ふるさと納税と日本人の寄付文化

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ふるさと納税と日本人の寄付文化
―寄付大国アメリカから学ぶことは―
金 明中
ふるさと納税が急増
最近日本では、ふるさと納税による寄付(額)が急増している。
ふるさと納税とは、地方を活性化させる目的で2008年度に導入さ
れた仕組みで、どこでも好きな地方自治体を選んで寄付すれば、
住民税と所得税が軽減される。総務省の発表によると、2015年度
に全国の自治体が受け取ったふるさと納税による寄付額は、1,653
億円で、これは2014年度(341億円)の4.3倍を超える数値である。
2015年度からクレジットカード決済を可能にしたこと、減税対象
となる寄付額の上限が約2倍に引き上げられたこと、ワンストッ
プ特例制度(寄付する自治体が年5カ所以内なら一定の手続きを
すると確定申告なしで税控除が受けられる制度)が導入されたこ
と、そして各地の自治体がお礼の特典を充実させたことが急増の
要因であると考えられる。
とくにお礼品を見比べて寄付先を選ぶ人が多く、最近はふるさ
と納税でもらえる地域の特産品を紹介する「さとふる」という専
用のホームページもできている。そのホームページをみると、地
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域別のお礼品の情報やお礼品の人気ランキングだけではなく、ふ
るさと納税に関する詳細な説明や控除額シミュレーションに至る
までの多様な情報が提供されている。関心のある地域をクリック
すると、その地域や特産品の情報が簡単に手に入る。お礼品は、
果物やお米、お酒だけではなく、寄付金額によっては高級ホテル
の宿泊券やダイニングセット、さらには本まぐろ1本丸ごと等高
価な物も選ぶことができる。これらのお礼品を見ていると、今す
ぐにでも寄付をしたいという衝動にかられる。
アメリカの寄付者は個人の割合が高い
寄付大国とも言われるアメリカに比べると、日本では、寄付を
する人や寄付金額が少ないと言われている。実際はどうだろうか。
まず、アメリカのデータから見てみよう。今年(2016年)の6月
23日に発表された『寄付白書』(Giving USA 2016 Report)によ
ると、2015年におけるアメリカの寄付金総額は3,732.5億ドルで
2014年の3,583.8億ドルに比べて4.15%(148.7億ドル)も増加し
ている。これはアメリカの2015年の対名目GDP(約18兆ドル)の
約 2.08% に 当 た る 規 模 で あ る 。 こ の う ち 個 人 に よ る 寄 付 金 は
2,645.8億 ド ル で 、 全 体 の70.9% を 占 めて お り 、対名目 GDPの
1.47%に相当する。(遺贈による寄付金317.6億ドルを含めると寄
付金総額の80%水準、対名目GDPの1.65%)。一方、財団と法人か
らの寄付金はそれぞれ寄付金総額の15.7%(584.6億ドル)と4.9%
(184.5億ドル)にすぎず、アメリカでは個人からの寄付が圧倒的
に大きいことがわかる。
アメリカの寄付金総額3,732.5億ドルは、オーストリアの名目
GDP3,741億ドル(2015年、世界34位)に匹敵する数値である。
寄付金総額をアメリカ人1人あたりの金額に直すと1,162ドル
(2016年7月14日の為替レート1ドル=105.4円を反映すると、約
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12万2,475円)で、後から紹介する日本の7倍強の水準である。こ
のように多額の寄付を行う習慣が根づいている背景には、アメリ
カ人の多くが「慈善」(charity)と「博愛」(philanthropy)の精
神を基本的な理念としているキリスト教を信仰している点が挙げ
られる。聖書には「自分を愛するようにあなたの隣人を愛せよ」
と書かれているほど、隣人に対する「愛」を強調しており、この
ような宗教に基づいた考え方が宗教団体への寄付だけではなく、
寄付活動全般への参加を促す要因として影響を与えている可能性
が高い。
よく知られているように、アメリカの公的社会保障制度は自己
責任の精神に基づいており、公的社会保障制度による恩恵がすべ
ての国民に行き届いていない。政府だけに頼っていても何も解決
されず、社会の問題はより深刻になるだけである。そこで、宗教
団体やNPO団体等が、寄付やボランティア活動をすることによっ
て、政府が解決できない社会問題を少しでも解決しようとしてい
る。また、企業家の間でも利益の一部を社会に還元しようとする
動きが広がっている。
雑誌 Forbes が発表した2014年におけるアメリカの寄付金ラン
キングを見ると、バークシャー・ハサウェイの筆頭株主であり、
同社の会長兼 CEO を務め ている ウォー レン・ バフェット氏が
2014年の1年間で28億ドルを寄付し第1位になっている。資産の
99%を寄付するとしているウォーレン・バフェット氏の2014年ま
での生涯寄付額は227億ドルに至る。そして、マイクロソフトの設
立者であるビル・ゲイツとメリンダ・ゲイツ夫妻の2014年の寄付
額は13億ドルで第2位であるが、彼らの生涯の寄付額は315億ド
ルで、ウォーレン・バフェット氏を大きく上回っている。続いて
ジョージ・ソロス(7億3,300万ドル)、マイケル・ブルームバー
グ(4億6,200万ドル)、チャック・フィニー(4億3,400万ドル)
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の順で寄付額が多かった。どの寄付額も日本では聞いたことのな
