GMR/TMR磁気ヘッドのESD評価:CDMテスタの負荷容量特性に関する

GMR/TMR 磁気ヘッドの ESD 評価
:CDM テスタの負荷容量特性に関する考察
評価:
磯福 佐東至(東京電子交易)
スコープへ
まえがき
2002年10月、米国シャーロット(ノースカロライナ州)で開催されたEOS/ESDシンポジュームで、Maxtor
社および ReadRite 社が発表した MR ヘッドのための D-CDM 試験スタンダード(その 1、その 2) (1)、(2)では、
Direct Charging CDM(直接充電型 CDM)法を MR ヘッドの ESD 試験のスタンダードとして採用する、との提
案がなされている。この提案は、従来の、半導体デバイスに対しての CDM 試験スタンダードと比較し、そ
の校正時充電電圧が極めて低い(提案では 1V、10V、20V)点を除けば、そんなに大きな差異はない。
上記提案と、半導体デバイスをターゲットとしたその他のスタンダードで、負荷容量(デバイスの容量の
代わりに既知の容量のコンデンサを使いそれから放電する電流波形を規定し、校正する事を目的とする)
の値と、電流波形との関係がどのように規格化されているか、調査したので報告する。
負荷容量対電流値特性が大切な理由
CDM 試験機では、D-CDM(図1)、F-CDM 共に、デバイスの金属端子に接地金属が触れて急速に充電、また
は放電する時に、上部接地金属板(UG)が下部接地金属板(D-CDM の場合)または帯電電極(F-CDM の場
高抵抗
1Ω
S1
高電圧電源
S2
上部接地金属板
DUT
絶縁シート
CDUT
下部接地金属板
図 1. D-CDM による ESD 試験の概念図
S1 を閉じて高電圧電源より高抵抗を経て CDUT を充電する。その後、S2 を閉じて CDUT
に充電されている電荷を上部接地金属板 (UG) へ放電する。
CDUT
S2
CUG
S2
CUG
V
CDUT
VX
VX
図 2. D-CDM 放電前後の簡易等価回路
CDUT<<CUG であればCDUT の電荷は殆ど全て上部接地金属板
(UG) に吸収される。CDUT = CUG であれば、CDUT に充電され
ていた電荷の半分が CUG に移動 ( 放電 ) する。
1
合)に面した面積が充放電の際のスト
レス(電流値)に影響を与える。もし、
図1のような板状の上部接地金属でな
く、細長い棒状の金属がデバイスの端
子に触れた場合には、充電電圧が同じ
であっても、ストレスは少ない。上部
接地金属の体積、相対面積、形状など
は、デバイスからの電荷を高速に吸収
する能力を左右する。この事は、図 2
のように、UG を容量で置き換えてみる
と理解し易い。 図 2、上側の回路は、
CDUT を電圧 Vで充電した時の状態で、下
の図は、S2 を閉じて CDUT を CUG へ放電し
た後の状態を示している。ここで、CDUT
と CUG の大小関係により、CDUT から放電
IDEMA Japan News No.53
するストレスの強さ(電流の大きさ)は下記のように変わる。
CDUT << CUG : CDUT に蓄えられた電荷は殆ど全て外部(CUG)へ放電する。
CDUT が CUG と同程度: CDUT に蓄えられた電荷の一部が外部(CUG)へ放電する。
CDUT >> CUG : CDUT に蓄えられた電荷は外部(CUG)へは殆ど放電しない。
従って、試験対象として考えているデバイスの容量に対して、それに充電(帯電)する電荷を充分に吸収で
きる大きさの容量を CUG に持たせる事が CDM 試験器として重要である。 ちなみに、CUG は電気部品としての
コンデンサの容量値(電極間容量)のみを意味しているのではなく、空間に浮遊する導体が持つ容量(形状、
大きさにより決まる)と、帯電電極または下部接地金属板と相対する事により形成される容量の中間的な
性格を持ち、前者よりは大きい値となる。
数値での解析
S2 が閉じる時に、火花や音、熱となって消費するエネルギーを無視し、初期の総電荷量 を Q とすると
Q = CDUT V = (CDUT + CUG ) VX
(1)
CDUT から CUG へ移動する電荷量を QX とすると
QX = CUG VX
(2)
VX の値は (1)式より
VX = CDUT V / (CDUT + CUG )
であるから、(2)式は
