戸籍のない男 男は生まれて37年間、八代家のホテルの一室のような地下室で生活している。彼は、一人で歩くことも 食べることもできない身体障害者だ。彼は、メチル水銀による胎児性水俣病患者であった。さらに、言語障 害、知的障害もあり、生きていても植物人間と同じ状態であった。両親は、生まれた男の子に“シノブ”と名 づけたが、出生届を出さなかった。両親は、事故を装い殺害するつもりでいたからだ。だが、手を下そうと しても、殺すことができず、地下室を作り、そこで秘かに育てることにした。 シノブは膣を飛び出したときから、両足はひん曲がり、右腕はなく、左腕はあるものの、手首はひん曲 がっていた。両目は、それぞれ勝手に天を向き、口をゆがめ、顔は憎しみを表していた。なぜか、ペニスだ けが、たくましく成長した。11歳のころには、シノブは夢精するようになっていた。毎朝、手作りの綿オ ムツを替えるときには、大量の精液がべっとりとついていた。 母親、千鶴は、咀嚼がうまくできないシノブのことを気遣い、赤ちゃんを育てるように、毎日、午後6時 にシノブに離乳食を与えていた。さらに、咀嚼せずに摂取できるように、タンパク、でんぷん、脂肪、ビタ ミンなどを含んだドリンクで、栄養を補っていた。13歳のときからは、毎週金曜日、午後7時に射精介助 を行った。当初は、射精介助を行ってくれるNPOホワイトハンズに依頼しようと考えたが、戸籍のないシノ ブの存在が発覚するのを恐れて、母親が自ら行う決意をした。射精介助による射精のとき、シノブは異様な 笑顔を見せ、興奮した息を吐き、目を左右に動かし、生きている証を見せた。 シノブは夕食を終えると条件反射のように勃起するようになっていた。たくましく成長したペニスは、勃 起すると20センチほどになり、膨張した亀頭は光を放っていた。いつものように、千鶴は、シノブのお尻 の下にガンダムがプリントされた青のビニールシートを敷き、お湯で薄めたローションの入った洗面器を彼 のお尻の向こう側に置いた。両手をローションに浸し、手に馴染ませ、ほんの少し両手でローションをすく うと、硬く大きく勃起したペニスに満遍なく塗りつけた。 次に、透明のビニール袋をかぶせ、亀頭をかわいがるように、しばらく、亀頭を揉んでいると、シノブの 顔に興奮した笑顔が現れ、かすれた声とともに吐息が吐き出された。そのとき、黄色い精液が袋を突き破る ほどの勢いで飛び出した。そして、どんよりとした眼のシノブは、ご飯を食べ終わったときと同じような眠 りにつく表情を見せた。精液がたまった袋からペニスを抜き取ると、その袋を用意していたもう一つの白い 袋に押し込んだ。 射精介助が終わり、洗面器と白い袋を持ってドアを出ると、父親、文治が入ってきた。文治はシノブをお 姫様だっこすると、バスルームにあるオーダーメイドの浅い湯船にそっと入れた。お風呂は、文治の役目で あった。ボディーシャンプーで全身を丹念に洗い終わると、お湯を抜き、シャワーで洗い流した。最後に、 洗い終えたシノブを、檜で作られたベッドのような長テーブルに運び、皮膚を傷つけないように丁寧にゆっ くりとふきあげた。真っ裸のシノブをベッドに運ぶと、文治は部屋を出て行った。 文治と入れ替わりに天花粉を持った千鶴が入ってきた。シノブの横に腰掛けると、天花粉を首の周りと背 中、お尻、下腹部に満遍なく塗った。そして、ゆったりとしたオムツをはかせ、ウルトラマンがプリントさ れたブランケットをかけた。部屋は一年中冷暖房が効いており、快適な温度が保たれていた。目を閉じたシ ノブの顔をじっと見つめながら、千鶴は絵本を読み始めた。シノブは言語障害ではあったが、千鶴の声には 反応していた。絵本を読む千鶴の声を聞くシノブの顔には、自然と笑顔が現れた。 リビングでは文治が千鶴を待っていた。千鶴は二つのティーカップとティーポットを載せたトレイを両手 に持って、リビングに入ってきた。文治の向かいに腰掛けた千鶴は、文治の前にティーカップを置き、紅茶 を注いだ。「どうぞ」目を閉じ、腕を組んで考え事をしていた文治に声をかけた。だが、文治は飲もうとし なかった。「どうなさったんですか?さめますよ」千鶴は、重大な話を聞かされる予感がしていた。しばら く沈黙が続いたが、大きな目を飛び出させるようにギョロっと開けると、低い声で話し始めた。 「早く、孫がほしいもんだな〜」文治は、いつもの愚痴をこぼした。「あなた、もうその話はよしましょ う。愚痴はこぼさないって、おっしゃってたじゃないですか。夢を見るより、会社はどうなんですか?」千 鶴は、夫が社長をしている八代水産のことを聞いた。「会社はまったく問題ない。その夢の話だが、ちょっ と心当たりができてな。もしかしたら、夢が現実になるかもしれんぞ」文治は笑顔を作り、千鶴を見つめ た。 千鶴は微笑み返すと、右手を顔の前でひらひらと振った。「そんな冗談は、もういいですよ。もうとっく の昔にあきらめましたから。ただ、心配なのは、あなたの後を継いでくれる社長ですよ。どうなさるの?今 の二宮専務になさるつもりですか?」会社では次期社長の話題で持ちきりであった。「次期社長は大体決め ている。いずれ話す。