外来診療の延長として、自然な形で在宅に移行した一例

Case Report
等 身大の在宅医療
外来診療の延長として、
自然な形で在宅に移行した一例
誕生日の話題をきっかけに
「最期は在宅で」という意思を再確認
娘さんから往診依頼。入院か在宅か、
決断しなければならない状態に
・ ・ ・ ・
かよさん
(仮名)は、94 歳の女性。2 年前から診療所の
次の誕生日を迎えるころには、慢性心不全の進行や加
酸素療法も行っている患者さんだ。弁膜症については、70
きた。娘さんの付き添いがあるとはいえ、診療所の駐車場
外来に通院している。弁膜症による慢性心不全で、在宅
代のときに手術を勧められているが、
「手術は望まない」
在宅医療とは、通院できなくなった患者さんに対し、
・ ・ ・ ・
という かよさん の強い意思で見送った。徐々に心不全が
進行し、入退院を繰り返した時期があったが、ここ2 年は
元気な自分たち(医療者)が動き、療養生活を支える医療である。
何とかコントロールできて、入院せずに過ごせている。
今回紹介するケースでは、外来で関わっている間に、
・ ・ ・ ・
患者さんから「最期までお願いしますね」と言われ、
私は、自分への信頼・期待の大きさに戸惑いつつ、
・ ・ ・ ・
そんな かよさんの診察は、医学的な話はそこそこに、い
つも世間話を交えて、かよさんの生き方を知ることでもあっ
た。
(→focus1)
荒井 康之先生
外来診療で
患者さんとの
信頼関係を
構築
focus 1
入 院か
在宅かを
判断
focus 2
患者さんの
思いに添う
在宅支援
focus 3
在 宅だから
見えること
focus 4
「先生、私のこと、最期までお願いしますよ」―― 誕生日を
・ ・ ・ ・
「来年の誕生日も穏やかに迎えたいで
迎えたかよさんに、
2003 年自治医科大学医学部卒業。37 歳。
城県立中央病院にて初期研修終了後、城里町国保七会診療所、
常陸大宮済生会病院、北 城市立総合病院などに、総合診療医ある
いはプライマリ・ケア医として勤務。現在は、結城市において、24 時間
365日の体制で在宅医療に従事している。
すね」と、私が声をかけたときの返事だった。誕生日とは、
・ ・ ・ ・
かよさんにとって、先のことを考える機会でもあったらしい。
・ ・ ・ ・
かよさんは続ける。
「入院は嫌だからね、最期はずっと過ご
してきた家で、娘たちに手を握られながら旅立ちたいんだ」。
資格:日本内科学会認定内科医、日本プライマリ・ケア連合学会認
定家庭医療専門医、日本在宅医学会認定在宅医療専門医、介護支
援専門員、
2級福祉住環境コーディネーターなど。
私は条件反射のように、
「分かりました」と答えた。
focus 1
・ ・ ・ ・
数カ月が経ったある日、娘さんから電話があった。
「昨日の
夜から39 度の熱があって、今朝から息が苦しそうなので
す。とても、診療所に行けるような状態ではありません」―
―往診の依頼だった。診察する前から、不安がよぎった。
「肺炎を起こしているとすれば、あの年齢とあの心機能で
は、命に関わるかも知れない」。
往診すると、案の定、肺炎と心不全の悪化だった。
「入
院して、より細かな観察・治療を受ければ、このまま家で
いるよりも救命率は高いかも知れない」。そんなことを考
える一方、入院しても救命できるとは限らない現実と「入
・ ・ ・ ・
院するのは嫌だ」と繰り返し聞いたかよさんの言葉が浮
かぶ。入院にするか、在宅で診るのか、決断をしなければな
らない。
(→focus 2)
入 院にするのか、家で診るのか
普段から外来で信頼関係が築かれていると、在宅医療への移行もしやすい。
しかし
であった。
focus 2
外 来での関わり
さらに
・ ・ ・ ・
りずに、自分のことは自分で行いたいという。かよさんの
かよさんの負担を心配しながらも通院で診療を続け、
残すことはない」とさえ言う。
生きいき診療所・ゆうき 院長
だ頑張れる」と、辞退されてしまう。人の力はできるだけ借
すると大好きなご家族との時間、そして愛犬との触れあい
・ ・・ ・
今 回のケースレポートの流れ
・ ・ ・ ・
「ま
切り替える頃かと、かよさんに提案してみた。しかし、
気骨ある性格を知っていた私には、やはり、とも思う返事
が制限されるからとのこと。
「もう十分生きた。何も思い
患者さんの思いに応えたいと素直に思い、行動した。
から診察室へたどり着くのも一苦労。そろそろ訪問診療に
繰り返す入退院の経験から、かよさんは「もう二度と入
院はしたくない」という気持ちが堅かった。それは、入院
後日、在宅医療へ移行した。
齢から、体力の低下が進み、いよいよ通院が困難になって