QX = CUG VX = CUG CDUT V /(CDUT + CUG )
(3)
となる。この Q X は CDUT の電荷量が初期値 Q から減少する量であり、デバイスから UG へ放電する放電電流
値に比例する。従って、充電電圧 V を一定に保ち、CDUT の値 2 種類に対する電流値の変分を計算すれば CDM
テスタとして持つべき C UG の値を求める事が出来る。
各スタンダード間の比較
表 1 は、前記、MR ヘッドの ESD 試験スタンダード提案の他に半導体デバイス用のスタンダード 3 種(ESDA
と AEC は数値が同じなので、まとめて表示)に関して、校正用の CDUT(小、大)に対する、電流値を示す。こ
れらの値と、(3)式を使って計算した、夫々のスタンダードに対する CUG の値を表 1 の最右列に示す。
表1 . 各スタンダードの容量に対する電流値の仕様
正規化電流値は、夫々のスタンダードでの小容量に対する電流値を 1 として正規化した。
スタンダード
容量 CDUT
電流値
充電
正規化
電圧
電流値
種別
値(pF)
MR ヘッド用
小
5
88mA
8V
1
スタンダード
大
12
128mA
8V
1.45
小
4
4.5A
500V
1
大
30
14A
500V
3.11
小
6.8
5.75A
500V
1
大
55
11.5A
500V
2
ESDA/AEC
JEDEC
CUG 計算値
5.5pF
14pF
9.3pF
次に、上記で算出した値を(3)式に代入し、夫々のスタンダードに対する容量対電流曲線を描いて、比較
する。充電電圧は全て 1(V=1)として傾向を比較する。図3にそれらのカーブを示す。
MR ヘッドの D-CDM スタンダード:
MR = 5.5CDUT /(5.5 + CDUT)
ESDA / AEC スタンダード:
ESDA = 14 CDUT /(14 + CDUT)
JEDEC スタンダード:
JEDEC = 9.3CDUT /(9.3 + CDUT)
図 3 には、Maxtor 社、ReadRite 社の PSPICE シミュレーション結果とマニュアル治具での実測結果(文献
2
IDEMA Japan News No.53
各CDMモデルの容量対電流特性比較
6.000
12.000
正規化電流
10.000
4.000
MR
ESDA
JEDEC
PSPICE
実測値
8.000
6.000
4.000
2.000
2.000
10pF
0.000
0
20
40
20pF
60
容量(pF)
拡大図
図 3. 各スタンダードの容量対電流値のカーブ
(2)、図7)も追加した。 曲線を追加するには、文献(2)、図7の 2 つのカーブを読み取り、10pF に対応す
る電流値で正規化し、その値に MR カーブの 10pF での値を乗じた。
図3を見ると、CDM 放電時のストレスは ESDA カーブが一番強く、JEDEC、MR の順に弱くなる。Maxtor 社、
ReadRite 社の PSPICE 計算値は、5pF 以下の小容量に対して MR カーブより電流値が大きいが、5pF 以上の
領域では MR カーブと良く一致(差は 5% 以下)している。Manual 測定値は、逆に 10pF 以下の容量領域で MR
容
量
0.5pF
2.2pF
4.4pF
11.5pF
実測値
計算値
実測値
計算値
実測値
計算値
実測値
計算値
1V
0.25ns
0.177ns
0.21ns
0.203ns
0.39ns
0.215ns
0.53ns
0.32ns
2V
0.18ns
0.17ns
0.25ns
0.197ns
0.31ns
0.226ns
0.42ns
0.32ns
4V
0.17ns
0.175ns
0.26ns
0.209ns
0.29ns
0.225ns
0.4ns
0.32ns
8V
0.14ns
0.175ns
0.19ns
0.192ns
0.34ns
0.228ns
0.44ns
0.32ns
平均値
0.19ns
0.17ns
0.23ns
0.20ns
0.33ns
0.22ns
0.45ns
0.32ns
電圧
表 2.異なる充電電圧に対する放電電流の立上り時間と負荷容量
の関係。exp: 測定値、sim:PSPICE 計算値 ( 文献1の Table 1)
容
量
0.5pF
2.2pF
4.4pF
11.5pF
