ケータイとインターネットの使用歴からみる情報倫理と教育

ケータイとインターネットの使用歴からみる情報倫理と教育
野呂一仁・立正大学 ([email protected])
1.調査の目的と概要
ケータイとインターネットの使用は、もはや取り立
てて言及することもなく我々の生活に溶け込んでいる。
しかし、それらを支えるネットワークの脆弱性につい
ては指摘されるところであり、その利用については注
意を払う必要がある。それらインフラを使用するケー
タイとインターネットにも同様のことがいえるととも
に、その使用に当たっては情報倫理ということが重要
視される。これに関する分析視点として、リテラシの
要素とされる機器の所有年や使用年数による相違が挙
げられる。一般的には所有年や使用年数が長くなるほ
ど様々な経験から多くのことを学ぶであろうと考えら
れ、それに応じた情報倫理の形成が期待されるところ
である。そこで本稿ではケータイとインターネットの
使用歴に着目し、それにより情報倫理の形成がなされ
るのか否かについて調査を実施した。
調査は、駿河台大学、二松学舎大学の 2 大学におい
て情報リテラシと情報倫理関係科目で、平成 22 年 7
月の授業時に実施した。アンケート項目は、調査対象
者の属性、ケータイとインターネットの使用に関する
項目、対象者自身のケータイ使用について、他人のケ
ータイ使用についての意識、インターネットの情報倫
理についての項目を設定した。
調査人数は全体で 179 名、その内ケータイを所有し
ている学生は 175 名、男女比は、男性 136 名(76.0%)、
女性 43 名(24.0%)である。また大学別構成比は駿河台
大学 122 名(68.2%)、二松学舎大学 57 名(31.8%)であ
る。学生のケータイとインターネットの使用状況は、
ケータイの所有率は 98.3%、平均所有年は 5.7年、PC
所有率は 77.5%、平均所有年は 3.9 年となった。イン
ターネット使用は 92.1%が経験あり、平均使用年数は
5.3 年である。電子メールは、64.6%の学生がケータイ
メールのみを使用しており、ケータイメールと PC メ
ールの両方を使用の 33.1%に比してかなり多くの学生
がケータイメールのみを使用している。
インターネットの利用は情報収集を中心とする学
生が 78.7%と圧倒的に多いが、反対にケータイでのイ
ンターネット使用は情報交換が 73.3%と、ケータイと
インターネットを使い分けている様子がうかがえる。
また、ケータイは電話としてはあまり使用されていな
いようである。週 2~6 回通話に使用しているとの回
答が 45.3%、
週 1 回より少ない通話が 24.6%であった。
このような使用状況は過去の調査でも同様に表れてお
り、学生の使用傾向として定着しているといえる。
2.PC 所有・使用歴およびインターネット使用歴と情報
倫理
まず、PC使用歴における情報倫理との関係について
みていこう。PCの所有率はアンケート実施を開始した
社団法人 私立大学情報教育協会
平成22年度 教育改革ICT戦略大会
宮崎智絵・立正大学 ([email protected])
2007年以降、約7割から8割近くであり、多くの学生が
所有するようになっている。従って、大学以外にも家
庭でのPC使用も多くなってきていると考えるならば、
情報倫理に関しては授業以外にも多くの情報倫理を身
に付けていなければならない。そこでPC所有年および
使用歴を0~4年、5~9年、10年以上に分類して情報倫
理との関係を分析した。有意差が認められたものは、
PC所有年では3項目のみであった。
「自転車に乗りなが
ら通話している」(χ2=9.935 P=0.007<0.1)では、
「通話し
ている」のは0~4年は44%、5~9年は40%、10年以上は
0%であった。
「自転車に乗りながらメールを使用して
いる」(χ2=6.604 P=0.037<0.1)も同じように所有年が長
いほどメールをしている学生は少なかった。また、
「友
人のPCを勝手に操作する」(χ2=7.915 P=0.095<0.1)では、
「問題がある」としたのは5~9年の学生が最も多く、
10年以上の学生が一番少なかった。10年以上の学生は
「どちらともいえない」との答えが21.4%と他の所有
年に比べて多かった。長く所有していることがむしろ