い大金であり、日本の寄付額とは桁違いの数値である。
アメリカの主な寄付先は宗教団体や教育機関等
では、このような多額の寄付金は主にどこに寄付されているの
だろうか。2015年のデータを参考に、寄付金の行き先を見てみる
と、「宗教団体」が1,193億ドル(全体の32%)で圧倒的に多く、
その次が教育機関(574.8億ドル、15%)、社会福祉団体(452.1
億ドル、12%)、財団(422.6億ドル、11%)、医療機関(298.1億
ドル、8%)等の順であった(表1)。
アメリカの寄付文化の特徴としては、計画寄付(planned giving)
表1
アメリカにおける寄付金の寄付先別金額や割合
金額(億ドル)
割合(%)
宗教団体
1,193.0
32.0
教育機関
574.8
15.4
社会福祉団体
452.1
12.1
財団
422.6
11.3
医療機関
298.1
8.0
公的機関
269.5
7.2
芸術、文化関連団体、人文科学分野
170.7
4.6
国際機関
157.5
4.2
環境・動物団体
106.8
2.9
個人
65.6
1.8
その他
21.8
0.6
3,732.5
100.0
合計
(資料)Giving USA 2016:The Annual Report on Philanthropy for the Year 2015.
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が普遍的に実施されていることや多様な寄付プログラムが存在し
ていることが挙げられる。計画寄付には、寄付者助言基金、遺贈、
寄付年金、合同所得基金、慈善残余信託、慈善先行信託、個人財
団などのプログラムがある。この中で筆者が注目したいのは「寄
付年金」である。その内容について簡単に紹介しよう。
アメリカの寄付年金に注目
アメリカの寄付年金は、寄付者が現金や資産を社会団体などに
寄付すると、寄付した現金や資産の所有権は社会団体や財団に移
転されるが、寄付を受けた社会団体や財団から、寄付者あるいは
寄付者が指定した者が、生存中は一定額の年金を受け取れる仕組
みである。すなわち寄付と引きかえに終身年金を受け取る権利が
得られるのである。寄付者は年金の受取人を本人のみならず配偶
者や子ども、そして親戚など他人を指定することも可能である。
寄付年金は、即時給付型寄付年金と据置給付型寄付年金に区分
することができる。即時給付型寄付年金は、寄付をするとすぐ年
金が支給される仕組みで、慈善団体や財団などは寄付者から現金
や資産などの寄付を受け、寄付者や寄付者が指定した受取人に生
存中に一定金額の年金を支給する形である。受給者が亡くなると
残った寄付金や資産などは寄付を受けた慈善団体や財団などに永
久に帰属することになる。一方、据置給付型寄付年金は、契約時
に指定したある時点(少なくとも寄付した時点から1年後)から
年金が支給される仕組みで、支給される年金額は寄付金額、寄付
を行った当時の年齢、年金支給が始まる受取人の年齢などにより
決まる。寄付者は寄付額に対して税金減免の申請をすることがで
きる。寄付者は年金の受給開始時期を決められるので、据置給付
型寄付年金は寄付者が引退計画や税金の調整にも活用できるとい
うメリットがある。
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寄付年金に占める据置給付型寄付年金の割合は、1994年の6%
から2013年には12%まで上昇した。また、据置給付型寄付年金を
実施している慈善団体などの割合も1999年の5%から2013年に
は31%まで大幅に上昇した。このように据置給付型寄付年金が次
第に普及してきた理由としては、平均寿命が上昇したこと(1994
年75.6歳、2012年78.7歳)により、より高年齢において安定的な
所得源が必要になったことが考えられる。
日本の寄付者は法人の割合が高い
それでは、アメリカに比べて日本の寄付水準はどの程度であり、
また寄付に対して今後どのようなことが求められるだろうか。ま
ず、日本の寄付水準から見てみよう。日本ファンドレイジング協
会の『寄付白書2015』によると、2014年の日本の個人寄付総額は
7,409億円で、2012年の6,931億円と比較して6.9%も増加してお
り、2011年以降継続して増加傾向にある。しかしながら、2014年
の日本の個人寄付総額は対名目GDP比の0.2%にすぎず、アメリカ
の1.47%とは大きな差がある。一方、2013年度の法人寄付総額は
約6,986億円で、法人所得に占める割合は1.4%であった。個人寄
付と法人寄付の推計時期が異なるので、直接比較することは難し
いものの、アメリカに比べると、日本では法人に比べて個人の寄
付が少ないことがわかる。
しかし、最近の状況を見ると、日本人の間にも寄付に対する関
心が広がっているように感じる。たとえば、2010年12月には「タ
イガーマスク現象」が起き、
「タイガーマスク」の主人公・伊達直
人などを名乗る人物からランドセルや現金等の寄付が相次いだ。
また、2011年の東日本大震災や2016年の熊本地震の際には日本人
の多くが支援金や義援金を送ったり、ボランティア活動に参加し
たりしている。2014年現在、日本人の43.6%が現金あるいは現物
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による寄付活動をしており、1人当たりの平均寄付額も2012年の
1万5,457円から2014年には1万7,215円に増加している。また、
2014年のボランティア活動者数は3,166万人に上る。さらに、最
近は上述したように、ふるさと納税による寄付も盛んである。
普遍的寄付の定着により社会問題の解決を!
