分娩期の母豚と熱 ㈲豊浦獣医科クリニック <はじめに> 皆さんの農場では、分娩後に食欲不振を起こしている母豚に対して、どのように対応していますか? 分 娩と授乳は、母豚にとって産道や乳房の物理的障害や細菌感染が起こりやすいイベントです。この結果「感 染、炎症、発熱」が起きた場合は、抗生物質の注射だけでは不十分です。原因の除去に加えて、苦痛を和ら げ、体力の消耗を防いで回復させる対応が必要です。 分娩期の発熱予防と適切な対応のため、初めに発熱が起こる原因を整理しましょう。 <なぜ発熱するか?> 発熱した母豚は食欲不振や乳量低下を起こします。また、横になる時間が増えるため、脱水が進み乳房水 腫を起こすこともあります。従って発熱だけが問題ではないことを意識した上で、発熱の原因と対応を考え てみます。 【母豚の発熱の原因と症状】 主な原因: 感染症、分娩、難産、胎子遺残・後産停滞、乳房炎・子宮炎・腎炎・肺炎、急性ストレス、熱射病、伝染 性疾病と二次感染 主な症状: 食欲不振、泌乳低下、おう吐、子宮炎、乳房炎、沈うつ・跛行、呼吸の増加、眼瞼充血、便の硬結、体表 の発赤・蒼白、脱水、流産 発熱の引き金となる要因の多くは、「炎症」です。炎症から発熱が起こる仕組みを理解することは、発熱 やそれによる食欲不振の適切な対応につながります。 【炎症】 少し専門的になりますが、傷や圧迫などで組織の障害が起こると、その周囲に炎症細胞が集まり、炎症が 起こります(図1)。炎症細胞は普段から血液中に存在しています。炎症細胞のうち、マクロファージは壊 れた組織を除去し、病原微生物を破壊します。その一方で、繊維芽細胞が壊れた組織を修復します(肉芽組 織)。また傷口に炎症細胞を集めるため、肥満細胞が毛細血管を広げて血流量を多くします。 血流量が多くなると傷口は「赤くなり(発赤)」、「腫れます(腫脹)」。血液は熱を持っているので 「熱感」を伴います。この過程は痛覚を刺激し、「痛み(疼痛)」が伴います。これが炎症の過程です。 【発熱】 細菌やウイルスの感染によって炎症が起こると、体全体の反応として体温が上がります。発熱は細菌やウ イルスの増殖を抑え、血液循環を促進して、免疫防御を効果的に進める利点があります。 物理的原因により組織の障害が起こると炎症が起きますが、そこに細菌感染が加わると発熱を伴うように なります。熱があれば当然、食欲は低下し飼料摂取量が落ちます。難産や胎子遺残による発熱は、細菌感染 による炎症・発熱とイメージできます。 ❶ 受傷 ❷ 壊れた組織の除去 ❸ 組織の穴埋め(肉芽化) コラーゲン 繊維芽細胞 マクロファージ ❺ 治癒 ❹ 肉芽組織 処理 図1 炎症とは? 傷の修復の仕組み (「よく分かる薬理学のしくみ」⑭秀和システムより) <発熱を伴う分娩後トラブル:乳房炎> では、授乳期の母豚に起きやすい乳房炎についても考えてみましょう。 乳房炎は「原因のいかんにかかわらず、家畜における乳腺の炎症」と定義されます。分娩後の乳腺の炎症 は①母乳が乳房内部にたまって起こる「非感染性の乳腺炎」と、②細菌が乳房内に入り込んで炎症を起こす 「感染性の乳腺炎」があります。 豚の乳房炎は「感染性の乳腺炎」を起こしている場合がほとんどですが、これは「非感染性の乳腺炎」が 原因となっている場合が多いようです。 ①非感染性の乳腺炎 分娩後は乳汁産性のため急激に乳房内の血流が増加しますが、母乳の産生に対し子豚の吸乳力が伴わない 場合、たまった母乳が乳管を圧迫し、乳汁のうっ滞が起こります。その結果、乳汁分解物や脱落上皮など、 非感染性の物理的原因による乳腺の炎症が起こります。 この段階では、乳房の硬結がみられますが、細菌感染を起こしていない段階なので発熱や発赤は軽度です。 ②感染性の乳腺炎 母乳がうっ滞して非感染性の乳腺炎が起きていると、授乳行為や環境中から乳頭や乳管内に入った細菌が 増殖しやすくなります。