医療者の都合のみで決めるのではなく、患者さん・ご家族と相談しながら判断する。
だから
患者さんが
現実には
外来診療の中で
どのような生き方を望んでいるのか
病気が悪化したときの過ごし方
折に触れ、患者さんに
が分かっていると、
を考えている人は、
実際の支援もしやすくなる。
必ずしも多くない。
生き方について問題提起をしたり、
一緒に考えたりする機会を
作っていけるようにしたい。
状態
悪化
医学的見地 から
患者さん・ご家族に対し、
意思決定 のために
総合的見地 から
特に在宅医療は、
このとき、
医学的病状を考えるだけではなく、
入院医療と在宅医療で、
患者さん・ご家族にとって、
それぞれどのような療養になるのか、
想像の付かないことが多い。
患者さん・ご家族の思い、
治療効果はどの程度期待できるのかなど、
在宅でできること、
できないことを
介護力、自分たちの体制なども考慮して、
医学的見地から想定されることを
正しく理解した上で、
総合的な判断をする。
具体的に示す。
患者さん・ご家族が意思決定できるよう
支援をしていく。
生きいき診療所・ゆうき
機能強化型在宅療養支援診療所・総合的な診療を行う
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所在地: 城県結城市結城 9144-1
U R L:http://www5.ocn.ne.jp/ kiboukai/iki-sin.html
点滴治療・酸素療法などは、家では
できないと思っている人もいる。
在宅医療の目的は、
必ずしも生物学的延命ではない。
患者さんが、
その人らしい人生を過ごすことに、
医療がどのような支援をできるか
ということに主眼を置く。
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Case Report
等身大の在宅医療
夜中に電話がかかってくるかもしれない、それも覚悟し
在宅医療の方針を決定
患者さんとご家族の思いに添う支援を
た。ただ、これから悪化したとしても酸素の流量を上げて
・ ・ ・ ・
かよさんに、入院も考慮される病状であることを伝える
と、か細い声ながら、はっきりとした意志で「家がいい」
と答えた。娘さんには、生命に関わる状態であることも含
めて、現在の病状と必要な治療を伝えた。さらに、自宅で
診る場合と、入院とした場合とで、それぞれ想定されるこ
いくことくらいしか、できることはないだろう。訪問看護で、
そんな不安を抱えながら過ごした夜も、静かに次の朝を
チョコの存在にも気付く。さらに、家の中にはかよさんの
電話がかかってきたときには、看取りの往診かもしれない。
迎えた。
・ ・ ・ ・
「熱は
出勤してから、かよさんの家に電 話をかけると、
添いたい」。その言葉に、私もその気持ちに添いたいと
問すると、昨日よりは若干良いよう。このまま、軽快できる
(→focus 3)
そのための支援をする。
すぐに在宅酸素の業者に連絡をして、酸素濃縮器を流
量が大きいものに変更した。抗生剤と利尿剤を投与した。
訪問看護ステーションに連絡をして、体制の打ち合わせ
をした。娘さんに、これから起こりうる変化や、注意して
観察して欲しい点、変化があったときの対応方法などを
伝えた。
・ ・ ・ ・
やれることは全てやった。あとは、かよさんの生命力に
けるだけだ。
なった」とのこと。少しは穏やかに過ごせたようだった。訪
・ ・ ・ ・
か。回復して「へへへ、世話かけたね」と笑うかよさんを想
像した。
・ ・ ・ ・
その後、かよさんの状態は徐々に回復した。解熱し、酸
素流量も下げられ、それまでと同じ状態に戻った。私も娘さ
・ ・ ・ ・
んもホッとした。何よりかよさんがホッとしていたことだろう。
・ ・ ・ ・
肺炎は治癒したとはいえ、治療中の安静で、かよさんの
・ ・ ・ ・
足腰はさらに弱くなってしまった。今度は、かよさんが言う。
「先生、これからも往診に来てくれませんか」
「はい、もちろんです」
・ ・ ・ ・
こうして、かよさんの訪問診療が始まった。
よう、全力を尽くそう。ひ孫さんの笑顔もさることながら、
・ ・ ・ ・
・ ・ ・ ・
肺炎を必死で治療していたときには、かよさんの身体
38℃台で続くものの、酸素を増やしてから息苦しさもなく
思った。
・ ・ ・ ・
きるか分からない、それでもかよさんの思いが叶えられる
吸引ができる体制も取ってもらっている。ひょっとすると、
とも伝えた。
娘さんの答えは、悩みながらも「お母さんの気持ちに
だったが、希望が気持ちを変える。来春か…。どこまでで
訪問診療を開始
外来とは違う患者さんを知る
かよさんの笑顔が見たい。
・ ・ ・ ・