友人のPCに対する配慮についてあいまいな態度とな
っている。
次にPC使用歴では、9項目で有意差が認められた。
自分の行動では、
「自転車に乗りながら通話している」
(χ2=7.706 P=0.021<0.1)、
「自転車に乗りながらメールを
使用している」(χ2=10.83 P=0.04<0.1)の2項目で使用歴
が長くなるほど「していない」と答えた学生が多かっ
た他人の行動では、
「電車内でインターネットを利用し
ている」(χ2=12.624 P=0.013<0.1)、
「電車内でゲームを
している」(χ2=8.589 P=0.072<0.1)、
「バスの車内でメー
ルを使用している」(χ2=9.200 P=0.056<0.1)、
「バスの車
内でインターネットを利用している」(χ2=8.575
「自転車に乗りながら通話している」(χ
P=0.073<0.1)、
「自転車に乗りながらメールを使
2=8.281 P=0.082<0.1)、
用している」(χ2=12.137 P=0.016<0.1)、
「自転車に乗り
ながらインターネットを利用している」(χ2=11.737
P=0.019<0.1)で有意差が認められた。これらの項目では
使用歴が長くなるほど
「問題ない」
とする学生が多く、
インターネットやゲームは場所に関係なく容認してい
る。電車内通話とバス内通話では有意差はでなかった
が、10年以上の使用歴では「問題ない」とした学生も
「問題がある」とした学生もどちらも多い傾向であっ
た。
インターネット使用歴では、他人の行動で「電車内
でインターネットを利用している」(χ2=8.588
「バスの車内で通話をしている」(χ
P=0.072<0.1)、
2=10.329 P=0.035<0.1)の2項目に有意差が認められた。
電車内でインターネットを利用している人に対しては
使用歴が長いほど「問題ない」とし、バスの車内で通
話をしている人には「問題がある」と考えている。
以上のように PC 所有・使用歴およびインターネッ
ト使用歴による情報倫理の意識にはあまり相違は認め
られないが、PC 使用歴では他人の行動に対する意識
に若干の差が認められた。
3.ケータイ使用歴と情報倫理
次にケータイ使用歴から情報倫理について見ていく。
先にも述べた通りケータイの所有率は 98.3%となって
おり、学生にとっては必要不可欠なツールである。所
有時期は、18 歳で 4 年、19 歳で 5 年の所有歴が一番
多く、概ね中学 2~3 年が最初の所有時期である。ま
たケータイがパーソナルな機器ということを鑑みると、
この時期が使用し始めた時期であろう。
まず、使用歴と使用状況でみていくと、電車内での
メールをいつもしているとの回答は、ケータイ所有年
0~4 年のグループが 44.4%、5~9 年のグループが
59.6%(χ2=9.275 P=0.055<0.1)であった。電車内で通話
をいつもしているとの回答はケータイ所有年 0~4 年
が 8.9%、5~9 年が 1.8%(χ2=11.081 P=0.086<0.1)、バ
ス車内でインターネットをいつもしているとの回答は、
ケータイ所有年 0~4 年が 35.6%、
5~9 年が 43.9%(χ
2=9.561 P=0.049<0.1)、歩きながらの通話をいつもして
いるとの回答は、ケータイ所有年 0~4 年が 20.0%、5
~9 年が 37.7%(χ2=11.793 P=0.019<0.1)、歩きながらの
メールをいつもしているとの回答はケータイ所有年 0
~4 年が 22.2%、5~9 年が 43.9%(χ2=11.077
P=0.026<0.1)であった。
一方、電車内での通話が問題あるとの回答は、ケー
タイ所有年 0~4 年のグループが 73.3%、5~9 年が
93.0%(χ2=19.029 P=0.001<0.1)、バス車内での通話が問
題あるとの回答は、
ケータイ所有年 0~4 年が 68.9%、
5~9 年が 83.3%(χ2=10.914 P=0.028<0.1)、バス車内で
のインターネットが問題あるとの回答は、ケータイ所
有年 0~4 年が 2.2%、5~9 年が 8.8%(χ2=9.140
P=0.058<0.1)、歩きながらのインターネットが問題ある
との回答は、ケータイ所有年 0~4 年が 38.6%、5~9
年が 33.3%(χ2=8.363 P=0.079<0.1)であった。
