あじさい Vol.3,No.2,1994 Feb.1994 Vol.3 No.2 ☆特集 『ドーピング』 最近話題になっている、米国フィギュアスケート界の『 ケリガン選手に対する暴力事件』 は、今のスポーツの世 界が本来のスポーツ精神とかけ離れた『 勝つためには何でもする』 という風潮があることを象徴しているようです。 勝つための不正な手段として用いられるのが、この『ドーピング』 といわれる行為です。この事件のような暴力で はなく、薬物が勝ちたいという選手の心理に付け込む誘惑となります。今回の『 あじさい』では、ドーピングとはど んなものなのか、その歴史や実際に使われる薬物にどんなものがあるのか少し探ってみたいと思います。 ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆ ◎ドーピングとは れています。この時代のドーピングの対象となったの は競走馬です。依頼、競馬とドーピングの関係は切 っても切れない関係となり、我が国の競馬法 31 条で も罰則規定が定められています。しかし、ヒトでの報 告は 1865 年、オランダの運河工事の労働者に能率 を上げるために用いられたのが最初の記録となって いるそうです。それ以来、1900 年代にはいろいろな 薬がスポーツの世界で蔓延し、死亡事故まで起こっ てきました。これを防止するために『ドーピングテスト』 がまず、1911 年競馬の世界で実施されハジメ、」ヒト では 1968 年グルノーブル冬季オリンピックから実施 されるようになりました。この検査法の進歩により、 1983 年パンアメリカン競技大会において、失格 16 名、 22 個のメダル剥奪という前代未聞の事態が発生しま した。一方、1984 年ロサンゼルスオリンピックで日本 のバレーボールチームの選手がアナボリックステロイ ド陽性となり、失格処分を受けそうになりましたが、特 異体質と分かり処分を免れました。このように、無実 の人にも疑いがかかることもあり、検査法にもまだまだ 問題を残しているのが現状です。表2にドーピングの 歴史の概略を掲載します。 ドーピングについて、いろいろな機関が定義をしてい ますが、ここでは国際オリンピック委員会(IOC)で定め ている定義を表 1 に掲載します。 表 1 IOC 定義 1) ドーピングとは、選手やチームが薬物や物理的 方法あるいはその他の方法によって、競技にお ける体力的、生理的能力を改変するために行う 不正行為 ◎ドーピングの歴史 ドーピングという言葉の由来2)は、2つあり、1つは 粘液性の液体を意味するオランダ語の“Doop”。もう 1つは、南アフリカ北東部の原住民 Kaffir 族が祭りな どの宗教行事の際に飲む強いアルコール性飲料の ことを“dop”ということからつけられたと言われていま す。 ドーピングの歴史は古代ローマにさかのぼるといわ 12 あじさい Vol.15,No.3,2006 表2 ドーピングの歴史 事柄 古 代 ロー マ時 代 、戦 車 競 争 の 馬 に 与 えた 16世 紀 競 走 馬 に は 一 般 化 して い た 19世 紀 競 走 馬 の ドー ピング 1865 オ ランダの 運 河 工 事 の 労 働 者 に 能 率 を上 げ るため ドー プを用 いたの が ヒトでの 最 初 の 記 録 1889 ドーピング (doping)が 英 語 の 辞 書 に 載 る 1900年 代 ドー ピング 事 故 の 続 発 自 転 車 、ボ クシング 、サ ッカー 選 手 死 亡 1911 オ ー ス トリア競 馬 協 会 が ドー ピング 検 査 を実 施 、以 後 各 国 で実 施 1930 アメリカで『スピー ドボ ー ル 』を使 用 (競 馬 ) 1950 筋 肉 増 強 剤 が 重 量 挙 げなどの 強 靭 な筋 肉 が 有 利 となる種 目 の 競 技 者 に 濫 用 され 、さ らに 筋 力 (耐 久 力 )増 加 、闘 争 心 向 上 の 目 的 で、競 走 競 泳 、自 転 車 競 技 等 に 蔓 延 した 1952 オスロ冬 季 オ リンピックで選 手 控 え室 に 注 射 薬 の アンプル や 注 射 器 が 散 乱 1960 ローマオリンピックでデ ンマー クの 自 転 車 選 手 が 次 々 倒 れ 、1人 死 亡 2人 重 体 の 事 故 1960-1970ソビエトの 多 数 の 名 選 手 