ことの必要性が極めて高まっている。そのため
における「知識」について、例えばある語が指
に、生産者は、様々な努力をしている。これは
す物体に関する科学的な知識のようなレベルの
具体的には、接客における態度、言葉遣い、表
ものではなく、言語使用者が日常的経験から知
情などの質の向上、商品の値下げ、提供する製
っている知識のことである、と指摘している。
品やサービスに無償の付加価値を付随させるこ
またそれは、世界についての民間モデル (folk
と、クレームへの丁寧な対応等である。
model)であり、多くの場合、理想化された、
このことが影響し、現代の多くの日本人の中
専門知識によらない、素朴で日常的な世界解釈
で、特に消費者の立場において、無意識的に、
に基づくものであるとも指摘している。本研究
もしくは意識的に、消費者が生産者より優位な
も、籾山(2010)及び松本(2003)におけるこ
立場に立っているという認識 23)が高まってき
のような規定に従う。
ていると思われる。
さて、本研究においては具体的に、現代の日
そして、この知識(百科事典的意味のレベル
に関する百
における知識)が、意味⑤・⑥を抽出できる多
科事典的知識について検討する必要がある。日
くの事例におけるマイナスの評価性の創発を動
本では現代に至る時代の流れの中で、徐々に商
機づけているのだと考えられる。すなわち、商
取引における生産者と消費者との関係が変化し
取引における生産者を表す意味④を抽出できる
てきている。すなわち、様々な物が不足してい
個々の事例の意味に、このような生産者と消費
た時代から物が余る時代へと変化する中で、生
者との関係に関する特徴が百科事典的意味のレ
産者の姿勢は、作ったものを売るという生産志
ベルにおいて内在していると考えられる。そし
向から、作ったものを売り切るという販売志向
て、この内在している百科事典的意味が、意味
へ、さらには売れるものを作るという顧客志向
④から意味⑤さらに意味⑥へのメタファーに基
へと変化しているといえる。また、時代の変化
づく拡張に伴って顕在化し、意味⑤・⑥を抽出
と共に、商品を販売する店舗が極めて多様化し、
できる多くの事例が有するマイナス評価的な意
消費者はある単一の商品を購入する際にも、ど
味特徴となっているのではないだろうか。
本人の生産者と消費者との関係
22)
の店舗で購入するかに関して幅広い選択肢の中
なお前節でも検討したように、意味⑤・⑥を
から決定することができるようになってきた。
抽出できる事例のうち、マイナスの評価性を有
このような変化を経て、現代の日本における
する多くの事例において、そのような事例を用
生産者にとって、消費者のニーズを十分に踏ま
いる人をA、そのような事例で形容される人を
えた商品を生み出し、かつ、競争企業に比べて
Bとする場合、AがBにマイナス評価をしてい
22)
この点の検討において、清水(1990)及び青木他
(2012)を参考にした。
23)
この認識の極端なケースとして近年、
「モンスター
化」した消費者が増加してきているということが社
会問題として取り上げられることがよくある。
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March,2013
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野田 大志
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る時点で、Aの内面では、自身がBよりも心理
意味を認定し、それらの相互関係について比喩
的に優位な立場に立っていると考えられる。こ
に基づく意味拡張による構文的多義ネットワー
の、Aにとっての、AとBとの関係の認識とい
クの形成という観点から分析した。また、構文
と、意味
的意味拡張に伴うマイナス評価性の顕在化につ
⑤・⑥を抽出できる多くの事例との間で、程度
いて、その動機づけを百科事典的意味観に基づ
の差はあるものの、共通していると位置づける
いて分析した。
う点が、意味④を抽出できる事例
24)
本稿では、[X+屋] 構文という単一の構文に
ことができる。
以上のように、生産者と消費者との関係に関
おける構文内ネットワークについて検討した
する百科事典的意味を考慮することにより、意
が、今後、[X+手] 構文(例:
「受け手」
)
、[X+
味④と意味⑤・⑥との有機的な結び付きを明示
家] 構文(例:「演奏家」)、[X+者] 構文(例:
「幸せ者」
)など、ある種の人を表す他の構文の
することが可能になる。
本節の最後に、前節で認定した6つの意味に
意味に関しても分析し、[X+屋] 構文も含めた
よって形成される構文的多義ネットワークの略
構文間ネットワークについても検討していきた
図を図1に提示する。なお、図1におけるmは構
い25)。また、それらの研究を通して、現代日本
文的意味を表している。また、点線の矢印はメ
語の、接尾辞を含む派生語の意味形成に対する
タファーリンク、破線の矢印はメトニミーリン
包括的、体系的な分析の在り方を模索し、語構
ク、実線の矢印はシネクドキーリンクを表して
成論、構文理論における記述的貢献、理論的貢
いる。
献を目指したい。
m①
[引用文献]
m③
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m④
m⑤
m⑥
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m②
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図1:[X+屋]構文の多義ネットワーク
6.おわりに
以上本稿では、[X+屋] 型の派生名詞を、最
小構文の一種であると位置づけ、6つの構文的
学研究所
25)
このことに関連して、匿名査読者の方より本稿で
考察対象とした派生名詞の中でさらなる語形成の適
用を受ける事例は、
「者」や「人」などによる派生名
詞に比べるとかなり限られているのではないか、と
いう有益なコメントをいただいた。(「科学者」に対
24)
この場合、Aは消費者であり、Bは生産者(Aに
よって[X+屋]型派生名詞を用いて呼ばれる人)であ
る。
人間情報学研究 第18巻
する「天才科学者」、「芸能人」に対する「インテリ
芸能人」など。
)このような、接尾辞ごとの語形成レ
ベルでの生産性の程度差についても今後の検討課題
としたい。
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