「ものの見方」について - 世界平和教授アカデミー

投稿論文
「ものの見方」について(Ⅱ)
ユダヤ教からみた平和の根源
―脳の情報処理からみた次期社会の総合システム―
About ‘Way of Looking at Things’:
Total System of the Future Society Seen from Brain’s Information Processing (II)
●長崎大学元教授
川口 勝之 Katsuyuki Kawaguty
1. はじめに
いだろう。これは,
「関係するファクターすべての共
通の産物である」こと,
「自分以外の誰かではなく,
1.1「複雑適応系」の経済学への応用
自分を含めた皆が決めているのだ」という,従来の
私は,
「量の生産より質の生産へ,集中化より分
「経済学」にない,自分たちがどういう歴史の中に
散化へ」の論文で,貧困率,格差と「人間の信頼感」
いるかを目に見えるようにした。そして,それは「富
と「健康」を,主として「ジニ指数」を評価軸とし
の分配のあり方は主として政治的なもので,経済の
て考察した。しかしジニ指数では,上位層(富裕層)
仕組みで決まっているわけではない」と言い切った
の資産保有は驚く程小さな数字にしか表れない。ど
点にある。ポール・クルーグマン(ノーベル経済学
の階層の指数か詳しくわからない。トマ・ピケティ
(Thomas Piketty)は,資産収益率(r)と経済成
長率(g)に関し,200 年に亘る世界各国の経済統
賞)は,
「実力主義の結果だとの神話が突き崩され
計(税務,所得資料,土地や株など)を各階層毎
の開発」
「戦争」で乗り切って来たが,地球はそろ
に分類,解析した結果,資本収益率の伸びは,人々
そろ「飽和限界点」に来ているのではないか。
た」と評価した。
「資本主義の崩壊」説に関しては,
これまで「技術革新」
「新エネルギーの発見」
「土地
が労働で手にする所得の伸びや,国の成長率を常
に上回ること,
「 r > g 不等式」を明らかにした。
の経済学者が今の経済学の主流になっており,日
マルクス資本論は,貧富の格差を増大させる資本
本はアメリカのコピーの経済人ばかりの中で,その
主義は,やがて利潤率の低下で崩壊すると予告し
「労
人たちの言説はこうである。
「データが恣意的」,
た。その時代は,コンピュータもなく,当時の資本
の状況把握は不完全であったろうが,これは「現代
働生産性や技術革新などの要素が,どの程度反映
しているかはっきりしない」,および「 r を下げようと
の資本」で捉えられているから,より「真理」に近
すれば,企業への投資が減り,経済活動が弱まる」
ハーバード・ビジネススクール出や,シカゴ学派
し い
などである。これらをすべて包含させた人間現象と
して表現されたデジタルの画像による分析,解析だ
■かわぐち・かつゆき
からそれでよいのである。これが科学技術的な「集
東京大学大学院工学系研究科機械工学修士課程修
了。その後,三菱重工(株)
(回転機械,ガスタービ
ン,原子力,海洋の総合開発)に入社。フランス政
府技術研究員(ガスタービン)を経て,長崎大学教
授(ガスタービン,生物機械工学)
,長崎総合科学大
学大学院教授(環境計画)を歴任し,現在,世界
NGO 平和大使(環境計画,感性の表現の研究)協議
会議長。工学博士。主な著書・論文に,
『地球環境
システム設計論』
『波動ポンプ』
『波動ポンプによる
環境制御』
『人間の内面的な感性の表現の研究』
「集
,
中化から分散化へ,量の生産から質の生産へ−脳の
情報処理よりみた次期社会の総合システム−」
(Ⅰ(
)Ⅱ)
(Ⅲ)
,
「
『ものの見方』について」など。
合知」の捉え方だからである。各影響要素間の入
力と出力が,正の相関を示す線形方程式に従う変容
のプロセスとしては取り扱えない経済問題だからで
ある。このことは
「『ものの見方』について
(Ⅰ)」
(『世
界平和研究』No.202,以下“(Ⅰ)
”と記載)で詳
細に述べられている。無知とは,知識で頭がぎっし
り詰まっていて,新しい「知覚」を受け入れる余地
のない状態を言う。専門家にこういう人が多い。
ともあれピケティの方法論は,文学により価値と
その動機づけを「知覚」し,科学技術的な思考法
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「ものの見方」について(Ⅱ)
を取り入れ,15 年の歳月をかけ,200 年近くの 20
100%自律分散制御世界もあり,空間移動し,環境
カ国以上の各層の経済データを解析。この複雑適
に適応しながら動き廻っている,真性粘菌(アメー
応系の考え方は,各国の乳幼児のすべての年次推
バ・ロボット)の存在もある。このような「自立分散
移データ(特に死亡率)から「ソ連邦の崩壊を予測
制御の典型が,
「他者との同期性」なのである。
した」人口統計学者エマニエル・トッド(仏)の感
振動の共鳴現象でわかるように,リズムが同期す
性的方法論と似ている。
るには,外部からエネルギーや手助けは要らない。
私は,この人から講義を聴き,ノートを取ってい
この性質を適用すれば,複雑な作業を自律的に実
るが,その時感じた。米・日の経済学者で,この人
施する,様々な人工システムを設計開発できるかも
と太刀打ち出来る人はいないだろう。出来るとすれ
しれない。自律分散制御による,地域分散共同社
ば,二宮金次郎,経済は人間であると喝破した宇沢
会の開発など夢は広がる。
弘文,コロンビア大・伊藤隆敏,チャップリンおよび,
私は,シンクロ現象というのは,或る意味におい
常に宇宙を考えていた手塚治虫ぐらいなものだろう。
ては「感性」と同義ではないかと思っている。何故
「むすび」では,現実の低成長期の格差拡大の
なら,感性は,外部からの情報がその生命システム
処方箋について述べよう。
にとって,意味があることを見てとる能力だからであ
『人間の内面的な感性の表現の研究』で,<複
る。その「入力と出力が同時に生成する状態」が同
雑適用系>についての考え方を示し,脳の情報処
期現象ではないか。シンクロナイズド・スイミングを
理系を中核とした<自律分散制御系>の話をし,応
みていると,そういう「勘」を与えてくれる。
用例として <フラクタル理論とその応用>を提示し
生物機械工学や環境計画などの私の研究結果か
た。
ら得られた教訓の一つは,次のようになる。
また(Ⅰ)では,
「集団同期性・シンクロ現象」と
「生命体の群に宿る集合知」について感性的な表現
▶ 生物には環境適応性があり,米作のような「単一
を試みた。そして「人より賢い機械と自然と共に生
環境」でも,結局,多様性環境となる。しかし複
きる」時代について意見具申を行った。
雑なシステムが,多様性を失うと危機は致命的にな
る(例えば砂漠化など)。
1.2 新技術とその展開―自律分散制御
海洋生物資源が均質,単一な地域では,魚種の
この同期現象,集団同期性は,とくに理論的に
絶滅が 60%にも達するが,生物多様性に富む地域
取り扱うには,なかなか困難な対象である。それは
では,10%にすぎない。同様に近親結婚の民族(例,
つまり,同期現象「他者との同期」というのは,全
ハプスブルグ家)では,遺伝的欠陥の蓄積が,頻
体が部分の総和としては理解できない,いわゆる<
繁に起きる。すべての生物において,他の生物種と
非線形現象>の典型だからである。内田樹が「修業
接触し,遺伝形式を多様化させながら,生命を脅
論」の立場からこれを追求し,
「祈り」の感性的概
かす疫病に対する免疫力を獲得する。つまり,多様
念を導入して見事に言語表現に成功しているのもこ
性を獲得すれば,リスクを軽減することができる。
の理由からである。
また,どんな災害が来ても,どの種かは生き残るこ
ここでは,蔵本由紀の研究成果を基にして,日
とができるからである。
常の同期現象の具体的な現れ方を多くの例を介し
アンドリュー・ハルディンは,金融危機とパンデ
て,そのイメージと考え方の基本を紹介する。例え
ミック(伝染病などの世界拡散)を比較している。
ば「多くの細胞」は同期することによって,生命に
金融市場では,行動様式を均質化させることが規
とって意味のあるリズムが生まれる。また脊髄のよ
則になっている。すべての金融関係者がまったく同
うな下位脳の神経ネットワークが,リズムを生成し
じことをやろうとする。商業銀行は,投資銀行に,
同期しているため,人は音楽を協奏したり,歩いた
投資銀行は投資を行うヘッジファンドになろうとし,
り,走ったり,魚は泳ぎ,虫は地面を這うことがで
投資家はすべての金儲けにベクトルをそろえた。採
きる,というような調子である。神経も血管もない,
用する戦略が正しいかどうかを,外部から判断でき
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世界平和研究 No.205 Spring 2015
る
「人物」はいなくなった。そして全員が,同期的に,
雑世界としてとらえたうえで,その感性に潜む構造
同じ疫病で息を引き取った。これが 2008 年の経済
のあり様を発見し,そのもつれた糸車を丁寧に調べ
大変動である。
ていく。こうすることで世界はどんなに豊かに見えて
くることか。これがエマニエル・トッドや,トマ・ピ
▶「生命システムの集団に宿る知」:小さな動くモノに
ケティの世界である。
ついては(Ⅰ)で述べたが,細菌や微生物の集団
「他者との同期」を(Ⅰ)では,
「祈り」つまり感
でも,自他との距離,込み具合を感じ取り,それが
動の共通点の頂点を探るという,芸術や宗教の目で
ある限界を超えると,突然それまでの行動を変えた
見てきたが,科学技術の言語で表現すると,どのよ
り,急に別の物質を生成し始めることがある。これ
うになるのであろうか。
は,クオラム・センシング(Quorum Sensing,会議
2.1 他者との同期―音・火焰の同期および集団の同期
などの定足数の感知)と呼ばれ,細菌や微生物が,
心臓の鼓動,呼吸,歩行,鳥の群行動,虫の鳴
与えられた環境の中で生存し,増殖するために発達
あるいは,獲得させてきた戦略であり,
「生体シス
き声……命のあるところすべてリズムがある。いや
テムの集団に宿る知」と言ってよい。免疫系と病原
「いのち」をもたなくてもリズムがある。季節はめぐ
菌の関係もこの関係性があるだろう。アオミドロが,
るし,波はくり返し,時計は時を刻み,バイオリン
雨期に突然沼一面に発生し,今度は,込み過ぎて
の音は震え,時にはビート現象を起こすこともある。
死滅する。いわゆる自己調節,又は自律分散制御
動いているもの,いきているものの間では,常に,
をするのも,クオラム・センシングで説明できるの
このリズムとリズムが出会う。すると,不思議なこと
ではないか。今後の研究が期待される。
に,互いに相手を認知したかのように,きれいに歩
調を合わせてリズムを刻み始める。これが「他者と
このように,
「生命システムの集団に宿る知」と「集
の同期」または「シンクロ現象」と呼ばれ,広義の
団の同期性」には,密接な関係がある。
「自己組織現象」又は,
「創発」といってもよい。
細胞の一つ一つもリズミカルな活動を行う。バラ
2.
