Ⅰ 考察

Ⅰ 考察
1.超高齢化社会の到来
日本人の平均寿命の伸長、出生率の低下により、本格的な高齢化社会が到来している。昭和
20年代前半に生まれたいわゆる「団塊の世代」が高齢者とカウントされる平成23年以降、高
齢化率は飛躍的に高まっていく。
これまで比較的人口減少の少なかった山口市においても例外ではない。山口市の平成22年
12月31日現在の推計人口は、男性92,780人、女性102,572人、合計
195,352人であるが、年齢ごとの人口構成は以下のグラフのようになる。15歳から
64歳までの生産年齢人口比率が62.29%であるのに対し、14歳以下の年少人口比率は
13.94%、65歳以上の老年人口比率は23.78%であり、高齢化率が21%超の超高齢
化社会に突入することとなった。
高齢率23
高齢率23.
23.78%
78% 今後、
今後、
飛躍的に
飛躍的に上昇する
上昇する。
する。
地区別に平成22年12月末の老年人口比率は以下のとおりである。新興住宅地をかかえる大
内、吉敷、平川、大歳、社会的流入出の多い小郡が比較的老年人口比率が低いのに対し、農業地
帯である仁保、鋳銭司、名田島、秋穂二島、秋穂、徳地、阿東で老年人口比率が高い。
老年人口比率
旧山口市
その他
20%未満
大内、吉敷、平川、大歳
小郡
20~25%
白石、湯田、宮野
25~30%
大殿、小鯖、陶、嘉川、佐山
阿知須
30~40%
仁保、鋳銭司、名田島、秋穂二島
秋穂
40%以上
徳地、阿東
1
2.高齢者の生きてきた時代
若い時代の経験はその人の価値観に大きな影響を与える。現在の高齢者とこれから高齢者とな
る団塊世代が過ごした時代とはどんな時代だったのかを振り返る。
西暦
和暦
主な出来事
1945
S20
終戦
1950
S25
朝鮮戦争
生活・文化・ファッション
S11 年
S21 年
9歳
三種の神器
14 歳
4歳
15 歳
5歳
(白黒テレビ・洗濯機・冷蔵庫)
1951
S26
サンフランシスコ講和条約
1955
S30
神武景気
VAN創立 アイビールック
19 歳
9歳
1958
S33
岩戸景気
JUN創立 歌声喫茶 ジャズ喫茶
22 歳
12 歳
1960
S35
安保闘争、安保改定(岸)
高度経済成長 新・三種の神器
24 歳
14 歳
ベトナム戦争 所得倍増計画(池田)
(カラーテレビ、自動車、クーラー)
公害病多発
ジーンズ 上を向いて歩こう
新幹線 東京オリンピック
集団就職 金の卵
28 歳
18 歳
観光目的海外旅行の解禁
平凡パンチ創刊 ヒッピールック
ビートルズ来日 ゴーゴー喫茶
31 歳
21 歳
1964
S39
1966
S41
文化大革命
人口1億人超
1967
S42
第 3 次中東戦争
GSブーム ミニスカート流行
32 歳
22 歳
1969
S44
東大紛争・70年安保
11PM ゲバゲバ 90 分
33 歳
23 歳
1970
S45
日本万国博覧会
an・an 創刊 フォークソング
34 歳
24 歳
Tシャツ・ジーパン
1971
S46
ドルショック
Non・no 創刊 核家族化 団地
35 歳
25 歳
1972
S47
あさま山荘事件 沖縄返還(佐藤)
アンノン・ファッション
36 歳
26 歳
列島改造論(田中) 札幌五輪
1973
S48
第1次オイルショック
巨人 V9
37 歳
27 歳
1975
S50
山陽新幹線開通
キャンディーズ
39 歳
29 歳
1976
S51
ロッキード事件
POPEYE 創刊
40 歳
30 歳
1978
S53
日中平和友好条約 中国改革開放
JJ創刊 ニュートラ ハマトラ
42 歳
32 歳
1980
S55
イラン・イラク戦争
ディスコ サーファー
44 歳
34 歳
1983
S58
金曜日の妻たちへ
47 歳
37 歳
1985
S60
電電公社民営化 プラザ合意
49 歳
39 歳
1986
S61
男女雇用機会均等法
DCブランド
50 歳
40 歳
1989
H元
消費税導入 バブル絶頂
ワープロ専用機全盛
53 歳
43 歳
天安門事件 ベルリンの壁崩壊
ワンレン・ボディコン ヒップホップ
1990
H2
東西ドイツ統一 バブル崩壊
DOS/Vパソコン普及
54 歳
44 歳
1991
H3
ソ連崩壊
携帯電話の本格普及始まる
55 歳
45 歳
2011
H23
75 歳
65 歳
2
(1)昭和11年生まれ(現在75歳)の時代