が Absの 副 作 用 の た め 死 亡 (1984年 西 独 (ビル ト紙 ) 1961 イタリアの フットボ ー ル 協 会 が プロ選 手 の 2割 近 くが 興 奮 剤 を用 い て い ることや 、 A 級 クラス選 手 の 9割 以 上 が 何 らか の 薬 物 をドーピング に 用 い て い ると報 告 1968 グ ル ノーブル 冬 季 オリンピックか らドー ピング 規 制 の 検 査 開 始 1972 日 本 でドー ピングガイドブックが 出 され た ミュンヘ ンオ リンピックでドー ピング 禁 止 薬 物 リストが 採 用 1976 モントリオ ー ル オ リンピック Abs検 出 法 に RIA (ラシ ゙オ イ ム ノ ア ッ セ イ )を採 択 1983 パ ンアメリカン競 技 大 会 でAbsを用 い た 重 量 挙 げ 選 手 の メダル 剥 奪 (失 格 16名 、剥 奪 メダル 22個 ) 米 国 陸 上 競 技 選 手 12名 が 試 合 前 日 帰 国 (ドー ピング の 発 覚 と1984年 オ リンピック 出 場 停 止 処 分 を恐 れ て) Abs検 出 法 に (カ ゙スクロマトク ゙ラフィー質 量 分 析 計 ) を採 用 ドー ピング 隠 蔽 工 作 として利 尿 剤 とプロベ ネジドが 悪 用 1984 ロサ ンゼ ル スオリンピック 10名 以 上 の メダリストが ドー ピング (+)で 失 格 日 本 の バ レー ボ ー ル チ ー ム の 選 手 が Abs (+)とされ 失 格 処 分 を受 けそうになった 特 異 体 質 に よることが わ か り疑 い が 晴 れ た 日 本 の バ レー ボ ー ル チ ー ム の 選 手 が エフェ ドリン(+)となった 。トレー ナ ー か らも らった風 邪 薬 が 原 因 。服 用 したことが 届 け 出 され て い た の で選 手 は 不 処 分 。 13 薬物 蜂 蜜 と水 の 混 合 物 ウ イ キ ョ ウ 、サ ン ダラック 、ア ル コ ー ル性 飲 料 アルカロイド *ドー フ ゚;賦 活 薬 = 疲 労 感 を消 し、意 欲 を高 め る物 質 馬 に 使 用 され る阿 片 と麻 薬 の 混 合 物 を意 味 血管拡張薬 アンフェタミン ヘ ロ イ ン、ス ト リ キ ニ ー ネ 、ニトロク ゙リセリン 、 シ ゙キ ゙タ リ ス チ ン キ 、コーラナッツ の 混 合 ア ナ ホ ゙リックステロイド(Abs) 血管拡張剤 Abs 興奮剤 27種 類 が 禁 止 32種 類 が 禁 止 Abs禁 止 Abs12名 エフェドリン 3名 フェンカンファミン 1名 利尿剤 プロヘ ゙ネ シ ド 70種 類 と関 連 化 合 物 が 禁 止 葛 根 湯 に 含 まれ るマ オ ウ が 原因 あじさい Vol.15,No.3,2006 事柄 1988 ソウ ル オ リンピック 薬物 104種 類 と関 連 化 合 物 禁 止 利尿剤禁止 Abs ベ ン・ジョンソン選 手 が 失 格 1992 バ ル セロナオリンピック 1993 年 々 ドー ピング禁 止 薬 物 増 加 150種 以 上 と関 連 化 合 物 が 禁 止 (表 3) ◎ドーピング薬物 IOC 医事委員会がドーピング禁止医薬品リストを作 成していますので、表33)に掲載します。ソウルオリン ピック(1988年)より、ドーピング薬物を薬理学的分類 によって定義し、これにより新しく開発された物質も禁 止できるようになりました。同時に薬理学的分類項目 に例示されていない薬物であっても分類上該当する 薬物は原則的には全て使用できないことになりまし た。 近年注目を集めているのはアナボリックステロイド (Abs)です。Abs とは蛋白同化ホルモンのことで、男 性ホルモンの蛋白合成作用を促進し、男性化作用を 弱くしたものです 4)。これを、疲労回復、筋力増強の 為に用いているようです。しかし、副作用も強く、ソビ エトの名選手の死亡をはじめ、アメリカでも肝癌による 死亡が1例報告されています。使用方法は、通常の4 -8倍の量を2-3種類ない福祉、それに1種類の注射 を併用します。投与機関は6-10週間投与し4週間休 薬を1クールとしていて、非常に大量を投与している ようです5)。