「ものの見方」の遷移―自律分散制御の世界
バラな運動では,何をしているかわからないが,多
一見,関係ないような他者との関係性を見つける
くの細胞が同期することで,生命にとって意味のあ
ことが「感性」であるから,分解したり,分析した
るリズム活動が生まれる。心拍や体内時計はそのよ
りする思考行為は,その対極の思考行為となる。
い例である。また,脳幹,脊髄系の神経回路網が,
リズム活動し同期しているお陰で,動物は走ったり,
すべての物には,
「固有の振動数,あるいは自然
周期」があり,それが同期すると大きく同調する。
歩いたり,鳥は飛び,魚は泳ぎ,昆虫は,動き廻る
多聞丸(楠本正成)が,お寺の大きな釣鐘を指一
ことができる(図 3.1)。これは,各種の運動を行う
本で同期させ,大きく揺らした「古実」を思い出し
部分,要素系(サブシステム系)が,脳からの中央
て頂きたい。
制御的な一糸乱れぬ集中制御されているのではな
「要素に分解,分析し,統合する」これが 20 世
く,大半の部分,部分にまかせることにより,全体
紀の科学技術の態度であった。しかしそこには「分
として,連続的で優美な運動を続けていく,という
解する」ことによって見失われるものがあるだろうし,
仕組みになっている。このリズムが同期するのに,
一度分解してしまうと,次の「総合」の段階でも回
外部からのエネルギーや手助けは要らない。
復することは,まず不可能であり,この方法はすべ
このような運動制御系を「自律分散制御」とい
ての学問系の方法論において,共通の「不可逆」
「不
うが,この性質を有効に適用すれば,複雑な作業
確定性」となる。
を自律的に実行してくれる,さまざまなシステムや,
ロボットを開発できるのではないかと期待される。
「他者と同期する」世界は,分解・分析によって
見失われる貴重なものを,いつくしむような世界で
内田樹の「他者との同期性」と蔵本由紀の非線
ある。複雑適応系の宇宙・世界を,そのままの複
形科学「同期する世界」は,同じものであり,前者
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「ものの見方」について(Ⅱ)
は宗教・芸術,および武道の精神性から眺めた論
(2)火焔の同期―ファラデーのローソクの科学
ほのう
考であり,後者は「科学技術」の見方,捉え方から
見た論説であり,期せずして現実における「証明」
焔 は,速水御舟の重文「炎舞」で表現されてい
るように,命の火を思い起こさせる。ローソクの火が
となっている。複雑な世界を複雑適応系として認識
昔から科学者の興味を引きつけてやまないのも,そ
し,このような現象を,いろいろな人工システムに
こに「いのちのゆらぎ」を見出しているからであろう。
適応すれば,世間はどんなに豊かなものになり,そ
ローソクの燃焼は人の呼吸に似ている。焔が振動す
れによって活性化された「知」は,これまでに体験
るのである。
焔が一定の形をして静かに燃えているときは,燃
したことない価値をもたらすことだろう。
内田樹の「他者との同期」については,
(Ⅰ)で
料の供給とその消費はバランスを保っている。とこ
述べているので,ここでは,蔵本由紀の科学的な「同
ろが,燃料の供給が速すぎると,激しく燃えること
期性」の捉え方について解説しよう。このような両
になる。その時,焔の近くでは,空気中の酸素が
者の捉え方の比較検討することが,
「感性的」な見
急速に消費されるために,周りの酸素は少なくなる。
方となり,ものの本質を見極める目となる。
そのため,周囲から対流によって酸素が十分集まっ
てくるまで,燃料が抑えられる。つまり,火焔は小
さくなる。酸素が十分な量に達すると,また激しく
(1)音の同期および集団の同期
燃え上がる。また,酸素が足りなくなる。これをく
▶ 音の同期―パイプオルガンの発明
り返して焔は周期的に揺らぐのである。
単にオルガンといえば,通常,欧米ではパイプオ
ガスバーナからロケット・エンジンの燃焼室に至
ルガンのことをいう。
音波は,空気の密度が周期的に変動する疎密波
る中で,燃焼には振動が付きものである。これが各
のリズムであるが,実際に,パイプオルガンもその
種エンジンの燃焼効率に悪影響を及ぼすので,燃
エネルギーの供給源と散逸機構をもっている。鍵
焼の振動問題は,工学の重要なテーマとなっている。
盤を手や足で操作すると,送風機から圧縮空気が
パイプに送られ,その気圧が波動となって,パイプ
a
の内部を往復,その結果,管内の気柱が管の長さ
で決まる共鳴周波数で振動して,音を発生する気柱
0.04秒間隔で撮影
輝度
の振動である。音のエネルギーは飛び去っていき,
空気の粘性抵抗で散逸する。
音程が完全に一致する時は,二つの音が同期し
0
たからであるが,逆相で同期すると音が消滅する。
1
2
b
近い音程をもつ二本のパイプを接近させて同時に鳴
らした時,そのわずかに違った音程が重なり,
「うな
0.04秒間隔で撮影
り」を生じる。このうなりは,ビブラート奏法で必
輝度
要となる。二つの音の位相が一致すると,それらは
互いに強め合い,逆位相になると弱くなる。これが
交互に繰り返されると,
「うなり」が構成される。パ
0
イプオルガンのデザイナーは,このような同期した
1
2
時間(秒)
り,同期を回避したりする方法を,当初から経験に
図 2.1 同期する 2 本のロウソクの炎
よって学んでいたのである。火焔もこのように集団
同期する。
近い距離に置かれたロウソクの炎は a のように同相
に同期するが、ある距離以上に離れると b のように
逆相に同期する。
(H.Kitahara et al., J.Phys.Chem.