学
戦時下の昭和18年に国民学校入学、3年生の時に終戦を経験する。幼少期の戦争体験はこの
齢
世代に少なからず影響を与えたものと思われる。昭和24年に中学校に入学。高校進学率は
期
55%前後で半数近くは中学卒業と同時に就職している。大学・短大進学率は18%であるので、
勉強ができても経済的な理由で進学を断念した人も少なくなかった。
青
昭和30年代の若者文化は米国文化の影響を強く受けアイビールックなどが流行した。60年安保
年
の時には24歳で大半は社会人であったので、デモに参加したという経験は少ないだろう。結婚
期
適齢期は高度経済成長が始まった時期であるので、新・三種の神器(カラーTV、自動車、クーラ
ー)が身近な夢だったであろう。
壮
東京オリンピック、万国博覧会、新幹線の開通など、高度経済成長の真っただ中にあった。会社
年
のため、家庭のためモーレツに働いたであろう。また、働くことで目の前の生活がどんどん良くなる
期
という経験をしてきた世代であるといえる。
中
この世代の中高年期はまさにバブル期であった。会社では部長や課長といったポストにあり、バ
高
ブルの中心で、笑った人、泣いた人、関係なかった人、人生色々ではなかろうか。
年
また、会社ではワープロやパソコンが普及してきたが、操作は部下に任せて、習得せずに定年を
期
迎えた人も少なくないだろう。「窓際族」という言葉が流行したのもこの頃だが、高度経済成長期に
雇用したこの世代があふれてしまったためである。(もっとも、終身雇用で会社においてもらえただ
け後の世代よりも幸せかもしれない)。
(2)昭和21年生まれ(現在65歳)の時代
学
昭和28年に小学校入学。昭和37年に中学校を卒業。教室はすし詰め状態だった。いわゆる「団
齢
塊の世代」である。高校進学率は64%、大学・短大進学率は25%。高度経済成長の真っただ中
期
であったので、中学高校を卒業後、「金の卵」として大都市の中小企業に集団就職したものも多
かった。
青
この世代の青年期のエポックは70年安保であろう。たとえノンポリであっても当時の雰囲気には
年
影響を受けたのではないだろうか。若者文化ではビートルズ、GS、ジーンズ、ミニスカートなどで
期
ある。この世代が結婚して家庭を持ち始めると、彼らはニューファミリーと呼ばれ、都市部では団
地が次々に建設され、核家族化が進んでいった。
壮
団塊世代の所得が伸びるとともに日本経済は右肩上がりで成長を続け、Japan as No.1 といわれ
年
た。日本経済黄金期の消費を支えたのがこの世代である。まさに経済は爛熟期となり、イタ飯が
期
流行し、飲み屋街が潤った。中年世代の不倫を描いた「金妻」がヒットしたのもこの頃である。しか
し、平成2年にバブル経済が崩壊すると、様相は一変する。この世代が43歳の時である。
中
バブル後の経済悪化の中、団塊の世代を待っていたのは、アメリカ型の格差社会だった。終身雇
高
用が崩れる中、実力主義・成果主義がいわれ、結果の出ない人には容赦なく賃金削減やリストラ
年
の嵐が吹くこととなる。肩たたきという言葉が流行したのは90年代半ばである。2000年代に入る
期
とさらに経済格差が拡大し、勝ち組・負け組という言葉が生まれた。
3
3.高齢者世帯の消費実態
(1)高齢者は社会的弱者なのか
一般に、高齢者は社会的弱者であり、高齢化が進むと消費は低迷するといわれている。しかし、
本当にそうであろうか、総務省の実施する全国消費実態調査を確認した。
世帯主の年齢階級別1世帯当たり1か月間の収入と支出をみると、65~69歳の世帯の1ヶ
月当たりの消費支出は272千円、75歳以上の世帯は240千円と、40歳代、50歳代と比
べると確かに低い、しかし、20歳代、30歳代と比べると同水準であり、決して低いとはいえ
ない。むしろ、1人当たりの消費支出を計算すると、高齢者世帯の方が、20歳代、30歳代、
40歳代よりも高い。つまり、子育てを終えた高齢者は義務的な支出が少なく、むしろ自由な消
費を楽しんでいると考えられる。
また、高齢者世帯は持ち家率が高く、住宅ローンなどの負債保有率が低い。貯蓄残高が多く、
負債残高が少ない。75歳以上の貯蓄残高は20歳代の4倍以上もあり、実質的な資産は若い世
代に比べると極めて多いことがわかる。
俗にいわれる、高齢者が社会的弱者であるということは、加齢に伴う身体的なことであり、経
済的には高齢者はむしろ社会的強者なのである。
