5/29 - Oki Sayaka`s Page 隠岐さや香研究室

科学史1:産業革命と科学・技術
早稲田大学
5月29日 金曜5限
担当:隠岐さや香
1. 19 世紀という時代
啓蒙の十八世紀:フランス革命 アメリカ独立戦争
反動・ロマン主義運動の十九世紀前半:反近代 反合理性
産業革命…西洋が非西洋と決定的に異質になった瞬間
エネルギー革命→蒸気機関
「工業化」革命→工業化社会
職業科学者の誕生
2. 蒸気機関と産業革命
背景:
イギリスの特殊事情 燃料としての木材(薪、木炭)の不足→石炭
鉱山の仕事(水をくみ出す)
二つの方法:燃料を燃やして水を加熱蒸発させ、その圧力を大気圧以上にまであげるこ
と→蒸気機関(∼19世紀)
同様の圧力を得るために少量の火薬を爆発させること→内燃機関、電気(20世紀∼)
17世紀を通じて両者とも探求される
技術的探究と科学的探求の接点
ドニ・パパン(1647­1712?医師):圧力鍋
るいは道具」 貧窮のうちに世を去った。
「骨も柔らかくする新調理器あ
技術の先行
ニューコメンの大気圧機関(「蒸気機関」と呼ばれた最初の機械)
Th. ニューコメン(1663-1722)
大気圧より高圧の蒸気を用いる必要なし 蒸気の凝縮を用いる
鉱山揚水用に初めて実用化
1710年代∼1780年代
大気圧機関→鉱山排水 都市への給水 製鉄業の復興
ダーハムとニューカッスル中心 炭坑
牛や馬と蒸気機関、どちらが経費がかからないか?
J.ワット(1736-1819)の蒸気機関
分離凝縮機(今で言う復水器)
グラスゴー大学づきの精密機械製造工
西インド諸島からもたらされた天文機械の補修をする
特許「火力機関の蒸気と燃料の消費を少なくする新しい手段」(1769年1月5日認
可番号913)
工場生産:水力から蒸気機関へ
織物産業の機械化・工業化
産業革命の真の主役に/最も競争が激しい
cf. R. アークライト (1732-92)
アークライト紡績機:たて糸(強くて太い)を紡ぐ
→ワットの発明した蒸気機関を動力として利用
→安価な織物で非西洋世界を圧倒 (インドの敗北)
経済的帰結 西洋世界とその経済、産業の膨張→植民地
18 世紀末∼19 世紀 蒸気機関の船舶使用(1780 年代∼) 蒸気機関車(1804 年トレ
ビシック 本格的な長距離機関車は 1820 年代∼)
3. 職業科学者の出現
17 世紀以前:自然探究…神の意志と計画を読む 聖職者・貴族・アカデミシアン
19 世紀以降:自然探究…自然から人間が利益を得る 世俗の「職業」化
→1830 s 「科学者」(Scientist)の誕生(W.ヒューエル, 1794-1866)
...ian と ...ist
cf. Physician と dentist
科学の専門教育機関の発展
フランス:エコール・ポリテクニーク(1795) 大学理学部(ナポレオン時代)
ドイツ:J. リービッヒの化学研究室(19 世紀半ば)
4. 技術の「科学化」
ロマン主義自然哲学の影響…エネルギー・力
非力学的現象(火、熱、光、電気)の科学化
科学の専門教育を受けた職業科学者達による理論化
熱力学の発展
エコール・ポリテクニーク
S.カルノー(1796-1832)
サディ・カルノー『火の動力機関とこの力の発生に適当な機械に関する考察』(1824)
熱機関から得られる仕事についての研究 効率の最大値 機械の温度差
熱と仕事は相互に交換 仕事の最大化は最高と最低の温度だけが問題〔熱力学第二法
則〕
→熱力学の本格化
誤った前提と後世への貢献
・「熱素説」 熱は物体とする考え方 技術者に人気
・蒸気による仕事と水流による仕事のアナロジー
圧力と膨張、仕事を取り扱うことの困難
cf.断熱膨張の際の考え方
蒸気の全熱量 = 顕熱+蒸発の潜熱+膨張の潜熱
〔現代的な解釈:膨張の潜熱=仕事に変換された熱〕
カルノーによる熱素説を用いた膨張の説明の例
「温度変化が生じないこのような場合に使用された熱素を、体積変化にもとづく熱素となづけよう。この
名前は、熱素が体積に属することを意味するのではない。それは体積にも圧力にも属さない。それを圧力
変化にもとづく熱素となづけることも、同じように可能であろう。われわれは、この熱素が体積の変化に
関してどのような法則にしたがうかを知らない。」
サジ・カルノー(広重徹訳と解説)『熱機関の研究』みすず書房、1973年、51頁。
参考になる文献
村上陽一郎『工学の歴史と技術の倫理』岩波書店、2006 年
古川安『科学の社会史 ルネサンスから 20 世紀まで』南窓社 1989 年
山本義隆『熱学思想の史的展開 熱とエントロピー』全三巻、ちくま学芸文庫、2008
年
小林学「19 世紀における高圧蒸気原動機の発展に関する研究」当郷国業大学大学院社
会理工学研究科経営工学専攻、平成 18 年度博士学位論文(特に第三章)
リービヒによる化学実験室の様子
版画 Wilhelm Trautschold (1815-1877),
c. 1840.