A 113,p.8164,2009 より〈一部改変〉
)
(蔵本 ,2014)
パイプオルガンの発明は,2000 年以上も昔,ヘレニ
ズム時代のアレクサンドリア人によると言われている。
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世界平和研究 No.205 Spring 2015
「太いローソク」の間隔を変えただけで,同相同
年前に生まれたシアノバクテリアは,地球上で初め
期および,逆相同期する,極めて興味ある例を述べ
て光合成の機能を獲得した生物である。この事実
よう。市販の 6mm 経のローソクでは,同期現象を生
からみても,体内時計は生物進化のごく初期に形成
じないが,3 本組み合わせてエネルギー供給を大き
されたに違いない。
くした「太いローソク」の実験例がある。
生体システムは,昼と夜のリズムを明と暗のサイク
図 2.1 にみられるように,太いローソクの 2 本の
ルとして感じている。これは勿論,地球の自転とい
距離を 30m m 以内の距離に立てると,焔と焔はお互
う安定した周期現象が基本であり,生命活動にとっ
いを知っているかのように同時に,伸び縮みをくり
てこの昼夜のサイクルに合わせることは,極めて好
返した。これは同相に同期していることを意味する。
都合となるからだ。これらはすべて遺伝子発現の周
両者の距離が 30m m から 48m m の範囲内では,同
期的変動に由来するとみてよい。すなわち,生体内
期が逆相となり,図 b のように,焔は交互に腕を上
の細胞内分子の離合集散や,生成のリズムが天体
げ下げする優美な二人の踊り手のような映像を示し
運動のリズムに歩調を合わせているからである。そ
た。それ以上距離が離れるともう同期しない。二つ
してこれらのリズムを掴もうとする努力が「祈り」で
の焔の自然周期は完全に同じではないから,離れ過
あり,生命のリズムと天体のリズムの仲介をするのが
ぎて結合力が弱くなれば同期しなくなる。
「光」である。この体内時計の実体が何かについて
この理由はそんなに簡単ではない。
は,一口では言えないが,生命システムという個体が,
確かなことは,ローソクの焔が相互作用するのは,
体内のどこかに持っていて,生理現象に直接影響を
燃焼による熱がもう一つのローソクに伝わるからであ
及ぼす広い意味の振動体ということができる。細胞
る。熱は熱伝導,対流および放射
(ふく射)で伝わる。
の反応選択性に由来する,
「感性」を源流とするリ
熱伝導というのは,この場合空気の分子の運動
ズムと言っても良いのかもしれない。
が激しくなり,次々に周囲に伝わっていく現象であ
さまざまな生理現象が,この生体の振動子に連
る。熱対流は,熱くなった流体が軽くなって浮き上
動している。夜は眠くなり,体温,心拍,血圧な
がり,浮き上がった流体が冷やされ,収縮して沈下
どが低下し,知能活動も大部分休止し,栄養代謝
する循環運動が熱を運ぶ現象である。熱放射は熱
も低下する。これらは,アドレナリン,コーチゾル,
せられた物質が,熱をともなって電磁波を出す現象
メラトニンやセロトニンなどの神経伝達物質や,ホ
で,それを吸収する物質は,内部エネルギーが増
ルモンの分泌活動が昼・夜で変動するためである。
加して温度が上昇する。
夜間にはメラトニンの血中濃度が高まって眠気を催
空気中の熱伝導と熱伝達は,時間がかかるし,
し,目覚めとともに朝には,セロトニンのレベルが
ローソクの温度変化が熱伝導を介して相互に伝わる
上がるので意識がはっきりしてくる,というわけであ
時間は,振動の周期よりはるかに長くなるので,同
る。
期のメカニズムとしては働いていない。現在の所,
このように「リズムは同期を好む」とでも言っても
熱放射だけの影響を考慮に入れた同期モデルが考
よいような,自然に潜む「自己組織化」の潜在力は,
案されていて,それを適用すれば,前の実験結果
新しい技術の原理として大きな可能性を保持してい
は一応説明ができる。しかし,熱対流も重要で,流
る。
「創発」現象もこの同期現象が,集団で現れた
体運動も同期の要因になりうることが証明されてい
ものと考えてよいのではないか。
る。
(2)集団同期―ロンドン・テムズ川のミレニアム橋
2.2 生命サイクルのリズムと同期現象
人間や生物の集団は,集団としてリズムを示すこ
(1)すべての生物に備わる「同期性」
とがある。リーダーはいなくとも多数の個別のリズ
体内時計という生理的なリズムは,動物,昆虫,
ムがお互いにタイミングを揃え,集団が一つの大き
草花は勿論のこと,大腸菌やシアノバクテリアのよう
なリズムを自律的に生みだし,群が「意識」をもっ
な原始的な生物もこのリズムで生活している。35 億
ているように振舞うことがある。時計のかわりに鳥
62
「ものの見方」について(Ⅱ)
大橋と同じ共振現象だが,ミレニアム橋はそうでは
なく,何故,橋と共鳴するような力が生じたかにあ
る。つまり,バラバラなはずの人々の歩行が,何故,
ひとりでに揃って大きな力を発生してしまったかが問
題である。
人々がつり橋の上を歩いている状況は,長く渡し
た板の上に多数のメトロノームが振り子を往復させて
いる状況と似ている。つり橋は横ゆれとなるが,橋
が右に振れると歩行者は無意識に右足を踏みだそう
図 2.2 ミレニアム・ビレッジ
とし,左に揺れると歩行者はそれにつられて,つい
新世紀の幕開けを記念するプロジェクトの一つとして
建設された現代的なデザインのつり橋。PPS 通信社
(蔵本 ,2014)
左足を踏みだしてしまう。このようにして歩行が揃い,
全体としては大きな力となって,橋の揺れを増幅さ
せてしまうのである。
たちが用いるのが,体内による時間感覚である。カ
この場合,歩行者は他人の足の動きを眺めてそれ
ラスは迷わずに巣に帰り,渡り鳥はしかるべき時期
に影響されたのではなく,メトロノームの振り子がそ
にしかるべき方向に飛んでいる。
の時,その時の台の揺れを「感じ」ながら,それに
このような興味ある集団同期の例は,蔵本由紀の
反応したように,歩行者は足元の揺れに機械的に
「同期する世界」を,
「非同期的な規則を自律的に実
反応して,バランスを保つために姿勢を取ったに過
ぎないのである。
現する」世界については,郡司ペギオー幸夫の「群
防振に関しては,橋の揺れを打ち消すような逆位
れは意識をもつ」を比較研究してみると面白い。
相の力を加える「アクティブ制御」があるが,ミレニ
ここでは,つり橋を渡る歩行者たちの足並みが,
アム橋の場合は,液体の抵抗を減衰力として用いる
ひとりでに揃うというミレニアム橋の集団同期の例を
紹介しよう。
「液体ダンパー」を多数取りつけて解決された由。
これは,明石海峡大橋や,横浜のベイブリッジ
などの近代的なつり橋(高い二本の主柱があって,
(3)原子力発電所の電力供給ネットワーク
それに連結されたケーブルが橋桁を支える)とはち
特に原子力発電と銘打たなくてもよいのだが,集
ょっと違っていて,Y 字形の両腕を広げた二本の支
団で複雑なつながりでネットワークを構成しているリ
柱の高さは,橋床とほぼ同じレベルになっている(図
ズム集団の例を蔵本由紀は,「 発送電分離 」 の例
2.2)。橋桁の重量を支える複数のケーブルは,図の
として考察している。海底ケーブルで電力が輸送さ
如くほぼ水平に走っている。そのデザインは,この
れる場合は,損失の少ない直流が使われるが,図
コンペで優勝した世界屈指の設計者,ノーマン・フ
2.3 に示す発電所,変電所,送電線,電力使用者
ォスターによると言われている。
は通常交流電流を使用している。発電所でつくられ
た何十万ボルトという高電圧電流は,変電所に「送
ミレニアム橋の振動騒動は,2000 年 6 月 10 日,
その開通日に起きたというから,テープカットに来た
電」され,そこで数段階にわたって電圧が下げられ,
エリザベス女王もさぞ驚いたことだろう。
工場,家庭に 100 ボルトの電流として「配電」され
る。この交流の周波数(東日本 50 ヘルツ,西日本
橋を渡る人々が数百人に達したところで,橋は,
にわかに揺れ始めたのである。開通日は約 9 万人の
60 ヘルツ)は,同じネットワーク内はどこでも同じで,
人が押しかけ,いつも 2000 人ぐらいの歩行者があ
完全に同期している必要がある。この同期が乱れる
ったそうだから,橋は終日揺れ続けたと想像される。
と停電に至ることがある。
二点間で交流電流によって電力が輸送される場
強い風が橋を周期的に揺さぶり,それが橋の固
有振動と一致して大きな揺れを生じたというなら,
合,その送電力の大きさは二点間の交流電流の位
1940 年に強風のために崩壊したワシントンのタコマ
相差によって定まる。正確に言うと,位相差の正弦
63
世界平和研究 No.205 Spring 2015
ノードからノードへの電力を供給しようとしても,送
るべき電力が送電線に固有の最大許容電力を超え
ると,同期は実現できない。