世帯主の年齢階級別1世帯当たり1か月間の消費実態(平成 21 年全国消費実態調査,山口県)
25~29
35~39
45~49
55~59
65~69
75 歳
世帯人数
人
2.91
3.73
3.88
3.01
2.50
2.27
持ち家率
%
35.7
48.2
74.4
90.4
93.2
94.7
年間収入
千円
4,256
5,912
7,695
7,419
5,276
4,756
1 人当り収入
千円
1,463
1,585
1,983
2,465
2,110
2,095
1 月当り月消費支出
円
275,307
268,861
398,431
303,310
272,177
239,696
1 人当り消費支出
円
94,607
72,081
102,688
100,767
108,871
105,593
エンゲル係数
%
13.4
22.7
18.8
23.6
23.8
23.7
貯蓄現在高
千円
3,288
6,350
11,626
14,215
20,970
19,975
負債現在高
千円
4,978
6,513
7,329
2,444
3,015
348
負債保有率
千円
42.5
61.5
66.5
56.1
20.5
19.6
貯蓄‐負債
千円
-1,690
-163
4,297
11,771
17,955
19,627
(参考)高齢者世帯公的年金等受給額階級別1世帯当たり1か月間の消費実態
(平成 21 年全国消費実態調査,全国)
80 未満
持ち家率
%
年間収入
千円
1 月当り月消費支出
円
貯蓄現在高
千円
120
200
280
360
520 以上
~ 160
~ 240
~ 320
~ 440
78.9
83.3
85.2
91.4
95.9
96.9
729
2,172
3,260
4,124
4,983
7,557
175,185
187,471
218,395
253,845
296,797
360,068
8,472
14,084
15,615
19,559
26,431
36,283
4
(2)高齢世帯の消費の特徴
高齢者世帯の消費支出をみると、まず、若い世代と比べ食料費の比率が高いことが目立つ。食
事の量が多いことは考えづらいので食卓の質が高いことが考えられる。次に、住居費の比率も高
い。加齢による住宅リフォームなどの支出等がこれにあたると考えられる。交通・通信費につい
ては、60歳代と70歳代で差異がみられる。70歳では自動車等関係費が顕著に少ない。携帯
電話やインターネットについては70歳代では利用しないが、60歳代では若い世代と同じよう
に利用していることが考えられる。
(円)
(平成 21 年全国消費実態調査、山口県)
5
4.調査から見えてきたもの
(1)自立した生活を送る高齢者
一般的に高齢者は弱者で常にだれかに支援されているというイメージでとらえられがちだが、
調査から見えてきたのは、
“自立した生活を送る高齢者”像である。例えば、高齢者アンケートで
の普段の買物についての設問に、自分が行くとした回答は76%に上っており、高い数値となっ
ている。逆に、少しでも手助けしてもらっていることという設問には、いずれの回答も低いもの
となっている。つまり、高齢者が求めているのは身体的な衰え等を補う必要最低限の支援であり、
何もかも支援を求めているという考え方は間違いであると考えられる。
(2)人生を積極的に楽しんでいる高齢者
高齢者は陰気でだれかにお膳立てをしてもらわなければ楽しみなどないというイメージも全く
の誤解である。調査から見えてきたのは、
“積極的に人生を楽しんでいる高齢者”像である。例え
ば、ふだん楽しみなことという設問には、友人との会話、家で趣味、旅行、外でスポーツ、仲間
と趣味など、楽しみ方は多様である。人生を楽しむということについては、若い世代となんら変
わるところはない。日々の時間に余裕がある分、むしろ積極的であるとさえ考えられる。
(3)高齢者が求めるサービス
調査を通じて見えてきた高齢者ニーズは以下の3つの領域に大別できると考えられる。
①交通手段に関するニーズ
病院、買物、役所・金融機関等へ、気軽に、割安に使える交通手段のニーズは高い。交通手段
に関するニーズは特に女性で顕著であるが、これは高齢者世代では女性の運転免許保有率が低い
ことが要因と考えられる。交通安全白書によると平成22年末の女性の運転免許保有率は、75