さっきの夢の話も楽しみに待ってるがいい」文治は大きな笑顔を作ると、両手を膝に 置きグイッと腕を伸ばしながら立ち上がった。 翌日、文治は入社3年目になる大野聡(おおのさとし)を社長室に呼び出した。彼は、水産物加工工場で 働く30歳の青年であった。パートのおばちゃんに絶大なる人気があり、彼が入社してからは、おばちゃん 同士の喧嘩が減った。身長183センチでイケメンの彼は、2歳年下の妹、亜美奈が高校を卒業するまで は、牛深で日雇いの仕事をやっていたが、一旗上げようと妹の卒業を機に俳優を目指して上京した。どうに か、俳優座に20歳で入団できたが、まったく芽が出ず俳優をあきらめ、27歳のとき実家のある牛深に 帰ってきた。 聡の両親は、牛深の網元で日雇いの仕事をしながらその日暮らしの生計を立てていた。聡が17歳のと き、父親は急激な手足のしびれと立ちくらみから、船上で突然倒れた。緊急入院したときは、危篤状態に陥 り、親戚が駆けつけるまもなく、集中治療室で他界した。妹の亜美奈は、高校卒業後、福岡の中洲に働きに 出た。聡は妹からソープで働いていることを知らされたが、病弱で日雇いの仕事にも出られない母親には、 そのことを黙っていた。 帰郷して1年後、28歳のとき、聡は運よく八代市にある八代水産株式会社に正社員として就職できた。 彼は、アルバイト採用でもいいと思い一次面接を受けたところ、二次面接に進み、1週間後に行われた社長 面接の結果、正社員として採用された。彼は信じられない採用に夢が膨らんだ。高卒で、九州では1,2を 争う一部上場の八代水産の正社員には、コネがなければなれるものではなかった。世間体のいい会社に入れ たことに、心が躍った。と言うのは、妹に人並みの結婚をさせたかったからだ。 23歳で中洲から牛深に戻った亜美奈は、牛深の旅館で仲居として働いた。病弱な母親との二人暮らしは 寂しく、亜美奈は一日も早く、兄の聡に牛深に戻ってきてほしかった。聡が28歳のときに、八代水産の入 社が決まると、三人は八代市に引っ越した。今年、28歳になる亜美奈は、1年前にヘルパーの資格を取 り、特別老人養護施設で働いている。入社後次第に、聡の心に野望の炎が燃え始めた。無性に、出世した かった。破れた服を着た子供のころの自分を指差して笑う金持ちの生徒たちを思い出すたび、惨めさに落ち 込み、涙が溢れ出た。 社長室のソファーに腰掛けた聡は、両足をそろえじっと黙っていた。「まあ、そんなに硬くならなくても よい。今日君を呼び出したのは、君に人生最大のプレゼントをあげるためだ」聡は、ほんの少し笑顔を作 り、顔を上げた。「君を、養子にしようと思う、どうかね」社長は聡の顔を見つめた。「私を養子にです か?私みたいな貧乏人を養子にですか?」聡はまったく理解できない社長の言葉に不審を抱いた。「そう、 自分を卑下することはない。君は俳優を目指したことのあるイケメンじゃないか。自信を持ちなさい」社長 は大きな笑顔を作り、腕組みをした。 「養子にするだけじゃない。いずれ、社長にするつもりだ」社長は、大きく頷いた。「私を社長にです か?」驚きのあまり、聡の顔は引きつっていた。「君はわしが求めていた男なんだよ。入社面接で君を一目 見たとき、次期社長に決めたんだ」社長は背筋を伸ばし、本題に入る姿勢を見せた。「はあ・・」聡はなん と答えて言いかわからず、かすかな声を漏らした。「ただ、君にやってほしいことが一つある。これが、君 が社長になるための条件なんだが」社長は、真剣な顔で聡を見つめた。 聡は、よりいっそう顔を引きつらせ、訊ねた。「いったい、何をやればよろしいんですか?」社長は、一 呼吸置くと、ゆっくりと話し始めた。「君に結婚して、2年後に離婚してほしいだよ。N会社の令嬢と。彼 女の名前は、春日雅美、28歳、バツイチだ。彼女は、皇太子妃のいとこに当たる美女だ。申し分ない相手 だろ。うんと、言ってくれるか?」社長は、いやとは言わせないような口調で訊ねた。 聡はぽかんとしていた。また、何か冗談を言われているような気持ちになっていた。「結婚して、離婚で すか?私が、皇太子妃のいとこさん、とですか?」聡は信じられない顔で社長をぼんやり見つめた。「気を しっかりせんか、そうだ、皇太子妃のいとこと結婚して、離婚するんだ。やってくれるか?」社長は念を押 した。 結婚して、離婚すると言う、今まで聴いたことのない話しに困惑したが、一生に一度のビッグチャンスを 逃したくなかった。聡は、ゆっくり頷いた。「そうか、やってくれるか。そうか、さっそく、養子縁組の手 続きをしよう。結婚と離婚の話は、明日、わしの家でじっくり話そうじゃないか」社長は大きな笑顔で、2 度も頷いた。 聡は会社が引けると、白のホンダフィットに飛び乗り、5年前から付き合っている宮崎美穂のマンション に向かった。会社から20分ほど東に車を走らせると、彼女のマンションに着いた。メールを受信していた 美穂は、食事の準備をして待っていた。「今日は早いじゃない。何かいいことでもあったの?」美穂はフ レッジからビンビールを一本取り出し、テーブルに置いた。「サトシ、そんなところにつっ立っていない で、座りなさいよ」美穂は、テーブルまで背中を押して、椅子に座らせた。 