ドーピングを隠すために試合前にテストス テロン(生理物質)に切り換えたり、体外へ排出を早め るために利尿薬を用いたりと、その方法は複雑かつ 巧妙になっています。 また、ドーピングの方法も、薬物から生理物質へ、 特に血液ドーピング6)などは自己血を保存し試合前 に輸血して自己の酸素運搬能を高めようとする方法 で、取り締まる方法が現在のところ見つからないもの もあるようです。 表3 ドーピング禁止医薬品リスト(IOC 医事委員会) 1993年8月現在3) 分 類 と主 な作 用 興奮剤 精神高揚 不安除去 β 2刺 激 剤 (吸 入 は 許 可 ) 日 本 で使 用 不 可 アンフェタミニル、フルフェレックス アミネプチン、イソエタリン アミフェナゾール、レプタゾー ル デキサンフェタミン、クロプロパミド メフェノレックス、ベンズフェタミン デキストロアンフェタミン メソカルプ、カチン モラゾン、クロルフェンテルミン ニケタミド、クロルブレナリン フェンジメトラジン ジエチルブロピオン フェンメトラジン、ジメタンフェタミン フェンテルミン、エタフェドリン ピクロトキシン、エタミハ ゙ン プロピルヘキセドリン エチルアンフェタミン、クロテタミド プロリンタン、フェンカンファミン ピロバレロン、フェナチリン フェンプロポレックス クロベンゾレックス リミテロール 14 医薬品名 日 本 で使 用 可 能 [代 表 的 商 品 名 ] ベメグリド [メヂハ ゙ール] カフェイン(尿 中 濃 度 12μ g/m l以 上 を(+)) [セデスG ,ドリンク剤 、総 合 感 冒 剤 、コーヒー ] コカイン [塩 酸 コカイン末 ] ドキサプラム [ドプラム] エフェドリン [麻 黄 含 有 漢 方 製 剤 、 葛 根 湯 等 、総 合 感 冒 剤 ] イソプロテレノール [ストメリン等 ] メクロフェノキサート [ルシドリール] メトキシフェナミン [メトナミン ] メチルアンフェタミン [ヒロポン] メチルエフェドリン [メチエフ、ネオドリン、 総 合 感 冒 剤 ] メチルフェニデート [リタリン] ベモリン [ベタナミン] ノルプソイドエフェドリン [葛 根 湯 、アスゲン] フェニルプロバノールアミン [ダンリッチ、 鼻 炎 用 カゼ薬 ] ピプラドロール [カロパン] ストリキニーネ [ホミカエキス] ビトルテロール [エフェクチン] オルシプレナリン [アロテック] サルブタモール [ベネトリン ] テルブタリン [ブリカニール] あじさい Vol.15,No.3,2006 分 類 と主 な作 用 麻薬性鎮痛剤 アナボリックステロイド (蛋 白 同 化 ホルモン ) 体重増加 疲労回復 筋肉増強 β − ブロッカー 心拍抑制 不安解消 日 本 で使 用 不 可 アルファプロジン、レホ ゙ルファノール アニレリジン、メタドン オキシモルホン、デキストロモラミド ナルブフィン、ヒドロホルモン デキストプロポキシフェン ジピパノン、ゲナゾシン エトヘプタジン、ピミノジン ジアモルヒネ、テハコン ヒドロコドン、トリペリジン ボラステロン ボルデノン クロステボール デヒドロクロルメチルテストステロン メステロロン ノルエタンドロロン オキシメステロン ソタロール ペプチドホルモン 及 び類 似 物 質 医薬品名 日 本 で使 用 可 能 [代 表 的 商 品 名 ] ブプレノルフィン [レペタン] コデイン [リン酸 コデイン、総 合 感 冒 剤 ] ジヒドロコデイン [フステン] エチルモルヒネ [ジオニン] モルヒネ [オピアト、MSコンチン] オキシコドン [パビナール] ペンタゾシン [ペンタジン] ペチジン [オピスタン] エチルストレノール [オルガボリン] フルオキシメステロン [ハロテスチン] メタンジエノン [エンセファン] テストステロン [エナルモン] メテノロン [プリモボラン] オキシメトロン [アナドロール] ナンドロロン [デュラボリン] スタノゾロール [ウインストロール] オキサンドロロン [ロナバール] アセブトロール [アセタノール] アルプレノロール [ア プロバール] アテノロール [テノーミン] メトブロロール[セロケン], ラベタロール[トランデート] ナドロール [ナディック] オクスプレノロール [トラサコール] プロプラノロール [インデラル] ACTH [コートロシン], HCG [ゴナトロビン] HGH[コルポルモン], ソマトロピン[ジェノトロピン] 薬 物 を使 わ ないドーピング行 為 血 液 ドーピング 酸 素 運 搬 能 力 向 上 薬 理 的 、化 学 的 及 び物 理 的 不 正 操 作 カルーテル挿 入 、尿 のすり替 え改 ざん、腎 排 泄 の 抑 制 (プロベネシド等 の 使 用 ) 一 定 の 規 制 を要 する薬 物 アルコール、局 所 麻 酔 剤 、コルチコステロイド ◎検査方法 2) ドーピング検査は全員にするのがベストですが、実際 不可能なので抽出法をとっています。 