実測値
計算値
実測値
計算値
実測値
計算値
実測値
計算値
1V
0.37ns
0.2ns
0.44ns
0.33ns
0.65ns
0.46ns
1.00ns
0.72ns
2V
0.35ns
0.2ns
0.42ns
0.33ns
0.58ns
0.45ns
0.95ns
0.72ns
4V
0.34ns
0.2ns
0.39ns
0.33ns
0.49ns
0.45ns
0.85ns
0.73ns
8V
0.25ns
0.22ns
0.43ns
0.33ns
0.49ns
0.46ns
0.79ns
0.73ns
平均値
0.33ns
0.21ns
0.42ns
0.33ns
0.55ns
0.46ns
0.90ns
0.73ns
電圧
表 3.異なる充電電圧に対する放電電流のパルス幅と負荷容量の関係。
exp: 測定値、sim:PSPICE 計算値 ( 文献1の Table 3)
カーブに比べ、電流値が小さく、10pF 以上で MR カーブより少し(5% 以下)電流値が大きい。
以下に、容量が小さい時に、PSPICE 計算値と Manual 測定値の電流値が MR カーブより上または下に外れる
3
IDEMA Japan News No.53
理由を示す。
Manual 測定値の電流値が MR カーブより下に外れる理由
文献(1)の Table 1 および 3(表 2 および表 3)には夫々、異なる容量値に対する放電電流の立上り時間
(risetime)とパルス幅の充電電圧依存性を、実測値と PSPICE 計算値とで示している。これらにより明ら
かになる事は、容量が小さければ小さい程、立上り時間は速く、パルス幅は狭いという事である。しかる
に、測定系(CT-6 電流トランスとオシロスコープをカスケード接続した時)の帯域は一定である。つま
り、オシロスコープ、TDS694C の帯域 3GHz(保証値)と電流トランス、CT-6 の帯域 2GHz(代表値)をカスケー
ド接続した時の帯域は 1.7GHz、立上り時間は 210ps 程度である。この測定系で、表 2、表 3 で示すような
立上り時間(140ps ∼ 340ps)、パルス幅(250ps ∼ 490ps)の信号を測定すると、立上り時間は遅く、
パルス幅は広く、電流振幅は小さく観測される。従って、理論値、MR カーブよりも下側に外れる事とな
る。ちなみに、MR カーブは、測定器の帯域制限を考慮しない理想値である。
PSPICE 計算値の電流値が MR カーブより上に外れる理由
PSPICE シミュレーションによる計算値は、等価回路、図 4(文献1の図 3)を基にしている。この等価回
図 4.Maxtor 社、ReadRite 社のマニュアル試験器の等価回路。充電系は省略。
Cp は浮遊容量(0.1pF としている)( 文献1の図 3)
路には、浮遊容量 Cp(0.1pF)が入っている。Cp は同マニュアル治具では、CT-6、放電スイッチ系の浮遊
容量を意味している。Cp はCdiskが小さくなると電流値をより大きくするように作用する。 一方、MRカー
ブの計算には浮遊容量を付加していない。これが、PSPICE 計算値の電流値が MR カーブより上に外れる理
由である(PSPICE シミュレーションで、測定系の帯域を加味しているかどうかは不明であるが、もし加
味していなければ、これも一因となる)。
提言
GMR/TMR 磁気ヘッドの ESD 耐性を評価するためのスタンダードとして、Maxtor 社、ReadRite 社が提案した
仕様は、半導体デバイスを対象とした ESDA、AEC、JEDEC 等の仕様に比べ、ストレス・レベルが低く設定さ
れている事がわかった。ESD シミュレータ・メーカとしては、新たに MR ヘッド用のスタンダードを設け
るのではなく、例えば、JEDEC 仕様に統一する事を希望したい。但し、JEDEC 仕様では、MR ヘッドの CDM
試験で一番重要視すべき、D-CDM 方式を認めていない点が、問題である。ESDA、AEC では D-CDM、F-CDM 両
方を承認している。
【参考文献】
(1) , (2) : Tim Cheung, Lydia Baril, Albert Wallash, Proceedings EOS/ESD Symposium 2002, 4A.1
and 4A.2
4
IDEMA Japan News No.53