ぼんやりしている聡を横目に、グラスにビールを注いだ。聡は、枝豆が盛られた小皿を手前に引き寄せ、 枝豆を一つ摘み取った。聡はグラスを見つめたが、グラスを手にしようとしなかった。聡の頭は混乱してい た。なんと話せばいいのか、悩んでいた。美穂とは結婚する約束をしていたからだ。枝豆を夢遊病者のよう にかみながら、顔をゆがめていた。「サトシ、何かあったの?困ったことがあったら、私にも話して。力に なるわ」聡の今まで見たことのないような困り果てた顔に、不安がこみ上げてきた。 聡は黙っていた。社長の言う、結婚して、2年後に離婚するという意味がまったく分からなかった。あの 時は、社長になりたい一心で、ハイと返事してしまった。改めて考えれば考えるほど、意味が分からなかっ た。「美穂、愛している。本当に愛している。結婚しよう。結婚したい」聡は、美穂への思いを改めて口に した。「いつ、するの?来年?」美穂は、来年の6月に結婚したかった。 聡はしばらく黙っていた。聡はコップをわしづかみにして、一気にビールを飲み干した。ふ〜と一息は き、手酌でビールを注いだ。もういっぱい飲もうとコップを口に運ぼうとしたとき、美穂はコップを抑え た。「どうしたの?何があったの?」美穂は、聡の身にただならぬことが起きたと察した。聡は、コップを ゆっくりテーブルの上に置き、コップから手を離した。聡の手は小刻みに震えていた。 聡は目を閉じ、静かに話し始めた。「結婚は、3年後だ。申し訳ない」聡は頭を下げた。美穂はほっとし た。「3年後でもいいわ。それまで、嫁入り修行でもやるわ」美穂は、心のそこでは、結婚できないと言わ れるのではないかと、不安でいっぱいであった。「一つだけ、分かってほしいことがある。俺はある人と結 婚しなければならなくなった。でも、2年後には離婚する。だから、それまで待っていてほしい。正気とは 思えないだろうが、分かってほしい」聡は改めて頭を下げた。 美穂は聡が言っている意味がまったく分からなかった。「いったい、誰と結婚すると言うの?どうして2 年後に離婚するの?分かるように話してよ」美穂は、顔を左右に振り、両手で顔を覆った。「悪い、俺は美 穂を愛している。俺は美穂と必ず結婚する。これは俺が社長になるための条件なんだ。許してくれ。俺は社 長になりたいんだ。頼む、許してくれ」聡の目から涙がこぼれていた。 美穂は、小さな嗚咽の声を発していた。「よく聞いてくれ、今日、社長から、俺にビッグチャンスをやる と言われたんだ。養子にして、社長にしてやると。それには、条件があったんだ。皇太子妃のいとこにあた るN会社の令嬢、春日雅美と結婚して、2年後に離婚することだったんだ。なぜ、結婚して、離婚するか は、俺にも分からない。でも、社長になりたくて、ハイと返事をしてしまった。許してくれ、美穂」聡は、 下を向いて涙をこらえながら話した。 美穂は、黙っていた。嗚咽が止まると、一言、念を押した。「3年後には必ず結婚してくれるのね。も し、結婚できなければ死にます」美穂は、聡の決意を許した。「絶対に約束する。3年後には、美穂と必ず 結婚する。社長にも、このことを約束させる。そうでなければ、社長との約束を撤回する。社長になんかな らなくてもいい。会社を辞めて、すぐに、美穂と結婚する」聡は、美穂への愛を誓った。聡は、明日は土曜 日と言うことで泊まることにした。 替玉 朝9時に、美穂のマンションを出た聡は自分のマンションに帰った。母親と亜美奈は朝食を済ませ、二人 は楽しそうに会話していた。妹には養子のことを話しておくべきだと思い、妹を自分の部屋に呼んだ。聡は 結婚のことも話すべきか悩んだが、まだ決まっていない結婚の話はしないことにした。亜美奈が部屋をノッ クすると、勝手にドアを開けて笑顔で入ってきた。 亜美奈は、小さなブルーの丸テーブルに腰掛けて待っていた聡の向かいにドスンと腰掛けた。「お兄ちゃ ん、改まって何よ。お小遣いでもくれるって言うの?」亜美奈は冗談を言った。聡は、しばらく黙ってい た。突然、目を大きく見開き、宝くじが当たったときのような笑顔を作り、話し始めた。「びっくりするな よ、今日から、俺は、社長の養子になる。そして、いずれは、社長になる」聡は、ドヤ顔で話した。 亜美奈は、養子と言う言葉が耳に残った。「お兄ちゃんが、社長の養子!いったいどういうこと?」突然 の話に亜美奈は、いったいどういうことか理解できなかった。「昨日、社長から言われたんだ。俺を養子に して、いずれ社長にすると」聡は、有頂天になって話した。亜美奈は、いったいどんな言葉を返していいか 分からなかった。「そう、社長の養子になるの。母と私は、どうなるの?」亜美奈は、兄がいなくなった後 のことが心配になった。 大きく頷いた聡は、力強く答えた。「心配ない。二人の面倒は俺が見る。アミには立派な結婚式をさせてや る」聡は、亜美奈の左肩をポンと叩いた。「今までと同じね。お兄ちゃんなのね。よかった」亜美奈は、 ほっとした笑顔を作った。聡は、社長との面会のために散髪に行ったあと、パチンコで時間をつぶした。約 束の時間は5時だった。社長の自宅に愛車のフィットで向かった。 