細菌感染が加わるとさらに炎症はひどくなり、乳房は浮腫状に腫大し、発熱も重度 です。 感染性の乳腺炎は、病態が進展すると乳腺膿瘍に至ります。 母豚が乳房炎になると、食欲不振とともに子豚が下痢を起こし、重篤な場合死に至ることもあります。 母豚への飼料の過剰給与を避け、子豚の吸乳力を越える母乳の産生を防ぐことが乳房炎の予防になります。 しかし、逆に給餌量が少な過ぎると泌乳量の低下を来すことから、授乳期の給与管理は慎重に行わなければ なりません。乳房炎の対策は後述します。 写真1 給餌量の推移を見える化 母乳産生量と子豚の吸乳量のバランスがとれるように、給餌量を記録しましょう 写真2 1 日にどれだけの水が必要か、想像してみよう(写真は 12 本) 写真3 水量のチェック 母豚には、2∼4ℓ/分の水量が必要。500 ㎖のペットボトルが、15 秒でいっぱいになれば、お よそ 2ℓ/分 <炎症と発熱の予防> 炎症と発熱の予防を考えると、分娩時は難産に伴う物理的障害と細菌感染を防ぐことが重要であり、分娩 後は母乳のうっ滞を防ぎ乳房炎を起こさないことが重要です。 【分娩介助】 過肥、削痩は分娩時間の延長につながるため、分娩時のボディコンディションを適正にすることが最も重 要です。 ①分娩介助は、マッサージで陣痛を促し、寝返りをさせて胎子の体位を変えることから始めます。 ②胎子の確認は、子宮内の細菌感染を防ぐ意味で産道に直接手を入れず、直腸検査の要領で直腸を介して行 います。 ③胎子の停滞が確認されたら、膣内に手を挿入し介助します。胎子の停滞がなければオキシトシン製剤で陣 痛促進をします。 ④膣内に手を挿入した母豚は、分娩終了後に子宮洗浄を実施してください。「産じょく熱発生のリスクは、 膣内に手を 1 回入れると 2 倍、2 回で 4 倍、3 回では 8 倍に増える」と肝に命じてください。 【便秘】 分娩前の便が硬く便秘気味の母豚は分娩時間が延長し、難産になる可能性が高まります。 便秘を防ぐには、①飲水量を十分に確保する②飼料の繊維含量を増やす③腸内細菌叢を調整するなどの対 応があります。 【給餌量の管理】 乳房炎は分娩前の過肥と、分娩後の飼料の与え過ぎによる場合が多く、給餌量を適切に管理することが重 要です。 妊娠期のボディコンディションは、見た目だけでなく寛骨の触診やリーンメーターによる P2 背脂肪厚の 測定も行って確認し、給餌量を決定しましょう。 また、分娩後の給餌量を記録しておくと、母乳の産生量と子豚の吸乳量のバランスのとれた給餌で乳房炎 を防げるだけでなく、過給餌による食滞を防ぐこともできます。 【飲水量】 豚は十分な水がないと飼料を食べません。腎機能の弱い豚にとって、腎炎を防ぐためにも飲水量の確保は 重要です。前述の便秘解消にも不可欠です。 妊娠母豚は 1 日に平均 10∼15ℓ、授乳母豚は 15ℓ+1.5ℓ 子豚、10 頭授乳では 30ℓが必要といわれ ています。夏場はさらに必要量が増します。また、ドリンカーからの水量は 1 分当たり妊娠豚で 2.0∼ 4.0ℓ/分が推奨されています。 1 日の飲水量をイメージすることも重要です。例えば、10 頭の子豚に授乳中の母豚には、2ℓペットボト ル 15 本分の水が必要になります。 飲水量は、ペットボトルに水がたまる時間からチェックできます。飲水量を調査するときは、給餌後の一 番水の使用量が多い時間帯を選んで行ってください。 【暑熱ストレスによる発熱】 炎症反応がなくとも、暑熱ストレスが加わると汗腺を持たない豚は体内の熱を放散できず、その結果とし て発熱し、飼料摂取量が低下します。分娩後の母豚の適温は 18∼22℃です。なるべくこれ以上にならない ように送風やドリップクーリングなど工夫を凝らし体温を下げましょう。 <炎症と発熱の対応> 炎症や発熱は生体防御に必要な仕組みです。しかし、苦痛が続くと体力を消耗し、かえって防御力や修復 力を落としてしまうため、苦痛を和らげるために鎮痛や解熱を施す必要があります。また、細菌感染が起こ っている場合は、原因の除去が必要です。 分娩後に食欲不振を起こしている母豚が「感染、炎症、発熱」を起こしている場合は、抗生物質の注射に 加え、苦痛を和らげ、消耗させずに体力を回復させるための解熱鎮痛剤を使用します。 【発熱の診断】 食欲不振の母豚がいた場合、その原因が発熱かどうか、また発熱の程度をチェックするために、まず検温 をします。成績の良い農場の分娩豚舎では、すぐ使える場所に体温計が置いてあるものです。 写真4の動物用体温計は、直腸温を 3∼5 秒で検温できます。先が曲がるため破損しにくく、価格も比較 的安価です。母豚の平熱は 38.5∼39.0℃です。夏場や分娩後は正常な生理として体温が上昇しますが、普 段から検温していると異常な体温か平熱かの判断がつくようになります。 発熱がある場合は、抗生物質に加え解熱鎮痛剤を使用します。 【消炎薬(解熱鎮痛消炎剤)】 ステロイド系消炎剤は消炎効果が高いのですが、副作用も強い薬です。また、炎症の原因を除去するので なく、炎症反応を一時的に停止するもののため、ステロイド剤の作用がなくなれば炎症反応はぶり返します。 炎症を抑える薬剤には、ステロイド剤とは別の仕組みで効果を発揮する非ステロイド系抗炎症薬 (NSAID)があります。動物用ではこれらを使用する機会が多く、抗炎症作用に加え鎮痛と解熱作用が著 明です。 【脚部の創傷】 脚部の創傷による腫脹は、希ヨードチンキの消毒が効果的です。創傷部の消毒で原因を除去すれば、 起立困難の母豚でも、早いものでは消毒開始 3 日後から立ち上がります。 【乳房炎】 乳房炎の解決策は、初期のうちに母乳のうっ滞を改善することです。 ・初期の乳房炎では、乳房内の血行促進のため、乳房の温湿布とマッサージが有効です。 ・子豚が小さ過ぎて吸う力が弱い場合、一時的に大きな子豚に吸わせることも効果的です(疾病の感染拡大のリス クがあるため、獣医師と相談の上で実施しましょう)。 ・母豚と子豚、それぞれに最適な環境をつくり、母豚の泌乳と子豚の吸乳を促します。 ・母豚の給餌量を一時的に抑えることは効果的です(給餌量を抑えたままにして泌乳低下に陥らないように 注意しましょう)。 ・細菌感染が起き、検温によって発熱や食欲不振などの全身症状が見られる場合は、抗生物質と解熱鎮痛剤 により、原因の除去と体力の保持を図ります。 【補液、利尿剤、ビタミン剤】 分娩後、発熱して食欲不振になった母豚には、利尿剤を加えた輸液の点滴をすると尿が出て循環不全の改 善効果があります。導尿も同じような効果があるので試してみてください。また、ビタミン剤の補給は体力 の回復を助けます。 【健胃消化剤 重曹】 食欲低下には、古くから健胃消化剤として重曹が使われています(人の胃腸薬にも使われています)。胃 酸を抑え、胃の働きをよくする作用により食下量の低下を防ぐ効果があります。 写真4 先端(検温部)が曲がるつくりで、折れにくい 写真5 「おかしいな」と思ったら体温を計測 写真6 脚部の創傷による腫脹は、希ヨードチンキで消毒。スプレーでの噴霧が簡便 写真7 分娩後、食欲不振を示す母豚に輸液する <最後に> 分娩豚舎の母豚の発熱について考えてみると、そこには「物理的原因や細菌感染、炎症、発熱」の生理反 応があります。母豚の繁殖成績を上げるには、この生理機構を理解した対応と予防が必要です。本稿が、現 場での体温測定や、発熱の原因をイメージした対応に役立てば幸いです。
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