送電網の同期状態が危険にさらされるのは,主
変電所
要送電線が切断したり,主要な変電所の一つが作
500kV
動停止に陥った時などには,経路を断たれた電流
275kV
は,行き場を求めて別の経路に流れ込むことになる。
開閉所
500kV
発電所
送電線
周波数変換装置
500kV
それがその経路の最大許容電力を超えた電力量に
なると,同期は破られ,連鎖的に拡大して大停電に
275kV
なることがある。
需要者側の消費電力量は,時々刻々変動してい
275kV
るから,これらのノードの自然周波数も時々刻々変
図 2.3 東京電力管内の電力供給網
化しているわけで,出力調整がどうしても必要にな
□で示された発電所,
○で示された変電所を結節点(ノ
ード)とするこのようなネットワーク上を流れる交流
電力は,常に同期しなければならない。なお,
「開閉所」
とは,電路の開閉を行う施設のこと。
「破線」で示さ
れている送電線や発電所は、東京電力以外の設備とな
る。また,
「薄い網」で記されたものは,10 万キロワ
ット以上の発電機を新規に連携する場合に制約が生じ
る可能性が高い設備を表している。
(東京電力資料「平
成 29 年度以前の系統連系制約マッピング 〜 275kV
以上の電力系統・①外輪系統〜」
〈平成 24 年 10 月 30
日公開〉をもとに作成)
(蔵本 ,2014)
る。100 万 kW の大型の発電所での出力調整は,部
分負荷運転となり,効率低下をもたらすし,制御を
失った電流がどのような様相でネットワーク内を駆け
巡るかは,なかなか予測が難しい問題である。巨
大発電所をいくつかの小規模な発電所に置き換え,
分散型発電所形式にしておけば,負荷遮断時の電
力調整や,一カ所が破断した場合の大規模停電に
至るというようなネットワークの脆弱性や,ネットワ
ークを流れる電力が,一時的に揺らぐことで広範囲
の同期が失われるリスクが回避されることになる。
フランス電力庁(Electricité de France)は,
関数に比例するという事実がある。送電線のネット
ワークの場合,位相の進んだ方から位相の遅れた
早くから夏場と冬場の需要電力の大幅変動に対応し
方に電力が流れ,相互作用が働く。位相が相手(送
て 1980 年代から,このような分散形エネルギー電
電される方)より進んでいれば,相手に電力を流す
力発送電系統を設計し,負荷平準化方式と組み合
ことで,回転子の回転にブレーキがかかるし,逆に
わせ,部分負荷運動時も発電効率を損なうことなく
位相が遅れすぎたノード(電力の結節点)では,電
(不要の電力の場合,分散型発電を停めればよい)
,
高効率で安定したエネルギー供給を実施している。
力をもらうことで回転が加速され,遅れを取り戻そ
うとする。このようにして,全体としての振動子は,
「ものの見方」について(Ⅰ)で,エイモリー・ロ
相互作用を通じて安定した位相関係を保とうとする。
ビンスが指摘しているように,日本の原子力を含む
送電線のネットワークは,この結果,全体が一定の
大型定常発電プラントのエネルギー効率の低さは,
交流周波数で同期する性質を持っている。
由々しき問題であり,生体システムに準じた分散型
しかし,この電力網ネットワークは,自然周波数
エネルギーシステムに遷移することが,電力発送電
が不均一なネットワークであるから,無条件に全体
における同期安定性の面においても望ましいことが
が同期するとは言えない。
わかる。
人間社会を支える最大のインフラである電力系統
供給網。その根底は同期現象から成り立っていると
▶ 送電網のリスクと安定性
いう事実は,人間だれしも知っておいて欲しいし,
自然周波数が異なる振動子が互いに同期するた
めには,相互作用を行う総電力量がある程度以上
メディアでももっと取り上げて,認識度を高める必要
大きいことが必要である。また,同期を達成すべく
があると思われる。
64
エネルギーマネージメントシステム
新エネ・省エネ、蓄電池、情報通信技術が必要な役割を果たす。
「ものの見方」について(Ⅱ)
図 2.4 エネルギーマネジメントシステム、分散型エネルギー及び蓄電池のネットワーク化によって 稼働率を高める。一部改造引用
(渡辺 2010)
巨大技術は,集中的にエネルギーを生産するが,
振動現象に連動していることは前述したとおりであ
そのエネルギーは都市へ,あるいは地域へ分散し
る。
なければならない。その時に,大きな電力損失と
内田樹の「他者との同期性」は,
「修道論」から
景観デザイン上の“邪魔者”を伴う。また,どうし
のアプローチでむしろ精神論であるが,蔵本由紀の
ても稼働率が下がる。つまり,エネルギー効率が下
「同期する世界」は,非線形科学の立場からみた現
がる。生命システムに準じた分散型電熱併給エネル
場・現象論と言えるが,いずれも「生命体の群の中
ギーシステム体制にすれば,エネルギー・マネジメ
に宿る集合知」が浮かびあがってくる。論理で修道
ント・システムによって,効率的,且つ柔軟性のあ
論の結果を裏づけるという観点から考察を加える。
る使い方ができる。環境変化による発電量と需要電
力量の予測がなされ,どこの電力が余り,どこで足
りないか,すぐ分かり,調整して送・配電すること
3.1 体内時計と同期性
(1)インスリン分泌のリズム―ランゲルハンス島
ができる。たとえば季節の移り変わりによる電力需
β 細胞の同期性
要の大きな変動に対しても,効率の低下なく負荷変
糖尿病の指標として知られる血糖値(ブドウ糖)
動することが可能となる。今後は,このような新エ
は,インスリンというホルモンによって調節されてい
ネルギー,蓄電池,省エネ,情報通信技術が重要
る。血糖値が上がると,膵臓がそれを感知してイン
な役割を果たす。
「生体システムの群に宿る知」,つ
スリンを分泌するようになる。分泌されたインスリン
まり「集団的同期」を追求する「知」ということが
は肝臓に働きかけ,肝臓がブドウ糖を生成すること
できる。
を防止したり,余分なブドウ糖をグリコーゲンにして
貯蔵するのを助けたりする。こうして肝臓から送りだ
3.すべての生物に備わる同期性―同期することに
されるブドウ糖が減少して,血糖値の上昇を抑え込
よって生じる疾患もある
むのである。
膵臓にはランゲルハンス島という細胞集団が 100
生体のさまざまな生理現象が,この宇宙全体の
万個もあり,β 細胞は,そのランゲルハンス島の
65
世界平和研究 No.205 Spring 2015
80%を占め,約 2000 個存在するといわれる。イン
に生命活動にとって良いことかというと,そうでもな
スリンは,このβ 細胞内にある小胞体という小器官
い。つまり,本来は同期してはならない細胞集団が,
に貯えられている。
何らかの原因で同期することによって引き起こされ
このβ 細胞は,神経細胞と同様に活動電位を生
る疾患がある。それが「てんかん」とパーキンソン
じる興奮性の細胞で,周期的な活動をくり返す。活
病である。
動電位の連続発射(バースト)と,その休止が1分
パーキンソン病の主な症状は,思うように動作が
程度の周期で交代している同期性を有する。インス
できなくなることである。静止姿勢から運動に移る
リンはこのバーストが起こるときに,β 細胞から放
のが困難になったり,すばやい動作ができない。安
出される。バーストとともに,カルシウム・イオンが
静時に手足が震える,などの症状があらわれる。
細胞内に流れ込み,インスリンはこのカルシウム・
運動を起こす時,視床から入ってくる外部情報が,
イオンの働きによってβ 細胞から放出されることに
まず大脳皮質の運動野に入り,そこから,脳のさま
なる。
ざまな部位から集めた情報をもとにして,具体的な
β 細胞の振動周期は,通常約 1 ~ 2 分である。
運動指令が出される。その信号は脳幹を経由して
ランゲルハンス島内部では,2000 個のβ 細胞が歩
脊髄に伝えられる。それから脊髄の運動神経細胞
調を合わせてインスリンを放出し,このリズムは<集
が,筋肉を刺激して収縮弛緩をくり返して身体運動
団同期>している。ランゲルハンス島内部の近接し
がなされる。その情報伝達の経路を図 3.1 に示す。
た β 細胞どうしは,電気的に結びついているから,
手を伸ばしてお茶カップを掴み,口元に持って行
集団同期を可動にしているのである。しかし,100
って飲むという動作が支障なく行われるには,図に
万個のランゲルハンス島が,いかなる相互作用によ
示されるような大脳皮質から出た情報が,大脳基底
って,長周期のリズムで集団同期しているのか詳細
核および,小脳を経由してフィードバックする必要が
はわかっていない。
ある。フィードバック経路は二つある(図 3.2)。小
脳のフィードバック系では基本動作がどのような順
(2)てんかん発作とパーキンソン病の症状の集団
序で,またそれぞれの動作の持続時間などを調節
同期性
てんかんの発作は,
(Ⅰ)の図 2.1 神経活動の同
期性と危険領域において示された通りである。神経