邸宅の駐車場には、聡の給料では一生かかっても買えないようなBMW,ベンツ、プレジデントが並んで いた。聡は心の中でつぶやいた。いや、もはや、俺は社長の子供だ。これらの高級車は、自分のものだ。聡 は、すでに自分が社長になったような気分になっていた。インターホンを鳴らし、大野聡と申しますと言う と、お待ちしておりました、と返事が返ってきた。玄関のドアが開くと、お手伝いさんと思われる女性が 立っていた。彼女はお辞儀すると、奥に案内した。 広い玄関前の踊り場を左に歩いて、突き当たって、右に折れて二つの部屋を通り過ぎた突き当たりの部 屋のドアを女性はノックした。どうぞ、と言う返事がすると、彼女はドアを開け、聡を中へ案内した。そこ は、15畳ほどある社長の書斎であった。今年65歳になる社長は、ジーンズにクロコダイルのポロシャツ 姿で、よく来てくれた、と歓迎の言葉をかけた。ソファーに案内された聡は、礼儀正しく腰掛けた。 社長も腰掛け、細長い葉巻を取り出した。聡は、頭の中でお願いしたいことをまとめていた。ふっ〜と煙 を噴出し、満足そうな笑顔を見せ、聡を見つめた。そのとき、ノックの音がした。どうぞ、と社長が声をか けると、そっとドアが開き、コーヒーを載せたトレイを手に持った女性が入ってきた。テーブルにコーヒー を置くと静かに部屋を出て行った。コーヒーを勧められた聡は、一口飲んで心を落ち着かせた。 社長は大きく頷き、声を発した。「よく、来てくれた。君は、今日からわしの息子だ。遠慮はいらん、言 いたいことがあれば、何でも言っていいぞ」聡に彼女がいることを知っていた社長は、聡の気持ちを聞くこ とにした。聡は、大きく深呼吸して、話し始めた。「お願いがあります。一つ目は、私には結婚を約束した 彼女がいます。社長との約束を果たすことができたならば、彼女との結婚を許してください。二つ目は、養 子になってからも母親と妹の面倒を見させてください」聡は、お願いを簡潔に述べた。 社長は、二度頷き、笑顔を作り、返事した。「君は、私の息子だ。やりたいようにやるがいい。ただ、約 束は果たしてもらうぞ。結婚の件だが、仲介は、懇意にしている大物の衆議院議員に依頼する。お見合いを した後は、デートを重ねて、ゴールしてくれ。この結婚は、必ずうまくいく。安心して、演技してほしい。 離婚の話をする前に、家族を紹介しよう」社長は、ドアを開けると手招きした。 社長は、部屋を出ると、書斎に向かって右隣の部屋のドアを開けた。部屋は納戸のようになっていて、ゴ ルフバック、サーフボード、釣竿、などが置かれていた。部屋の左側の壁中央あたりに社長が人差し指を突 き刺すと、ドアのノブがぴょこんと飛び出した。社長はそのノブを引くと、聡に目配せをして入っていっ た。聡は、後に続き入っていくと、階下につながる階段があった。階段を下りていくと小さな踊り場があ り、そこの正面にもドアがあった。社長の後について中に入ると、左手にベッドに寝ている男性とベッドの 横に立っている60歳前後の女性が目に入った。 社長は振り向き、聡に紹介した。「家内と息子のシノブだ」社長は、眠っているシノブを見つめた。聡 は、口をゆがめた男の顔を見て、息が詰まった。一度つばを飲み込み、返事をした。「は、はい、ご子息様 がいらっしゃったんですね」聡は、どうにか言葉をつないだ。聡は、口をゆがめたシノブの顔を改めて見つ めた。「シノブは、水俣病でな。生まれて37年間、この地下室で生活してきた、君の兄貴だ。とてもいい 子なんだ。仲良くしてくれ」社長は、シノブの顔を覗き込み、彼にかけてあったブランケットをそっと剥ぎ 取った。 聡は、無意識に声を発した。「あ」聡は、シノブを見て固まってしまった。「シノブは、身体障害者で、 知的障害者なんだ。赤ちゃんと同じだ。ただ、シノブのあそこは、立派な大人だ。社長は、オムツをゆっく りと取り外した。そこから、目を見張るようなたくましく、つやのある巨根が飛び出した。はじめてみる巨 根に目を奪われた。「シノブの唯一の自慢の一物じゃ。しっかり見てやってくれ」社長は、話し終えると、 聡の背中を右手で押して、ドアに向かった。 リビングに戻った聡は、何も話すことができなかった。口をゆがめ、腕のないシノブの姿が頭を占拠して いた。聡の心になんともいえない冷たい不安が、忍び寄ってきていた。「話の続きだが、君に結婚はしても らうが、夫婦生活をする必要はない。二年間の夫婦生活は、君の代わりにシノブがやる。新婚旅行は、別荘 のあるハワイに決めてある。初日に別荘に来てくれ。そして、私は、新婦の雅美にシノブの子供を生んでも らう話しをする。そこで、君の仕事は終わりだ」聡は、自分がやることが、結婚詐欺に等しいことを自覚し た。だが、もはや、社長の指示に従う以外、出世する道はなかった。 聡は黙って聞いていた。「あ、それと、君は、雅美とセックスをしないように。万が一、妊娠させては、 もともこもないからな。いいな。3回目のデートで、プロポーズをするがいい。3回目のデートで、ほぼ結 婚は決まる。彼女はバツイチで、ある理由から、結婚を急いでいるはずだ。デートはすべてこちらが段取り をする、君は彼女を陥落させる演技をすればいい。