~79歳が14.1%、70~74歳が30.1%となっている。商品の配達サービスや御用聞
きサービスに関するニーズについても高齢者女性の交通手段が乏しいことが要因の一つであると
考えられる。
②体力や技能を要する作業に関するニーズ
技能や体力を要する作業の支援に関するニーズも高い。技能を要する作業については、家電の
修理・据え付け・調整、住宅の修繕など。体力を要する作業については、庭の手入れ、廃品の処
分、掃除代行などのニーズが高い。
③社会との交流やコミュニケーションに関するニーズ
社会との交流やコミュニケーションに関するニーズは、非常に高い。だれでも気軽に入れるお
茶飲み場があったら利用するかという設問には7割以上が利用すると回答している。お茶飲み場
については、健康相談ができる機能、食事を提供できる機能などを望む声が多かった。
調査からは、多くの高齢者は地域コミュニティーに積極的に参加していることがうかがえるが、
一部に孤独な高齢者の存在も推察できることから、メンタルなケアも必要であると思われる。ま
た、福祉員対象アンケートでは、緊急通報サービスが必要であるとの回答が極めて高い。高齢者
の生活のセーフティネットについても、ビジネスとして考えられなくはない分野であろう。
6
5.高齢者対象のビジネス展開に関する提言
新しい事業を立ち上げるときに必ず考えなければならないのは商品・サービスのコンセプトで
ある。商品・サービスのコンセプトとは、だれに(ターゲット)
、何を(ニーズ)
、どのように(オ
リジナリティ)提供するのかを明確にすることである。
(1)ターゲット
高齢者といっても、性別、年齢、居住地区、世帯構成、収入・資産状況などさまざまである。
ニーズが、交通手段、技能や体力を要する作業であるということを考えると、メインターゲット
は「女性」となるだろう。子供と同居しない高齢者のみの世帯で、収入・資産がある程度以上あ
る高齢者がビジネスの対象となるであろう。ターゲットを考える際には、高齢者の青年時代が社
会の変動期で、進学率や免許保有率などの数値が年々変化していることに注意が必要である。
(2)商品・サービス
ニーズを具体的な形にしたものが商品・サービスであるが、以下のようなものが考えられる。
交通手段に関
高齢女性の運転免許保有率の低さを補う共同利用ハイヤーや小字単位で巡回す
するもの
るコミュニティーバスなど。目的地である病院、買物、役所・金融機関等と居
住地を安価に効率的に結ぶことができれば、利用者は少なくないだろう。
体力や技能を
技能や体力を必要とする高齢者が自力では解決できない困りごとを支援する便
要する作業に
利屋ビジネスも利用が見込める。具体的には、家電の修理・据え付け・調整、
関するもの
住宅の修繕、庭の手入れ、廃品の処分、掃除代行などである。また、生活の不
便や危険を防止するためのリフォームなどの需要も期待できる。
交流・コミュニ
気軽に立ち寄れるお茶飲み場、趣味やスポーツを楽しめる場所などのニーズは
ケーションに
高い。その際、交通手段や体力の衰えの部分に配慮を盛り込めれば、利用者の
関するもの
満足度は高いものと考えられる。
(3)オリジナリティ
いくらニーズが高いビジネスでも赤字経営が続けば事業の継続は困難となる。そこで、利用者
から適正な利用料がもらえるクオリティーが必要である。共同利用タクシーやコミュニティーバ
スは、高齢者が利用しやすい料金設定と採算性の両立が課題となる。便利屋ビジネスではシルバ
ー人材センターや専門業者との違いが消費者ニーズをとらえていることが課題となる。お茶飲み
場、趣味やスポーツの提供については、自己実現に関するニーズであるので、質の高さが課題と
なる。安かろう悪かろうのサービスでは目の肥えた今の高齢者からは見向きもされないだろう。
高齢者対象のビジネスを考えるときに、高齢者は弱者なので、何かしてあげるという認識では
成功は難しい。多くの健康な高齢者は加齢による身体的な衰えはあるものの、経済的に自立し、
人生を楽しむ一人の生活者である。そのニーズに注意深く耳を傾け、必要な商品・サービスを企
画開発し、他社から簡単にまねのできないオリジナリティをもって提供するという当り前のマー
ケティングが不可欠である。高齢化社会はこれからが本番であり、今後も拡大するマーケットで
ある。積極的な事業展開を期待したい。
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