活動の同期性とは,神経細胞ニューロンの活性化
(ここではスパイク発火という)が,どの程度時間
的に同期しているかを示す指標である。縦軸の感
受性又は興奮度は,次第にニューロンの発火が数
を増してピークに達し,発火がランダムになると低下
する。
ところが逆に全部のニューロンが同期して発火し
てしまったら,波線で示されるように,意識喪失の
「てんかん性発作」になることがある。
この現象は,刺激の受け手が刺激に慣れてしま
い,より過剰な刺激を求め,供給側がそれに応じる
と,神経活動の同期性が次第に高まり,遂に限界
を超えた危険領域に至る圧力が加わることを意味す
る。何事にも限度がある。その数歩手前で止まるこ
図 3.1 筋運動の脳からの直接制御の経路と
と。
反射の経路
(
『人間の内面的な感性の表現の研究』より)
このように,細胞が集団的に同期することが,常
66
「ものの見方」について(Ⅱ)
図 3.2 中枢神経系の情報の流れ 脳の主要部位(左)と,身体運動に関係する情報の流れの模式図(右)を示す。パーキンソン病では,フィー
ドバックループ「大脳皮質→大脳基底核→視床→大脳皮質」に障害が起こる。
(蔵本 2014)
するものである。パーキンソン病の動作不良の問題
ドーパミンの欠乏のために,ニューロン集団に生じた
が生じるのは,この大脳基底核を経由するループで
同期集団リズムを抑えられなくなり,このリズムが消
ある。
えるべき時に消えてくれないのである。この現象は,
もともと大脳基底核というのは,それ自身が興奮
「てんかん発作」で示した,神経細胞のスパイク発
性の神経細胞の集団であり,他細胞との同期性が強
火の数が増し,危険領域に至ることを防止することと
く,互いの活動を<抑制>又は<脱抑制>しながら,
同義であることがよく理解されよう。
図 3.2 の中枢神経の情報処理を司っている重要な神
「他者との同期性」というのは,修行論では,
「入
経細胞集団である。複雑動作を処理する制御系は,
力と出力が同時に生成する状態」を創成することで
このような方式が最も巧妙であり,生物はこの戦略
あり,
「気」でつながるオーケストラ演奏者の「同調・
を持っている。神経伝達物質の一つであるドーパミ
調和」
,または文字通り「気韻・生動」と言ってよい。
ンはこの働きをコントロールしている。このドーパミ
これは,これまで眺めてきた,すべての「いきもの」
ンの生成は,黒質緻密部という神経細胞集団で行
に備わる同期性と共通のものであり,あらゆる動くも
われているが,パーキンソン病は,この部分のニュ
のを横断的に結びつける同期現象という糸が見つか
ーロン(神経細胞)が徐々に死滅していくために起こ
ったといってよい。
ると言われている。
いず れにしろ, ウィルコック(( Ⅰ )既出) は,
黒質緻密部からのドーパミンが分泌されなくなる
“Synchronicity Key”という語を用い,
内田樹は「他
と,大脳基底核は正常な機能を失い,上記の「抑制・
者との同期性」という言葉を用い,蔵本由紀も「集
解除」の機能が出来なくなる。つまり,必要な時以
団同期性」を主題語として用い,その「考え方」の
外は勝手に運動が生じないように抑制を働かせ,運
核心として,価値を共有していることは,誠に興味
動を開始する時は,この抑制を解除するという戦略
深い。
である。ドーパミンが不足すると「抑制・解除」が困
難となるから,すばやく動いたり,静止からの運動
4.地域自律分散制御に根ざした生体システム活動
開始が難しくなるのである。
―生産・消費・文化の創生
ここで集団同期の話に戻ると,大脳基底核では,
振動子として振舞うニューロンが集団をなしているの
地球の「できごと」は複雑適応系である。既存の
で,それらが同期して集団リズムを生成している状態
理屈とか,モラルでは想定も説明もできないことが
が常に存在しているのである。パーキンソン病では,
多い。そういう想定外のできごとに適切,機敏に対
67
世界平和研究 No.205 Spring 2015
応することは,中央集権型政治では出来ない相談
使い捨て,非正規社員制度に走り,技術開発や人
である。複雑化する地球世界の中で,唯一生き残
材育成に金を廻さなくなったからである。生産は海
る方法は,意思決定の権限を分散することである。
外に移転し,日本の輸出に占める割合は,1 ~ 1.5
生命システムが採用している「現場主義」である。
割に激減した。だから,円安になっても輸出は増加
価値観を「モノ」より「カネ」へ,
「カネ」より「美」
しない。
へ遷移するのである。
この中間層の喪失の社会的,政治的,経済的影
国が計画した中央集権的な開発計画は,地域に
響は大きい。これまでずっと述べてきたような,
「生
おける「新幹線の駅」みたいに画一化し,面白味
体システムの群の中に宿る知」が失われ,
「無関心,
も魅力もない。第 5 世代のコンピュータ(人工知能)
無評価」になってしまうからである。それは政治,
の開発,有明海の諫早干拓事業や,東日本大震災
社会システムが衰退に向かう前兆となる。
の巨大原子力発電所など軒並みに失敗を重ね,未
数回に亘るバブル崩壊後,多くの自治体が地方
だ解決の目途もついていない。青森県・六ヶ所村の
交付税の大盤振る舞いという政府の甘言に乗り,身
原子力再処理工場,高速増殖炉〈もんじゅ〉,フラ
の丈を超えた公共事業を発注,その結果財政危機
ンスが成功しているのに何故日本は失敗を重ねてい
に追い込まれていった。しかし,経済成長は常にゼ
るのか? 国が主導した大事業は,ことごとく失敗し
ロである。
ている。
唯一の成功例は,
「国鉄の民営化,JR 化」であ
適正な「集合知」としての目標も,これまでの
けいもう
「評価,自律主義」に遷移
「啓蒙主義」ではなく,
すべきである。
「時代は変わった」のだから…。
るが,これは当時の内閣を時の〈経団連〉が「構造
改革」をとなえ,支えに支えたからである。今の経
国の「地方創生」という新政策。地方を元気に
団連は「同業者組合の御用聞き」の機能しか果たし
するための地域の雇用創出を中心とした総合戦略
ていない。
は,その方向性としては間違っていない。具体的に
どうするのか?
自律分散制御の典型は,
「脳と身体」の代謝運動
4.1 地域創生のための知的活動の推進―文化・生
に代表されるように,生体システムである「したたか
産現場のネットワーク
さ」
,Resilience(再生・復元力)があり,需要と
日本の最大の Fiasco(大失敗)の一つは,貧困
率(平均給与の 1/2 以下の層の全体に対する割合)
供給がバランスしており,無駄がなく,危機に際し
の急激な増大である。貧困率まで米国に追従する
ては,リスクを分散させる「生きかた」を 35 億年も
ことはないのである。これにより日本は,
「一億総
かかって,デザインされている。
「地域創生デザイン」
中流国」のイメージが崩れ,是々非々で政治,社会
の基本的考え方はここにある。
以下,
「地域創生」の具体的な方法論を考えてみ
批判する健全中流層がなくなった。1970 ~ 80 年当
ることにする。
時の貧困率は,世界でもトップクラス 7.3% であった
ものが,2000 年代には 15.7 ~ 16.3% と 2 倍以上に
4.2 地域に根ざした文化再生および生産論
悪化し,米国に次いでワースト 2 位になっている。
政府が日本文化を後押ししているキーワードは
いまや,約 6 人に 1 人の子どもが貧困とされる水
準で生活していることは,
「出生率」増加以前の由々
「クール・ジャパン,かっこいい日本」がある。
「生け花」
,
しき大課題である。
「お茶」,
「能」,
「歌舞伎」,
「合気道」,
「花見」,
「お
盆」
,その他,
「腹切り」でさえも「様式化」
,
「美化」
してしまう「感性」の国であるから,日本文化の「も
(1)生体システムに準じた「自律分散型」社会へ
ののあわれ」を世界の人々に広く知って頂くことは,
― 分散型エネルギー,食料自給地域創生デザイン
価値があることに違いない。そしてその感動を与え
これは,産業よりも金融を重視する金融資本主
義的な国家の動き(米国の金融市場主義への追従)
る日本的創造物のテーマには事欠かない。さらに,
が強まり,企業体は短期利益を追い求め,人材を
それらを「視覚芸術」や「聴覚芸術」として初めて,
68
「ものの見方」について(Ⅱ)
感動や喜び,悲しみ,そして「もののあわれ」を再
的上位者と,市場の要請に即応できる使い勝手のよ
生し再体験することができる。そこには,空虚な論
い人間になれ」ということだけだ。
「市民の共同体」
,
理にも観念にも頼らずに,精神性と物象とが対決し
「成熟」や,その教育で育成される子供達の個人的
ている姿がある。つまり,地域の精神と地域の物象・
な「幸福」については一言も触れていない。要する
物性が直接対立し,融合した「表現」が創造される
に現状の教育案は「自分達の言うことを聴く子供」
ことが必要である。