来年の春には、式を挙げられるはずだ。社長の息子とし て、胸を張ってプロポーズするがいい」社長は、成功を確信した笑顔を見せた。 聡は、ある理由から、と言う言葉が気になっていた。聞くべきか悩んだが、せっかちな聡は、無性に聞き たくなってしまった。「社長、一つお聞きしてもいいですか?」社長は、察しがついていたが、とぼけた顔 で答えた。「なんだ?」聡は、遠慮深く尋ねた。「先ほど、ある理由から結婚を急いでいる、とおっしゃら れましたね、よろしければ、教えていただけませんでしょうか」聡は、肩をすくめて訊ねた。 社長は脚を組みかえると、肩すかしを食わせるように、さらりと返事した。「あ、そのことか、新婚旅行 のとき、ハワイの別荘で話してあげよう。楽しみに待っているがいい」社長は、今話しておくことはない か、じっと考え込んだ。聡はしばらく、社長を見つめていたが、次第に不安になってきた。「社長、これか らどうすればいいんでしょうか?」聡は、社長の子供としてどのように振舞えばよいのか迷っていた。 社長はわれに返り、笑顔を作った。「君は、今日から私の息子だ。さっそく、一杯やろう」お手伝いさん に室内電話で酒を頼んだ。翌日は日曜日と言うことで、二人は朝まで飲み明かした。社長のはからいで、生 活は今までどおりとなり、会社では、本社、外商第一部部長の役職を承った。社長命令の本社勤務となっ た。聡は、一刻も早く、美穂にこのことを知らせたかった。 聡の縁談の件は、先方の快諾を得て、デートの許可が下りた。春日家にとって、雅美の縁談はわらをも掴 む思いであった。バツイチの雅美にとって、願ってもない縁談であった。三回目のデートで雅美はプロポー ズを快諾し、あっという間に、結納と結婚式の日取りまでことが進んでいった。膳は急げと、結婚式は1月 21日に東京帝国ホテルで行われることに決定した。 皇室の秘密 式を挙げた新郎新婦は、予定通りハワイに新婚旅行に出かけた。ホノルルに到着後、別荘のあるミリラニ に向かった。その別荘で、二人は1週間暮らす予定にしていた。その別荘は、接待の場所として利用されて おり、大きな庭の右端に25メートルプールがあり、左端には9ホールのパッティングコースがあった。歩 いていける近くの公園にはテニスコートもあり、雅美には絶好の環境だった。 パイナップルがプリントされたアロハシャツの社長はリビングで雅美を待っていた。ノックをした雅美 は、一人で呼ばれたことに不安を感じていた。ノックをすると返事があった。「どうぞ」社長は、やさしく 返事をした。純白のムームーに包まれた雅美は、そっとドアを開けお辞儀をした。「どうぞ,こちらにおか けください。お疲れになられたでしょう」社長は、立ち上がると、黄色いソファーに案内した。雅美は、 ゆっくりと腰掛けた。「そう、硬くならずに、ちょっと、今後のことをお話したくてお呼びいたしました。 時間は、取らせません」社長は、テーブルにある室内電話を手に取った。 しばらくして、女中が、アイスコーヒーを二つ運んできた。社長は、雅美にコーヒーを勧め、自分もグラ スを取った。「この別荘は、お気にめされましたか?女性の方も楽しんでいただけるように心配りしたつも りです。雅美様はテニスが得意とお聞きしましたが?」社長は、雅美をリラックスさせようと努めた。「い え、趣味でやっている程度です。家族みんなテニスが好きなのです。お父様は、テニスなされますか?」趣 味の話になり、雅美の心も打ち解けてきた。 社長は、本題に入る前に雅美の性格を知りたくなった。「私は、テニスはからっきしダメですな。ゴルフ も、毎週やっていますが、一向に腕が上がりません。スポーツ音痴ってやつですよ。わはは・・雅美さんは ピアノもたしなまれるとお聞きしています。うらやましいですな、私は、音楽もからっきしダメです」社長 は、雅美の口を軽くしようと、よいしょしはじめた。 雅美は恥ずかしそうな笑顔を作った。「いやですわ、そんなにほめないでください。ピアノもたしなむ程 度で、自慢できるほどじゃないんです。お父様は、囲碁がご趣味とお聞きしています。それと、Q大法学部 ご卒業とお聞きしました。頭脳明晰でいらっしゃるんですね」雅美は、聡から聞いたことを話した。「聡か らお聞きになられましたか。私の趣味と言えば、囲碁と釣りぐらいのものです。今度、テニスを教えていた だけますか、わはは・・」社長は、そろそろ本題に入ることにした。 「ところで、ちょっとお聞きしたいことがあります。失礼ですが、お子さんは、今、どちらに?」社長 は、軽くジャブを打った。「子供ですか、思い出したくありませんが、死産でした」雅美は、ハンカチを取 り出し、目頭に当てた。「これは失礼なご質問をいたしました。日本は、せわしいところです。のんびりし たハワイでリセットしてください」雅美は、ハンカチを握り締め頷いた。「ハワイは大好きですの、ずっと ここに住みたいぐらいですわ」雅美は、マスコミに皇室との関係を探られないように日本から遠ざかりた かった。 社長は頷き、話を続けた。「ごもっともです。私も、ハワイは大好きです。お気に召されたら、いつでも ご利用ください。