・ ・ ・ ・
支えることが、私の使命だ。でも、それだけには終わらず、
・・ ・ ・
人と人としての関わりも大きい。それが在宅医療の醍醐味
若い頃も含めて家族写真がたくさん並ぶ。これが、かよさん
だろう。
が大切にしているご家族や愛犬なのか。愛犬がすり寄っ
・ ・ ・ ・
・ ・ ・ ・
かよさんの笑顔は、私の喜びでもある。生かされている
てくると、幸せそうにしているかよさんの姿に、こちらも幸
のは、自分の方だとも感じている。
せな気分になる。高いところには、多くの感謝状が飾られ
ていて、さまざまなところで地域に貢献してきたかよさん
・ ・・ ・
(→focus 4)
を知る。外来では見られなかったかよさんだ。
後 日 談
「入院生活が嫌というだけでもなかったんだ」
医学的な支援が、在宅医の使命
人としての関わりが、在宅医療の醍醐味
・ ・ ・ ・
肺炎が治癒した後、かよさんに言われた言葉である。入
院を提案したときに、
「入院が嫌」と言ったのは、
「先生に
ずっと診てもらいたかったから」だという。医者冥利に尽き
訪問診療の折には、写真や愛犬、感謝状のことなどに
る言葉である。私に最期まで身体を任せる気で、主治医が
・ ・ ・ ・
も触れる。訪問診療を始めて、これまで以上にかよさんに
・ ・ ・ ・
変わるのが嫌だったとのこと。ますますかよさんの最期ま
・ ・ ・ ・
近くなった気がする。かよさんも、これまで以上に、私に
で責任を持たなければならない気持ちになる。
近づいてくれたような気がする。
「家でいきたい」
この前の訪問診療では、こんなことを言う。
「先生、春の
ひ孫の結婚式が楽しみなんです。それが見られれば、何も
外来で聞いていた「家でいきたい」という言葉。自分は「家
2 年前に「もう思い残すことはない」と言っていたはず
を見ていると、
「家で生きたい(最期まで家で生き続けた
・ ・ ・ ・
で逝きたい」と聞いていたつもりだったが、最近のかよさん
思い残すことはないです。それまでは何とか頼みます」。
focus 3
家で診るための支 援
・ ・ ・ ・
かよさんが、かよさんらしく生きること、それを医学的に
しか見えなかったが、訪問診療をするようになって、愛犬
患者さん・ご家族は、今後どのような症状が出てくるのか、
そうした場合にどのように対応したら良いのか、不安を抱えていることが多い。
また、今回のケースのように、在宅で肺炎治療を行うとなった場合、
訪問看護、ケアマネジャー、訪問介護、薬剤師など、さまざまな職種との連携が重要である。
い)」と言っているのだと感じている。
focus 4
外 来では見えないもの、在 宅でこそ見えるもの
Away から Home に移行すると、患者さんの生き方がより見えてくる。
在宅で
診ること
を決定
ご家族 に対して
●予想される症状の変化とその
ときの対応方法を明らかにして
おくことで、不安を軽減できる。
●注意して観察すべきポイントが
具体的になっていると、病状変
化の早期発見・早期対応につな
がる。
連携 する専門職 には
仮に病状の変化が起きて
も、予想の範囲内であれ
ば、
ご家族も慌てずに対応
でき、安心して看護・介護
に当たることができる。
●どのような治療方針なのか、
どのよう
な点に注意して対応したらよいのかな
ど、平易な言葉で具体的に指示をする。
●連携相手からの情報をもらうことも
重要である。
例えば、呼吸苦が予想される患者さんの場合──
●「呼吸苦が出たら、夜中でも医療者を呼んで欲しい」などと、対応の方法を明らかにして、
それが叶うことを保証する。
●「酸素を上げれば、症状は軽減する可能性がある」など、見込みを伝えておくのも良い。
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Away
訪問診療
を開始
患者さんが
医師を訪ねる外来診療は、
患者さんにすればAwayの状態である。
どんなにコミュニケーションに工夫しても、
多くの職種が、
医師への連絡に
敷居を高く感じている。
医師に連絡しやすい環境・雰囲気作り
など、
普段からのコミュニケーション
にも配慮する。
患者さんが身構えてしまったり、
本音が出せなかったりする部分が
生じてしまう。
Home
患者さんが
医師を自宅に招き入れる在宅医療では、
患者さんはHomeの状態である。
より精神的にリラックスしているし、
ありのままの暮らしを見せることにもなるので、
本音が出やすいようだ。今回のケースのように、
家にある写真や感謝状などが、
患者さんの生き方を知るヒントに
なることもある。
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