では、日本の寄付文化を発展させるためにはどのようなことが
必要だろうか。まず、寄付がより普遍的に行われる社会になる必
要があるだろう。先に説明したとおり、日本人の多くは災害等が
あった場合に人を助けようとする意識はあるものの、平時には誰
かを助けようとする人は欧米に比べると少ない。しかしながら、
最近の日本社会は、労働力の非正規化の進展などが原因で、貧困
率が上昇し、人々の間に格差が広がっているため、災害などによ
る特別な事由が発生しなくても、助けの手を必要とする人がつね
に存在している。政府は消費税率を引き上げ、それによる増収分
は、すべて社会保障の充実・安定化に使うという計画を立ててい
た。
しかしながら、不透明な世界経済や内需の低迷を懸念した安倍
首相は、本年6月1日の会見で来年4月に予定していた消費税率
10%への引き上げについて、平成31年4月まで2年半延期するこ
とを表明した。消費税率の引き上げ再延期は、年金や医療、子育
てなど社会保障政策の財源問題に直接絡むことになる。また、今
後、消費税率が引き上げられ、社会保障の財源がある程度確保さ
れたとしても、さらなる少子高齢化の進展等により、助けを必要
とする人はさらに増えることが予想される。
いつまでも政府だけに頼ることはできない。また、政府だけに
社会の問題を解決するように期待することは現実的に不可能であ
ろう。そこで、寄付文化を拡大させることで、社会の問題を国民
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や企業等が一緒に解決することが望ましいと考えられる。つまり、
特別な何かがあった場合に助け合うという今までの意識を、いつ
でも助け合うという意識に変える必要がある。
寄付プログラムの多様化と寄付しやすい環境の構築を
「寄付」という言葉を辞書で調べてみると「金銭や財産などを公
共事業、公益・福祉・宗教施設などへ無償で提供する」とあるこ
とから考えると、日本のふるさと納税は、寄付の本来の趣旨から
は少し離れた仕組みであると言えるだろう。もちろん、ふるさと
納税が増え、自治体が元気になることや寄付文化が広がることは
確かによいことではある。しかし、反対給付を提供するふるさと
納税だけが増え、反対給付を提供していない他の寄付が減るので
はないかと懸念される。また、自治体の過当競争により高価の返
礼品を提供する自治体だけに寄付が集中し、真に寄付を必要とす
る財政的に劣悪な自治体は寄付から排除されるのではないかとい
う心配もある。
今後、日本に寄付文化を拡大するためには、ふるさと納税以外
の多様な寄付プログラムを普及させるなど、寄付に対する選択肢
を増やす必要がある。ここで紹介したアメリカの「寄付年金」な
どがその一例であるだろう。
とくに最近では、個人が持っている知識・スキルや経験を経済
的に恵まれていない子どもや人々に提供する「才能寄付」
(プロボ
ノ、Probono)が世界的に広がっているようだ。したがって、政
府は、企業や個人がより積極的に寄付活動に参加できるように、
控除できる寄付金の指定先を拡大したり、個人の才能が寄付でき
るネットワークを作ったりするなど、より寄付しやすい環境を構
築する必要がある。また、生活に余裕がなく、生前に寄付をする
ことのできない人でも寄付ができるように、遺産寄付に対する意
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識の普及や寄付年金の導入など寄付文化の多様化のためにも力を
入れるべきであると考える。
(きむ
みょんじゅん
ニッセイ基礎研究所生活研究部准主任研究員)
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