が欲しいだけだ。
「自分達の頭で考え,判断できる
皮肉なことに,
「クール・ジャパン」の日本的なも
大人」が欲しいわけではない。
「どうしてそうしなけ
のの売り込みとは裏腹に,別の「本物」が世界的に
ればいけないか」と理由を聞いたりしない子供を大
流行する結果となっている。日本的な「マンガ」,
「ア
量に育成したいだけだ。学校教育の目的は,我々が
ニメ」の普及と,映画「ゴジラ」,つまり,戦後の日
共同生活している集団の「頼りになる次世代」を創る
本が生みだした最も普遍的なキャラクターである。
ことである。
「教育の受益者は,
集団それ自体である」
。
ハリウッドでは,巨額な予算をかけた新作「ゴジラ」
文部科学省の,そこのところの「気付き」
,
「目覚め」
が公開されて,世界的にヒットしているという。それ
を祈るような気持ちで見守っている。結局,そのこと
が観光の目玉となる。
が,政治,経済,社会の「低迷」の原因になってい
この映画に込められたメッセージは単純ではな
ることに誰も気づいていないのである。
い,複雑で矛盾を抱えている。しかし,その複雑さ
教育とは,
このような“体験的な学習による「感性」
が,ゴジラという人知を超えた神秘的な古代の巨大
の修練”なのである。
“実感としての”政治,科学
生物により,見事に表現されている。ゴジラに込め
技術を「知覚」することである。
られたメッセージが世界に浸透するまで半世紀以上
かかったが,政府の積極的な支援があったとは聞い
(1)東日本大震災から真の農業復興への挑戦
たことはない。要するに,政治・官僚共同体は,
「感
―「大学」のインテリジェント・デザイン
性力」,
「発想力」がなく,気が利いているようで間
表題は,東京農業大学と相馬市が,大震災後の
が抜けているのである。和食の世界的なブームと「米
農業基盤の復旧と,復興に包括的に取り組んできた
食の PR」を売り込む活動などこの類である。これは,
テーマである。
たぐい
「現場的な想像力」の欠如から来ている。地球の人々
そもそも,東京農業大と相馬市は,つながりはな
は最早,
「経済力とは異なる魅力を日本の社会に求め
く,震災を機に大学側が支援を申し入れたのが始ま
ている」。つまり,
「不二山の崇高性」を求める「クー
りで,市側としても「視察の御一行様」としか思われ
ル・ジャパン」は,文化活動であり,大いに動いて
ていなかったようである。この「動機づけ」が「他者
もらいたいと思っている。
との同期性」の最初の発信となる。
私は今,15 年間もアフリカのギニアビサウ(九州ぐ
支援プロジェクトのリーダーの門間敏幸教授によ
らいの国で,一日の生活費 1ドル)に,学校を建設
れば,
「消防士が火事を見てまず火を消すのと同じ
し定着させる「活動」を行っているが,教育・文化
で,災害地において,まず復旧させることが第一で,
活動として遂行している。経済支援活動は一切無し,
火事現場で消火の一番良い方法を議論しても無意味
「自律分散制御型社会」を,ものの見方の基本に据
だ」。
えている。これを実際に計画し実行しているのは,
「長崎の<女性集団>」であるから凄い。5 年目には,
小さな「小学校」が出来上ったのである。
津波をかぶった農地に積もった土砂の除去には,
大変な費用と手間がかかる。行政からこの悩みを聞
いた大学は,土砂に有害物質が含まれていないこと
を確かめた後で,除去せずに田畑に混ぜ込んでしま
4.3 体験的学習と研究開発の実践―地域創生のた
い,塩分も雨水の浄化作用にまかせる簡単,迅速な,
めのインテリジェント・デザイン
実に頭の良い方法で復旧作業を提案,再開した稲作
「グローバル人材育成」とか「英語が使える日本人」
とかいう,社会教育案に書かれていることは,
「政治
でめざましい成果を得るなど,次々に成果を提示し
た。
69
世界平和研究 No.205 Spring 2015
放射能が高い地域での農業再開については,民
から「未来への対話」のデザイン思想がある。この
家を借り上げて宿泊拠点とし,学生たちを総動員し
美術館は文化の発信者となるため,この変革期を迎
て全農地ごとに放射線量を探査する徹底ぶりだ。そ
えているのだと捉えている。これは,世界中の「和
して,結果を住民に報告する膨大な仕事を学生が
食ブーム」や海外観光客の増加現象と無縁ではな
やってのける。
い。極めて感性的な「ものの見方」をしている。結
「肝要なのは,農家が土地の状況を正しく知り,
局のところ,
“経済力とは異なる魅力を日本の社会が
作物をつくることです。作付けをやめてしまうと農地
必要としている”ことを“気付いてくれ”と主張して
の荒廃のみではなく,農家の心の荒廃をもたらしま
いるのである。
す」。農家も二の足を踏むような調査を率先して大
住友文彦の「ものの見方」は次の通りだ。
学が行い,結果を知らせ,そして営農再開を励まし
「日本に大美術館が不在なのは大きな可能性だ」
て回る。まさに,神の所業と同じだ。
と述べている。これは,
「生体システムに準じた分
相馬市長によると,
「この地区の人達は,市長の
散型のエネルギー,及び食糧生産という自律分散
言うことは聞いてくれなくても,門間教授のアドバイ
制御型社会」と共通するものがある。すなわち,
“中
スには従う」という。
小型の美術館が地方に「分散」しているため,中央
経・財界は,いつでも辞めさせられる「労働力」
集権的な歴史形成よりも,
「地域創生」的な地域ご
と法人税の低減の一点張りで,同業者組合の御用
との文化を発信していくのに適している。今,アジ
聞きの機能しかしていない。法人税を下げたところ
アの各地で進みつつある大美術館計画とは,異な
で,利益は,自己蓄積か,株に回るだけのようにみ
る魅力を創っていくにふさわしい”というのである。
えるのだが…。二宮金次郎やチャップリンが生きて
その節,最も重要なのは,有能な人材活用である。
いたら,何と言うだろうか。
学芸員という専門職が設けられ,留学などを経験し
た優秀な人材が増えたが,その多くが有効に活用さ
(2)地域創生のための美術館のインテリジェント・
れていない。こうした人材と地域創生の情熱をもっ
デザイン
た,地域の若人を活用できる「場」が,文化を創り
群馬県のアーツ前橋館長,住友文彦のデザイン
あげ,
「地域創生」の魅力を発信できるようになるの
は素晴らしい。
である。
大型百貨店が撤退した跡の建物を再利用し,建
このような美術館に関するインテリジェント・デザ
築家や自治体の関係者からの問い合わせ,見学が
インは,
「美術館」の名称を「自律分散形社会」に
多い。つまり,郊外化が進む地方都市が費用を抑
置き換えれば,そのまま「次期社会の総合システム」
えながら,市街地を活性化する手段として注目され
を構築することができる。
ている。
芸術の眼は批判しない。しかし,デザインや美
欧米や大都市圏中心の美術館の歴史を転換し,
術という,黙した知恵は,自らの眼を頼むところが
各地域に根ざした複数の歴史がある,と見做す近
あり,教義や政治や科学技術の尤もらしさを,監視
年の潮流を表現するデザインをしている。つまり,
していたと言えるのではないか。ピカソの「ゲルニカ」
現代の美術館は,既に価値を認められた作品を展
や,マルセル・デュシャンの「作品,泉」を覗てみ
示する啓蒙形美術館からの脱却を目指している。啓
るがいい。
蒙形から評価,批評形の「生き方」,言い換えれば,
「金を使った成長型」から,現代社会を作り上げた
(3)地域創生のための「中小企業」のインテリジ
近代主義を再考する知恵や創造力こそ,現代の我々
ェント・デザイン
ためし
国主導型の大型プロジェクトは,成功した例(国
が必要とするものとして捉える。
鉄民営化を除いて)がない。まず,地域の雇用を生
巨匠や海外美術館の鳴り物入りの展示ではなく,
地域に関係のある作家だけの近代絵画や,前衛美
み出さぬヒモ付き(各省庁主導型)公共事業への国
術運動から戦争画まで,例えば,
「もののあわれ」
費投入を廃止し,市・町・村の創意工夫のプロジェ
70
「ものの見方」について(Ⅱ)
クトに,直接カネが廻るような仕組みにすることが前
砥石
提条件となる。
「欧米と異なり,日本経済の本当の強さは,中小
企業にあり」と言われている。大企業は大型化,大
試験片
量生産化とそのシステム化が特徴であるが,中小企
業は,その対極となる。大企業が出来ないもの,
「分
こま
散化」,
「多様化」がその特徴で,
「きめの細やかさ」
に対応できる〈粘弾性〉がある。
砥石の回転数
1800r.p.m(1 分間の回転数)
▸ ほんものの「プロ」,真贋を見分ける目―中小企業
テーブル速度
18m/min
の修行的技能
砥石のフレは 1 回転に 1 回
研削面にできる凸凹の波のピッチ (S)mm は,
これは,技術のプロが,本物のプロの確かな目に
感動する話である。
大きさ 100×50×10m m のアクリル平板を,WA60 ♯砥
18m/min 18000m m/min
S =
=
= 10mm/rev.