に摂取した薬を記入(届け出制)します。これはドーピ ングが疑われた時の証明となります。試合終了直後 から1 時間以内にサンプル(尿)50-100ml を採取し、 不正ないよう管理にも細心の注意を払って分析され ます(24 時間以内)。 新聞によりますと、今回の、リレハンメル冬季オリンピ ックでは、スキー選手に血液検査が導入される事に なったそうです。 分析方法を表 5 にまとめます。 また、ヒト成長ホルモンには適切な検出方法がないそ うです 7)。日本のバレーボール選手のように、特異体 質や生理物質等への対応もまだまだ、不十分で、間 違いのない検査法の確立が急がれます。 表4 選手の抽出方法 1: 成績上位者数名 2: 1: に無作為に何名か加える 3: 無作為に何名か選ぶ 追加 ドーピングの疑いの濃厚と判断時 検査対象に選ばれていることは試合が終了するまで 秘密にしてあります。 検査方法はまず、ドーピングテスト用紙に過去 2 日間 15 あじさい Vol.15,No.2,2006 表5 ドーピング検査法 ス クリー ニ ン グ 検 査 ガ ス ク ロ マ トグ ラフィー 質 量 分 析 法 ( G C / M S ) マ ス ク ロ マ トフィー (M C ) 薄 層 ク ロ マ トグ ラフィー ( T L C ) ガ ス ク ロ マ トグ ラフィー (G L C ) 確認検査 GLC GC/MS ラジ オ イ ム ノア ッセ イ( R IA ) 法 ( ヒト胎 盤 性 性 腺 刺 激 ホ ル モ ン ◎まとめ オリンピックにプロの選手も出場するようになり、スポ ーツと金の関係が切り離せなくなってきました。そん な時代に『どんなことをしても勝ちたい』という選手の 気持ちをドーピングに走らせないためにも、何らかの 歯止めが必要となってきています。幸いにも、日本で は、スポーツ倫理の波及と厳格な医薬品流通機構の 為か、ドーピング行為は見られていません。しかし、ロ サンゼルスオリンポックの時に、日本のバレーボール 選手からエフェドリンが検出され、その原因が『葛根 湯』と分かるなど、禁止薬物の中には日常医療で使 用するものが多くあり、選手の疾病の治療には細心 の注意が必要となってきます。選手にとって身に覚え のない非意図的ドーピングを未然に防ぐように関係 者への注意を促す必要があるようです。 せられました。ご感想、ご意見がありましたら、お 知らせ下さい。 発行者: 富田薬品( 株) 薬剤師 イラスト 長崎支店 力富 明子 金子裕里子 お問い合わせに関しては当社の社員又は、下記ま でご連絡下さい。 TEL (096)373-1141 FAX (096)373-1132 E-mail : [email protected] <参考文献> 1) くまもとDI ニュース41:13-14 2) 月間薬事 27:5.111-117,1985 3) From Pharmaceutical Information Center 28:9.1,1993 4) 医学大事典; 南山堂: 1348 5) 日本医事新報 3426:12.133,1988 6) 月間薬事 27:7.97-101,1985 7) ファルマシア 25:5.466-467,1989 お詫びと訂正 前回の『 あじさい』Vol.3,No.1 で誤りがありましたの で、次の通り訂正してお詫び申し上げます。 誤 正 p7 アマンタジン空欄 → B3 p8 シンメトレル 空欄 → B3 <編集後記> 今、リレハンメルオリンピックに世界中が注目 しています。しかし、一方で、このドーピング合 戦も沈静化しているとは思われません。あの華 やかな競技の陰で、何が行われているのか、今 回のあじさいで、内容を調べるまでほとんど知り ませんでした。スポーツとは何かを改めて考えさ 16
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