以上のことから、必ずしも所有年によって倫理が構
築されているということがいえない。実際メールに関
しては所有 5~9 年のグループが電車内と歩きながら
でいつもメールをしている割合が高く、電車内での通
話に関しては所有 0~4 年が、歩きながらの通話は所
有 5~9 年がそれぞれ高い割合を示している。また、
所有 5~9 年は電車内での通話、バス車内での通話、
バス車内でのインターネットについて「問題あり」と
の回答が 0~4 年に比して多かったが、歩きながらイ
ンターネットについては所有 0~4 年の問題ありとす
る比率が高いという結果になった。
4.考察
三上俊治氏は 1999 年に実施した調査から車内を中
心とした公共の場で問題となりそうな行為について、
どの項目に対しても迷惑意識を強くもつ「厳格型」
、直
接被害を与える行為にはうるさいが、それ以外には比
較的許容的な「被害回避型」
、どの様な行為にも比較的
許容的な「寛容型」の三つタイプにグループ化してい
る。そして年齢的には年輩の人ほど「厳格型」が多く、
若い人ほど「寛容型」が多いという傾向がはっきりと
みられるとしている。これを、経験の差として所有年
社団法人 私立大学情報教育協会
平成22年度 教育改革ICT戦略大会
や使用歴に置き換えてみるならば、所有年・使用歴が
長いほど「厳格型」になると考えることができる。し
かしながら、PC とケータイの所有年・使用歴ではこ
のような傾向はみることができない。またさらに三上
氏は、許容的コンセンサスのできている「路上」
「電車
のホーム」と、マナー意識に関して意見が分かれる場
所として「電車やバスの中」などを挙げ、乗客などの
利用者が互いに近接した状態で長時間居合わせ、被害
を回避できない場所という共通点をもっていることを
指摘している。本調査では、電車やバスの中での通話
に関しては使用歴に関わらず通話をしない学生が
70~90%おり、他人に関しても問題があると考えてい
る。路上での通話に関しては、意見が分かれており、
マナー意識に関する意見が分かれる場所が電車やバス
の中から路上へと移っていったといえる。そして、学
生は、自分の行動については、PC、インターネット、
ケータイの所有年・使用歴とは無関係に意識を構築し
ているが、他人の行動については、ケータイの使用歴
に対応した意識を構築している傾向が見受けられる。
著作権を中心とする情報倫理と使用歴に関しては、
PC の所有・使用歴、インターネット使用歴とは関連
性が見受けられなかった。アリストテレスにとって学
習とは、生活経験の中に暗黙裡に含まれている知識を
明確化することであった。つまり、生活経験の中で獲
得された知見は、目標となる学問的知識の積極的な基
礎となるのである。本調査では使用歴による相違がみ
られなかったということは、生活経験の中に情報倫理
が暗黙裡に含まれていない状態ということであること
を授業の際は認識しておく必要があるだろう。学問的
知識の積極的な基礎となる部分の欠如を補うよう、現
実世界における生活経験として還元できるような教育
を視野に入れた授業の展開をしていかなければならな
い。具体的な事例を帰納的に扱うことによって、技術
の発達に左右されない情報倫理を構築していかなけれ
ばならない。新しい技術の出現による情報倫理の変化
に柔軟に対応できる教育を指向し、生活経験の中から
学習の基礎となる知識を獲得する姿勢を教育する必要
がある。また斎藤環氏は、教師のメディア・リテラシ
がきちんとできておらず、外注して専門家に丸投げと
いう態度を批判している。さらに中高年を含めてネッ
トをある程度必需品と位置付け、ネチケットや倫理観
のようなものをワンセットで持っていることが必要で
あり、学校だけでなく家庭でもそういう文脈で親も含
めて大人が与えていくことが不可欠であると指摘して
いる。PC、インターネット、ケータイの使用歴が低年
齢化していく社会において、生活経験として家庭での
教育も必要不可欠であり、親もそれだけの情報倫理を
習得しなければならないのである。
参考文献
三上俊治「携帯電話のマナーにみる公私のゆらぎ」
『現代のエ
スプリ』405 号,2001 年,至文堂
今井康雄『メディアの教育学』東京大学出版,2004 年
斎藤環「ネットジェネレーションを取り巻くバーチャル空間
で起こるリアルな問題」
『現代のエスプリ』492 号,2008 年,
至文堂