1800r.p.m 1800rev./min
石と,CBN170 ♯砥石で平面を研削して,その仕上げ面
「あらさ」を比較したそうである。その測定結果は,
最大高さあらさ Rz(μm,1ミリの 1 / 1000)で,
この波打ちは,CBN 砥石の円形外周面のフレが研
WA60 ♯砥石
Rz 3.1 〜 4.4μm
CBN170 ♯砥石
Rz 2.5 〜 3.3μm
削面に転写されたもの。
つまり,1 回転に 10m m のピッチの“波打ち”とな
ることがわかる。
これをみると,技術も芸術のようなもので,中小
両者の砥石の間には,約 1μm の差があることが
企業の人達は「繊細な感受性」というか,
「他者との
みてとれる。この試験片の仕上げ面あらさの「感応
同期性」というか,
「入力と出力が同時に生成される
検査」
(実測値を知らせず,手で触れて良否を判定)
身体知」が創生されているのである。
「祈り」は人知
したところ,10 人中すべてが CBN 砥石による仕上げ
の及ばぬもの,人語をもって語り得ぬものと先入観を
面が良好であると判定を下した。
廃して向き合うことであるが,まさにこのような境地
たった 1μm の山の凸凹の高さの差が,指先で触
の世界のようにみえる。
っただけで判定できる。人間の〈感応力〉に,実験
ちなみに,このあらさ試験の実験者は,筆者の友
者自身が驚いたという。
人の技術士杉浦守彦であり,
“下町の生産加工基礎
さらに,この仕上げ面をマルケン精工加藤英道社
技術力を強くする”ことを自己の「いきがい」として
長にお見せして判定を仰いだところ,指で触れたり,
活動している。また,
“「下町ボブスレー」ネットワーク
・
「CBN 砥石によるあら
斜めから覗たりして検分の後,
プロジェクト”にも関与し,一喜一憂している感性の
さが,少し良いですね。しかし,CBN 砥石のドレッ
人であり,本節はその手記を基にしている。
み
シング仕上げが足りませんね。CBN 砥石による研削
彼等は<技術屋>であると同時に,<芸術家>な
面がわずかに波を打っています」。その指摘を受けて,
のである。日本の技術は,こういう人達によって支え
斜めから見ると,わずかにピッチ 10mm の波が観測さ
られている。
れた。
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筆者もそれらのあらさ試験結果の凹凸を見せても
▶ デジタル化の“罠”
らったが,CBN のあらさ試験結果が WA 砥石のそれよ
ここで日本の軽工業メーカー(IT 家電メーカー,
りも,若干,良いことは認められるが,波打ちなど
ソニーとかシャープなど)の低迷の原因を分析してみ
まったくわからなかった。
よう。
71
世界平和研究 No.205 Spring 2015
家電製品は製造も簡単で「部品点数」も少なく,
住民にとって欠かせない存在に企業を育てる,応援
デジタル化が容易である。
“ものづくり”はデジタル
するといった「感性と発想力」を私たちは忘れてし
化を採用すると,作業が簡単になり,自動化製作が
まっている。
でき,商品の開発時間も短くなる。研磨,すり合わ
せ,高速可動部などの芯出し,ハメ合わせ,作り込
5. むすび
たくみ
み,現物合わせ,などの“匠の業”を必要とする「感
性作業」が,テレビ,家電製品にはない。
「完成度
学問の遷移:エリザベス女王が 2008 年の経済大
チェック」も不用で,スイッチを入れさえすればよ
変動の折,
「経済学はどうしてこの金融大危機を予
い。行きつくところは,誰でも作れる,どうやって
想できなかったのですか」と疑問を投げかけたこと
も差異がないという状況になってしまう。したがって,
を前に述べた。
価格競争となる。日本家電メーカは,新興国との「価
それは,世の中の動きが非周期的で安定してい
格競争」に敗れたのである。小物や家電製品は,
ないことが起こるからである。株価の動きを見ても
常に「新しいアイデア商品」を開発する必要がある
わかるように,株価を予測すると,その予想を基に,
が,絶望的だった新興国との賃金差も縮小し始めて
投資家は株の売買をする。多くの投資家がこの予測
いる。アイデア商品には,新しい技術が必要だ。
のもとに株売買をしたら,その予測自体が株価の変
ここで,その軽工業製品の「軽さ具合」が問題に
動に影響を与える。このような相互依存の関係を<
なるが,その目安は「部品点数」である。自動車も
非線形的関係>と言う。非線形な関係がある場合
「走るスマホ」になりつつあり,各種の部品や機器
は,原理的に予測不可能に近い。このような予測不
の電子化が進み,デジタル情報がないと動かすこと
可能性は,決定論的カオスと言われている。
「分析
も,ドアも開かない,といった調子である。一般の
中心の従来型の学問系」から遷移して,あるがまま
自動車の部品点数は 2 万点を超えるが,電気自動車
の複雑系の捉え方を発展させる所以が茲にある。
ゆえん
ここ
は 1000 点程度となる。巨大な電池と,強力なモー
ターの発明でデジタル製造技術は,進歩し,手軽
5.1 経済と集合知(集団の同期性)
で身近になった。
-貧乏人を無視すると,やがてそのツケが金持に回
ってくる
しかし,そんなデジタル化できない手法や工夫,
ピケティは,人類の富と所得の分配の歴史を辿り,
つまり,精神性と物象(モノ)が直接対決している
わざ
プロの業。その間を結ぶものは何かというと,まっ
従来の「経済学」とは全く違った複雑適応系の方法
たく職人的な「修練」と「 現場的な設計感覚 」。こ
論で成功している。つまり「自分以外の誰かが決め
れこそが「新しいもの」の創生につながっていくので
ている」経済学は被害者にはなっても,責任者には
ある。
ならない。例えば,市場経済主義で,市場が最も効
消費者の立場から考えてみよう。神野直彦「地域
率的だから,市場で対価や報酬を決めろとする。マ
再生の経済学」によれば,スウェーデンの小さな田
ルクス経済なら,経済的な構造による階級ですべて
舎町の商店街の話で,
「田舎だから物価が高い」と
を決めようとする。そして「検証」がないから「責任」
いう。それなら,近くのストックホルムに買い物に行
の所在が分からない。だからエリザベス女王の 2008
けばよい。その町の住人たちは,
「そんなことをした
年の経済大変動の「答え」が出せなかったのである。
ら地元の商店がつぶれてしまう。商店街が消えて困
ピケティは,数学者でもあり,その点では,宇沢
るのは,私たち住民であり,特に,車に乗れない
弘文と全く同じである。また日本の古武士のような
子供や老人だ。だから,少々高くても地元の店で
感性を持っており,仏政府がレジオン・ドヌール勲
買う」
。二宮金次郎の教えと同じではないか。いま,
章を授けようとしても「誰が名誉ある人物かを決める
それを忘れて,
「そんなことをした」結果が,日本の
のは政府の役割ではない」と言って拒否している。
あちらこちらで起きている。
「金融で金儲けする」ことが標準になっている 21
あず
世紀の先進国では,
「景気回復」の恩恵に与かるの
「それに値する企業はない」と思い込み,地域や
72
「ものの見方」について(Ⅱ)
は,金を持っている層だけである。そこは考えよう
5.2 環境及び経済成長のための日本のエネルギー
とせずに,政治に望むことはひたすら「景気回復」
。
あとは「丸投げ」。
「日本国民の頭はもう少しよくなら
産業の遷移
(1)
「不二山」の崇高性とエネルギー生産―火山
ないといけない」と橋本治は言う。
脈のガス抜き発電と噴火災害防止
集団の同期性をよい方に転換するためのピケティ
(Ⅰ)で,私は,
「不二山」の美しさ,霊性および,
の処方箋は,単純・明快である。経済協力開発機
そのポテンシャル(マグマの力)の利用技術が夢で
構(OECD)の報告書「所得格差と経済成長」と全
ある,と述べた。木曽の御嶽が爆発した。雲仙の
く同じ,
「不平等の解消を目指す政策は,社会をよ
普賢は爆発し,浅間や桜島は噴火を続けている。
り豊かにする可能性を持つ」。すなわち「世界規模
不二山もいつ爆発するかわからない。一度,爆発し
における累進資本課税」と,所得低層の給与増が,
たらその損害は図りしれない。火山脈噴火系の「噴
集団の同期性により,貧しい層への配慮が富裕層に
火を防げる,頻度を減らす」ことをデザインの主目
も見返りとなって跳ね返ってくるのである。
「逆トリク
的とし,
その噴出ガスを
「電熱併給ガスタービン」に,
ルダウン」効果と言うが,
「大気水循環」と同じこと
蒸気ならば,
「地熱発電」に利用して,地域創生形
である。
の「エネルギー生産と安全性増強による文化遺産保
こういうことを指摘した「感性の人」が,日本人で
存」を長期的観点から構築すべきことを提案する。
も少なくとも二人いる。毎日新聞論説副委員長・中
