小繋の今

小繋の今
−若い研究者たちの「新しい風」を受けて−
早坂 啓造
この夏思いがけない嬉しい出来事があった。それは、「コモンズ研究会」という関西を中
心とする若手研究者グループから、かの 60 年におよぶ入会[いりあい]訴訟のあった小繋(現一
戸町小鳥谷小繋)の見学と、現地の人々との懇談を含む、研究と交流のエクスカーション(小旅
行)を受け入れて欲しいとの申し入れが、岩手近現代史研究会(主宰岩手県立大学三浦黎明教授)
に飛び込んだことだった。それが 7 月半ばのこと。慌ただしい準備を経て、9 月 4-6 日、ほ
とんどが 30 歳前後の若さと熱気の溢れる研究者 10 人を迎えて、実質 1 日半をフル回転す
る日程で密度の濃い交流を行った。
初日は、文字通り息つく暇もない質問の矢と、現地の人々の胸の内をはき出すような語
りが交錯した現地懇談会、そして小繋山の巡見小一時間。小繋の男衆を囲んで、何人もの
若者たちがノートに熱心にメモを取る姿が見られた。翌日は、一戸町楢笠[ならかさ]生産森
林組合への訪問と、明治以降の入会慣行の歴史から戦後の森林組合へのスムーズな移行の
経緯について、米田伝兵衛組合長からの聞き取り。ついで高速道で盛岡へとって返し、岩
手大学図書館の「小繋事件文庫」見学と資料閲覧。生の裁判記録原本に触れ、プロカメラマ
ンの故川島浩氏の写真作品 40 点余を間近に見たことは、とりわけ感動を呼んだようで、関
西で、是非写真展をしたいという話も飛び出した。さらに岩手県立大学アイーナキャンパ
5 人の報告者の報告と討論は、
ス(盛岡駅西口アイーナビル 7 階)での両研究会の研究報告と討論。
5 時間にわたって盛り上がり、来訪者たちは貪欲にその成果を吸収したようだ。
こうして、案内側の私たち老年組は、いささか疲労が過ぎて、6 日は一日寝込んでしまっ
たほどだが、来訪者たちは疲れも知らず、6 日朝、レンタカーでタイマグラ訪問に出発して
行った。
地元岩手では、疾うに忘れ去られてしまったかに見える小繋事件。私たち岩手入会・コモ
ンズの会と岩手小つなぎの会が、その忘却を押しとどめようと、ほそぼそと裁判記録や周
辺の資料の蒐集保存を続けてきたとき、突然、降って湧いたような若々しい関心の波であ
る。そのはじけるような若さを、「小繋事件文庫」をはじめ、直接現地を訪れ、岩手の入
会問題に注ぎ込んでくれたことは、大変嬉しいことであり、現地の人々にとっても、私た
ちにとっても大きな刺激となった。小繋のお母さんたちは、その思いを孫のような来訪者
たちの胸に刻み込むように語り、片野さんらは、郷土芸能復活の思いをさらに固い決意に
まで昇華させた。
今後の交流についても、積極的な提案がなされ、「写真展」のほか、関東・関西での共
同のシンポジウム開催や、来年夏の小繋の祭りへの再訪など、夢が膨らんだ。
来訪者の中に、島上宗子さんという、みずから「いりあい・よりあい・まなびあいネッ
トワーク」という組織を立ち上げている温和だが誠にエネルギッシュな女性が加わってい
た。彼女は、京都大学の大学院時代からインドネシアの入会慣行に的を絞り、何十回も現
地を訪れているという。その報告では、当地には慣行を守る成文法もなく、オランダ植民
地時代に「所有のあいまいな」土地はすべて国有化するという法律によって、林野が囲い
込まれ、そこに住むこと自体が「違法」とされた経緯があり、住民の生活権確立自体が、
今後の深刻な課題だという。そのなかで、住民の信頼のもとに活躍している弁護士ヘダー
ルさんを日本に 2 度も招いている。彼が日本の入会権の存在に驚き、
「もっともっと日本の
入会について知らせて欲しい」と叫んだという記事が、彼女のネットワーク・ニュースに
も載っていた。
「今度は必ず彼を小繋に連れてきます。もっと早く岩手の皆さんとつながりを持てたら
よかった。」と述懐して帰って行った。
私は早くも、小繋山に立つヘダール弁護士の姿を胸に描き、アジアの人々と手を組んで
「新しい未来」に向かう小繋の人々や、岩手の入会を守ってきた無数の村人たちの明るい
笑顔を夢見ている。
(2006.9.30.)