そう、皇太子妃とはいとこに当たられるとお聞きしています。大学もご一緒だとか。春日 家は、公家でいらっしゃるんですね。皇太子妃も雅美さんも、とても気品があって、お美しい、八代家に は、恐れ多いことです。私たちには、無作法なところが多々あると思いますが、大目に見てやってくださ い」社長は、皇室との関係を探り始めた。 「お父様、こちらこそ至らない点があると思います。末永く、よろしくお願いいたします。お父様もお母 様も、お優しくて、とっても幸せです」雅美は、皇室のことを探られまいとおせいじを言った。社長は、一 度ちょっと目を天に向け、改まった表情でささやくように話し始めた。「ここだけの話ですよ、私の知り合 いに、刑事上がりの私立探偵がいましてな、先日、彼から、信じられない話を聞かされました。皇太子妃の お子さんは、生まれたときから心臓弁膜症らしいです。やっとできたお子様なのに、かわいそうに」社長 は、雅美の顔色を窺った。 雅美は、寝耳に水、と言わんばかりの表情で、ヒステリックな声で応えた。「いいえ、そんなことは絶対にありません、 そんな話・・」雅美は、われに帰って話をやめた。社長は、しめたと思った。「雅美さんは、否定なされるんですか?それ と、もっと驚くことを聞かされました。腰を抜かさないでくださいよ。なんと、あの子は実の子供じゃないと言うことで す」この情報は、社長が20年来使っている信用できる私立探偵から入手したものであった 雅美の顔が真っ青になった。「あ、まさか、それはデマに決まっています。あの子は、雅代の子供です」 雅美の手が震え始めた。社長は、私立探偵から得た情報は間違いないと確信した。この情報を手に入れるた めに、1000万円を使っていた。雅美の出産に立ち会ったのは、院長と婦長であった。婦長は、院長と内 縁関係にあったが、院長との関係がうまくいかなくなったため、腹いせに院長を裏切ったのだ。 私立探偵は、1000万円で婦長から出産にかかわる事実を買い取った。雅美の子供は死産ではなかっ た。春日家は、生まれた子供を死産にしてもらうために、1億円を院長に支払っていた。そのことは、婦長 にも知らされていたが、院長は、婦長に500万円しか渡さなかった。しかも、婦長は、院長から再婚の約 束をされていたが、それを反故にして、院長は、医師会会長に勧められた女性と再婚した。つまり、500 万円は手切れ金だったのだ。裏切りに激情した婦長は、院長の不正をマスコミに知らしめようと、私立探偵 をマスコミ関係者と思い、本当のことをしゃべった。 雅美の震えは止まらなかった。「雅美さん、あの子の母親は、誰だと思いますか?」社長は、雅美を追い 詰めた。雅美は爆発しそうな心臓の鼓動を抑えることができなかった。脈拍は速くなり、頭痛がするほど脳 内の血圧が上がっていた。もはや、冷静な対応ができる精神は失われていた。質問に対し、とぼけようとし ても、頭は真っ白で、顎も硬くなり、思うように口も動かなくなっていた。 社長はじらしていたが、口火を切った。「自分の口からは、言えまい。あの子の母親は」開き直った雅美 は、言葉をさえぎった。「分かりました。いったい、私に何をしろとおっしゃるのですか?」雅美は、春日 家のために、この秘密だけは死んでも守らなければならなかった。「雅美さんは、美しいだけでなく、賢明 なかただ。それでは、こちらの要求を言おう。私の息子の子供を生んでほしい。と言っても、聡ではない。 まだ紹介していない子供だ。名前は、シノブという。生まれたときからの障害者だ。帰国したらすぐに紹介 する」社長は、優しい声で話した。 雅美は、まったく、予想外の要求に頭が混乱した。聡と結婚したばかりなのに、会ったこともない人の子 供を生んでほしいなど、理解できない内容に怒りがこみ上げてきた。雅美のこめかみに大きな血管が浮き出 た。「雅美さんは皇太子妃のために皇太子の子供を生んだ。このことは、末代、褒め称えられることです。 あなたは、日本のために貢献し、天皇夫妻を救った。なんと、神々しいことか。私も国民の一人として、雅 美さんに感謝したい」社長は、雅美の怒りを抑え、要求を理解させようとした。 「会ったこともない息子の子供を生めと、無礼なことを言ったが、八代家を救ってほしいいのだよ。私た ちの実の子供は、障害者のシノブしかいない。しかし、シノブと結婚してくれる相手は、世界中を探しても いまい。無理な願いをする限り、雅美さんには、できる限りのお礼を考えている。社長夫人という肩書きだ けではなく、私が持っている株式の半分を上げましょう」社長は、聡を始末する考えを秘かに画策してい た。 雅美は、黙って聞いていたが、あまりにも不人情な言葉に憤慨した。「私は聡さんと結婚いたしました。 聡さんを裏切るわけにはいきません。聡さんの子供を生むことはできても、愛してもいない人の子供を生む ことはできません」雅美は怒りをぶちまけた。社長は、うっすら微笑んだ。「雅美さん、お話が上手です な。あなたは、礼儀知らずで、無学な聡を愛してなんかいない。子供を生んで、偽りの死産のことを忘れた いだけだ。もう少し冷静になってはどうかな。