これこそ,
「科学技術」と「芸術」との融合による,
村秀明と経済学者・浜矩子である。こういう人達は,
新たな「文化的技術」の「創造」につながるからで
レオナルド・ダヴィンチのように,そこに「美」を見
ある。
出しているのである。また,金子勝の“「共有論」
日本の「シールド工法トンネル掘削技術」は世界
で資本主義を克服する”は,二宮金次郎と共通する
最高である。モニタリングとこの「シールド・トンネル・
ところがあり希望が持てる。驚くべきことに,この人
マシン」を利用すれば,安全性の高い作業ができる。
は「経済学者」でありながら,その「分散形エネル
ギーシステムの利用論」は,
「インテリジェント・デ
(2)日韓国民の協業による日韓トンネル建設
今一つの提言は,この工法による「日韓トンネル
ザイン」技術者と同じであることに敬意を表する。
建設」である。私は,
「集団的自衛権行使」よりも,
「日
ピケティも「21 世紀の資本」と言っているように,
21 世紀は未だ長い。世界の経済学の発展のために
韓関係の修復」が先決だと考えている。韓国の大
も,この「思想」の「検証」を世界の経済学者は
統領は,日本に対し“Hate Speech”を各国に触れ
実施すべきである。
回っているが,日本は,
「不二山の崇高性」の「感性」
「人生はかなり単純だ。何かをする。たいていは
をもって対応しなければならない。それはつまり,
「も
失敗する。いくつかはうまくいく。うまくいくことを
ののあわれ,万象の原理である「無常」の感受・容
もっとする。それが非常にうまくいくと,他の人たち
認であり,そこから生まれるものへの愛と創造,未
が,すぐにそれを真似る。そこで,何かほかのこと
練への否定」にほかならない。不二山の崇高性は,
をする。秘訣は,何かほかのことをするということ
そういうものを吞吐している。これが原爆の街,祈
である」。そして最後に「単純であることは,洗練の
りの街,長崎の精神である。即ち,
「日韓国民の協
極みである」とダヴィンチは,
すべてお見通しである。
業による日韓トンネルの建設」で,自らを高めつつ
日本人は歴史からほとんど何も学ぼうとしない。
友好関係を築く。
どんと
二宮金次郎は,
「道徳のない経済は,犯罪と同じ
韓国も日本もドイツとフランスを学ぶべきである。
で,経済のない道徳は寝言だ」と言っている。日本
ドイツは“無手勝流”
(集団同期性と言ってもよい)
の失敗の原因は,自らの価値を捨て,米欧に迎合
で東西ドイツを統一し,危ない原子力なんかに頼ら
したことによる。
ない“分散形エネルギー社会”を創生しようとして
みずか
いる偉大な国である。フランスは文化の国であり,
す
次世代に目を据えている。100 年間も戦争ばかりし
73
世界平和研究 No.205 Spring 2015
かなめ
ていた両国が,今や,EU 統合の要 となっているの
ガスタービン」を適用して,効率的に「地産地消の
は何故か? やれば出来るのである。
電・熱併給」を行う技術を政府に提言した。この方
式で生産される高カロリーガスは,主として,水素
(3)日韓トンネルを基軸とした日本のエネルギー
が多く,一酸化炭素,メタンなどである。
産業構造の転換
ブッシュ政権が始めた,食糧(トウモロコシ)か
ぼうとく
ら燃料(エタノール)を採ることは,神を冒涜する
日本列島西南は日韓トンネルによる,東アジア電
力網(風力,太陽光,バイオマスなどの分散形エネ
ことであり,アルコール発酵だから生産性(効率)
ルギーで生産した電力を各国で融通するスマート・
も悪く,食糧に饗したあとの残滓から効率的に燃料
グリッド)を介して,対馬・壱岐を通路として九州と
生産を行うことが,神意にかなったインテリジェント・
連結する。レアメタルを使わないナトリウム・イオン
デザインである。現状の水素製造は,化石燃料か
やリチウム・イオン電池を含む,これらのエネルギ
ら,水性反応によって水素を採っているが,これで
ー・マネジメント技術は,日本のお得意の分野であ
は炭酸ガス(CO 2)の低減にはつながらない。高効
る。北側は,シベリア共同開発で得られた天然ガス
率 ・電熱併給ガスタービンに使用する高カロリーガ
をサハリン南部を経由して,北海道に至る「天然ガ
ス(H2,CO,CH4)は,農業,水産業,林業と,そ
スパイプライン」によるエネルギー循環と,その利
のサービス業から発生する残滓である。この<長崎
用ラインの形成である。最も有望なのは,モンゴル
方式高カロリー・ガス化電熱併給ガスタービン>で
南部のゴビの砂漠の風を捉えて,風力発電を行って
は,
“バイオマス生ゴミ”処理と,エネルギー生産
送電する方法である。中東から重い石油を地球の半
を同時に実施することができる。
人類が年間に消費するエネルギー量は,熱量に
周近くも,えっちらおっちら運ぶのと,電線で一瞬
換算すると,植物プランクトンなどの「葉緑素」が
のうちに配送電するのとどちらがスマートか ?!
ソフトバンクの見積もりによると,風のない場所
生産するエネルギーの 1/10 に過ぎない。化石燃料
を除いても 700 ~ 1000 万 kW の発電が可能で,こ
をエネルギー源としている国は,地球上の 1/4 に過
れは原発の 7 ~ 10 基分に相当する。モンゴルでの
ぎない。
(2015 年 3 月 21 日)
風力発電のコストは,2 ~ 3 円 /kWh であり,日本ま
でのグリッド送電費用を考慮しても 10 円弱となり,
原発より安くできる。世界一高い日本の電力料金が,
<参考引用文献>
アメリカ以下に安くなり,且つ CO 2 問題も解決する。
1)川口勝之 『人間の内面的な感性の表現の研究−
日本は,これにより経済成長と雇用の維持ができる。
脳の情報処理からみた次期社会の総合システ
電気を電波化して無線で送信することができる。
ム』
(改訂増補版)
,創造デザイン学会,2010
三菱重工は,10kW の電流をマイクロ波化して,500m
2)川口勝之 「集中化から分散化へ,量の生産か
の遠方へ送信し,電力に戻すことに成功している。
ら質の生産へ−脳の情報処理からみた次期社会
京都大学前総長の松本紘によれば,宇宙太陽光発
の総合システム(Ⅰ)
(Ⅱ)
(Ⅲ)」,『世界平和
電を行い,一基 100 万 kW で 24 時間送信可能であ
研究』No.181,No.187,No.188,世界平和教
り,現在の技術を集めればできるという。三菱電工
授アカデミー,2009,2010,2011
の電波送信技術と組み合わせれば,将来技術とし
3)川口勝之 「
『原子力の安全神話』と『バベルの
て,期待できるかもしれない。
塔と生物の多様性』神話」,
『世界平和研究』,
No.195,平和教授アカデミー,2011
(4)水素燃料時代へ向けて―食糧残滓
(バイオマス)
4)川口勝之 「
『ものの見方』について(Ⅰ)−脳の
からの高カロリーガス生産
情報処理からみた次期社会の総合システム」,
私は,3.11 東日本大震災の折に,
「がれきの 70%
『世界平和研究』,No.202 ,世界平和教授ア
もある木材」を利用して,<長崎方式高カロリー・
カデミー,2014
ガス化発電>により,
「がれき処理」と「電・熱併給
5)ダニエル・コーエン,林昌宏訳 『経済と人類の
74
「ものの見方」について(Ⅱ)
1 万年史から,21 世紀世界を考える』,作品社,
2013
6)水野和夫 『資本主義の終焉と歴史の危機』,集
英社新書,2014
7)トマ・ピケティ, 山形浩生ほか訳 『21 世紀の資
本』,みみず書房,2014
8)フィリップ・D・ブロートン,岩瀬大輔訳 『ハーバ
ードビジネススクール』,日経 BP 社,2009
9)内田樹・釈徹宗 『日本霊性論』,NHK 出版新書,
2014
10)蔵本由紀 『非線形科学 同期する世界』,集英
社新書,2014
11)H. Kitahara, et al.:“Oscillation and
Synchronization in the Combustion of
Candles,”J.Physical Chemistry A , 113(29),
pp8164-8168, 2009
12)郡司ペギオー幸夫 『群れは意識をもつ』,PHP
サイエンス・ワールド新書,2013
13)東京農業大学・相馬市編『東日本大震災からの
真の農業復興への挑戦』,ぎょうせい,2014
14)橋本治『バカになったか,日本人』集英 社,
2014
15)ロナルド・ドーア 『幻滅−外国人社会学者が見
た戦後日本 70 年』,藤原書店,2014
16)伊藤隆敏 『日本財政「最後の選択」』,日本経
済新聞出版社,2015
17)金子勝『資本主義の克服「共有論」で社会を変
える』,集英社新書,2015
75
世界平和研究 No.205 Spring 2015