私の要求をのまなければ、どうなるか、お分かりのはずだ が」社長は、脅しをかけた。 雅美は、下を向いて考え込んだ。「なに、聡のことは、心配いらん。聡はこのことを承知の上で結婚した んだ」雅美は、顔を持ち上げ、目を吊り上げた。聡に、騙されたことに怒りがこみ上げてきた。「聡を恨ま ないでくれ、私の命令に従ったまでだ。聡のことは忘れてくれ。シノブの子供を出産した暁には、聡と離婚 して、雅美さんにふさわしいT大卒のエリート新社長と結婚してもらう。いい条件と思うが」社長は、切り 札を持ち出した。 雅美は、T大卒のエリートと聞いて、目を輝かせた。「承諾していただけたようだな。一日も早く、シノ ブの子供を生んでくれ」社長は、すかさず雅美の心を掴んだ。心を見透かされた雅美は、頬を赤くした。雅 美は、春日家のために、まだ会ったこともないシノブという障害者の子供を生む決意をした。雅美は、社長 の顔を見つめ、ゆっくり頷いた。「雅美さん、もう、八代水産は、あなたのものです。新婚旅行を思い存分 エンジョイしてください。聡は、しばらくの間執事に使えばいい。今後は、公家の出として、皇族との人脈 をいかし、八代水産を益々繁栄させてほしい。」社長は、長年の願望だった皇族との人脈ができたことに、 喜びを隠せなかった。 翌日、専務の二宮が別荘にやってきた。次期社長の件で社長が呼び寄せた。ピンパターを手にした社長 とT字パターを手にした専務は、パターコースのスタート地点で青空を仰いでいた。「おい、いい天気だ。 明日は、コースに行くとするか。ところで、君も頑固だな〜、いいかげんに、ピンに替えたらどうだ」社長 は、専務のこだわりが理解できなかった。専務は、いつものように言葉を返した。「私は、死ぬまで、替え る気はありません」専務は、かたくなにT字パターにこだわっていた。 このコースは、高麗芝とベント芝で構成されており、1番から5番までは高麗芝、6番から9番まではベ ント芝になっていた。また、あらゆるラインと速さを練習できるように設計されていた。1番ホールはほぼ 中央にピンが切られていて、下から打つとスライスラインになる。うえから打つとフックラインになる。 「まずは、2メートルから、スライスラインの練習だ。君からだ」社長は専務の調子を見ることにした。 専務は、ボールを上から叩く打ち方をする。青木流にこだわっている。専務は固くなったのか、強く叩き すぎた。20センチオーバーした。「やはり、強気だな〜、下からだと、それがいいのかもしれないが。で も、ラインに乗せるべきじゃないか?」社長は、ラインを読んで、ジャストのタッチで打つ。下からだと、 よく、ショートをする。「社長、どうぞ」社長は、何度もラインを読んで、軽くパットした。最後のひと転 がりでカップインした。専務は拍手した。 「社長は、パターだけは、プロ級ですな」専務は、また、失礼なことを言った。「パターだけは、とは何 だ。パターもと言え」社長は、いつもの反論をした。だが、スコアは、いつも95前後だった。専務は、パ ターを苦手としていたが、シングルプレーヤーで、スコアは、いつも80前後だった。「さっそくですが、 息子の件は、間違いないでしょうな」専務の息子は今年40歳になるT大経済学部卒の本社財務部長だっ た。社長との次期社長の約束を確認した。 社長は、とぼけた表情で、返事した。「あ〜、そうだったな。そうそう、恒例の登山は、もうそろそろ じゃなかったか?」専務は、また、とぼけてるなと思ったが、日程を報告した。「5月の第二週に行いま す。登山に聡を参加させて見ないか?」社長は、専務に聡の始末をほのめかした。「聡をですか?初心者 は、今度の登山は無理です。事故にでもあったら、大変です」専務は、社長の言っている意味を理解してい なかった。 社長は、鈍感なやつと、にらみつけた。「危険な登山だろ。いつもの手を使え」社長は、念を押した。 「聡を、いいんですか?社長のお気に入りじゃ?」社長は、専務に結婚詐欺の件は話していなかった。「と にかくやれ!いいな。次期社長は、専務の息子だ。雅美と再婚させる。約束する」社長は、下りのラインを 読みながら、小さな声で力強く話した。専務は無言で頷き、ピンを手にした。 新婚旅行から戻った聡は、さっそく美穂のマンションに飛んでいった。美穂とは1ヶ月ぶりの夜だった。 聡はビールを飲みながら、社長の使命を果たした喜びで有頂天になっていた。「美穂、とうとうやった。見 事やり遂げた。俺は社長だ。美穂は社長夫人だ。夢のようだ。俺は、デート中も、新婚旅行中も、彼女とは 一回もエッチしていない。嘘じゃない。これは、社長の命令だ。今後も、エッチしない。3年後には必ず結 婚しよう」聡は、雅美との関係を信じてほしかった。 美穂は、半信半疑で聞いていた。「いったい、何のために結婚したのよ?」美穂は、素朴な質問をした。 聡は、社長に口止めされていたが、美穂だけには話すことにした。「絶対に他の誰にもしゃべるんじゃない ぞ。聞いて驚くな。実はな、社長には、地下室に閉じ込めたシノブという実の障害者の息子がいたんだ。息 子といっても、もう37歳になるんだ。社長は、孫がほしくて、シノブの代わりに俺を使って結婚させたっ てわけだよ。要は、俺は彼女を手に入れるためのお膳立てをしたってわけだ。新婚旅行が終われば俺は用済 みと言うことになる」聡は、ドヤ顔で夢中になって話し終えた。 美穂は、ますます、半信半疑の顔で訊ねた。「彼女は、シノブに会ったこともないんでしょ。そんな人の 子供を生むはずないと思うんだけど」美穂は、作り話じゃないかと疑った。聡はそこまで考えていなかっ た。「そうか?変な話だな。でも、そうなんだ。信じてくれよ。それ以上は、俺にはわからない。社長はそ ういっていたんだ。頼むから、信じてくれよ」聡は、考えれば考えるほど頭が混乱してきた。 美穂は、頭をかきむしる聡を見て気の毒になってきた。「分かったわ、信じる。彼女に子供ができても、 聡の種でなく、シノブの種と言うことね。聡、愛してる」美穂は、聡を信じることにした。聡はほっとし て、残りのビールを飲み干した。「美穂、俺、爆発しそうだよ。早く、ベッドインしよう」聡は、1ヶ月間 エッチをしていなかった。美穂は、またかとあきれた顔でいった。「好きね、でも、明日は、排卵日だか ら、必ず、つけてよ、分かった」美穂は、中絶だけはしたくなかった。基礎体温をつけて、排卵日を確認し ていた。排卵日前後には、必ず、ゴムをつけさせた。 聡は、美穂と話しているうちに勃起していた。「分かってるよ。早く一緒に風呂に入ろう」聡は立ち上が り、ズボンを脱ぎ始めた。いつもは、別々に風呂に入るのだが、聡は、早く風呂に入ってエッチをしたかっ た。「サトシったら、しょうがないわね」美穂も服を脱ぎ、下着だけになった。「サトシ、先に入って。後 から行くから」美穂は、二人で入るのは始めてで、なんとなく恥ずかしかった。 聡はすでに裸になって、入り口で突っ立っていた。ペニスは、天を向きカチンカチンになっていた。聡 は、バスルームに飛び込みシャワーを浴び始めた。しばらくして、タオルで胸と下腹部を隠した美穂が、 こっそり入ってきた。「美穂、早く洗って、ベッドに行こうぜ。見てくれ、我慢できないよ」聡は、勃起し たペニスを右手で上下に振って見せた。「分かったわよ」美穂はタオルを取ると、シャワーを浴び始めた。 聡はさっさとボディーシャンプーで洗い終えると、出ようとしたが、のん気に洗っている美穂を見て、い らだたしくなった。「さっさと、洗えよ」聡は、ボディーシャンプーを手のひらに取ると、美穂の肩と背中 を洗い始めた。「サトシ、やめて、先に上がってて、自分でやるわ」美穂は、嫌がったが、聡は、やめな かった。「美穂の肌は、最高!たまにはいいじゃないか。社長夫人になったことだし」聡は、社長の言葉を 真に受けて、有頂天になっていた。 洗い終えると、美穂の身体をバスタオルで拭き始めた。「サトシったら、そんなに強く拭かないでよ」美 穂は興奮した聡をたしなめた。「もうダメだ、爆発する」ペニスの根元が痛くなっていた。亀頭の先から透 明の液が噴出していた。美穂も、排卵日の前日は、乳首が勃起し、子宮がうずき、ねとっとした体液が割れ 目を濡らしていた。美穂は苦虫をつぶしたような顔になって言った。「ベッドで、おとなしく待ってればよ かったのよ」美穂は、聡を置いてベッドに向かった。聡は、駆け足で後を追いかけた。美穂はゴムの準備を しようとしたが、聡が後ろから抱きしめた。その瞬間、すでに、紅潮し、ぱっくり開いた割れ目に、ペニス が突入してしまった。 「サトシ、ゴムをつけるのよ」美穂は、叫んだが、興奮していた子宮に亀頭が突き刺さり、頭はしびれ、 もはや言葉は出なくなった。美穂にとってバックの立位は初めてであった。後ろつきの美穂は、いつもは、 四つんばいになり、お尻を突き出した格好で、挿入されるのが好きだった。バックからのペニスは、子宮に 突き刺さり、オルガスムに達しやすかった。美穂も久しぶりの挿入に子宮がしびれる快感を味わった。オル ガスムに達したとき全身の力が抜け落ちた。 聡も射精をじっとこらえていたが、はっと気づいたときには、爆発させていた。「あ!美穂、どうしよ う。ごめん」聡は、とっさにペニスを抜き取った。全身の力を失った美穂の頭は真っ白になっていた。うつ 伏せにベッドに倒れた美穂は、オルガスムにしびれていた。いつもならば、すぐにはオルガスムがやってこ なかったが、今日は、聡の愛を改めて感じ取ったせいか、急激に大きなオルガスムが襲っていた。久しぶり のオルガスムに声一つ出せなった。聡は、ピクピクッと痙攣している腰をじっと見ているだけだった。 5月第2週に入り、八代登山隊は、北アルプス、剣岳に向けて出発した。聡もメンバー参加が認められ、 意気揚々と社長気分で出立した。美穂は、登山には反対したが、次期社長を信じてしまった聡には馬の耳に 念仏であった。登山二日後、事件が起きた。登山者の一人、大野聡(30歳)が、脚を踏み外し頭から落下 した。すぐに、相棒が引き上げたが、岩に頭を強く打ち、頚椎を通る神経が切れ、意識不明の状態になっ た。ヘリコプターで、すぐにふもとの病院に運ばれたが、意識は戻らず、3時間後に死亡した。事件は、翌 日のニュースで全国に流れた。
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